2017.5/31(水)



本当に頑張らねば、後はなし。
iPad買い替えのせいで、家賃不足。
ルネ、朝食。
出町で枝豆買い。2:00~4:00にウィル・ステュアートの使いの沙由美さんが、1万円プリントを買いに来るので、八文字屋へ直行。草間さん、忘れiPhone取りに来る。チャンマキが「アートフロントギャラリー」の同僚熊谷さんと顔を出す。熊谷さんは、2年前に中川五郎さんからサインをして貰ったことがあると、財布から紙切れを出す。1時30分にデザインの仕事をiPad絡みで迷惑を掛けたSが外でご飯したいと電話をして来たので、直行したせいで、沙由美さんと入れ違いになり、プリントを売り損なう。残念!
今日は、写真としては、出町のハチク売りのおっちゃんのセールストークを聴きつつ、撮ったのが、面白いかな?
ハチクは喘息の薬。一盛り500円。今年は筍は高いけど、ハチクは安くて薬になる。6月10日くらい(入梅まで)でおしまい。ハチクを蹴ると、中から蛇が出て来る。それくらい美味しいのだよと。
夕方も、Sが運動不足なので散歩に付き合えというので、歩きはじめたが、忽ち、雨雲からパラパラと来て、引き返す。「礼文島のホッケがあります」と書き出した喫茶店を初めて発見。
八文字屋には、トップで冨樫。そして、内山さん、建松さん来店。鹿さん、奈良井さん、府庁の建築畑の矢ヶ崎さん?が同僚を同伴。12:00前には誰も居なくなって、浅利ちゃんにも帰って貰ったが、雨なので、2:00まで待機している内に前裏の扉を開けっぱなしで寝てしまう。
12~14時間後には、ニューiPadが来て、原稿に専心。
かくして、5月も終わった。
東京の河本さんから「フランクフルト行きを応援したい」プリント買い注文あり。
なにもかもソフトランディングさせ、潔いテイク・オフをこそ。

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2017.5/30(火)



ほんやら洞の開店記念日。
雑念が、よぎるばかり。
まず、書下ろし「ほんやら洞の青春」(月曜社)が上梓されてないのが、恥ずかしい。
どれだけの知人をがっかりさせ、それが元で、結果として、何年もの間、次々と愛しい人が離れて行くことなったのを肝に銘じる。
今日からは、出版まで、事務連絡と、日々の写真、日乗書き、八文字屋の様子を伝える以外にはFBを弄らないことにする。
尤も、iPadが昨日から壊れるという事態が出来。
ヒルゲートさんに清算して貰う。お陰で、iPad代を立て替えてくれたSに払える。
鹿さん、youtubeにUPしてくれる。

ほんやら洞は、1972年5月30日オープンなので45年経った。僕はほんやら洞で成長したが、相変わらず出来損ないだった。そう、今年も確認するしかない。
「ほんやら洞の青春」では、成長過程を描くが、もはや、読者も多く望めまい。
スポイルされた田舎の無知の少年がズルズルと市民運動に関わり、中尾ハジメに会い、ほんやら洞に拘り続けている間に、いろんな人たちと出会ったと書いてももうさほど意味はない。
思い出深い人や恩人、読んで欲しかった人の多くは亡くなるか、離れていった。
今は、手直ししている段階だが、この数年の退っ引きならない生活がいいのか悪いのかわからないが、否応もなしに刻印されよう。
最初に、「70年代のほんやら洞」とのことを書いたのは「大阪プレイガイドジャーナル」の村元武さんが僕が無茶な編集した「フォークリポートわいせつ裁判(珍巻・満巻)」の縁で「ほんやら洞日記」を豊田勇造の「旅日記」の後に出そうと言ってくれ、実際1981年に書いたのだが、それを電話ボックスに忘れてしまい(その経過も何も村元さんにはせずじまいのまま)丁度、陽子さんと別れるということもあり、僕がほんやら洞を離れるという決心をした時期と重なり、この日記は無きものと思っていたが、実は、その原稿を当時付き合っていたガールフレンドがこっそり家に持ち帰っていたことが、その6年後に判明したが、彼女はオーストラリアへ行き、取り戻すことが出来なかったことも思い出す。
八文字屋が始まり、ほんやら洞の若手がドキュメントをつくるのを期待したが、誰もせず、義憤に近い感情に駆られ、ほんやら洞にカムバックした。「ほんやら洞通信」を出すのだが、ほんやら洞・八文字屋というダブルヘッダーの日々と写真の海外展へとのめり込んで行くのだった。その間も、書こうとしたが、日々ドリンキングライフで、家庭も崩壊し、それでも10数年前に書き始めたが、荒んだ日々が祟って、支離滅裂で大部なものになり、神林さんを呆れさせ、ガッカリもさせた。その後、数多のトラブルに巻き込まれ、今日に至った。
死んだ子どもの歳を数えるようなもので、ちょっと恥ずかしいが、ほんやら洞の開店記念日になり、家の契約更新が近づくとどうしても思い出すこともある。
「どうして、こんな広い家を借りたのか!?」と。
離婚して、ほんやら洞の二階に住んだままで暫く行こうと思っていたのに。
ほんやら洞の二階に住んでいれば、多分、火事もなく、ほんやら洞の土地も弁護士が言う通り、僕のものになっていた。1000万円の貯金も出来ていたかも。
今の家を借りたいことでは、2,3あった。
ヨーロッパ写真展で留守中、留守番方や、旅行者が滞在でき、息子が大学が近く数ヶ月下宿出来たくらい。
愚痴らず、もっといい仕事をしよう。
繰り言だが、5月30日ということで色々思い出す。
八文字屋が始まって間もない30年前(1987年の)今日は、やはり、会った、別れたの日でした。
数年付き合っていたコーネル大学に留学中のガールフレンドと別々の道を歩くことになった。
バブル経済の真っ只中だった当時、アメリカからのコレクトコール代が毎月15万円もするのに辟易していた。そのかわり、年収約3000万円の時もあった。帰国したら、畳一畳分くらいのコンピュータを置いた部屋で一緒に住もうと言っていた。E.T.が封切られ、ローリー・アンダーソンが流行っていた。もっとも、僕はほんやら洞でのことで反省があり、超真面目になっており、世界の日刊紙を1年半取って新展開を画策していた。八文字屋は、朝の11時オープンで、昼間毎日2時間ジョッキングをやっていた。
結局、彼女にはコーネル大学のDコースに行くことにして別れることになった。彼女は僕の欠落を補うに十分なきっちりした性格だったが、僕に取っては少し杓子定規に思えた。今となっては、その意味を僕はよく理解してなかったと言えよう。それが分かっていれば、今の後悔はなかったかもしれない、と今、思う。そのコーネル嬢は香港の大丸のエライさんと結婚した。彼女のコーネルの同級生に巽孝之や江崎玲於奈の息子の「ユージン」君が、いるとか言っていた。この彼女が、神田さんの親戚の鮎川いずみさんの個人秘書をやっていた。(続きは、いずれ、また、充電が切れる)。ちょっと感傷的になっている?
「くれしま」(初入店)にはSと二人で行き、ささやかなほんやら洞開店45年を記念の?飲み会をする。そちらへ向かう途中で木代さんに会う。パーティに誘われたが、振り切る。それは草間喆雄さんらのそれだったと、後で判る。NHKは「カイも歩けば、美女に当たる」でいいんじゃない!!とSは言う。
八文字屋は、暇。山崎史郎さん、片山さん、オイタさんしか居ない所に、西本願寺の松本さん、JRの今治加奈子さん(写真を見てゾクゾクしたと言う。3日に助っ人として来てくれる。)鹿さん、草間喆雄さん、西川勲さん、沖縄の「パレット市民劇場・那覇市民ギャラリー」館長の美底清順さんが来て、島口(『どなん風』)も披露。ニューヨーク在住のフランス人のシルヴァンカップルもくる。
ヴォガで二杯飲んで帰る。

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2017.5/29(月)



