2017.1/31(火)



10:00起床。
ゆっくり動く。
紀井さんトップ、アルド&セルジオさん&リッツィさん、中日の森さん&廣瀬和実さん(大津支局次長)&ふたり、海人彦&小林君&もうひとり、エリオ、冨樫、安藤民次さん&ママさんで朝3:30まで。
今日は予想に反していろんなお客さんが来てくれ、3:10に閉店したところです。
またやってしまった。
気がつけば、7:00。上着を着ず、少しやばい。
ラスト客が外に金を下ろしに行き、更に飲み直そうとなったので、避け難くもあったが。

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2017.1/30(月)



昼まで寝る。
ルネ。下鴨神社、高野川散策後、昼寝。月曜社に第5便。Sの青磁社本できたとのこと。
あさりの酒蒸し、鹿牛肉合わせトマト煮、大量のジャコ食す。美味。
顔を出したのは、琢ちゃん、冨樫のみ。琢ちゃん、家買い話。アニメ鬼平を教えてくれる。冨樫、退職予定話をオーナーから無視されたので、それをいい事に7月いっぱい働くと頭を切り替えた由。冨樫が琢ちゃんにインド土産話。
帰宅5:10。

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2017.1/29(日)



7:30に起きて、どうしようか、迷う。
少し原稿。業務スーパー、やまや、出町で買物をしてA宅。
Aとメシ。
恵文社へ。疲れ癒えず。
今晩は、トップに神保哲夫さんを立命大に呼んだ元NHK(〈ドキュメント『みなさまのNHK』公共放送の原点から〉現代書籍の著者の)津田正夫さんと元三条ラジオカフェの福井さんが来店。津田正夫さんの母方のご先祖の足尾鉱山での動き、大変興味深く拝聴した。共編著「谷中村村長 茂呂近助」(随想舎)を送ってくれるとのことこと。「足尾の事件は、文句なくひどいが、水俣病なんかと違って、あの開発は日本近代史にとって避けられたものなのであろうか?」という疑問もあるとのこと。
そして浅利ちゃんも入り、川嵜さん、久しぶりのチーちゃんと続き、10:10には奈良井さんが来て少しホッとした。来るかと思った周平さん、鹿さん、来ず。草葉さんは、岐阜へ遊びか?
2:30に久しぶりのラスト客、都間倫子さんが帰ったあと、微睡んでいたら、3:30に来客玉ちゃんあり。4:10まで一緒に飲み、あとは置いて帰る。帰宅4:40。

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2017.1/28(土)



9:00起床。怠い。
瀬尾育生の「ディラン反復」(『現代詩手帖』2月号所収)は良かった。
時間が出来たら、ハワード・スーンズ著「ダウン・ザ・ハイウェイーーボブ・ディランの生涯」を読んでみよう。
「誰もが持っていかれた」状況下でのディランの詩的反復。
この問題、後でゆっくり辿ってみよう。
ほんやら洞での70~80年初頭のディランの歌の聴き方、私的受容のしかたを。
八文字屋開店以来一番静かな土曜日の夜でした。めげていますがまだやめません。月刊「ふらんす」2月号と「現代詩手帖」2月号の共通の読者の 飲み会を2月16日(ほんやら洞全焼2年1ヶ月記念日)をやります。電子版と紙版の「ほんやら洞通信」の準備会です。まだ八文字屋を潰したくありません。

八文字屋、どうしようもなく暇。段ちゃん、レオの知人の一見さん、映像のドキュメンタリストのコーエンさん、奈良井さん、近藤和見のみ。段ちゃんに瀬尾さんの「ディラン反復」を見せるも、分かるけど、重い、読むの、しんどいな、と言う。2:30に帰ろうと思ったが、気が滅入り、もげてしまった。ヴォガは、2月末に、ヴィオロンの階上移る由。

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2017.1/27(金)



朝帰り。ルネで飯、後は家で寝るだけ。
ちょっとハード。
4:00にトイレ修理の業者が来るので、早く行く。1時間遅れてきて、工具を持たず、出直しとは!?
大家サイドに馬鹿にされているかも。
簡単に直りそうで、よかった。
「現代詩手帖」2月号届く。秋山基夫さんのほんやら洞の紹介の仕方、FBにどう書くか迷う。本音を書く訳にはいかない。ゆっくり読んでみようという気を削ぐ。
現金1123円しか持たず、仕入れ。レジで「これは要りません」と言わねばならない。
133円しか釣り銭がないのに、オープン。
木津川出身で、北白川大道町に住む年金生活者の徳山さんがトップ。足が悪いらしく、同病あい憐れむ的な話からスタート。
三上晋司さん来店。「現代詩現代詩手帖」を見せる。「思想としての朝鮮籍」も。柳生さん、大西さん、冨樫、奈良井さんもくる。ヴィクトリア関係者なしは寂しい。
一見さん8人に付き出しわすれる。
これが生か死かの分かれ目!心しよう。漫然と仕事をしてはならない。
深夜、ティルがノルウェーとスウェーデンの女性同伴。ティル「独沈」というサイトを立ち上げたとのこと。
色々嫌になっているのはバレているのかなぁ。5月フランクフルトに行き、8月レバノンの予定だと言ったら、5月9日ヒルゲートでの「鴨川周遊展」のオープ二ングは、死んで帰って来なくても良いように壮行会にしようと、何人もから言われる。柳生さん、ワセリンをくれる。

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2017.1/26(木)



