2017.6/30(金)



帰宅と同時に土砂降り。
ルネ、出町。
今年も、はや、半年過ぎたわけだ。何も出来てない。
半年、失いぱなしだったが、今年の後半、調子を見つつも、気分としては、一気に行きたい。ごろごろする。
ツイッターでプルードンのイタバさんのことを呟くと、京大のプルードン研究の田中さんから反応あり。近日来店とのこと。
今日は作りご飯。冷麺にキャベツ、ハム、卵焼き、プチトマトを乗せて食し、シュークリームも。ゼリーは二個置いていく。
S書道、週初めだったらなぁと言う。
稲山さんから何時オープン?あり、慌てて八文字屋へ。Vicちゃん、1時間遅れ。
ヒルゲートで「アールブリュット」の会あるも、参加する元気なし(後で、ジャーマンのみ流れてくる)。
シルヴァンが、コリーヌ・アトランの知人ファミリー同伴。長男のレオという青年は既来店で、ヴィクトリアも知っているとのこと。
サマール、リカルドが来て、稲山さん喜ぶ。
段ちゃん来店。南アフリカの弁護士も。ヴィクトリアは、僕が元気がないので「大丈夫?」と心配する。
ジャーマンははしゃぐ。
この体調なら、本来なら10日間位休み、旅をしてノンビリした方が良さそう。まだ、そういう境遇にない。
NHK放送が終わり、様子見してから、動こう。
12:30に誰も居なくなって、待つともなくiPadを弄っていて、目の前の影の正体を探るとナッちゃん&東京の友人が居て、再開。更にエリオが来て、結局、3:10まで営業。
これから、帰るところ。

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2017.6/29(木)


不調。
糺ノ森、枡形通りを歩く。作家セバスチャン・レゼー夫妻に遭遇。
外大西校から借りていたアクリルプレートを宅急便で返送。
両大家に無理して入金。
S休んで、装幀仕事に勤しみながら、不調そう。外で食べる元気もなく、おにぎり、弁当を差し入れる。
僕は業務スーパーの47円のおにぎりをと思っていたが、目の前で、最後の二個が消える。

トップ客は、阪大生(2,4年生)。二人が帰り、梶田さん来店。そこにマサアキさん登場。
銀閣寺、蹴上界隈の40~50年前の交遊を語る。今晩が2度目の直也君(43才)も来て、ギターを弾いたりする。
今日、これで終わりかと思っていたら、中西ヨルちゃんの友人(キョート・フォーラムで働く)女性がジュリア(4月23日生)、エマさん、マジックバーで働くフランス人らを同伴して、3:15まで。

「こんばんは。I.と申します。
先日、日曜日に酔っぱらった状態で遅くにお邪魔し、ご迷惑おかけしたことと思います。その前に、二度、兄ともお邪魔したことのあるプルードン研究者の者です。先日は遅い時間に絡んでしまってごめんなさい。
その際、作家本谷有希子の魅力について、おそらく不十分にお話したことと思います。一言で、身体のリアリティに自足(閉塞)する傾向のある日本文学において、同じく身体描写を多用しながらも、その過剰さによって、身体の自足性を意図してか意図せずにか破壊しているのが本谷の魅力であり、それを芥川賞選考委員が全然読めていないということを申し上げたつもりでした。
出版の企画があると仰られていたように記憶しておりますが、もし本谷について書くということでしたら、その辺のことを中心に、結構書けるのではないかと思っております。もちろん、無理にとは申しませんが、今後も何か、もし関わらせていただけることがあれば、是非よろしくお願い申し上げます。頭の片隅に置いて頂ければ幸いです。
またお邪魔します。失礼致しました。
I.」

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2017.6/28(水)



朝帰り。
辛い。
老いは、駆け足どころか、猛スピードでやって来る。
微睡んで、荒唐無稽な夢をみる。
ドミトリーから出て、外で泊まることにして、一足先に出る。追随する予定の他の3人(カップル+S)は、ジャーマンと暫し食事を付き合い、僕は早々に終えて出た。ジャーマン以外は河岸を変えるつもりでいた。僕には荷物はなくて、問題無しに出た。他の3人は押入れから寝巻きを引っ張りださねば(そうすれば、脱けることがバレる)ならず、手間取る。その間、ジャーマンの「これから、ティル歓送のためにティルと2人だけで飲む」と愚痴っぽくこぼす。
カップルを置き、僕を追って、S(対梨のようでもある)が来た。僕が抜けた後、実は僕が独り者だと聴き、何故かジャーマンは落涙したという。
後の噂では、ジャーマンはティルの会に行かず、外に出て後に失踪したという。彼の足跡を彼が2,3の会社へ働かせてくれと言っているらしいという噂を聞きつけて3人は奇妙な場所に落ち込んで行った。僕も気をつけねばヤバイ。ジャーマンも一緒に足抜けせねばならないのに、と僕もジャーマンをさがし回る。一軒めは、良い給料を提示したのに、直ぐジャーマンは居なくなった模様。探索の手から逃れたいらしい。ティルが居なくなるのが寂しいとしても、何故?何故?僕は直ぐジャーマンさがしをあきらめ、自分の道を行った。僕が進路を変えようとしているところは、イギリスらしく、ジョージ・オーウェル通りに差し掛かっていた。この交差点を渡ろうとして、Sに注意される。「下がって!カイさんで一番心配なのは、交通事故だ」と。
ここで、目を覚ます。

午後、ずっとぐったり。本谷有希子「異類婚姻譚」を読み始める。
夕食は、パエリアの残り、ズッキーニ、キムチ。
八文字屋は、浅利ちゃん。
三上さんが30分、下の通行人を見ながら待っていたという。「丸山真男の全集を読んでいるんだけど、近代の分裂した自我ていうのか出て来るけど、甲斐さん、そこんとこ、どう思う?」といきなりである。最近の僕の頭では、ついていけぬ。
直ぐに八王子の大学へ市川から通っているという年に一回学会で来る元数理解析研のおっさんがきて、四方山話になり、ホッとする。三上さんは南方熊楠全集も持っていると言う。次いで、オイタさんが早々と姿を見せ、段ちゃんも来て、ホッとする。三上さんは「限りなく優しいと甲斐さんが言う段ちゃんにやっと会えた」と喜びを表明するが、段ちゃんは「そんなことないよ。前に2~3度会っている」という。後ろの席には八文字屋の事を先刻承知のおっさんが?連れ二人同伴で各ハイボール一杯ずつ飲み、そそくさと帰っていく。やがて、鹿さん。浅利ちゃんに秦恒平の「乱聲」を読ませる。

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2017.6/27(火)


7:30起床。
地震があり、エレベーターの中でチャリと閉じ込められる夢を今朝見てた。
「オッーのおっちゃん」を撮る。
ルネ。ヤマヤ、業務スーパー、八文字屋、ヒルゲート。
Sパエリア欲しいと言うので、準備。ワインも。
台所、二人立てず、材料仕入れ僕、料理S。
美味しいのが出来る。

珍しく八文字屋オープン20:45と遅し。
ルネの山下貴史さんが八文字屋になかなか到着出来ず、迎えに行く。
南方熊楠イベントで、誘うも誰も来ず。嘆く。
「熊楠に関心がある人間が八文字屋に関心を持たずに、どうする!」と。
ただ、松居竜五さんは面白そうだという点で一致。
「『図書』(岩波)4~7月号をルネでピックアップした。加藤典洋の連載、オモロかった。特高だった父親を責めたことあり、父も父なりに反省?して動いている話、大学教師になったときの躊躇い、バリスト終了宣言の「船曳くん」、腰掛けて休むことを知らぬ日本の従業員についての一頁エッセイ、柄谷行人「柳田國男と国学」等。
鶴見俊輔「『もうろく帖』後篇」(Sure)読了。後で、幾つか抜き書きしよう。
フェイスブックに記した旨告ぐ。
お父さん、お母さんの亡くなり方、彼が抱えている持病謹聴。生協の本屋の職員は上から目線で困っている等も。バイトはOK。
谷川渥さん+α。アウトループウェイの流れ、ひとり。

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2017.6/26(月)


4:30に寝て、8:15起床。
共同で再度、宮崎に赴任する上野さんの投稿に「この秋くらいから僕も少し楽になるので、上野さんの歩いた小倉なんかも視野に入れておこう。」と記す。
ルネ、コレクション(浅蜊スパ+HC830円)。

18:00八文字屋オープン。
トップは荻野さん(オランダ在住)の旦那来店。
二人冷やかし。
段ちゃん、鹿さん(YouTubeにUP用DVD持ち帰る)、キョートフォーラムの男女(もう1人ノーオーダー)、玄ちゃんが12:10に帰り、お終いかと思いきや、左にあらず、自衛隊上がりの不動産屋さん&フリーライターが1時間、彼らが帰ってから、更に、谷川渥さん、ペテら。
3:10まで。
4:10就寝。

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2017.6/25(日)


2年前に亡くなった鶴見俊輔さんの今日は誕生日なので三月書房に行ってCommonplace Book「『もうろく帖』後篇」(Sure)を買って来た。沖縄の比嘉加津夫さん発行「脈」の鶴見俊輔特集も。