7:00起床。
仕事への強い執念と愛が必要。
これからロケに入るNHKの7月放映予定のドキュメンタリー番組(29分)に甲斐写真の愛好家で美人の「共謀罪」の著者の高山佳奈子教授の解説も盛り込んだら、上層部からストップが掛かるだろうか?と、FB上に記して、「これは友達限定ですか?ディレクターとよく話しあって、最良の番組にしてください」と永田浩三さんから諌められる。
パスポート出て来て、ホッとする。
夕飯、ルネでSと、と思っていたが、そばが食いたいというので、あっちこっち走り回る。
その後、DVDを見る。
八木下さんと打ち合わせの前に思い廻らす。
今回のNHKのドキュメンタリー番組では、素晴らしい写真は焼失して殆どない。それでも、写真家としてどういうことをしたいと語りたいが、そういう話になるか?しかし、今では、とても写真に専念できる状況ではないのだが、もし僕がディレクターならその事を捉えるのも一興だと考えるかも。一年前のことを考えても、半年以上、毎日、毎日、うん万以上返済しなければならず、アシスタントをまともに遇してこれなかった、てなことを語らせるとかね。「八文字屋をオープンするのに、釣銭ゼロどころか、氷を買って来てくれるお客さんが居たりした」とか、そんなエピソードまで、突っ込めないだろうな。
そんな僕を見つつ、Sは何度も逃げ出したくなったのに、今日まで、よく我慢してくれた。これからもやってくれるだろう。
僕は「ほんやら洞の青春」が出来たら、状況は変わると、毎度毎度いい続けてきた(笑)。その間、写真を担保に日々借金し回った。
1年経って、その桎梏からかなりの程度、脱出した。
今は、疲れ果てているが、多分、半年で本は出来るだろう。
八文字屋が辛うじて、店の体裁を保っているのは、歴史のお陰だ。
繰り返せば、NHKは、その状況下の僕を写真家として捉え直したいという訳でもないだろう。でも、撮影に同行、僕の足跡を追い、ドキュメントする。それはそれでありがたい。
今の状況下で、僕はまともな写真の話を出来るか?凹んでいる僕をもある程度みせるという高等芸は出来るか?
その僕を捉えるのに「周辺の女性」を通して、時代を透視したいというから、困っちゃうな。ま、お手並み拝見。

八木下さんと連絡を取る前にiPadが壊れる。(翌朝まで)。
八文字屋、9:20まで客はゼロ。仕方ないと思っていたら、山田拓広さんが来て、ボトルキープ。フェイスブックを読み込んで来てくれた模様。
山田さんもiPadを心配してあれこれ、弄ったり、ネット上でほ中古iPadを探してくれる。ほぼダメと判り、Sに電話。Sはデザインの仕事で、クソ忙しい、というか、イライラしている最中だったが、中古を探してくれ!という声に応じてくれる。そんなやりとりをしているところに、ロサンゼルスのコリアタウンに住む写真家志望の日系アメリカ人が、評判を聞き付けてきたと言う。片っ端から写真集を見て、メモを取って帰って行く。
奈良井さんがドゥニー、アドちゃんともう一人の女性同伴。奈良井さんもiPadを心配してくれている中、出張帰りの鹿さんも。彼も買い替えを勧める。鹿さんもニューボトル。鹿さんにはyoutube用のDVDを持って帰ってもらう。そこに、段ちゃん、琢ちゃん登場。琢ちゃん、一月以来のボトル(それには、訳あり)。
そうこうしているうちに、八木下さんが、永澄さん、「部落解放」の女性編集部の前島照代さん、南方熊楠の研究者同伴。琢ちゃんと前島照代さんを引き合わせる。
深夜、15年ぶりのシュウ(元京大出版)がくる。
2:30閉店。
3:30帰宅。iPad作動開始。

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2017.5/28(日)



夕べは前日とうって変わって、限りなく暇な土曜の夜だった。
土曜としては史上最低の夜。
が、客は濃い人たちだった。まず、画商の森井幸夫さん。業界話(森田りえ子さん、截金細工の山本茜さん、京都での売れっ子、新人等)。次いで、レンズ磨き職人の玄ちゃん、元バイト(立命館職員)の妙ちゃん、甲斐個展の金曜日の夜をムービーで撮ってくれた大西さん、そして、朴ちゃんと大阪で遊んできたジャーマン。
6時から2時半までで以上。
1時まで終わっていたら、6月2、3日のために客スカウトに行くつもりだったが、それが出来ず、エアコンつけたまま、また八文字屋泊。
気がつけば、7時。
変な夢。

昼間の散歩。
やっと道草の出来る生活を10年掛かってとりもどした。
ずっと金に囚われ、齷齪して、スポーツで言う「タメ」のない日々だった。もう大丈夫だろう。
が、気がついたら、時間、恋愛生活を失っていた。
もう大丈夫。年寄り生活に写真生活に生きる。「老歌手」(カズオ・イシグロ『夜想曲集』音楽と夕暮れをめぐる五つの物語)を金次郎読みしていたら、知恩寺から歌声が聴こえ、つい入る。「老歌手」は切ない小説。恋愛、、結婚で、社会的上昇をはかる社会の男と女。

フラダンスの本番を撮ろうとして、時間を間違え、撮れずじまい。
龍安寺商店街に行き、朱女ちゃんに会う。2月にマイちゃんのお母さんが倒れたと聴く。
古門前通に戻ったが、艸居、思文閣にも入らず。そのうち、鉄斎堂だか、柳だかにいかねば。
FBに以下の形で写真UP。
「Isola Art Brut Gallery vs Kyoto stock Beauty No 8。
30年前にはパリで実演?した最後の白川女、娘、孫と共にリヤカーを引く。
因みに、娘さんは北沢恒彦さんの鴨沂高校時代のガールフレンドで、北沢さんと付き合うのをこのお母さんに反対されたと、北沢さん死後に死を悼んで語ってくれた」。

3:00帰宅。この1週間、僕はダメ。寂寥感に囚われている。原稿を書き上げる態勢が、自業自得だが、日々切り崩されて行っている気がする。踏ん張らねば。、
今日も5:00に開けて9:00まで客はゼロ。
最初の来客は、中川五郎さん&佐々木米市さん。ツーリング帰りの奈良井さんが団子をみやげに来て、直ぐ川㟢さんとのスカイプを用意する。
浅利ちゃんは9:40に到着。30分ほど置いて来たチーちゃんと一緒に五郎さんポスターを貼り、カウンター内からカウンターの五郎さんを撮るとポスターの五郎さんが「目玉のおやじ」風ミニ五郎さんになって面白いと皆ではしゃぐ。今夕のカフェ・アンデパンダンの五郎ライブでCD「裸になって下さい」を買ったが、明日からガボンで体内に入った1,2の虫除去のために入院する坪川さんが来て、飲みたいアルコールは止してソフトドリンク。ヒルゲートの人見さんから、清算の報告電話も入る。「私NHKの人にカイさんをよく知っているのは、高橋幸子さんかな、言ったけど、ごめんね」と言う。人見さんは大西正男さんが個展ムービーを撮っているのを知らなかった。ここで「6月10日に河合塾で重信メイの講演があるのでお出で」と言っていた佐々木さんは行く。僕はヴィクトリアを誘うと言う。「豪華メンバーやなぁ、鹿さんも来たら良かったのに」と浅利ちゃんが呟き、来ないのかなと思っていたダービーを取った周平さんが来て「僕、『受験生ブルース』の替え歌を高知で作っていたが、ホンマものの五郎さんですか」と言う。K-Keiさんも「ろくでなしライブプライヤー」持参。奈良井さんは気がつけば、いつしか後で高鼾。カウンターでは「私、三人の子供、今度は女の子だが、やはり、京大の医学部生になる子どもがいる夢を見て、この子、性格が悪いの」と言うチーちゃんが自分の顔に、次は浅利ちゃんの顔にガムテープを張り付け、その上に「麿眉毛」や「おちょぼ口」を描いて賑やかにする。7ヶ月ぶりに来店したルパンがチャチャを入れる。帰る間際、珍しく、チーちゃんは酔ってカウンターに俯せになり、ビールを飲み残し、今日もらったティッシュに包んだ「お捻り」カンパして行く。その前に「明日は大阪の寿司屋、明後日は神戸ライブ」予定の五郎さんはリッチホテルへ。最後に残ったのはK-Kei、周平さんだったが、周平さんは眠り始め、K-Keiは帰る。
3:30帰宅。

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2017.5/27(土)