5:00帰宅。鬼平を見ながら就寝。
10:00起床。アルコール抜けず、寝直す。
郵便局、ルネ。
背中痛し。八文字屋は、この歳の僕にはもう重荷?間口が広過ぎる?
ずっと間違い続きだが、人生の選択を誤った。
五郎さん、沢友恵さんとニューアルバムをリリースの矢先、風邪で、今日はライブ中止とのこと。頑り過ぎだもんな。
明日、トイレ工事。
ミニSOS発信。
段ちゃんが応答。
でも「明日、5万円近く」との要求にはとても応えられそうもない。11:00頃、アリステアが30年前の京大の音楽仲間、ベロンベロンの木村さん同伴。明日は「大きな声では言えないが、幕末のトランプ福沢のシンポジウムに出なければならない」と言って直ぐに帰る。「追憶」パーティのDVDをプレゼント。
深夜に、段ちゃんに岡林の「わたしたちの望むものは」「ホビット」をyoutubeで聴いて貰っているときにイルソンが「ルポ思想としての朝鮮籍」持参。金がなくて買えない。段ちゃんが買う。段ちゃんは高史明「夜が時の歩みを暗くする時」をちょうど買っていた。イルソンにカオリンズの「俺等トラックの運転手だったんだ」を聴かせる。「このヒト良いね」と言うので、またどこか、ステージがあったら紹介して!と頼む。金石範の文学作品がもし英訳されていたら、ノーベル賞を取っていただろうなという点でイルソンに同意する。段ちゃんにボトルをお願いする。
皆が帰ってから、26日が誕生日(インド独立記念日でもあるらしい)のゆうじさん、さらに、閔さんが来て、閔さん、ゆうじさんの態度に怒って帰る。その後、琢ちゃんが来て、なんとか、二確保。

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2017.1/25(水)



金入れろとあり。こんな日々が続いたんでは、無理。
変な夢。日経か読売に町ネタで出たのを、京都に行き、同じのを焼き直しで頼むのに、社を訪れたが、資料不携帯で、泡食う夢。代わりに、「ふらんす」の記事を見せる。トイレに入り、尻拭いを忘れる夢も。
知恵絞る。原稿を優先にしたい。苦戦続く。「移動大工工作集団」のこと、少し書く。半年以上前から原稿を書いていると眠くなったり、背中がしんどくなる。
支払い、思うにまかせず、「弁護士」を持ち出す。書類、届く。
百万遍の交差点で、ヴィクトリア、プミと別々にすれ違う。
ルパンの店覗く。問題解決とのこと。ルパンから「韃靼疾風録」(上下)貰う。
浅利ちゃんが遅れたので、心配するも直ぐ来る。
客は、鹿さん、川嵜さん、奈良井さん、梶田さんと続く。梶田さんの八文字屋展は春先予定。個展タイトル依頼さる。Kei-Kを待ち望む虚し。話題は「沈黙」に「この世界の片隅で」「云々」「デンデン」そして、稀勢の里優勝、「宇良」話と珍しく共通性いあり。R大のSさん、黒沢さん、アリステア、エリオ&はるかさん来る。1:30浅利ちゃんの居眠りが続くので、帰ろうとしたら、昨日帰国した冨樫来る。4:00までとは、なんと、しんどい。歳だ。アリステアは昨日来て、明後日帰国。彼にアニメのことを聞き忘れた。エリオは2月3日にナポリに帰り、3月中旬に戻ってくる。
エリオがスコセッシの「沈黙」を見るなら、オレも見ようと思っていた矢先、周平さんが自分の意見を言い、その場にいた鹿さん、浅利ちゃんも「沈黙」を見る気起こす。周平さんの意見ーー。
「結論から言うと、篠田正浩監督作品(1971年)がスコセッシ監督作品(2017年)に判定勝ち。もっとも、篠田作品は記憶があいまいだし、結末とその過程を承知しているからスコセッシ作品のインパクト度が低くなるのは仕方がない。多分、公平なジャッジとは言えないだろう。しかし、リーアム・ニーソンが出てきたときは調子がくるった。『96時間』では犯罪組織を皆殺しにする元CIA工作員が、しおらしい宣教師役なんだもんね。結局、スコセッシ版では、イッセー尾形がもっともインパクトがあったかなあ。」

沈黙 -サイレンス- マーティン・スコセッシ監督 2016年
沈黙 SILENCE 篠田正浩監督 1971年

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2017.1/24(火)


ごめんなさい。1万5千円しか入金できてません。とうぶん、クリアするまで毎日入金します。〜略〜
以上のメールに応答あり。

客、黒澤さんのみ。
辛い。

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2017.1/23(月)



大型ゴミの中にジャリ銭が入っていて拾う夢、即、支払いに回せて穴埋めになるかと喜び、これ、夢ちゃうか!?と思う夢。ジャリ銭が入ってるタンスには三脚もあった。
掲載原稿のある「ふらんす」2月号一部のみ買う。
八文字屋も超暇。
姉に電話。
姉、Aに日向太の件「おめでとう」コールを入れたらしい。「普段、クールで、余計な話等はしないのに、やっぱり、相当、嬉しかったのやろうね。トランプのアメリカで医者になることは良いのか迷っているてな話をするのに、コーフンは隠せないという感じだった」と。
11:30までワカちゃんのみ。12:00前にヴィクトリアの知人を含むスロベニア人を含む7人の京大留学生が来て、やや安心。植田元気さんも時計屋で働く龍谷大学で広瀬純さんに習ったニシサカ和さん同伴。「破壊動画に八文字屋もでませんか?そしたら、客が来ますよ」と元気氏。12:30、ツィッターを見た段ちゃん、「これが、(先払い)ラストのボトル」と言う。次いで、多分、FBを見た鹿さんが来てくれる。
深夜、エリオが来てくれるだけで幸せ。2月初めから3月中旬までイタリア帰国とは寂しい。「沈黙」はスコセッシ監督が力を落としているかどうかが気になり、その観点から見極めたいので見るとエリオは言う。僕は見るつもりはなかったが、彼がそう言う目で見ると言うなら、見るつもりになった。
段ちゃんもそのようだ。
一緒にいるのは、はるかさん。

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2017.1/22(日)



日曜日なのに、書評を読みにコレクションに行けず。
天気厳しい。八文字屋の客も同様。
6:30八文字屋でカオリンズ、スタンバイ。清水さんはもう鹿児島に戻ったらしいとのこと。
津田圓三さんライブ。奥さんは書家の津田猫風さん。客少なし。好人物なのは分かる。曲はエリック・アンダーソンや小林旭(笑)も混じり、歌唱力は「ウーッ?ね」という点で浅利ちゃんと同意見。枯れた歌というには生。「まほろば」があるなら、八文字屋で演るまでもないか?転居歴、倒産歴を歌うならオモロイかな。
「椿の海の記」読み始める。

