2016.10/31(月)



昼まで起床出来ず。吉田家賃、久しぶりに月末までに来月分全額を入金出来る。
ルネ。
S宅でパエリア。
八文字屋は、8:15オープン。直ぐに清水きよしさん来店、ついでウッチー&カオリン、寝屋川の「サン・イシドロ窯」の石田博さん、向川賢ちゃん、ウッチーの次男の俊介君は今日は2年付き合ったGFと別れたと、おセンチになって来る。菱東化学の大分支店長の篠原さん、「山福」で会ったみずほ銀行の都築さんを「サンボア」に案内した後に同伴。都築さんを「美女写真集」に出してね、と言う。大手銀行の「出来る銀行員」は国益を考えている様子を窺わせる会話。オイタさんもきてカオリンズと帰る。
加藤典洋ノート
「人から後ろ指を刺されるような人間が好ましい」(鶴見)
「『思想』というのは、言葉で説明したものだと思っている人が多い。、、、しかし、言葉というのはチーズにたかる蛆虫のようなもので、自分でいおいと思っていることが言葉になってみるとまったく別物になっている。チーズがいつのまにかおびただしい蛆虫にかわる。分解作用、それが書くということ」(加藤)
「社会のことが、社会からかんがえられるのではない。その一歩手前、人間の場所から考えられている。人間のことが人間から考えられるのではない。その一歩手前、生き物の場所から考えられている。生き物のことが生き物の場所から考えられているのではない。その一歩手前、モノの場所から考えられている。というような『一歩手前の広がり』を、鶴見さんの書くもの、考えられることがらが、つねに私たちに感じさせるということが起こってきます。/その底にあるのは、どういう力なのでしょうか。」(加藤)
「こどものころ、何かの目的をもって道を歩くのにあきて、道ばたにすわってしまうことが、よくあった。/やはり、そういう時、夏のさかりだったと思うが、あぶが、はいが、そばをぶんぶん音をたてて飛んでいた。/道ばたの草のなかにすわっていて、ふと、このあぶの羽音も、それをきいているいまの気もちも、書きしるされることなく過ぎてしまうのだな、と思った。その時のへんな淋しさを、何度も、そのあとで思い出した。/今ふりかえると、八月の草いきれ、あぶとはいの羽音は、四十年ちかくも前とおなじようにはっきりあらわれてくるが、それと一緒にあった感情は、もうない。書き残されず、知られずにおわることがあるとして、それが人間にとって何か。自分にとって何か。」(「退行計画」)
「記録されるとして、また知られるとしても、それじしんがつかのまのことに過ぎないし、神によって確実に知られるとしても、それが自分にとって何か。/むしろ、神によってさえ知られないということのうちに、かけがえない、ひそかなたのしみがある。」(同前)
「二歳のときには、その半年まえのことをはっきりとおぼえていたのだが、三歳になると、あのことを、一年前までは、はっきりおぼえていたのだがな、という記憶の記憶に変わってしまう。枯れ葉の山のようなその代理記憶の集積。/時代区分というのは、へんなものだな。二歳の時には、それまでの自分の生涯についての時代区分があった。三歳の時には、もう前の時代区分は薄れて、別の時代区分になった。」(同前)
この個所は、僕も「退行計画」初読の時からずっと気になり、その後の再読の際も、変な言い方だが、僕にとって決定的な影響を与えた。子供写真を撮る時も、こういう子供の気持ちを生け捕りに出来ないか、と思ったり、したものだ。そして、この一節への偏愛が大学なんか止めてもいいんだという気持ちの後押しをしてくれた面がある。
加藤本に引かれている法然院の元管首も面白いし、なつかしい。
「八文字屋は、3:15で閉店します。
今晩は、拙写真集「出町転々八文字屋有情」の表紙のイラストを描いてくれた植島征昭さんが約20年ぶりに来店して、1960年代末から70年半ばのぶっ飛んだ時代の話をしてくれる。」と書いて終わる。

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2016.10/30(日)