KさんにTVで喋りを要請するも「いや~、甲斐女写真について、何かわたしに語れることがあるとは思えないわ。隆之や章一に喋ってもらえばいいじゃん。散々それを利用して遊んだ連中に!(^_^;)」
僕が気が引けたので、その旨をつたえる。
「そんな、謝ることなんて全然ないよー! わたしは甲斐さんの写真が好きです。街写真、路地写真、商店街写真、子供写真、お婆写真。かなり好きです。その分野でなら何か語れることもあるかもしれないし、語りたい街の姿、住人の姿があるかもしれない。でも一番弱いところが、美女写真です(笑)1冊目の八文字屋の美女たちはお気に入りだったが、後はあまり見てないしなぁ。まぁ、そんなわけで、こちらこそ、本当にごめんなさい。お役にたてなくて。
ま、好きな仕事やりたい仕事と、金の発生する仕事は、残念ながら合致しないよね、多くの場合。NHKなんてさ、自分を売るために利用してやればいいやん。がんばって。
人間失格になっても人非人になっても、やりたいことやるしかないよ、甲斐さんはもう。諦めたら、今まで泣いてきた女たちが怒るよ。笑」。
今夕5時頃から八文字屋でチンタラします。

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2017.5/26(金)



今日は、ネガなしのオリジナルプリント6点救出、4点失敗。
僕には不向きな仕事、Sなら失敗はしなかったろう。
仕方ない。
これから先、自力で何事も。
月曜社を終わったら、小説を書こう。こっちは早く上がるだろう。早く気分を沈静化、ルーティンを作らねば。30年前のことを思い出す。
Sの誕生日、あれこれ、喋る。
2,3年前に「青春のほんやら洞」が終わっていたら、無様なことになってなかった。まだ上梓してないのだから、悔しいけど、致し方ない。「タラレバ」話は一掃しよう。
「とどめない後悔。僕の敬意不足もあった」も一掃。愚痴っても詮なきことよ!空虚感、喪失感を仕事のバネに転嫁。まず、疲労困憊を克服しよう。
プリントの洗浄、引き剥がし、イライラで失敗が続く。
まず、コレクションで電話待ち。
祝いの食事「ハイライト」と言ったが「それ、何?」と来た。
そりゃ、そうだろう。食事をした事のない「プリンツ」にしようとS。ここは、イマイチ。
8:00が迫り、慌てて、八文字屋へ。
角栗穂さんから7:00にメールが来ていたのに、気づかなかった。
フランクフルト、パリ行きはいつにするか、シルヴァンにIsolaのパトリックの言質の件で確認のメールをすると、「旅費捻出出来なかったのではなかろうか」と。
ヴィクトリアも9:30になるまで稲山さんと、田中君待ちの奈良井さんのみ。10:00から忙しくなる。Vic軍団はフランチェスカと彼女の友人のみ。書道帰りのS、顔を出す。カオリンズ、三島邦生さん、琢ちゃん、高田渡の姪のよしこさんも。三島邦生君の歌にからんだのは、ディラン、友部正人が霞んでみえ、その向こうに僕のちょっとした80年代の恨み節が潜んでいたかも。市役所の住宅室の池田博紀さんは初来店。
田中君がマダガスカルをフィールドにしている友人と来てから、奈良井さんは、「蛍狩」と言いつつ、アドちゃんの待つ猫穴へ行く。久々に超満員。
しばらく古本漁りもネガ洗浄、焦げたプリント洗いやめて原稿を仕上げねば。意識を何ヶ月もサボっている原稿へと傾注せよ。
慣れねない部屋の掃除、八文字屋の掃除もそこそこやるつもり。当分は空隙感に耐えつつ。(今日1日を構造化すべし。ちょっとした記念日)。川上弘美の東京日記「赤いゾンビ、青いゾンビ。」みたいに軽快に書かなくっちゃ。

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2017.5/25(木)



ヒルゲートに行くが人見さん、また、いず。
夕方、八木下さんにSをボール&チェーンで紹介する。
超暇。カリーナと元京大の独文の田辺先生の学生で、堺の坊さん来店。カリーナ「京都の肖像のフランス語ヒドイな」と漏らす。
都間倫子さん&サジさん、サジさんの北海道は北見の従兄弟ファミリー来店。
後は、チョイ寄りの奈良井さん、ゆっくりいた段ちゃん。

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2017.5/24(水)



7:00帰宅。風呂のくっついた印画紙をチェック。
ほんやら洞焼失現場から救出したゴミの中からベストプリントに近い作品を風呂に2昼夜つけ、くっ付きを何とか剥がし、3点生かすことが出来た。
パリ、フランクフルトで上手くすれば、15万円で売れる作品だ。
やはり、八文字屋泊は疲れる。
仕事が捗らない。
八文字屋、トップは、ヴィクトリアの知人のジュリア・ボルギーニさんという駅前のインフォメーションで働くイタリア女性とブラジルのアーチスト(落書きする)、更に、サンドラの友人ヴェロニックがイラン系イケメンのミュージシャン同伴。奈良井さんが浅利ちゃんに誕生日プレゼント(酒持参)で、ハルピンの川㟢さんとスカイプ交信をセット。段ちゃん、鹿さんもくる。
深夜、祇園の新JAZZ喫茶スナック『UN POCO LOCO』のマスター来店。

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2017.5/23(火)



新作戦展開のために、FBで画像で部屋を披露。
「散らかって恥ずかしい部屋(1Fの一部屋)ですが、この部屋の押入れ、隣の廊下、暗室にほんやら洞の焼け跡から回収したネガ、ノート、本がいっぱいあります。
2年以上経って、やっと片付ける気が湧いてきました。出来るだけはやく整理したいが、八文字屋があり、リアルタイムの動きにも引っ張られてままなりません。
写真絡み、乃至は「酒場の社会学」のような論文を書こうと思っている若い学生がいたら、格好の素材が転がっているので、ヴォランティアで、月一くらいのペースで通うのも面白いと思いますよ。それプラス八文字屋に月一でも週一でも入ったら、最高の学生生活をエンジョイできると思うのだがこれから出す書下ろし「ほんやら洞の青春」共々、参与観察の好個の一例を提供出来るとおもうのだが、近接領域の研究者である先生方、機会があれば、ご紹介ください」。

以下、ツイッターにも。
「このポストカード366点が入っている「生前遺作集」も分析のしがいがあるとおもうけど、もう書店、版元にも残ってないらしい。ほんやら洞のカウンターでカメラを構えている僕を描いたのはフランスのバンド・デシネのエマニュエル・ギベールです。」
アキレス腱痛し。
夕方は、屯風に!行くことにした。
4:45下見に行くと外に居て、もう開けますよと、とん平さんは言う。
帰りに、マサホの弟、タカホ氏に会う。よく似ている。
サッちゃんと二人で飲み屋に行くのは何年ぶりか?「鴨川周遊」展を裏で支えてくれたので慰労する会だが「なんか生前葬やっているみたいな気分やな」と言うと「何、それ!?酔っているの?」と言う。サッちゃんは新しいもの好きだから、屯風の雰囲気を束の間だけど、楽しんでいた。店の離れた所にはオクノ修さんがいた。常連さんのようだ。彼と飲み屋で出くわすのは初めてのこと。サッちゃんと過ごした日々が懐かしい。

六曜社の奥野修さんは何時もカイ写真展のフライヤーを店のエントランスの階段の壁に貼ってくれる。
思えば、彼との出会いは48年前だ。
八文字屋には、高田渡と一二度来てくれたかな?その頃、何故か渡さんと僕は言い合いになっていたが、彼は黙って、僕らを見ていた。
彼の兄は30年前は八文字屋の常連だった。
とん平さんは40年前、18歳のときにほんやら洞のバイトに入り、今は58歳と言う。奥さんを初めて紹介してもらった、というか、とん平さんの店(吉田中大路通りに面する素晴らしい小料理屋)に初めて行く。とん平さんは、80年代には僕が抜けた後のほんやら洞で美味しいランチを供し続けていてくれた。奥さんと一緒の写真撮影。