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2017.1/21(土)



6:50に目を覚ましたが、10:00まで、そのまま。
やはり、しんどい。
清水さん、京都に向かったらしい。
1:00まで、家でぐったり。何も手につかず。
トップは草葉さん、次いで、奈良井さん。
開店当時、ハイティーンの《ロック3人組》とか言われ通い詰めた連中ももう50歳。いつもホンヨンウンを聴いていたのでカオリンズの「俺等トラックの運転手だったんだ」を聴かせる。右の小坂君が「この女性のバックやりたいなぁ」と呟く。左の山内義博君は子供話に泉谷しげるのバックバンドの話ばかり。もうひとりいた宮本君は行方不明らしい。
小坂君にカオリンズのyoutubeを見せると食い入るように見る。
女性のヴォーカル、なかなか居ないので、貴重ですね、と。
これで終わりかと思ってているところに足の指を骨折しているナッちゃんが来て、下からJC長野のふたりをピックアップしてくる。やたら威張り散らし、おごりたがる。紀井さん、ナッちゃんはラッキー、ご相伴に預かる。ナッちゃんはユックリ。奈良井さんは心配。

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2017.1/20(金)



10:30入金。
ルネ。「新潮」「文学界」入手。ヴィクトリア、サラームが「路地裏の京都」を欲しがっていたので、買う。
コレクションで一休み。捗らないけど、めげず。18:00前に八に行く。直ぐに行く大森からの客あり。ヴィクトリア休み。
三上さん、稲山さん、出張帰りでワサビ漬け持参の奈良井さんが来る。8年ぶりというカリフォルニアのオークランドのウォルフ夫妻来店。京都駅付近の興正寺に前はいたという。稲山さん、多少元気なし。
「ろくでなし」と石丸商店に1月22日のライブのフライヤー持参。
北京に戻ったW・Hからカイ写真展の会場を探しているというメールあり。ありがたい話だ。去年、ある会場を紹介してくれたが、会場の規制等が厳しかったので、敢えて乗らなかったが、今年はゆっくり対応するつもり。

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2017.1/19(木)



少し原稿書く。日向太より往信。
八文字屋、今日も寂しい。ヤバイ!木戸衛一さん&マーフィー ・マホン博士(京大大学院法学研究科ドイツ植民地論、アイルランド出身)&阪大事務臨時職員?そして、カロリーヌ・ロートの教え子のアレックス(出雲信仰研究)誕生日の段ちゃんのみ。
アレックスには、村井康彦の「出雲と伊勢」原武史「《出雲》という思想」を教える。

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2017.1/18(水)



12:00起床。
静か過ぎるくらい静かな夜だった。
3:20帰宅。日向太のアメリカのUSMLEのSTEP1高得点合格との朗報あり。ブラウン大に2018年10月まで在籍。日向太にはフィアンセがいた!親父も頑張らねば。
浅利ちゃんバイトなのに、寂しい夜。川嵜さん、奈良井さん、まやちゃん&同伴者のみ。

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2017.1/17(火)



大杉栄の誕生日(1885年)客なしは疲れる。
昼、ケータイ探しに店にいくも空し。
S用に豆乳買いに業務スーパーへ。野菜は出町。夕方、疲れて、1時間眠ってしまう。姉に貰った肉を食う。
八文字屋、8:10オープン。ケータイは貴重品入れから出て来る。姉からカボス届く。9:30まで客なし。トップは「わからん屋」での砂布均の「浅川マキを歌う」ライブ帰りに「えっ!?誰も客いないの?佐々木さんも一緒だった。誰か来るかなぁ」と言って飲み始めると、ドライバー兼シンガーのコージーさん来る。今日のライブ、天Qでのライブの反省等を喋っていた。阿部ひろえさんが八文字屋でやりたがっているとか、李知承やホンヨンウンの歌のこと。僕は偏見だけど、砂布均のマキは聴く気しない。阿部さんの「だまらっしゃい!私の歌、ちゃんとききぃや」という姿勢も苦手かも。
アルドが、後で友だちが来ると来る。男前アルドとカオリンが「男前やなぁ、男前やなぁ、モデルをやったら良いやん!」と喋り続けるのに、退屈して、ウッチーが「他所へ飲みに行く」と言い出し、少し紛糾。「カネも、ないのに、嫉妬してんのか!?」「嫉妬してへん」と言いつつ、ウッチーは何処かに行き、外のカオリンから「ウッチーが戻って来たら、よろしく」と電話入る。
ナッちゃんは先日、知らない女性とドイツ系日本人と3人でクリスマスパーティーをやり、別れ際にその女性が元ほんやら洞バイトと判りビックリしたと言う。インドにも言っていた甲南大学、立命大、同女大と転々とした由美ちゃんだった。ナッちゃんは、イケメンの同志社大5回生(美学)&美女同志社英文科生を連れてくる。
アルドの連れて来た女性は伊藤公雄教授の学生24歳で右翼思想研究として「ヘイトスピーチのフィールドワークしている」ジョルジィ(通称、ジョジョ)。琢ちゃんが関心を持って突っ込んで喋っていたが、エストニア人がいると判ると、彼女を放りだし(笑)、エストニア人に走る。早速、FB友だちになる。アルドに段ちゃんが東北大学出身と紹介。共通の教授あり。アルド、研究した仏教思想についての薀蓄を傾ける一幕もある。アルドから祇園祭に参加したいと頼まれていたのを思い出す。彼、留守中のバイトも希望している。彼とジョジョにイタリア展をプッシュして、と頼む。
今晩の功労者ナッちゃんは酔っ払いの女性を家までおくったりで支払いのカネが足りなくなったりしたが、エストニアの客を招じ入れたりで、疲れてダウン始発待ち。エストニア人のひとりは、太極拳をやっていると言う東大の元吉見俊哉の研究室。津村喬のことを喋ったが、知らなかった。津村らはフィンランドだったか。梨木果歩のことも。段ちゃんに近況を聴く。琢ちゃんは、しきりにナッちゃんに段ちゃんの家に泊まりに行け!説得するも空し。
5:00帰宅。