まず、ルネの後で11月3日まで百万遍知恩寺で古本市へSと。焼失した本ばかりが目についてつい手を出す。大航海時代叢書、八切止夫の「日本意外史」や坂口安吾の「日本古代探検」、いいだももさんから多田道太郎へ献本サイン入り本「リズミックな世界線を」、俳句をやる姉へのプレゼント本、宇多喜代子もの。山田慶兒の三浦梅園論「黒い言葉ーー」等各五百円前後何年ぶりか古本市散策は。ヘンリー・ジェームスの「アメリカ人」「ある婦人の肖像」大航海時代叢書のラス・カサスの4巻本、「イエズス会と日本」2冊本。
記憶術は蔵書を結びついていた。
北山茂夫「平将門」を手にすれば、奥付けの1975年に目が行く。出た直ぐ買い、いっきに読んでいたので、その頃、何を考えていたか、想起できる。蔵書焼失及び紛失の痛手はその辺にある。60年代は、古本屋数件に喫茶店数店をハシゴする日々がひと月の三分の一だったか。
「コレクション」という新しいが渋い吉田の家付近の喫茶店に入る。
真如堂では、iPadを忘れて、慌てて1時間後に引き返す。パチャンガに行こうと思ったがいっぱいで隣のカレー屋に入る。
昨夜の洗物が溜まった八文字屋へ出町、業務用スーパー、リカーマウンテンに寄ってから入る。鈴木さん、7:30ジャスト来店。奈良井さん、競馬周平さんが、冨樫が来る。浅利ちゃんは久しぶり。「アラビカコーヒー」で働く男がハワイのポスター業者を同伴。大西さん、SDカード探しに来る。鈴木さんがハロウィンのトランプの被り物(7000円)持参。2回目の若林さん来店。来週から土曜日八文字屋バイト決定。
1:00過ぎはK-Keiと二人きり。
最後に、酔っ払い、K-Keiが「甲斐さん、僕と《ろくでなしの》横ちゃんと甲斐さんと三人でバンドを組もうよ!」てなことを言うの。「甲斐さん、ヴォーカル」と酔ったら、物事の見境がない。「はい、はい、死出の道草?5年後、臨終前のベッドで呻くのに、横ちゃんとK-Keiがつきあうって!?」てな与太話をしながら、2:30が過ぎてしまった。4:00帰宅。

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2016.10/29(土)



ほんとうに気力も体力も喪失している。
この大切な時に。
ルネ、古本市、出町へと行くつもりが、吉岡書店、出町コースからロンドクレアントへ。服飾デザイナーの大野君の個展。渡辺公三さんの知人の仲野麻紀さん、民博の川瀬慈(あつし)にも会う。八文字屋では、5:00前に今晩のメンツが待っていた。遅れて艸居行き。シルヴァンも佐枝ちゃんも帰ったあと。艸居ではオーナーの藤田裕一さんと喋る。写真にも関心を広げたい。甲斐写真を見て気に入ったら、やってくれるか?プリント買いでは負けてね、と言う。成安の辻さんが助言した模様。高瀬川彫刻展に一瞥して、八文字屋入り。
八文字屋は元「五つの赤い風船」の長野たかしのライブ。記録係は大西さん。コージーさん、スナフキン、猫庵さんさんと彼女の兄貴と二人の母親も食い物持込みで来店。一度覗きのヨッシー&梶田さんは終えてから。久しぶり。清水さんの「かね与展」のフライヤー持参。井上光さんもチョイ顔。同志社大の心理学の先生は、10人の学生同伴するも、ライブで入れず、残念。年に一回学生とともに来店出来るか否かの好感を持てる教授。やはり、金土はライブを避ける必要あり。うっかりしていた。長野さんを紹介する人なし。既知と思い込んでいるのか?長野さん自身が、ほんやら洞に好意を持っていなかったか?一言も口を利かず。艸居グループ4人、上田が来て、和見(アヤちゃんも一緒)を呼びだす。星野高志郎は恒例?のアクション。朝8:00まで、八文字屋でダウン。

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2016.10/28(金)



いっきに「言葉の降る日」を読む。ノートを作ろうと思って出来ず。ずっと雨。
ロンドクレアント行きそびれた。
Sと次の写真集の作戦を練る。
田中さん来ず。稲山さん、奈良井さん、五郎さんファンの西荻窪の夫婦で終わり。今日も低調。早く帰ってyoutubeのドラマを見る。昨日、一昨日に続いて、寝たのは4:00過ぎる。

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2016.10/27(木)



