2021.5/31(月)

沖村由香さんより、メール。
賀川真は、5月29日に亡くなったとのこと。
喪主:賀川 洋様(兄)
松屋。
鴨川逍遥のギャラリーは少し。佐古田君が彼女と顔を出す。
気温は29度になる。
鴨川飯なしと思っていたが、12時にどうしたの?とSより電話。あちゃー。
徒歩だから、弁当を買って20分内に弁当場にいくのは無理だ。仕方ない。別々。
洗濯物をたくさん持ったアイリーンに会う。楽しげ。
ルネで黒川創の「ウィーン近郊」と岩波の古代史シリーズ吉川真司他編「渡来系移住民」を入手。ルネでBRUTUSも買う。カッコウいい、と冷やかされる。
金井英恵さんから「アルスシムラ」展のDM預かる。
冨樫、森岡パパにも会う。
大木章子さんはキャビネ額90点分あるという。

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2021.5/30(日)

ほんやら洞開店記念日。
4時に目をさます。
布団のなかでダラダラする。
7時松屋。後、鴨川。八文字屋、業務スーパー。
Sと洛北スクウェア、ひらがな館に。
今月、姉に電話し忘れたのは3回目。

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2021.5/29(土)

ボチボチFacebookにたくさんの画像を続けさまにアップするのはやめよう。
原稿かきピンチ。
御室仁和寺行き。
DiDiでタイカレー。

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2021.5/28(金)

先程、FBの投稿で1970年に出町で「中島食堂」を開店した徳島出身の中島敬子さんが、5月22日に亡くなられたそうです。
ご冥福をお祈りします。
「中島」にも「敬子さん」にもたくさん思い出があります。
そんな方がたくさんいらっしゃると思います。明日、お店の前に行ってみます。
ほんやら洞、八文字屋、中島、御所、出町のいろんな路上での彼女の写真も多くある筈だ。
追々、探しだします。
中村勝さんとの共著「ほんやら洞と歩く京都いきあたりばったり」(淡交社)にも登場ねがいました。

ひょっとしたら、内海信彦さんは歴史に翻弄されたモン族について正面からキチッと書いた文章で受刑中?
FBポリスの言い掛かりで。
神林さんから井上美奈子さんの著作権保持者を知らないか?とのメールあり、那須耕介さんを紹介する。
今日は、Sの誕生日祝いで、段ちゃんがくれたソーセージをアテに白ワインを飲む。
今日は、中村一成、ムービーの大西さん、元京都市美術館館長、任さんというハルピンからの留学生、パレスチナ人の学者、羽根帽子のお兄さんとすれ違う。

秦恒平さんの山県有朋との対比的読みに促され、18歳にして「将軍の侍講」に始まり、成島柳北の文字通り、一身にして二生を経るどころではない動乱期での水際立った生き方を50年ぶりに再発見、再確認した。学問、文学、軍事、洋学でも突き抜けて最先端で走る一方、新政府の誘いも断り、パリ遊学後、優れた花街についてのルポルタージュ「柳橋新誌」を残したり、「朝野新聞」の局長を務めたり、旧幕臣として可能な限り目覚ましい軌跡を辿りつつ47歳で生を終えた成島柳北の江戸時代の漢詩人の側面に、ふれた。「写真鏡」という詩もある。事あるごとに彼の作品、人生にふれたいものだ。

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2021.5/27(木)

断続的に降りしきる雨の合間を縫って早朝散歩。肩、首、頭、脚の硬直のせいで不快な揺れ歩きを鎮められるまで疲れ草臥れる程に歩き続けるしかない。
姉、やはり、歩き疲れてずっと寝ていた。俳句は大幅に変えたよ、と言う。
昼飯食べに行ったら雨に打たれる。
コレクション。
50年以上前になるけど大杉栄の自叙伝を読んで、仙台陸軍幼年学校出身と思い込んでいたが、甘粕正彦と同じ名古屋の幼年学校らしい。山口昌男「『挫折』の昭和史」(岩波現代文庫上)。仙台陸軍幼年学校は、ほんやら洞の詩人たちのひとり(牧師)の横川澄夫が通っていて、同期生に社会学者の加藤秀俊さん、昭和の大作曲家いずみたく(人気シンガーのラブリーサマーの祖父)がいた。

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2021.5/26(水)

7時前に「鴨川逍遥」まで歩く。
恩人の本読了。平安時代の公家たちが「発熱」「月経」「血」をどう言っていたかとか「韓信の股潜り」なんてのがいきなり出てきてわらわせてくれる。
出町竹長。娘さんはダム女に行っていて、1978年頃ほんやら洞の2階に同級生「京屋人形店」の娘さんとちょくちょく顔をだしていた。京屋のオッチャンはほんやら洞のことを大嫌いだったが。
S誕生日。
鴨川で鳶を警戒しながら弁当を食う。
何時読めるか分からないが、松本清張の「西海道談綺」と大仏次郎の「鞍馬天狗」がそれぞれ揃って各¥500だったので入手。
「現代思想」の「『陰謀論』の時代」を入手。
臼杵陽の「日本の『陰謀論』の源流を探る 四王天延孝を中心に」と成田龍一の「鶴見俊輔の『期待』と『回想』中・3 『戦後日本の大衆文化史』」を流し読み。
京都新聞ではどこか頼りない直木賞候補の2人(澤田瞳子と「童の神」〈ハルキ文庫〉の作家・今村翔吾)の対談が目に入る。
姉、電話つうじず。大丈夫かな?
皆既月食見れず。

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2021.5/25(火)

7時朝の散歩。
12時前に北部キャンパス前のパキスタン?カレーの弁当を買った際に、「スプーン、箸を2人分入れてくれましたか?」と、前にはいってないことがあったので、気になって訊いた。すると「はい」と言ったのにひとつも入ってないので、鴨川からスーパーまで買いに走った。
民医連にコロナのワクチン接種の予約電話をした。やっと通じた。一回目は11月9日で2回目は11月30日で共に午後3時という。びっくりして笑ってしまった。
3時頃、段ちゃんが「鴨川逍遥」に顔を出してくれる。
漬物石探しも兼ねてきた。
ちょっと知りたくなって両親の命日とついでに僕が生まれる直前に3歳て死んだ姉の命日を姉に昨日訊いた。姉は盆正月の先祖供養をちゃんとやっているのに、うる覚えだった。僕は両親の通夜も出てなく、辛うじて出棺に間に合った。盆正月もお彼岸も帰省しない生活をしている。
何か特定の宗教を奉じているわけでない。
どうして、こんな風になったかなぁとちょっと考えている。
姉は、父親の時に納棺師が来て、カッコウ良かった。お前に写真を撮らせたかった、と後で言った。
中川五郎フォークリポートわいせつ裁判の証人に金沢の前田仁さんが出たときの閉廷後の地裁?高裁?の中庭集会の写真が出てきた。
コロナでなければ、サイコーの天神さん日和。最近の人は行かないのかな?
S、蕁麻疹で二度目の病院。