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2017.1/16(月)



ほんやら洞全焼二周年記念日。昨夜帰宅後プリント探し。
ちょっと厳しい12時間だった。やや疲れ気味。
11:00からシルヴァンの家で打ち合わせ。パトリック館長に第一便として、全紙プリント(ネガ焼失分)を中心に53点持って帰って貰うことにした。会期は、5月後半から8週間。バカンス前まで。9月中旬まで休館だが、その間も通行人がガラス越しに見えるように展示。売り方、見せ方を相談。「揺りかごから墓場一歩手前まで」の「女たち」パトリック53点持って帰る。
グザヴィエ、ナディアの家付近に家を建てているとのこと。ゆうべ、ナディアとシルヴァン、スカイプで喋る。
記念日来店サービス、干柿提供、客4人、JPSの柴田明蘭&金城さん、CNNを見たニューヨークからの、7つ仕事掛け持ちの26歳の男、琢ちゃん。
住宅ローンの話、ルパンの家の保証人話も。

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2017.1/15(日)



寝たのが5:20?
三十三間堂通し矢、ルネ朝食諦める。
1:00すぎ鴨川散策、三角州、糺ノ森、御所、高野川をウロウロ。
100円で高橋睦郎「言葉の王国」を買い、コレクションで、コーヒー飲みながらめくる。
4:30また、雪、激しくなる。

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2017.1/14(土)


早く目を覚ましたが、寒いので、布団でゆっくりすごす。

3:45段階で降ってきた。
去年、一昨年と家、店とも全く冷暖房がなかったが、今年は八文字屋、エアコン復活したので、今のとこ、しのげる。
明後日はほんやら洞全焼二周年記念日で、それまでに書下ろし「ほんやら洞の青春」を出したかったが、不調の日々が続いて間に合わなかった。その内に。というわけで、その中の「ほびっとからほんやら洞へ」の件の草稿の一部をFBにUPして、夜、八文字屋の来客と干柿でも食いながら今春の計画を喋る。
客なしと踏んでいたが、四国中央市の鈴木さん、ママカリ持参。まやちゃんにでんわも虚し。宴会中とか。周平さんが、軍事オタクの知人を同伴。奈良井さん、ウッチー&カオリン、ミルトンも来店。感謝!鬼平三本も見た。
帰宅4:10。

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2017.1/13(金)



八文字屋、ずっとトイレの手洗いの水道から水が出ず、大家さんに修理を繰り返しお願いしているのに、全く手を打ってくれない。
なのに、水回りに故障がない家賃を要求してくる。
この3年来のトラブルもどういう形で決着がついたのかを書面で明示してくれもしない。普通なら過払い金が発生していると見るのでは?
そう思い、次のメールを送る。

今日、入金を!とのことですが、申し訳ありません。本日は、エアコン修理代の支払いがあり、希望に添えません。16日以降随時入金となりますが、それに関して、その前に、顧問弁護士からの要望をお伝えします。大家さんとの従来からのトラブルは如何なる形で解決をみたのか文書での明示を戴きたい、と。
と言うのも、再三お願いしている契約時から故障して、殆ど機能しいないトイレの手洗いの水道の蛇口まで水が上がって来ていない件、未だ修理して頂けないということは、家賃の過払い金が発生していると見るべきではないのかとのことで、その辺について大家さんはどう考えているのか、拝聴したいとのことです。
当方としても、問題をやたら増幅したくないので、ご教示願います。

これに対する応答を見る気もしない。
ルネで、今月号の「新潮」「文学界」立ち読み。両方欲しいが、金はなし。
疲労困憊している。ルネ往復でぐったり。肩の関節もいかれている。トイレットペーパー、夜の仕入れを済ますと、預金ゼロの手許残金635円の、またまたどん底生活に舞い戻る。
4:30帰宅。今晩も素晴らしいお客さんばかりだった。
有馬記念を取った「田舎のダイアモンド」のジョッキーのおくさん、パーバラ・ルメールさんもいたな。マルグリット&ヤニック・バージヤ夫妻が連れて来てくれた。奇妙に変則的な夜と言うべきか?
11:30までは、ブラジル人、イスラエル人、レバノン人、堺人、出町柳人、マヤちゃん&立命館の教師、府庁の隣の方しかいず寂しく終わるのかと思っていたのに、ヤニック&マルグリットのカップル、Ryotaroが来たあたりから様子が変わり、Maiちゃんも西村鮮魚店さんを連れて来て、「ペチャクチャナイト」を見たという初来店のアメリカンも4人つれで合流し、そこへノッコ&ナツキちゃんグループが現れる。Ryotaroは八文字屋は電話が、通じないので、ラビちゃんが心配して確認を頼んだらしい。グザビエは8月に家を!買い、、引っ越すらしく「グザビエ、金あるんやなぁ」とRyotaro。そりゃ、ブリア・サラヴァンの子孫だもの、と思ったが、口にはしない。西川経由の朴ちゃん懸念を口にすると「別れた嫁、仲良くしているよ。、ライブにも来てくれるし」とのこと。
「カイさん、ベイルートへヴィクトリアの案内付きで行くのなら、大丈夫。結構、治安がわるく、地元の人間でいきなり殺されることがあるが、ヴィクトリアはキレイだし、バックグラウンドがあり強いし、殺されない。カイさんはラッキー、私なんかは、ダメよ」という。
帰宅は4:00。

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2017.1/12(木)



