2018.5/31(木)


この15年、惨憺たる日々を送って来たが、やっとーー遅きに失するという話もあるがーー脱出口が微かに見えてきた。
書下ろしの後、数年来あたためていた写真集を数冊作りながら、新たな挑戦もするつもりだ。
大分物、全国美女巡礼の旅とは別に、ほんやら洞に拠る愉快かつ心あたたまる群像、20数年来「マロニエ」「ヒルゲート」で出会った昭和から活躍するアーチストの肖像を、時にはアトリエを訪問しながら素顔を、捉える作業もしたくなった、
終日、ダウン。「ひらがな館」で久しぶりにビッグバーグ。
WiMAX2+というSpeed-WiFiが作動しない。iPadが使えず、困っている。
微かに動いた。

何方か拙文「対抗文化のなかのほんやら洞」(原稿用紙400字詰めて8枚)を台湾語、北京語に訳してもらえませんか。
報酬は僅か八文字屋でボトル1本。
現段階で、英仏韓訳は上がっており、独伊西訳は進行中。
アラビア語も打診中。

ほんやら洞開店記念ということで、ほんやら洞にはいろんな変な人が来ていたので、あまり人目に触れない面白い方の書き残したものは?と探したら、横川さんの詩集「北白川T字交差点」(平成6年1月31日発行。編集・発行者は福本早穂、装丁は浜地弘子)が出て来たので、紹介する。大変愉快なで硬骨漢とも言うべき牧師です。本当は、花言葉」とか「2・11詩集」「ちらし詩」とかが好きで懐かしいのだが、焼失して手元にない。古河鉱業の創始者、古河市兵衛伝というのを書いては、読ませてくれていたが、あれはのどうなったのだろう。
6月3日の職員組合かもかわ会館での講演会のタイトルは「在野研究家のこぼれ話ーー管見日本キリシタン史4部作を中心にーー」やや厳しいが、きっと笑わせてくれるでしょう。(当日、水口公也さんと池田浩がゲストとフライヤーにあったが、池田さんは欠席とのこと)僕は話を聴きに行くというより、ご尊顔を拝し、4部作を買いに行くのだが、少し読み返してみた。
(昭和天皇話の「僕の英雄」等が本領発揮というべきだが)
仕伏町の教会と横川さんの人柄を彷彿とさせる一節を紹介したい。以下は同書第4章「マタイ伝18章20節」の「マタイ伝18章20節ーー北白川パプティスト教会ーー」の全文。

破れ寺のような教会てす と説明を真に受けて
水口君は「破れ寺のような教会で結婚式を挙げます、気にいりました。」
と案内状をだした

夏には草がぼうぼうと生え茂ります
地球のうえで人だけが威張ることはない
草をよけて人の道ができました

草の向こうは畑です
きまったように夏はさつま芋、冬は玉葱
虫と喧嘩をするのはかなわない と
葉っぱはちょっぴり手抜きの畑なのであります
聖書を読むことで
教会は立ちもし倒れもする
ここは手抜きなし
ゆっくり聖書を読んでいます
一章に七年かかりました

自分の目と口で読むこと
だから説教はありません
牧師は居るような居ないような
口をあんぐりあけて
思わぬことを喋る人の顔を見つめてます

賛美歌はうたってもよいですが
めったに歌いません
国歌斉唱に凝りたのてす
やみくもに口をそろえて
そして歌は人を酔わせます

お祈りはございます
あきらめたくなるような
あきらめてはいられない
未来への手探り、お祈りです
だから、お祈りは働きます

ニューイングランドの教会のようだ
と言ったのはツルミシュンスケさんでした
そんな魅力的な教会なのか
調べてみたらアメリカの田舎の教会でした
ツルミさんは落ちかけた天井の下に
座っていたのでした

人は
明日はどうなるか、判りません
それなのに
人は生き抜こうとしています
何かを見ようとしています

ここには五、六人の人が集まります

マタイ伝18章20節
「二三人わが名によりて集まる所には、
我もその中に在るなり」
(1989・4・1)

追記 横川さんは、昭和5年生まれというのは、30年前まで覚えていたのに、いつのまにか、昭和元年生と記憶が入れ替わっていたが5年生です。仙台陸軍幼年学校では、加藤秀俊、いずみたくと同期らしい。かって、この幼年学校には大杉栄も通い、自伝に愉快なエピソードを残している。
なお、同詩集は、僕らの英雄、暦、耕へ、との4章から構成されており、(あとがき)とあるが、編集者のそれでなく、井上志津子さんの「横川さんと散歩する楽しみ」と木辺弘児「バッテン、この人を見よ」の寄稿も付録であり、井上志津子さんのは、楽しい。


八文字屋の客は奈良井さん
ひとりという寂しく、お粗末な1日。
ワルを擁護、隠匿する一瀉千里の波は何処へ行く?
限りなく猿芝居に近い国会、検察も気になるが、客のない店も。
展覧会なんかやっている場合?と多少思うが、今はこの道しかないのも確か。
何をどうやり繰りするか。
慎重に突破しないことには先がない。
もうひと息だ。
さあ、帰ろ。
この10日間が勝負。
写真展が終わっても山がある。

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2018.5/30(水)


偶然、秦恒平さんの「顔」論を読んでいる。秦さんの歴史的考察は井上さんとしては未踏の領域。井上章一「美人論」を発展させるために、井上章一さんもこの「顔と首」(『芸術新潮』昭和52年《1977年》9月)を読んだら、どうかな、と妄想を抱いた。然るのちに、6月16日の鶴田一郎・甲斐2人展のオープニングトークに臨んだら面白くなる筈。というのは、イラストレーター・鶴田は今や神像・仏像の世界に突入せんとしている観があるからだ。
秦は埴輪、歌仙絵、頂相画、能面の中に日本的表現の秀れた特質を見ている。

今日は、ほんやら洞開店記念日。岩国の「反戦喫茶ほびっと」工事の後、ほんやら洞工事は仲間を相互に確認しつつ進んだ面があり、ゆっくりしたテンポでオープンを迎えた。1972年、つまり46年前の今日だ。
今日まで終えようと思っていたことも果たせず、今日が来た。
イスラエル、テルアビブのロッド空港で日本赤軍の岡本公三が銃を乱射した日だ。ほびっとがデッチ上げに巻き込まれることになった日。
90年代には京都新聞紙上2弾目の連載「京都美人地図」に続いて『BT』誌に美女日記?を書き、気がつけば「美女本」を14種類も出版し、さて、4月からは1万人以上の美女のアドレス・連絡法を記載したノートをもとに「全国美女巡礼」集作り(集大成)の旅に出るぞ!(笑)と、新年早々、意気込んでいた段でのほんやら洞焼失だった。

Dear Kai-san,

I am a spanish amateur photographer living in Japan until end of this year. My friends Emiko and Roy took me to your bar a few weeks ago and I had the chance to know your amazing work and had a good time listening to live music.

