2017.11/30(木)


10:00起床。2連発でエッチな夢。
一つ目は、小学校5年生に誘惑されて、躊躇するが、子どもがグイグイ迫って来るというもの。
そんな子どもは実在しないが寺町二条の紙屋の娘で、5歳の妹も見守る。
次は、20年前の動画の中で生きていて、その中では海でマイちゃんに出会い、タイムトンネルの中で、そうすれば良かったのか!?と思いつつ、股間にチンチンを挟まれ、抱きあい、気がつけば、2017年で「どう?論文は通ったの?これの当否は兎も角、僕ら、やって行こうか」となんと!!僕が持ちかける夢。
11:00ルネ。抗生物質を探しに八文字屋に行くがない。
セブンイレブンでコーヒー。
家に戻り、部屋の中で抗生物質を発見。
で、今夕の食事をどうするかSに相談メール。
4:40コレクションへ。コーヒーとケーキ。
パチャンガ。
今日も静かな八文字屋。段ちゃんは忘れ物を取りに来て帰って行った。秦恒平選集「いま、中世を、再び」を恵贈していただく。
冨樫が成都からのお客さん2人を連れて来たら、結構喜び、成都でも写真展出来るよと一言。写真集を4冊買って行った。中国帰国する前に又来店する由。後は11:30に6:00から「ひと・まち交流会館での講演を終えた木戸衛一大阪大学准教授が来ただけ。

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2017.11/29(水)


ルネ。マタレーゼさんからおくりものを受け取りに八文字屋へ。ナミイタアレイに行ったが、入りにくく、入らずに引き返す。不調続く。
夜は、アボカドスープ、ワイン、チーズ、柚子羊羹。
八文字屋、トップは、体調不良を訴える川﨑さん、次いで、山田拓弘さん、鹿さん、奈良井さん。浅利ちゃんが来たのは9:50。オイタさんもきて、段ちゃんが抗生物質を持って来てくれる。寺脇研さんが橘民義さんと共に「太陽の蓋」のトークショーの後にくる。福山哲郎はかえった、という。永澄さん、大橋晶子さん、毎日新聞京都支局長来店。
浅利ちゃんが「昨夜、甲斐さんと一緒に私が処刑される夢をみた。2人とも地中に埋められて、どっちが先かと言うと、甲斐さんが、自分で先にというの。そして、甲斐さんの頭を銃で撃ってもなかなか死なない。10発撃っても。次は、私という段に目を覚ました」12月に川嵜さんと浅利ちゃんと僕でしゃぶしゃぶにいかないか!?と浅利ちゃん。僕は12月12日迄はダメと言ったが、15日の支払いが終わるまで、無理かな。

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2017.11/28(火)


グッスリ眠る。パエリアを作るために、烏賊、サフラン買いに出かける。美味しいパエリアが出来あがる。八文字屋、今日も暇。テイコさん話のタカさん、段ちゃん、琢ちゃん、アミットのみ。タカさんは離婚したが、同居しているとのこと。テイコさん話100キロを越えているので、股関節に人工物を入れられないとのこと。3月にタカさんは退職したら、世界旅行に出かけるとのこと。住宅ローンは先月で支払いを終えたとのこと。めでたし。
多田亜生さんよりハガキ。

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2017.11/27(月)


中川五郎「ディランと出会い、歌いはじめる」(Sure)¥2000+税
いっきに読了。感想を少し。
Sureのシリーズでは「雑誌『朝鮮人』と周辺」でも僕は更にその周辺人を確認したが、本書もそう。150頁の内の40頁は鶴見俊輔さんの「フォークリポートわいせつ裁判証言記録」(大阪地裁第18回公判、1975年9月17日)で、全体の四分の一強。
じつは、本書収録の裁判の記録(鶴見俊輔証言)のテープおこしは、僕ひとりでやったものだ。思い返せば、僕の70年代半ばの2~3年間は昼間は殆どこの仕事と手紙の返信等の事務作業に追われた。(中川五郎に捧げた。笑)この裁判を通じて、タイプ打ちも2~3回を除けば、僕の仕事。この作業のフラストレーションから逃れるために、写真に没頭したとも言える。高裁が終わって、僕はルーティンを取り戻すためにも写真をやめたりした。今回、約40年ぶりに大きなミスがないかと、鶴見証言を恐る恐る読み返した。やたらかっこがあるのが気になったが、先ず先ずの出来。読み返して文字おこしの「主査」はこれで良かったのか?と思わないでもなかったが、「主査」で通ることは通るので、ひと安心。
この裁判での「ごろう ぼうちん」の数冊パンフレットの製本は、中尾ハジメがお手のもので、彼を中心に、僕は側で見守るだけで、やった。チャリンコのコム入り荷造り紐や大工の木工ボンド、ブロック、コンパネを転用してねじ上げる簡易プレス機を工夫して作ったりした。中尾さんは創意工夫の男だった。印刷は当初謄写版をはりつける簡易輪転機があり、回す作業は中尾さんと僕がやり、後に73年からほんやら洞に入っていた「中沢印刷」を名乗ることになる中沢孝司が担当した。印刷所を名乗ると色んな連中が出入りして李學仁の映画「異邦人の河」を上映するグループも屯ろするようになった。丁度、京都教育大付属高校出身の徐兄弟が韓国で囚われていた時期で中沢が京都教育大付属高校
ほぼ月イチで公判があったので、これにかなり労力をついやした。そんな生活が、2~3年続いてかなりのストレスだった。その解消の為の買物は道草になりがちで、それが、言わば、写真家甲斐を生みだしたともいえる。
「応援団」は、五郎さんの公判前後のLiveや集会で、ハジメさん、古川豪さんが万端を整え、記録パンフレット「ごろうぼうちん」作りはハジメさんと僕が実務を担当する「中川五郎フォークリポートわいせつ裁判を調査する会」が担当。
黒川創の中学でのLiveで学校がダメで、板橋の団地に行ったのは、黒川発言でやっと思い出した。鶴見俊輔さんに証人要請に行ったのは、僕と五郎さんの2人。中尾さんは、ある目論見(いずれ無惨な結果に終わる)でタイに行って、留守。五郎さんは乗り気でなかったけど、珍しく僕が彼を岩倉長谷町の鶴見俊輔宅に引っ張って行った。太郎君も帰りしなに出て来て、歓迎してくれた(甲斐写真集『われらが仲間』所収)。その日の鶴見さんとの会話も記憶にある。それでも訪ねた鶴見宅は、平野神社の北の大祓町ではないのを確認出来る。
八文字屋、来客望み薄と思っていたら、トップに京都新聞社会報道部の秋元さんが大林組社員の弟を連れて来店。村屋のシャコジロウが福岡の西新の服飾デザイナー同伴。帰ろうとしたところ、琢ちゃん来店。
風邪がひどく一日中、何も出来ず。