1日の時間の配分を間違えた。店にも客が少なく眠気は相変わらずで、困ったもの。
それにしても、4ヶ月どうしようもなくだらけたな。2年、5年、10年、15年、いや、55年そうだったかも。でも、この自覚を得たのは、つい最近のこと。もうそんな訳にはいかない。
午後ひたすら歩いた。ジュンク堂には新たな甲斐コーナーが出来ていた。月曜社は気に入っているアラーキーの「東京は、秋」を再刊していた。ヒルゲートに寄り「通信」を大量に預かる。撮影行、先斗町猫公園が復活!?錦で聖護院さんの法螺貝吹きグループに遭遇。「残り福」の恵比寿さんに寄る。
今晩は木曜日、貧乏恵比寿の最終日だし(休んでいる店も多し)、寒くなって来たので、坊主を覚悟して、もしお客さんがないのなら、飲まずに原稿に向かうと思った途端にワカちゃん来店。1時間いて、ルパンの店のことを聴く。その後、「I♡歌舞伎町」の看板で有名な髙橋芳文さん連れの富家大器さん、神谷ちおり&崇矩さん夫婦が来て、1:30には閉店する。

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2017.1/11(水)



10:30起床、即、徒歩ルネ。
待ったなしだ。ルネ、郵便局、吉田、コレクション、S宅。日高六郎さん100歳。
八文字屋、トップは奈良井さん、そして、奈良の山奥で村おこしをやっているマタレーゼさん、「稲山さんは居ないか?」ときた教え子同伴の広島の高校教師のTさん。

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2017.1/10(火)



よーく考えてみたら、履いている靴が滑ったら転けるほど足腰が弱っている。歩いて歩いて歩き抜くようにならねば。
15年前もその自覚があって「手許足元不如意」てしきりに書いたが、想像を超えたスピードで生活が瞞着し続けた結果。
身近から店を止めて写真一本で行け!と言われていたが、そう出来なかったツケかな?これは。
今日からはルネ、出町往復くらいは歩こうと出かけて3時間潰す。
ゆっくり3時間歩く。
徐々に足腰が弱くなったこの20年の度重なる岐路に思い巡らしながら桝形商店街往復から周辺歩き。昨日長駆?散歩で太腿に身が入っているのを感じる。
いつもの古本屋に「伝説信康」谷川渥「芸術をめぐる言葉」杉本秀太郎訳アナトール・フランス「赤い百合」が安く出ていたので、入手。
岡林の1969年~77年は予想通り。この本は彼が42歳で書いたもの。
彼を1969年~1979年の間、撮り続けた写真家、他人だと思っていたが、そうではなかった。
写真成果なし。
Sコンソメを欲しがっていたので、マロニーと共に持参。筑前煮長持ちする。
8:00に着いたら、河合塾の新井勝憲さんが、同志社の非常勤講師の藤井幸之助が待っていた。藤井さんは3度目らしい。Tさん(7月27日誕生日)と来た。暫くふたりっきり、やがて、鹿さん、ポポちゃん、フィリップ&永井麻実さん、琢ちゃん、段ちゃん。

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2017.1/9(月)



8:00起床。鬼平。また寝て12:10に起きて洗濯干し。外は小雨。1:30Sとめし。
宵えびすに行く。途中で転けてデジカメのレンズフィルターを割る。フィルターの取り外しが利かないので、ナニワでフィルター込み9千数百円の中古レンズ(18~70ミリ)を買う。エベッサンは混んでいるわ、レンズに慣れないわで、ろくな画像を取れず帰る。筑前煮、塩シャケ、千枚漬け、トマトスープにライス、シュークリーム、ショートケーキ。
久しぶりによく歩いた。出だしがいけなかった。いきなりすってんころりん、もんどりうって転けてしまった。胸を張って背を伸ばしているつもりが、雨上がりツルツルのマンホールを踏んだわけ。足腰も相当に虚弱化している。ヒートテックをはいていたから良かったようなもの。傷口を強打。その後、写真を撮りまくり、デジカメチェックをしたら、レンズが割れていた。仕方なし、ナニワに行った次第。お陰で、この半年18~32ミリ内でしか撮れないでいたのが、今度から18~70ミリのレンズ活用出来ることになった。ポートレイトに有利か?
8:00八文字屋オープン。食べ物ありますか?という客があり、断る。
9:00過ぎに都雅都雅で馬鹿受けしたというカオリンズ、来るつもりなかったんやけどきた!と来る。ウッチー「とにかく、カオリンは凄い!」と賞賛。
12:10になっても、その後、誰も来ない。ウッチーとカオリンから「カイの言うことは、かおりん、サッちゃん、浅利しか判らない」と言われる。
日常、僕の言葉、発声はよほど理解を得られてないのか(笑)。

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2017.1/8(日)



11:00起床。雨。
ゆっくり風呂。鬼平2本。
昼、雑炊。
八文字屋、増田さん&元同僚、新谷有里さんの父&中外日報の北村さん&FB友達の中川さん?&京大の竹本処分反対闘争をやった面々総計9名、木屋町ホーンズのフライヤー持参の元気なお姉さん&旦那&あーす、今年初の川嵜さん(満州が一番キレイな中国語が残っているという。2月25日に発つ)、Kei-K来店。731部隊、松田道雄、若月俊一、原田正純らを話題に載せる熊本大学(平和構築学)準教授の石原明子さん&東北大学臨床教授の長純一さんの二人と話込む。二人を「美女と野獣」写真集にだしたら、20部買ってくれると。奈良井さんがヘリング帰りの最後に来店。
3:10帰宅。鬼平二本。

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2017.1/7(土)



朝まで鬼平を見る。ルネ。
家でゆっくりする。
夜、焼肉のお膳立て。鞠小路通り東一条上るの村屋の筋向いで火事。
八文字屋8:15。
新年の6日間、八文字屋はそこそこ順当にきたが、貧乏恵比寿を控え、これを挟んだ一週間、用心してかかる。昼間の生活も今まで通りで行くつもりだったが、やはり、難関あり。一層、マイペースを強めるに如くはない。
トップ客はかつてほんやら洞の常連さんだった大阪の不動産さんら3人。そして、濱ちゃん、草葉さん、絵描きの東京女性&烏丸御池のIT企業勤務男、桃山学院の教師が岐阜の知人同伴とつづいて切れる。京大で文学をやっているアルド・ルッソさん、脳科学の研究者のイギリスからのタテさんら4人、その前は、ドイツのキレイな女性ら3人が来てくれ、ほんとに八文字屋は、かつてのほんやら洞のお客さんと留学生たちに支えられていると、新年から痛感。2:30客が居なくなり、閉めようとしたら、若い女性二人がドアを開けたが、入らず、こっちも断るつもりだった。戻って、鬼平。

