2020.11/30(月)

Penより写真変更リクエスト。対応。
青木さんより、補強工事は4日と連絡あり。
1時スマートで保険契約。
今日の16:30から来年の9月30日まで甲斐の「鴨川逍遥展」@タネ源に保険がかかる。
出勤路の河原町通の歳末のデコレーションとしては、今年はやはり寂しい。BALの前だけ、少し豪華。
サエちゃん、チャンさん(医師)、三上さん、黒沢さんと寂しい夜。12月15日発売の月刊Penの最終チェックを終え、送る(昭和特集)。2:20に帰宅。珍しくあまり酔ってない。でも、薬を八文字屋に忘れる。寝付けず1973、4年ムハメッド・アリの試合をみる。

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2020.11/29(日)

9時起床。松屋、セブンイレブン。
12:00鴨川逍遥展会場。
八文字屋へ。
オイタさん、貴志アリスケ&姜さん&張さん(予備校仲間)、K-Keiのみ。
パリの知人からメールあり。
フランスはここのところの警察の暴力を覆い隠す法案が可決されたことで、市民が粘っているところにまたショッキングな事が重なり、、マクロンもブレてしまったなと。
2週間のクリスマス休暇もアトリエでひっそりと過ごします。
私自身は絵を少しでも描いて、給食係をしてと基本的なことだけに集中できるのも幸せな事だけど、私の住んでるモンパルナス地域でも日々社会のひび割れを目の当たりにします。今までもずっとそうだったんだけど。
恐怖と困惑を身体中に抱えた移民家族とか、外出許可証を持って無い人に警察が何人も取り巻いてたり、ゴミ箱をあさりに街を徘徊する人もものすごく増えた。
私もまるっきりアジア人だから気をつけて、子どもたちにもそう言ってます。ちょっとしたことで発火する可能性があるのが現状ですね。
問題に巻き込まれないように、緊張して暮らしております。
今日からぐっと気温がさがって、どこで誰がどんな気持ちで生きているかと、今年は特に気になるけれど、自分が何かできるわけでもなく、そう思うこと自体が傲りであろうし。
絵を描く事が何かの役に立つと思ったこともあまり無いけれど、今を続けて生きるだけといったところでしょうか。
京都も寒くなってきたでしょう。甲斐さんが夜ゆっくり寝れますように。

オイタさん、大阪の八文字屋ファン(NHKの美女番組を見た)初来店4人(いろめし黒川にも顔を出した)は写真集も2冊買う。後はK-Kei、奈良井さんのみ。

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2020.11/28(土)

鴨川逍遥展の保険は11月30日にかける。
展示構造的補強も近々に。
厳しくなる12月~3月の飲み屋街。
八文字屋サバイバル作戦、営業時間短縮の必要がありそう。
昨夜、八田麻住さんのアップ写真・ツーショット写真を撮らなかったのは、店主として失格か(笑)。
10:30に松屋、セブンイレブン、鴨川、井上久、セブンイレブンと往復。
よく歩く。晩ご飯はルネ。「ペインティッド・バード」(松籟社)を探しに行くもなし。
八文字屋。今晩も暇。
トップは元大塚製薬の橋本真紀子さん、元寝屋川市議同伴。議員「本を見て話をしようと思ったが、被る本は全くない」と言って、ボックス席に行き、ひっくりかえる。
ついで、片山さん、田中君。片山さんはアイホールでの坂手洋二の芝居帰りに来て、興奮気味。高校生の息子がライト商會で個展をやるのに、市役所職員の父親が鴨川逍遥展展を見て来八したくなった息子、葦登君を同伴。
片山さんは奈良井さんに電話するも通じず、冨樫を呼び出す。アメリカ・中国論。ボクシングで骨を傷めているエリオ、ボクシングについて能弁。
立教大学で「イントレピッド4」を卒論にしたという高橋武智さんに私淑した韓国人の金成河さんが付近のおでん屋「お富」で松竹映画の南辛坊似の男と来て、熱弁。金さんは2012年に一度ほんやら洞に来て、ぼくに会い、脱走兵問題でその時、僕の話を聴いたはずなのに、その後、彼は僕は死んだという噂を聴き、死んでいるものと思い込み、八文字屋に来て、8年前に会った僕とこの八文字屋の僕とが同一人物と気づかなかった。。最後は名古屋の伊藤さん。
帰宅は4時。
姉の電話相変わらず。

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2020.11/27(金)

朝から散歩。
NHKの寺田さんがKG展をブログで紹介。
薬紛失パニック、ルネで発見で探索は終息。
Sと青木さんのやりとりがある。


16:30八文字屋入り。
関係者以外はユカリさん&秀美さん、終えてからの片山さん、ジャーマン、12月8日から新しい店を始める福井さん、最後にロシアのアレックスさん、インドの初来店の研究者チャイトゥさん等5人が顔を出し12:00には皆帰り、誰も居なくなって45分後閉店。チャイトゥさんが八文字屋を気に入ってくれる。
2:00帰宅。
午前中によく歩き、掃除に時間をかけたので、結構疲れた。

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2020.11/26(木)


ノート探しで時間失う。結局、カウンター内で発見。
ルパップ先生とすれ違い。妙見写真を撮る。森まゆみさんとFBでやりとり。
八文字屋のトップの秀美さん、客なし、退屈なので、とトイレ掃除をしてくれる。トップ。ついで、戸城君の御所南小学校の同級生が写真展に感動したと来店。
甲斐さんの写真展で幼い頃の謎が解けた、と以前戸城君と来店した吉岡君という同志社大生(来年は保育士になる)御所南小(ひょっとしたらSが教えていた?)出身の荒神口下ル上生洲町の青年来店。慈子が梨の木通のトミヤの実家の鳥小屋を覗いている写真、以前は路傍の網付き箱の正体が謎だったと。いしいしんじファンで「怪甲斐ワンダーランド」を買う。
マリィ、宗ちゃん、田中さん来る。ほぼ同時に大西マサオさんが、永澄さん、田中直子と来店。直子さんに、叔父繋がりもあるので、宗ちゃんを紹介する。
かろうじて、一日割家賃出る。

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2020.11/25(水)

三島由紀夫自決の日。
当日、同大学館前でニュース知る。
それを受けて母にハガキを出す。
これを受けて、鶴見さん、小田さん、白石かずこさんがどう反応したか、今の僕は知っている。
しんどい。
アキレス腱不調で歩く。松屋、大国屋、セブンイレブン、郵貯、鴨川逍遥展へとあるく。
75年の日記を読みかえす。
6時から八文字屋へ。
筒美京平作曲の曲のサビメドレーを聴く。
佐々木稔記者来店。新聞持参。大分合同新聞社が杵築市に甲斐写真展展示後、杵築市としてパネル写真群を引き取って一定期間展示を続行出来ないかと、打診してくれたが、作品輸送の費用すら捻出出来ないくらい市の財政難は続いているとの返事があったとのこと。姉の記事の感想を聴く。
横嶋誠さんは舞台慣れしている。彼は古関俊輔さんの縁で来たのを知らないようだ。
自分の京滋のファンが自分の歌を聴ければ、どうでも良いというという感じ。