知恩寺、カオリンズ。
Sとはライブが終わった後に会い、食事は後にすれば良かった!と残念がられる。聴きたかった、と。が、出番が11:00と分かったのは、ギリギリ11:00、Sに連絡は不能だった。
ルネの後で、セブンイレブンでスイーツ、駄菓子を買い、後でS宅。Sは窶れて、シンドそう、と言うか、疲労困憊してるので、頭、肩マッサージ。約1年魂を詰めて仕事をしたせいだ。また、今の職場の労働環境も聴けば、酷すぎる。僕がケアしてこれなかったことも大きいか。
少し責任を感じる。
雨の中を散歩後、精力をつける意味で、焼肉屋と思って行くが、満席で断られて、ステーキハウス。

8:00過ぎにニューヘアスタイルの浅利ちゃんが来て、トップは、恐れていたことが現実になり、9:00の奈良井さんで、後は高田渡の姪のヨシコさんが、古い友人を呼び出しただけ。他は誰も来ず、浅利ちゃんに上がって貰うと、奈良井さんも帰り、誰も居なくなった。横になった後、帰ろうとしたら、プルードン研究者の京都外大の先生伊多波さんが来店。
ボチボチ空しく終わるとするかと、思っていると、東大時代以来プルードン(バクーニン、クロポトキンは評価しないと言う)の「所有論」を翻訳しているプルードン研究者の伊多波宗周さんが「村上龍をどうおもいますか?春樹は?中上健次は?本谷有希子はどうですか?綿谷りさは?」と「絡みに来た」という彼と1時間チョイ、ああでもない、こうでもないと駄弁る。気がついたら3:15なので、帰って貰う。
今度、田中君というプルードン研究者の京大の人物を連れて来るというので、そのうち出す「ほんやら洞通信」にアナキズムでも書いてくれと頼む。
姉、リューマチひどい。もう字も書けない。

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2017.6/24(土)


11:00ルネ。
写真現像上がり、遅い。
ヒルゲートにも顔を出す。
頭冴えず、原稿進まず。
パチャンガが開いていて、ふたりでタコス4種類各二個、タコライス、アボガドスープ、ワインをデキャンタで。

八文字屋、トップ客、Nさん。段ちゃんとのデート話は進まなかったようだ。一人の友人にファーストキスの感想を訊き、後は、ネットで検索したという。お笑いだが、そんな時代か。
彼女がサイゼリアの知人の男二人と飲み会に出て直ぐに、鈴木さん来店。また、彼が帰った後に、彼女登場。橋口新一郎さん、楞川耕司さん、上村明美さん、白沙山荘100周年記念パーティーの帰りに寄る。
谷川渥さん、「弱法師」の帰りに寄る。

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2017.6/23(金)


9:00郵便局。2万円。セブンイレブン、ルネ。
帰宅、12:15。
疲れ癒えず。
Sよりパチャンガは?とメール。OK。
VicVicのブレザー発見。

星野高志郎さんの農作物の収穫をみて「素晴らしい。僕も小中学校時分、養鶏と、こういう畑仕事をして、市場(4Hクラブ)に毎朝出していたので、懐かしい。換金作物ばかりだったのは、少し味気なかったけど。数年後、このような素晴らしい生活を自分が出来るかどうか覚束ないので、羨ましくさえある。」と書いた。

パチャンガ臨時休業でひらがな館へ。ビッグハンバーグとジンジャーチキン。
SのI書院の仕事を見せて貰う。

ヴィクトリア、明日のワークショップの準備で忙しく休む。
今日は、坊主を覚悟していると、福岡出身の仏師の弟子、稲山さんが来店。更に、奈良井さん、戸城君(京大数学3年)ナッちゃんが東京の友達(妊婦)同伴。R大のS先生、青学の先生同伴。戸城君と少し話し込む。タカさんも顔を出す。
横になっていると、四国のNさんが来て、初めてキスを、石丸商店でインド人とやっちゃったという。父親が韓国人、中国人は良いけど、インド人はダメと言っていたインド人と、と言う。このまま帰れないので、吐き出して帰ると。
6:00帰宅。

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2017.6/22(木)


5:00目を覚ますも、8:00迄ゴロゴロする。
八文字屋大家、5万円入れろと言うので、入れる。
セブンイレブンでHC。
家で一休み後ルネ。また戻って、横になる。
Sはパチャンガかひらがな館と言って来たが、Leicaギャラリーのレセプションに初めて行くことにした。S同伴。
イギリスの写真家ジュリアン・レノンと言っていたが、ジョン・レノンの息子だった。
不調だが、コレクションに3:00に入る。
7:00八文字屋で待ち合わせ。
さして面白くはない写真。大黒屋で蕎麦。
坊主かなと思っていたら、段ちゃん、高知の理子さん、冨樫ときて、更に、建松さんが南薩摩市の上村明子さん、糺ノ森で奇妙な茶室を作っていた近畿大学の建築の先生橋口新一郎氏らが来て、やっと、営業のテイをなす。
1:00に終わり、八文字屋泊。

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2017.6/21(水)


濡れ鼠になって7:00帰宅。
夏至。 昼、雨中、野風呂下見帰りのSとコレクション。2:20、S大阪出版社行き、6:00再会を約し、ウチでポール・グッドマン映画「ポール・グッドマンが私の人生を変えた」見るも、会話、なかなか聴き取れず。S遅くなり、食事取りやめ。なんだか振り回されている。
八文字屋、オイタさんトップ、奈良井さん出張帰り。浅利ちゃんは9:30入り。灰皿に僕が自分で切った髪毛が一杯あるのに、ビックリする一幕もあった。段ちゃん、永澄さん&NHKの森下さんのみ。12:00には誰も居なくなる。1:00迄待つも寝崩れた。

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2017.6/20(火)


今日からヒルゲートで「小品展」。
11:00ルネ朝食の後、ルパンの店の後にヒルゲートへ。一番目立つとこに西久松友花さんのがあった。僕のは2Fに上がって直ぐの場所。
昼、八文字屋で40分休む。
夜、Sがパチャンガに行きたいと言うが、閉まっていた。ひらがな館も。ホッケの店に行くが、イマイチ。老舗ケーキ屋で高級ケーキを買っていたので、お相伴に預かる。

八文字屋は、坊主覚悟だったが、高取英さん、同志社の元学生で税理士の男が「僕に書かせてくれたなら、1971年の甲斐さんについて書けたのに」と言いに来る。
片桐さむ&河清礼&山本宗さん来る。さむとハジメさん(の恋愛)、キム、早川さん、健在の祖母冨士子さん等について歓談。さむは、妹のまなちゃん、甥の龍之介に会いに来た。
八文字屋泊。雨。

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2017.6/19(月)


今朝は珍しく幸せな夢をみたなぁ。
2~3日前にKyoto Beautyでアップした「バックシャン」がオーストラリアからやって来て、関係を持ってしまっちゃった。訊けば、亭主と別れたという。二人の歳は30年前のまま。今晩、11:00にほんやら洞に来るという。そして、心待ちしながら、やり直す夢を見ていた。実際、始まろうとして、目が覚めた。(これを、FB上で、フェリックス・カルドネルが読んでいるのには、笑う)

ルネ。山下さんいず、本の注文延期。吉田の家の契約更新に行ったら、書き洩らしが二ヶ所あり、金だけ渡し、出直し。D2ではサンダル479円。出町では、枝豆、鰯丸干、ジャガイモを買い、古本屋では東理夫「ミステリー亭の献立帖」を。
糺ノ森で一休み。
カメラのバッテリー、充電器、ケータイの充電コードを買いに行く。1万円以上かかった(買える程経済は回復した)。NikonFはストラップ掛けのホックが摩滅したので、ニコマートで行こうとしたが、電池切れ。面倒臭いので、カメラのナニワにでも、近日中にNikonF2でもあれば買いたいので、見に行くつもり。

何年ぶりかの膝下露出。傷痕露出。お日さんにあてなければ。

今日の掃除で、1980年1月19日のメモ出て来る。忘れていたことだ。丁度「出町国際センター」を作った頃のだ。あと12日でロベルト・ユンクがほんやら洞に来る時期のもの。花崎皋平さんからの電話のメモ。武藤一羊さんがフィリピンから農民活動家二人を呼ぶので、京都で面倒をみてくれというもの。フィリピンの青年二人と容さんと4人で歩いた夜の散歩の写真があったのを思い出した。

カメラのバッテリー、新品を買う。
脚の復調までまだ一年以上はかかりそう。
中川畳店で、吉田の家の契約更新で感慨を新たにする。

いつ潰れても不思議でない生活10年をなんとか持ち堪えられて、やっと自由に向かって突き進むことが出来るかも知れない。本当にポケットにじゃり銭しかなく、いや、それすらもない時も付き合ってくれていた仕事仲間に感謝。これからは、店の掃除にも少しは注意が向かうだろう。写真も、書き物も、やっと気おきなくやれる状態になった。後は、人生の最後の仕事を共にしてくれる相棒も出て来るかも知れないという程度の希望で十分頑張れる。今日の家の契約更新を終えての感慨だ。この一年、ヨシレイさん、浅利ちゃん、ギャラリーの方々、集中的に写真プリントを買ってくれた方々に感謝します。神田さん、島さん、ワッキー、青ちゃん、増山さん、篤太郎、窓呂さん、西村さん、奈良井さん、段ちゃん、チーちゃん、K-Kei、オイタさん、琢ちゃん、山琢さん敢えて名前を出すのも憚れる方々にも。もう此処まで、立ち直れれば、後はひとりでいけると思う。