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2021.5/24(月)

5時40分目覚め。
今日も弁当持参。鴨川で飯。
八文字屋掃除の途次、銅駝高校生のお絵描きシーンに遭遇。
母の命日は5月11日で、父親7月11日だと姉に聴く。
1945年生まれの晴美姉が哲義兄が上げた生梅をたべたせいで腸チフスで3歳で死んだのは長浜様祭(7月5,6,7日)の次の日、7月8日。
Nさんからメールが入る。こないだまで佐世保で働いていたとか、大分の宇目に移住した元タトゥー屋さんを訪ねて行ったという。ところで高級デジタルカメラのレンタル屋をやって給付金を取りたいのだけど、甲斐さんが私からカメラを借りたということにして、ハンコを押してくれないか?という。

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2021.5/23(日)

とてもアホな夢をみていた。
町の酒屋は悉く閉まっているのに、ほんやら洞に外国人、女子学生、観光客をいっぱい待たせてそこら中の40年前の知人の酒屋を一軒一軒回るが、一番親友の本郷酒店は全面シャッターが降りていたり、各店舗にそれぞれ事情があるらしく、飲めない祝日だったり、疫病で皆のまず、酒屋の名前も、一刻者、一保堂とか。回る街角の旧家はそこら中取り壊しになっている云々という。

増山実さん、さすが放送業界に強い。関西総なめだ。
1984年に、「河原町のジュリー」の行き倒れ死の直後に、京大から出てきたバンドのローザ・ルクセンブルク(ドント)が「河原町のジュリー」の歌を歌っていたと、今、寮問題で闘っている吉田寮の通信辺りからその話が盛り上がっている。 
一乗寺でラーメン。
岩倉具視宅はいれず。
金承輝さんが亡くなって何年経つのだろうか?彼と奥さんとバイトさんの八文字屋写真でてくる。帷子ノ辻の「天地洞」は健在だろうか?お連れ合いはお元気だろうか?二十年前に2、3度行ったきりだ。その前は「五条飯店」。兄と争い「天地洞」を立ち上げた。当時、関西焼肉屋連盟会長だった。早稲田大学の韓学同委員長を経て韓国に留学。1971年に国家保安法で捕まりそうになり日本に戻った。徐勝さんは捕まったが自分は寸前のところ逃れたが口癖でもあった。「分断なき祖国統一」を願いつつ焼肉屋をやっていた。権威主義、家族主義とも闘い、自分のことを「ワンタン」と呼び回りを笑わせていた。火曜日の定休日の度、八文字屋に来てくれていた。

出町の樋口布団店主人商店街の懇親会で手品を披露する写真あり。アサヒビールの樋口廣太郎(京大時代は右翼に狙撃された本島等長崎市長と親しかったという)は彼の息子さん。
NさんのFBを見てびっくり。
「夕方体なまり気味で鴨川ウォークしようと加茂大橋上、ビックリ、緊急事態宣言なんぞクソくらえや~~、と、きゃつらドラえもんの何処でもドアに押し込んで、北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国かミャンマーかガサかインドの感染ど真ん中に放り出したったらドヤって言ったらドつかれるかなあ、河川敷降りず直ぐ戻る、超自由主義日本マンセ~~~~~っ!」
毒舌だ。

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2021.5/22(土)

僕は45年この方、ずっと同じ内面の問題で悩んでいたようで笑える。
気がつけば72歳。病気だ。それが同じことに向かわせてもいる。
老いさらばえてしまった。
朝の散歩をしながら、こんなことを考えていたらダメ。
これ、独り言。
朝の散歩でイザベラ・バードの「日本奥地紀行」(平凡社東洋文庫)の監訳者の金坂清則京大名誉教授に7ヶ月ぶりにつかまった。なんと数年前に亡くなった奥さんと共に歩んだ人生を記録する本を数年前に思文閣出版で上梓したものの改訂英語版を出すのだとゲラを見せてくれる。
Instagram122番目アップ。
洛北スクウェアでリュック買い替え。

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2021.5/21(金)


小雨そぼ降るなか8時半から11時まで散歩。
鴨沂高校生時代(1972年頃)からマンモスという渾名で結構な常連だった188センチの男が、1974~5年頃は河原町通にへたり込んで何かを売っていた。同時期、出町上御輿町のミニコミセンター「梁山泊」(嵯峨野高校が何処かの教師でパレスチナ問題に取り組んでいた東さんの息子ら)の面々も河原町通でミニコミを売っていたの男のプリント出てくる。
只管歩く。
後10日で飲み屋はオープンできる?
ヒルゲートの人見さんから6月22日からの「小品展」の件の連絡の確認電話。

コロナ禍の八文字屋の営業がなかったり、動きも縮小でTwitterにもニュースがなく面白くないのだろう。フォロワーが目減りしている。
沈滞したままの書下ろし「ほんやら洞の青春」を早急に終えて動き回ろう。
コロナ禍でこのひと月、懸案の仕事を終わらせる時間がたっぷり取れているのに書下ろしに無関係な本ばかり読んで過ごしている。
辛うじてネガ・プリントを弄り、昼間は極力歩くことに務めているが「鴨川逍遥」展会場でBeauty & Beast 写真集用撮影志願者を待つが、一向に誰も来ない。
連絡して各個撃破やるべきだが、そこまで熱が上がらず漫然と過ごしている。
ヨシレイさんがオンラインで港大尋さんから「あなたのドローイングを甲斐さんのツィッターで見たけど良い」と言われたという。

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2021.5/20(木)

台湾のミュージアムで世界の人権擁護の写真展はオンラインで済ませたようだ。
事後、承認を求めて来ただけのようだ。来月には冊子になるとは言っているが、追認するのに、何故パスポートナンバーが必要だったのか?
増山実さんの「ジュリーの世界」(ポプラ社)は方々で旧作と共に本屋さんでテレビ、ラジオで話題になっている。曰く「サザンオールスターズと少年のとこがいい」とか広範な層が痺れる個所が幾つもある。
さすが「本屋さん大賞」作家、さすが元放送作家。コロナ禍の中でも浸透している。
コロナ禍休業の間、来る日も来る日もほんの少しだけの前の時代のミスプリントの山から気になる写真を何十点、何百点と「ああ、なんでちゃんとプリントをしなかったのやろうか?」て思いつつ見ていると「敗者復活戦」的写真集を作りたくなる。自分で失敗と言っているのだから出版社は付かない。自分でやるしかない。幾らでもあるのだ。多分、20万点くらい。