I am now traveling around Japan but I will be back to Kyoto in middle of June. I was wandering if you do workshops, classes, meeting or any other activity related to photography.
I am developing a project about salary men in Japan from a surrealistic point of view (digital photography) and it would be great to have some feedback and guidance from a professional.

Also, I would like to ask you: do you do portraits? I would like to have a photoshoot for myself to use for my portfolio, social media or website: www.exiliofoto.com

Thank you very much for your time. Looking forward to hear from you.

Kind regards,

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2018.5/29(火)


27年前にヴィクター・マトムという南アの写真家初来日の時、国際交流会館での対談に引っ張りだされたが、その時の僕を呼んだ立命大の櫻井卓造さん(現信濃毎日新聞)よりメールあり。
エンジン掛からないが、少し原稿に取り組む。
さいたま市の大原康爾さんに注文の「追憶のほんやら洞」を送る。ルネにカレンダーの売上の入金確認要請に行く。
「現代思想」明治150年が気にかかる。というのは、明治100年の「展望」の鶴見・竹内好、色川大吉の鼎談を読んだのが、ちょっとしたスプリング・ボードになったからだ。
古本市ではねずまさしの「ノモンハン」欲しいが買えず。
百万遍の風物詩を少し撮り、戻って、2時間眠る。何ということだ。
コレクションでコーヒー+ケーキ。
火曜日は辛い。
大橋晶子さん&永澄憲史さん、杉本安弘さん&京大文の院生の女の子そして直人君のみ。

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2018.5/28(月)


夢。
「春いち」をやっているような会場に行っていた。
その前に、東洞院三条の知人の店が仲違いで閉店とのことで、店の奥まで見させて貰い、もし借りるとしたら、家賃25万?と想像して、朴ちゃんに“どや!?”と電話。階段からでない下への降り方をしようと思った時には、その家のある敷地は更地になっていて、電信柱より高い場所に身を置き、降り方を思案(まるでチャップリンの『サーカス』みたい)、落ちたら、全身ぐちゃぐちゃに?無事降りて敷地がめちゃ狭いと思い、招待券が2枚ある集会、春いち?へ。
60年前の大分駅の跨線橋が階段になったような通路から会場へ。
会場は四面全て緞帳で囲われて、まだミュージシャンがひとりも登場してないが、Sを残して戻ろうとして先の跨線橋がぐちゃぐちゃになっているのに気づき、その羽目板が破れた個所の先から、高田渡、岡林ら数人が出て来て「甲斐さん、来てくれたのぉー!?」と喜んでくれるので、帰るのをやめて会場へ逆戻り。戻りの跨線橋ではテーマソングらしき「俺等、トラックの運転手だったんだ」のサビだけが繰り返し数回、“No Woman-No Cry”のリズムが流れる。会場に戻ってもそう。(カオリンズにチャンス到来か!と思う)。いっこうに始まりそうにないので、痺れを切らせて、Sを残して帰る事にする。「帰り方、わかるの?」とSが言う。場所は東京。何番ホーム何々行きに乗って、どうのこうのという。房総半島にハブ空港(函館)があり、そこからアメリカ経由で京都に帰るらしい。
戻ったほんやら洞は、客でごった返していた。
そんな夢。
八田淳さんと1968年に京都から東京までチャリ旅行をした京都学芸大の卒業生の石田さんの個展拝見。絵画も出し、結構、いい値がついていたが、売れている。帰り、ルパンに会いに行く。
仕事進まず。出勤路の西部講堂の前に工事バラックが建っているけど、まさか、西部講堂を潰すのではないだろね。秦恒平さんが2月の時点で「湖《うみ》の本」138 『美の深窓・美の散歩」を送って来てくれていたのを今日、発見。
6:00頃高松樹さんとリカマンの前で遭遇。幸家さん、京大を出て12年間メキシコにいた川上聡さんと2人の学生も一緒。川上聡さんがスペイン語訳をやってくれると言ってくれたのに、名刺紛失。
今日も来ると言っていた石田さんは来ず。大学以来犬猿の仲のタテマツさんが、抹茶饅頭を持参。すぐに高松樹さんグループの3人来る。後は、段ちゃん、今西さんとギタローの連れ合いが来て終わり。
スペインで展覧会の打診メールあり。

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2018.5/27(日)


昨日は、高田渡の姪のマサコさんは友人と来たけど、その友人と丁度一年前に初めて来八した際に会ったらしく、以来ずっと仲良くしているそうで、その一周年記念日だったという。
その二人が来るまでは、19:00過ぎから20歳のサラさんという精華大の美術学部の写真の女性とずっと二人っきりで歓談し、アシスタントのSと3人で共に共通の(トライアングル)プロジェクトを試みようという話になった。彼女は、昨年末、来八して2月からバイトをしたいと言っていたが、以来全く顔を出してないメキシコからのナナさんの推奨での来八だった。