中川さん、何を思ったのか、FBでタグ付けして来る。
ワンズコーディネートの藤田雅士さんから、「ほんやら洞の甲斐さん」を作る際に渡した幼少期の画像届く。
SもI書院の仕事、ひと段落して、ひと息つく。

八文字屋、マサアキさん、覗くのみ。三上さん、十字屋でのピアノの練習の帰りに寄る。音楽より絵の方が自由かなと、思ったりするとか。直ぐ帰り、森井幸夫さんが、作品が売れた嬉しさで飲み歩いているとかで、来る。2000年ダンカンの取材時、後ろで歌っていたという(全く記憶にない)女性(佐藤のぞみさん)が来て、一曲歌っていいですかと言い「蘇州夜曲」ともう一つ歌う。山科の「ミュージック・サロン吉川」で三週間に一回歌っているとか。そば屋の僑岳さんもよく顔を出すという。二十数年ぶりに広島の坊さんが友人と来る。前のときは「東郷健の娘です)という摩矢ちゃんがいたと、懐かしげに喋る。

昨夜、自宅で深酒したという段ちゃんも来て、高田渡の姪のマサコさんもきて、H・Wのラブレターを見せたのがキッカケで21歳年上の男との付き合いについても喋る。「ワンゲルというのは、母がお茶の先生をしていて、学生が『ワンゲルがあるので』と言って休んでいたので休む口実?になる言葉かと思っていた」と言う。
2:00過ぎに終わったが、帰宅は4:00。

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2017.6/18(日)


アメリカの思想家ポール・グッドマン(1911年9月9日~1972年8月2日)の伝記映画があるようだ。「ポール・グッドマンが私の人生を変えた」?
日本で上映されたのだろうか?ポール・グッドマンは、ほんやら洞初期、ほとんどのスタッフが読み込み、影響を受けたと言っていい。
僕は、「人民か人員か」「5年--無用時の思索メモ」をほとんど自力で15年も時間をかけて翻訳を終え、65歳になったら、ほんやら洞を後進に譲り、ネガの整理、「全国美女巡礼」の計画もあったが、先ず、この二冊に陽の目を見させるつもりでいたが、この原稿も原文もほんやら洞の火事で焼失させた。
「5年」は1988年当時「八文字屋通信」誌上に、ダイアン・アーバスの伝記と共に、訳出し始めていた。
アルフレッド・ケイジンの「ニューヨークのユダヤ人」のなかにも、「偶像破壊主義者」という形であったか、「トロッキスト、グッドマン」と規定されて、えっ!?と思ったりもしたが、魅力的な肖像が描かれており、そのこととスーザン・ソンタグの「土星の徴の下で」でのグッドマン論をマラーノ研究者の小岸昭さんに伝えると、勘違いをしてNHKブックスに勘違いをそのまま展開して、そのことを「ほんやら洞通信」で2000年頃書いて、小岸さんをびっくりさせ、暫く、交遊を断たれていた。
2001年にウェズリアン大学での個展に出かけたときも、グッドマンの著作集も買い求め、ほんやら洞の奥の部屋の一角にいつでも取り出せるように置いていた。
1972年グッドマンの死を知り、ほんやら洞で、片桐ユズルさんが報告する形で、中尾ハジメさん、中山容さんそして僕とで「追悼会」をやった。そのとき、ユズルさんが「昔風の恋歌」を訳出してくれた。あれこれ、思い出すことが多いが、出版が大幅に遅れている「ほんやら洞の青春」にもグッドマンについて書いている。それはともかく、映画「グッドマンが私の人生を変えた」を見たい。どなたか持っていたら、見せてくれませんか?

朝11:00前、Sより今日の予定の問い合わせあり。ルネでメシを食おうとしているところ。一時間後に会う。その間、洗濯、シャワー浴び。もう一度食事で冷麺。コーヒーを飲み、大原三千院に行く。途中、デジカメのバッテリーが切れる。思うようには撮れず。紫陽花には少し早くもあった。ヒルゲートへの搬入の額入れ、Sに頼み、持って行く。ケータイも電池切れ。7:00には、冨樫来る。連日、打ち込みで大変だとか。

浅利ちゃん、9:20。その前に周平さんも来る。草間さんは博江さんと詰まらないこと(京都美術文化賞受賞者を巡り)で喧嘩したという。「一杯だけ」と言いつつ、早く帰ろうとしたが、冨樫と喋り、アリステアとも喋り、気分良くなり長居して宝ヶ池までタクシーで帰る。K-Kei、R大のS先生も来る。奈良井さんも来る。
12:00前には誰も居なくなり、浅利ちゃんにも12:20に上がって貰う。2時まで客を待つつもりが眠ってしまう。3:00、5:00と起きて、6:30に帰宅。

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2017.6/17(土)


8:00起床。3時間余り、プリント探し。
12:00ジャストに八木下さん、吉田の家まで取りに来る。デジカメのデータを渡すのを忘れ、また、1:30にルネで会って渡す。買物を済ませ、恵文社に針生一郎さんの奥さんの父親?井手傳次郎の写真展「幻の響写真館--8人の兄妹物語」を見に行く。そのあと梅棹さんち。
ロンドクレアントに山鹿市の丸尾康弘さん&難波多輝子さんカップルの展覧会に行く。丸尾さんは、楠、銀杏を素材にした作品だった。アレックス・カーさんとの交流があるそうだ。豊後竹田市のアレックス・カーさんのことも聴く。京都との縁も。
梅棹さんから「甲斐さん、いつやりますか?」と言ってくれたので、「書下ろし出版の暁に」と応えたが、今の段階から決めておいた方がいいかも。

丸善を覗く。中野翠、武田百合子、今橋映子「ブラッサイ・パリの越境者」等あり。ポラーニョの「2666年」と読み掛けで焼失した本も気になる。

八文字屋。17:00前に井上光さん、来店するも、しんどいので、断る。段ちゃん、大須賀さん、勝賀瀬さんのグループ、マサアキさん、パリからの旅行者あり。

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2017.6/16(金)



八文字屋泊。
ユリシーズの日。
加藤まなぶさんにメール。
「ほんやら洞の甲斐さん」に用いた、僕の幼少期、青年期の写真データをNHKの甲斐ドキュメンタリーに拝借することは出来ないでしょうか?」
出町で買物、セブンイレブンでコーヒーを飲み、ルネへ。
午後は、父親のロベルト・ユンクを越えたとか、名作の誉れ高いペーター・ステファン・ユンクの映画「エディットをさがして」(90分)を見に京都文化博物館に1:30に行く。いい映画だったし、不思議な出来だ。名古屋大学名誉教授は「もう一度見に来ました」と僕の後ろの席にいる。単に大物スパイの叔母の足跡を追跡しただけに留まらず、多角的に1920~50年代のヨーロッパ、ロシアを捉えるヒントを多く内蔵しただけに映画であるに違いない。様々な個別のテーマを扱う歴史家にとっても貴重な発掘をしているのではなかろうか。

5:30、塚崎美和子さん、来八。インタビュー。最初から感じていた場違い感を表明してくれて面白かった。「葵橋ファミリークリニック」会報へ写真を提供したバックナンバーを一部持参。1997年のことと分かって助かった。
6:00には、稲山さん&田中さん(梅花女子大・忘れ物の中原昌也のサイン付きボトル引き上げがてら)も来る。19:50には三上さんも。稲山さんは最終で堺へ帰れる時間まで飲んでくれる。VicVicちゃんは、20:00。京都学園大学でもコンピュータの何かを教えているらしい。サマール、リカルド、ハビエラの他、チリ人(地滑りの研究者も)が3人きて「京都猫町ブルース」を買う。VicVicちゃんの、寒いときに着て帰ったスーツ、早く持って来なければ。NHKクルーは暫し休憩。シルヴァー・ウィングス帰りのカオリンズも来店。イマジさんも友人同伴。朝まで飲む覚悟だと言う。結局、八文字屋の後、ワッキー&水田さんと他所に飲みに行き、朝まで過ごした模様。フォーラム・京都面々も。
ワッキーも久しぶり。京大医学部のマウスを使って自閉症の研究をやっているらしい(理化学研究所の元同僚)水田さんを呼び出す。ワッキーに日向太が今、東大医学部の博士課程に身を寄せていると聴く。どういう身分か訊かず。「甲斐さんが折角の才能を、あたら八文字屋に居続けて台無しにすべきでない。後進に任せねば、〇〇さんがダメなら、たとえ、口で将来のことをどう言おうと、絶対にアテにならない。断固切って、次の女性と早く一緒にやるべきだ。そして、動きやすい態勢を早急に作った方がいい。水詰まりの工事、脇坂住建でやってもいいよ。ところで、女性、目の前のIさんじゃ、ダメなの?タイプじゃない!?」云々、カウンター内に入ってきて言う。そのシーンをNHKのカメラは捉える。4:30帰宅。