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2017.11/26(日)


只今、2:30帰宅。痰が切れないが快方に向かっている。多分、一回、抗生物質を飲めば、一発で良くなると想像出来るが、手許にない!
天狼院、凛七星の母子展。天狼院では、R大のSさんに会う。天狼院、今後、ちょくちょく寄ることになりそう。亀の井別荘の中谷健太郎さんよりハガキ。Sは2:00の予定が5:00になったが、北尾さんのデザイン事務所の件で濱崎さん共々打ち合わせ。K-Kei八文字屋前で2回すれ違うも気付かず。街子ちゃんからの五郎の「ディランと出会い、歌いはじめる」を送られる。
八文字屋、浅利ちゃん、珍しく早く来る。鹿さん、四国中央市の鈴木さん、奈良井さん、玄ちゃん、ヴィクトリアの知人のライプチッヒからの留学生が知人同伴。濱崎さん、北尾さん、Sが新事務所見学の後に来る。

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2017.11/25(土)


三島由紀夫自決からはや、47年。
変な夢を見ていた。
洪水で生き延びる三筋の道が大川の中にありそうで、グループが3グループに別れ、サバイバルの道を巡り、確執が発生。冒険的行動で、何も考えてない、何もやってない男が市から表彰される道(洪水から逃れる方法)を提示し、実際、表彰されるのだが、最終的には実際は、その男が「鉄砲玉」化して洪水を引き起こし、鉄砲水の中に飛び込んで行った男と判り、指弾される局面もあるが、大水の下の隠れ道をゆっくり歩いた皆が皆何故か生き延びているという夢。
次のシーンは、浪商の高校生の修学旅行で、伝説の浪商出身のピッチャーの尾崎行雄のインタビューをするが、殆ど誰も彼を知らず、彼に失礼にならないかとヤキモキする夢。僕は浪商生になっている夢。(実は、尾崎は、別府の流川通りの電気治療所での僕と稲尾の出会いに絡まる)。
来春は、大分、飯塚歩きもしよう。ともあれ、僕の「17世紀豊後ゴールドラッシュ」説や「細川忠直卿豊後への配流の謎」の周辺の話だ。上記の夢もこれに関わる。
10:30起床。出町に行って、その後、Sと昼飯を済ませ、佛立ミュージアムに「王政復古150年」の企画展を見に行く。天神さん付近で蕎麦屋を探し、ウロウロし、いささか草臥れる。結局、天神さんには入らず、「シマムラ」へ。Sの見立てで防寒のための衣服を買う。これまでは自分のための衣服を買うということは殆どなかった。中古か、誰かのお下がり、息子のお上がりを身に付けて来た。日高六郎さんのが多かったかな。2万円近い出費、ちと痛い!
八文字屋、超暇。
高見沢こずえさんの旦那、パンテル・ステファンさんが山梨の23歳のCM会社に勤める女性写真家、なんとか泉さんを同伴。カレンダーを2部買ってくれる。
おまんたばやし、ロイと彼のN.Y時代の友人2人が来店。おまんたばやしさんとSから病院に行け!と言われる。

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2017.11/24(金)


水上さんだか、吉行淳之介だかに「鉄砲玉」だとかいう小説があるという夢を見る。鉄砲水と鉄砲玉の巡る文芸作品の中を生きている夢。そして、晩年のノンビリした語りの吉行淳之介から話を聴く局面もある。
八文字屋には、佐久間文子さんと同級生の言語学者が奥さんと来店。不明3人グループ、精華のリトグラフの中国人ら3人も来店。効率がいいのか、悪いのかわからない1日。春道さんグループの飲み方は辛い。

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2017.11/23(木)


朝帰り。風邪はひどい。S呼び出し。濱崎さんがパソコン修理にS宅くるというので、久しぶりに会う。彼、PC、修理できるんだ。
昼は、寿司、刺身、スープ。
稲山さん、三上さん来店。
姜在彦氏死去。
風邪ひどし。初めて薬を飲む。
夜、Sが濱崎さんにお礼いうこともあり、ご馳走する予定が逆になり、ご相伴に預かる。来年の本作りのアイデアを喋る。
トップ客はイランの写真家Moさん。ついでニュージーランドのジェイン・フィッシャーさんカップル。濱崎さんも来て、最終で、帰る。
段ちゃん、宗ちゃんも来る。今日の彼の動きも凄い。山科の区民祭りの焼きそばつくり、会社の組合の団交、PTAの集会、消防団の会議と目白押しのスケジュール。11月2日は尾道のさむに会って来るという。高林さんが瓜生智子さんグループを連れてくる。7:30に稲山さんが来店すると同時に、樽家志津子さんが西斗志夫さんと来店。稲山さんは燥ぎぱなし。低調な店。今日は信じられないような出会いがあった。でも、高林さんグループに飯塚の瓜生智子さんがいて、瓜生家は1596年に大分から飯塚に移住した西光寺。紅葉の名所。予てより別府湾の瓜生島が慶長6年(1596年9月1日の伊予地震から豊後地震、その後、伏見地震と続いた)豊後の大震災で沈没したのはよく知られている。一度西光寺を訪ねたくなった。
日本を代表する建築家・磯崎新さんの実家はこの島の瓜生神社の神官だった。(お母さんの実家は山香町立石馬城金山脇の庄屋)
その前後の大分は大混乱だった。1578年には日向耳川の戦いで豊後の大友は薩摩の島津に大敗北を喫し、織田信長、豊臣秀吉に救いを求めることになったが、これで、秀吉が、突出してきて領内の混乱は加速した。江戸時代に入ってからは、ズタズタに細切れにされ、各領民はどう対処したのだろう?
「文禄慶長の役(壬辰丁酉の倭乱)」で、宗麟の息子は更に貶められ、領民は行きまどった。そこに来て、慶長の豊後の大地震だ。その際に、どういう形か知らないが、大分から飯塚に移った旧家の瓜生家は西光寺を建てた。その西光寺の娘さんに今日会った。西光寺は司馬遼太郎が関ヶ原の合戦がもう10日長引いていたら天下を取っていただろうと評していた黒田如水のいわく付きの寺だ。黒田は数千人の浪人にばら撒く金を持っていた(この金は、イエズス会絡みという説もある)。1590年~1630年の大分はクチャクチャだ。
日銀の黒田総裁は、この黒田の子孫らしい。
1:10に外国人客が来たが断る。
2:00帰宅。

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2017.11/22(水)