肝心な作業が5週間停滞してる。
なんとかしなくっちゃ。
とても静かな八文字屋でした。
久しぶりに浅利ちゃんは早くから入った。陶芸家の石田博さんは弟子?筋の橋本さん?高橋さん?と早々に来店。海坊主も会って3回目の男を同伴し、体調不良の奈良井さんも来たが、ダービー男は姿をあらわさず、K_Kei、鹿さんの姿もなし。石田さんの連れと浅利ちゃんはイラン絨毯について語る。ま、浅利ちゃんの勤務先の仕事だが。
予告通り来たParisはひとり気を吐く。父親はバイオリン作りでブラジルに行っていたらしく、明日から2,3日は大阪に居て、それから2,3週間ソウルに行くとのこと。
ソウルのShinhye Kimさんより「対抗文化のなかのほんやら洞」の訳稿届く。写真展に肖像を出すのをOK出して欲しいと思っていたKさん、やはり、「仕事がやり難くなる可能性があるので、考えさせてくれ」と断りのメール。今度の2人展、彼女のがないのは、やや寂しいが、やむを得ない。
2:00に閉店。
27歳の写真家志願のSão Paulo育ちのParis、更に写真集を買い、もっとというので、「金が無くなるよ」と諌める。
次回から京都に来たら、いつでも八文字屋に泊める約束をする。両親(父73歳・母64歳)はバイオリン作りの職人。父はイタリア系(祖父からアメリカ)でParisという名前はギリシャ系で、母はアメリカ人という。
今晩も歓談。

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2018.5/26(土)


金正恩を京都の街で案内する夢を見ていた。何処にテロリストが潜んでいるか知れないので、警戒しながら歩く。彼もそれを自覚している。街角の壁を擦るだけで武器が出てくるので、目を見張る。
S誕生日。
百万遍の寿司屋で一杯やり、慌てて、八文字屋へ。
オープンと同時にSarah Bastackyさん来店。
来日で上洛して2ヶ月しか経ってない20歳の女性なのに、しっかりしており、フランス語も喋るというので、Sを紹介すると喋る。そして、3人で一緒に本を作ろうとお喋り。名付けて「チーム・トライアングル」。
チーム・トライアングルは、20歳のフランス語も出来るボーンランド系ニューヨーカーの美大生とフランス語が出来る40歳のデザイナーと69歳の僕が、まず、月に1,2回、Sの家で食事をしながら、各自の京都の好きな場所について各自が映像や文章を持ち寄ったり出来るようになれば、合評しながら、その内に外部の知人と共に面白がれるメディア(京都ガイド本?)を作るのを目的とするチーム。
初来店の森さんはずっと八文字屋は気になっていたと言い、昨年のNHKテレビの放送でほんやら洞のフライヤーが写っていて、更に気にかかり、久しぶりの上洛ということで、若い友人を同伴しての来店という。森さんは、中尾にずっと好感を抱いていたとも言う。
久しぶりに中尾ハジメ学長が自分たちを守り続けてくれていたと証言(?笑)する青年だった。メトロでバイト等をしていた元精華大生。
新学長のサッコさんは今度から学園祭での飲酒を解禁すると言明しているのにも、期待しているとも喋る。

São Pauloからやって来た若き写真家のParisさんは数時間、甲斐写真集を数時間見続けて、あれこれ、質問を放っていたが、横にいた最近、深夜、ちょいちょい顔を出しては殆ど酒を飲まずに太鼓持ち的発言を繰り返す一方、若者に高圧的言動を繰り返すのを楽しみにしている感のある名乗らないお追従男がいたので、僕としては近寄らず、「カイ先生、写真、すごい!」と繰り返してもわざと聴き流していたが、最後に、彼一人になり、写真集を4冊買うという段になってやっとParisさんと喋ると、中々の人物だった。27歳。
深夜3:30帰ったと思ったら、戻って来て、親愛の情をこめて「一緒にタバコをやろう!」というが、お断りした(笑)。

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2018.5/25(金)


レオと会う。彼の写真を撮り忘れる。枯山水、庭園が苦手との話。
高橋幸子さんから戴いた「はなかみ通信」(53,54)52頁と58頁の手づくりのよくできた小冊子を隅から隅まで楽しく読ませて貰った。どれも短いながら端正なエッセイ。
「バーリン」にこと寄せて自伝的エッセイをものする片山寿明さん、「アメリカ便り」の矢谷暢一郎さん、50年前の自分たち若者と今の若者対置する吉田富夫さん、中国残留孤児についての中谷文乃さんのエッセイ、高橋幸子さんが書き留めた「鶴見俊輔さんのひとこと」が印象に残った。竹内裕子さん(竹内好さんの長女)の遺品整理のなかからのエッセイも素晴らしい。
暑すぎて動けず。
19:15八文字屋オープン。
直ぐに石田博さんが2人の女性同伴、三上さん、チュン君、初来店の州見さんという娘を国立大に入れるために4年毎日うどん屋で働いたという感じの良い50歳過ぎの女性、メナードから案内が来て、SNSで何時も甲斐の動物動画を見ていたので、来たくなったという。娘は「日本農業新聞」勤務。腹のすわった数々のエピソードでチュン君に対応。コージーさんが忘れ物を取りにきて、更に、ジュネーブのアンドレア(サンドラを八文字屋に連れて来た女性)がパリとジュネーブの友人3人を20分だけの休憩?で同伴。皆帰った後の20分の静寂の後に、明後日のダービーを控えた周平さんが姿を現し、植田元気さん&友人、稲山さんも。そして周平さんの語る「競馬哲学」に稲山さんは感動。話が行き詰まった辺りにヴィクトリア軍団(?)、混乱の坩堝にオイタさんがスキャン・ネガ持参、段ちゃんも。ヴィクトリアにアラビア語訳を頼む。スペイン語も探してもらおう。
3:40に混乱収拾。

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2018.5/24(木)


変な夢をみた。
内容的にもちゃんと描き切りたい夢だったが、そんな時間がない。登場人物も面白かった。
地域の変な取り合わせ一対同士のラリーに同志社女子大の退職を控えた老女性建築家とコンビを組んでい参加した。日佐(おさ)という地名が関わった。

It was lovely seeing you at the anniversary of Japantown! I would like to connect you to Kai, a talented street photographer that I had the pleasure of meeting in Japan. He has an inspiring and unique portfolio of beautiful images documenting the history and faces of Kyoto. I hope to see his work in Japantown SF. its nice to see the integrity of your culture upheld and the bond of the community strong. thank you for your work.

