2016.11/30(水)



11:15ルネ。今日から頑張る。
昨日はこなれてもない、重複の多い、しかも、欠落も多い原稿を月曜社に送ってしまった。
この1~2ヶ月でピリッとしたものに仕上げて送らねば。
2~3日置きに、ちゃんとチェックしたものを送る。FBを弄り倒している場合でない。
年末のお客さん対応もあるが。
それにしても八文字屋の大家はどうしたのか?
2ヶ月半の対応がおかしい。何が起こっても良いように気組みをしておこう。
ドキュメンタリーを撮ってくれているウィル・ステュアートさんが拙写真集「生前遺作集」(コトコト)がイギリスの友人にプレゼントするのに欲しいというので、マルゼンに行った。
レジで「(書肆山田の鈴木)一民さんとお店に行きました」と若い女性に言われた。名札に森田とあった。
また、ここに来るぞと、思った。
最後の2時間は、イケメンのイタリアン、ジャーマンを側目にチーちゃんと二人っきり。段ちゃんが来ないかなぁ、浅利ちゃんも連絡ないなぁと二人で駄弁りつつ「浅利ちゃん」を連呼しながら眠ってしまったスシボンを脇に、「美女と野獣」写真はオイタさんと一緒がいいと告白?するチーちゃんと飲み倒す。
八文字屋は、2:00に閉店します。
琴古流の大師範、寄田真見乃さん、イケメンのイタリアン(シシリアン)、ジャーマンも勢揃い。ドゥニ、川嵜さんも今年は八文字屋最後の夜。
徳之島で20数年、農業指導にあたった奥田さんは、メンツを見て、カウンターに座れぬと判断して帰ってしまう。


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2016.11/29(火)



10:00起床。不調。
五郎さんのFBでレナード・コーエンの追悼記事を見る。それに「多忙を極める1ヶ月間の連日のツアーの合間合間を縫って中川五郎さんが、レナード・コーエンのLater Works『ユー・ウォント・イット・ダーカー』を聴き続けながら、思索を深めて行く様子が窺われる。この曲を聴いての戸惑い、書き始めた段階での杞憂、訃報後の悲しみ、遺作というものについての思索、今後発表されるかも知れない作品への期待などが表明されている。」と書き込む。
200過ぎまで、家でダラダラ。
ルネ。月曜社に少し原稿を送る。全くこなれてない。
大塚ひかりの本2冊入手。「本当はひどかった昔の日本」「本当はエロかった昔の日本」(共に新潮社)。
ロンドクレアントにいく。末松よしみつさんに会う。開店当時からのほんやら洞の客で、ミュージシャン。ギター。
炊き込みご飯。
youtubeで「731部隊と医者たち」を見る。
10:45勝賀瀬重徳監督、髙橋厳監督、勝賀瀬監督の姉夫婦来店。実相寺昭雄監督はウルトラマンものから「本郷菊富士ホテル」「救世軍廃娼運動」「池袋モンパルナス」「京都買います」も撮っている。
勝賀瀬重徳監督の「KANTOKU実相寺昭雄」は12月7日夜上映。髙橋厳監督には村山富市元首相出演、松田龍平出演の「八月のかりゆし」がある。

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2016.11/28(月)



朝6:02に微震あり(後で、鹿さんからそんなのなかった。気象庁でも記載なしと言われる)。
すっかり昼間の過ごし方のペースがゴチャゴチャになってしまった。ヤケクソ気味。
今日も何も出来なかった。「敗北力」から少し抜き書きしただけ。
ルネ前で段ちゃんに会う。アロンアルファを探しているのだという。
ルネは眠くなるが、コレクションはOK。でも、作業、進まず。
八文字屋、ゆうじさんが写真家の溝渕さんを同伴。トランスジェンダーの彼?来店。溝渕さんがしきりに「お姉さん、ごめんね、うるそうして!」という。
次に来たのは、11:00前の奈良井さん。川嵜さんの送別会の二次会はサキミヤさんのいる「ペーパームーン」に流れたという。後で、ドゥニ、鹿さん、浅利ちゃんが流れて来る。(会にはドゥニはマサミちゃんというGF同伴したとのこと。)
どういう拍子か?浅利ちゃんが路上でおっさんに1万円をやるからオレのマスカキを見てくれ!言われて、見て1万円を貰った事があるという話になる。その時、チーちゃん、オイタさんは生??という話。
琢ちゃん、深夜には段ちゃんも来て、3:00前には閉店。
デジカメからiPadで画像を上げるメディア紛失。

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2016.11/27(日)



ずっと雨。
昼食は3:00肉じゃがうどん。
雨の日曜日、バイトの浅利ちゃんもいず、奈良井グループは奈良井宅で鍋会あり、客は見込めず、久しぶりにゆっくり休んで9:00にでもオープンと思い、夕食の雑炊を食べている最中に山拓さんより「何時オープン?」とTelあり、速攻。立命館の探検部グループ5人だった。
四国中央市の鈴木さんも福島での企業見物かえりに東京バナナをお土産に来店。やや時間を置いて、祇園でのパーティお呼ばれの帰りの鹿さんが23歳の新同僚同伴。遅く浅利ちゃんが居ると思ってチーちゃんが松茸ご飯4人分ほど持参。食べる客なしで、有り難く戴く。
深夜、九州の姉から電話。
服部秀雄著「河原ノ者・非人・秀吉」(山川出版2012)を読んでるが、とても面白いという。
酔っていて、ふんふんと聴いていたが、ウチに帰ってから、「待てよ、それは、前に買って途中まで読み、姉に送ろうと思っていた本ではないか」と思いだす。毎日出版文化賞を取ったやつだ。
ほんと忘れっぽくなった。
姉は歳時記を欲しがっていたのに、こんなのを読んでいるのだ、やはりと笑う。
2:00過ぎに帰宅。
今日も何も出来なかった。
必殺仕事人を見て寝る。

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2016.11/26(土)



ルネの後、キャンパスでヴィクトリアに遭遇、コレクション、散歩(では、田中国男さんに遭遇)、カナートで買物、肉じゃが作り、八文字屋。
バイト。Maoちゃん。DM持参。Maoちゃんが最初に一緒に来たのは、京大日本中世史の佐藤稜介(学部は同志社)さん。奈良井さん直ぐに来店、ドゥニも。Maoちゃんを月曜日パーティに誘う。国分寺ほんやら洞の中山ラビさん紹介の鈴木さん来店。チベット、ブータンを話題に載せる放送大学の学生らしき女性と朴訥な男、更に長居したのはトマ・オルソン&川井亜佳音・オルソンさん(夫婦)。亜佳音さんの父親は山森公美子(パークスの母親)と朱雀高校の同級生。アドリーヌは3:00過ぎに帰り、段ちゃんで3:30まで。4:30まで居眠り。雨の中を帰宅。5:15。

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2016.11/25(金)



衣替え。
午後、天神さんに行く前に「ふらんす」を買う。
今月は橋爪功さんが「フランスと私」エッセイ欄担当。次号は渡辺守章。
買えなかったが池野絢子著「アルテ・ポーヴェラ 戦後イタリアにおける芸術・生・政治」(慶応大学出版会)をめくる。欲しい。
天神さんは1時間ちょい。出町の古本屋も覗く。
姉用に石牟礼道子「椿の海の記」を買う。島尾敏雄「死の棘」松田道雄「ロシア革命」も100円だったので、買う。ブコウスキーは少し高かったが、3冊あり、今日は買えず。
3:00閉店。イギリスの映画監督ウィル・ステュアート&サユミさん、奈良井さん、稲山さん、ミルトン&同伴の初対面の男(他所の飲み屋で隣り合わせた)、アレックス&エンゾウ(スイス)、初来店のメトロ専属カメラマン久田元太さんら、京大院生の野添愛さん、サーシャ(後2,3ヶ月で帰国)は来日の折りは、八文字屋でバイトとか?