珍しく酔って八文字屋に8:00ジャストに着くと「アール・ブリュット」(人文書院)を訳出したばかりの杉村昌昭さんが、永澄さんと待っていた。
6月20日にギャラリー・ヒルゲートでこの本の出版を祝う会をやるそうだ。
人見さんがNHKにインタビューされている現場に立ち会った模様。
その後、NHKの若手ディレクターと八文字屋で一緒に飲む約束を交わし、開くのが遅いとイライラしていた。ディレクターは7:30に来ていた。引き上げていた彼に電話をすると、彼もやってくる。
愚生を巡るドキュメンタリーなのに、待ち人二人はややコーフン気味?
永澄さんは「高橋幸子さんも、入れんとアカン」と僕にすれば、頓珍漢なことを言う。これは、人見さんの発案?
「どういう番組か書き物を一度も見せて貰ってないが、番組はもうひとり歩きをしているのですか?抑も決裁はおりているの?」と八木下ディレクターに毒を吐く。「見せたら、叱られるかも知れないので見せなかった。もうひとりトップの東京の上司がゴーと言えば、進めます。内諾は取れてます」と。氏は正直者。苦笑。
「アール・ブリュットの写真家、カイというライン」という話題もヒルゲートでも出たのかも? もし僕がアール・ブリュット絡みの本を出す事になれば、当然、サービス精神旺盛な杉村さんだから、きっと面白いことを書いてくれるだろう。当方も勿論、大歓迎。
番組の話は、ディレクターと詰めなければならないのに、詰めの話を僕とせず、みんなに揉まれて、翻弄される道を選んでいる。企画が雲散霧消しないか、と心配だ。丁度大分話になり「番組をどの規模にするかは知らないが、大分の背景が出てくるのも面白いのでは?」と目眩まし的発言をついする。店にはアール・ブリュットにも勿論、関心のある美学者谷川渥さんが坐っていたので、彼の父親も安心院出身と、皆に紹介。アール・ブリュット話も振る。その前に小幡篤次郎(中津藩出身、慶応義塾大学の三代目の学長)が、杉村さんの母親の遠縁と聴いていた。
また、最初は山形県人会のメンバーとして来店した大日本印刷の菅原さんもいたり、竹ちゃんと冨樫がスウェーデン話で盛り上がったりしていたので、谷川さんを永澄氏グループに振り、僕はこっちに身を寄せ、冨樫実作品の問題を喋る。NHK話グループが消えた後に、最後にペテまで来て、夜更かしする。「弱法師」のオープニングには、海野弘まで来るとのこと。
1:00過ぎに皆帰ったが、段ちゃんを待ちつつ眠る。3:00過ぎに、毎日新聞の野上記者が顔だけ出して帰る。
6:00まで寝る。

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2017.5/22(月)



9:00起床。
1971年当時、岩国で米兵相手に反戦活動をしていた同志社大生サンディことデビッド・ハインライン(現ニュージャージー大教授)からいつも同様長いメールがある。
ヒルゲート展を朝日新聞で知ったらしく、おめでとう!と。
1968年8月の宝ヶ池の国際会議場での「反戦と変革のための国際会議」で反戦喫茶「空飛ぶ円盤」の成功事例を紹介し、「ほびっと」の生みの親とでもいう存在になったバーバラ・バイにも75になっても中国史を研究しているマーチン・リブリンにも伝え、一緒に喜んでいると。
サンディも今年で70歳か、マーチンは75歳。僕もエンジンをかけ直さなければ。
心機一転の生活初日の筈なのに、早く起きすぎて眠いし、暑い、早く八文字屋へ行かねばと、焦る。
「ゾルゲ事件」を読んでいるけど、ペーター・ユンクの本が気になって、木戸さんにメール。

木戸様
ペーター・ユンクのおばあさんのことを描いたベストセラー本のタイトル
分かったら、教えて下さい。
英訳があれば、買うつもりです。
フランクフルト甲斐写真展は5月19日から始まりました。
オープニングパーティに出席出来ませんでした。
時間を見つけて行くつもりです。
Isola Art-Brut Galleryです。
「女」展です。近在の知人がいらしたら、ご通知ください。

以下は、これへの返答。

甲斐さん
木戸です。お問い合わせ、ありがとうございました。
最新刊のDie Dunkelkammern der Edith Tudor-Hartの英語版は出ていないようですが、それをもとにしたペーター監督の映画についてはご存知ですか?
http://eufilmdays.jp/ja/films/2017/tracking-edith/
私たちは6月11日、4時半からの回に参ります(京都文化博物館)。
甲斐さんも来られます? それが終わったら、八文字屋にしましょうか?

モノクロフィルム買いに出て、河原町、寺町辺りを1時間流し、17:30頃には八文字屋をオープンするつもりが、回転寿司を食べていたら、Sから電話。
ルネで合流、食べ直す。
コーヒーは、他所へ。ヒルゲート展でなくなった甲斐写真集をSにアマゾンで注文して貰う。八文字屋オープンは8:10になる。
トップは森井さん、そして、奈良井さん、アドちゃん。その後暫くなく、最後に来たのは、琢ちゃん。後続を待つも空し。
3:35に「こりゃ、すごいね、すごいね」と客が入ってくるが、残念ながらお断りした。今晩は、寂しい夜でした。

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2017.5/21(日)



八文字屋も開店から33年に突入した。開店当初は、世界中の日刊紙を揃え、外国人客をアテにした。他に比べたら多かったが、今と比べたら大したことはない。
今の京都を見渡せば、もっとオシャレで外国人客に人気がある店は他にもあるだろう。世界には外国人で賑わう店は幾らでもある。
が、京都に限って言えば、これほどまでクリエイティブな外国人が好んで集まるバーは少ないと自負している。
そこで、この店の活況そのものを生け捕りした写真集に残すことにしたい。
店とお客さんが面目躍如で輝く。この本の売りは、登場人物たちの好きな場所や愛読書等もキャプションとして紹介する。八文字屋での立ち位置も記載することだ。
2年くらいで実現するだろう。
まだ、写真集「美女と野獣」「パリ」「イケメン」も完成させてないが、並行させて、わが70歳記念に向けて撮影。そのことを通して八文字屋が賑わうと確信。同時に新「美女365日」もオマケで出来るだろう。
出版社探しもしよう。
この無様な自分史を振り返り、フィクションとして京都の各時代、各場所が匂い立つような「私を捨てた女たち」という小説を書きたいなあ。
「ブタペストほんやら洞」の声もあるが、これに漕ぎつけるには、2,3の難関を乗り越える必要がある。きちっと仕事をし、古希を乗り越えてからの夢物語か。
今晩の八文字屋には、前半はよく喋る冨樫、草葉さん、周平さんが集中。後半は、役者は揃い。深夜は西川さん、K-Keiさん。
村屋に寄って帰る。
3:20帰宅。

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2017.5/20(土)



寝不足だが、仕事をせねば。
この時期になると、山香(杵築市)の甲尾山の北、又井から倉成に抜ける山道、熊野権現への赤茶けた道、松の木が芽吹いている道を歩きたくなる。もう躑躅は終わり、もう少しで木苺が、いっぱい。6月になれば、、うなぎが、1日に数十尾も取れた日は、ついこないだみたいな気がする。
45年前の今日、ほんやら洞はもう今にも開店出来る状態だった。1972年5月20日のこと。
だが、開店は、中尾ハジメさんの立川高校での同級生で、ほんやら洞に生活を掛けるという大工の棟梁でもある早川正洋の誕生日(5月30日)に合わせることにしていた。
開店までの10日間をどう過ごしたかについて考える。
もう、この時点で様々な不協和音が生じていたが、自分らの店が出来るというので、皆、意気軒昂だったのは確か。役割分担が話題になっていた。もっと外部から人間を入れようと、ほびっとでの出会いから、飛躍して早川と息投合して工事中の経理を担当した女性が提案し、その意見が退けられ「このグループは閉鎖的過ぎる」と批判を残して出て行くという一幕もあったな。この離反の発端は、早川の単なるスケベェ心にあったと、皆は分かっていた。早川も様々な事柄でエンジョイしたかったのに、メンバーの誰とも上手く行かず、孤立していた。
早川・甲斐の関係が上手く行かなかったことも思いだす。
朝一番に、ウィル・スチュアートからプリント一点買いたいとのメールあり。
八文字屋、段ちゃんがトップ。
亮太郎は、グザヴィエの知人のフレッド(亮太郎がパリで最初世話になった)フルートとギター弾き同伴。
杵築高校の同級生の岩槻氏来店。(元朝日銀行勤務)娘婿が東工大の精密工学の准教授だと嬉しいそうだった。
甲斐写真ファンだというジュネーヴ在住の赤十字のニコラ・バンソン氏の部下ふたりが京大法科大学院教授の濱本正太郎さん同伴。坂部さん、ベロンベロンのUmit同伴。イタリア人ら数人3:00まで楽しんで行く。
ひとつ名案が浮かぶ。八文字屋の創造者たちという150人くらいの外国人ばかり登場する写真集をつくろう。趣味、京都の好きな場所、好きな本も記入する。