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2017.6/15(木)


クルー、家へ先回りしてベッドで眠りに落ちるまで撮る。
11:00起床。5時間、眠れたかな?
知恩寺の手作り市だが、覗く余裕なし。
A1のプリント到着。夜、河本さんにプリントを発送してホッとする。
クルーが八文字屋でプリント、写真集をチェックするのに同席できず。今日はカオリンの自宅取材(晩ご飯を作る様を撮影)。
後は女性写真群や愛着のある界隈のプリントを選んで渡すだけの筈。これ、結構、難儀。これらのプリントはNHKの八文字屋の部屋規模の大広間にばら撒かれ、クレーンの先っちょに付いたカメラで真上からの撮影に供するとのこと。美女たちのコンスタレーション?NHKクルーとの日々を終え、数ヶ月放ったらかしの月曜社の原稿への邁進あるのみ。

昨夜iPadのコードを新品と取り替え快調。よく考えたら、一年以上不調iPadを使っていたことになる。チャンと気づき、早期に手立てしていれば、時間の浪費はかなり避けられていた筈だ。それが、そうならないのが、僕らしいということか。トホホホ。

八木下さんから質問メールがあり、次の返信を送付。
1 : 6:30にはいます。
2 : 前に言った通り、フィルム現像の上がりは来週になります。
アドちゃんはフィルムで撮ったことは一切ありません。
カオリンのはあるかどうか、探すのはかなり、難儀です。でも、探してみましょう。
デジ画像はお貸しできます。
3 : 木曜夕方は留守です。金曜日は、12:30~6:00も留守です。(実際は、3:00過ぎに入る予定)。
(プリント運び)土曜日の午前中の方がいいです。
4 : (幼少期の写真)全て、僕のところに来て、燃えてます。「ほんやら洞の甲斐さん」に少し出てますね。DVDは持ってます。

サッちゃんがA1プリントの到着を心配してメール。
「今夕、届くので、持参します。カットわかめは買いました」と返信。

原毅さんのフェイスブックをシェア。
「2017年6月15日午前7時46分。この日この時を怒りに震え心に刻もう。日本の民主主義が極右とカルトと大阪ヤクザに踏みにじられた日である事を。民主主義を取り戻し世界から信頼を回復する為には長く困難な道のりが待ち受けているのを覚悟しひるむ事なく突き進もう。」

NHKドキュメンタリーの為に、まだまだ、僕のやり残しの仕事あり。結構、時系列に沿った自画像?と鶴見俊輔さん、水上勉さん、高田渡さん他、八文字屋を騒がせた人々のモノクロ写真の選定。市内の愛着のある界隈も出来るだけ多く、提供するには、やはり、数時間の大掃除が必要だ。

昨日、今日と決定的瞬間を撮り損なった。もうヤキが回った?昨日は、先回りが仇となり、的はコースを変えていた。今日は、デジカメだったので、SDカードが入ってなくて。まだまだ、チャンスはあるのは確認出来た。
居残り仕事を終えて、贅肉おとしのために歩いて通っているので、戻るのが遅くなるSからの連絡を待つ。カレー屋は休みで、「めん亭」に行く。その後、梱包、即、発送。

8:10八文字屋到着。クルー、今まで、店内で作業をしていたという。
デモグループ帰ってしまう。稲山さんよりメール。アリステアが来るだけで、今晩はのんびりと飲みたい気分と返信。段ちゃんが直ぐに来店。
ついで、草間さんか博江さん、フリオ・ゴヤさんと来店。後は、文教大の20歳、21歳の女の子、マサアキ、冨樫、北山の不動産屋さん、片山茂樹さんが来ただけ。女の子がいるというだけで、賑わう。3:15まで。

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2017.6/14(水)


8:30起床。
郵便局にKさんのを確認に。Sにも仕事代を。
ルネ。
喋り足りなかった旨をディレクターに次のようにメールで表明。
「先日、今後を喋れ、というので何ほどか喋らせて貰ったけど、肝心なことを喋ってなかったと思います。
もう、あれで十分と言うのなら、結構ですが、言い忘れは以下の通り。
写真や書き物、店の将来のことと絡めて、気になっているのは、かつてあった「ほんやら洞通信」の事。
ほんやら洞はなくなったけど「ほんやら洞通信」を続けようと言ってくれる、かつての執筆者も2、3あり、この10年内に知り合った友人の中に執筆希望者が結構多いのです。
紙媒体で500部規模(電子媒体も同時に)出すつもりです。
ドクターGのブレーンの津田篤太郎さん、共同通信の小山鉄郎さん、段ちゃん、琢ちゃん等ですね。
ほんやら洞、八文字屋の実質を作ったと言える無名の群像がいます。
彼らの紹介記事を僕は書きたい。
出自、資本、肩書等一切無関係に、裸一貫、己の才覚、己の美学を頼りに生きて来たお客たちのことを。勿論、有名人も両店を支えてくれもしたが、それよりも、人知れず、私かに、ボーダーを越えて生きてきた人たち、自らは自分の来歴等を筆にしようとは微塵も思わず生きてきた人たち、燻し銀のような存在の生の姿を捉えたい。
言い換えれば「世間師」とでもいうか、己の物差し一つで生きてきた、個人としても優れ、集団のなかの一人としても優れている一群の面白い人たち、例えば、先日お会いしたマサアキさんなんかがそうです。庭師としてもインド、アメリカでも信任をえて、病気ひとつせず、愉快に過ごしたようです。凄いですよね、話を聴いているだけで愉快になります。こういう人たちのライフヒストリーを紹介したいのです。
余計な事を書きました。
塚崎美和子さんのことですが、多分、上野千鶴子と高校は同級生だと思います。
70年代に「アゴラ」という冊子を出していました。「オカイレン《女解放連絡会議》」にも。
97年頃、彼女に頼まれて「葵橋ファミリークリニック・ニュース」に僕も写真を連載していました。」

ルネで他にも欲しい本発見。
ルネの山下さんに、数日前に、京大にルース・オゼキが来て、講演したと聴く。早川書房から宣伝の要請があったとか。
また、久しぶりに昼間、ハッとする瞬間あり。90年代なら、撮り損なう筈ない憂いを秘めた女の子を追い抜いた。が、アウトだね。

今日は本来なら、店に出ず、1日原稿を書きたい気分だが、そうもいかない。
回転寿司を少々口に入れようと「むさし」へ。三条河原町で、京大同学会の連中が、沖縄、共謀罪の件でスピーチをやっているので、ビラを取ろうとするとマイクの男が「目の前を有名なカメラマンが歩いて……」と言い出した。ビラを取ると「前進」だった。署名を!と言われたが、「前進」を受け取り、やり過ごした。むさしの後、ヒルゲートの宮村長作品展を一瞥して、業務スーパーでS用にカットワカメ。歩いて八文字屋に向かっていると目前から仕事中のK-Keiがやって来た。遠くからの一枚撮る。結構、お気に入り。

トップ客は、青人社の濱ちゃん。
2020年に向けて大きな仕事が入ったと、歓喜の報告。大映の撮影所の跡地を大日本印刷が買い取り、そこで何か作るらしく、その中に、ムービーでなく、パチカメの京都写真を飾るという話が舞い込み、日頃、安い金でお世話になっている写真家中田昭さんを起用することにして、今日、その打合せに行った帰りだと言う。
渡辺琢ちゃん・マキコさんに第二子誕生。段ちゃんに「良い名前はないか」とメール。さつきと考えているというのを、お節介で「ほたる」はどうだ?と言う。
4:00に終わり、「石丸商店」で飲もうと思ったが、閉まっており、「ろくでなし」に行ったが、8:00からのライブだと言われ、追い出され、仕方なしに八文字屋に来たようだ。
浅利ちゃんは、9:30入り。
オイタさんが、ヒルゲート展のKBSニュースのDVD持参。直ぐに鹿さんも。そして奈良井さんも来て、今日は川嵜さんとのスカイプの日だという。後ろには、大分の後輩、京大のアフ研の君が女の子ふたり同伴。後で、濱ちゃんがチョッカイ。モモちゃんも来て、チャリ撤去の件で遣り場のない気持ちを吐露。後で、大分君とモモちゃんは政治の件で話しこむ。

この一週間、iPadの充電率が、9~12%と不調だったので、仕事は全く捗らない。鹿さんにそのことを言うと、ハハーンという顔をする。やにわにコードを換えてみたり、ソケットも換えたが全てペケと判断。直ぐに、最初から、付属品のおニューを使えば良かったのだ。なんとストレスフルな日々だったことよ。

アリステア・スウェール、竹ちゃんも来る。後ろのイタリア人ら四人にはアリステアが甲斐写真の説明をしてくれ、6冊売れる。ジャーマンも教え子の女の子を見連れて来て、一旦、京楽に行き、戻ると、アドちゃんがいて、それまで「浅利命」と言っていたのに、アドちゃんも付け加える。閉店後、ジャーマンは、浅利ちゃんを飲み連れて飲みに行く。
1:00に誰も居なくなった。帰って寝たい。が、そうもいかない。
ツイッターに現状を書くと、八木下さんが飛んで来る。ジャーマンも3:00前にまた戻って来た時には、蓮池さんらいた。滅茶苦茶を言っているシーンも録画。3:30にジャーマンも帰り、その後、軽いインタビュー。4:20くらいには、外に出る。チャリンコは酔っ払い運転になるので、押して欲しいと、注文がつく。 鴨川では、欄干烏を撮る。TVカメラがあるので、青年が近づいて来る。