下の息子の写真をアップすることがすくないので、せめて27歳になる来月の誕生日くらいミスプリントの山の中から10枚か20枚をピックアップして出そう。
今日の午後は、インド、八文字屋女性、ポルトガルのプリント等を掘り起こすことで終わってしまった。
ルネでは、「現代思想」の陰謀論特集のなかの臼杵陽さん、成田龍一さんの文章の立ち読みをして、注文していた大塚ひかり全訳「源氏物語」1桐壺~賢木(ちくま文庫)を受け取って帰った。
外は鬱陶しい雨が降り続ける。
エリオが絶賛していたアニメ「ベルセルク」の作者・三浦建太郎さん(54歳)が亡くなったという。
とうに売り切れたものと思っていた拙写真集「出町転々八文字屋有情」(八文字屋刊・142ページ・2004)¥2500が20部出て来た。
ほんやら洞のミーティングに、笑いやさんざめきはあったか?

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2021.5/19(水)

不調続く。
昨日は渡瀬千尋さんの名前を思い出すのに苦労した。
拙写真集「美女365日」(東方出版)が出て27年。解説は針生一郎。この写真集の味噌は、1年365日の誕生日順に美女が登場。しかも登場美女が自分の誕生日に八文字屋来店なら店が存在中無料ドリンクOKの特典付き。背表紙の女性の息子さんが、偶然、ほんやら洞焼失直前にほんやら洞に来店。中学の旅行から戻り「好きな店があったよ」と言うのを聴いてお母さん(岩手県の医師と結婚。絵も上手くアクティブ)はビックリ仰天。彼女と会ったのは、ほんやら洞でなく八文字屋だったが、まさか僕のいるほんやら洞に行っていたとは!?と思い、彼女から電話があった。息子さんももう大学生だろう。いろんな因縁が詰まった写真集でもある。
更に、長崎大学を卒業下彼女を京都の建築家の若林さんも雇いたいので、紹介しろ!と言っただけでなく、あの幻冬舎の見城徹社長が秘書にしたいとも言ってきたが、もちろん、彼女はノーといった。そもそも、彼女が来八したのは、長崎に赴任中の共同通信の現編集委員の西出勇志さんの紹介だった。

先斗町「石原」の豆子さんは八文字屋でも展示会をやりたいと言ってたが音信不通で、彼女のポートレートを去年のKYOTOGRAPHIEの京都駅ビルの空中径路での拙写真展「100人の美女」展にも出展し、連絡したが音沙汰なしで、彼女の店はその後、廃業したようだ。

1時30分
一応雨があったのでルネに食事。そして書籍部で「高田渡の視線の先に」を発見。パラパラと捲る。風通しのいい写真集だった。他も立ち読みし立ち読み光景を撮影。

ハッサク買いに桝形通まで。2組B&Bに会い撮影。

原勝郎著「東山時代に於ける一縉紳の生活」は、さすがに加藤秀俊さんがこれを論じたのを中公新書第1号としただけはある。なかなか読でがある。大原口辺りのゲニウス・ロキを考えるのに大いに役立つ。その上に出町が形成されたのだ。
ネガ整理に時間を食ってほとんど何も出来ず、ヤバヤバ。
これは1980年9月14日撮影の「旅芸人野口すみえ一座」のミエ切りシーンだが、その後もこの一座は健在なんだろうか?
百万遍でラップが聴こえてくるので、確認。
「皆さんの悩みを聴きます。 野生力士 ごっちゃんこ」と看板を掲げていた。

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2021.5/18(火)

「ほんやら洞の青春」の構成は「それぞれの1969~1973年」みたいな形の記述を三分の一くらいとるかな?
中尾ハジメ、北沢恒彦、岡林信康、中川五郎、中山容、室謙二、藤田志真子、黒川創、早川正洋、伊藤隆の青春?を未熟な怪甲斐が独断と偏見の下に邪推する。これらの仲間や客が交差的関係を構築せんとして失敗したトラジコメディかな。若き鵜飼哲等々も登場。
三島憲一「ベンヤミン」も読んでいる。
4ヶ月に及ぶ「路地裏の京都」展@ベルリン日独センター実現に尽力してくれた恩人、三島憲一さんにはしばらくお会いしてないので、手強い本と判っているが、次にお会いするまでひと通り読んでおこうと三島憲一著「ベンヤミン 破壊・収集・記憶」(岩波現代文庫)をやはり、ルネで入手。
まえがきからして、カッコウいい。
「認識は分裂と中段、破壊と解体、展開と迂回の中にしかないとする。精神が実体であった時代にも本当は精神がしていた作業の徹底化のことである。
/、、、自分と同じように難しく見なければ、世界の動きの真相が理解できないとするような高慢さはない。流行の思想は常に、『おなじ難しさのすいじゅんに立てない者に対して、そういう者は世界が『理解できていない』『遅れている』と思わせるところがあったが、ベンヤミンの場合には、それはない。『私の窓の景色ですら私には広すぎます』と手紙に書いたカフカのせいしんのいくばくかがベンヤミンのテキストにはある。それゆえ難しいものをやさしく書くことができるという信念を本書は共有していない。/
、、、知的プロフィールを描くナレーションが不可能な時代にできることは、ベンヤミンのテキストという読解の難しい楽譜から不協和音をほとんど聞こえないほどにに響かせることだけである。」
これが「まえがき」の末尾。僕もベンヤミンの面白いところだけ最近読んでいるが、そんな読み方は止せ!」とは言ってない(笑)
姉に双眼鏡、届いたというが、それどころではないみたい。姉の手の膠原病歴は20年になるが、足にも来て、感覚麻痺。足の腹に砂利が入っているみたいだという。
ストレスの発生源が数ヵ所というのは、多すぎる。

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2021.5/17(月)

雨だけど、頑張ろう。
つげ義春のエッセイは予想以上に面白かった。
ネガ・チェックという手作業であり、同時に精神の運動でもあるが、ネガに対面すると頭が活性化する。
お陰で秋野イサムの素晴らしいネガも発見出来たきたし、スーパーリアリズムの淀納所のイラストレーターの名前も思い出す。存命中は毎年盆と暮れ日本画来店して朝まで過ごしていた京都学芸大卒の米津景太さん。八田淳の親友。