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2017.5/19(金)



雲一点なき五月晴れの下、共謀罪強行採決の日と知る。海北友松展に行く。圧倒的に北宋の影響の強い山水画だ。
稲山さんが、6:30に来店。
ヴィクトリアさんは、休む代わりにニシャントというインド人の研究仲間を寄越してきた。身替わり?氏は友達二人を同伴。ニシャントさん「枝豆が欲しい」という。枝豆を用意せねばならない時期だ。
京都新聞の永澄さんと共同通信大阪の江頭さん。エキサンプロバンスからの美女とチェコからの美女との別れを惜しむ男たち。
エリオも来たが、騒々しいので、帰ってしまう。
ZaZa Pubの流れでイケメン画家兼舞踏家の坂部さん、久しぶりに来店。坂部さんは60年代、フォーリーブスのひとりとしてとしてなべプロに入社デビュー後田辺靖郎、九重祐美子の付き人をつとめてから70年代には画家に転じて、パリさらにトルコに住むようになった。イスタンブールで戒厳令、シリア人流入で厳しさのますトルコだが、日本人に比べ、トルコ人ははるかに生き生きしていると言う。バットマンというクルド人地区からイスタンブールに移住した坂部隆芳さん(画家)とクルド人の28歳の作家Umitさん。その後に、更にメキシコ人とドイツ人のカップルと日本人の友人の来店もありました。
ギターを爪弾くメキシコからの男と映像論を専門とするドイツ人の女性と彼らを八文字屋に招じ入れた女性。

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2017.5/18(木)



37年前の韓国の光州事件の日。
昨日まで月火水と久しぶりに三連ちゃんのど暇日の八文字屋。
来た常連さんは、井上章一さん、オイタさん、鹿さん、八木下さん、冨樫くらいのもの。
普段いっぱいの外国人も昨日の初来店のスコットランド人、イギリス人くらいのもので、極めて少なかった。珍しいことだ。
今日、海北友松展に行くべきか、原稿に専念すべきか?体調不全。風邪だった。2時間眠り回復。
ルネに飯、コンビニにコーヒーを飲みに行ったが、後は家で寝てすごす。
段ちゃんがいなければ、4日連続、超凹みデーだった。
八文字屋は、基本的に今のラインで突っ走るしかない。もちろん、あっちこっち修復せねばならないが。
吉田孝光さんは、プレートは宅急便で送ってくれという。

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2017.5/17(水)



昨日は何もせず、ノンビリし、寝たり、少し部屋を掃除したりで、夜もお客さんが殆ど来なくとも焦らず、気がついたら、店のベンチで、4:00、5:00、6:00、8:00と眼を覚ましたら、iPadの充電を他人の投稿を見る。友達リクエストが沢山あった。別府・同志社・東京で写真、京都では福島通いにフリーの写真家生活の草本さんのメールが気にかかる。
ほ今日は、八木下ディレクターと付き合う。ルネで落ち合い、部屋を見せ、上御霊神社、大田神社、ロンドクレアントに顔をだす。田中二郎さんのカラハリの写真展をやっていた。元川島織物の先生いる(名刺紛失)。小林泰子を覚えていた。
4:00には八木下さんとは別れる。
この歳になって言うのも笑い種だが、マイペースを保つことだけを専一事項にしようと思っていたら、何年も行方不明だった森秀人の「世界観で語る人物像」(明正社)が出て来たので、捲る。深作光貞、寺山修司、松本清張、村上一郎、尾崎秀樹、藤森栄一のどれも面白い。後19人も期待できる。
マグネット探し。大国屋、D2に欲しいタイプなし。出町にある。
八木下さんからの昨日のメールを読み返す。
「明日はゆっくり話を聴いてから、満を持してから5月末に、カメラを入れる」とある。
そんな悠長な生活していないのになぁ。仕方ないか。
この半年、数回、話をしてきたつもりなのに。
時間を切り詰めた生活で、僕はやっと生き延びているのだと、理解してくれてないようだ。
いや、丁寧な仕事ぶりに感謝すべきなんだろうね。僕と対極的な性格を喜ぶべきか。
薄着の店寝、寝不足でちょっと不調、掃除捗らずとも、まあ、いいか、夜もあるので、今日もノンビリしよう。「父・伊藤律」を少し読む。
「現代思想」の「人類学の時代」特集の中沢新一と山極寿一の対談、面白かったが、ゼロの「能力」とか「レンマのゼロ」とか、数学論がでてくると全然ついていけない。
数学をやっている海人彦には、こんな議論、理解出来るのだろうか?
浅利ちゃんバイトなのに、とても暇。鹿さん、浅利ちゃん言うところの「メガネ」と不明男が外国人を同伴したくらいのもの。浅利ちゃん、胴に激痛が走ると言う。3:00まで待つも空し。

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2017.5/16(火)



久しぶりにノンビリ過ごす。
夜は、オイタさんと木津さおり、冨樫のみ。冨樫は、竹ちゃんの近況を教えてくれる。
竹ちゃんが甲斐さん、スウェーデンで知り合いがいたら、教えてくれ!と言っていたのは、それなりに切実だったのが、分かる。

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2017.5/15(月)


Andrew Kovacsより、リクエスト。

NHKの八木下さんよりメール。
「先日はクロージングパーティーにお誘い頂き、有り難うございました!
甲斐さんとはあまりお話できませんでしたが、色んな方に知り合える機会となりました。
画家の冨士谷さんや、ヒルゲートの人見さん、円山公園音楽堂事務局の山本さんなど、甲斐さんのお知り合いは本当に幅広いなと、その都度驚かされます。
さて、日曜にも少しお話させてもらったのですが、今週水~金ぐらいで、日中の甲斐さんの活動にお付き合いさせてもらえる日はありますか?
いつでもよろしければ、水曜日でも11時に京大にかけつけます。(京大でなければ、しかるべき場所を教えて頂ければと思います。)
ご都合教えて頂ければと思います。
取材は、そこでじっくりお話を聞き込むなどではなく、甲斐さんは、どんな普段を過ごされているかを、拝見させてもらえればと思いました。
散歩でも、家でなにか作業されるでも構いません。
少し拝見させて頂ければ幸いです。
お返事お待ちしています。」

家を少し掃除しようと思うが、捗らず。
「もし僕の場合、訳わからない生活から、モヤモヤした妄念から写真を撮る意欲からが生まれたり、ルーティンを送るのに、ブログを書いたり、写真を撮ったりすることで辛うじて生活を成立させていると睨んでいるとしたら、慧眼と言うべきかもしれませんが、そういう風でもないみたいです。」とFBに書き込む。
昼間、手作り市を少し覗く。
八文字屋には、井上章一さんが集英社インターナショナルの編集委員と来店。
個展の案内も何もしてなかったのを思い出す。
改めて、美人論、京都嫌いが話題に。
京都嫌いの根本的批判も話題に。「言わば、上司である梅原さんを持ち上げ、亡くなった梅棹さんをくさすのは、本意でもないだろう《邪念が混入している》し、フェアでないのでは」という批判があるのをどう思うか?と問い質すと「あの記述の行間に梅棹さん、杉本秀太郎さんへの愛も感取して欲しい」との弁で笑ってしまった。ついでに、職場等で自分は権力者になってしまっているのを自覚しているという。井上さんの集英社インターナショナルの佐藤眞さんへの甲斐紹介は「93年版八文字屋の美女」の解説代わり付録した美女との遭遇論なのには、笑ってしまう。
他の客は鹿さんのみ。鹿さんも搬出手伝いに来てくれたらしいけど、時間を間違えたとのこと。
大分合同新聞の佐々木稔さんよりメール。今度の記事は、若狭、伊方、大分の原発特集(連載4~5回)の枠組みの中で、甲斐写真展「鴨川周遊展」は扱われるらしい。
水上勉の若狭での受け止められ方等と共に。