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2017.6/13(火)


また、やってしまった。寒くて目をさましたら、5:00。
1:00過ぎに自衛隊上がりの北山の不動産屋さんが。泥酔している近くの店のマスター同伴。一旦、連れ戻して、また、飲み始めて2:00過ぎまで。
「女」展@Isola Art Brut Gallery in Frankfurt に呼応したFB上での残留「京美人」No.17をアップ。

「バックシャン。1981年下宿で一緒。おお、若い!彼女の口癖「ほんやら洞を出て、一体、どうするつもり?」に対して「本屋でもやるさ」だった。勿論「お金もなく、一体、何が出来ると言うの?」とやられたものだった。この頃、彼女は、先般、奈良に越した有名喫茶店「ブルーノート」で働いていた。彼女の家に1968年から僕が大切にしていた本、1トンを預けたが、結局、預けじまいで、本は戻って来なかった。当時、プガジャ用の「ほんやら洞日記」の草稿を電話ボックスに忘れたと思って、ガックリきて、村元ちゃんにも事情説明も報告もこの企画を流してしまったが、これを、実は、彼女が持っていたと7年後に八文字屋に来た彼女に告白される。勿論、戻って来てない。一週間後に、家まで、トラックで取りに来てと言われていたが、バタバタして行けず、今日に至る。以来、彼女にも会っていない。オーストラリアに嫁いでいるからだ。」縄手三条下ルの「今昔西村」は彼女の祖父か、曽祖父が始めたという。当時は「貿易屋」と呼んでいたとか。

今日の予定は、売れたプリントを部屋で探し出し、その後、3:00枡形商店街に行き、本郷、改進亭(両店ともクルーも撮影)、出雲路(金魚屋の鯉を写して欲しいいうおっちゃん、出て来る)を経て佐枝ちゃんの家へ。ユズちゃんも居て、絵を見せてくれる。ユズちゃんがバレーを習っていると言うので、28数年前の紫野高校の先生で大麻栽培で捕まったMさんの奥さんかー詐欺にあった話をする。寺町を下り、柿本(社長夫妻は出張中で留守)、グランピエ(浅利ちゃんは休み)、マロニエの草間喆雄展まで行き、先日、ロンドクレアントで会った小西誠二さんにも会う。マサアキさんも。立派なギャラリーSophora、母の近藤玲子さんの鍼灸院も覗く。先日聴いた最後の銅駝中学のストライキ、彼女の父親と京大闘争の不動産屋で、かつてホキ徳田を同伴した森田さんらのことを思い出す。鍼灸院の応接間には「ほんやら洞と歩く 京都いきあたりばったり」が置かれていた。ここでNHKクルーと別れて、僕は草間喆雄さん&フリオ・ゴヤさん等の武田浪さんの遺徳を偲ぶグループ展とでも言うべき3,4,5階を使った展覧会のマロニエへ。丁度、パーティが始まるところだった。西川勲さんからチョクチョク「甲斐さんの連絡方法を教えろ」と言われるので、電話を教える。マサアキさんも居たし、ロンドクレアントで会った川島織物で渡辺浩平の従姉妹の小林泰子を教えたと言っていた、ド派手な先生、小西誠二さんも居た。信楽良治、武田浪さんの奥さんよ初めて同定できた。フリオ・ゴヤ作品、どれも20万円だったが、面白かった。外に出るという八木下さんから電話。「海坊主の奥さんの家に行ったが、建物そのものが無かった。他に甲斐さんの70年代を知る60代の女性は居ませんか?」と言うので、塚崎美和子さんを紹介する。その後、引き返し、プリントをサッちゃん家へ運び込み、梱包して貰い、投函準備の予定だったが、A1のプリント見つからず、ルネでメシを食い、Sと会う。今日は、歩きで、弁当も忘れたという。Kさんからの入金を確認。
三ヶ月ほど、ほったらかしにしていた神林さんからメールあり。指摘の通りだ。さあ、全力をあげねば。
それから、業務スーパーの後、八文字屋。
オイタさんが来て、紫野高校の話をした矢先にM先生と同僚だった倫子さんが来てビックリ。勿論、その話は蒸し返さない。、トイレ掃除が話題になる。佐治さんの親戚の方が嫌がったのだろうと想像はつく。任天堂勤務のフランス人が居て、倫子さんやや興奮気味。滋賀県からのカップルも!いる。11:00まで他にほとんど来ず。

「ここは、ほんやら洞ですか?」とキレイなDiana Hubbleさんが突然やってきた。「友達に聴いた。ベルリンに住み、ガーディアンの仕事をしている」という女性が来る。
FB友達になって、キャリアを見て、ウェズリアン大学出身と分かる。
彼女の方がもっとビックリしたようだ。それから盛り上がる。
京都は、二日だけ。
「近い内にベルリンで会おう!」の約束。
「僕が行った頃のベルリンは……、うーん」と言う。
ウェズリアンは2001年9・11前後の甲斐個展の会場だとも教える。
彼女は2010年にウェズリアン大学卒業。「一旦、ホテルに戻り、カメラを持って出直す。明日は東京だ」と言い、その言葉通り、動く。
深夜、段ちゃん、琢ちゃんくる。
帰宅は、4:00前。

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2017.6/12(月)


10:30、Sより電話。河本さんに送れてなかった購入希望プリントの画像を送って貰うために、ルネへ。その後、お茶して送る。

六平、戸井十月との知人だったという河本さんへのメール。
五味さんも亡くなりましたね。岩国のほびっとの直後、中尾ハジメ、岡林などほんやら洞を始めた頃、五味さん始めしきりに姉妹店になろうと言いにきたし、わいせつ裁判でも結節点がありました。十月は、何度かほんやら洞にも来て、室謙二とも親しかったので、親近感がありました。1994年の原宿倶楽部での個展は、岩永や十月らの事務所の地下街での個展でした。お互いに用心をしながら、脳梗塞の危機を乗り越えたいですね。

NHKインタビュー。上手く喋れず。
インタビュー中に三上晋司さん、来店。
インタビュー前に、Sとパチャンガに行く。
マサアキさん今日も来る。奈良井さん、ドゥニ&ガールフレンド、アドちゃん来店。
深夜、北山通りの自衛隊15年上がりの不動産屋が、駐輪場南のホテルの地下のバー「ゴースト」の元マスター同伴。

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2017.6/11(日)


重信メイさん講演会に行った際の昨夕の中途半端な動きを後悔。お陰でVic Vicちゃんと重信メイさんのツーショットを撮り損なう。
チャリンコ撤去車が近づいていたり、府大の山岳部を迎える準備に気が急いたりで、早く店に戻りたい気持ちはあったが、やはり、性格的脆弱性のせいによる。遅く衆人環視的状況で会場に入って行く勇気がやはりないのだ。物事を達成する執念を把持し続けねばと反省。70歳近くになってもあかんなぁ。早く河本さんに画像を送りたいのに、やり方をボケて忘れてしまった。


ヨーロッパに最初に米軍による広島への原爆投下の惨状を著書で伝えた科学ジャーナリストのロベルト・ユンク(1980年ほんやら洞講演)の息子の映像作家ペーター・ステファン・ユンクの映画「エディットを探して」が京都文化博物館で上映される。これを観覧後に、平和学会の面々来八。その準備のためにPM3:00から八文字屋はオープンしたもの、疲れて失敗ばかり。サーバー(ビーカー?)も割る。

ルネで食事を済ませ、夕方のパーティのための仕入れ、仕込みで高野川、糺ノ森もぶらぶらして、1:00に八文字屋入り。寝不足。

FB上で、この冬、ブタペストで回顧的写真展をやると告知する。
「エディットを探して」は大変な映画らしく、「この映画で、ペーターは、父親のロベルトを越えた」と名古屋大学の名誉教授は言っていた。戦時下のロンドンに在住するコミュニズム、ユダヤ人のためにファシスト政権と闘う名分を得て献身的に働く無数のスパイが登場するらしい。6:15に木戸衛一さんら来店。終わった後、19歳198センチの尼ヶ崎でボランティアをやっている青年が残る。

7:00に大分中央町の写真家の森晴繁さん、大分銘菓「ざびゑる」を土産に持参。仁田原さんという山科に住む男同伴。僕の言葉のベースには大分弁が残っているとの事。よしあきさん、セッちゃんの行方が分からないとくる。カオリンズ、バリバリインドネシアのライブの帰りに、八木下さんと来る。奈良井さんに画像送付の仕方を教えて貰うも、iPadでは要領を得ないと言う。 深夜、Pascoの二人が来て、最後までいる。しんどいので、2:20には閉店しますと言う。
3:00帰宅。

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2017.6/10(土)