午前中三角州まで行くも風邪でしんどいので、戻ってひと休み。Sureの「鶴見俊輔の仕事 4雑誌『朝鮮人』と、周辺」を一気に読了。夕方、初めてのことだが命日なので専稱寺の北沢恒彦さんの墓参り。
Book offで司馬遼太郎の「人びとの跫音」(上下)を買う。
4:30から八文字屋だが、元気なく何も出来ず。
夕方から雨。オイタさんがビールジョッキ3個持って来て「また、後で」と出ていく。片山さんが、久しぶりに来店。相変わらず、中国のバイヤーについてスケールの大きな話をする。
7:00過ぎ、ハピエンナが、カレンダー2部買いに来る。8:00すぎに2度目というタイ人の30歳の関学出の男来店。小畑カオリさん&森愛さんという宇治黄檗山近くの31歳の2人来店。カオリさんが偶には手伝いますよ!と言ってくれた。森さんはヘアメイクをしているが、グランピエの浅利ちゃんを知っていた。
カオリさんは介護士の仕事を11年でやめて、今は、ジュエリー等を作り、京都中の手作り市に出店。12月3日は糺ノ森に出店。行くと約束。彼女はなんと、図書館で気に入った写真集を手にとる度に著者の名前を見たら、甲斐ということが続き、ついにファンになった、と嬉しいことを言ってくれる。NHKTVで店の場所が分かり、来店とか。
次に川嵜さん、尺八の杉沼さん、鹿さん、浅利ちゃん、段ちゃん、モモちゃんと続く。深夜にオイタ&深田さん。

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2017.11/21(火)


結構、きつい風邪。
NHKのTさんより、小俣一平さんのブログの通知、錦市場の蒲鉾屋さんについての質問あり。
木戸衛一さんより、閉店後に来店のメールあり。
午後、ヴィクトリアに会い食事をしながら、まだ見てない怪文書を見る予定。その後恵文社。八文字屋オープンは、風邪もすぐれないので、8:00とする。

午後の徘徊。
恵文社に行くも店長留守で、カレンダー置きペンディング。
真如堂で、「あ、甲斐さんだ!」と蒔田直子さんに見つけられる。
1969年同志社の学館ホールで僕がお会いして以来の朴壽南さんと娘さんを紅葉見物へと案内していた。「11月23日の大阪KCCで『沈黙』の上映会に来てよ!」という。
恵文社で任錫均さんについて喋っている「鶴見俊輔の本 4 雑誌『朝鮮人』と、周辺」(シュア)での対話で小野誠之弁護士の発言を立読みしたばかりなので朴さんが任錫均に批判的だったのを忘れて69年に同志社の学館ホールでの朴さんの講演を聴き、二次会で東天紅で喋ったと言ったあと、その頃、僕は「任さんのボディ・ガードをしており、西沢隆二に会った」と余計なことを口走ってしまった。「懲毖録」の著者の柳成竜のことを朴さんなら知っているかな?とやや縋る思いで「文禄・慶長の役」(朝鮮では『壬辰丁酉の倭乱』)の必須文献の「懲毖録」の著者・柳成竜の時代に黒谷寺に居て帰国すせずそのまま骨を埋めた学僧が居た筈だと思い、今の寺の紹介にはその旨何も記載されてないが、ご存知ないですか?」と訊いた。よく考えたら、83歳の方に関心のないことを訊くだけ、ひどい話だったかなと思う。それに対して、蒔田さんは「甲斐さん、記憶がいいなぁ。夕べも甲斐さんのことを喋っていたの」とだけ言い、朴さんが「この方は最近、話題の方なの?」と蒔田さんに切り返して訊ねるのに「ううーん、京都では知らない人がないくらい……」と彼女の返答は芳しくない(単にズラしただけ?)。取りつく島のない僕がカレンダーを上げようと、見せると蒔田さんは「この人京都では、ちょっと有名な人なの。美人ばかり撮るので有名な写真家で……」と言うだけで、ちゃんと説明をしない。というか、出来ないのだろうな、残念ながら。そのやり取りの間に朴さんの娘さんが「カレンダー、買いましょうか?」と言ってくれたが、プレゼントした。もし彼女が僕はどんな奴か知りたかったら、カレンダーの裏に多少、情報はある。朴さんは明日、生野のKCC会館で朴さんが監督の従軍慰安婦の映画「沈黙」があるらしく、会話を打ち切り「来て下さい!」と言う。東京から友人が来るのでと言うと、「友達と一緒に来て下さい」と言う。朴さんは83歳なのに、まだもう2~3本映画を作りたいと言っているとのこと。
記念撮影だけをして別れる。僕は、後で黒谷に居た坊さんの名前を調べなければと思う。相国寺に居た藤原惺窩に影響を与えた「看羊録」の姜沆は直ぐに帰国したが、耳塚についての証言をのこしている。柳成竜は、明の提督、李如松と組んで秀吉軍と戦ったが、李の出自を42~3年前に調べて苗族所縁と突き止めた記憶を思い出した。ほんまかどうか、また調べねば。

八文字屋オープンは、風邪もすぐれないので、8:00とする。


週に2日位、原稿に集中出来たら良いのだが、そんな贅沢は言って居れない。
水回りの工事をお願いしたのに、2週間梨の礫だ。
昨日は、風邪でしんどかったけど、愉快な1日だった。
やや遅れて八文字屋に行くと、愛くるしい鋭い?目付きの君が待っていた。初めての来店というが、八文字屋創業前に、氏が京大法学部を卒業して就職しようとしている段階に河原町三条で遭遇して僕が「今度店をやるから、来てよ」と言ったらしい。
それ以来の邂逅だ。
氏は、在学中は「カトリック平和と正義の会」の熱心な活動家で、1980年12月の四条河原町高島屋前の金大中氏らの釈放を求める座り込みに、鶴見俊輔さん、飯沼二郎さん、横川澄夫さん、シゲらと共に参加しており(僕はこの写真を撮っている)、同志社の千葉宣義さん、河崎洋子さんとも親しかった。
その彼が、階段でオープンするのを待っていてくれた。
その直前にはフランソアにいて、京大の体育館やプールを設計した建築家前田忠直さん、杉本安弘さんらの話題に甲斐の名前が飛び交っているのに、怪訝に思っていたら、待っているとその彼らが来たという。そして、実際、慶応の女性らと開店後に件の2人も登場。
三条京阪東の去年閉店した「味処 伏見」の女将さん、川原多津子さんが、10数年ぶりに来店。明日、フランスに帰る数学者のバンソン、アドリーヌさん、ドゥニ、奈良井さんらが開いた慰労会の帰りに顔を出してくれた。多津子さんと少し話をしたかったが、そんな時間がなく、直ぐに帰られたのが、なんとも残念だった。
他にも写真集を買いに来た明日から直島に行くというフランスの建築家のカップル、正月にロンドンに語学留学する王将のナオヤ君もイギリスへの土産に写真集買いに。ナオヤ君、いい奴だけど、少しスポイルされた感じで、可哀想。
色々あった1日が、11:30閉店というめでたい形で終了した。