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2016.11/24(木)



夢。
オープンカフェほんやら洞に若者沢山来店。カレー、バナナジュース、トマトジュースの注文が多く、慌てて買い物に行こうとするがミキサーが壊れているのに気づく。、細くなったフクスケが来て、「甲斐さん、太った?」と言うので「顔だけね」と返答。彼、急いでいるので、注文せずに帰るわと、言う。公園が、ほんやら洞だ。

ヨッシーの「かねよ案内」に志賀義雄のことを書き込むと、「もっと調べてみたい」と応答。

寝直して夢。
営業時間外のまるで満寿形屋(桝形通り)みたいなスタンドのドアを開けてると、かねよの食事に飽きたのか?ヨッシーがレオ(起きている間に、3年前のレオの八文字屋写真を再度UPしたばかり)がテーブルに座り何事か相談中だった。
食事を済ませ、近くに外出。そこへヨッシーからメール「何か用事でした?」。いえ、何もと、応答。スタンドに支払い行く。スタンドの人が「ご一緒の会計で?」言い、ヨッシーが「ええ」と言うと、「230円です」と言う。

兪正根さんとの会話をもっと書いて、FBのブログをUPと考えたが、長くなりそうなので、断念。それより、原稿を。
バッファリンをS用に買う。
コートの物色に行ったが、サイズがあわず、諦める。
白水社の鈴木さんより、雑誌「ふらんす」の巻頭エッセイ依頼のメール。

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2016.11/23(水)



画像を消すのに、2時間以上かかった。
12:30Sに呼びだされ、うどんを食って、洛北散歩。詩仙堂、八大神社にいく。
浅利ちゃんバイト。
夕方、キーマカレー。
八文字屋には浅利ちゃんが入る。9:00までに鹿さん、川嵜さん来店。
鹿さん、川嵜さん、河田孝郎さん&沖縄の女性&元精華大学のテキスタイルの先生、奈良井さん、ドゥニ、ポポちゃん&大和大路五条下ルの陶器屋さん。12:20に誰も居なくなる。
2:00閉店。3:00帰宅。

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2016.11/22(火)



昨日はゆうじさんの自慢話をメモしようと思うが止す。
もう五時か、寝過ごした!やばい。体力なくなったなぁ。こんなにも眠ってしまって。早く店に行かねば、14時間もねたか?ルネで蕎麦でも引っ掛けて店へ行かなくっちゃ、2~3日前のに書き足したかったのに、昨日のブログすら書けなかった。原稿を書けなかったりしたらどうなる!暗がりの中を出ていった。暫く連絡を取っていない姉にTelするのにもケータイを忘れた。京大のキャンパスには人っ子ひとりとしていない。11月祭の後に休日があったっけ?あれれ、ルネへ通じる坂道に出る門に施錠が、やはり休日だ。仕方ない、回り込もう。ルネはどうかな?ルネの前に着く、人っ子ひとり居ない。休みか?じゃ、仕方ない、なか卯でウニ丼だ、その方がメガネ屋にも行ける。夕陽の照り返しも月もないのに、不気味な明るさだ。鴨川にもひと気がない。五位鷺だけを撮る。三条まで行き寝てる男もいた。戒厳令の夜でもあるまいに、月曜でないはずなのに眠眠までもが閉まるか?やはり、変だ、木屋町に出て辺りを見渡すがどこにも人がない!シャッターが閉まっている。待てよぉ~……。
なんだか少し明るくなったと感じる。よく見るとビル掃除のおばちゃんがいる。ああ、朝なんだ、オレは二時間しか寝てないのに、飛びだして来たのだと思い、ガックリ来る。鴨川を引き返した。
結局、寝ぼけ眼で鴨川を1.5時間往復した。
朝から夢遊病者みたいだった。
さあ、寝直そう!

8:00に寝て11:30に起きる。
昨夜は、 ゆうじさんの一代記?のさわりを聴く。
1941年生まれで、高卒後、家出して立川基地で働き、遠縁に長勇がいて保険会社から、長と親しい元北一輝のボディガード(戦時下の上海、ハノイで100名の特務機関員を率いて地下活動をすると同時に『慰安所』を作って回っていた)許斐氏利の日本最初の「トルコ風呂」となる東京温泉系列のレストランで、脱税13億円を即座に払ったりするのを目の当たりしたり、社会のなんたるかを学ぶことになり、帰洛後、創業大正3年の京都駅観光ビルに入っている家業の理髪店を継ぎ、現在は億の金をキープし、昨日も売上は50万円あったが、今後は嫁娘に今の仕事を任せ、自身は老後の生活(仕事)を目論んでいるというY氏の先代、先先代の仕事等を2時間半たっぷり聴く。お客は氏しか居なかった。氏が50歳を過ぎてから生まれた息子・晃久にも、この話を聞かせるつもりだ。ゆうじさんに晃久君にマンガ化させたら、如何?という。
フクイチ沖で、マグニチュード7.4の地震ある。
鶴見俊輔の「敗北力」を買う。
八文字屋の客は4人のみ。
オイタさん、ゆうじさん、山拓さん、段ちゃんで終わり。朝5時までカウンターで座ったまま眠っていた。

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2016.11/21(月)



昨日買ったばかりのメガネを探し回る。
けっきょく、カウンターの嫌な防水トレイ?の地べたにゴミとともにあったが、保護色?に近く踏み潰していた。
八文字屋は、ゆうじさんともう一人来たのは誰だったか?