黒川創が「鶴見俊輔伝」を発表し始めた。
今回は第1回、かつて杉森久英が小説「大風呂敷」では、後藤新平が政治家になるキッカケになったのは岐阜で暴漢に襲われ例の有名な「板垣退助死すとも自由は死せず」と発したとされる事件のときに駆けつけた医者が後藤新平だったと記しているのを50年に読んだが、そこまで遡ってないが、伊藤博文を意識する後藤新平、ロシア、中国、台湾にまとも向きあおうとする魅力的な後藤新平の肖像が描かれている。また、正確かどうか知らないがかつて鶴見俊輔さんの口から聴いた「後藤新平は各駅停車」と異名を取っていたのは事実かどうか触れてないが、後藤の「平城」に住まわしたり、正嫡と連なる命名をするという嫡外子への面白い?対応の仕方は描かれている。
八文字屋にも、後藤新平の曽孫を名乗る客が居て、10年前に後藤新平生誕150年の集まりがあり、その彼も出席したというが彼によれば150人集まったらしい。
黒川創の連載は始まったばかりなので、また、後藤新平に戻るかも知れないが、娯楽享受者としては、安場保和の変人性、谷川雁のご先祖と横井小楠の下での安場保和の付き合い、遣欧使節団としてカリフォルニア迄行くが、数字が苦手かなんかで、癇癪を起こし、引き返すが、福岡では夢野久作の先祖や頭山満の関わりで今で言う県知事になったエピソードも触れて欲しいし、高野長英への言及も欲しかった。関連系図上に椎名悦三郎も位置付けて欲しかったな。
これから、70年代の韓国の政治犯釈放運動時代の自民党副総裁椎名悦三郎の動き等々出て来るかも知れないが、連載を10回やそこらで終わらないで欲しい。
ともあれ、大変楽しみな連載が、始まったものだ。
ほんやら洞にとっては、、鶴見俊輔はある種の担保みたいな存在だった。
早く、「ほんやら洞の青春」(月曜社)を終え、陸続と続くであろう黒川「鶴見伝」を読み続けたいものだ。

今日、レバノンからの京大留学生のヴィクトリア(八文字屋バイト)と河合塾京都校での重信メイさんのシリアについての講演を聴きに行く予定だが、彼女、6:15 まで忙しいという。
間に合うかな?
僕は赤軍とは全く関係ないけど、1972年のほんやら洞のオープンの日に日本赤軍の岡本公三がテルアビブのロッド空港で銃を乱射して、その銃は、まだこの世に存在しない岩国の「ほびっと」で受け渡しがあったという事件を警察と岩国米軍基地司令官がデッチ上げるということが、45年前にあった。
裁判では、当然、それは権力によるデッチ上げだと暴露されたが、権力暴露謝罪することもなかった。
岩国基地近くにある反戦運動の拠点「ほびっと」にGIがでいりできないように「OFF LIMIT令」を出すためのデッチ上げだった。
岡本公三は、今、レバノンに居て、この件に関して謝罪しているという噂だ。
この事件と重信メイさんの講演は全く関係ないが、変な感じ。
ヴィクトリアが、アラビア語で、重信メイに何か喋りたいというので、随行予定。

村澤真保呂さんの論考「言葉なき樹木たちの囁きーー中井久夫「世界における索引と徴候」をめぐって」も面白い。
「限界芸術論」を考える上でも示唆的。
僕自身が陣内秀信さんの勧めで「京都 百年の散歩」みたいなのをNTT出版から出すべく努力している最中にドツボに嵌ったままだったので多和田葉子のベルリンの「百年の散歩」が読みたくて、バタバタしている間、多和田葉子vs 堀江敏幸「ベルリンの奇異茶店から世界へ」(新潮)を高尚だが楽しく読む。
次は、杉村昌昭さん訳のミシェル・テヴォーの古典的著書「アール・ブリュット 野生芸術の真髄」(人文書院)を6月20日迄読まなくっちゃ。
拙写真集「出町転々八文字屋有情」の表紙に似顔絵を描いてくれた庭師の正明さんが顔を出して帰って行った。
来週、草間喆雄さんのマロニエ展には顔を出すそうだ。
昨日、一昨日の怒涛?のようなお客さん、今日は何処へ。

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2017.6/9(金)


今日の八文字屋には、ロケのクルー来店。
ヴィクトリアの日。
6:00には、鴨川御池付近でパフォーマンスがあるので、来て、撮ってくれ!お隣のForum Kyotoのアレキサンドルから頼まれる。
待望の黒川創による「鶴見俊輔伝」が『新潮』7月号に出た。第1回は「政治家の家に育つ経験」で「『平城』に住まう」「祖父・新平と父・祐輔のあいだで」「国家とエロス」の三節からなる。第1回は秋山清を狂言回し?に使う。長谷川如是閑、丸山真男、都留重人、鶴見祐輔、鶴見和子らの証言を織り交ぜて、シベリア出兵、関東大震災やハルピン駅頭での伊藤博文暗殺、阿部定事件という時代背景の中で俊輔少年を描く。

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2017.6/8(木)


平野甲賀の「装丁術」昼欲しいと言うので、叡電交差の「めん亭」で12:00待ち合わせ。
今日の一時間半の散歩は、デジカメの電池切れで全てモノクロフィルム。
それがよかった。
糺ノ森の瀬見の小川では、小学生の女の子数人が罰ゲームの水のかけっこしている場面に遭遇。
Sから屁っ放り腰を撮られる。
モノクロ写真の成果は見れてないが、それ以外何もしていないのに、八文字屋を開けたばかりなのに、早くも疲れた!

今晩は予想を大きく裏切る嬉しい夜だった。
昨夜の八文字屋。依田高典教授グループ、段ちゃん、稲山さん、琢ちゃん、植田元気さん、お隣の京都フォーラムのアレキサンダーのグループ、マルグリット&ヤニック・パジャのグループが来店。
ゆうじさんは駆逐。

依田高典京大教授(『追憶のほんやら洞』には、森嶋通夫と北沢恒彦の関わりについて執筆)が経済学部の教授の大半を引き連れて来店。その中に依田さんを最初に八文字屋に連れて来た国際経済学の岩本武和教授。依田さんは、今年から岩本武和さん後をついで、京大オケの部長になったが、実は、依田さんは熱烈な巨人ファン。歴史的連敗更新中でその事を喋りたかったが、闖入者が居て不能。
岩本武和さんは「打撃の神様」川上哲治(1958年の引退試合は覚えている)と同期巨人入団の岩本章の息子で、そのあたりの事を今度、喋ることになっていたが、岩本先生、酔って、八文字屋で靴を脱ぐ始末で、早々に依田さんが、タクシーに乗せて帰した。残念。岩本先生は、1957年生まれ。稲山さんと僕はその靴を!撮影(甲斐のは、ワイド)。
クラシック話で盛り上がっているのに、ゆうじさんが邪魔するので、一喝する一幕も。

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2017.6/7(水)


梅雨こそ気分を沈静化させて頑張ろう。
去年の今頃から8月迄、超厳しい日々を送っていた。
如何しても欲しいジョージ・オーウェル著作集全5巻がだったの5000円だったので、取って置いて貰ったが、3ヶ月一銭も本に金を使えず、流されてしまうという悔しい思いをしたが、今年はそこまで苦しくはない。(本当にかつかつでSには辛い思いをさせた)。
が、今年そこまでして欲しい本はない。北山茂のは買って大体読んでいるけど燃やしてしまい、欲しいので、ずっとあれば3月掛けて買うつもり。諸橋漢和大辞典は、42~3年前ならかった。全13巻で10000円。白川静ものが、出た後でも、十分楽しめる諸橋。でも、僕にはこれで楽しむ余裕はない。

毎日、30分くらいは掃除して、ゴミを出そうと思っているのに、写真にいちいち引っかかって、何もかも懐かしい。
オレ、もういくんとちゃうやろうか!?