一月自堕落にやって来て、それでも3:00前に寝れば、朝は爽快。
こういう喜びを忘れていた。これからも味わえるのだろうか?
ケッタイな夢。
山香の円福寺の北の方の屋敷?で八文字屋の去就ないし企画を巡るミーティングが終わり、清水さん、梶田さんらは東の山の違う店に消えて行った。残されたのは、30年ぶりに会う女性とゴルフのバーを持っている神田さん。僕は女性にウチに泊めてあげるよと言うが「結構です。神田さんこそ、遠いので泊めてあげて!」と言い「神田も泊めて!」と言う。どうして行くの?と自転車の僕に神田さんが訊く。「一緒なら歩いて行きましょう、でも、汚いですよ、我が家は」と言ったものの、又井の金堂の社宅が自分の家のはずなのに、新町の家を思い描きながら、どのスペースに寝て貰おうと思う。何故か15年前の我が家がイメージに浮かび、子供たちと一緒の部屋かぁ?と思いつつ、吉田の家かな?とも思う。吉田の家ならどんな人でもびっくりするに違いない、ましてや神田さんは……と思う。どうすればいいの?0809と唱える。
起きて、長い夢を書いたつもりが、書いてなく、ほとんど忘れてしまった。お陰でゆっくり眠れた。背中が疲れている。
45年前に室謙二が、安重根、ハン・スーイン、谷譲二、金芝河らに関心を持つ一方、高橋鐵論、高村光太郎論、木村伊兵衛論を書きたいと言っていた。
加藤典洋「言葉が降る日」にはピカイチの鶴見俊輔論が収まっているが、井伏鱒二論、太宰治論、「井伏鱒二と太宰治」も面白いし、小林秀雄を食い足らないと表明する辺りも感心するし、石川淳に対する視線も鋭くて教えられるが、ずっと「不審」のままだったという坂口安吾にも踏みこみ唸らせる。
この加藤典洋の論考を読み、室は、高橋鐵や木村伊兵衛をどう見ていたのかと考える。本人はもう昔のことを追憶する時間はないと言っているが。
加藤が、文学者の戦前と戦後の繋がり(転向論だが)を順接、逆説という観点で見て、順接?の小林秀雄、坂口安吾、石川淳を比べるのも好感が持てる。勿論、逆説では、吉本隆明の高村光太郎批判にもふれる。
安吾論のなかでは、安吾の戦前のファシストとも読み違えそうな言説も紹介し、その逆説の無さを指摘すると同時に戦時中は天草四郎について書きたかったが、戦後は体制追随になるので天草四郎について書きたくないという姿勢も評価する。
話は混乱したが、そういう文学者の転向類型の中に、文学者ではなく、写真家だが、木村伊兵衛はどういう気分で、姿勢で掻い潜って来たのだろうか。
「言葉の降る日」、まだ6割方しか読んでないが、とても面白い。

片桐ユズルの「意味論入門」のあの熊さん八さんの文体はどこから来たのだろう。講談、勝海舟の座談、エラスムスの「痴愚神礼讃」のような流れ?アメリカにそういう流派があったのかな?
八文字屋は低調。
稲山さん、銭湯の本を書いた林さん&友人が精華の西川加奈子のトークショーの帰りに寄る。ロンドクレアントで個展開催中の作家&井上ヤッサンの友人達(内二人は小倉出身)。田中さん来ず。

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2016.10/26(水)



加藤典洋さんの「書く人 鶴見俊輔」(『言葉の降る日』所収)はこれまで目にした鶴見論の中では最も読みでがあり、深く納得のいくものだった。もっとも、「鶴見俊輔の持っている意味のごく一部にすぎません」と記している通り、というか、鶴見の詩群、「退行計画」を読み込んでいる。僕自身も1968年に「不定形の思想」の中の鶴見の詩にえも言われぬ感動もしたし、68年3月号の「展望」の中の「退行計画」を読んだ時に、自分は無理をして大学に通わなくて良いのだという思いに誘われもした。加藤さんは鶴見の「北米体験再考」と「退行計画」から入ったというのも面白い。ここで引き合いに出されている鶴見の地の文(特に、僕が『退行計画』で20歳の時に感動したのと全く同じ個所を引用)、加藤さんの無駄のない素晴らしい論考で引き写したい個所がいくつもある。法然院の橋本峰雄前貫首の鶴見俊輔の「宗教性」についての指摘も迫力がある。
Sがゴキブリの処分に来てくれと言うので、8:30には訪ねる。その後はダウン。
ルネで食事、初パフェ&コーヒー。

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2016.10/25(火)



また、アホな夢。
八文字屋のおでん用に寸胴を探し回った。
なんと出町の溝口さんの家(『寿堂』店の間口が広がっていた『竹長』の趣きがある土間だ)に2、3あった。よく見ると、どれもほんやら洞で使っていたものだ。カレーのルーを炒めた黄色い焦げ目の形跡がある。おでんを焦がした形跡も。地べたに落とすとガビッと剥げるのでは?と思い、放り出すと、カランという音がして、奥にいる奥さんが回り道をして出てきた。「これ、ウチで使っていたやつですね」と言う。有り難いことに「ええ、どうぞ、持って行って下さい」と言ってくれる。嵩張るがチャリの前にぶら下げて、ほんやら洞の方に行く。その前に溝口さんが亡くなって何年になるのですかねぇと奥さんに訊くが憶えてないと仰る。今出川に出ると、前のままのほんやら洞があった。しかも「材料もあるので」とSが仕事をしていた。学生客が3、4人いた。そこへ大阪のカウンターのRIMさんが目敏く見つけて入ってきた。
あれれ??燃えて更地ではなかったのか、おかしいと思いつつも、営業できるのなら、Sはもう大学の仕事を辞めて、このまま、ここでやればいいと思っていると有馬敲さんがやって来て、真っしぐらにトイレに入りつつ「いつ再開したんでっか?」とくる。
カウンターの下には米袋もある。ミニコミ棚の上には「美女365日」と「Beautiful Women …」もある。八文字屋では無くなっているので、丁度いいと思う。
二階から、僕のベストプリントが入ったケースがふたつ残っているのをSが持って降りてきて「八文字屋のテーブル、ヒカルちゃんに、キレイに拭いて貰っていて!プリントが汚れないように」と言う。ランチ客を断っていたが、おでん定食でいいではないかと思う。そこへ井上ヤッさんが、ランチをとやってきた。ミス着物を束ねている茜ちゃんも来た。
僕はいつまでもいたら隣の阿部が出てきたらかなわないな、と思いつつ出ようとする……。と言う夢。