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2017.11/20(月)


9:30起床。
ルネ(2F)で朝飯を食べていたら、1Fの書籍部から電話。
香川県から甲斐カレンダー「昼行灯 徘徊記」を2部注文が入ったので、サインしてほしい、と。土日を挟んでいたこともあり、5度のFaxとのこと。嬉しく、礼状も認める。
セブンイレブンで「グレさんぽ」を読む。
帰って休む。
体力減退。コレクション。
来店予定の方は見えず、月イチの名古屋の塾の女性教師、段ちゃん、谷川さん&女性が来店して、12:00に引け、一応、1:00まで開けています。

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2017.11/19(日)


また、八文字屋泊だった。
不調続く。木屋町三条に座って、「算盤やろう」と呼び掛けているサムエル・アンドレが追っかけて来て、やろう、やろう、言い、やらないというと、ぽーん!腕を叩いて去ろうとして、カメラを叩いて、カメラが、分解して、川に落ちる夢。もう一つ西部講堂裏にスタンバイして、パギやんと誤解される夢。

山香(大分県杵築市)小学校の古希同窓会にパーキンソン病と認知症を患っている兄さんが八女市から出席した帰りに由布市の姉兄に会いに昨日行った。
元々、気難しい感じの兄だったが、邪気?も取れて優しい可愛らしい子どもみたいになっていたらしく、姉があんたも一度会っておき!と言う。
子どもの時から日本にいた20歳過ぎ迄、ライバルというか、張り合って仲のいい兄でもなかったが、会っておくか。
病前の兄は、どちらかと言うと、やや陰鬱な印象を与える男だったが、それが、ちょっと肥ったせいもあるのかふっくらとしたとても陽気な印象を与えたらしい。
晩年の父親もそうだったとのこと。
ケベックに居る時は、日本人会のゴルフ大会ではいつも優勝していたらしいが、帰国後、一度もゴルフをしてないのだろうな。

八文字屋、低調。トップ客は、木戸衛一さん。学生にご馳走して抜けて来たとか。ドイツの憲法論はよくやるが、日本のやってこなかったが、今度書いたので、明日、持参と。東京の雑誌「マージナル」を朝倉喬司さん、六平などとやっていた今井照容さんが来て、国立歴史学博物館に六平の「ほびっと通信」が出ているというような話で盛り上がる。宗ちゃんも、カオリンズも来て深夜の八文字屋は、中山ラビさん付人の児玉裕一さんに玄ちゃんがチョッカイを出したり、フランスに戻るまえのバンソンもはしゃいだりする。ラビさんは、付人によれば、最近、強行軍で岡山から名古屋へ車で移動後のLiveで歌詞の一番を歌い、2番を歌おうとして歌詞が出て来なく、立往生して、記憶喪失に陥り、ステージ上で、あれ、私こんなとこで何をしているの!?と口走る一幕もあったらしく、ハードスケジュールで相当、お疲れであるようだ。カオリンの子づくり話もあり。
4:30帰宅。

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2017.11/18(土)


仕切り直しが題目にならないようにしよう。
グレゴリ青山の漫画を見てヒントを貰ったところで、井上さんの口説きシーンの写真が出て来た。これは数日前に佐久間文子さんが話題にしたシーンだ。28~9年前のブティック勤めの彼女の友人と話し込む。この種のト書を入れたら、面白くなるプリントが沢山ある。未発表のプリントをもっと活用する企画を思く。またまた計画倒れの話でしょ!笑止千万な!と言うムキもあろうが、ALL ABOUT KAI の視覚本!?(イラスト、漫画、写真、データ満載)本だ。友人関係の系統樹等でウィットを利かせた面白ほんやら洞・八文字屋本。「全国美女巡礼の旅」「豊後エルドラード伝説追跡行《考》」「愉快な美女と」等の甲斐の計画倒れの話、法螺話を筋道立てて列挙。先に八文字屋開店33周年本をぶち上げたが、全然反応がなかったが、今回は極少人数の知人の協力を仰ぎ実現だ。タイトルは「京都 写真家 カイ氏の優雅な日々」?
料理教室、グルメ紀行も組込み、ギャグかとも見紛える内容だが、そこには真実味とペーソスが通底し、笑える甲斐・ほんやら洞・八文字屋物語も紹介。街取材の僕をSが撮影。
体調が勝れないSから「冷蔵庫内の不要食料を上げる」と電話。大根持参でうどんすき。「呼び出されて、エクス・アン・プロバンスに行く」というめでたい夢を見た、と言い、笑う。
コレクションで京大人文研の藤原辰史さんがアウシュビッツ行きの話をしていたので、ワン・ショットと思ったが、SDカードが入ってなかった。

18:00オープンと記したら、夜行バスで来てサウナに泊まるつもりで紅葉見物に来たというBPO(放送倫理・番組向上機構)の理事・事務局長の高橋宗和さんが、パンクチュアルに待っていた。「きねつき高校出身ですか?」というので、「きつき」と読むのですというと「後輩に杵築出身が居ます」ということで電話に出ることになった。
という訳で、杵築高校の同級生、小俣真美さんの弟さん、一平さんと偶然喋った。
50年前の記憶だが姉弟2人の声が似ているのにはびっくりした。似ていると感じる自分にもビックリ。飯田香織さん、鎌倉彩さん、中川みどりさん、黛りんたろうさん、阿部清比古さんらの思い出も喋る。
八文字屋では3時間以上、高橋さんひとりなのにも、ビックリ。竹田の隠れキリシタンの話をすると「今のNHK大分局長は後輩」らしく、竹田へ五木寛之と共に行く場合はよろしくという。カレンダーを買い、明日もバスで帰る前に寄ると言ってくれる。NHKの方でも、「竹田の子守唄」は豊後竹田だと思っていた。
しばらく誰も居ず、公認会計士の中村さんがカレンダー5部買いに来た。
次に、宗ちゃんが来て、やがて、読売TVのカメラの男が来て、樽家さんが2日前に亡くなったと教えてくれる。京楽経由。鹿さんも来て、戸城君が来て、TV氏が戸城君を他所の飲み屋に誘い、終わる。

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2017.11/17(金)


9:30起床。
今日からは、新しい生活。
自力「自由への長い道」初日。寂しいけど、緊張感のあるスタート。70歳迄何が出来ているか?午後の数時間、全力で走らなければ。歳がいっているので、無理はせんとこう。