best,
Cloe

カオリンズが八文字屋を今日は19:00に開けてくれた。
天壇組は、浅利ちゃんがチョイ顔出し、そして奈良井さんも。チーちゃん、川﨑さん、鹿さんは来ず。三上さん、著書持参の中川萌子さんが久しぶり。デビュー作「脱-底 ハイデッカー被投的企投」(昭和堂)をくれる。修論・博論の集大成でデビュー作なんだろうな。ゆっくり読める部分だけ読んでみよう。
彼女に「対抗文化の中の《ほんやら洞》」という小文を独訳してもらうことにした。
今晩はついて行けない話ばかり。山田拓広さんも去年?川井龍介さんの本「大和コロニー フロリダに日本を残した男たち」を譲ってくれ!と言い、持って行った小林先生とアシスタントを同伴。日米造園事情・談義。烏賀陽百合著「一度は行ってみたい京都『絶景庭園』」(光文社知恵の森文庫)なるものがあるのを知る。

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2018.5/23(水)


朝から雨。
昨日も書いたが、湖西和迩高城に住む高橋幸子さんより送られた「大人の少年少女文章・蚯蚓ひとりの大衆紙・寺子屋の副読本」と銘打った「はなかみ通信 2018・睦月」(其の53通)と次の号を恵送されたが、53通だけを、一気に店の宣伝広告、声明書・読者の権利13か条、はなかみの「いろはかるた」まで残らず読んで楽しかった。高橋流「鶴見俊輔語録」ともいうべき「鶴見さんのひとこと《1》」の連載も始まったようだ。これも楽しみ。
次の号、54通を八文字屋に置き忘れてきたので、これを後日読んでから併せて感想を書き連ねて幸子さんに送るつもり。68年同志社の今出川キャンパスでデモに出発する前に何時もアジっていた矢谷暢一郎の「アメリカ便り」の連載もある。高橋さんと同期生かな?
日頃、書店で見かけない本、東北とか地方で発行されている書物の紹介も多くあり、「はなかみ通信」の素晴らしさが感じられる。

秦恒平さんから毎号いただいている「湖《うみ》の本」、毎号、読み果せないが、読むたび唸らせる。その一端を。
編集者には、健康と視力とは除外しても、とにかく現場を分刻みでつッ走れる技術と経験とマカ不思議な人徳とが必要である。加えて、汲めども尽きない好奇心と雑学と、頑固なほど目盛りの厳しい自分の物差しが要る。いや、要ったと、過去形にしておこう。ここが悲しい泣きどころであり、それへ付け込んで火事場泥棒のような「編集者学校の校長」が、編集者「養成」という名のアルバイトで、小遣い銭を稼ぐという次第。いやはや「編集者もお安い時代になった。お安いのは本づくりだけでなかった。/ひどいはなしだが、その三十男、文章こそ書いているが、出版社勤めの経験もない。難儀な色の製版も、号とポと級との使い分けも出来ない。むろん紙に縦目横目があること、活版の器械に載せる組版の並べかたも知らない。原価計算も出来ない。企画や依頼や催促の、ごく一部をかじっているに過ぎない。これで仕込まれる「編集術」ッて、何なんだ。(1990・06・16)
いったい今、どんな「批評家」がいるというのか。どんな「思想家」がいるのか。どんな「哲学者」がいて、人を奮い立たせているのか。鶴見俊輔の思想は闘いを避けている。自慰的に縮むおそれをはらんでいる。梅原猛の哲学はほとんど未だ強弁の域を出ない。毅然として森のように豊かな批評を書いている者など、文壇、論壇に、ほんとに居るなら手を挙げてここにいるよと教えて貰いたいものだ。アンケートで扇谷正造と木下順二が批評の本を挙げている現役の堀田善衛にしても、批評が本職ではない。/すぐれた文体と史観をもたない、それでは、思想も批評も育たない。(1990・06・22)
と舌鋒鋭い。
古本市を覗くたびに、かって持っていた本(焼失したり、友だちに預けて40年還らぬ本たち)に出会い、かつての本を巡る妄想に思いは至る。
雨なので、寝て過ごす。
奈良井さん、トップ。
浅利ちゃんは10:00前。川㟢さんは10:20。鹿さん、チーちゃんが来る。
浅利ちゃん、チーちゃん、鹿さんは、丸新のつもりが、龍門へでかける。

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2018.5/22(火)


やはり、首に腫瘍がある。少し時間をかけて切除することになるという。
病院通いのタクシー代くらいは少し捻出しないとヤバイ。
19:00オープンの八文字屋。トップはオイタさん、ついで石田博個展の流れあり。同伴者面白し。
1987年?に「白樺」(吉田山腹の府学連委員長として8回逮捕されたことで有名な高瀬泰司が経営していた伝説的なバー)から発行するミニコミの広告を取りに一度来た青年(当時は白樺ラグビー部を牽引する23歳?)が、その数年前の麿赤兒の「大駱駝館」の天賦典式「盤船伽藍」(?豊玉伽藍?鷺の森神社付近の田圃の中で、実は八善工務店が集めた1500枚の戸板で作った舞台)の舞台作りを中心的に担ったという血気盛んなのが「若吉」という青年が現れ、彼はその直後上海からマウンテンバイクでヒマラヤ超えでネパール、インドに出ると言う。聴いた時はハッタリ臭いがオモロイと思ったが、実行したという噂が伝わって来た。以来、好感を持っていた。それから音沙汰なしだったが、数年前に亡くなる直前の「劇団維新派」の松本友吉が奈良で大舞台を作った際にも彼の令名?が伝わり、FBで繋がっていた。その彼が石田博さんの個展の打ち上げ会場が八文字屋と聴いて来たという。そして、控えめに「ここ来たことありますよ、若吉言います」と言った。30年以上ぶりの再会でもっと話をしたかったが、客が多く喋れなかった。概して、石田博さんの個展(陶芸)のオープニングパーティ@八文字屋には、偉丈夫、学者(横浜国大の生命論の教授)、妙齢の美しい詩人等の珍しく意気軒昂な論争を挑める方々ばかりだった。
その女性たちは40年ほど前に石田さんに絵画を習っていた様子で、頻りに石田さんは昔と全く変わらないと言っていたが、石田さんは耳が遠くなっており、もどかしそうに聴いていた。
彼自身は、八田淳さんと京都から東京までまでチャリで行ったという。数年ぶりの京都での陶芸展@北野ギャラリー(三条河原町東北角のビル2F)の搬入で奥さんと友人との来店だった、彼は1980年前後は「吉田ラグビー団」(バー白樺に参集した客のチーム)で活躍したらしく、個展の客層もその層とかさなる。
石田チームは直ぐに引け、ずっとオイタさんとふたりきりで寂しいので、オイタがチーちゃんと浅利ちゃんにメールをすると、ふたり一緒に来てくれた。
深夜、ナッちゃん&Ababa、写真好きのやや右翼的言動の多いこの1,2ヶ月の深夜の常連さん(名前名乗らない)が来て、閉店。