台湾での人権に関する大きな国際的な展示会が近々あり、僕がデビット・ボケットさんと森住卓さんを撮影した写真の出展要請が来る。

鹿児島県日置市市長選で「揺れて動く」(エディション・エフ)の著者の清水哲男さんの友人のナガヤンが当選したとのこと。
めでたい!
あのキャラならオモロイ市長になるだろう。
県内、最年少首長とのこと。
この一、二週間が兄の寿命と覚悟しており、八女行きの準備をしていたが、医師が胃ろうに前向きで兄嫁もどうやら納得した模様。何年も付添は大変だと思い、「本人も胃ろうをやらないと、だいぶ前に意識がしっかりしている時に言っていた」ので、兄嫁が胃ろうをやらず、点滴で命尽きた時に逝って貰うと聴いてきたが、医師が胃ろうをやれば後数年延命出来るので胃ろうで行こう!と言い、もう一度、本人(兄)に確認したら「胃ろうしたい」という意志を示したので、そうすることになった、と姉から電話ある。兄嫁も大変だと思うが宜しくと姉が言い、僕も宜しくと伝えてくれ!という。コロナ禍でまだ病院に行っても兄嫁も誰も入れない。
少しホッとした。

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2021.5/16(日)


京都気象観測所史上最速の入梅日とか。
5時か。
飯食いに、ほんとは足腰のための散歩だが、行こうかな。
仕事が進まないと妄想ばかり膨らむ。
写真展シリーズ・50人以上の知人が書いてくれた甲斐写真論のパンフレット作り、、、。もっと愉快のがあるか。ゆっくりさがそう。
6時過ぎに出る。
帰りは濡れる。

東京銀座ギャラリーSiaccaでの甲斐扶佐義「追憶の詩人たち」展、秋山祐徳太子、藤本敏夫両氏の八文字屋での肖像を持参したいが、隠れてなかなか出てこない。鄭敬謨氏の1978年の金芝河シンポジウムでのスピーチ姿はでてきた。
岩国「反戦喫茶店ほびっと」開店50年誌をだすので、千二百字書け!て言って来てたな。その後がほんやら洞だ。
昼飯はホタルイカ、鯛の刺身を少々。
高野川沿いを歩く。
北海道のミニちゃんからコロナ禍隔離情報が届く。
姉に一足先に誕生日プレゼントに双眼鏡を送る。
原勝郎を読む。
三島文学から入った日本贔屓の外国人作家が山本常朝の「葉隠」を翻訳したとか、チョイチョイ聴くが、聴き流している。「武士道」の核心がそこにあると思っているらしい。「死ねことと見つけたり」というのを三島の切腹・断首で納得しているらしく、得意げなのには辟易する。江戸時代半ばの鍋島藩の山本某??当方の思考はストップ。
40年程前に堀田善衛が推奨していた原勝郎「日本中世史」は「武士道」の起源を論じてとても面白い。「葉隠」から入った日本贔屓には今度からこの本を勧めよう。1872年に旧盛岡藩士出というのも「武士道」を英文で広めた新渡戸稲造と同じで、新渡戸稲造が9年先輩で死も原勝郎より9年後。京大教授という点でも3年くらいの差があり、被ってないが、原勝郎は「武士道」という本は書いてないが、双方意識していたのでは?と素人推測する。新渡戸稲造が同藩ということで後藤新平は台湾総督府でひきたてている。
それは、さて置き、鶴見祐輔は新渡戸稲造のラインを追うのだが、鶴見俊輔は父親・祐輔を育てられたということで、正面切って批判してないが、猛烈に新渡戸稲造批判を展開している。
黒川創の「鶴見俊輔伝」はその辺についてふれていたっけ?
源氏、平氏論も興味深い。

夕方の散歩。今日は、アオサギが農場で待っていてくれた(笑)。
今日も何もしないで終わった。

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2021.5/15(土)

Yさんより僕の写真を見て、連絡。
「阿修羅が、戦いより、治癒する人だったなら、こういう人物だったかな。
猛々しくも清楚で愛情満ちた存在ですね。いい写真。久美子姉さんそりゃ世間に写真はたくさん撮られただろうけど、甲斐さんからのラブビーム浴びて幸せだったでしょうね。
だけど甲斐さん、一枚の写真に、読み取れる情報や事のドラマがバッチリ、しかも美しいって、いゃ~甲斐さんビッグな写真家だな~、いいなぁ。
それなのにさりげない所が人に惚れられる理由のひとつ、
甲斐さんに会えて良かった。

この写真は私が買わなくてどうしますか。」

朝、5時からうろつく。
今日は本来なら、葵祭日。
Facebook友だち3700を数える。
松隈さんよりメール。
「昨日ようやく公開できたのですが、会期途中で中止となりました
宮内嘉久展についての報告映像を制作しました。
拙い手作りの映像ではありますが、ご高覧下さるとありがたいです。
昨日、早速、甲斐さんにおつなぎいただいた黒川創さんにもお伝えしたところ、
ご丁寧なお返事のメールも拝受しました。
その中で、お父様の遺され、甲斐さんもご協力された京都の『広域商業診断報告書』(市内11区ごとの商業調査報告)と、市内の各商店街ごとの「商業報告書」という資料の保管の相談も受けました。
貴重な資料なので、できれば本学で預かれればと思いましたので、
他の教員にも相談してみます。甲斐さんの写真もそうですが、
京都の戦後史を記録する資料の保管と活用を進める必要性も痛感しました。
小生は京都とは無縁で暮らしてきた人間なので、
どう手を付けたら良いのか、
またご相談させてください。
尚、宮内展の図録は、建築専門書店の、
東京の南洋堂と大阪の柳々堂で販売していただいており、
この映像を通じて」
川端通から鴨川にチャリと入ろうと鉄杭?のあるこんもり坂から入らんとたら杭に引っ掛かったのか、あれれ?転けていると思っているとスローモーションで「あっ、転ける」と気づきつつ案の定?ドテッと転び、かたっ尻をこっぴどく強打した。
歳だ。一歳上の兄が訳わからない死にかたをしようとしている歳だもんね。
気をつけよう。
給付金の申請をする。

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2021.5/14(金)


7時に松屋に行くも空。7:30まで飯なし。
気がついたら、エバーノートが使えなくなっている。
しょっちゅうアレコレ変わるのについて行けない。
今日は、2時まで「鴨川逍遥」会場にいます。大阪から来たのだが、金石範の「火山島」4~7を売っている古本屋を知らないか?と訊いてくるオッチャンあり。