午後の散歩。ルネ、糺ノ森、いつもの古本屋、御所を経て、佐久間文子さんが涸沢純平さんとの出会いを記している「淀川左岸」を買いに三月書房に行き、ルパンの店へ足を延ばすもしまっていた。
松浦寿輝「半島」、中川六平「ほびっと 戦争を止めた喫茶店」、深沢七郎「笛吹川・楢山節考」、クリストファー・シルヴェスター編「インタビューズ」入手。
「何時オープン?」と稲山さんからメール。
有難し。
6:00には稲山さん、同女の斎藤先生が来て、やがて、高速道路を使ってベンツで猪肉を大量に名古屋に運んでいる途中でパンクして引き返して来たタテマツさん、朝日新聞の九大卒の松本さん、イシドロ窯の石田博さんが来店。石田さんがタテマツさんの2年教育大の先輩らしく悪しき宿縁の仲があったらしく喧嘩をおっ始めた。
同志社の田畑教授(哲学・ヘーゲル)が2人女性を連れて来る。
朝日新聞の九大卒の松本江里加さんが来て、プラメイクの大村沙耶さん、里井夏野さんを呼び出す。京都美術工芸大学の井上年和准教授も来て、カレンダーを買う。
公認会計士カレンダー5部予約。
最後に、20代のキレイどころ3人が帰ってどうしょう!?と思っていると、滋賀県の守山で梅津和時さん、RyotaroとLiveを終えた中山ラビさんが顔を出してくれた。!明日は、拾得だ。明日は行けないが、来年は京阪神でやれば、必ず押しかけて行ってLiveを撮ると約束をする。

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2017.11/16(木)


「写真の秘密」「ユリシーズの涙」「パリはわが町」の著者、ロジェ・グルニエが11月8日に亡くなっていた。
好きな作家のひとりだった。

四つのFBアカウントのうち、「ほんやら洞」の「いいね」が、いまだに一番多く(999というの何の数字か知らないがそういう数字)次いで、写真家・甲斐、そして八文字屋の順だ。
八文字屋をもっとキレイにし、もっともっと凡ゆる意味で充実させる必要がある。それにはやり掛けの仕事をサッサと済ませ、向こう2~3年の仕事を構築的にルーティン化せねば。
河原町グリーンの行灯の活用一つ取っても、「京都《正負の》異国文化遺産」の取材から電子本、紙本作りという実際的な作業を経て写真の長期間の展示会へと持って行くつもり。
二年間たっぷり休ませて頂いた。ボチボチ動かねば。

3、4年前は「さようなら出町 さようならほんやら洞」という本作りを進行していた。
本は、原稿も燃え、出来ず、今は、出町にも居ず、又新境地にある。「写真家甲斐氏の生活スケッチノート」「京都異国文化遺産」を計画して放火野郎に倍返しするつもりだ。月曜社忘れてません。

来年の仕事「写真家甲斐の京都スケッチノート」(仮題)は、本の形としては西尾忠久/内山正著「ベルギー風メグレ警視の料理」(東京書籍)風にして易々と書け何でも放り込める本にする。好き店、記念日、寺社、交遊関係も書き逆の深夜の八文字屋での証言、僕の趣味(豊後エルドラード伝説)にも言及。
Sは、胃に来る風邪で早退したと言う。そして、名刺は今日来ると電話をくれたので、八文字屋に直行。ドンピシャだつた。
その後、歩きたいと思っていたが、北ぐちさんからメール。近くに居ると。読書、執筆に時間を割きたいしひとりで居る時間が欲しいが、少しでも売上は必要。
「むさし」で回転寿司9皿食って、ジュンク堂、マルゼンを冷やかして6:00に戻ると、階段に北ぐちさんが居た。1時間待ったという。
7:00迄にもう二人来店。貴重な3人だと閉店時に分かる。
後は、段ちゃん、野村完太君(Vogaで消耗したようで、次は出ないと言明)と友人、王将の彼、バンソンしか客はなし。(段ちゃんも先週の土日に早い時間に来てくれた由)。ティルが顔を出し、バンソンに「ボンソア」と言ったが応答なしで、むくれて、黙って出て行く。
疲れて、帰宅は4:00。

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2017.11/15(水)


6:00頃から何度も目を覚ます。
今は本なんか読んでいる場合でないと知りつつ、調子を整えるためにも山本義隆「私の1960年代」堀江敏幸「その姿の消し方」角田光代訳「源氏物語」をめくり、自分の仕事に向かう。
今日も疲れている。今日は、坂本龍馬の誕生日にして命日だったな。
東山の何処かでイベントをやっているのだろうな。カレンダー発送。冨樫の茨木の友人の橋本悠史さんが送ってくれた鮎を落手。
Sと鍋を食してからの八文字屋のオープンは8:00を過ぎる。6:10に二人来店とのメモあり。
トップ客はバイト候補の景山さん。浅利ちゃんは、8:30入り。
今日、宅急便で届いた茨木の橋本悠史さんの鮎(実は、父親が大量に釣り、ストックしていた)を冨樫を介して貰い美味しい塩焼きを全員に出す。
中村真夕さんとニューヨークで会い彼女に「ハリヨの夏」のロケ地を紹介し(ヒルゲート展にも来)たと言う男、友人と来店。
川嵜さん、鹿さん、奈良井さん、宗ちゃん、バンソンと寂しい夜。バンソンは欲しいと言っていたプリントを買わないと言明。浅利ちゃんとろくでなし、石丸商店に行く。石丸には、ロイcouple、バンソンが居た。
ケネス・レクスロス論(思潮社)のある詩人、ジョン・ソルトさんにAmazonでの甲斐写真集e-bookの存在を知らせたら次の返答が直ぐ来た。暖かいなあ。

Dear Kai-san
Thanks for the information. Too few photos but I’m always ready to laugh with you but never at you.
Love from Thailand,
John

もう自分のことをしなければ。

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2017.11/14(火)


八文字屋は暇な夜と決め込んで、オープン。先ずニュージーランドのジェイン・フィッシャーさんカップル、次いでオイタさんが来て、膠着状況が続いて、チリのハビエンヌがカレンダーを3部買い来る。森恭彦さんの還暦祝いに佐久間文子さん、京都新聞OBの東出来店。佐久間さんはしきりに「六ちゃんのことを一番分かっているのは甲斐さんでしよ。甲斐スタイルで小説を書いて下さいよ」と言ってくれる。皆んなが帰る段に、建築家グループ14人来店そしてバンソンも。結構、写真集が売れる。

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2017.11/13(月)