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2016.11/20(日)



「写真の秘密」で魅了された老作家「《挫折》の小説家」とも言われる当年97歳の短編小説の名手ロジェ・グルニエの新刊「パリはわが町」(みすず書房・宮下志朗訳)を読み終えるのが惜しいと思いつつ終えた。
パリ解放という歴史的大事件をメルクマールとする「大きな出来事」の周辺に、作家周辺の悲喜交々たる「小さな事件」を場所や広場を記憶の源泉(引出し)にして自らのライフストーリーを、有名無名の人びととの出会いを、人生の悲哀を、喜怒哀楽をさらりと断章形式で物語ってみせる。パリ解放では、作家自身も銃をこそ持たないが、銃撃、砲撃戦の中、レポとして走り回ったり、外交交渉の場に行き合わせたりする場を抑制のきいた筆致で描いている。本書の中ではこの市役所立て篭もりの場が一番長く20ページ強あるが、他は時系列に沿った珠玉の一滴を味わうようなシーンを、時にはラジオのインタビューアーの仕事の中で語ってみせる。90年以上のへんぺん極まりない作家のライフストーリーをかくもあっさり描く筆致は見事である。その節々にジュネ、カミュ、バタイユ、ブラッサイ、ヘミングウェイ、オーウェル、フォークナー、ピカソといった綺羅星のような作家、アーチストたちが横顔、後ろ姿を一瞬見せる様が独特の口調で物語られては消えていく。
「写真の秘密」と同様に、「読書の快楽」を提供してくれるこの作家の他の邦訳も、やはり、全て読みたいが、多分そんな時間はないか。
昨夜も3時過ぎ結構懸命に探したけど、残っている客はK-Keiだけで、手伝ってもらうにも彼、酔っていて、支払い時に彼も金がない!と騒ぐ始末。皆にご馳走する為にボジョレーを買いに走り、その帰りに金を落とし、ウチで払えなくなって、落ち込み「まあ、いいか!」を連発するだけでメガネ探しどころではなかったが、今日の昼、メガネはカウンター内に落ちているのを!発見。
夜、客なし。

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2016.11/19(土)



Sとシチュー。夕方も雑炊。
三条でメガネ新調。
いきなり、夜の漆黒?黒白がクリアカットに見えるようになる。
大木一範さんと遭遇。7:15オープン。

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2016.11/18(金)



延々、夢。
70年代、90年代、現在(2015,2016年が合成)のほんやら洞。
目を覚ますまでは、70,90年代のも詳述出来たが、忘れる。
ともあれ、茜ちゃんが赤ちゃんを連れて来るのだが、この子はぶら下りが上手でそのことの気持ち良さを喋る能弁さを持つ。そして框に蝙蝠のように(逆さではないが)下がる。
僕は明日からインドに行くのだが、金が無い。レジから7千円取るのだが、釣りがなくなりそう。二階にも、一階にも若い客がいっぱいきているのに、新スタッフの動きが悪い。外にはマレーシアからの客が数人入ろうか迷って「今日の定食は何?」との質問に「サングリア」と答えている。クスクスをサングリアと勘違いしてる。
若い連中は飲んでいるが、腹拵えに河岸を変えようと相談しているがほんやら洞にも金を落としたいと思う者がいて「カイさん、食い物、ある?」と言う。おでんの具は3,4人分しかないが、「ある」と言って向かいの店に材料を借りに行く。おばちゃんは安くしてくれる。ついでに数人泊まれるように、布団も貸せ!と言う。布団代を払おうとすると、誰に対する体面か知らないが、おばちゃんとオッチャンの表面上揉める(どちらも腹の底では僕からの金は取らない魂胆)。そこにほんやら洞から3人が飲みに来る。「カイさん、他の連中も他所へ飲みに行ったよ」と言うのも無視。帰ろうとすると、オッチャンが「カイさん、あんなに写真を撮って、収入はどうなっているの?」と言い、「マレーシアで少し売れているので」と言う。
ほんやら洞に戻ると、僕は居なくなったものと思って中尾ハジメがマナちゃん(何故か10歳かそこら)と学生同伴。食い物は?と訊くハナから隅っこに散らばるゴミが気になり、新スタッフに掃除を命令する。僕がトイレから出た段には、中尾らは他所の店に食べに行こうとしている。僕は、明日からインドと言おうかと思ったが、止す。
もう一つ、姉の肺炎がキツく、娘は飛行機で大分へ飛ぶと言っており、僕も直ぐに、日帰りでも帰るべきかと、迷っている。
更にもう一つ。
ルネの前。何故か東大路が中央安全分離帯がある。
チャリで京大博物館側に渡ろうとチャリを飛ばすが、猛スピードの白い外車が4~50メートルの間隔で突っ込んで来て渡れず、立ち往生。直ぐに信号が変わった所で、ピーピーと笛を吹いて白晢の美男子の警官が飛んできた。とうとう切符を切られるなと、堪忍して「カイフサ、、1949」と言うと「4月18日」と言って来た。知っていると言うので、前に掴まった時のを覚えている!?今度はダメだな、前は見逃して貰ったがと思い、ハンコは持ってませんと言う。画板付きの用紙を出し大きな枠の「大分」という欄に警官が変なハンコの甲斐を押した。そこで時間が止まり、しばらくボォーとした瞬間があり「中川弁護士、知り合いだろう」と言う。何処の弁護士だ?と思っていると我々がやり取りしている前で信号停止しているバンが件の弁護士の車らしい。それをやり過ごして立っていると、フランス人数人が逆から車道を渡ろうとしているのをこの警官は彼らに八文字屋の説明をし、行け!とフランス語で喋っている。このポリさん、京大付きのポリさんか?と思う間も無く、二人で安全分離帯に寝転んで話をする仲になる。
このポリさんと別れを告げ南下し、最初の大寺で小便をしようと勝手口から入ると、丁度、20人位の信者を前にしてお経をあげている教祖が居た。お経を途中でやめ、ビデオを流し始める瞬間だった。ラーメン教と記してあった。
京都は何でもこいだ!と思いつつ、更に南下した。

Wu Haoからメッセンジャーで連絡あり。
八文字屋の関係者、甲斐のフェイスブック友達でCannon5Dをお持ち方は居ませんか?そして、11月28日に撮影の仕事をしてくれる方を探してます。連絡をお待ちしています。
とFBとTwitterにUP。
久しぶりに大字版「現代用語の基礎知識」を恵送された。
ありがとうございます。
こういう知識から離れてかれこれ20~30年になるので、やはり、ありがたい。
一年間、店の一角に置いておきます。
早速、「ボブ・ディランノーベル賞」の項目をみた。去年、オバマ大統領から「大統領自由賞」を貰っていたんだ。
「本と文芸」の項目にも知らないことが沢山書かれていた。
マラケシュ条約という視覚障害者や印刷物を読むことに障害のある人々の、出版物へのアクセスを促進するための国際条約だが、アメリカや日本は批准してないそうだ。
井上隆雄さんの奥様、靜子さんより喪中ハガキとどく。
吉田孝光さんが開店前に顔を出してくれる。
オープンと同時に近藤和見の知人来店。
奈良井さんが「ろくでなし」にはアサヒちゃんの名前を出して行けと指南。奈良井は、ドゥニに会えるかと思ってきた。
公認会計士の中村さんが慶応の後輩二人同伴。中京納税協会で講演をしてくれないかと、打診され、さすがにお断りしました。
深夜、玄ちゃん。そして、アサヒちゃんが来て直ぐに帰る。
雨の中を帰宅。

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2016.11/17(木)