今日は、つげ義春の「苦節十年記」「旅籠の思い出」を読む。正津勉さんとの珍道中もあり。
S、蕁麻疹で病院へ。
篤兄、余命幾許もなし。救命(延命)手術なしの方針と、姉経由に聴く。

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2021.5/13(木)

「鴨川逍遥」会場で隣に座っているオッチャンが鳶にパンを鷲掴みにして攫われていく現場を昼前に見る。
増山実さんのFacebookにコメント。
大文字屋の主人は、1980年頃、京都薬科大学の教授の筈です。
川端康成は、八文字屋の最初のオーナーの姉が八文字屋と同じ場所で瀟洒な木造の喫茶店「築地」みたいな二階建ての2階で戦後、木屋町の三大高級バー「はる坊」(「東山ダンスホールの有名女優。戦前は従軍慰問女優)を経営するのを応援していた。一階には弟がサラリーマンをやりながら少し安いバー「シロー」を経営。「はる坊」では川端康成は「はる坊」で1960年代末で「ダルマ」(サントリーオールド)のボトル1本キープ代を払っていた。その頃、大分・京都間の国鉄急行列車代は¥1400だった。68年の同志社大学の入学金が¥30000だった。その川端康成にくっ付いて水上勉は時折り「はる坊」通いをしていて1974年のテレビ番組「スター千夜一夜」に水上勉は「はる坊」さんとシローの嫁(「はる坊」のお手伝い)節子さんを招待した。他の二大バーは「よしこ」と「ルニー」。「よしこ」は八文字屋開店時には八文字屋の上の階に来て二年継続していた。「よしこ」さんは、竹久夢二描く美女に似て、それはキレイでした。「ルニー」は1985年くらいまで「たん熊本店」の路地向かいにあった。「たこ入道」はその奥にあった。
京都には、二、三大系列の本屋さんの流れがあって大正時代まであって若林さんは、粟生光明寺派の本屋の元締。大正末期、河原町通が出来るまで、寺町二条界隈が最先端の繁華街でした。若林はこの35年で少し縮小したが、同志社英学校のテキスト等も一手に扱っていた。
その筋向いの角には30年くらい前まで梶井基次郎の「檸檬」に出てくるレモンを売っている「八百卯」があった。当時の「丸善」は三条通寺町西に十字屋とならんでありました。
ついでに今のことを言えば、筒井康隆の妹さんは少し北の病院の奥さん。
増山さん、増山作品にケチをつけるつもりは毛頭ありません。蛇足を少し。
素晴らしい小説です。

増山さんは「河原町のジュリー」にいちばん近い書店として丸善をあげてます。営業上当然でしょう。当時、筋向いには万引き少年に優しい河原町蛸薬師通の角(現ビックリドンキー)にも古い書店がありました。また、丸善を少し下がると茶道に少し特化した竹原書店もあった。その南の現ファミリーマートの地下に独特な品揃えの京都書院イシズミ店もあった。もちろん、河原町四条上ルに当時としては大きい「オーム書店」もあった。高田渡がバイトをしていた僕たちがいちばんよく通った京都書院本店もあった。蛸薬師通を数軒西には政治臭の強い、あまり客が寄り付かなくつつあった「ミレー書房」もあった。ここのオッチャンはオールド・ボルシェヴィキだったが、各セクトの機関紙もマメに置いていた。か寺町通に来る三月書房の宍戸さんとかっての同志で宍戸恭一さんと共にオッチャンは「フランソワ」の一角(南角)に小さな「ミレー書房」をやっていた。戦時下の抵抗紙「土曜日」(ヘウレーカ刊の中村編著『キネマ/新聞/カフェー――大部屋俳優・斎藤雷太郎と『土曜日』の時代 』に詳しいが、斎藤雷太郎が久野収、武谷三男らの協力を得て刊行し続けた)を常設したフランソワの立野さんとも抵抗の同志だった。更に余計な事を言えば、三条通にジュリーが寝起きしていた「リプトン」の東には蕎麦屋「田ごと」と旅館「大文字屋」があり、その数軒東に「そろばんや」と「みすみや」(純粋書店でなくかっての「針屋」が本を扱った)という老舗が並んで30年前まであった。「田ごと」も戦後間もない頃、主人は日本共産党の活動家で、息子がピストル事件を起こしたと当時の新聞で読んだ。三条通より一本南の六角通にうなぎの「かねよ」があり、二階に日本共産党の国際派の誰だかの扁額がいまだに掲げられている筈だ。戦中戦後の京都の繁華街には社会を変えようという志を持った心優しい大店の店主が多かった。富岡鉄斎のスポンサーでもあった鳩居堂の先々代が鉄斎の孫だか曽孫だかが治安維持法で捕まりそうな急場を助けたというようなエピソードを1983,4年頃、北沢恒彦、中山容と僕が新京極商店街理事、古老にインタビューした際に聴いた。河原町のジュリー)もホームレスとはいえ、それらの人々の懐の下にいたと言えなくはない。ジュリーの頃、えずくろしい絵を描いた(近辺出身)甲斐庄楠音も70年代初めに闊歩していた。八文字屋開店当時には女優の池上希実子が近くでゲイバー“Cocoacoco“を経営していた。勝新の連れ合いの中村玉緒も付近生まれで、この界隈は「異人」に優しい界隈だった。
僕がこの界隈の書店にやたら詳しいのは1973年に始まった「中川五郎・秦政明フォークリポート裁判」の事務局をやっていて裁判の「冒頭陳述」をカナタイプで打ち、冊子にしてそこら中の書店にひとりで「置いて下さい!」と片っ端なしにお願いに回っていたからだ。
それに対する書店の対応のいちいちを今で覚えているが書かない(笑)。
因みに「ロックン広場」作りを提唱したのは、北沢・中尾・甲斐チーム(特に北沢恒彦は、スタッズ・ターケルのバートランド・ラッセルの公園論まで援用した。商店街店主に「貴方達は、河原町通、新京極通を走る暴走族の前に立ちはだかって話ができますか?」とまで言って、如何に若者との会話を求めた。)だった。

兄の病名ちがった!
進行性核上性麻痺
進行性核上性麻痺(英: progressive supranuclear palsy: PSP)は1964年にSteele JC、Richardson JC、Olszewski Jの3人によって報告された疾患である。原著では7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告がされている。その臨床的特徴としては垂直性注視麻痺、偽性球麻痺、項部ジストニア、認知症、姿勢保持反射障害があげられている。10万人あたり6人程度である。臨床診断基準を満たすものでもいくつかの亜型があることが知られている。典型的な臨床像はRichardson症候群とよばれる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