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2018.5/21(月)


段ちゃんに救われる。清水さんのプリント代も届く。
束の間かも知れないが、溜飲を下げる。不可逆的進行あるのみ!2,3日前のクーラーの下での八泊で風邪をひいたか?
ルネ行きはゆっくり。ル・マルスと最後のやりとりを終える。
昨日は、11:00過ぎに任天堂の2人の外国人が来たのを忘れていた。ひとりよく顔を出す男、連れは初見で、ダリ髭。ある人が死ぬ夢はディテールが鮮明というか、夢の中で死後の友人たちの動きにびっくり。
ノンビリする。
18:30にオープンするも虚しと思っていたら、早速、暫く飲んでなかったという段ちゃんが来てくれ、消防や葡萄園手伝いで来れないでいた宗ちゃんも。普段はバー探偵等で飲む元田中に住む真田厚毅君という総人2回生(脳の研究を志す)好青年も来て、宗ちゃんと段ちゃんが話込んでいるところ、深夜、小山さんが来店。日本の語法(露伴、荻生徂徠等)や宮沢賢治・野尻抱影・日本科学ジャーナリスト界の魁の寮佐吉(寮美千子の祖父)の交遊等について蘊蓄を傾け、宗ちゃんも刺激を受け、あれこれ、日頃の思いを吐露。小山さんは北京大学の超優秀な言語学者の間で、「小山白川静論」が評価されているとも言う。
焼肉を食ってかえる。帰宅は3:40

2週間ほど前に滋賀の高橋幸子さんから「はなかみ通信」を2冊恵送され、やっと読めるようになった。まだ4割しか読んでないが、どれもこれも面白い。
全部読んでから感想を書くつもりだが、今年、89歳の片山寿明元同志社大の哲学の先生の「バーリンをよみながら、、、、ベルグソンとソレル・大杉栄 年月を遠く隔てた出会い」と中国学者・吉田富夫の「一匹と九十九匹と」とを感銘深く読ませて貰ったことだけを記しておこう。
京大の建築出身の杉本さんが来て先斗町「ひろ作」のせっちゃん(元『楡』)が3月いっぱいで店を閉じだという。溜まり場がなくなった、どこか良い店はないか?という。
姉より電話。

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2018.5/20(日)


植物園行き。
夜、浅利ちゃん9:40
苦しい展開。「鯉のぼり」の2人、奈良井さん、チーちゃん。
12:00過ぎに皆んなが帰った後、京大D2で鰻の研究をしているライプチッヒ出身のヴィクトリアの知人(『ミミオ』常連)の美女がボアダムスの関係の男(『屯風』常連)と来る。

以下の画像を精華大学50周年記念イベント用に送る。
1. ほんやら洞で最初のビート詩人の父祖、ケネス・レクスロス、詩人白石かずこを迎えてポエトリー・リーディング会を片桐ユズルの司会で開催。1975年ほんやら洞。
2. 自作詩を朗読する片桐ユズルをカウンターの内側から諳んじるように聴く中山容と言葉を噛みしめるように聴くレベッカ・ジェニスン。1978年ほんやら洞
3. 敬愛するアメリカの詩人エミリー・ディキンソンやダイアン・デ・プリマについてのレクチャー後にダイアンの詩集「革命への手紙」の一節を朗読する中山容1978年ほんやら洞2F。
4. 片桐ユズル他編「ほんやら洞の詩人たち 自前の文化をもとめて」(晶文社)の出版契約を担当編集者の津野海太郎とかわす片桐ユズル。1979年ほんやら洞。
5. 週1回の担当講座に係争中の「フォークリポートわいせつ裁判」についてニューアルバム「25年後のおっぱい」直後の中川五郎が語り、歌うチャンスを提供する片桐ユズル。1976年同志社大学宗教センター1976年
6. 子ども心にも、猫がいたり、連日何やら楽しげな店内を扉越しに覗くのがお勤めの町内の少年・サトル君。1977年ほんやら洞。

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2018.5/19(土)


三十三間堂、サカタニを覗く。9月の個展か2人展を打診される。
奏子ちゃん、また、無断欠勤。
越水利江子さんが作家仲間2人を同伴。
「わからん屋」南正人、萩原信義らのライブ。ミヤコさんが南正人を連れて来る計画だったが、疲れたらしく、今晩は来ず。
S、久しぶりに濱崎さんと電話で喋ったらしい。

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2018.5/18(金)


光州民衆蜂起から38年か。
浅利ちゃんの誕生日。
京大立て看紛争で「京都の看板・立て看」集計画を思い出した。今日の若い写真家はそんなものに関心ないかな?
京都精華大学創立50周年記念イベントの8の扉の片桐ユズルさんのコーナーで少し写真協力する。夜は、パギやん&春間ゲンさん、コージー・ノムラ&烏羽珠闇斗、カオリンズ。
パギやんの「阿呆陀羅経」はど迫力。
草壁カゲロヲは「ファニー」でバイトをしているところ、ミヤコさんに誘われてくる。オイタさん、浅利にワイン持参。奈良井さんもくる。三上さん、オイタさんが理子ちゃんと会う。
「出会いの喜びを噛みしめる人」というキャプションを付けて、画像をアップ。

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2018.5/17(木)


暇。
アニメーターの九州産大のジェローム・ブルベスさんが今日から3日間京都精華大学での集中講義の為にやって来た。来月も同じ予定とか。出来たら、明日、友人を連れて八文字屋ライブに来たいと言ってくれる。
彼と歓談中、若いカップルが覗いたが、逃げるようにして帰って行った。綾鉾会の橋本健一さん、保土呂木さん、もう1人の画家と来る。
深夜、ミヤコさん(烏羽珠闇斗)保険の話等する。

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2018.5/16(水)