8:30起床。
健康を考えて寝直す。
家でのんびりする。
ロジェ・グルニエの「パリはわが町」(みすず書房)をその圧巻は、パリ解放前後のレジスタンス側とドイツ軍の敗残兵との銃撃戦等の攻防の最中の恋もあるひと模様であり、微妙な勝者と敗者の交代劇の中にリンチありの、それからの救出や処刑についてのヴィビッドな詳述であるのを知らず読み始めていた。G・バタイユ、A・カミュとの一期一会、ジョージ・オーウェルとのすれ違い等も記されている。
京大生協ルネに寄ると、甲斐コーナーに、隣り合わせてきたやまおさむ(北山修)の新刊「コブのない駱駝 きたやまおさむの『心」の軌跡」(岩波書店)があった。きたやまおさむの本は一度も読んだことがなかったけど、隣のよしみでつい買ってしまった。
約35年前に居候していた家の付近に家があったと聞いた。
今晩の八文字屋は、少数精鋭のオーディエンスを前にケンちゃん、コージーさん、聴かせる余興(?失礼)の清水さん、カオリンズの熱演後、しっとりと皆さん寛いでくれ、只今、引き上げたのと同時に閉店しました。
伊川東吾さんよりメール。
京都の会場、佐藤信さんには目星がついているとのこと、一安心。
ライブ、兪正根先生、久しぶりに来店。後はドゥニが来たくらいのもので、あとはミュージシャンの身内のみ。
兪正根節健在。病院、教会、保育園、家族も全て上手く行っている様子で何より。落柿舎付近の家には、鹿や猿も出るらしい。

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2016.11/16(水)



フェイスブックに同じことを振り分けて二度書く。
今日はほんやら洞全焼から22ヶ月の月命日(笑)。焼跡の遺留品片付けも手につかずケリをつけきらず宙ぶらりんの日々が続くとも、宝探しは諦めていない。直ぐに70歳になるのか。
4月に吉田の家は姉が片付けてくれたのに、それ以降、日に日に散らかっていくのに、ほんやら洞全焼からのめぼしい遺留ネガ探しはいっこうに捗らないと、あらためて思う全焼22月目。
綿矢りさ「手のひらの京」読了。
比喩が面白いし上手い。10ヶ所くらい引き写して、壁に貼り出したら、僕の比喩力を高めてくれないだろうかと、思ったりもした。“しってくさい”とは、しらじらしいと似た意味の京都弁、とあったが周辺には50年使う知人はなかった。京都でも「姉やん」と言うのも初。
ロジェ・グルニエ。
「本当のパリっ子とは、別の土地で生まれ、パリで生きるのが征服することであるような人間をいうような気がするのだ。それには、セーヌ河にかかる橋を渡って、目を見はるだけで十分だ。片方にはシテ島やノートル=ダム大聖堂が、もう片方にはグラン・パレやシャイヨの丘が。そして、比較を絶する空が広がっている。夢ではなくて、わたしはぱりにいるではないか!」
パリ解放戦下の街区記述もたっぷりで、さすが重みというか、濃さが違う。
ルネ二回。
明日、精華大学に爆弾予告があったという。嫌な時代に突入か?
八文字屋、早い時間からカウンター席ほぼうまるも、それだけ。売上は惨憺たるもの。奈良井さん、川嵜さん、清水さん、草葉さん、森田さん、鹿さん。これでおわり。11:40には誰も居ない。
清水さんが、宮崎の美々津で、サーファーと三人展をやりたいなと、言ってくれる。種子島は、沖縄の米軍基地の他府県への移設ということで騒々しくなっている、最低、国外への移設を主張せなあかんわと言う。清水さんは、明日からかねよ展。五郎さんの鹿児島ライブをやりたいけど、五郎さんが女の子にちょっかい出したがるのを勝久が嫌ってねえと、笑う。勝久さんは、11月20日からかねよ展の留守番に来る予定だったが、お母さんが小脳梗塞で来れなくなって、ヨッシーの留守番になったという。
1:45帰宅。

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2016.11/15(火)



10:00起床。
また雨か。
今日は15日だから雨でなければ、知恩寺の手作り市を覗き、龍馬にさほど興味はないが、龍馬祭にはなお心動かされないが、秋の高台寺付近をうろついても良いと思っていた。
時おり晴れ間が見えるので、頼まれごとを済ませ、今日届く伊江島ラム「サンタマリア」を受け取りに八文字屋へ。

ヨシレイ様
お便りありがとうございます。
ビザがおりたとのこと、何よりです。
ロンドンの秋はどんより曇っているのですか。
伊川さん、ヨシレイさんに出したメール、そのまま、僕にも知らせてくれました。
来年、6月頃は、フランフルト展のついでにロンドンに少し立ち寄れるかもしれません。
今、ロンドンから来た若いドキュメンタリー作家が「写真家甲斐」を撮りたいと撮り始めたところです。どうなるか判りませんが。
伊川さんのベケット、行けたら、見にロンドンにも行きたいですね。
京都から距離を置くというか、ヨシレイさん、絵も良いですけど、距離を置いて書き物もしたらどうでしょう?
来年、5月くらいには「ほんやら洞?八文字屋?通信」みたいなのを出すつもりなので、
それにも寄稿をお願いします。
ヨシレイさんの写真、僕も撮らせていただきたいのは、山々ですが、2月ほど前まで僕も不調でしたので、撮らせていただいても上手くいったかどうか判りません。
これからは、会うたびに撮らせて貰いたいと思っていますので、よろしくお願いします。
返信、遅くなってごめんなさい。
甲斐

秦恒平さんから「湖(うみ)の本」送られる。
先月戴いた131号は未読了。次の132号も戴いたので、読むピッチをあげなければ。個人の文藝刊行物で「三十年を超え百数十巻を超えた実例は」は秦さんの「湖(うみ)の本」以外にないようだ。
それが成立する条件が四つある、という。
一つには「作」の量と質が十分でかつ持続すること。
二つには「いい読者・愛読者」に支えられること。
三つには、自ら「編輯・刊行」の技術を持っていること。
四つには、「家族の協力」がえられること。
写真集の場合でも同じことが言えるとわが身を振り返り、得心がいく。
秦さんは胃全摘から五年、体力はゼロに近いが、気力、意欲、覚悟は衰えてないという。
「しょせん文学も思想も雲散霧消の運命を相手に、高笑いしながら最期を迎えようと、せめてそれまでは日本の美しく佳き文化が不幸な戦争で破壊・蹂躙されませんようにと、心底、ただそれ一つを願っていると、記す。
本巻は、「私創作事実上の起点、、長編『慈子』の私家版『斎王譜』。「筑摩書房初版等々公表作との機微に触れた差異をどうぞお読み下さり……厳しい叱正も給わらば幸いです」とのこと。
ネット上の 「古き強きアメリカは幻想。そうはならない」 ロバート・キャンベルさんが読み解くトランプ次期大統領
は面白いし、的確なんだろう。
昨日は、久しぶりに来店した京都新聞の文化報道部の岡本早苗さんの名前を思い出せず、困った。
一時が万事こうなんだろう。
とにかく、岡本さんが文化部カムバックは心強い。
75歳の侘び住いの姉からTel。肺炎で入院をと勧められたが、「家でおとなしく寝ていればよいでしょう」と言い、雨に打たれながらかなり長距離を歩いて帰った。「あんたも気をつよな。インフルエンザで死ぬこともあるので、国保、ちゃんと払い、おかしいと思ったら直ぐに病院に行くんやぜ」と言われる。
尿の切れが悪くなったが、病院へは行ってないが、姉の心配が乗り移って、前立腺癌は大丈夫!?と気にかかる。
もちろん、10:00過ぎても坊主です。
ドゥニの歓迎会の後に奈良井さん一行のお出まし。ドゥニは土曜日到着後、奈良の山の辺の道を18時間うろついて疲れたと言う。
奈良井さんは「トランプ、きっと上手くやる」と希望的意見を開陳。アドちゃんは彼女の歴史の教授エマニュル・キャレールが僕に「レモノフ」献本しているのにコーフンしてサインを写メールで撮る。
そこへ上田晃久の父、ゆうじさんがきて、川勝英十津さんが来店。ドゥニが写真集10000円分買ってくれる。
1:40閉店。3:00帰宅。