合同新聞の記事を山香在住の豊田哲義さんがFBにUPしてくれた。
昨夜は河原町グリーン商店街の西村卓嗣さんが見えて、歓談。四条から五条迄にやや見えにくいが、河原町通りの両側の舗道の上に144点展示出来る行灯がある。過去3~4回展示させて貰った。今はポケモンを展示している。
このエリアに、2年内に4つの外国人観光客を当て込んだホテルが出来る。
ということから、「京都異文化遺産」というコンセプトで個展をやりましょうか?と口走ってしまった。いや、この10年来のピンチを脱出しつつあるので、懸案の書き物さえ終われば出来る。

鶴岡真弓さん、野口良平さんらの「京都異国遺産」という良書もある。それにもっと付け加えるべきスポット、アイデアもあり、視覚化する自信はある。赤山禅院、耳塚等々の観光?スポットだけでなく、旧南蛮寺のエピソード、世界各国から上洛している留学生、外国人経営の会社のキレイどころも紹介するつもりだ。さあ、ピッチを上げねば。これは「カイ的京都名所図絵」「昼行灯の京都案内」とも絡めることが出来る。
サントリーの「Whisky Voice」の巻頭言を玄月さんが書いていた。
FBに「今日から八文字屋では、焼酎類を注文の方には、もれなくストックが切れるまで今年最後の大分カボスが付きます」と書いたが反応なし。

今日は10:30迄客がなく「カイ君ですか?」と言って60歳絡みのフランス人が3人引き連れてきて、ビール一杯ずつ注文して、あれこれ写真集を見たり店内撮影を試みたりしているとフィリピン帰りのチーちゃんがコスモスカレーを土産に浅利ちゃんと来店。よく知らない外国の年上の人間に「君」呼ばわりする奴に碌な奴がいない。観光化でこんな客も来るようになっている。ふたりが帰ろうとするところに、バンソン先生来店。美女ふたりは直ぐに帰り、バンソン先生は1:00過ぎまで。

北ぐち氏より「竹田市側は狂喜して喜んでいる」とのメール入る。
フランス人の中のひとりは写真集「京都の子どもたち」を買ってくれ、チーちゃんはカレンダー。1:30で閉店。今日は、9月のブログ(カイ日乗)をUP。2:00帰宅。

今日気付いたのだが、11月1日付の貼り紙がエレベーターの入口の高い場所に貼ってあった。
八文字屋の入っているビルの管理会社が代わったと書いてあるだけで、個別店舗に連絡がない。そんなの、許されるのだろうか?
しかも、貼り紙に書いている連絡場所の電話番号を調べたら、登記されている番号と貼り紙の番号が違うと来た。
そんなミスをおかすのだうか?いや、犯すかもしれない。
おまけに、振込み口座の番号迄記載していて、かつてのビルのオーナーの口座番号(貼り紙以前は違う人物の口座番号)になっており、変更の説明もない。
八文字屋に限っては「次回からこちらへ」との通知が、不当にも払っているのに8月28日まで数百万円支払えとかつてのビルオーナーの弁護士事務所から弁護士事務所の口座番号へとの告発状みたいな書類がきたので、「どういうことですか?払っているのに、そういうなら、根拠を示して下さい」と手紙を出したら、2ヶ月後に、上記の振込み先変更の通知だけが来て、質問に対する何の返答もなしで、今回の貼り紙の出現だ。

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2017.11/12(日)


終日、ダウン気味。Sに呼ばれ、マルシェ、マルゼンの本屋巡り。セカンドハウスにも行く。

網野での研修帰りの西村さんは寿司、蟹を土産に来店、宗ちゃん、姫貝の干物をお土産のオイタさん、鹿さん、冨樫、エリオ来店。
エリオ、ナポリにいたら、甲斐写真展をやるのだがなぁと言ってくれる。冨樫は来年は再度、チベットに行くと熱く語る。友人の父親が釣ったまま亡くなり、残った鮎が、あるが、欲しいか?と言う。電通の和泉氏に五木寛之さんの体調を訊ねる。元気らしく、竹田市が呼びたいとあらば、仲介の労を取ってくれるとのこと。「最近、息子がお邪魔しているらしいな」と言う。

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2017.11/11(土)


夢三題同じ。
若い人と一緒に住もうとしていると、D・ポケットさんが自分のグループと一緒に!と言っているかと思うと、今度は中尾ハジメが俺らのグループと!と来る。そして「俺らのグループは殴ったりしない奴だけが一緒だ」と言う。何だかモテモテの夢だった。

今のペースで昼間、歩き続けたら、右足は1年後に回復するかも。ハードワークはハードワークだが、これからはマシ?これからはグッスリ眠れるか?昼の運動を担保すれば。八文字屋のメンテナンスは疎かにならないようにするのは至難の業だが、やるしかない。ちゃんと3日働くパートナーが欲しいが、出てきそうもない。

昨夜、ワッキーが掴まったので、年内には厨房とトイレは修理可。原稿書きという肝心なことが残っているが愚痴っても仕方ない。一緒にやっていく女性が出現しなければ、苦しい古希を迎えることになる。忘れられる前にと、日向太にメールしたが、ウィーンの画像を保存して貰っているものと思っていたが、無いとの返答にはガックリ。

日中散歩。上洛して50年。今年ほど京都の秋を満喫したことはかつてない。特にこの10年、あまりにも不合理な行動をし過ぎたか、肉体的欲求不調と多少の精神的ダメージを抱え、イラつき放し。店的には来年に繋がる感強いが、肉体的不調甚だし。

4年前の北沢猛さんに招待されてのウィーン滞在も想起し、あれはなんだったのかと考える。画像が残ってなければ、色々苦しい。
今日の大分合同新聞(夕刊)の「水上文学と原発」(その下)で僕の写真が出るらしい。
第一回は詩人の正津勉さん、第二回は平和運動家の中嶌哲演さんだった。
夕飯で歯応えのある安く入手した宿儺カボチャをSと食す。美味。

Kanacoちゃん、今晩もLiveでバイト休み。SOAさんのLive、みなみ会館での東條君の「山室軍平」の初日の舞台挨拶にも行けず。出勤時に木屋町で高知の中山理子さんに遭遇。後で行くと言って深夜来店。「追憶のほんやら洞」を買う。オイタさんとは入れ違い。
ラルフが息子「たつお」君を抱いて顔を出す。「ほんやら洞に25年ぶりに行ったら無くてびっくりした」という元京大(農学部)生で「何人も美女を紹介したけど、ひとりも『美女365日』に載せて貰えなかった」とぼやく女房連れがきて、女房は撮ってね、と言う。アントナン・アルトーをやっていつも暗い田中直紀君きて「ストーカーは僕じゃないすっよ」と言って、見かけた日沖ちゃんの近況報告。ワッキーは多摩美大で表象文化論をやっていた祖父母がベルン人の帆奈さん(29歳)とアバンギルドの帰りに寄る。ずっと不調だというナッちゃんも。両親もいたらしい。ワッキーらはポールダンスにも感動。
来ると言っていた梅田君来ず。トマの茜オルソンカワイさん、お寺でのメイクの講習会の帰りに「Eテレを見て、来ようと思っていた」と来る。バンソンと喋り、例の「完璧なフランス語を喋る人」発言あり。
バンソンには二つプリントを見せる。今日の段階では決定せず。柊屋のひろみさん来店。バンソン、タクシーで、送る。
3:30閉店。