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2020.11/24(火)

志手環「山香郷土史」をめくり、金堂の謎が少し解ける。多分、想像通りだ。
市役所からメール。

忘れ物を取りに、松屋で朝定を食べて、鴨川逍遥展脇のベンチのルパップ先生を確認して、八文字屋に直行。
少しメモを取り、ヒルゲートの田中直子さんの展示を見て、人見さんに保険の人を紹介して!とお願いする。小川豊さんを紹介してくれる。電話で喋っただけ。海上火災本社に訊かねば、どういった枠の保険か判断つかないという。
鴨川逍遥展脇徘徊、その後コレクションにカレー&HCを飲食に行ってから八文字屋。
姉からの電話で電話大阪の同じ歳の従兄弟、田中稔が死んだと聴く。
超暇。日本シリーズの巨人みたいに手も足も出ない。
21:30に琢ちゃん来店でホッとする。
20:30に旭川フォークジャンボリーのグループ来る。ひと世代、ふた世代若い。3時過ぎまで居る。明日の会場使用代5000円貰う。
24:00に武田好史が来て、80年代後半の秘話。小倉山事件に絡めてあれこれ喋る。柿坂幹之助(天河神社)、イギリス帰りの家主で東京へ武田と共に友人の結婚式出席のために連坐しなかった馬上精彦。辻晋堂の話から祇園のバー・カリーノ(竹川信子)の話になる。「モノ派」の原口典之、切通のオイト、岡崎天王町の「花房」、別府の坊さんの山田隆法、大分の医師の嫁、マヤさん、上里さんの話になる。武田は早川幾忠さんの事を知らなかったという。
3:00閉店。

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2020.11/23(月)

9時起床。
朝早くから昨夜のチャンさんに遭遇する。(2週間前も同じことが出来)。
ゴロゴロする。
昨夜は劇作家の松田正隆さんも来てくれたのに、入り切れないほどのお客さんがいて、松田さんとは全く喋れなかった。
今度、1月27日から打つのが「シーサイドタウン」という故郷・長崎を舞台にしたものだとプライヤーを見て知り、しまった。少しでも話を聴けばよかったと思う。
ヴィクトリアの妹のバネッサとFBFになる。
75年日記手間取る。
ケイスケ君、Nikonの30年ぶりの松田修平君来店。
後は宗ちゃんが来ただけ。
ヌーインさんの“Kyoto &Kai“(VIMEO)を宣伝する。

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2020.11/22(日)

ルネ、時間的にアウト?と思って慌てて行ったが、休みだった。
お隣さんから今日もラブレター届く。交番を呼んだらしい。出町会場付近はなかなか賑やかで楽しかった。
井上久でバナナ、みかんを買ったら、大量のキウイをくれた。遭遇したルパップさんにお裾分けしようと思ったが、僕は小食なので、と言ってみかん一つしか取らなかった。
17:00オープン。
18:00にチャンさんが来て、ずっと独り言で過ごして貰う。朴ちゃんの電話を教える。
20:30にチーちゃんが仕事着の着物で登場。
「カイさん、世間の店は紅葉で、GoToでいっぱいなのに誰も客がいないの!?」と感嘆と嘲笑いが綯交じった大きな叫声をあげて入って来た。ビール3杯を飲みレジに金を突っ込んで出て行った。
入れ違うように若い2人連れが来店。その内ひとりはKGのボランティアスタッフをやって、丹羽優太君、下寺君、石間玄太朗君を知っているという木津川の大橋奈々さん。今月で半年しかやってない京大病院看護師を止めるという。橘高校の同級生で写真をやりたいという立命館の4回生を同伴。あとのカップルはネットで検索して来店。
中国で日本語の教師をしている桐田利明君が雄琴に住む中国人のカさんの長浜での結婚式に出席する為に帰省したらしく、他の友人2人同伴。奈良井さん&森岡パパ&ジュネ学者がHow are you?のフライヤー持参。琢ちゃんも来店。来年1月28日からロームシアターで数日間「シーサイドタウン」を上演する松田正隆のグループが来ているときにヒデタロウが仲間数人で来るが入れず。
3時まで。

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2020.11/21(土)


原田学さんメールにミスタッチ?で空メールを送ってしまった。それに対して懇切な応答あり。
鈴木主水口説に関しての宗教民俗学者の知見を教示してくれる。
「鈴木主水が登場する口説形式の盆踊り唄は、日本各地に存在するようで、当初、瞽女唄として広まり、その後、盆踊りとなったようです。ネットで目に付いたものだけで、
瞽女文化の本拠地の一つ、上州をはじめ、大分県でも他に日田市や別府市や、愛知県の三河湾にある佐久島や、和歌山県の日高町や、島根県鹿足郡吉賀町や、山口県周南市の鹿野町など、多くの地で唄われているようです。歌舞伎に演目として幾つか残る鈴木主水ものも、順序としては、もともと瞽女唄だったものが採り入れられたようです。
疑問なのは、瞽女が各地に瞽女唄としてが伝えたものが、それぞれの地で盆踊り唄になったのか、或いは、瞽女唄が、ある特定の地で盆踊り唄になり、その盆踊り唄が盆踊り唄として、何らかの経路で各地に伝わったのか、に関してですが、今の私には分かりませんでした。
また、瞽女唄が盆踊りになる過程において、
歌舞伎での流行がどう影響していたのか、に関しても分かりませんでした。
(この点については、大森惠子さんという、京都明徳高等学校の教諭だった(今も?)方で、宗教民俗学の研究者の方の論文、「盆踊りにおける浄瑠璃と歌舞伎の影響について--口説音頭「鈴木主水」「宮城野信夫」を中心にして」という2004年の論文があるようですが、未読につき詳細不明です。)
鈴木主水の口説は、ジェラルド・グローマーという人の書いた、
『瞽女うた』(岩波新書2014年)という本の中でも、瞽女唄の代表的なものの一つとして扱われていました(丸善で立読みしただけですが…金欠で買えませんでした)。
同書には、瞽女文化が九州地方にまで広がっていたことが分かる記載もありました。
瞽女唄や瞽女文化や、盆踊りについては、以前から興味はあったので、今回、甲斐さんがTwitterで言及されていたおかげで、少しでも知る機会が出来て感謝です!
ちなみに、話は唐突に飛びますが、松平忠直について、興味深いネット上のサイトがあったので、こちらもご紹介させていただきますね」。