辛い。
Vic、ボケット、浩平らに英文「対抗文化の中のほんやら洞」を送る。
田中直子さん個展覗く。豊田勇造を撮る。六曜社にポスター持参。
トップは、西村さんの紹介でふたり来店。後は鹿さんともう1人いたか。浅利ちゃんは10:00前いり。
ヨッシーチョイ寄り。アドちゃんは仕事仲間同伴。川﨑さんは大阪からの帰りなので、疲れて顔を出す。草間さん同伴のカールも顔を出す。1人初来店の男あり。
寂しい夜。

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2018.5/15(火)


八文字屋で起きる。
身体、キツイ。
葵祭、チョイ見に直行。
梨の木旅館の娘2人と遭遇。マサホは百万遍で。
しんどくて何も出来ず。「手作り市」覗かず。70年代後半、ほんやら洞バイトの渡辺浩平さんの白水社よりの新刊本、ルネで平積み。
秦恒平さんから「湖《うみ》の本」139 一筆呈上を恵送さる。
「グラフィケーション」編集部から最後のリクエストは「追憶のほんやら洞」(風媒社)の表紙の腰巻上のミシン目から顔を出す猫の画像。プリントは焼けたが、デザイナーの濱崎実幸氏が保管しているかもと連絡を取るが通じない。
編集部が使いたくなるのも判るが、拡大出来ず、参った。Sもキープしてないという。濱崎さんが保管しているか?とSが濱崎さんとの連絡を、咄嗟に取るようであればいいのだが、そうも行かない。深夜仕事に疲れて帰って来たSには違う仕事をしてもらい、僕が、濱崎さんにメール、電話をする。
八文字屋客は、定例デモ帰りの楠木シンイチさんと仲間。深夜に、(11月末に移転予定の)パーカーハウスロールの紙屋さん(加世田付近出身)が個展のフライヤー持参。
マタレーゼ訳チェック。擬似を「スモール」ではな。

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2018.5/14(月)


エバーノートのブログをウッカリ、10日分消してしまった!
どうすれば、戻せるのかな?無理?結局、Sが修復。
誰の話にも首を突っ込む横浜の介護をしている飲めない男には1,2時間は我慢出来たが、4,5時間経つとちょっと辛かった。
エリック・マタレーゼが訳をプリントアウトして来てくれる。感謝。助かる。ギャラは日本酒1本。彼に昨夜の20歳のフランス青年が会いに来るかもと、少し引き留めたが、来ず悪かった。明日、葵祭を見るという俗っぽい男(自身、障害が有ると語る)に掴まり、マタレーゼは可愛いそうだったが、自力で振り切るのは、流石、エライ。
名目は女性作家の取材、実は、京大の凄い数学者に会いたくて来た黒川創の担当の編集長の矢野さん、3年ぶり。「黒川さんは原稿、いつも長くなる」と笑う。奥さんは、ディックの3歳上。アリステアもよく知っており、最初は水嶋一憲さんと来店。想像はついていたが、彼は若い頃は、八文字屋について、ベ平連なんてと舐めてかかっていた(と今日、白状)が、最近は、微妙に揺れていると面白い事を言う。
矢野さんとは、京大の立て看板問題は、中央政府(文科省等)とつるんでいるに違いない。
山極総長が学術会議議長として軍事研究をしないという言明し、そう、呼びかけたことにアタン(意趣返し、仕返し)したに違いない、しいては、自由な表現、研究を弾圧する為の地ならしの一環に違いないと話をする。
山極総長もそれを心得ていて、看板への言及を避けているのだろう、と僕の推測も喋る。
昨夜の八文字屋。
梅林家29代の克さんが上川村の裏の町で仕事をしている後輩同伴で、マタレーゼさんと共通の知人がいるのがわかる。
八文字屋で寝る。

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2018.5/13(日)


終日雨。
展覧会の準備。清水さんが三三九を借りれるだろうか?というので、仲西祐介さんに打診。
紹介しても良いけど、揉めるよ!というので、その旨、清水さんに伝える。ロイの結婚式には出れず。
客は、トップに京都新聞の斎藤さんが立命館の囲碁部の仲間数人同伴。元気な声いっぱいで喋り通していた。琢ちゃん&段ちゃんの友人の筆談のりんたろう君は隅に居て、皆の話を聴き、徐々に参入。草間さんが、寿司屋で会った20歳の世界中を旅行している20歳のボストンのビジネス大に通ったというフランス青年カールと出会い、連れてくる。K-Kei、台湾土産持参の奈良井さんも。中島敦等、南太平洋絡みの日本人文学者の研究の為にイタリア(ベニス)から来日しているエリオに、いつ実現するとも付かないイタリアでの個展を念頭に置いて、「対抗文化の中のほんやら洞」の原稿のイタリア語訳をお願いする。昨夜は八文字屋で下訳をこなして貰う。
3:20帰宅。

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2018.5/12(土)


サンフランシスコのジャパンタウンでの甲斐写真展、始動の予感。SFのギャラリストCloeさんがカイ写真集を2,3冊買っていき、当地の会長に見せる。甲斐写真展は可能と伝えたら、会長さんがとても興奮しているらしく、電話で喋りたいと言っていると。
生憎、電話を八文字屋に忘れて来たので、連絡は今夕以降になる。時差があるから、明日か?
駆け足でKGの未見の展示を見て回る。「素形(昔の堺萬だ)での須田一政展ではチンドン通信社の林幸治郎君が出ているのを発見。三三九の「洪水」展は迫力があった。Black PantherのPower to the People展はもっとゆっくり見たかった。島䑓ギャラリーのフランク・ホーヴァットは入るに入れなかった。久しぶりに「山の屋」さんに行く。21:00過ぎの八文字屋。草間喆雄と女友達(80年代の成安女子大の教え子)たちととに。
最後に、ナッちゃんが知人と来る。

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2018.5/11(金)


ネガ、プリント探し。
清水さんより、プリント用ペーパー届く。LP「ほんやら洞の詩人たち」が出た頃、ほんやら洞の仲間たちの写真を回りにあしらって遊んだもののプリントをアップ。
八文字屋7:00オープン。
寂しい夜。今晩は、コリーヌ・アトランさんが11:00に帰り、そして、誰も居なくなった。誰も居なくても1:00迄は開けています。
トップは、不調という三上さん。ついで、綾鉾町の橋本さんがイラストレーター、画家と来店。キンチョールの梅田さん、あとは、コリーヌの友人のOZakiさん、彼女の娘とその友人たち。それで終わり。
村屋に寄り、高級焼酎の青ヶ島を飲む。