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2017.11/10(金)


今日はこの二冊を交互に読みながら散歩。
秦さんのは学研版・明治の古典4
「高野聖 歌行燈」1980年2月22日刊。
原作 泉鏡花の「龍潭譚」(秦恒平訳)。これを書いている頃に秦さんから貰った手紙を思い出したり、この作品からつげ義春作品を連想したりする。
今日はズボンを買いに行くつもりだったのに、方々徘徊してしまった。同志社で尹東柱の記念碑を探したが、判らず。キャンパス内でチャリに乗れないのにびっくり。ケネス・レクスロスが泉涌寺付近で住んだ家がアーモスト寮内に移築されているのだが、どこで訊いたら良いのやら?マーサ先生に遭遇。

昨日も少数精鋭のお客さんのみ(笑)。
トップはトーマス・ライトさん&杉村さん、ウッチー&カオリンズ、ケルンからの客、三上さん、理子さん、まさこさん、顔だけだしのワッキー、石丸商店の石井さんで終わり。5日連続低空飛行は続く。去年よりはマシだが。

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2017.11/9(木)


散策日和。朝早く起きて真如堂に行きたかったが、7:00迄八文字屋に居て、家で10:00迄ダウン。出町、寿司、刺身。糺ノ森。寿司と刺身を食い、今日は遠出、嵯峨野行き。白梅町からの嵐電に乗るのは2度目。常寂光寺。落柿舎、清凉寺、化野、寂庵等には行けず。I書店の本では嵐山をどう退治するか。やはり、Noonday Lanternで行くべし
今日はこの15年弱る一方だった足腰を鍛え直すのが主眼。朝10:30から動き回った。寿司、刺身を喰らい、急行バスで北野白梅町へ。バス230円。嵐電220円。いちご大福250円。コーヒー400円、アイスキャンデーは130円?森嘉の豆腐は441円。常寂光寺の拝観料は500円。夜は湯豆腐。Sに新名刺を作って貰う。
関東版毎日新聞に連載した原稿入りほぼ焼失したので、それを活用する予定だったI書店からのの出版を「昼行灯の京都案内」風(カレンダーライン)に再編すべく取材するのに今日の昼下がりアシスタントのSに付き合って貰った。

僕は40年前までは、花鳥風月、神社仏閣、観光ショーフェスティバル、嵐山周辺、ギャラリーでの個展を避けていた(笑)。

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2017.11/8(水)


ヨシレイさんは、ロンドンへ。Sは濱崎さんが手引きで苦手な付き合いを克服するためにも体調不良を押して濱崎さん主宰?の大阪の工場見学及び交流会に参加。ウイリアム・モリスの蔵書のコレクションを持っている稀有な会社、写植でも昭和21年から先駆的な機械を導入している会社見物。少しでも仕事に繋がりますように!濱崎さんの配慮は彼女だけに向いている訳ではないとしても参加できるのは僥倖とみるべき。濱崎さんは偉い方で、頼るのでなく、切り開いてくれた道を歩めるかなぁ。
姉から電話。5日まで詩吟の大会の為にアタフタしており、終わってからずっと今日迄寝ていたらしい。話の核心部分に関しては苦笑は禁じ得ない。
一歳1ヶ月上の兄のパーキンソン病と認知症の状況を聴くにつけ、僕も不調で仕事が出来てなくて、明日は我が身かと思うと、ヤバイと思うなあ。両兄のパートナーも大変だろうな。僕なんかも4月から殆ど仕事らしい仕事が出来てないもんな。八文字屋は、17:00オープン。
7:00に黒澤さんが来たが、出直して11:00に来る。奈良井さんも8:00早々に来店。鹿、川嵜さん、宗ちゃん&PTAの女性(北区の石屋さん)、今日からFBを始めた段ちゃん、北海道帰りでシャケ皮揚げを土産の琢ちゃん、黒澤さん、「メガネ」、で終わり。

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2017.11/7(火)


8:30起床。10:00水道料金メーターチェック。3411円。ルネ。少食で590円。文芸誌立ち読み。出町で買い物。八文字屋の日高暢子さんが揮毫した看板を撮る.秦恒平さんにカレンダーを送り、やっと懸案の令状を同封。マロニエの西川さんとヒルゲートの人見ジュン子さんにカレンダーを一部ずつプレゼント。ヒルゲートには5部置いて貰う。業務スーパーでS用香辛料を買う。
47年前に出たアドルノ「プリズム」を読む。やはり、訳が硬い。
鴨川で背筋伸ばしのごろ寝30分。更に6:20迄待つ。さながら女の子を待ち伏せする中学生か高校生の如し。鍋。もうひと月でこんな恒例?待ち合わせも無くなる。
八文字屋は、8:30オープン。2月から八文字屋のバイトに入るナナちゃんのBFと河原町四条の日本語学校で一緒だったTaufik Fitriantoさんが昨日迄大阪での展覧会に出品していたグラフィックデザイナーのTeguh Septian Arifianoさんを同伴。Taufikさんは、ジャカルタで元ほんやら洞バイトの高屋佳乃子さんと出会っており、佳乃子さんのお母さんも来店。12年ぶりにメルボルンの教師(教師)来店。リサ、フェリシティ、ピーターらの知人。奈良井さんはヨシレイさんに会えるかなと思って来る。
誰も居なくなって1時間半後にバンソン来る。バンソンが帰って、段ちゃん、少し寄る。気掛かりな身体的変調を聴く。

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2017.11/6(月)


8:00迄八文字屋でダウンしていた。
11:00ルネ。
午後ダウン。
15分間、コレクションで休む。Sにチャイと貰ったケーキを持参。焼き魚と野菜炒め。S、八文字屋の看板を写真に撮れ!と。名刺をエバーノートに保存する方法を教えてくれる。
八文字屋。段ちゃん、宗ちゃん、マタレーゼさん、モモちゃん、鹿さん、川上力三さん。マタレーゼさんは、カリン、大根、ムカゴ、里芋をくれる。礼にカレンダーをたくさんあげる。
12:00には誰も居なくなる。
帰宅3:15。