今日は、「シカゴ7裁判」を見るつもりで早く家を出たが、森まゆみのFBに、出町座で「異端の鳥」をやっていると知り「シカゴ7裁判」の上映時間を勘違いしたこともあり、「異端の鳥」を見たが、これが良かった。
映画「異端の鳥」は評判に違わず凄い映画だった。
原作の小説は、角川文庫で1982年に出ている。ネットで探したら、古書で5万数千円。
実は、初出町座。やっと映画を見れる精神的経済的余裕が少しできたのをひとりで喜ぶ。
篤太郎が松任谷家と頭山家」という本があると記していた。
「1975年日記」進まず。
由布市の姉に電話するが、不調も甚だしい。「つげ義春日記」(講談社学芸文庫)と小泉八雲「明治日本の面影」(講談社学術文庫)を買う。
今晩は、八文字屋、今晩トップのお客さん。分林寛奈子さん(京大西洋美術史・4回生)。
佐藤守弘さん、第二日赤病院を退院。
剣鉾取材仕事そして大西さんと落ち合った後に毎日の小出記者も顔を出す。写真集を出したくて、赤々舎の姫野さんに見てもらったが「貴方の立ち位置が分からない」と言われてややしょげ気味。来春は、多分、東京本社に戻ることになると思うとも言う。京都支局への配属を希望したらしい。やはり、東京の方が仕事があるととも思う。黒川大助さんのような戦場カメラマンとはちがうが、、と。黒川さんはフランスの娘に会って戻り、もう一週間隔離だが、その後の現場は未定らしいと教えてくれ、直ぐに居なくなった。
土曜日なのに、客が少ないのも、こんなもんだと考え、やや不貞腐れつつも、ゆっくり構える。世間は連休で、皆、何処かに行っているのだろう、と。そこへ、小森伸行さんが同僚と顔出し。更に、松原元実君と建築仲間、更に、「東山湯」でいつも会うジャン・ポールさんの推奨できたという真面目な谷崎潤一郎研究の国文学者の卵&女性も来たり、ちびちびと客は増えていった。
富久豊さんが、山科のヒロシさん、ガウチョのマスターの弟さんを連れて来る。ヒロシさんは喜ぶ。富久さんは今度、スケッチ集を出すのに甲斐も登場させても良いかと言う。
予告の今井照容さんは来なかったが、高橋宗敬さんが唐突に「猫は何処に糞をしていたのですか?」と言って入って来て「2杯だけ飲んで帰ります」という。
そこへ大西マサオさん来店。貴志アリスケさんと仲間を引き連れて、先月のイベントの後始末の領収書をくれとくる。
そこへ丹羽優太君、下ちゃん、今泉愛夏(いずみたくの孫)等が来店。
22:00過ぎまでほとんどお客さんがなかったが、こういう風に夜半から少しあり、ホッとする。
3時に帰ろうとしているところに、「プロの写真家を連れて来ましたよ」とイケメンの1年ぶりの青年ら3人も顔を出す。「何故、写真を撮っているのですか?」という根本的質問をして帰る。

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2020.11/20(金)

8時起床。
柳沢さん、コピーの件、OKのメールあり。
13:00タネ源で待ち合わせ。見て貰い、所見も書いて貰う。
八文字屋に行き、また、階上からの水漏れを発見。
4:00すぎに、管理会社の人を呼んで、見て貰っていると、その方の指摘で初めて気づいたのだが、漏った痕跡のある(前回も同じ箇所で、水漏れで破れたシートの)上に糞が有るではないか!?
裏扉から侵入した猫がそこを目掛けて糞をしたようだ。
FBに書くと、マヤオさんが「鼬じゃない!?」と言う。
今日は早く開けると、6時に三上さんは辻晉堂展帰りに寄り、ジンジャーエールを飲んで帰えると、エリオがカイさんの写真展、京都駅の何処?と勘違いメール。
梶田さんがボジョレーヌーボー飲みの帰りに顔を出す。そこへ、にしごおりそのさん&秀美さん(2人は後で秀美宅でこれからおでんという)もチョイ寄り。誰も居なくなったとこ、今度は、六平、朝倉喬司の友人の今井照容さんが女性同伴でかなり酔って来店。ベ平連話。直ぐにかえり、次に高橋宗敬さんがチョイ寄り。次は、古関俊輔さん&幸家さん。2人に辻晉堂の良さを吹聴。明日行く、と。
福井さんも絵本作りの相談を受けていると嬉しそうに一杯飲み即引き上げ。それからが途切れた所に冨樫が来て、3時前に終わる。
京大の柳沢さんから所見書届く。

「甲斐扶佐義氏写真パネル(タネ源壁面)の設営に関する所見
2020年11月20日13時~13時20分、出町橋南西・タネ源建物東側壁面に展示された甲斐扶佐義氏の写真パネル(以下、パネル)の設営状況について、甲斐氏の立ち会いのもと、現地にてパネルの現況確認および設営時の図面(甲斐氏提供。図面タイトル「出町橋南西タネ源外壁展示図面全体図」他6葉)との照合を行った。
河原からの目視および触診の限りでは、パネルおよび下地材の劣化、ガタツキや揺れなど、安全性に関する懸念点は確認されなかった。今後の継続的な展示(~2021年9月頃)にあたっては、以下の点について対応されたい。
・想定外の事態によるパネル転倒時の対人および対物損害の賠償保険加入
・パネル設営時の施工者によるパネル転倒防止措置の強度確認および必要な補強
・1ヶ月に一度程度のガタツキや揺れなどの有無の目視および触診による点検
・梅雨時期および台風シーズン前における詳細な点検
2020年11月20日 柳沢 究
京都大学大学院工学研究科建築学専攻・准教授」

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2020.11/19(木)


朝一番に隣のHさんから電話。
「オタクかオタクに出入りする業者がウチの屋根のうえに上りませんでしたか?
何かゴソゴソという音がするなと思って見てみたらウチの窓の突っかい棒がおちていた。オタクのかわらを修理する誰かかな?思って、へぇ~、違う!?女ひとりだと思って馬鹿にして!お宅の大家さんに訊いてみてくれはらしませんか?業者を派遣したかどうか。お宅、2,3日前、留守中に電気ツイテハリマシタヤロ!へぇー?誰もいはらしませんでしたのか?」
電話しろと言うので、大家に電話。
下に降りたら、電話が終わるのをHさんは待っていた。
「じゃ、泥棒どすなぁ。女ひとりと思い、馬鹿にしくさって。お宅の(路地の)前、枯れている草、キレイに掃除せなアキマヘンで」と言って、家の中をジロジロ見てそそくさと帰って行った。
物音がしたというのは、鼬、猫、ネズミの可能性もあると思ったが言わなかった。
去年、シルバー人材センターから派遣の業者に草刈りを頼むのを断ったが相当頭に来ているのは、やり取りの内にも窺えた。
13時にSとルネ。
タネ源会場の土台の図面のUSB、何故か、大阪コピーでもコピーを跳ね除けられる。
カフェ・コレクションで1975月暮れの日記を1時間半ほど読む。
大根葉を胡麻油でジャコと共に炒めるためにジャコ買いに行ったが、エビスヤは工事営業してなかった。
途中、ハジメさんに会う。
ギャラリーヒルゲートに保険会社を教えて貰おうと人見さんを訪ねたが、相当疲れている様子で声を掛けても起きないので、起こさず八文字屋へ。
久しぶりに17:00台に八文字屋入り。18:00台に清水花菜ちゃん来店。
今日は、京都市美大の大学院(写真)へ進学が決まった清水花菜&ハウスシェアラー、琢ちゃん、古関俊輔さん、幸家さんだけで12:40に閉店。箒を持って松屋で牛丼ミニを食ってから慌てて帰宅。花菜ちゃんは来年7月に八文字屋で写真展をやることにした。雨はさけられた。家の前を掃除もすます。