6:00前頃電話があると、反射的にSからだと思う。
「夢の続き」を面白く書こう。「夢」のままに。
田原桂一が亡くなったか。
パリの写真、少し気になっていたが、結局、よく知らず、というか、見ない間に亡くなった。

段ちゃんも一緒に他所の店で飲もうと計画していたのに、突然、チュン君を段ちゃんが問い詰め、一触即発風になり、閉店宣言したもので、段ちゃんを誘いそこなう。ろくでなしには、K-Keiがいたが、いつの間にか彼は外で蹲っていた。

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2017.6/6(火)


撮影に関しては、今は、八文字屋往復と買物がてらに少し撮るだけにして、部屋の掃除も打っちゃて、原稿書き(月曜社)に専心すべき時期で、「カイ的京都名所図絵」?についてはゲシュタルト固めをしつつ、少し書けばいい。後は、店のお客確保の行動をし、夏をどう乗り切るか、考えればいい。身辺に起きた新事態については沈思黙考あるのみ。
わざわざ撮影に行くのは今日で終わる。後は、自分のペースで、定めた日程で仕事。一意専心あるのみ。
この半年、余りにもペースを乱し過ぎた。個展成功とNHK取材という幸運に恵まれたが、半年前は考えもしなかった状況にこれ以上の乱心があるようだと、人間的に終わり。

近くに鈴鹿野風呂という俳人が、1971年まで住んで居たという。高浜虚子に師事したとのこと。
出来れば、早く生活をコンパクトにして、大きく動かねば。それが積年の夢だったはず。人生の終末近くになったが、質素に生き、そのようにしよう。

42年前の日記が出てきて、その中に学生からの手紙が挟まっていて「私を性欲の対象としてしか見てないでしょう」と書かれていて、ギョッとした。
それを取材に同行したSにしたところ、「今もそうでしょ」と言われ、また、ギョッとした。
確かに20歳前後は、性欲をバネに動いたし、そうでしか出来ない育ち方をしていたと言える。そして、それを通して徐々に人間的諸感覚を自覚していった。
それだけ、スポイルされた生育史を辿った。
その痕跡が、70歳近くなっても認められるというのか。
言っても詮無きことたが、50歳で大きく旋回したが、もっと突き詰めるべきだった。老人の繰り言。
中途半端に終わらないようにしょう。
小中学時に、落ちこぼれのスティグマとしてカメラ、ランドセルを半ば活用していたが……、ちょっと考えよう。

橋爪さんの息子が捕まったと九州の姉に聴いたが、橋爪さん、しばらく会ってないなあ。来ないかなぁ。数日前にNHKのスタッフにその存在を伝えたばかりで、誰も知らなかった。

200冊以上あった日記、あんなことばかり書いていたんだろうな。中尾さんが恐れるはず。時々、盗み読みしたり、ぼくに寄越した手紙をこっそり取り戻していたもんなぁ。
僕もこのノートがあれば、60歳以降、十分楽しめるとある時期から考え、書いていたもんな。
僕は、ある時期から平戸藩の藩主を退いた松浦静山の「甲子夜話」に対抗しようと意識していた。彼のは、280巻位あった筈。彼は、支配者。僕は地べた人間と。
今の僕の日記、発表は、諸般の事情から滞りがちですが「ほんやら洞日乗」(風媒社)より、もっと面白いかも。プライバシーには留意しているので、写真と共にどなたか出してくれないかなあ。
1975年1月~7月の日記も出て来た。
赤裸々。年末に出す「ほんやら洞通信」(限定500部)に少し抜粋を出そう。

昔からチョイチョイ顔を出している70歳になっても愛らしい千早赤阪村小吹の画家・桜井淳子さんは、甲斐が弱っているなと思って河内から来てくれたらしいが、数十年一日のごとく絵描きとしての自分のペースを保っている姿は清々しい。喋りを聴いても爽やか。
数研出版の木津さおりさんもどんな話題にも独自の関心から切り込める貫禄がある。ヨッピィてひとりでも飲める?最近の八文字屋では珍しいタイプ。
こんな二人も「私は花開く 京都・カイさんの酒場で~」に登場できるようだったら、渋い番組になろうというものだが、望むべくもない。
桜井淳子さんは東京芸大(油)出身だが、自分は中学高校と何も考えないおばかちゃんだったが、同級生とちゃんと付き合っていたら、こんなおばかちゃんのままではなかったかもと笑う。高校の先輩に宮崎駿とか谷川俊太郎とかいたらしいけど、私は落ち溢れでした、と。

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2017.6/5(月)


昨夜の深夜の木屋町は静かだった。1Fも隣のコスモスも12:00過ぎには閉店していた。浅利ちゃんが帰った後も、段ちゃんは11日まで忙しいと言っていたが、一応、1:00までは開ける。ヴォガ、村屋に顔を出したが、ヴォガは3~4回目だが、自分の行くような店ではないなと思う。村屋はヒッピー連で大賑わい。ポポちゃん、山口在住のイサムなき後のヒッピー運動のリーダーサワさんが居て、イスラエルから娘が来て、喧嘩ばかりしていると嬉しそう。「今日は、ソクラテスでのライブに行ってきた。京都の情勢は素晴らしい。ヒッピーは伝統文化の土壌の上でしか育たない。カイさんとイサムの出会いは?」てなことをひとり語り。ポポちゃんがご馳走してくれる。この際、例の手紙を、浅利ちゃんについで、ポポちゃんとその友達に見せると、サワさんも読ませろと言う。書かれた内容は、皆の共感を得たが、「団交」「女解研」「女エロス」等の意味は、普通の30~40歳代の人達には、ヒッピーであれ、ほとんど想像もつかないのだと分かって面白かった。3:40帰宅。6:30起床。

10:00出発。
自分を取り巻く状況は、3年で目まぐるしく変わったので、月曜社の書き物のトーン、やはり、大きく変える必要を感じる。
今年は、盆休みを取ることにした。何日間か決めてない。原稿が終わってなければ、何日でも。終わっていたら、大分?レバノン?北京?とにかく、大文字の送り火の日には1970年以降毎年、一昨年の入院以外は、全て店か路上で過ごした。
去年は、初めての宮津の花火大会行の計画も手元不如意で流産。「カイ的京都名所図絵」には、収めたいが、他所に行くことになる。
S、2~3年すれば、見れるかもよ、と快活。元気になって良かった。

昼寝中、アホな夢を見た。
突然不動さんから「明日まで『軍事産業とスパイ』について4段ぶち抜きの原稿を書いてくれないか」と電話がかかってきた。え!?素人の僕に?明日まで?4枚半?媒体は?彼女の依頼で以前「東京Salida」に日本海の原発事故の時、勉強して長いルポを書いた。彼女はキュレーターでなかった?素人目線で?でも明日まで?4枚半?許斐機関の下で働いたおっさんはいる、有田三郎政義の戦前と戦後の別府のこと、右翼のフィクサーでテカが「下山事件」に関わったとか云々の昔の三浦何某大分市長のこと、ペーター・ユンクの映画を見た後だったらなぁ、伊藤律の息子の本も読んだし、ゾルゲ事件……、と頭を巡らせながら、目を覚ませた。

八文字屋18:50オープン。直ぐにレオ&小春ちゃん、そして、冨樫。
冨樫話。同志社の男女が来て、暫し、蔵書を弄る。「あ、その辺は触らないで下さいね」と言う。
21:20にしてお客さんは誰も居なくなる。12:00まで誰も居なければ、それで閉店します。6月7日は、レオも来八予定。
レオから来年の春くらいから一緒に事業をしないかと持ち掛けられる。「カイ的京都名所図絵」も含めて、外国人のためのカイによる京都ガイドと店と甲斐写真集(プリントも含む)販売をやろう、英訳仏訳はレオが担当して、クリエイティブな京都の伝統と文化を紹介しようと話し合う。津村喬やジョー・岡田と別口で、行けると。老人甲斐のバーの苦役も減少と。
12:30帰宅。初めてのこと。

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2017.6/4(日)


四条木屋町からJR山陰線と三条のチャリ保管所まで歩いて行き、キーがないのに気づき、引き返したが、やはり、ない。やはり、キーを付けたままだったのだ。昨日、もう一度買い物に出るつもりが、NHKが来て、そのまま、営業に突入したのを思い出す。
この無様なアクションは、僕の今の生活を反映している、というか、象徴している。

夢を読んだHao Wuから「僕も頑張ります」とメール。
「Hao Wuさん、ありがとう。結構、大きい作品も出来るし、データ持参で当地でプリントとという手もありうるかも。」と返信。

結局、午前中は、四条木屋町から山陰線三条通りの交差点のチャリ保管所までの徒歩で往復1・5回をやり、疲れ、ルネでゆっくり食事を済ませ、後は家で1、2時間脚を伸ばし、掃除。
今日はNHKのロケなし。撮影に同行したいとのと。何処を歩くか。明後日は、家に来て、写真を見たいと言っているので、家の掃除か。アレレ、ベストプリントはSが保管か?連絡をとらねば。

去年の今日を振り返れば……。
去年は、大変な借金を4月から払い始め、年末には力尽きて、今年の春は深く潜行を決め込み、地上に頭を出したら、大変な事態が出来。去年の今日は、苦の中にも微かな笑いもあった(忙中閑り)。

星野さんの投稿を見てびっくり。
思わず、「えっ!浪さん亡くなっていたの!??誰も教えてくれなかった。八島太郎の娘さんのをもっと聴けると、思っていたのに。去年、艸居でお会いしたのが最期だったのか。」と記す。
アレレ??昨日出て来た1975年8月~秋の「怪日記」がない!NHKさんが見せて!と言うので「ああ、いいよ」と見せたが、ひょっとしたら持ち帰り、読み込んでいる??参ったな。(後でカウンター内下にあるのが分かる)。
遅々として進まぬ掃除で眠くなる。で、妄想に耽る。今秋は、「鴨川カレンダー」作りだ。
2018年1月~2019年3月の、だな。今日1日フイ。

Sの仕事の邪魔にならないように、連絡をして、注文の本出しプラス、鮭カマ、浅蜊持参。
ジョギング代わりの早歩きに付き合う。その後、メシ。
バイトは浅利ちゃん。
トップ客は寝屋川の石田さん&連れ、R大のSさん、京大の数学の2回生と建築の1回生、周平さんと奈良井さん。
12:30には、奈良井さん、バイトの浅利ちゃんも帰り、誰も居なくなった。1:30まで客まちして、ヴォガ、村屋に寄って帰る。
明朝10:40からNHKが撮影に同行予定。

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2017.6/3(土)


7:00まで八文字屋で寝ていた。8:30迄八文字屋に居る。
今後のこと、今夕のことを考える。
10数年前、ある人がどちらかの店をやめて、アジア各地を回って写真を撮って回る写真家になれと言い、2年前も詩人のジョン・ソルトからも「このさい、放浪の写真家になれ」と言われたが、今、その言葉の重みを噛みしめている。
1年後には部屋を撤退出来るように少しずつ片付けて、今日は、偶に入る風呂もキレイにして、ルネ、古本屋を冷やか(立ち読み)して、少し散歩も原稿書きもする。「ジュネーブ、、」用にレモン、生姜を仕入れ、ミキサーを買いに行こう。夜、ヴォランティアの女性の来店を待つ。ホンマに来てくれるかな?今晩もNHKクルー。島井佐枝ちゃん来店予定だが、ジャン君(J・P・トゥーサンの息子)は来るかな?