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2016.11/14(月)



のんびりする。また、ほんやら洞の夢。ほんやら洞が最後はぶっ散らかっている三月書房と合体していた。
ルネ。昨日、元バイト女優さんが、家の近くのCollectionにいたとFBにある。
糸川さんのディランをコピー
[ 伝説の " ディラン " ]
後ろの家並に見えるテントの所が、喫茶・ディランです。大阪ミナミの難波元町に1969年8月に開店。
大塚さんのもとへみんなが集まってきて、ある日突然、店内を衣替えして、フォーク文化の拠点になる。もちろん僕らのような他ジャンルの人間たちもたむろして、強力に新しい文化の震源地となっていった。この撮影は、多分70年か71年と思いますが、店内にいた人たちに表に出てもらって撮ったもの。4坪半の店内に30人以上の人が入っていたことになる。26号線に分離帯ができた。いまならこんな撮影ダメですね。いや当時でもあかんでしょうが。左端に座っているのが、ながいさんですね。毎日毎晩、うたが生まれていました。熱い日々でした。(この場所は、現在はビルになっています)
ついでに。このころ店内に「ディランノート」というノートがおかれていて、そこに来店した人たちの、日々の思いが書かれていました。「私的日常性」がみんなのテーマだった時代。それをまとめて「フォークミュージカル」にしようと、古賀勝行さんの「劇団 修羅の会」の協力で、私が「ブルース」という台本を書きました。中川イサトさんが、「不演不唱」と書いてブルースと読まそうといいました。当て字が流行っていました。当時歌われたプカプカに「みなみのブルース」とサブタイトルがついているのは、ディランのあった大阪 " ミナミ " のことで、その時は安田南さんのことではありませんでした。安田南さんがプカプカのモデルというのは、それは、ずっと後でだれかが言い出したことでしょう。多分、大阪の「ミナミのディラン」に特別の思いを持っていない人なのでは。それほど、みんなの心の中で、あの「解放区」は、すべての始まりなのです。
小さな店だったんだ。
夜は、シチュー。
雨の暇な夜の八文字屋。
劇団Vogaの鮎美さんがプライヤー持参。次いで、山拓さん。植治の話、ドヒマジンの話題。植田征昭の話もする。月末に友人同伴かも、と。
最後は、また、レナード・コーエンを聴いていたらNZのカップル、Jane Fisher &Declan Baileyが来店。地震の被害はさほど大きくなく一安心したという。
最後は、コリーヌ・アトランに教えられたレナード・コーエンがナレーターを務める“Tibetan Book of The Dead (Full Documentary)のyoutubeを見せて終わり。2:30閉店。

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2016.11/13(日)



レオン・ラッセル亡くなる。
Sと食事後、ソーシャルキッチンでなく、赤山禅院へ行く。画像をUPすると約百人が「いいね」とする。帰り、恵文社を覗く。
8:00ジャストに浅利ちゃんくる。
川嵜さん、周平さん、 防災研のカマイ先生(牧紀男の同僚)、亥辰舎の浅井さんら一行3人、坪川さん、穂高さんと広州へ行く猿学の男と二人の同輩同伴。カマイ先生の息子さん(東大中世日本史)は来年NHK入社とのこと。最後にウッチー来店。N.Z.のカップルが来八中に、クライストチャーチで、大地震。マグニチュード7・8。

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2016.11/12(土)



8時30分起床。まだしんどい。
昨夜の八文字屋は、さながらある種の国際交流センターみたいだった。
32年前の八文字屋開店に当たっての3本の目標の一つをここに来て、やっと到達。開店当時は世界中の日刊紙を常備していた。後の二つは失敗?一つは(かつては存在した)様々な市民運動(産直等も含む)を担っている友人が出入りし易い店にする事、もう一つは、数年コンサルまがいの仕事を活かして京都中の商店街で付き合いがあった人たちが来やすい店にする事だった。
後の二つの達成度や如何に?
直ぐにバブル期に突入し、僕自身も写真にエンジンを掛け始め、そうこうする内に子どもが出来た。
以来、目標の軸がブレた?
そして、ほんやら洞も兼務となり、写真展で欧米に出掛け始めた。
この辺りから、足元がぐらつき始めて、基盤に穴が開き、今日に至った、そういうことかなあ?飲み屋は、所詮、棲み分けだ!と思ってやって来て、美女しか、いや、美女を求める客しか来ない時期もあった。その間、行き場のないお客さんが来れば良いと思っていたら、とどのつまり、ここに来て、ぎゅっと凝縮したかのように、極少数の常連さんと東京や地方からのお客さんと外国人中心の店になった。
ここ数年の(写真を含めて)活動の空白(の中心に火事がある)を経て、今、如何に展開しようかという段だが、やがて70歳。周りは人生の店仕舞いを始めている。穏当なラインだ。
僕の生活をどう変えるか?変えないにしても、火事現場から回収した焼け残ったネガ類をどう活用?再生?しようかと思い続けて、2年経ってしまった。大状況がひどいせいもあるが、八文字屋は些か手薄だ……。
でも、撃って出るしかない。
20年やり残しの仕事にケリを付けなくっちゃ。
お客さんの協力を仰ぐのは、「カイ的京都名所図絵」の中に「美女と野獣」と佇んでもらうことかな。その活動の果て、言っても、半年後だが、「パリ大全」には拮抗出来ずとも、ロジェ・グルニエの「パリはわが町」ほど格調高く行けなくとも、京都生活49年の粋?を埋め込んだひとつのタブローに仕上げるつもりだ。
身体中にガタが来ている影も投影することになろう。
京都中、撮影小トリップ敢行予定。1月31日まで。
以上、FBにUP。
信じられないくらい超暇な日だった。バイトは真央ちゃん。12:00までは草葉さん、加藤学さんのみ。12:00過ぎに広告代理店の椿さんが歯科医同伴。最後にイタリアからの留学生シモーネさん、ドイツからの障害者介護をやっている研究生シュナイダーさんが来て、西村玄考さんもハッスルして深夜は楽しいひととき。
3:30に閉店します。
ソウルにいる琢ちゃんに「大阪で介護をやっているドイツの好青年シュナイダーさんを今度、紹介します」とメール。

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2016.11/11(金)