少しだけ原稿。
八文字屋にサングリア入れのケースを取りに行く。
加藤典洋さんの「言葉の降る日」を買う。
S宅で残っているステーキを食べに行く。三条河原町でチャリで転ける。
八文字屋、久方ぶりに坊主。ラグのフライヤー、みやこさんのフライヤーのみ。

「朝一番にゴキを退治に来て!」という電話。

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2016.10/24(月)



4:00帰宅。
10:00起床。
ブリタニ・ブリングハウスさんよりメール。また、時々寄る、と言うので、先日の話題の続きをメールする。

ブリタニさん
先日、お話した、女性の先駆的写真家の名前は、日野水ユキエ(1887~1964)です。1908年?写真の仕事をしています。愛媛県出身です。
この女性についての研究書は全くないと思いますが、黒岩比佐子著「国木田独歩とその時代」(角川選書)に登場します。
興味がありましたら、ご覧下さい。
甲斐

Mさんからもし毎日新聞の鈴木琢磨さんが片桐ユズルさんを取材したいのならアレクサンダー・アライアンス・ジャパン 京都校へどうぞというメール。

Mさんよりメール。
次回の「片桐ユズルに聞く」は11月14日(月)午後7時から9時、アレクサンダー・アライアンス・ジャパン 京都校にて行います。参加費:2000円

ルネ。靴下、ブリーフ買いに出町へ。天皇が通るらしく野次馬多し。(この画像とコメント、鄭さんに誉められる)。
「トンネル」を抜けてから考えているけど、やはり、ほんやら洞を焼失してからはフィールドを喪失したって感じあるなあ。
昼間、客が無くとも、表に椅子を出して座っていると今出川だから人通りも多く、子供、犬、猫、おじいちゃん、おばあちゃん、外国人観光客、綺麗な女の子らが寄って来たもんな。

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2016.10/23(日)



三人で店番しているが、客が来ず、連れ合いと若いバイトに近くでの「イベントを覗いてきておいで!」と言って、舗道脇の手すりに腰掛けていると、通り過ぎていく女子大生三人が「ここ、一度入りたかったんだけど、開いてない、真っ暗」と言うので「開いてますよ」と呼び、招じ入れる。ひとりがはしゃぎ二階に行って降りて来て「凄いよ!おいでよ!」誘う。モーニングサービスを注文なのに、チリコンカンしかなく、パンもライスもないことを告げるとOKと言う。ホッとしていると、そこへ背中にギターを背負った男子学生が10数人ぞろぞろと入ってくる。しまった!飯だ、飯だと思い、連れ合いの電話1を押すが出ない。この状況を読めないなんて!と不覚を思い知る。兎に角、皆に二階で待機して貰い、米を買いに走る。
よく考えれば、焼失したほんやら洞でのことで、なんだ、夢だ、思い、目を覚ます夢を見た。
知恩寺のカオリンズのライブに行きたいが、そんなことをしたら、体調を崩す可能性あり。月曜社に邁進すべき一月を体調維持と売上確保に汲々とした。
最も厳しく彼(ジョイス)を苛んだのは彼自身の才能ではなかったか。言語というものに対して、文学一般に対して、彼のレンズは広角と望遠と接写を兼ね備えていた。言葉が湧いて出てしまう。その奔流を止めることができない。/『ユリシーズ』は最初のページから始められて、書き継がれて、最後のページに至ったのではない。現代のダブリンを舞台にした『オデュッセイア』のパロディーという構想のもとに馳せ参じる数千のアイデアを四六時中メモし続け、各章を用意して少しずつ散文に仕立ててゆく。/こんな無謀な、しかもほとんど無名の作家を支える人々が現れる。詩人のエズラ・パウンドとまだ無名時代のヘミングウェイを別とすれば、女性たちが多かった。それは、ジョイスが文学を通じて解放しようとした人間の本然を最も抑圧されたのが女性だったからだろう。彼女たちは無意識にそれを感じ取っていた。(毎日新聞書評ケヴィン・バーミンガム『ユリシーズを燃やせ』《柏書房》の池澤夏樹)。
広角、望遠、接写を兼ねたレンズね。