2020年KYOTOGRAPHIE主催の甲斐扶佐義青空写真展「鴨川逍遥」は、コロナ禍の中にもかかわらず好評を博して終了しました。 展示会の様子は内外のメディアや口コミで広がり、KG終了後も展示延長を求める声は地元だけでなく、国内外で高まっています。 そこで、私たちは、責任を持って展示を継続しようとする写真家甲斐を応援し、彼の試みへの賛同者を募集します。 写真家は1970年代に出町に暮らし界隈の風物を撮影し尽くし、賀茂川べりで展示し、写っている人物にはプリントを無償で提供してきました。 これは世界的にも異例の展示会です。 KGでの「鴨川逍遥」展の会場は、実は、40数年以上前の会場と同じ場所でした(1979年の地元京極小学校創立110周年記念のタイムカプセル委員会に甲斐は数百点のプリントを寄贈)。 今回、写真家甲斐が延長を企図したのは、コロナ禍で見れなかった人たちにも見て機会を増やしたいということに留まらず、50年来の撮影地域の地誌を共有した展示会の場を作ることでした。 「原っぱ」等の開放空間(準公共空間)が狭められて行く時代にあって、子どもたちが延び延びと路上写真等に触れることは貴重だと思います。 幸い、出町河原や三角州では、のびやかな活動が歴史的にも繰り広げられてきました。 それを踏まえて、2001年には行政と出町商店街振興組合が一体となって、能・狂言上演ができるように木製の舞台を地続きに設えました(『出町エスペラナード』公園)。 この構想はやや尻すぼみになっているかに見えるが、その実態を把握して記録したいと考えています。 そのために、甲斐氏の展示を支援する機会を元にして、この展示の終了後も、甲斐展延長賛同者と共に、この界隈の歴史、考現学的知見を記述した会報を発行する予定です。 皆さんにも、「鴨川逍遥」展への賛同をお願いします。 連絡先 〒602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入 同志社大学徳照館614 佐藤守弘教授研究室 )

Part of KYOTOGRAPHIE 2020, Kai Fusayoshi’s “Kamo River Wandering” open-air exhibition was a success, even amidst this COVID-19 pandemic. Talk of this exhibition spread through both Japanese and international media, as well as word of mouth, and even after KYOTOGRAPHIE was finished, there were many people asking for it to be extended, both locally and abroad. With that, we would like to take responsibility and support photographer Kai Fusayoshi as he continues this exhibition, and we are looking for advocates who will join us in supporting his endeavor.
This photographer lived in the Demachi neighborhood in the 1970’s, photographing the natural atmosphere of the neighborhood, and displayed those photos along the Kamo River, giving prints of the photos to the people who were in them. This was an exceptional exhibition, even on a global level. The venue for the KYOTOGRAPHIE “Kamo River Wandering” exhibition was actually the same place where he displayed the photos some forty or so years ago (in 1979, he also donated hundreds of prints for the time capsule that will commemorate 110 years since the establishment of the local Kyogoku Elementary School). What the photographer Kai plans through this extension is not just creating more opportunities for people to see the exhibition who couldn’t come due to COVID-19, but also creating an exhibition space that shares the topography of where he has taken photos for 50 years. These days, “free” open spaces are getting squeezed out more and more, and I think giving children the opportunity to be involved with street photography, etc. is very precious. Luckily, the Demachi riverside and delta have kept the natural spontaneity that they have historically had. With that, the government and the Demachi Shopping Street Promotion Collective came together in 2001, and installed a contiguous wooden stage for performances of Noh and Kyogen theater (“Demachi Esplanade” park). This idea may look like it has lost some steam, but I want to comprehend the actual truth of it and record it. So with the chance to support Kai’s exhibition and even after, and with all of the advocates who will help extend his exhibition, I plan to release a report diagnosing the history and the modern sociological phenomena of this neighborhood. I am asking all of you to please help advocate for the “Kami River Wanderer” exhibition.
Contact: Professor Morihiro Satow - Research Office, 614 Tokushokan, Doshisha Univ., Imadegawa-dori Karasumadori, Higashi-iru, Kyoto-shi 〒602-8580

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2020.11/18(水)

8時起床。
松屋、セブンS、あすかい病院。
病院で計測すると、相変わらず、血圧は高い。
寝不足、朝飯をかき込み、慌てて直行したとはいえ、高すぎる。187~93脈76。脈はいつも60以下なのに。
診察の結果。血液検査の結果。尿酸が、いつ痛風になってもおかしくないくらい高いとのこと。腎臓、肝臓に全く異常がないのが不思議とのこと。次は、1月13日診察。
要は、酒の飲み過ぎとのこと。
今日は、辻晋堂展を見にえき美術館にいく。安部大雅展にも行ったが、芦屋画廊は閉まっていた。
八文字屋。
辻晋堂の作品展を誰彼なく薦める。
11月23日まで美術館「えき」Kyotoでの生誕110周年記念「異才辻㬜堂の陶彫」¥900は面白いですよ!
僕は、偶然、辻さんが亡くなる直前に祇園のバーで辻さんが喋っているのを聴いているので、いっそう懐かしい。
早川幾忠さんとの関係を全く知らなかったので、その辺も興味深い。早川幾忠さんは、祇園の「俵屋画廊」で万葉集関係の展示を何度も見ていた。春画のコレクターとしても東京六大学野球では法政の山本浩二(後の広島カープの監督)との親交を結び続けていた元東大の三塁手としても有名な元日文研教授の早川聞多さんの父親。
図録は、企画=イムラアートギャラリー発行。