さあ、なんとかしなくっちゃ。
トンネル抜けて2ヶ月、やっと疲れが取れたかな?
でも懸案の「ほんやら洞の青春?」が終えてない。次に行こう!と思っているのに儘ならぬ。
写真集を作り、賑わいを創らねばと写真集の準備は少ししている。
平行して「京都名所図絵」なんて気取ったものでなく、来年で上洛49年になるので、この間徘徊した街を、かつての下宿、バイト先、逃げ回った辻々、デートスポット等を巡り直して面白い体験的ガイド本を作ろうとしている。折角、数多くの「美女&野獣」が来八して撮影済みなので、その中の一部の皆さんを八文字屋から居住地付近へと放ち返して?(笑)再撮影を試みようとしている。
タイトルは何?「美女と野獣の街・京都」?
ちょうどロジェ・グルニエの「パリはわが町」(みすず書房)という番地、地名を軸にしたエッセイが出ているようなので、また、これを立読みして考えるつもりだ。
八文字屋も来年で33周年を迎えるので。
なんとか、根気を取り戻せるような、楽しいやり方で目標を達成したい。
ほんと、この2年間は散々だった。
これに対して「甲斐も歩けば」にしたら、という意見を中西孝子さんから貰う。
レナード・コーエンに次いで、リリィの訃報。
なか卯でウニ丼。
バイトはヴィクトリア。開口一番「トランプ、最低!」。友人10人来店を予告。レナード・コーエンの曲を延々掛ける。
先ず、レオ等6人、さっちゃん、チリのハビエンナ&リカルド&シモーネ(男ふたりはイタリアン)、稲山さん、奈良井さん。この段階で鈴木さんからの大柿を食う。ニコラスに次いで徐々に予告された友人達が来る。メキシカン、フレンチ、アメリカンの他は口を利く暇がなく身許確認出来ず(笑)、ロイも紛れ込む。最後にヤニック等4人。珍しくサマールさんは来なかった。
ハビエラはちあきなおみの「四つのお願い」が好きだという。彼女は、ヴィクトル・ハラも良いけど、Violeta Parraが良いよ、映画“Vileta Selfve a los cielos”が良いと教えられる。Los Jaivas (Miraninita Alturas de Mecchu Picchu)は何だったけ、酔って忘れた。、チリの詩人、音楽家の名を教えてもらう。琢ちゃん、段ちゃんらがソウルで1400円でしこたま飲み食いしている画像を見る。三浦久さん&レナード・コーエン@京都1975の画像も。
帰宅3:00。

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2016.11/10(木)



ユックリ寝た。ルネに行き、柿が16:00~18:00の間に届くので、八文字屋に直行。まず毎月15日リミットの納金を。
後は、五木寛之の「一向一揆共和国まほろばの闇」玄月の「極楽」、平野啓一郎の戯曲「肉声」を読む。
限りなく坊主に近い。外国人客三人。「京都猫町ブルース」売れる。

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2016.11/9(水)



ゆっくり寝る。
13:56の時点で、209対232でトランプが勝ちそう。
15:37で、215対244。結局、トランプが大統領選勝利。さて、どこがどう変わるのか?危機感を募らせる論客多し。
ルネで「新潮」12月号「手塚治虫のエロチカ」特集2冊。グルニエの多くのパリの通りを標題にした本、直ぐに買って読みたかったが、高いので止める。今のような売上でこんな本を買っていたんでは破産する。中条省平の手塚の「エロチカ」の解説「メタモルフォーゼの魅惑」も筒井康隆の手塚とのエピソードも面白い。
7:00過ぎに山梨博元毎日新聞記者来店。誰も来ない間に帰る。阿部菜穂子さんがエッセイストクラブ賞を貰った話等、元同僚の消息話多し。
次いで、川嵜さん、奈良井さん、藤原清登トリオの情宣する女性・植村美樹さん、オランダのシーボルトハウスでの甲斐写真展を見て初めて京都に来たアダムさんとイボさんの夫婦。奈良井さんは酔っているのか?こっちがユックリ喋っているのに、また、必要もない(奈良井さん、ごめんね!親切心は重々承知してます)のに、通訳をしようと割り込む。こっちがユックリ喋れないのでーす。実に善人。奈良井さんは川嵜さんの送別会をやろう!と提言。10:00過ぎには扉野良人さんが岡山の写真家藤井豊さんを何の因縁か?同伴。誰も居なくなってトランプ論、アーサー・ビアードさんはビン・ラディン拘束の報を受けてオバマが飛び上がって喜んでいた姿からしてオバマを評価しない、オバマは傀儡だと思うと語ったという話から、最晩年の多田道太郎さんの話、扉野良人さんが行くと多田さんの奥さんは多田さんを良人さんに任せて、鶴見良行さんの奥さんの家に出かけたものだてな話から、明日、南丹市での秋野不矩展に行く話等をする。11:30には誰も居なくなる。
1:00にニュージーランドのカップル来店。
2:30閉店。3:00帰宅。

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2016.11/8(火)




8:30起床。また、雲霧仁左衛門三昧。
消化器系も狭まって腸閉塞気味だが、世間もせばまったな。
岡田章雄著「南蠻宗俗考」(地人書館・昭和17年発行)の京都、安土、臼杵、大分、由布、野津の記述を抜書きする。16・17世紀。
中西孝子さんが荒井由実の「翳り行く部屋」を歌うのをFBで聴く。1980年の音源。
本当に本を読むのでも根気がなくなった。
昼すぎ、雨に打たれる。
ルネで2回食事。
高林由美子さん、パリの来店二度目の友人と来店。杉村さんのシャンソン、井上さんのピアノ、真見乃さんの尺八を聴かせる。フィリピンからの伊藤さんは少し政治談義、ほんやら洞留守番話から、ナラちゃんが結婚した話まで。田中直子さんは「直ぐに帰る」と言っていたが、長っ尻になる。琢ちゃん、新潟からの深夜客3人。
3:00帰宅。

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2016.11/7(月)



8:00起床。
伊川東吾さんからYSさんとのやり取りのメール届く。
低調な日々が続いている。講ずるべきあの手この手を考えている。まだ対処する態勢が整ってない。八文字屋は極端に女性客が減った。と言うか、女性客を同伴出来る(?笑)日本人のおっさん、お兄さんが皆無というべきか。
加藤典洋「増補 日本という身体」(河出文庫)買う。
原稿進まず。
八文字屋、今日も坊主。体調不良で本を読んでいても、原稿を書いていても直ぐに眠くなるというと、ルネの山下さんからiPadのせいだ、と言われる。電磁波だよ、と。

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2016.11/6(日)



浅利ちゃんが4ヶ月後に辞めるという夢をみた。
朝、超弱火だが、コンロでお湯を沸かしぱなしでなかったか気になり、八文字屋へ行き確認。大丈夫だった。途上、良い写真を撮ったけど、うっかり消してしまう。出た序でに出町で、コリーヌさんお見舞い用の阿闍梨餅、Sと鍋用のブリ(刺身可)、八文字屋用丹波大納言等を買う。昼前にS宅。寝不足で、1・5時間眠ってから下鴨病院へ。そこへルルちゃんとシルヴァンも来る。カナート洛北による。日曜日のせいか、大変な賑わい。夕方は鍋のスープを使って、おじや。
八文字屋、今日も超暇。浅利ちゃん入る。高根さん、初来店。「唯物論研究会」の仲間同伴。奈良井さん、オイタさん、K-Keiのみ。最後、K-Keiとブリの刺身を出すと、お代わりをするので、粗に付いている部分を削ぎ落とし供してウケる。