ルネ。札の辻の長谷川歴史記念館に行くが、コンサートをやっていたので遠慮して引き返す。3:00前後天皇上洛らしく河原町通り、塩小路、七条付近の警戒かたし。
S宅でステーキのせいでオープンは少し遅れる。
7:50業務用スーパーで少し買物を終えて店に行くと田中さんが帰ろうとしていたが、戻ってくれる。
ヨシダミノル7回忌は7:00に終えたらしい。この流れがあったかも知れないが、開け損なった。桜井淳子さん来店。吉田孝光さんもいましたよ。私は、7:15に来たけど、閉まっていたので、他所で時間を潰してきた、という。桜井さんは、70年代東京で「パイドパイパー」をやっていた岩永正敏の弟さんの奥さん。70年前後雑誌「構造」のデザイナーだったとは、初耳。その後のお客さんをFBで画像up。
船橋さんが台北の実業家、張添涵さん(写真家でギャラリーも経営)を同伴(左から船橋さん、張さん)。右は、サユミさんとウィル・スチュアートさん。スチュアートさんは、ドキュメンタリー映画監督で甲斐撮影の申し込みに。キッカケは4ヶ月前のペチャクチャナイトでのプレゼンテーション。奈良井さん、シュウヘイさん、ゆういち君、八瀬の林さんも来店。
日経新聞の映画担当の編集委員の古賀重樹さんが久しぶりに来店。アパホテルで昨日は19000円、今日で9000円だったと。「菊とギロチン」のロケ撮影の帰り。ディランの話、この30年の日本映画について歓談。Gee Fujita監督の「かくやくたる逆光」を見せたり、カオリンズの「おいらトラックの運転手だったんだ」を聴かせたりして3:00まで。
「菊とギロチン 女相撲とアナキスト」の瀬々敬久監督は、90年代ポルノの四天王と言われていたとか、古賀さんの話を聴きつつ、そんなことも知らない僕はこの25年余程世間から隔絶して生きていたと笑うしかない。瀬々監督は京大にいたことも臼杵出身であることも、大分のよしみでか?山崎ハコを起用するというゴシップからも遠くにいたようだ。
45年前の僕はそんなことしか知らない生活を送っていた。

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2016.10/22(土)



伊方原発訴訟団の証人で、今や電磁波研究所を主宰する荻野晃也さんが、ほんやら洞にには何人ものボブ・ディランの詩集の翻訳者がいるのならディランのノーベル賞受賞に際して、ささやかでもお祝いの会を持ったらどうだ、と言われた。
でも、肝心のユズルさんはその気はないし、中山容さんや中村サトシさんが存命なら、いや、有馬敲さんがもう少し元気なら、そんなことにもなったかも知れない。
それを機会に、と思う人物が必要だ。
ポール・グッドマンの追悼会は、死後、2、3日してほんやら洞で5、6人で72年8月にやったのを思い出した。

夕べは、オランダのシーボルトハウスでの拙写真展のオープニング・スピーチを聴いたという京大への留学生、Brittany Brighouseさんが偶然来店したのにはビックリした。日本の写真史専攻で、最近は女性写真家に関心を持っていると言う。
今日は第55回プロ文研。会の話題を聴いていて、僕は1970年以降の風俗を殆ど知らないし、理解も絡みもなかったのを痛感。本来なら、精通した人生を送るべく資質を持ち続けたはずなのに。根本的な弱点があったとしか、言いようがない。
井上章ちゃんが、「お早う朝日」かなんかのコメンテーターを勤めた時、自主規制という前に今日はこの話題ということで、例えば、歩道の下にカメラを仕込んでの盗撮犯が捕まったという話題なんか「それ、ヨーロッパでは犯罪にならないのですよ」と打合せで言うと、その発言は没に!と言われたりしたらしい。その種のことが結構多く、干されたのかなあ、と。

粟生田弓「写真をアートにした男」(小学館)を捲っていると次の一節が目に留まる。ケルテスの言葉「アカデミックに堕落した前衛芸術家・公的機関からの表彰状を得意満面で受け取る作家・技術優先主義の骨董写真家になってはいけない」このような当り前のことが忘れ去られて久しい。(粟生田弓さんが、これ、リツイート)。
寂しい八文字屋に紀井さんがキミヤからドイツからの旅行者(化学の研究者)4人を引っ張って来てくれた。そこへ年収自慢しかしない損保ジャパンで1500万円年収確保の53歳(三世帯維持も自慢)が知人と闖入、さらに高給取りのロックンローラーを呼ぶが、最後はひとりの単身赴任者。
オイタさんも来店。

誰も居なくなった1:00の八文字屋にアトランタのギターリスト、パークスの高校生時代の同級生の写真家と彫刻家の若者がやはりアトランタからやって来て、ポストカードを30枚買う。カードを使えたら、写真集も買いたいのだが、と言う。
そう言えば、去年の今日、パークスが来店したのだった。

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2016.10/21(金)



4:00過ぎに就寝。
10:00起床。
どうも本調子ではない。
11:00ルネ。12:30に戻って横になる。原稿に向かえない。
2:09地震。震源地は鳥取らしいが、かなり広域。
こんなに不調なら「苦海浄土」か「椿の海の記」でも読みたいが、ない。
粟生田弓「写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン」を走り読みする。
不調なら不調で、徹底的にノンビリしよう。