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2017.5/14(日)



12:03にギャラリーに入ると、もう10数人の来場者あり。トップは在田教育長。森田哲夫さん、吉竹好美さん、四国中央市の鈴木さん、梅棹マヤオさん、臼倉恒介さん、江藤加奈さん、馬渕哲ファミリー、幸家太郎さん&ファミリー、富久豊さん、市川信也さん、中川裕孝さん、デカルコ・マリィさん、東理子さん、つじきよし、勝山正則さん、石井佐枝さん、武田好史さん、杉本安弘さん、水島明美さんら。
昨日の芳名録をチェックすると、80数名。
多分、昨日の来場者は、350人を越えていたのではなかろうか?
6日間の「鴨川周遊」展が終わり、八文字屋のお客さんも1:00に引けてほっこりしている。
個展開催時の努力目標、半分位クリアしたかな。
来て欲しいと思いつつ、来なかった人は、4,5人かな?
ま、努力を怠ったので、それはそれで良し。
6日目の記帳者は、80人強。おそらく来場者は、400人に垂んとした。ヒルゲートの次の展示のことも少し喋る。ロンドクレアントは、二つの著書が出た後に、という話もする。
広瀬ちずるさんとは30数年ぶりの再会。
亡くなる直前の北沢恒彦さんが、夫を失った直後の彼女に会いに来て、彼女が元気なのを見て「よかった!」と本当に喜んでくれたという。その直後に北沢恒彦さんは自死の道を選んだので、彼女は本当にびっくりしたと言う。こんな事ってあるんだ!と。
北沢さんが職場の同僚だった時に、上野千鶴子、中野ハジメ、甲斐等を引っ張って来て、同じ土俵で仕事をさせていたのにも、ビックリしていたと。
梅棹マヤオさんと臼倉恒介さんは初対面。
浦田ジュンさんも来場。梅棹マヤオさんにも紹介。
セバスチャン・レゼーとコリーヌ・アトラン。コリーヌは、春樹の仏訳者という紹介はやめて欲しい。鴎外、山本周五郎とか、むしろ、村上龍の方が好きなんだからと。今度、京都に戻ってきたら、パリの家用に掛軸を買いたいと言う。
セバスチャンはフランス語の教え子を3人同伴。会うたびにそうだが、今日もまだ持ってない写真集を三冊買ってくれた。
精華大学では高松樹さんと同僚だった幸家太郎さんは、お嬢さん同伴。
天川さんは、漫画家、、イラストレーターでもあるが、最近の個展ではほんやら洞をも、描いた絵を出したという。
彼は海洋生物関係の難しい仕事をしている。

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2017.5/13(土)



「鴨川周遊」展も、今日、明日で終わり。
個展開始時点で、私かに獲得目標を2,3掲げたが、どれも上手く行ってない。
でも、予想を遥かにオーバーする来場者があり、写真集、ポストカードはよく売れた。
来場者は、40数年来のほんやら洞ファン、僭越ながら我が写真の同好者の底の深さについて刮目させるに十分な広がりを見せた。
予想したフランスの知人たちは、KG疲れか、あんまり姿を見せてない。
昨日も記帳者は70人位だけど、200人以上来場者があった。神田稔さん、呑海龍哉さん、元毎日新聞の支局長夫人の川村美也子さん、江川直樹さん、岡本千津さん、国松万琴さん、佐藤守弘さん、落合祥尭さん、坪川桂子さん&山本寛樹さん、黒川創の母、北沢徳子さん、深萱真穂さん、酒谷宗男さん、山本陽平さん、八文字屋のカズこと河井雅彦(建築家)、クロージングパーティの乾杯の音頭を取ってくれた川上力三さん、ペンシルランドの井上義雄(ヨッシー)さん、富士谷隆さん、大分合同新聞の佐々木稔さん、小国美生さん、竹村洋介さん、角伸明さん&娘(果歩)さん、インドネシアのメックス、カイトランドの能口仁宏さん、松本和子さん、森田誠二さん、権太呂の藤本さん、淡交社の安井美穂さんら。
今日は、夜、クロージングパーティーもあり、昨日のKBS放送、また、今日出る予定の京都新聞のお陰で、最も多い来場者が期待される。ただ、ヴィクトリアの事故のせいで、いつもの京大留学生の来場はそう望めない筈。同じ時間にKG+のクロージングパーティー@新風館もあり、やはり、行けないという通知も多く来ており、ヒルゲートに入り切れないパーティー参加者があるやも知れないと思って来ていたが、意外と少ないかも。
5月13日は、個人的にはちょっとした記念日だ。
それは、49年前に、脱走兵ポールが、川端署に逮捕された日で、僕は、翌日(5月14日)に川端署への徹夜の座り込み抗議行動に参加して、以降、ベ平連の運動にのめり込んで行くことになった。
そんな日だ。
天気が不順で出足が危ぶまれた。5:50になっても数人しかパーティ客がないので、アレレ?と思っていたが、徐々に、というか、澎湃としてというか湧いて来るようにインドネシア、イタリア、フランス、イギリスの若者も多くいた。
結果として、素晴らしいパーティとなった。
夜の八文字屋の来客といい素晴らしい一日だった。
お客さんの多さ、多彩で拡がりを持つ、何処までも想像力を喚起する今日のヒルゲートのあの時空はなんと喩えるべきか?
何人も甲斐ドキュメンタリーを作りたいというディレクターが居るのに(参加して居るNHKのディレクターもいたのに)、元読売テレビの大西さんが、少しムービーを回した程度が、出来る事なら3時間フルに録画したかった。
僕は、パーティで飲んだり、喋ったりしたのも良かったが、僕自身がムービーを回したいと思った。
こんな事は珍しいし、実に久しぶり。
一編の小説よりも面白かった。
外国人たちの集まり方もよかった。
これで、当分、八文字屋は安泰だと、思った参加者もいたのでは。
KG+のクロージングパーティーも撮っていて(実際、誰か撮っているだろう)、僕のも撮っていて、付き合わて見る事も可能だったら、と想像した。
同じく山香小中学校出身の角伸明さんと。氏は、ツルゲーネフ研究の第一人者。シャガール研究も。
パーティ前に大分からの来客あり。
ウチの兄姉は金池小学校に通っており、父親はそこのPTAの会長か副会長を、木下哲(県知事の弟、後の国会議員、先代後の大分市長の父)氏らと楽しげにしていた。
僕は、やっと歩けるようになって、竹町に行き、「竹町のトキちゃん」というパンツのゴム紐売りのおばちゃんに異様な関心を抱いたのを思い出した。
夜の八文字屋には、そう流れて来なかった。
僕はぐったり。

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2017.5/12(金)



珍しく夢の中に父が登場して、しきりに将棋を打ちたがる。生前、ほとんど口をきいたことすらないのに。昨日が母の命日で、少し母のことを考えたせいか。僕は碁は打っても将棋はしないし、父もその筈なのに。母も近くに居て、僕は、毎日、大根をふ買って、うっちゃって忘れていたので、鰤大根を作り、八文字屋に持って行こうと作業しているのに、しつこく言うので、相手になることにした。成算はなく、頭は違うことで一杯なので、直ぐやめたが、これ、コマ変わっていて、桂馬は写真集「先斗町猫の泉」、それぞれ違う、変なものなのだ。
最初は、僕がやろうかと、チョッカイ掛けたのだ、その気は全然せず、父がしつこく、親子の立場が入れ替わったような関係だ。
場所は、山香町大字倉成字又井の熊野権現への道沿いの河尾さんの家辺りで、目の前には大きな川があり、八文字屋へ急いだ。Sがついて来て、僕はチャリで来たのを忘れていたので、チャリを取りに引き返すと言うが、Sは、このまま行こうと言う。後ろから、浅利ちゃんとチーちゃんがついて来ているはずだと思うが、ふたりは、既に渡月橋を渡り、飲みに行っているに違いないと思う。実際、そうだった。
そんな夢。
ルネで、「路地裏の京都」「ほんやら洞日乗」を買って、ヒルゲートへ。
ヒルゲートには、秋元太一記者が待っていた。ありがたいことに、明日、記事を出してくれるとのこと。
ギャラリーには、豊中の梅花教会の牧師・後藤聡さん、シルヴァン、韓国からの李聖潔さん、加藤まなぶさん、稲山さん、「ジュゴンの会」の女性、三浦サイコさん、チーちゃん、中川五郎さん、カオリンズ、清水忠さん、兼先恵子さん、2~3年ぶりの樽門豊さん&川口久彬さん、稲山聖修さん、土田早苗さん、ゆうじさん、moss greenの井上成哉さん、愛知の山田庄司さん、マロニエの西川勲さん、難波洋子さん、らが来てくれる。中西孝子さんが出町ふたばの餅を差し入れ。京教出身の絵描きの赤木睦子さんは熊野古道?の酒「黒牛」を差し入れ。わっ君(日向太の保育園同期・丸紅勤務)の祖父の森本正一さん、斎藤洋さん&利江子さん夫妻、三村博史さん、カオリンズ、中川五郎さん、ギャラリー・恵風の野村恵子さん、韓国からの旅行者・李聖潔さん、加藤まなぶさん、田中直子さん、喋る時間がなかった東内咲貴さんら。
KBSテレビで5:45からの文化ニュースで流される。ヒルゲートに権太呂(アート・サロン クイーンズギャラリー)の藤本惠一郎さんも来てくれたのだった。