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2016.11/5(土)




11:00ルネ。
ウィルの撮影、消耗。
ニュージャージーのサンディ(デビッド・ハインライン)からエアメール。
Sとパチャンガ。タコスを沢山食う。
八文字屋不発。Maoちゃん初バイト。シルヴァン、アンドレアス、バーチェットさん。三条川端の河合仁さんのオフィスの松久さんが「生前遺作集」を買いに来る。草葉さん、奈良井さん、オイタさんら早く帰り、横になっていると、ヨ氏の洛星の同級生の荻野君が来る。「熟女キャバクラが、子どもの話や、昔働いていた木屋町のスナックの話をしてくれたりで、楽しい」と言う。

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2016.11/4(金)



原稿に向かわねばならないのに、ここのところ、ずっとバイトがなく疲れ果て、写真にむかったり、何十年も見たことのない松本清張ドラマをyoutubeで見るのに嵌っている。その前はやはり見てない池波正太郎物、仕掛人や紋次郎だった。マズイ。長きに渡るTVなし生活の反動と合理化するのは。
消化器系に多少異常をきたしている自覚はある。単なる老化かも知れないが。
今日の水道メーター検針では、この二ヶ月の家の水道代は3319円。洗濯、風呂、水洗便所だけ。
ルネ。ルパンの店に「驕らぬ魂」展のフライヤー持参。
八文字屋に5:00に外国からのお客さんが二人きたが、オープンは6:30と告げる。戻ってくると言ったが、来ず。
6:00ルネ。
ヴィクトリアからメール。今晩は休みます。来週は友人を沢山引き連れてきます、と。
7:30には、Tさんも誰も居なくなる。
低調。三上さん、稲山さん、母が杵築出身というIPSの中村先生来店。樹林気功の会場に杵築に墓がある方が来ているので、今度連れて来ますと言う。時事通信社の京都支局長の松崎勝美さん、奈良井さん、奈良女子大教授の小川伸彦さん「本当に東九条マダンに来てくれありがとう!」と言いにくる。「ほんやら洞通信」01号を目敏く発見してプンジャの文を読み「朴豊子の家の、取材をした事がある」と言う。早く誰も居なくなる。ちょっと酔い、他の店に「驕らぬ魂」展のフライヤー持参すべきか否か、迷っているところに中島敦の研究者のイタリア人の学者が、やって来た。一杯だけ、と。で、「甲斐さんはなんで日記を書くのか」という根本的な質問をして来た。考えつつ理由を喋り鶴見俊輔の「退行計画」の一節を見せた。
自分も11歳の頃、同じような思いに囚われたことがあるといい、少しお喋りをして、この一ヶ月しんどくて来れなかったが、また、来ますと言い残して、彼は帰って行った。
明日はウィル・ステュアートというロンドンの若いドキュメンタリー映画監督が甲斐映画を作りたいと言って来る。一回目は、僕の好きな僕の写真を見せて 、それから何か始まるのか、始まらないのか、知らない。
2:30閉店。帰ってyoutubeで「踊る大捜査線」を見る。

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2016.11/3(木)



10:00起床。
なか卯で、食ってから、Sとマダンへ。S「しまった!ここで食べれば良かった」と。スルメキムチ、白菜キムチを買う。真実さんへ返済、「共和国」に行って来たので、今度、報告に行きます、と。段ちゃん、琢ちゃん、うじゃ、福本俊夫さん、藤喬さん、蒔田直子さんにも会う。蒔田さんは、山内陽子さんはチェンマイに住んでいると聴く。一昨日会ったと言う。中川さんの長谷川歴史記念館にも行く。先日、秋野和子さんが顔を出したとか、数日前に亥左牟ちゃんの娘、カヌカちゃんが泊まっていった、と言う。中川さんから名刺をくれ、今度、飲みに行くと言われる。帰りに、メインギャラリー、メリーゴーランドにも寄る。
夜は、奈良井さんと疲れ果て、酒をやめている段ちゃんのみ。
稲山さん、ちょっと心配。
深夜、松本清張ドラマ「霧の旗」?を見る。なかなかのもの。
来週は眼鏡を買おう。
東九条マダンの会場で、展示物二つ(写真で見る東九条の歴史の解説とハンセン氏病の会の活動)の記録が全然読み取れず、やはり不便だった。

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2016.11/2(水)



無為に過ごす。
八文字屋、連休前だから、と身構えるも空振り。
川﨑さんが、今日で30年勤めた会社を退職したと来店。山山堂さんがフランス人の美女同伴。奈良井さん、ウッチーのとこの俊介君、友人同伴。毎日の鵜塚健さん恩師と京都で会った帰りに寄る。ミルトン、閔さん同伴。三時を過ぎる。迅君がFBに「知恩寺の古本市に多田道太郎さんの蔵書が出回っていたらしいが、うっかり、やり過ごした」と悔いていた。てろ、家に行ってみたら、家は取り壊されていた、と記す。モリモリが「久しぶりにカイさんらしい書き込みを読んだ」と京都市美術館問題への言及を喜んで貰う。
4:00帰宅。

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2016.11/1(火)



征昭さんが居て、3:15まで営業。
10:00起床。
福田和子のドラマを見てしまう。
少しネガ整理。
ルネ。仕事捗らず。出町で夜用にタン、ステーキ肉、パプリカ、刺身、アサリを買う。八文字屋用におでんの具を。
叡山電鉄の踏切の遮断機に近づき過ぎてチャリの籠を壊される。