中川畳店に契約更新。
11万円を持参。
「毎日、写真、凄いね」というのと同時に「Oさんから頼まれていたけど、言わんできたけど、OさんもNHK放送を見たんや。天井が抜けんようにだけは気ぃつけてな」と。11万円支払う。

僕はやはり、去年の東京行きより、原稿も書けないし、調子を崩したままで、姉の懸念は当たっていると思う。

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2021.5/12(水)

12時間iPad作動しなかった。
この12時間のストレス、きつかった!
眠れず、今日こそ原稿を!と思っていたのにEvernoteすら開かなかった。
朝の散歩。京大キャンバス、松屋(毎日¥490の朝定食)、旧今出川通、「鴨川逍遥」展の往還。
今年は鴨川、吉田でもウグイスが多いなと思っていたら、由布市、仙台でもそんな感じだという。何かの現象という訳でもないのかな。安岡さんも東京、高知でも同感という。
京大生協ルネで15%オフ買ったつげ義春の「近所の景色 無能の人」(ちくま文庫)を一気に読む。発表年月を見ると「魚石」(1979年11月)から「蒸発」(86年12月号)までの近所の景色・散歩の日々・ある無名作家・石を売る・無能の人・鳥師・探石行・カメラを売る・まで全10篇。同時期の自分の生活の核心とも共振して面白い。発表時に「無能の人」を読み、その前が「スルメ男」だったのも思い出し感動した。
来年、焼失がほんやら洞創立満50年というので写真集作りの作業を進めているいるが「出町・糺の森・百万遍」も考えている。出町・糺の森は70年代から撮っているが、今、吉田在住という事もあるが昔の河崎宮(こうさきぐう)のエリアの物語と共に写真も集めるつもり。コモンズとしての出町デルタ周辺を核として。
早く手をつけなけねば。
姉が海人彦に電話してガールフレンドについて質問したという。

S蕁麻疹という。
奈良井さんに吉田の家の契約更新の保証人になってもらうために八文字屋にきてもらう。

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2021.5/11(火)

2時、3時、5時と目を覚まし7時起床。
「八文字屋の美女たち」をアップして、当分、これ、やらないとFBに記して朝飯へ。松屋、セブンイレブン、会場へ。
宝島社が4人の少女が竹槍をかざした「撃ちてしやまん!」の両面広告(朝日新聞)を出す。
ギュンター・グラスの「猫と鼠」も入手したい。
ふたグループの園児が来ては直ぐに去って行く。カラスのセックス目前で展開。目の前でいろんなことが起こる。
荻野さん、西村さんを撮る。
ルネ、ルパン、八文字屋、晩ご飯。
八文字屋の美女たち。
キリがないので、このシリーズ当分休止。
出町三角州を縦に切り、よこに切りしてどんな物語が書けるか?描かれうるか?
川の民の末裔の視点だな。

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2021.5/10(月)

大阪の鶴橋周辺を舞台にしためちゃくちゃ楽しい毎年やっている夜だったり昼だったりする路上祭に40数年ぶりに入り込んでいる夢を見て愉快になっていた。
それぞれグループ、店などが取り仕切っていて、そこら中に因縁のあるポイントがあり、掴まるーーそんな夢。天神さん、弘法さんが飲み主体で展開している、大学生の学園祭なんてものでない。周りは日常生活。ここだけ年数日、いろんな縁ぐるみ、本来的意味の一揆が大小様々露呈しているという感じ。
コロナで営業停止の間、何にもしてない。只管寝ている。これも仕方ないか。身体の求めに応じているだけか。
65年間同じようなものだったかも知れない。
親父は45歳くらいから畑仕事、盆栽、百合や薔薇つくりに後は酒を飲んで寝ていただけかも知れない。後は日記を毎朝付けていた筈。60歳くらいから15年くらい海釣りにハマっていた。それでも、死ぬまで長男の年金を代わりに払っていた。
僕もこれからやるべきことは大体決まった。
朝の賀茂川ベリは気持ち良し。
アオサギにとっても「鴨川逍遥」会場は餌場で、人がくれる餌を鴨、カラス、スズメと争って食っている。近くで40からみの女が「私は日本もオーストラリアも居たい場所じゃないんだ。、、、」とケータイで喋っている。
コロナ禍後は半隠居でポール・グッドマン、成島柳北を精読して慎ましく暮らすか。
12:10まで会場前に居る。
後は何をして一日を潰したか。
ルネで山下さんが「さっき『人新生の〈資本論〉』の斎藤幸平さんがここに来てくれたのに会いそこなった」と悔しがってみせる。ブコウスキーの柴田元幸訳「パルプ」(ちくま文庫)買う。もちろん、五郎さんのも。
一日何をしていたのだろうか??ルパンの店に行き損なう。業務スーパーに豚バラと香辛料類仕入れは行く。

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2021.5/9(日)

深夜、ネガ探しをするのは、当分、やめよう。
プリントすべきネガがたくさんあるのは確かだ。
でも、これをプリントするエネルギーも金もない。
自分の手では無理だ。
朝の散歩で京大、畳の立看板3枚撮影。
コロナ禍の影響で制作現場のサンみつを避けるために「ゴルゴ13」(ビックコミック)は1968年11月に始まり、53年続いていたが、しばらく、休載らしい。
今日も一日何も出来ず。プリント探しとFBにアップのみ。
この4、5日は写真を見ながらいつの、何処の、誰の写真か毎日百人近い人を同定することばかりで、少し疲れた、というか、他の事が出来なくなりそうなので、これも休もう。

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2021.5/8(土)

また、変な夢。どういう訳か僕が小津安二郎について講演会を開くというので、梶田さんや角信明さんが楽しみに来ている。角さんなんかは、そのために小津の映画を既に掛けていた。もちろん、また、発表の段に、どういう手違いでこうなったのか?と聞き返しつつ、立ち往生する夢を見ていた。
スタッズ・ターケルについて幾らでも喋れるといい喋り始めるが、これも上手く行かず、立ち往生。自分が過大評価されているのが判る。平然としているが、得意な話でも行き詰まる。ほんとは「文机談」の琵琶法師の教円発見とスーパー反対闘争から芝居「彷徨う弁天さん」創作失敗談に持って行くつもりだったのに!というそんな夢。
どこかの大学だった。
ルネに「ほんやら洞日乗」が入っており、買う。
朝歩き過ぎて午後、疲れ2時間眠る。成島柳北も一応、ケリをつけたので、いよいよ、本丸。
夜も松屋で「ゴロゴロチキン+野菜+味噌汁」締めて¥690。
北海道の甥は陰性と判明。
右足下に水疱が出来て痒い。
ずっと不調。