八文字屋で7:00過ぎからひっくり返っていると、琢ちゃんが来たが、2:00迄は静かさそのもの。ヴィクトリアがドクターストップで休んだことが、響く。
オイタさん、ゲストハウスで一休みした稲山さん、ヴェロニカら4人、奈良井さん、アレックスと和気藹々?と飲む。元北海道新聞の加藤直樹さんが函館ラサール、同志社の後輩の十字屋の宣伝部の方、同伴。
祇園「明日」の中川五郎、カオリンズらのライブの後、五郎さんらの来店を期待したが、梶田さん&ヨッシーが来ただけ。
12:00過ぎには稲山さんと2人っきりになり、2:00過ぎにもう閉店しようと、エレベーターに稲山さんが乗ると、ゆうじさんが、草壁カゲロヲ、知人(セグロのリスクマネージャー)を同伴でやって来る。更に、伏見の竹山聖の学生(20歳)も来て、閉店は、3:00を過ぎる。

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2017.5/11(木)



5:30まで、また、寝ていた。竹ちゃんが来たのは、いつ?回転寿し「ムサシ」で竹ちゃん似に会ったが、やはり、竹ちゃんだった。

昨日のギャラリー3日目はやや低調。記帳者68人。来場者200人。
今日は、朝日に出たせいか、おっちゃん、役人の顔出し多し。京都市美術館の潮江元館長、府庁の芸術振興課職員等。約2万円分の写真集を購入する80歳を超えた紳士あり。須藤敏浩さん、Jarfoの松原知子さん、オジュグ・アダムさん、別府・同志社出身の草本利枝さん、在野真麻さん、大西正彦さんら。
八文字屋関係では奈良井さん、梶田さんも。梶田さんは、後で八文字屋に行くと言ってこず。
西田氏から差し入れワインあり。
KGの仲西祐介氏&ルシールさんも「笑う鴨川」「路地裏の京都」購入。長尺の「洛中洛外図」風の写真展をKGで応援して貰えないかと、打診。
山上君のお母さん、山上小貴子さんは、鶴見貞子さん、日高六郎&暢子さんとの面談の後に来場。お三方の近況を聴く。
ギャラリーに販売用に持ち込んでいた写真集に、昨日、売切が続出。
子どもの時間、京都の子どもたち、ほんやら洞と歩く京都行き当たりばったり、路地裏の京都、ほんやら洞日乗、京都猫町ブルース、地図のない京都、笑う鴨川、笑う鴨川出町篇、夢の抜け口、遠い視線、辻占遊び。
ストックなしが4冊。八文字屋は暇。

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2017.5/10(水)



疲れて、5:00まで八文字屋で寝る。
ヒルゲート二日目はほぼ雨にたたられる。マサホ来る。
KBSのニュースは、今日の5:45からの予定も飛ぶ。毎日新聞には、金曜日に案内記事が出る予定。
時事、共同、読売には当方からの告知を忘れたかも。読売、京都の反応なし。でも、森さんは来場。
今日も写真集、ポストカードを追加して、終日、在廊。
明日は、母親の命日。存命なら、今年で100歳か。
まだ、お元気な日高六郎さんと同じか。
母は、雲仙普賢岳の噴火の後に亡くなったのは、おぼえている。
ルネで食事。
夜は、ムサシ寿司へ。
昨夜は、1:00に帰宅できたのに、まだ早い。誰か来るかもと思いつつ、眠ってしまい、5:30まで寝る。

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2017.5/9(火)



FBに次のように朝イチ記載。
今日から「鴨川周遊展」。
今回は、幾つかのことを実行するつもり。
可能な限り、連日、初めから最後まで在廊して、先ず、被写体を見出す。イケメン、Beauty&Beast、etc。
来場者から、八文字屋のバイト候補を発見するのも課題かな。
何時もの個展でもそんなことを考えてないわけではないが、今回は追求する。
そして、会期中に「京都カイ的名所図絵」(仮題・岩波書店)のスポット候補のヒントをゲットしたい。
それだけ、追い詰められているということかな。
また、当然、各出展作品の背景について明視を心がける。
初めて、掛け軸的な作品を実験的に、深く考えずに、5本出したが、もっと面白い掛け軸についてのヒントを来場者から戴くつもりだ。
初日、12:00前に入ります。
どういう取材か知らないけど、初っ端から、KBSテレビの取材が入ります。
写真展、オープンしました。
今晩の5:45からKBS放送TVのニュースで放映予定が流れる。
7:00までギャラリー・ヒルゲートにいます。7:00から8:00に食事を済ませ、8:00に八文字屋に入る。

明日も、12:00からヒルゲート入りします。毎日新聞は、5月12日に案内記事掲載予定。
NHKは、今月末から、甲斐ドキュメンタリー作りに始動開始か?
ヒルゲート初日。来場者250人。記帳者、約80人。外国人は、アメリカ、ドイツ、台湾、フランスから。
衆目は、作品と同時に、写真集、20種以上のポストカードにも注がれた。共に結構、売れた。
KGの流れも少しあった。
八文字屋は、連休明けの雨の火曜日とあって、至って、静か。
大阪、沖縄、東京の客、京都在住者は6人。内二人はNHKのディレクター。5月末から、6月に掛けて、「写真家甲斐」のドキュメンタリーをとりたいというが、個展も取材してないから、半信半疑。
ミルトン・オグラさんが京都市美術館の名称変更に反対する英文のフライヤー持参。
フランクフルトのIsola Galleryから甲斐写真展「女」のオープニングパーティは、5月19日(7月15日まで。9月15日まで会場は休みだけど、通行人に見れる展示)と連絡ある。

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2017.5/8(月)



2時間しか寝ず、搬入に突入。
Sの家からタクシーで、搬入に2600円掛る。
エリオ、レオが手伝ってくれる。後で、4人で眠眠へ。
京都外大西高で作ったプリント全て使用不可。
会場が狭くて良かった。
個人的には大いに不満だが、、、現状に相応しいかも。
エリオにナポリ語の存在を教えられる。夜はナポリ語のBennatoの歌も堪能。
八文字屋は、8:00オープン。エリオ、夜も来る。八木下君、同僚と。静かな夜。

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2017.5/7(日)



キャプション書き、荷造り。ブミに会ったのに、彼と分からず。
浅利ちゃんいり。玉田さかえさん、寝屋川の石田博さん、水腰、チーちゃん、周平さん来店。

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2017.5/6(土)



5:30に寝て、朝イチで代引きで荷物が届くのに、緊張して起きたが、疲れで9:30まで起きれず。9:11に来ていたのに気づかず。
今、落手。
予想以上に上手くいっていた。
昼夜飯ともにルネ。
ハレパネ確認にD2に行く。デコパネと表記。
7:10インスタントコーヒーを飲み、ゆっくりする。これから9日が勝負。
疲れが取れた方だが、やはり、ダメ。
夜、ナッちゃんが鹿児島、宮崎の後輩を同伴。
段ちゃん、エリオも来店。

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2017.5/5(金)