一酔人の「京都市京セラ美術館」に関する放言

Y紙の編集委員の方から「京都市美術館のネーミングライツで、京セラの名が付くのをどう思うか?(規模もレベルも違うけど)50億円なら、京セラ八文字屋という話があれば改名しますか?」との質問があった。
それには「公共の施設で、ドゴール空港、ケネディ空港とかはありますね。スターリン八文字屋とか、毛沢東八文字屋、天皇八文字屋よりましかな?京セラの場合、事業内容は知りませんが、一企業の事業なのに、ノーベル賞に向こうを張って?既に京都を冠した国際的な賞を1985年から授与して、定着してますよね。ノーベル賞はダイナマイトで稼いだ金を資金だが、京セラの事業内容をよく知りません。軍事とかと一線を画しているなら、OKというか、まだマシという思いもあります。『京セラ八文字屋』に関しては、日韓関係を顧慮したいので、120年前の『閔妃暗殺』の実行犯とその男の辿った運命から判断して、京セラは避けたいな。ほんやら洞としても、八文字屋としてもちょっとイヤかな。大状況の歴史問題が解決しているのなら、まだマシだけど。
こと、京都市京セラ美術館の問題は、どうだろう?
最近、2年、あんまり新聞を読んでないので、頓珍漢な意見になるのを恐れずに言います。
文化庁の京都市移転、京都市立芸大の崇仁地区への移転の両問題は京都市議会で大きな議題になっているのか否かすら知りません。
でも、オール与党のような京都市議会に一石を投じる貴志カスケさんの「京都市京セラ美術館」をクラウドファンディングで!!と言う問題提起は貴重です。
でも、言うだけでなく、実際に動き出さなければ、京都市長の専権事項に負けるでしょう。
命名権を買うと名のりを上げたのは、京セラしか無かったと記されていたが、多分、他の企業への根回しをしたに違いない。
京都市美術館は、京都市在住のアーチストの意識を別にすれば、全国的にそう知られてないでしょう。昭和天皇の即位に関わる「大礼」時に出来たそうだが、京都市の「番組小学校」に比べれば、それほど深く根を下ろしてはないのではなかろうか?
幾つかの大企業合わせて京都市民を代表して出資して、各神社でよく見かける「寄進名札」で分かる方式の方が、市民に馴染んでいるのではなかろうか。「あの手口をマネしたらどうだろう」。各宗派や茶道花道の本山家元が京都市には集中しており、その集金システムには定評があり、集金に関して確実なはずで、この神社仏閣等に協力を仰ぐという手もあるのでは?また、「勧進橋」の例に見られるような伝統的な「勧進興行」の現代的あり方を採用も一考に値するはず。世界的なアーチストに寄進を仰ぐという意味で「クラウドファンディング」もその一種かも。

問題は名を売ることで、有名になるという市当局と企業の打算、妥協の問題なのだと思う。
「世界に冠たる京都」に有名企業をくっ付けて、知名度に相乗効果を求めるというのが、今回の問題の根っこにあるのだと思う。
これを機会に美術館の在り方を企図、画策がなされているのかも知れない。
ならば、京都市美術館にとっては、迷惑な話かも知れないが、もっと様々なアイディアが出されて然るべきだとおもう。
当否は別に、「ポストコロニアル美術館」?(陳腐な例でごめんなさい!)としての福岡のアジア美術館の例に倣って、京都市でのアーチスト育成と市芸術的資産のアーカイブ、プラス、特化した要素を兼備する京都市美術館にしたらどうだろう?国に先立って、侵略の歴史を反省する故三笠宮の名もくっ付けた近代史反省ミュージアム?とか、世界に先立って、脱原発のゲージュツを収蔵するのはどうかな?稲盛さんは、前原誠司と組んでJALの経営権に関しても、本来、外資の占有率は確か41~2%以下でないと法的にはいけないのに、禁を犯してアメリカの資本を導入しましたよね、そのデンに倣って、「核廃棄」を唱えたオバマの名をくっ付けたりしたらどうだろう?オバマ・京セラが付いたら、知名度が上がるのは必定。一国の経済を「軍事・軍需化」へと推進する三井、住友、三菱等の名が付くより、京セラはマシかな?

次いでに、白状すると、数年前には、八文字屋のピンチに際して、稲盛財団周辺の方が、実際、僕を支援しようと言ってくれ、写真のプリントの販売上、一縷の望みを託したこともありました。
また、命名の妙に関しては、10年前に、ある大学の理事会担当の公認会計士の方が「某大学の傘下のほんやら洞にならないか?町家カフェみたいな形で維持するのも手だろう!?甲斐さんは、店長のままで良いのだ、働くのは、学生が薄給で働く」という提案、お誘いがあり、周辺では、それでほんやら洞が生き延びるのなら良いではないか、「お前は写真に専念すればいい」というアドバイスがあったが、断りました。しかし、その大学の名を冠したカイ写真のアーカイブ館と抱き合わせだったら、乗っかっていたかも。
もう一つ、命名に関しての小咄。抑も、ほんやら洞は、開店同時、屋号として、岡林信康は「足場」と主張し、僕は「ドグラ・マグラ」なんて言い、中尾ハジメは、流石、後に精華大学の学長、理事長になるだけあって、「《同志社総》本部」という屋号を主張する一コマがありました。これは近刊予定の「ほんやら洞の青春」で展開。
もう一度、京都市美術館プロパーに話を戻せば、京都市美術館は、市民や歴代の市出身のアーチストは誇りを持っているし、寄付もして来ている。「番組小学校」ほどでないにしても、ささやかな「町衆」の誇りの源泉なのかも知れない。内容を含めて知名度は、全国的には低くても良いという考えはあっても良いと思う。骨董的価値に徹するのも一手かも。それでも、為政者としては、有名にするというのが、至上命令かも知れない。最強に近い「京都」と世界的な企業名をくっ付けたたいと思うでしょうね。実際、「任天堂」とかに、水面下で交渉をしたのではないでしょうか?京都が誇る企業2,3社が出資するという腹案は無かったのでしょうか?事実、任天堂は、京大病院のある棟に70億円出しているという話だし、また、10年ほど前に京大図書館にある所から何十億円出すという話があり、立ち消えになったりしている。高松伸さん絡みのね。
賽銭に強い伏見稲荷が同時に出資するという事はあり得ないのでしょうね。神社仏閣が出て来れば、京都のことだから、格が問題になるでしょうしね。
現実には、「世界文化遺産の下鴨神社の糺ノ森を保存するために!」と言っても、森の中でのマンション作りをストップさせるための寄付運動も起こらなかった。京都市出身の何十人もの有名アーチストが、かつてはあったらしい京都市美術館のための寄付という動きもありそうもないですよね。
某編集委員の「八文字屋で暇しているのなら、京セラ美術館についての考えをきかせろ」との誘い水にのって、大分の田舎で言う「ジナゴロウの皮」を言ってしまった。
龍谷大学教授時代の鶴見良行さんは、伏見稲荷の氏子になり、会議にも出席して、伏見稲荷の資金でアジアからの留学生への奨学金制度を確立しようととしていたが、志半ば、亡くなられてしまった。
大文字の送り火にしても、京都市民が大昔からやっていたと、勘違いしている方が多いと思うが、江戸時代の200数十年間は無かったものを幕末の鳩居堂の主人が私財を投げ打って、復活したものなのですよね。

付記1 ほんやら洞でなく、「同志社総本部」という屋号だったら、あんまり、流行ってなかったと思う。でも、あの時代なら、屋号の本部には、同志社からクレームは来てなかったと思う。今は、全然ダメでしょうが。
付記2 (M編集委員)50年間で50億円ですが、50年後の京都市に文化にお金を出す力があるだろうか、なんて話もありました。京セラも50年存続しているかどうかわかりませんが。
付記3 (甲斐)全く。僕もずっとそう思っています。

今日は、一日、京都市美術館のことを考えて何もできなかった。古本市には行った。
「奥ジャパン」の面々のみ。
昨夜は植島征昭さん、10数年ぶりに来店で、琢ちゃん、上田晃久・近藤和見の父であるゆうじさんに会う。

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(11/7更新)

カイ日乗 9/1〜30まで更新しました。
イベント情報更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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