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2018.5/10(木)


S、ベキーさんと連絡を取る。
高橋幸子さんから「はなかみ通信」最新の二号分恵送さる。
立命館平和ミュージアムに行く。迫害されている少数民族「ヤズディ」のドキュメント写真。
写真のプリントは素晴らしかったが、写真集を見る方が見やすかった。ここでも、館内撮影禁止だった。
帰り、上御霊神社境内をのんびり散策。
夜は破竹を煮る。
八文字屋は警戒すべき木曜。
段ちゃんが早く来てくれて、まず、ホッとする。ついで、明日来ると言ってくれていた稲山さん。前倒しでボトルキープに顔を出してくれる。そこへ「もう隠遁したい」と言っていた菊池正宏さんカップルが来て、吉祥寺教会の牧師の話など共通の話題があり、ついで、村屋で八丈島の焼酎でなく、青ヶ島の焼酎を飲んだという八丈島の(シュールリアリズム作品コレクター)菊池正宏さんカップル、前日についで、今日は、ジンジャージュースを飲みに。奥さんは吉祥寺教会に幼年から通っていたという段に稲山さんと絡む(その前に大鳥圭介話から)。コリーヌの古い友人Frederique Ozaki Gelyさんも来店。
隣で段ちゃんが出会いを喜んだりする会話をよそに淡々と、時に沈思黙考しているようで、酩酊しているかのように飲むのは美しい。こういう客が店に陣取ってくれるのは嬉しい。
浅利ちゃん&チーちゃんも来て、浅利ちゃんの同僚の「小林」を呼び出す。浅利ちゃん、かいがいしく働いてくれる。
夜中に、ヤッさん(青幻社の社長の座を子どもに譲っている安田氏)が、最近、ちょくちょく顔を出す青幻社の加藤将太君らと久しぶりに顔を出す。吉田亮人(あきひと)というお気に入りの写真家を連れて来店。「今、この写真家を注目しているのだ」と。吉田亮人さんは、秋山基夫さんを撮っているという。秋山さんの息子、則竹君も今や、出版人という。ヤッさんは、6月16日のパーティには、赤々舎の姫野希美さんと共に顔を出す!という。カイさんとは、その内、一緒に仕事を出来るかどうかな?と笑う。
カオリンズから電話で、食い物ある?と電話があり、滋賀県の友人2人を同伴で、ギターを爪弾く。ヤッさん、これ、けっこう、喜ぶ。
深夜、満席になり、稲山さん、今日、来なくても良かった!?というので、まだ、危険水位よ!と言う。
それでも、少し安堵する。
朝日の臼倉さんも久しぶりに来店。

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2018.5/9(水)


久しぶりにレオと遭遇。たこ入道の看板の隣に立って貰い、撮影。
「今、ガイドのバイトしてるねん。メチャ割りがいい。カイさん、ランチしよう!今度メールするわ」
浅利ちゃんバイト。
都築響一さんの紹介で来店したBMWの小林千帆さんが10年前から京都に住むという知人で新聞記者の奥さん同伴。
都築響一さんと30数年前のブルータスで一緒に仕事をしたことがあるという八丈島にもギャラリーを持っているシュールリアリズムの研究者、菊池正宏さん夫妻と遭遇。
そこへフィリピンからの伊藤徹さんが参入し、アジア全域での織物仕事の現場を歩いている話を菊池さんの奥さんにする。この場に居る他の人たちも布絡みで話は盛り上がり、伊藤さんの知人等を知っていると言いつつ、最後まで伊藤さんの話についていけず、他の話になったりするので、やや怪訝な顔?をするひと幕もある。
村屋に寄る。

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2018.5/8(火)


恵文社では2冊を立読み。
和田さんの本「灰色のユーモア」旧版は読み、持っていたが、焼失。新装版(人文書院)は鶴見俊輔さんの解説「亡命について」がある。
山田慶兒さんの本は出来るだけ読む事にしている。これは、シュア版。
京都の商業カメラマン、畑中さん、佐藤祐樹さんら3人のフリーカメラマン来店。

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2018.5/7(月)


鴨川のハジメさんに会う。
月曜日だから誰も来ないと思ったら、出町柳のリュウちゃん、八日市の元写真屋の娘(平成2年生)同伴。そこへ冨樫が、これ からの旅の話。上ノ薗君が今日入社したばかりの新人同伴。冨樫とゆっくり喋る。
これで終わり、グッタリ来て、身動き出来ない。3:30帰宅。寂しい夜。

今月「図書」(岩波)には楽しい読物多し。筒井康隆「時をかけるエーコ」、でエーコ「女王ロアーナ、神秘の森」を読まねばと思う。梨木香歩「今、『君たちはどう生きるか』の周辺で」はインスタ映えが流行る意味を分析し「強すぎる政府、多数を占める組織の決定したことに対する無力感が日本全土を覆っている」「インターネット等に囲まれて成長する情操への不安。だが世の中があまりに極端に走るとき、必ずそのバランスを取ろうとする力も生まれてくる」と見る。くぼたのぞみ「訳者あとがきってノイズ?」も姜信子「〈ひとり出ていく ララ あすの旅〉ーーえっきょうか、あるいはいわゆるアナキズム」には、共感を覚える。加藤典洋「大きな字で書くこと 中原中也(3)は加藤さんらしい。齋藤亜矢「在の不在」は飛ばし読み。若松英輔「『こころ』論ーー語られざる「遺言」24 取り違えられた覚悟」柳広司「未完のカーニバルーードストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』」は後回しに。三浦佑之「風土記博物誌ーー4 石神の涙」はじっくり、あとでととっておく。さだまさし「三島・恩師・図書」は読まないと思う(笑)。
それよりも石牟礼道子「ここすぎて 水の径」(弦書房)の「源流」という短文が、耳川について触れているので、つい、そっちへ。耳川は僕も気になる。眠ったり、ネガ、プリントを探したりで、時間を潰す。
雨で何処にも行けず。
べキーさんと打合せ。大家管理人と念書を交わす。一月分の遅れを20日迄払い、6月10日には次の月分、更に7月は云々と。言われる今晩は10:30まて誰も居ず、坊主を覚悟してい筋合いはないが、僕としても、ケジメをつけたいので、念書を!書く。
冨樫ちゃんを訪ねて成都から来たXie Xiaoyu(謝小諭)さんとYan Wenjig(閻文静)さん。
雨の中、ろくでなし、石丸商店に写真展のフライヤーを持ち込む。ろくでなしは終わったとこだった。