浅利ちゃん休み。ここ、4~5日間、客が少ないのは、やはり、コロナを警戒してか?
オイタさんにスキャン頼む。
滋賀帰りの奈良井さん来店。「明日、初日出勤だから」と言ってかえる。
その後、小川さん来店。
浅利ちゃんが居ないので?「眠くなってきました」と言って帰る。
入れ違いに、BCGの牧野さん来店。
その後、電通(東京)のカップルがくる。
オイタさんを挟んで、BCGとDentsuは丁々発止。
12時には誰も居なくなり、1時微睡む。
帰ろうと思っていると、元京都書院の浜ちゃんの仲間、Roadsider’s weeklyのスタッフが来て、写真集を買ったり、東京では「ウチにとまれ!」とか言ってくれたりして、明日、青玄舎で仕事と言いつつ、1時間以上飲み帰る。

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2020.11/17(火)

ルネ。
バンソンさん、ありがとう!
ニコラ・ガイガーはガイガーカウンターを発明したガイガー博士の息子の嫁かな。
彼女の祖父は、確かドイツ軍のGeneralと言っていたな。彼女は、1965年に原水爆禁止運動で広島に来た。旦那がガイガー博士だ。そうか、僕は46年間勘違いしていた。
バンソンさんの指摘も上の空だった。
ニコラは、ヒットラー以前のドイツ軍の将軍の孫なのに、16歳でボーイフレンドのユダヤ人がいる事を密告され、アメリカに亡命する事になった。
馬に対する愛着の強さは祖父譲りだった。
原水爆禁止運動で来日したが、旦那が広島で恋愛をしたのに呆れて、離婚したが、ずっとニコラ・ガイガーの名で平和運動、韓国の政治犯の救援運動をしていた。
僕は、ボケだね。
勘違いしていた。元旦那の父親がガイガー・カウンターを作ったのだ。
バンソンさん、ありがとう!!
昨日までの「ひろき真冬原画展」@恵文社一乗寺店ギャラリーアンフェールに行き損なった。
京大人文研の12月5日のシンポジウムの案内届く。「抑圧されたものの痕跡を求めて/辿ってーー記憶の存在論と歴史の地平」のフライヤー落掌。
ギャラリー・ヒルゲートから第29回「折々の作家たち展」出品要請書届く。
展示期間は、2021年1月11日~24日(1月18日休廊)。もちろん、喜んで出品します。

姉は、栗の木の焚き火で半日費やし、疲れた!という。皿・丼で欲しい物はないか?という。
奈良井さんが忘れ物の革鞄を取りに来る。
21:10には、エリオ来店。世界思想社の「若くて優秀な学者のための賞金」の件を伝える。
写真展を見て感動したという36歳の伊丹出身の青年来店。1975年年末の自分の日記を丁度読んでいたせいか自分の26歳頃の悩みと通じるものがあると思いつつ、一方的な彼のカイ礼賛を聴く。時間があれは、彼の言葉をメモりたかった。後は、琢ちゃんは岡崎のロームシアターで障害者演劇のこと、ロームシアターは素晴らしいこと、ようた君のおたふく風邪、ようた君が気に入っている京大教師の娘の話をする。福井さんがきただけ。先日のことは何も覚えてないという。翌日、用事があったが、片山さんから電話があり、「奈良井さんはまだ居る?」と。エリオがいたので繋ぐ。12月4日カイちゃんも一緒に滋賀に行かないか?と言う。
梶田信明さんがAHO会の帰りにひとり寄る。約10ヶ月ぶり?

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2020.11/16(月)

ノンビリする。
市役所から「鴨川逍遥」は、建築家の柳沢先生の保証付きで許可と連絡あり。
夜は、元京大オケの2人(共にバイオリン)小川聡さん&鳥居さんと三上さん(ピアノ作曲)、芦屋画廊京都で11月23日までイタリア繋がりでのグループ展に出展している安部大雅(石彫)がデザイナーの村川さんと来店。安部さんは、11月25日に八文字屋投げ銭ライブをやる「旭川フォークジャンボリー」の横嶋の知人だった。大理石の彫刻の中村真樹さんとも知り合い。
デカルコマリィもフライヤー持参。
静かな夜だった。

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2020.11/15(日)

本当は書かねばならないのに、午後ゆっくり散歩。
三半規管、確実にやられている。
散歩で回復できるか?
昼、「電球」という日本酒バーを発見したところ、夜、この元マスター武蔵美卒のデザイナーと共に来店。
今日も静かな夜。清水花菜ちゃん&ミュージシャンも早めに来て帰る。
浅利ちゃんがやや早くきて、K-Kei、片山さん、奈良井さん、ケイスケ君来店。クーという聖母出身の現代美術家もくる。片山さんの3人の姉も聖母とかで、今晩も片山さんの独壇場。片山さんは奈良井さんに会って喜ぶ。奈良井さんは元朝日ちゃんの職場で。アルバイト開始とか。

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2020.11/14(土)

ぼくにとっては記念すべき日(イントレピッド4の日)。
高野川、三角州に寝転がる散歩(結構、好きな写真撮れる)。
羽根帽子の兄さんの買い物中を目撃。
八文字屋の深夜、東京芸大の建築の女性ら来店。若者で賑わう。

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2020.11/13(金)

ハジメさん、龍之介君と楽しげに歩くのに遭遇。
金曜日なのに19:45~24:00の間、ユカリさん、福井さん&荻野さん、朴ちゃんの知人の吠えまくり医師のチャンさん、奏子ちゃん&レーザー会社員しか居ない寂しい夜で、18:00に「何時オープン?」とメールを入れた三上さんは来ずじまい。
24:00に誰も居なくなったが、1時に帰ろうとしたら、凛七星さん&友人カップル、更に、山上賢治君の友人の『Huck」(甲斐写真を紹介したイギリスの文化・ファッション誌)アメリカ青年が台湾の女性と韓国(済州島)の女性を同伴。3人ともグラフィックデザイナー。
もっと居たそうだったが、3:30頃に帰っていただいた。

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2020.11/12(木)

前日の30人弱のお客への遅くまでの対応で疲れる。
ご飯を食べた後、グッタリ。
ネガ探し(カレンダー、ヒルゲート、別写真集、ほんやら洞)。
八文字屋は19:45オープン。
秀美さんはリサさん(31歳メイド喫茶勤務)同伴。山形交響楽団の4人は明日京都を離れるとのこと。
いしいしんじさんが毎日の濱本記者を同伴。
めちゃ楽しい夜になった。
山形交響楽団、いしいしんじ、岡やん、モノシャカの君、秀美さんも来店!
12:00にはラストの客のいしいしんじさん。
彼の「鴨川逍遥」評、「大きい昔が見れて素晴らしい」という表現が気に入った。

凄い!!
いよいよいしいしんじ源氏登場!!
12月に講談社より刊行!
大きい昔が目の当たりに出来るのがいい!という「鴨川逍遥」評といい、いしいしんじ訳「源氏物語」がズーム見参といい、いしいしんじさんは色々楽しませ、かつ、考えさせてくれる。今日も一冊一冊に別の落書を書き込んだ「怪甲斐ワンダーランド」を自ら60部持参!「何故かページ真っ黒なのがあったよ!これは、カイさんが持っていた方がいいよ!」と。