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2021.5/7(金)

ケッタイな夢を見ていた。
僕が小津安二郎映画について講演をすることになっているを忘れていて当日、皆んなから責められるという夢。
梶田さんや彼の女友だち、角伸明先生も来ていて、小津の映画の上映も始まっており、僕は最初から断っていたでしょ、と言って「彷徨う弁天さん」話に逃げようとする。それで講演話、お茶を濁す。
朝の散歩は桝形通まで行く。
めまいのする散歩。「小曽根はるかの友だちの伯川です!八文字屋に行きました」と若い女性(伯川さん)から声をかけられたが、この場では撮り損なう。
神林さんよりメールあり。
年譜、用語をかけ!とのこと。
鴨川でSと昼食弁当食している最中、鳶におそわれる。先斗町の猫に会う。
1時八文字屋。疲れ暫し横になる。戻っている最中に府警5人+府職員の腕章付きの男女5人に鴨川で遭遇。河原飲みチェック。
チャリを漕いでいると姉より電話。北海道の娘がコロナで隔離された。孫は検査で明日判明と。
戻ってiPadを八文字屋に忘れたのに気付き再度取りに店に行く。
少し家飲みすべく濁酒探しに業務スーパー、リカマンに行くが共になし。「トラジの唄」というマッコリ擬き(6℃・名古屋の酒屋)を買う。まずまず。少し酔う。
早々に就寝。

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2021.5/6(木)

3時半起床。
気がつけば、ルーター不能。祇園の子どもたちにいいねが108つく。
松屋、セブンイレブン。猫いず。
白水社原稿料いり。
家の契約更新の返信だす。
コレクションで秦本読み続ける。
秦恒平著「山県と成島」本をジェフ・バーグランドさんからFBで「いいね」された。

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2021.5/5(水)

50年前の今日は、京都、広島、福岡の若者ら30数人、当時(沖縄返還前)日本最大の米軍海兵隊のあった岩国基地周辺に「子どもの日」に因んで「凧揚げ大会」を行った。「アメリカはベトナム侵略をやめろ!」「日本政府はアメリカのベトナム侵略に加担するのをやめろ!「ベトナムはベトナム人の手に」「米兵も我々と共に反戦の声を!」等思い思いの呼び声を上げながら、基地周辺をデモ行進した。
その結果、数時間は、岩国基地の米軍機の離着陸は妨害され、飛行不能となった。
僕たちの行動は称揚され、僕自身はこれを機に旅に出ようとおもっていたが、もう少し京都に居ようと踏み止まることになった。
帰洛直後の僕は、上洛したばかりのヒッピーの中尾ハジメに会い、いろんな意味で励まされ、翌年正月早々、中尾と共に岩国の「反戦喫茶ほびっと」つくりの応援に行き、その直後に京都ほんやら作りをもっと多くの知人・友人の支持・リーダーシップの下に敢行することになった。

松屋、コレクション、鴨川経由で八文字屋。驚いたことに羽根帽子お兄さんは雨の今日も傘さして広場に出勤。
八田淳さんの写真の注文、藤村さんよりあり。
大木さんにカステラ、チャンポン貰う。
日程を7月23日~31日と決める。
秦恒平さんの「湖(うみ)の本151」恵送さる。今回は「山縣有朋と成島柳北 この二人の明治維新」。
Facebookコミュニティペナルティ。
インスタグラム「祇園の子どもたち」10時間で99記録。

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2021.5/4(火)

今日はなんらかの写真集に使えるプリントを数十点、この夏、東京銀座のギャラリーSiaccaの「追憶の詩人たち」(仮題)に出展可能なプリントとネガ十点前後を6年4ヶ月のほんやら洞火災以来、初めて発掘した。使えるかどうか判らないが、多分、竹熊さんだと思うが、高取英さんと呉ジンカンさんに挟まれてるプリント@八文字屋もあった。
不調と思い続けて来たが、よくよく考えると、ただの老化で自分が思っていることが時間がかかってできないだけだと思う。
八文字屋に行き、業務スーパーの買出し。往復、羽根帽子のお兄さんに会う。
冷麦を食って茂庵に行く。帰りに風工房によるもしまっていた。
鴨川では羽根帽子のお兄さんは、地べたにひっくり返りねていた。
6時半からiPad作動せず。

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2021.5/3(月)

天気が良い筈。
Instagram kafusayoshiを始めてほぼ一年あまり投稿はしてないが、フォロワーが、丁度1000人になった。
今日の目標は三つ。目標以外に大切にしたいこともある。
バンドデシネの巨匠・エマニュエル・ギベールさん@ほんやら洞のプリントが出て来た。八文字屋美女表紙のチョンレのも。藤田一良弁護士のプリントも発見してホッとした。
今朝のネガ分別、廃棄・水洗い作業で数点のお気に入りネガ、1975年、85年、97年のが出てきて、まだ作業を続ける気が起こった。
仮に2、3年後に引っ越すにしたら、もっとゴミ片付けのピッチを上げる必要がある。
日々、掃除。
ベルリン日独センターの拙写真展「路地裏の京都」のオープニング・パーティには、寿司、やきとり、蕎麦の屋台だけでなく、楽隊が来て演奏更にダンスパーティもあったのにはびっくりした。大使も来てスピーチ。僕もめちゃくちゃな英語でスピーチしましたよ。パーティに200人位来場。プリントは全紙だけで230点展示の大個展で3ヶ月の予定が4ヶ月の展示になりました。三島憲一さんのお陰でさる保険会社がはなからスポンサーでした。

サービス精神旺盛な田中神社の孔雀とオシドリ鳩。

僕としては遅めに「会場」に出勤。
向こうからジャン・ポール・ルパップ先生がやってきて「丁度、今、甲斐さんの事を考えていた。ほんとよ!10秒前。今日、集会かデモある?ないね、寂しいね。明日、徳島大学のあの教授の講演に長岡天神に行く。動画をみたけど、ホンマもんかどうか実物を見れば、直ぐ判るからね。甲斐さんも動画みたの?今日はツバメの低空飛行多いね。気圧の関係で虫が地面近くいるので、これ本当よ」と言う話をしていると、秀美さんがやってきて、更に、目の前で横になっていた新潮社の元『考える人』の金編集の奥さんが立ち上がり「あら!甲斐さん!旦那は、こう、ここに居る、貴方!」という話になり、銀座の個展のテーマになり、鶴見、小田、坪内、六平、杉本さんの話から佐久間文子さんの新刊本話、鴨川逍遥の話をしていたら京都新聞の松村さんの若い知人が「カイさんでしょ」と来た。
やはり、遅く来るもんではない。早々に、金夫妻を撮って、桝形通に買い物へ。
ほんとうは、こういう四方山話をたっぷりして、それを書くこともこれからの日課にしようと思っていたが、今日は退散。