稲山さんがありがたいことに心配そうに「今日は儲かった?」と当然儲かっただろうという表情で聴いてくれる。トノヤンも珍しく八文字屋を堪能。帰るつもりがなかなか帰れない奈良井さん、三上さんの本人的にも嬉しい悲鳴。
それでも、実は、儲かってないのは、傍目には理解し難い。
付き出しを出せない留学生ばかりが相手では、トントンか、それより下回る。スイス、ブラジル、ドイツ、オランダ、フランスからの専門分野も種々多彩な才能豊かな好青年たちが集合し、それに八文字屋精鋭?の日本人常連客が交流を楽しみ、良い時間を過ごす。ひとつの達成というべきだが、店維持に必要な売上にイマイチ及んでない悲しい実情が厳然としてある。
八文字屋はそんな店。

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2016.10/20(木)



youtubeで「剣客商売」を見てしまった。
11:00ルネ。「京都猫町ブルース」も2冊仕入れる。村上春樹の「女のいない男たち」も。Sから5:40に飯は?と電話。もう済ませた後だった。行っていたら客対応出来なかった。
6:30に客あり。堺の「みさき寿司」で稲山さんに会ったという小学校教師上がりの土橋さんがやはり三重の元小学校教師の女性を同伴。直ぐ後に荻野晃也さんもやや酔って来店。昼間、樽家さんに会い「年内持つか分からない」と聴いて来た田中直子さんが小中高と同級生の京大教授北川さんと中高同級生の木田同伴。北川には気に入って貰う。朱女ちゃんは人文書院のSさんを同伴。Sさんは甲斐写真ファンとかで、何冊も写真集を持っているが、2冊買ってくれる。朱女ちゃんはそう遠くない未来に出版社を立ちあげ、父親の画家佐和さん、イサムちゃん、そして甲斐さんの本を出すのだと嬉しいことを言ってくれる。店も手伝っても良いというようなことを言う。
稲山さん、藤原清登トリオの情宣をやっている女性も来店。2:00前に閉店。

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2016.10/19(水)



まだ梅安を見ている。
10:00起床。11:00ルネ。iPad数時間使えず。
荻野晃也さんが「京大の731部隊問題は究明しなければ」と言って帰ったのはいつだったか。
ヒルゲート覗く。
八文字屋には鹿さんが早く来て一緒に「ケネディ家の野望」(1992年)を見る。奈良井さん、染ちゃん、リアルちゃんらも来て、1:30には終わり、村屋に寄る。満席だった。
京大正門前では映画会「薔薇の名前」をやっていた。

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2016.10/18(火)



今日から頑張るつもりなのに、やはり調子が上がらない。もう歳か?それとも内臓でも悪いのか。
11:00ルネで「ほんやら洞日乗」2冊、苅谷千尋「エドモンド・パークと帝国の言語」若松英輔「霊性論」所収の「思想」(10月号)を買う。永澄さんに返済メール。

しゃきっとせねばならないのに、一ヶ月程、朝方近くまでの営業も多く、不調、低迷が続いている。その間バイトの休みも続く。Tさん、オイタさん、鹿さんで終わりかなと思っていたが、深夜、京大の高山先生がオランダ学会の帰りに東大、明大の先生を同伴(オランダ人は疲れて帰ったらしい)でホッとした。カウンターには、木屋町の主とも冥府からの帰還者のような男(失礼!笑)が陣取る。僕の今日の話、書かないでくださいねと言うが、もとより、書く気がしない(笑)。
老人曰く「キャバクラは1時間で6500円で交代で、3人の女の子がつく。20分ずつ。本音を言えばいいだけ。アンタがダメなら、他に行くよ!と言ったら、大抵、ちょっと待って!私として!と言う。1時間で3万円とか5万円になるんだもんね。気に入れば、買物もして上げるんだもの」老人は、一時間でダメなら、もう1時間、更にもう一時間いけば、大抵ひとり位仕留められる、と言うのだ。京都には、ややこしくない、そういうキャバクラが14~15軒あるというのだ。
3:00帰宅。

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2016.10/17(月)



新潟県知事選、反政府勢力が勝利するも諸手を挙げて喜んでおれない。
一日中何もせず。youtubeで、子連れ狼、仕掛人藤枝梅安、kennedy家の物語をみる。この一ヶ月不調。殆ど何も出来てない。
ユズルさん絡みで連絡を毎日新聞のために一役買おうとするが、上手くいきそうもない。二度ルネ。
ノーベル賞委員会、ディランに連絡するのを諦める。
八文字屋に、近江八幡帰りの新宿ゴーデン街のジュテのカワイトモヨさん来店。小沢君江さんが年末に東京に来ると聞く。
鹿さん、琢ちゃんがきて閉店。琢ちゃん、最近は何かと忙しく、西田幾多郎を読めないとぼやく。

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2016.10/16(日)