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2017.1/6(金)



目を覚ましたのは、7:30でメガネを掛けたまま寝ていて、つるを折る。
9:30帰宅。
2年前の今日に、月曜社用の原稿の「前書き」として次のようなことを書いている。ほんやら洞火災は、この10日後。で、原稿のピッチがガクンと落ちたのだった。

京都市の左京区と上京区を分かつ賀茂川が高野川と合流して鴨川となるあたりに、出町という一種独特な趣きと賑わいのある界隈がある。ここを今出川通りにそって少し西に行くと、御所を含む大原口町がある。昔の京の七口の名残りの町名だ。かっては、御所の垣根はなく、一帯には賀與丁、公家、御所御用達が住み、踵を接して無縁公界の巷所が連なっていた。幕末には、志士、草莽、刺客がそこらじゅうに潜み、勤王方と佐幕派の激突も珍しくなく、「朝、戸を開けると、ドボヅケのような腕が転がっていた」との証言を伝える質屋のおばあさんたちが40年までは健在だった。
明治以降は、その風評と廃仏毀釈の嵐と天皇家に付き従う商人もいて、一時、荒れ放題で、相国寺が、酒と土地をやるから住んでくれと言っていたようだ。
1960年代末から70年代は、京大、同志社大学、同女大、立命館広小路キャンパス、府立医大、京都文学学校、成安短大、平安女短大、橘女短大、大谷大、京都芸短大、精華短大、京産大の学生ら闊歩する京都最大の学生街になった。現在は、学生街の王座を百万遍に奪われた。
この一角に、その各大学の学生がさながら、吸い込まれるようにして通った喫茶店があった、いや、いまなお健在だ。「全共闘の拠点」「淫魔の巣」「岡林信康の店」「関西フォークのメッカ」といつしか伝説が生まれたカウンターカルチャーのセンターとも言うべき、「ほんやら洞」がある。
70年代は、東の「京大西部講堂」プラス吉田山麓のBAR「白樺」と並び称せられた創造的若者の拠点だ。東西の両者の拠点を軸にして京都の若者文化は楕円運動を展開していた。両者を語ることが京都文化を語ることになると言われた季節もあった。
ほんやら洞と白樺との比較の誘惑もあるが、それは、私の任ではない。京都では、新参者だが、ライブハウスとしても拾得、磔磔より、先駆的であり、東京経由でない活動を展開したわが「ほんやら洞」では、朝鮮語、英語、フランス語教室もあり、国際主義の風が流れていた。
スタッフには当時の時流のご多分に漏れず、髭もじゃ、長髪の男、ウィメンズ・リブの余波もあっての悩殺的ノーブラ、ミニスカ美女に留学美女が居た。
この店は、勢力こそ衰えはすれど、今なお健在である。表にはポスター、フライヤー類が貼られ、60年代を髣髴させる喫茶店である。
1972年に東京、金沢、大阪からの若者仲間の援軍もをえて、ヒッピーたちがゆっくり時間を掛けてつくった都会のオアシス的喫茶店である。開店当時は、朝から夜まで一日に数百人の客で賑わった。しばらくすると「南ベトナム政治犯を釈放する運動・京都」「わいせつ裁判を調査する会」「韓国政治犯救援」の事務局の看板も掲げられ、西日本最大の市民運動、フォーク運動の拠点と化して行った。ここは思わぬ出会いの場でもあり、何時間もたむろ出来た。詩人、作家、アーチスト、ルンプロ、投宿目当ての欧米からのバックパッカーがいた。店の一角には、ミニコミ棚があり、客の落書き帳もあった。受験生の勉強の場でもある奇跡的空間だった。
この店もバブル期に次第に変容を遂げたものの、いまなお隠然たる人気を誇っている。メンテナンスを怠り、荒み気味だが、往年の名所訪れる昔の常連、《ロンリー・プラネット》を片手に押し寄せる外国人観光客が支える。構造的不景気に次ぐ、逆行的社会編成が進行する今日、店としても開店時の初心に戻り、開店40数年間に蓄積されたネットワークを活用して、閉塞状況に風穴を開けるべく、ライブ、ブックフェア、個展、映画会、パーティ等の創造的対抗企画に精力を費やしている。おかげで、全国メディア的には、この店自体が映画の舞台やモデルにもなり、外国の『京都通』の間では一層の人気を獲得しつつある。が、実質客層の高齢化は避け難く、いまこそ、この豊かな土壌に話を咲かせる若きキーパーソンの出現が待たれるところだ。その一抹の寂しさも店の風格に陰影を添え、根強いファンがつく根拠だ、というのは強弁か。
創立メンバー大半が店の現状に関して無頓着な中にあって、開店当時は最年少の私がいわば孤塁を守っている感は否めず、ほんやら洞の懐かりし日々を記録に留めた後は、後進に店を譲り、未発掘のネガ200万コマを抱えた写真家として、人生のラストステージをより充実したものにするための生活基盤を遅ればせながら、整える時かもしれない。
本書は、創造的集団の創生の場に遭遇した短絡的ドロップアウトによる記録であり、喘ぎでもある。ここには、70年前後の創造的集団の揺らぎと秘密の核心がある。苦しい末路を辿る筆者の悲喜劇の「受活」であり、つまり、「愉しかりし日々」の記憶があかされている。
貧富の二極化が進行する現行社会にあって、創造的非正規雇用者が、40数年前の私のような田舎からぽっと出の「無能の人」の青春の軌跡を見つめることで、いくばくかの活路開拓の道に繋がるだろうか。
ここで記述したほんやら洞草創期の記憶は、長らく座敷童的存在であった筆者特有ものかも知れず、少し後の時期の捨てがたき記憶は、紙幅の都合上、割愛した。
本書を生き難き時代を生きる二人の息子、日向太、海人彦に、そして43年のほんやら洞を支えてきた数百人のスタッフに捧げたい。保有する何十冊もの日記、資料を参照することもなく、一筆描きとは行かないが、思い出すまま記した乱雑で偏見に満ちた記録で、思わぬ勘違いもあるだろうが、ご容赦下さい。
(これも大幅なリライトが必要)