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2020.11/11(水)

8時起床。
朝の散歩中止。
身体を休める。弱くなったもんだ。
田口哲也さん「ロンドン日記」を再度送ってくれる。
高松樹先生、川上聡先生が20人余りの学生を同伴。入れない客あり。
元洛北高校生は、ミュージック・システムワークス合同会社代表の大久保博志さんと京大ウィルス・再生医科学研究所副所長、再生免疫学分野教授(医学博士)の河本宏さん。2人とも多才かつ甲斐扶佐義「鴨川逍遥」展延長支援の会の賛同者。以後、八文字屋の常連となる可能性大。
賛同者追加。
能口仁宏(カイトランド)
後藤美波(映画監督)
山本麻子(アルファビル建築事務所代表)
大久保博志(ミュージック・システムワークス合同会社代表)
河本宏(京都大学ウィルス・再生医科学研究所副所長)

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2020.11/10(火)

山香踊りを見過ぎ。
1801年の内藤新宿の遊女白糸と鈴木主水が心中したのは、1852年に歌舞伎になっており、西日本各地の祭文音頭のネタになっている。
田辺宗に画像を送る。
ある所が「傘投げ」を買う可能性がある件とカレンダーの件そしてヒルゲート展に備えてネガ、プリント探しで1日が終わる。
坊主覚悟だったが、猫穴で先週アドリーヌ&奈良井さん更に他でも八文字屋の噂を聴き付け、22歳のヒッチハイク嬢が来て、そうこうしている内にアドリーヌ&奈良井さんが来る。エリオがきて終わり。深夜3時に渡辺ナオコさんも来たらしいが、帰路についていた。2:45帰宅。

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2020.11/9(月)

昼まで寝る。
洛北スクウェアへ。
久しぶりに野菜炒め。サーモン焼き。
浜ちゃんがトップ。ペテ、三上さん、工藤丈輝さん、深夜プラス1の関係で山形交響楽団の面子登場。人、八文字屋を避け気味だった谷川渥さん&女性、清水カナちゃんは院試が終わったと同居人とくる。ケイスケ君も。福井さんが霊明神社の神主の村上浩継さんを同伴。
2:45に、うな丼を食って帰宅。
馬の事から盆踊りを思い出す。
大分県杵築市大田(旧大田村)の盆踊りの「口説」大田にどうして鈴木主水が登場するのか?西日本一帯で鈴木主水を題材にした盆踊りの口説はあるようだ。この鈴木主水は真田幸村の家臣の鈴木主水と関係あれば面白い!と思ったが、関係ないようだ。
昨夜は、山香の盆踊りのYouTube、豊後高田のそれを聴いていたら、朝になった。
八文字屋の周辺には潰れる飲食店が少しずつ増えてきた。三条東洞院の「びお亭」は37年の営業継続も12月19日にコロナ禍で閉店。
ジュリー高橋さんにメール。
松平忠直卿は、真田幸村の愛馬「栗毛」を掻っさらい、この馬と共に豊後入りをした。忠直はキリシタンという説があるが、大田、山香には隠れてキリシタンが多い。
山香の馬上金山は大阪の相場を左右したが、豊臣の残党のひじはん立石藩が管理していた。山香は、1578年の日向耳川の戦いに成人男子全員が出陣して、皆殺しになり、馬しか(馬の首しか)帰って来なくて、江戸時代は山香は、ごけのまちとして九州中に知られていた。後家が貞操を誓って拠った後家神社(氷川神社)があった。17世紀後半から山香には数千人の金山採掘人夫が雪崩れ込んできた。忠直は熊野権現信仰に凝り固まっていたが、福井では、キリシタンだっという伝説もある。国東の熊野権現のある高田の領主もやはり、松平。
杵築の若宮八幡には、日本三大牛馬市があり、山香にも1950年頃、その市の支所があった。今の地元の盆踊りでは、馬は登場せず、牛が登場。大友宗麟の親衛隊は、「山香東西一揆」といって騎馬部隊のはず。しかも、大友宗麟の鉄砲開発に直接関与したのは、山香の鍛冶屋の伊藤何某で、その子孫が日向耳川の戦いから50年以上後、鶴成金山を所有し続けて今日に至る。
そこから、様々な疑問が発生。
小俣一平さんが口遊んだ「鈴木主水」の盆踊りのくだりには、馬のケツは関係ありやなしや?

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2020.11/8(日)

駅ビル空中径路での写真展の作品をメインギャラリーから回収。結構な重量。タクシーで持ち帰る。
6時に大西さんが来ると言うので、早めに出て、丸亀製麺でうどんを食い、久しぶりにマルゼンをチェック。
大西さんはパンクチュアルに来店。
林海象監督も20:00来店。
大西さんも遅くまでいる。

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2020.11/7(土)

川嵜さんが国際交流会館仲間同伴。
ひとりは1976~1979年の洛北高校生の軽音のほんやら洞客。
滋賀県の絵描き2人。ひとりは元グランピエ職員で浅利ちゃんにプレゼントを持参。
鶴田一郎さん&尾関浩平さん(任天堂)。尾関さんは五木寛之と遠い親戚。奥さんは新風館地下で働いているという子どもを通じての友達。

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2020.11/6(金)

小森伸行さん、塚田ユカリさん。
ほんやら洞再建の道筋を示す人物登場。
僕としては、20年アシスタントして来たSに仕事を確保すると同時に残された写真(ネガ、プリント)のアーカイブ化、欲張って言えば、喫茶店・ミニライブラリーを併設したちょっとした展示スペースと住居の確保はどうしたら可能かと考えており、月曜社からの本を出版後に可能性を追求するつもり。
まだ執筆の余裕がなく、弱っている。

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2020.11/5(木)

タネ源往還。
京都市の返事、Sからメール。
北村さん、サエちゃん等にメール。

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2020.11/4(水)

賛同同意書を書き直す。

「タネ源会場展示の短期間保存についてのお願い

50日間におよぶ拙写真展「鴨川逍遥」も皆様のお陰で好評裡に終了しました。
今後は、タネ源さん会場の展示は、社団法人KYOTOGRAPHIEとは関係なく、全て甲斐扶佐義個人の責任の下に梅雨時前まで継続して展示し続けます。もちろん、万一の事故に備えて保険に加入します。
つきましては、お願いが一二あります。
暖かく見守っていただくのは無論のこと、会場周辺が公有地として持続できるように三角州・出町河原を積極的活用していただきたいと思います。また、同時に同様な試みが広がるようにご協力願います。
展示を継続の期間、せっかくのチャンスなので、この周辺で様々な自他の活動を各自の方法で記録に留めていただきたいのです。
この展示を継続した理由にもなるのですが、本来なら、展示と並行して私も多少関わった活動や「出町」成立に関わる500年余りの歴史記録や地誌も少しでも同時に披露したかったのですが、出来ませんでした。そこで、展示継続中に、その種の記録を発表する会を作り「会報」発行を予定しています。また、展示終了後も、活動を継続する心積りです。その活動の細やかな記録を会報として発行します。
この会の支援と当展示継続への賛同をお願いします。 