Sの八文字屋ダウンで仕方なく、朝まで。7:00に起きて、百万遍のすき家で二人して朝飯。帰宅して、数ヶ月ぶりに日曜の日刊紙各紙を買い、書評欄に目を通すも、辛い、眠い。9:00~11:00は眠る。写真家長島友里枝がメイ・サートンの「70歳の日記AT SEVENTY」の書評で「『独り居の日記』の頃から変わらず、メイ・サートンは生きる目的である創作と、生きるために避けられない日々の雑事との拮抗に悩み、その心情を率直な筆致で、延々と日記に書き綴っている。それらはわたし自身の悩みであり、苦しみもがきながらも、生活も創作も決して手放さない姿に勇気づけられる」と記している」で書く。他に、吉田修一、辻原登の小説もその内読みたい。「帝都東京を中国革命で歩く」「ウィリアム・モリス」も。新聞全てに目を通す元気なし。

毎日新聞の鈴木さんよりメール。
「いろいろありましたが、お元気でしたか。小生、体調悪く、ぼちぼちです。ところで、ボブディランのノーベル賞驚きました。片桐ユズルさんに連絡つきませんか?京都とディランで書ければと愚考しました。よろしくお願いいたします。」
神田さんにメール。
知人の毎日新聞東京の編集委員が、ディランノーベル賞ということもあるが、片桐ユズルさんの近況も含めてインタビューしたいと言っていたのですが、どうやって連絡をとったら、良いのでしょうか?

Mさんへメール。
お願いがあります。ディランノーベル賞と絡めて、毎日新聞がユズルさんの近況も含めて「ディランと京都」という記事を書くのに、是非、ユズルさんにインタビューをしたいと言って来ました。僕は、ユズルさんが、そんな俗っぽい取材に応じるかどうかわかりませんよ、と伝えました。Mさんが打診してくれても良いし、もし、OKなら電話を教えてくれませんか。

鈴木さんからの再度のメールをMさんに送る。
ボブディランは何を伝えようとしたのか、そしてユズルさんのあの頃、京都でフォークが盛り上がった頃、翻訳した頃の思いを聞かせてください。ノーベル賞委員会はホメロスにも比するとまで称賛しました。いかがでしょうか。また、反戦平和の歌は今こその気がします。現在の日本社会をどうご覧になっていますか? ディランが僕らにくれたもの 京都からの報告です。

扉野良人さんよりメール。
『百年のわたくし』、詩のらうどくくわい、盛会でした。冊子を作ったので、近いうちに届けますね。

鵜塚さんにメールを入れる。
ディランの件、東京毎日新聞の鈴木氏が片桐ユズルさんをインタビューしたがっているのですが、ユズルさんは新聞には消極的です。
鈴木さんは「京都からディランへの手紙」という形で記事を作りたがっています。
ユズルさんがの近況報告というのなら好もしいという筋(周辺、側近も含め)もあるようです。一計案じて、明日、ユズルさんを説得?当たってくれるかも。
吉と出るか凶と出るか、微妙です。
先日、鵜塚さんからユズルさんの連絡先を教えろと言われ、ユズルさんが消極的なのを承知していたので、教えなかったことをお赦し下さい。
「手紙」のアイデアは、3年前にディランのフランスの最高の文化勲章(レジョオン・ド・ヌール)を受賞式に際して、フランスの叙勲局から要請があり、ディランの詩集の邦訳者4人が依拠するほんやら洞を代表ということで、僕が実際にディランへのお祝いの手紙を出さされたことに基づいています。
その賞の時も受賞式の後、ディランと当局とで一悶着があったときいてます。スムーズにその場では、ディランへ僕の手紙は渡りませんでした。
明日、ユズルさんがOKを出してくれれば良いのですが。

不調で無為に過ごす。
「むさし」に行く。
7:00前に、三上さん来店。ついで、砂布均さん、ミネコさん、パギやん来店(後ろの席)。奈良井さん、杉沼さん&女性、田中さん、シュウヘイさん、フランス人初来店男、アンドレアス&彼女&年配の女性(マリリン)、バンソン、10:45にして、お客さんは誰も居なくなってしまった。バンソンは、明日パリへ。次回は、2月になるらしい。新顔の若い女性も二人(イーちゃん&ユーちゃん?)来店。一人はバイトに入る可能性あり。パギやんも久しぶり。1:00前に、濱上君&女性。2:00閉店。

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2016.10/15(土)