Facebookに寂しい百万遍の一瞬の看板風景をシェアしたら、これ見た90歳を過ぎた社会学者の加藤秀俊さんが「寂しいですね」と投稿してくれたので「このような立看板を京大当局と市役所が一緒になって禁止して取り締まっているのです」と書いたら、直ぐに加藤秀俊さんが
「京都は『伝統文化』をたいせつにする都市です。これも新規ながら伝統文化であることは周知の事実。京都市はオカシイ。」と投稿してくれた。
老齢とはいえ、社会学者加藤秀俊はまともだ。

糺の森で、葉さん&マルタンという「美女と野獣」に遭遇して撮影。
今日は世の中の動きに全て押されっ放しの一日。
用事を済ませ、あちこちに忘れ物をして彷徨く。

Facebookがこの3週間とても使い難くなった。
アカウントの写真家甲斐扶佐義、八文字屋が何故か消えてしまった!!

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2021.5/2(日)

3時半から何度も目を覚ます。
面白い夢、いっぱい見たけど今は描かんとこう。
長年、お客さんがたくさんいる店にいたので登場人物も多い。
その絡みを書かないと面白うない。
書いていたら一日が潰れる。
たとえ店が早く潰れようとも納得のいく暮らしをしなければ。
松屋、セブンイレブンでテイクアウト・コーヒー。昼前コレクション。コレクションのメニューをチェックする父と息子。ギャラリー・ヒルゲートへの道。「鴨川逍遥」会場には帽子羽根のお兄さん、飛び回る子どもたち前にして「わたしの墓の前で泣かないでください」と朗々と歌っていた。新井満の「千の風になって」じゃないですか。びっくり!秋川雅史!?壁?に向かって尺八を吹いたり、歌っていたりするおじさんもいた。ヒルゲート。雨が降り出す前にと、慌てて帰宅。
今日の朝日新聞朝刊(市民版)で京都精華大学ポピュラーカルチャー学部教授の斎藤光著「幻の『カフェー』時代 夜の京都のモダニズム」(淡交社)を紹介。因みに、本書の装丁は、甲斐の写真のアシスタントの浜田佐智子。
ひと月先(6月1日発売)の「BRUTUS」の京都特集に八文字屋が拾得、まほろば、と一緒に出る。7月23日~7月31日の拙写真展「追憶の詩人たち」@銀座ギャラリーSiaccaの告知もありと、フェイスブックに書くとたくさんの方が「いいね」してくれた。
ヒルゲートで水村喜一郎さんに会ったくらいで他はなにもしなかったに等しい。ベンヤミンの「一方通行路」を読んでいてゲーテの家を訪問したのを思い出した。そして、ゲーテの作品を幾つか読んでいたことも。
それでも、ゲーテの家の記憶がほとんど消えているのも思い出した。
作品を読んだことは僕には何の意味もなかったのだ。ベンヤミンのゲーテ宅訪問は夢の中にいるのと等価だったようだ。
今日はもっと仕事をするつもりだったのに、出来なかった。

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2021.5/1(土)

2時半目覚め。
5時起床。iPad再起動に悪戦苦闘すること、2時間半。
松屋、セブン。ノーボディ・ノーキョート。
猫も目覚め。
W・ベンヤミンの「都市の肖像」で1番気に入ったのはナポリだった。
46年前の丁度、今頃、晶文社から「都市の肖像」という比較的薄い巻で出た。
2年前までなら行くチャンスはあったが、もうないか。
今朝はちくま文庫で読み返し、今度、ナポリ近郊出身のエリオにベンヤミンの記述を問おう。

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更新情報

(7/12更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、7/12〜8/1まで、営業時間を17:00〜21:00(L.O.20:30)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(6/20更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、6/21〜7/11まで、営業時間を17:00〜20:00(L.O.19:00)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(6/15更新)

カイ日乗(5/1〜31)を更新しました。

(5/31更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請延長につき、6/1〜6/20まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(5/10更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請につき、4/25〜5/31まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(5/3更新)

カイ日乗(4/1〜30)を更新しました。

(4/25更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の休業要請につき、4/25〜5/11まで、休業いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(4/11更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、4/12〜5/5 4/24まで、営業時間を20:00(L.O.19:00)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(4/10更新)

カイ日乗(3/1〜31)を更新しました。

(4/3更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、4/5〜4/11まで、営業時間を21:00(L.O.20:30)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(3/15更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、3/15〜3/21まで、営業時間を21:00(L.O.20:30)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(3/10更新)

カイ日乗(2/1〜28)を更新しました。


(2/28更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、3/1〜3/14まで、営業時間を21:00(L.O.20:00)までと変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(2/10更新)

カイ日乗(1/1〜31)を更新しました。

(2/7更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、2/8〜3/7まで、営業時間を16:00〜20:00(L.O.19:00)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(1/20更新)

カイ日乗(12/1〜31)を更新しました。

(1/14更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、1/14〜2/7まで、営業時間を16:00〜20:00(L.O.19:00)と変更いたします。ご迷惑をおかけいたします。

(1/12更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請延長につき、1/12,13の営業時間を16:00〜21:00といたします。

(12/21更新)

●【八文字屋の営業時間について】
京都府の営業時間短縮要請につき、12/21〜1/11の間、営業時間を16:00〜21:00までと変更いたします(年末年始も無休で営業しています)。


(12/14更新)

●甲斐扶佐義「鴨川逍遥」写真展の会のページを作成しました。
詳細はこちらをご覧ください。

●甲斐扶佐義2021年カレンダー「出町ノスタルジー」12/22発売!予約注文受付中。
詳細はこちらをご覧ください。



(12/7更新)

カイ日乗(11/1〜30)を更新しました。

(6/30更新)

●小冊子「怪甲斐ワンダーランド」写真/文 都築響一、手描き いしいしんじ、編集 甲斐扶佐義(頒価1500円+送料200円)
ご希望の方は、こちらのページよりご注文ください

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