買物をしてSの家、筑前煮作り足す。「谷川雁詩集」(思潮社)を100円で買う。初版は、1968年1月1日とある。
八文字屋のヴィクトリア休み。Maoさんに休みメール。白川書院の山岡祐子さんに「鴨川周遊」を出してくれないか?と年賀状を出す。
7:40八文字屋オープン。稲山さん即来店。予告があったと言う三上晋司さん、来ず。フランスの若者三人。上智大学に一学期留学経験のあるサラロレンス大学出身の29歳の小説家Jacob Ritariさん(台湾を舞台の小説とのこと、ハーバード大学のエクステンション・プログラム)が清水哲男さんの紹介で来る。祖父がウェズリアン大学の教授。CNNほんやら洞ニュースを見ていた。時事通信社の京都支局長が友人と来店。初紀井さん、初オイタさん、奈良井さんも。神戸と東京からのカップル(伊藤さん、今泉さん)、最後に、1月9日からアメリカへ仕事で行く山田拓広さん。
山拓さんに、最近の大家との状況、八文字屋の移転の可能性を問い質される。
こんなことを書いたら、身も蓋も無いが、稲山園長防衛のためには、FBに、以下のように、描かずもがなのこを書いてUPする。
鹿児島の作家・清水哲男さんの紹介でアメリカの小説家・Jacob Ritariさん(29歳)がやって帰宅。お祖父さんがウェズリアン大学で仏教の教授をしているとか。
稲山さんは、知人との約束できたのに、振られたらしく、時間潰しに来たので、待ち人来るまで、今かいているが殆んど進んでない次のような原稿のエッセンスを面白可笑しく喋った。
先日、ボブ・ディランがノーベル賞を受賞した際に各新聞社から、ディランの全詩集の邦訳者である片桐ユズルの談話を取るのに彼とのコンタクトを依頼されたかろ、片桐は取材取材を拒否し続けた。そして、その理由として片桐の「僕はディランのことをよく知らないのだ。信頼するシンガーが素晴らしいと言ったから僕はただ訳しただけなんだ。ただ、あのダミ声が良かったんだよね」というディランに対する本音の感想が伝わって来た。実際、片桐ユズルがディランを称揚するのを聴いたことがない。その「信頼するシンガー」というのは、真崎義博で60年代の一時期「コンミューン」と称して中尾ハジメ夫妻と彼の夫妻が共同生活をしていたボロ・ディランの名でボブ・ディランの「ノース・カントリー・ブルース」を「炭鉱町のブルース」という形で歌っており、70年代初めにカーロス・カスタネダの「ドン・ファンの教え」やD・H・ソローの「ウォルデン」の訳者として知られるようになっていた。彼は高石友也と並んで60年代のライブシーンでは、ボブ・ディランの先駆的紹介者だった。その頃、この曲で中川五郎がこの曲で「受験生ブルース」を歌い、「これは、暗いので、高石友也もっとボピュラリティのある曲に編曲して、一世を風靡した云々」と書いていることを面白可笑しく、しゃべった。
こんな由無し事を喋る僕に付き合ってくれる稲山さんに感謝。
今度は、僕が内村鑑三「代表的日本人」をよんで彼に質問をする日を設定する約束をする。いずれ、「ほんやら洞通信」(紙版・電子版)作りに発展させるつもり。
その後、坂口安吾の古代史のレポートもする予定。また、「天草の乱以降の延岡藩の転封問題と隠れキリシタン」についても喋ると約束。
有為な学者を変な方向変な引っ張ってないか、少し心配もしている。

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2017.1/5(木)



ルネ、コレクション、年賀状、もう二枚書き落とし。
Sに決意の程を問い質される。自身、もっと深い所から問い質す必要あり。
八文字屋。
台北に安く鋳造をやってくれる職人を発見したと言う木村仁、その作品をシンガポールへ運ぶという。樋口まやさん、稲山さん、府庁の野村さんの一行、ジョン&フランク・ドントニオ兄弟。彼らのお祖父さんは第2次世界大戦時にアメリカ人として故郷のイタリアを空爆した経験があり、祖父は、父親に兵役につくように説得したが、父親は、兵役を拒否したとのこと。父親は磔磔創立に関わった。母は八瀬出身。兄は、ハリウッドで照明の仕事、弟は、和歌山の山中で村おこしの仕事に従事。ハリウッドの彼の周辺では、70年代の京都を舞台にした映画が欲しいなぁという話題が多いらしく、甲斐さん、作りませんかと言うので、よっしゃと言う。書下ろしを早く済ませよう。後は畔地君。3:30閉店。
店で寝崩れる。

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2017.1/4(水)


姉は正月不調で「ゴッドファーザー」「ホビットの冒険」ばかりをみていたという。俳句より短歌が好きなのだけど、短歌に好きな先生が居ないらしく、 本を送って上げたいが、僕の方に精神的余裕なし。

出町、営業しているのは、古本屋、井上久、ドーナッツ屋のみ。仕方なく、頼まれたキューリを田中で一本88円で買う。
KG+に書類を送る。経歴、Sに適当にピックアップして貰う。人見さんが今回は売りましょうと言ってくれるので、受賞歴も。2014年に受賞したのは「ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール」(SNBAの頭文字の略号で知られる)、つまり、フランス国民美術協会(フランスで最もオーセンティックな美術サロンで王立美術協会以来の伝統を持つ)のジャン・ラビリエール特別賞。個展のタイトルは、「鴨川周遊 」“Sentimental Journey around the Kamo river.”コンセプトを書く欄があったので「鴨川流域周辺における市民的営為(喜怒哀楽)の70年代と今日の比較対照、もしくは作家の市民的的投企の変遷」と記入した。

Contrast of citizen's feeling toward to the Kamo River between 70's and 40 years after, or difference of photographer's commitment to the Kamo river.