出町で、寿司、刺身を買い、それをSと食べ、25点分のキャプションを書き、フライングになったが、太田神社に行き、HATAOに電話をして、お邪魔してワイン、チーズをご馳走になる。夜は焼き鯖。アマゾンで本を少しし注文。
ヴィクトリアが先には入る(2時間いず)。京都新聞の論説委員の秋元太一さん、久しぶり。また、写真を使わせて貰えるか?と言う。最近は記者も先輩と飲む習慣が途絶えたとボヤく。武田好史さんも、早く来て、、ベラベラ喋る。アレックス(出雲神道研究)が、友人同伴。吉川恭生の息子、アキラ君が、ヴィクトリアに誘われて松山の女性と来る。ヴィクトリアは、何故か、出て怪我をして戻ってこなかった。ヒロさん、パスポートくれる。徳之島に32年いた奥田さんも、一杯でないかと恐る恐る来る。エリオはオランダで、一緒だった男(カウチサーフィン)同伴。奈良井さんも、ルパンの店帰りに来る。
サントロペでのライブ帰りに朴ちゃん、御一行様(ジャーマン、東先生)を同伴。西川氏も。高山佳奈子さん、井上章一さんも行ったらしい。
西川氏とは、よっぴいて、泥さん、内海信彦さん、津村喬さん、橋本保さんのことなどを喋る。サントロペのビル、サントロペしか、今は入ってないとのこと。
「これから、『夜のラーメン・太陽』に行こう!」と言うが、腹に入らないのでやめたが、氏は行ったかも。
秦恒平さんの「亂聲」を堪能してくれる。
写メールで、パシャパシャやる。
5:00帰宅。

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2017.5/4(木)


Collectionで、コーヒーと思ったが混んでいたので、なか卯でサーモン丼を食って久しぶりに六曜社へ。フライヤーを貼って貰う。

まだ「追憶のほんやら洞」(風媒社)のポスターを貼ってくれていた。
秦恒平さんが「湖の本」を送ってくれた。秦恒平さんの「亂聲(らんじょう)」は傑作だ。
2012年10月26日辺りからの歌が凄い!
10月27日には、
「あのひとの誰ともしれず あの と喚んで夢のま闇に一つに燃ゆる」と歌い、その後、次のように書く。
「この日より夜となく朝昼となく津浪なしうち寄する性欲のまま
想念ことばと化しうたと成り、順なく二、三日に百数十を成す。
こは我の何ぞ。仮に「狂濤」と題し、半ばをのこして他を棄つ。」(小説『ユニオ・ミスチカ』の為に。)
そう記して、以下、性愛の歌をたからかに、時にはくぐもってうたう。
全部読んでから、好きなのを半年後くらいにピックアップするつもり。
何れも傑作。今日から、段ちゃんとかと深夜にゆっくり飲む時に、読んで聞かせよう。
秦恒平さんの歌にあてられて今日も作業進行なし。
昨日、今日と夕方の木屋町通りは、珍しく日本人の通行人が目立つ。
林海象さんから「今から行く」とのメールがあり、やがて近藤和見同伴で、コロナビール差し入れで「これ飲むから、金を取れ」と言ってくれる。ありがたし。根岸吉太郎学長もよろしく言っていたとのこと。海象さんが芸工大にいる間に山形に行ってみたいものだ。
後で、野村幹太君ら3人も合流。西荻窪の呑み亭に拠るつば広帽のヒロさん、ライカで、キューバを撮ったというKG客の満石豊さんらも来る。智恵光院通上長者町通あたりの酒屋さん、久しぶりに来店。72歳で、出町の「種喜」と親戚と言う。
夜中に琢ちゃんが来て、段ちゃんも。
3:30帰宅。

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2017.5/3(水)



Isolaのパトリックからパスカル・ボスの価格基準値を送れ!と来る。
僕が決めれば良いだけの話。
多田亜生さん、鈴木美登里さん、河村亮さん、朝日の記者、毎日の学芸部の有本忠浩さん、神林さん、押田さんに案内状送付、姉に本とフライヤーを送らねば、想いつつ、やっと送る。いや、神林さんは忘れた。原稿が出来てないもんな。
紛失したパスポート類が出て来ない。
この一年で頭の働き、身体の動きが急速に鈍くなったと、痛感。
六曜社間にあわず。
八文字屋、バイトは浅利ちゃん。理化学研の西村さんの写真仲間来店。ルパンの店で酔って来た奈良井さん、グランピエで猫小屋を買ったという鹿さん、K-Kei、西荻窪のヒロさんが中西祐介さんちの泊まり仲間同伴。
マリアさんの親友の父で映画のプロデューサー、今日も来る。プリントを見せ、ロシアの陶芸家とのキスシーンを撮る。柴田明蘭さんが写真仲間とその娘同伴。最後に日出の大神出身の加奈子さんを連れて堀口さん来店。
一緒にVogaに行こうと誘われるが、行かず。加奈子さんと喋っていて、色んなことを思い出す。

例えば、大神中学には野球のライバルのいいバッテリーがいた。ピッチャーは渡辺、キャッチーは、清美君。とてもセンスのいいバッテリーだったこと、日出中学には、当時の僕らにとっては怪童とも言うべき宿敵の木村伸二がいた。僕らの学年が高3の時が大分国体の時期だったが、甲子園は、春夏春と大分が3連覇。津久見高校、大分商業だ。津久見は阪神に行った吉良、大商は西鉄に行った河原、河原はインステップで鋭いシュートを投げた。津久見の吉良は背番号は10番。1番は、一年から三年までずっと木村だったが、何故か、三年間、公式戦には木村は一度もマウンドを踏まなかったのは、いまだに謎。僕は中学2年になる前の冬、春、投げ過ぎて一年棒にふり、毎週水曜日は、別府流川通りの電気治療院に通った。そこで、やめる2,3年前の神様仏様稲尾様にあった。ちょうど浪商の尾崎が彗星のように登場したころだ。
いずれ、稲尾の父親と双葉山との劇的な出会いと馬城金山について書いて、大分を浮き彫りにしたい。
山香の上中の小竹もいいピッチャーで、同学年の杵築高校のエースになった。
僕は杵築高校時は更に肩を痛め、野球に行かず、柔道、陸上と転々とした。
等々を思い出す。そのあらましの経歴を言うが、堀口さんは、僕のメチャクチャな青春を信用せず。堀口さんが加奈子さんに、八文字屋のバイトに入れ!と薦める。

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2017.5/2(火)



7:00帰宅。
マズイ、原稿進まず。
常連さんなしは予想通り、日本人は滋賀の中学の先生馬渕哲さんと初来店の同僚。後は、京大の客員教授のドイツ人のリヒターさんが二人連れで日本酒飲み。KGを観にきたフランス人3人(内、1人は京都芸大・写真留学生のマリヤさん)、ヤニック&マルグリッド・パジャとヤニックの両親に友人のフランス人だけの展開。
2:00に誰も居なくなり、ヴォガに行こうとしたところに、段ちゃん来店でもう1時間。
3:45帰宅。

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2017.5/1(月)



昨夜は、京大建築の二回生(竹山聖氏らの教え子)4人が遅くまでいる。
今月は正念場。
昨夜は鴨川氾濫の夢。
出町でもビルの屋上に登らねば危険なくらいの決壊がある。
浅利ちゃんが電話で「悲しい、グランピエの同僚二人が二条の鴨川の堤防が決壊して、、死んだ」と言う。大きなドラム缶にスープの炊き出しの準備をしていた。
チャリで吉田さんの学校に行き、5:00~8:00プリント。全て、彼がやってくれる。額代わりのアクリル板の厚紙切りも。
8:30八文字屋オープン。
やはり寂しい夜だった。疲れてダウン。お客さんは、20年前に路上で撮影した祇園の旅館で働く女性がアレキサンダー・テクニックの新海みどりの紹介で初来店。20年前にどういう服装をしているところを撮られたか、縷々語る。もうひとりはやはり20年前、京大生時分に来て、もう八文字屋はないだろうなと思いつつ確認に?来て、健在なのにビックリしてつい入店。25歳の杏林大学の医学部在学中の若いガールフレンド同伴。25歳違うのですよ、と嬉しそうな翻訳家。
琢ちゃんは餃子をお土産。
2:00に寝崩れた。

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