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2017.11/5(日)


8:00起床。チャリ買い替え11300円。Sと大黒蕎麦、 そして映画「セザンヌ」更に黄葉の南禅寺、水道橋見物の後は「ひらがな館」で食事。岡村陽介氏の弁護士へ手紙投函。
ひらがな館のマスター、「甲斐さん、幾つになった?俺、もうダメ」という。僕はもっとダメ。
浅利ちゃんは、8:30入り。夜、K-Kei、玄ちゃん、名古屋大学の法学部(比較法)の先生ら3人、奈良井さん、杉沼さん、遅く、バンソンが来た辺り絡みセッション。最後に鳥栖のヒロミさんくる。他の客なしと寂しい。

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2017.11/4(土)


プロレス研究会があるので、朝から、八文字屋へ向かう。鴨川で気に入った写真、たい焼き君3人組の高校生の女の子や段ボールを着込んだ男たちが撮れる。
プロレス文化研究会、今日は、井上章一さんと岡村さんとの対談だったが、井上さんに急用が出来したらしく休む。娘さんの結婚絡みの用事ではないか、と邪推する。プロレスラーが1人来る。三次会は2人のみと寂しい。井上章一さん不在も影響あるだろう。
会が終わった頃、Sより今後の仕事の打ち合わせをしたいというので、戻って、夕飯をし、向こう半年位のラフなスケジュールを練る。夜、八文字屋到着と同時にトップのヨシレイさん。佐枝ちゃんと待ち合わせで、佐枝ちゃんに、人見ジュン子さんの批判を伝える。Kyoto Graphyはギメー美術館が決めるだけで、京都の事務局には、何も権限はないとのこと。コリーヌは2日前に上洛らしい。奈良井さん、名古屋の写真事務所絡みの4人(1人は寒川さん)が!「ブルータス」を見て。山田拓弘さん、ルーマニアのガーディナーらを連れて来る。スウェーデンの20歳の若者馬鹿(失礼!)飲み、オッレ&ナナちゃんの紹介。
ナナちゃん、アフリカの環境問題のコンサルタントを同伴は、バンソンを喜ばす。バンソンの外国人を誉める時の言葉「ヤツは、完璧なフランス語をしゃべる」が出た。
ぐったりして、松屋に行き、チャリ盗まれる。帰宅4:00。

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2017.11/3(金)


10:00松屋で飯を食って、鴨川東岸を一路南へ、東九条マダンへ。
殆どとれず。段ちゃん、琢ちゃん、藤さんには会う。
この4~5日、熟考を要する色んなことが同時に出来している。
内的には相互関連している。これを描ききる時間が欲しい。
折田法律事務所へ、先ず、入金。
東九条マダンの後にSからの呼び出しがあり、その途上、結構気に入った写真を、好きなスポットで撮る。Sは風邪で不調続きなので、一緒に湯豆腐を食う。
八文字屋周辺で安くて美味しい店を教えて下さいと、イギリスの俳優Togo Igawaさん(元黒テント)からメールあり、彼の知人が姉小路通河原町のホテルにひと月投宿するらしいが、僕は昔ほど繁華街の情報に通じてない。Togo Igawaさんと佐藤信さんがHer Voice というベケットの Happy Days にインスパイアされた芝居を持って横浜、パリ、ゴルウェイ、ダブリン(演劇祭)を廻ったらしく、最後はスタンディング・オベイションだったからまあ成功と言えるかな、とあった。名古屋以西であれば、見たかったのだが、見れず、残念。
ギャラリー・ヒルゲートの人見ジュン子さんより、「Kyoto Graphyは取り付くいとまなし。本橋成一さんの名前すら、事務局は知らない。甲斐さんのをサテライトでなく、本体で何故やらないのか!?と言っても通じない。甲斐さんのをどうしましょう?」というので、ロンドクレアントが決まったから、OKと言う。八文字屋には、Vicこず暇夜。バンソンも来ず。
段ちゃん、オイタさん、大阪の五郎ファンのおっちゃん、息子同伴。名古屋の時事通信の記者・渡辺夫妻来店。浅利ちゃん、チーちゃんもチョンマゲを結って東九条マダンに行ったとか。女相撲の去年のチャンピオンの木村理恵さん(アイヌ・沖縄の会のメンバー、元京大同学会委員長)、段ちゃんの姉の旦那の妹に負ける。ヨシレイさんは大宮通りの家の契約を済ませたようだ。

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2017.11/2(木)


Vがあり得ない内容の怪文書を3人の親友らに撒かれて、憔悴しているので、知恵を貸せ!と高山佳奈子さんにメールする。とにかく、その手紙には、有りもしないことなのに、妄想を逞しくしたのか、自分と何回もセックスをして彼女の寝物語の中で、彼女が、八文字屋の金をくすねていると告白していると書いている。倒錯者のめちゃくちゃな言い掛かりとしか言えない。
坪川さんにもメールで相談し、高山佳奈子教授にもメール。

夜、八文字屋は、とても暇。
プラメイクの大村沙耶さんが同僚を同伴してくれた以外は、ほとんど客なし。一昨日、帰洛したヨシレイさんから頼み事あり。11:00に誰も居なくなる。バンソン、夜中に40分居る。
村屋に寄って帰る。帰宅3:00。

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2017.11/1(水)


不調。
11:00ルネ。
出町古本屋、知恩寺古本市。
後は、ダウン。
元朝日新聞のアジア局長の宇佐波雄策さんよりメール。秋野子弦さんはいつなくなったのだ?と。秋野夫妻は宇佐波さんが、タイ在住中に僧籍を取得したさいにも、駆けつけてくれたりしており、いつかお礼をせねばと思っていた矢先に訃報に接したという。
また、ほんやら洞を再建する気はないのか?とも。
秦さん、大家の弁護士へも手紙をかけなかったが、ロンドクレアントにはカレンダーを持参して、来春5月くらいに個展をやると決める。
気がつけば、19:45。
慌てて、八文字屋へ。
姉のカレンダーに対する感想。
表紙は、汚れかと思ったらしい。行灯の障子を和紙に見立てたものだが。「これ、汚れでない方が良いんじゃない!?最後の落穂拾い、それぞれの写真は良いのに『さっちゃん、めっけ』とかいう文言はなく写真をちゃんと見せた方が良いと思う」と。表紙はSももっと色を鎮めた方が良かったかなと気には掛けていたようだ。最後の中途半端な文言は僕のアイデア。分かって貰えないだろう。
静かな浅利デーだったな。
川嵜さん、鹿さん、オイタさん、宗ちゃんらと、直ぐに帰ったジュネーブのトマ知人3人と岩手からの客だけなのに、八泊。

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