会期中のイベントとして、5月9日午後6:00新作出版予定写真集“Sentimental Journey around the Kamo river”(出版記念)のライブでは、カオリンズに歌って貰う。
会期中常時放映 は、ヌーイン・リ監督「京都と甲斐」他。スポンサーの許可が下りれば、「ほんやら洞の甲斐さん」も。
モノクロで、Under the construction of Kamogawa floor as seasonal tradition around Ponto-cho area(京都先斗町の夏の風物詩「床」設営中)と最近まで在日朝鮮人・韓国人が住んでいた鴨川河川敷Higashi Kujo ゼロ番地(正式には、松ノ木町40番地)の画像も送ったが、肝心な出てこないネガ多し。もっと家に居て、作業をする必要あり。
確定申告終了後探す。
Sと書き初め。天網恢恢疎にして漏らさず、起死回生、明晰如鏡を。FBにUPし、笑いを取る。
八文字屋トップ客は、今日も奈良井さん。小春ちゃんのお兄ちゃん、太郎君は友人ふたり同伴。
また、今日も、先日若いのに急死した新京極商店街の理事長、井上泰宏さんが呼び寄せてくれたとも言える約30年ぶりにお客さん、東郷一重さん(「元気な事務所」代表取締役)が同社の取締役・プロデューサーの向賢さんを同伴来店。30年程前の新京極映画『KYO』(倉田右山監督)の主演女優と来て以来のことだった。僕がKYOを覚えているだけで喜んでくれた。主演女優を気にいっていたと。
3:00帰宅。まだ、必殺仕置人を見ている。

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2017.1/3(火)



ウーハオ、ハインラインからメール。
Sと田中神社。孔雀みくじ、孔雀守がある。画像UPに「いいね」107。写真をUPして「いいね」が200付くのが、今年の目標。
ずっと、白と黒の孔雀がこの神社にいたが、今では一羽だけだが、これを売りにしている。キレイな宮司さんを撮り損なった。
既に「京都愛しの美女たち」に後ろ姿を収めているが、今日は、貫録を感じたのに、指がシャッターに伸びなかった。
神社に行っても何も思わない性分。でも、北沢さんが亡くなったのは、僕の今の歳より若かったのだとかは思いだす。その類のことを「ほんやら洞の青春」に書いているが、中でも余人には知られざるエピソードを段ちゃんに一頻りする。お陰で?段ちゃん残部僅少の黒川創が一番好きという拙写真集「我らが仲間」を買ってくれた。彼に日高六郎さんはもう直ぐ100歳になるという話もする。

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2017.1/2(月)



グザヴィエからメールあり。
日中、一歩も外へ出ず、「笑う警官」読了。飯も食わず。業務スーパーの買い物にも間に合わず。梶田さん、奈良井さんに黒べえで時間を潰させてしまう。奈良井さん、相変わらず、ハイテンション。梶田さんは夏に八文字屋写真展とのこと。周平さんは、寝屋川のイシドロ窯の石田博さんが同伴した白樺のラグビーの男とラグビーについて白熱。皆が帰った後に、ゆうじさん&上田晃久の親子、「来年はブダペストで、個展をやろう」と言う西川さん&立松さん、深夜、久しぶりに川井遊木さんも来店。ゆうじさんと入れ違いでミルトンも。西川さんは八文字屋泊まり。

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2017.1/1(日)



12:50に鈴木さんが引き上げてからは誰も居なくなったところに、段ちゃんがきてくれる。2016年は公私に渡って良い年だったという。奈良井さんが台湾土産持参。「やっと『追憶のほんやら洞』読みましたよ、凄い人脈ね」とヤマノヤさん、エリオもきてこれで終わりかなと思っていると、ハマちゃんが来て、ルパン、ヨルノさん、閔ちゃん、ルパンに寄り添う女性が追随して、4:40まで営業。ルパンが、頻りに「濱ちゃんを褒めて、褒めて、僕、濱ちゃんに頼むことがあるんだ」と例の口調。どうせ煽てて利益誘導を図るのだろう、と可笑しくなる。濱ちゃんもおちょくり的持ち上げに引っかかる程アホでもなかろう。
奈良井さん、アサリちゃんとの婚約話?に関して「どちらも半信半疑なの」と表現して笑わせてくれる。店はやはり、長丁場。5:50閉店。

100年前の古文書を巡って、付近の大学の先生と意見が分かれ、無視されて、くそっ!と思っているところ、白川通りの喫茶店でマイちゃんと会い、喋っていると、そこに件の先生がマイちゃんに会いにきて、マイちゃんと歓談ときた、一瞬どうなっているの!?と思う夢を見ていた。

昼、久しぶりに風呂。後は何もせず。佐々木譲「笑う警官」をすこし。
毎年、元旦のお客さんは2~3人だが、今日はありやなしやの思いで、それでも開け続ける。かつては、エンゲルベルト・ヨリッセン教授がトップというのが定番。松ちゃんのトップも数年続いた。今年こそ、松ちゃん、来ないかなぁと思っている。もう数ヶ月顔を出してない。とかなんとか思いつつ、ノンベンだらり、本を読み散らし、客待ちをしている。
醪味噌持参のカオリンズ、やがて海人彦に家へ呼ばれて出て行くワッキー、親戚から貰ったお節料理持参の奈良井さんだけです。お節はみんなで戴く。
カオリンズに5月9日「鴨川周遊」写真展のオープニングで歌ってよ!という。
深夜、「必殺仕事人第57話 逆さ大どんでん崩し」(1980年6月27日放映)を見た。このシリーズの中でも出色の出来と見た。北沢恒彦が何故、藤田まことの「必殺」を好んでいたかが良く判るものだった。

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カイ日乗



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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








お知らせ&イベント

(11/7更新)

カイ日乗 9/1〜30まで更新しました。
イベント情報更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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