八文字屋(写真家)甲斐扶佐義」

前の文章は以下のようにまどろっこしい。

「一つは、コロナ禍のために見れなかった方々に、出町を形象化した作品をみせたい。もう10ヶ月あればチャンスは十分にある。また、桜の開花や葵祭に繰り出す人にも見て貰いたい。
もう一つは、「鴨川逍遥」展開催前に完成すべきだった出町の歴史や地誌の冊子刊行の陽の目をこの展示作品と共に見たい。それは、40年前の「出町ふれあい広場」開催時の課題と重なり、私の念願です。その作業の後押しを展示作品の存在がしてくれるでしょう。
以上の個人的動機以外にも、この展示作品は出町の活性化の一助になりうるというアイデアがあるので、スケッチします。
百万遍知恩寺で毎月15日の手作り市はここ数年大変賑わっている。この賑わいは出町にも欲しい。引っ張る手立てをするべきだと思う。出町河原での展示はこの流れを出町に引きよせる要素になるでしょう。それを出町の皆さんに示したいからです。
出町にも、20年前までそういう動きをする進取の気性がありました。出町商店街振興組合と行政が一体となって作った理想の公園「エスペラナート」もその証です。それを思い出して欲しいからです。
そこでは「出町界隈に埋もれた能・狂言の優れた人士を登用し、地域の活性化を図りたい」と謳ってました。そのために、芸能表現を可能とする床材設えて舞台まで作ったものです。しかし、それを活用した形跡はありません。自然発生的な動きは少しあります。
再度、それを実現化するチャンスが、今、到来しているはずです。
高邁な思想はともかく、現実を直視すれば、出町三角州、出町河原一帯は、優れた共有地(コモンズ)として現に機能しており、それを拙写真展を半年間延長することで、芸術的社会学的表現(作品)として再現してみたい。
それは40年前の「出町ふれあい広場」開催の際に、広範な市民の支援をもとに「広場」支援1000人委員会が誕生しました。歴史を発掘して過去に眠っている「ヴィジョン」の再発見に努めたいものです。
コロナ禍社会以降、国境・地縁・血縁を越え、選択縁による紐帯の形成が一層必要とされてます。アド・ホックなストリートアートも世界規模で必要とされている昨今、出町が歴史的に培って来た土壌の上にKGの「デルタ」が今、花を咲かせようとしており、
展示継続継承の精神はその風景に馴染んでいる。
                     2020年10月
賛同者
佐藤守弘(同志社大美学)、いしいしんじ(作家)、牧紀男(京大防災研)、柳沢究(京大建築)、草間喆雄(テキスタイルアーチスト)、人見ジュンコ(ギャラリーヒルゲート)、西川勲(ギャラリーマロニエ)、鋸屋慎三(桝形通オガヤ時計店)、青山亨(タネ源)」

タネ源会場に行くと、ジャン・ポール・ルパップ先生が写真を眺めていた。
立ち去ろうとしているので追いかけて挨拶する。ベンチに座ってしゃべろうとしたら、印刷物の束の中から紙切れを出して「カイさんは被写体に対してシンパシィがある?そう、あるね。もう少しで書き終える。いつまでに書いたらいい?」というので、11月20日頃までと応じる。
紙切れにはヘルダーリンを援用?したりしている甲斐写真論が記されていた。

Penの取材を受けているところに久しぶりに大好きな染色家の河田孝朗さん(京都美術文化賞受賞の2~3年先輩)が来店。
河田さん曰く「最近はスッカリ昼飲みが定着した。6時頃に何度も八文字屋に来たけど開いてないので、仕方なくそうなっている。先日も草間喆雄展の草間さんのあの色に感動して、八文字屋に飲みにいこう!と誘ったのだけどね、、、。
出町の写真、ほんとによかったよ。杉本博司なんてクソね。
宮村一幸さんは、甲斐さんは知っているかどうか判らんが、そういう言い方が許されるのなら彼は天才だった。彼が僕に何もかも教えてくれたのだけど、その宮村一幸さんが亡くなり、彼の追悼本を7人で作ったんだ。彼は独身だったけど、彼に最期まで付き添った女性の名前がいたと言って、清水の大型人形作家の高橋千鶴子さんの名前を出したんでびっくりした。その高橋千鶴子さんが亡くなり、一昨日葬式があった」と聴き、更にびっくり仰天。
高橋さんには、新聞紙で奴の上っ張りをつくって貰い、それを着てデモったこともあった。八文字屋にも何度か来たが、普段、会う機会は滅多になかったが、51年の付き合いだった。井上章一さんの前の現風研の会長。その彼女が亡くなったというのだ。去年、申芳礼さんを彼女に紹介しようとアトリエを訪ねたことがあったが、会えなかった。
最初に彼女のことを知ったのは、鶴見俊輔の「日常的思想の可能性」の中にブラックパンサーのフェザーストンを清水坂を案内して歩いてフェザーストンが気に入った作品があって「売ってくれ!」と言ったが、売らなかったがその時の毅然した断り方に鶴見さんはいたく感動したと書いてあった。
話はズレるが、このフェザーストンが1969年の3月に車の後部トランクの中の爆弾が爆発して死んだ時に、僕は大学内で大学学長糾弾のデモで黒旗を振っている僕のところに鶴見俊輔さんがやって来て「死の原因はまだ不明だが、テロの可能性がある。少人数でも良いから、追悼集会をやりましょう」といった。
その4週間後に鶴見さんは大学当局がバリケード解除に機動隊を導入したことに抗議して大学を辞職した。
高橋さんの死でそんなことを思い出した。膵臓癌だったそうです。
高橋千鶴子さんの冥福を祈ります。
草間喆雄展に行く。

清水花菜ちゃんと京大総人の高木佑透君は予告通来店。高木君の共著書をくれ、フライヤーを置く。
ケイスケ君は冨樫&ヒデタロウとの今日の約束のためにもどったのに、振られてひとりくる。(深夜、彼が出た後に冨樫らくる)。次は川嵜さん。牧野は湖子ちゃんばなし。カネッティを以前読んだという。湖子ちゃん話を面白く語る。
鮎ちゃんがヘリング気に入り話。
アレックスという建築家連れの古関俊輔&樹ちゃん。11月25日の「旭川フォークジャンボリー」のライブ決定。奈良井さん、K-keiも。
佐古田君は函館へ。

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2020.11/3(火)