僕はスポイルされて育ったために、何事も、やっつけ仕事を片付けるように、片手間仕事になっていたのだろうか、また、今日も反省。
それが習い性になっていた結果が、今日の事態を招いた。色んな面を捨象して、そんなことばかり思い詰めるべきではないのだろうか。
何事も余裕を持って取っ掛かろう。
もう反省はやめた。

家を掃除していたら、1975~6年の日記、1987年の日記が出て来て、メチャ面白い。陽子さんの8月24日前後の記述は、抜群。中山ラビ、中川五郎、中尾ハジメ、ボケット、デビッド・サターワイズ、藤田弁護士、鶴見俊輔に叱られる片桐ユズル、寺田博文、マサホ、古川豪、ウドム等が出て来て、マスターベーションの話題、原発、メキシコからのハジメさんの奥の手紙、僕の別れ話、店の片隅での高校生か中学生を口説く文句、蒔田直子さん、慈子、中沢、北沢さん、北沢さんの秦恒平評、いや、いや、メチャクチャだ。
早く月曜社、岩波を終えて、これを出したい。
よく見たら、1975年8月18日~10月24日とある。しかも、奈良女の女性からのラブレターもあり、その中に駒尺喜美さんのこと、横川澄夫さんの詩が素晴らしいとか、僕には性欲しかないとの断罪?の言葉もある。この2、3年後に僕は黒川創の数学の家庭教師に彼女を紹介した。
今は、彼女は有名な学者の奥さんだ。僕、26歳。

ほんやら洞のサイトに書いたけど、70年代の甲斐の文字通り「カイ《怪》日記」が出てきた。
1975年の8月後半の記述に目をやり、赤面やら、苦笑が止まなかった。
わいせつ裁判の進行、伊方原発訴訟に取り組む藤田一良弁護士の疲れや、当時のほんやら洞が抱える問題が謬見や僕のコンプレックスに彩られながらも実によく描かれている。
中尾さん、ほんやら洞、僕の危機等も重ねられて面白い。
いつか、誰かに朗読してもらおう。
来年だな。

ほんやら洞から焼け出された70年代の「カイ日記」を本当は、去年くらいにSに編集してブックにして欲しかったな。それが可能だったら、情勢は大きく変わっていただろう。ま、それどころではなかったのだ。あの緊迫した状況で、可能に出来たら、奇跡だった。後は自分でやろう。
この2年半の「甲斐日乗」にも陽の目を見させたい。
猛烈に仕事をしたい。

今晩の八文字屋。
シルヴァンのファミリー総出。ゆずちゃん、落書き。ジャン君、エミリーという中国、ベトナム、ラオス系のガールフレンドを同伴。「カイさん、結婚したいのなら、有名人になれば、すぐ、奥さんが現れる」と言って笑わせる。フランチェスカのパーティ、意外と集まり、悪し。
山田造園一行様11名で助かる。拓広さん「カイさん洗い、甘い」と言って、代わりに洗ってくる。
ちょっと力尽きた。NHKの後、どう状況を切り開くか、よくよく考えねば。
今晩は、妙に寝つけない。アルコールが入ってなく、肌寒いせいか?

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2017.6/2(金)


7:40帰宅。
Hao Wuさんが「北京へ早うこんかいな」と言う夢をみていた。秋口には、少し身軽になって、何処にでも行けるかな?
そういう態勢作りしなくっちゃ人生直ぐ終わる。
書下ろしに手がつかず、日々虚しさが募る最中での夢。

大阪大学の木戸先生からメール。
「木戸です。11日、Peterの映画は観に来られますか? いずれにしても、私たちは上映後(ということは6時過ぎに)八文字屋に向かいます。またいつものように、一人5000円でお願いします。人数は今のところ8人で、うち1人はベジタリアンのユダヤ人です。マラーノの足跡を撮影されたのが料理に役立つかもしれないですね(笑)。
「エディットをさがして」、甲斐さんは16日の13:30に行かれるということですね? ともあれ、11日にお邪魔します。」

NHKのディレクターからもメール。
「Twitter見ました。
どうぞ、八文字屋をあまり掃除せずにお願いします汗。
あの空気感が、とても良いと思っておりますので、そのままの、ありのままを撮影できればと思っております。」

以下、返信。
「掃除と言っても知れてます。僕のやることですから。
保健所に睨まれたら、困りますから(笑笑)。
まだ、ひっくり返って何もしていません。
心配に及びません。」

以下、再信。
「ほんとにそうですね汗。
早とちりをしてしまいました。ご足労おかけします。
6時30分に参りましたら、マイクの設置等ご相談させてくださいませ。
失礼します。」

12:25から八文字屋に入っているけど、隣の工事がうるさ過ぎ。
そんなに仕事するでもなく、店にいて、店内を見渡し、各スポットに時代のその時々の何がしかの痕跡に、お客さんの来し方、去って行った人への思いが交錯する。待って、待って、待ち続けて、痺れを切らした結果なんだ、去ったのはという思いも寄っては帰る波の如し。責めてはいけない。30年前の決意が、酒に消されていた。ひとは誰でも、将来が全く保証されないと寄る辺ない状況に追い込まれるのだろうね。プレッシャーは他にもあるのだし。そんな寄る辺ない思いは僕だけで十分だ。無神経にも程がある!!
最強の珍コンビで一緒にやって行くのを楽しみにしていたのに、ひとりになったからには、もう怖いものはない。その気になれば、今の借金なんて。70年代のノートの出番だ。
ゴミを拾いつつ、客のこと、昔のこと、メニューのことどもが、走馬灯のように、という風にと、格好よくは言わないが、次々と思い浮かぶ。
飛躍を決意すれば、何でも来い!だ。
1年半前から壊れ、転がっているミキサーの片割を目の当たりにして、そうだ!明日、ミキサーを買いに行って---もうミキサーくらい買えるだろう。支払いは遅れているけど、名物「ジュネーブ経由ガーナ風ジンジャージュース」の復活だ。本当に逼迫していたこの10年をミキサーに掛ける(笑)のでなく、自在に何でもやる。片玉の、メガネを一年以上掛けていたのも笑えてくる。所詮、男は拘り続け、女はけろっと忘れるものだ。
そんなことをツラツラ考えつつ、掃除。
さして、キレイにはならないけど、ゴミくらいは、取った。早くNHKを終わり、次のアクションだ。今年は、盆は京都から離れよう。1969年以来離れたことがない。新事態が無ければ、花火だったかも。

早くから稲山さんが来てくれた。彼はボトルの残量を見て、愕然とする。
6:00過ぎには八木下さん、宮崎出身のカメラの方、小豆島出身の録音の方が見える。
8:00には、ヴィクトリアが来て、私、おかしくない?何時もの通り?と謎の質問。大丈夫と応じる。やがて、角さん親子&マリアが来る。FBを見ていた角さん「浜田さんの写真集を見せて下さい、おじいさんの画集も」と言って、広げ「うん、うん、いい」とひとり呟く。ウッチー&カオリン、梶田さんが来る。梶田さんは頻りに町田町蔵のこと、坪川さんのことを喋る。トマも知人連れ。南アフリカの、弁護士もくる。10:00前には、高山佳奈子さん。多くなり過ぎず、少なくもなく、丁度、良い感じだった。
佐枝ちゃんから、明日、行く!と。

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2017.6/1(木)


厳しい6月入り。
失ったものは戻って来ない。早く気分を沈静化して、足下の現実を凝視して、着実な道を歩もう。
ルネ。iPad待ちで12:20八文字屋入り。
来たのは4:00。
6:00キノコ類買い、Sと飯。iPad設定して貰う。
姉、受難悲しむ。
高山佳奈子さんOK、角さん親子も。
雨。
段ちゃん、町内の森田さん、精華大学の中川裕孝さん(テキスタイル)が明後日から始まる草間弥生の展示の関係者(草間作品のブツは全て作っている)を同伴。
宇土市民会館の館長・高木恭二さん夫妻(有田麻さん両親)来店で古代史に花さかす。段ちゃんも居て、西郷さん話も。R大学のSさん来店。
八文字屋泊。

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








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(11/7更新)

カイ日乗 9/1〜30まで更新しました。
イベント情報更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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