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2018.5/6(日)


スタートが遅くなり、両足院、縄手通りのギャラリー二つ周り、藤井大丸に行こうとしたが、雨の予感があり、引き返す。ひらがな館寄りもやめ。カオリンズが来ると思って慌てたが、双子ちゃんの飯のために帰ると言うので、ゆっくりする。グッタリしていたので、ホッとする。
8:20オープン。浅利ちゃん、8:30には来る。K-Keiは酔って間歇泉的に「甲斐さんは政治家やから」と妙なことを言い、浅利ちゃんを笑わせる。
東本願寺の大須賀さんは、ミヤコさんの兄(ちょっと周平さん似)も来店。

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2018.5/5(土)


シルヴァン、仏訳、完了。
マタレーゼ、シネさんにも頼む。
吉増剛造展に行くも講演待機客多く、引き返す。玄ちゃん、お富さん、森岡パパにも会場の外で会う。
誉田屋、文博の後、NTTにKGカタログを貰いに行く。
ヤロンのパーティに行く。
奏子ちゃんこず。今晩は10:30まて誰も居ず、坊主を覚悟していたが、
マルグリッド&ヤニック・パジャかヴィラ九条山のアーチスト同伴。吉原健一さんも。朝まで。
ヤロンがKG+写真展のオープニング・パーティの後、参加者を引率。

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2018.5/4(金)


片桐ユズルさんが詩を朗読し、中山容さんがカウンター付近で、レベッカ・ジェニスンさんがミニコミ棚の裏で聴いている写真、冨山妙子さんの「はじけ!鳳仙花」集会@ほんやら洞プリントも出て来た。
前者は、精華大学50周年イベントに必要かな?
冨山さんの時、1979年に、岡部伊都子さんも来て、奥の部屋で控えて貰うのに「ぶっ散らかっていてゴメンなさい!」と言ったら「いつか片付くのですね」とチクリやられたのを覚えている。以来、岡部さんの前にはあまり出ないことにしたのを思い出す。
原稿、ごっちゃ煮過ぎか?と反省。
元磯崎新事務所の男(コンサートホール担当)、友人と来店。
玄ちゃん来店。

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2018.5/3(木)


神田さんに、この写真も掲載して「走り書き 対抗文化の中のほんやら洞」という原稿用紙8枚の原稿をあるPRに掲載予定。嫌でなければ英訳お願いします。登場人物名は41名。20枚くらいで書くべきなのを、総花的かつ圧縮的に書いた。比較的纏まっているので、英訳の打診をした。
その後、特に末尾が判り難いという異論を容れて、リライト。

写真キャプション
photo1. ビート詩人の父祖、ケネス・レクスロスの第1回の朗読会とコラボする詩人白石かずこ 75年
photo2. 大工仕事以外にも岡林信康は彼の歌「性と文化の革命」でも判るように、ほんやら洞周辺の詩人たちをアテにした面があり、よく来店した。72年
photo3. 仕事、裁判の事務局活動からの私の道草写真が鴨川青空写真展なり話題を呼ぶ。78年
photo4. 鶴見俊輔に案内され所縁の地を訪ねる68年の脱走兵テリー・ホイットモア。92年
photo5. 第1回「 中川五郎・秦政明わいせつ裁判」公判の夜の裁判闘争支援集会。 73年

八文字屋、オープンから一時間、来客なし。トップはシネさん来店時に来ていた男性が21歳運送会社社長を同伴。中西祐介さんが、今日はヒロさん、浩平さん同伴。東大で生物学の准教授をやっているというイスラエルのヤロン久しぶりに来店。
寒いこともあるが、苦戦。

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2018.5/2(水)


先日、コリーヌの知人のパリのイケメン息子20歳のオーガスティンを先週はヴィクトリアが連れて来たが、今日もくる。オーガスティンの祖母はパリの有名な写真家で、去年、Kyoto Graphyで展示した。
ジャーマンの知人のドイツ在住の溝口さんをジャーマンとティルが同伴。
京大経済学部の教授(共に秋田出身)2人来店。男性は、ルネで声をかけようか、何時も迷っていた、嫁は甲斐さんのテレビを見たと言う。
青幻社の加藤将太君と先輩くる。

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2018.5/1(火)


グラフィケーション(富士ゼロックス)5月号?原稿、やっと送れる。
8枚で70年代ほんやら洞を具体的かつヴィヴィッドに紹介するのに、難儀した。
どうしてもキーと思う部分に拘って、20枚ペースになり、15枚になり、最後は拘り部分をバッサリやり、結局、9枚弱、写真4点を小さくすればOK?
グラフィケーションの原稿には次の4点の写真を添えた。(キャプション)
1. 25年ぶりに古巣で歌う中川五郎、アコーディオ二ストRyotaroをリード
2. 鶴見俊輔に案内され所縁の地を訪ねる68年の脱走兵テリー・ホイットモア
3. 75年以来28年ぶりのポエトリー・リーディングに来店の詩人、白石かずこ
4. 西成彦の紹介で朗読に来店のピカソ詩集の英訳者の民族学者兼詩人のジェローム・ローゼンバーグ

70年代のめぼしいプリントはほぼ焼失したので、以上のプリントになった。

このプリント全てを編集部として、採用するか不明。
原稿で、カオリンズ、アカリトバリの名前も出したかったが、紙幅が限られているので、断念。パギヤン、金知承さんの名前は、短い(笑)し、ギリギリだせた。
また、写真家への原稿依頼なので、掲載写真を小さくしたり、点数を減らして文字すべてを収録とは考え難く、これでも、指定原稿(3200字)字数より、424字オーバーなので、「ホンヨンウンを歌うカオリンズ」は割愛されると判断。
Nu1900(8増)

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








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(12/9更新)
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2019カレンダー「京で道草」(限定300部)発売中!

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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