朝から松屋定食。
知恩寺古本市。志村ふくみ塾のハルカさん(本屋スタッフ)に遭遇。
鮎さんに出町の青空展、ルパンの古書店を紹介。お礼にデルタでコーヒーをご馳走になる。
タネ源さんに挨拶。長期間で事故を心配するので、責任は持つと言う。電話番号を伝え損なう。
古本市帰りの木村紫光、尾崎仁らに久しぶりに会う。
KGの本の売上わかる。3割KG行き。プリントの売上の報告をしなくっちゃ。
Sと古本市に行き、少々買う。韓国の基層文化の写真集、カネッティの「救われた舌」久生十蘭「ノンシャラン道中記」土居光知「文学序説」、和田洋一・松田道雄・天野忠「洛々春秋 私たちの京都」、小岸昭「マラーノの系譜」、デトレフ・ベルテンセン「フロイト家の日常生活」等を買う。いずれも200円~500円のものばかり。

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2020.11/2(月)

佐古田君が、昨夜来れなかったからとお祝いに駆けつけてくれる。
函館出身の文学者の話をする。
深夜、鍼灸師でコンテンポラリー・ダンサーの鮎子さんが来店。
帰ろうとすると雨が降り始めた。
今朝方の帰りから降り始めた雨、なかなか止まないので、朝帰り。
折り入っての用件で光通信のKさんに電話。
塚田先生にも連絡。
大分合同新聞に原稿を送る。
夜、秀美さんが八文字屋のトイレを掃除してくれる。
鮎さんと秀美さん2人で喋りまくる。そこにチュン君も来る。
毎日の河出さんも。
尾道の英会話教室の教師をやっている英米の若者はネットで調べて来店。
カモメ屋を知らずカモメ屋の真裏に住む青年に行ってあげて!と言う。
福井さんは顔出し。
鮎さんが帰った後に若いカップルがちょい寄り。
雨の中でも古本市はあったという。
5時前就寝。

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2020.11/1(日)

10:40に松屋。
シャケ、トロロの朝定。Sも豆腐定に来る。
1時間引き上げてスタンバイ。12時撤去現場へ。
佐古田君も12時半に来てくれたが、彼の車に入らず。弁財天の作品だけでなく、川端の作品も7分節できた。
佐古田君の町家に二ヶ所分預かって貰う。
その後、二手舎。
夜は、祝杯上げにSしか来ず。
大分合同新聞の記事の下書。

「コロナ禍で開催が危惧されていた「第8回KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は9月、10月にクラウドファンディングにも支えられ開催し好評のうちに閉幕を迎えた。
テーマ「VISION」のもとに会場は市内の国宝級の寺院や町家、海外の有名ブランドのテナント店等で展開された。
私が先ず、興味深く見たのは、建仁寺両足院での巨大カメラオブスキュラと共に自作の古典的なカメラで撮影した職人肖像展だった。
次に4ヶ月かけて二つの老朽町家を解体後、その部分部分を再構成したインスタレーションだった。これは、町家の解体が如何ようにも創造に転用できるさまを示して興味深かった。作家のオランダ人はコロナ禍による国境閉鎖の直前に帰国したのもいかにも時代状況を反映していた。
私の作品展は、賀茂川のほとりの3ヶ所での3メートル四方を含め166点「鴨川逍遥」展を展示した。京都駅ビルの空中径路での「美女100人」展と二つテーマで展示した。
「鴨川逍遥」展のメイン会場は、40年前に私が20数回青空写真展をおこなった場所で、それにふさわしいドラマがあった。
目の前には賀茂川が流れ、比叡山、大文字山の眺望が広がる一等地であることに変わりはなかった。
昔の展示は、写真を止めるつもりで出版した写真集「京都出町」の波紋として始まった。先ず、アメリカの大学の招待展に始まり、その評判を聴きつけ付けた地元商店街の人たちの要望に応える形で開催した。これは写っている人に最終日にあげるという趣向だった。結局キャビネ写真約15000点をあげたが、並行したスーパー反対運動と絡まって、町おこしの運動に繋がった。
1980年には、選択縁に基づく小グループに支えられて商店街のお祭が誕生して私はその事務局長を務めた。当地での個展はそれ以来となった。今の商店街も不景気に喘いでいるようだが、この展示で一瞬息を吹き返したようだった。昔の写真を持っていたり、その後の写真集を熟知していた。会場の作品の中に半世紀前の未知の自分姿や成長した子どもを発見して感動して、時々、会場で解説役を務める住民が出るほど盛況だった。
「美女100人」展は、地上45メートル伊勢丹ビルの10階の147メートルのガラス張りの遊歩道に私の四十数年来の交流のある親しい女性や最近知り合った女性の肖像を展示した。
「鴨川逍遥」展の終幕を惜しむ多くの人々の声援を受けて、メイン会場は、もっと広く観てもらうためにも私の個人管理運営下で十ヶ月間延長した。」

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更新情報

(6/15更新)

カイ日乗(5/1〜31)を更新しました。

(5/31更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請延長につき、6/1〜6/20まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(5/10更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請につき、4/25〜5/31まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(5/3更新)

カイ日乗(4/1〜30)を更新しました。

(4/25更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請につき、4/25〜5/11まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(4/11更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、4/12〜5/5 4/24まで、営業時間を20:00(L.O.19:00)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(4/10更新)

カイ日乗(3/1〜31)を更新しました。

(4/3更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、4/5〜4/11まで、営業時間を21:00(L.O.20:30)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(3/15更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、3/15〜3/21まで、営業時間を21:00(L.O.20:30)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(3/10更新)

カイ日乗(2/1〜28)を更新しました。


(2/28更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、3/1〜3/14まで、営業時間を21:00(L.O.20:00)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(2/10更新)

カイ日乗(1/1〜31)を更新しました。

(2/7更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、2/8〜3/7まで、営業時間を16:00〜20:00(L.O.19:00)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(1/20更新)

カイ日乗(12/1〜31)を更新しました。

(1/14更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、1/14〜2/7まで、営業時間を16:00〜20:00(L.O.19:00)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(1/12更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請延長につき、1/12,13の営業時間を16:00〜21:00といたします。

(12/21更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、12/21〜1/11の間、営業時間を16:00〜21:00までと変更いたします(年末年始も無休で営業しています)。


(12/14更新)

●甲斐扶佐義「鴨川逍遥」写真展の会のページを作成しました。
詳細はこちらをご覧ください。

●甲斐扶佐義2021年カレンダー「出町ノスタルジー」12/22発売!予約注文受付中。
詳細はこちらをご覧ください。



(12/7更新)

カイ日乗(11/1〜30)を更新しました。

(6/30更新)

●小冊子「怪甲斐ワンダーランド」写真/文 都築響一、手描き いしいしんじ、編集 甲斐扶佐義(頒価1500円+送料200円)
ご希望の方は、こちらのページよりご注文ください

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