6:00そして8:00に目を覚ます。小便が近くなった。前立腺炎かも。
非常に長いケッタイで示唆的な夢を見ていた。夜の仕事と昼の仕事が繋がってしまう日の夢。久しぶりに生け捕り?して書きたいけど、3時間くらい掛かりそうなのでやめる。今は11:30。2:00には、八文字屋客あり。実際、前日と今日の間に休む間がない感じ。
11:50にSが昼飯は?とTel。状況を説明して、ひとりでルネで飯そして出町で買い物。チャイの用意をする。ついでに、夜の仕込み。鯖のかぶら漬け、手羽先、トリキモ、枝豆。来週からおでんか。
夢は重層構造で、面白いのだが……。起きて3時間経つと忘れてしまった。とても残念。書きたかった。久しぶりの巨篇(?笑笑)でした。舞台はインドでもあり、何処か知らない日本の土地であり、大阪、京都でもあり、八文字屋に繋がる百貨店の回廊でもあった。何故かインドの地に飛行場から降り立つと、目の前で、大きな裸牛、大きな裸馬に乗るレースらしきものが、観光ツアー客によって繰り広げられ、騎手?は直ぐに振り落とされるのは見え見えで気が気でなかった。同行の日高六郎さん&暢子さんらを連れて川を渡って、百貨店みたいな場所に入った時点で僕ら一行は臭い消しをやっていず、これでは虎に追っかけられ、食われると思い、慌てて、日高六郎さんら臭い消しの処置をする。そこへ八文字屋から家に帰るのに稲山さんら客が皆ついて来るので、慌てる。明日は昼から客が来るので付き合っておれない、弱ったなぁと途方に暮れる。なんとか皆を巻き独りで八文字屋に行く途中に階段を降りていると途中で濱崎さんに会う。濱崎さんには送って来た古本の代金の誤差を何故か返還しながら、昼と夜の間に買物時間がないので、気は逸る一方で出町に買出しに行き、戻ると、大きなビルの上の八文字屋では離婚してやって来て八文字屋の大掃除になるというカオリちゃんが大掃除をしており、床の水漏れの事を理解していないのが気になり、慌ててカオリンちゃんに告げに行く。床全てが水浸しになっているので、処置をする。パイプが煉瓦で出来た大きな孔になっていた。掃除をしている最中に北口さんのグループがやって来て、結局、一睡も出来ず。何が始まるのかと思うと、カラオケでのディランの歌のコンテストが始まる。崎山政毅、飛鳥井雅道の息子、等々もいる。

昼の2時から、13人が集まって(画像は9人)の多民族共生の御堂筋パレードとフェスティバルの実行委員会の会合に、今日は、八文字屋を使われる。山崎佳代子著「ベオグラード日誌」(書肆山田)を囲む会?藤原安紀子さん、ぱくきょんみさんらの会が同時刻に徳正寺でやっており、顔を出したかったが、断念し、チャイを作り、山崎佳代子さんの「ベオグラード日誌」を読む。
実行委員会に出席の沖縄の金城さんという方が、日本から基地をなくそうという主張は、沖縄に基地を押し付けるという世論を醸成しているのではないのか!?今や日本人の86%が日米安保体制を支持おり、元々、沖縄にはアメリカの海兵隊基地がなかったのに、日本から米軍基地撤去という動きが「キャンプシュワブ」という海兵隊基地を支持しており、こういう状況下では、大阪人が大阪での基地を引き受けるという思想が必要なのではないのか、と問題提起。
6:15ルネでSと落ち合い、飯を食って、八文字屋にトンボ返りの予定が、6:30大黒屋でニシン蕎麦、だし巻きになる。7:00八文字屋オープン。
Sは遅くまで書店巡り+α後に来店しオイタさんとお隣のフォーラムへも行く。2、3回目の椿さん、白山さんご夫妻、冨樫&禅カフェ客、バンソン&仲間二人、田中さんは休みだが、草葉さんがキャバクラ帰りに来店。徳正寺は7:30に終わったようで、稲山さん&山尾あすかさん&稲山さんの梅花の元同僚は8:00に来店。深夜、ディランのTシャツのヤマノヤさんが久しぶり。2:00には閉店したいが、3:30までお客さんがいて、直ぐに帰りたいのに酔い潰れと付き合い、またもや朝帰り。週末は仕方がないとも言えるが、こんな生活を続けていたら、身体を毀すし、本も書けない。

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2016.10/14(金)



5:00帰宅。辛い。
10:00起床。各紙買いに行く。ルネで飯。12:00に返済に走る。
午後ダウン。体力がなくなった。Sがウチで飯を!というので行ったせいで、三上さんとすれ違う。
トップ客は、佐々木米市さん、尺八の杉沼さん、そして単独の稲山さん、昨日来なかった田中さんは珍しく遅れてきて、甲斐誉め殺しで気色悪い杉沼さんを揶揄う。「生前遺作集」を買う。大阪ABC放送の常連さんが京都支局長の南出拓平さんを同伴。皆が帰った後に、地球屋でのバンソン送別会帰りの奈良井さん、アドちゃん、三浦優子さん、ウッチー&カオリンが来る。
ウッチーが「甲斐さん、これから、八文字屋をどうするの?僕が引継ぐという事も考えているの?」というので、「行く所まで行って、後は終わりさ」というと「甲斐さんはそんなことをしたら、その後やる事がないでしょう!?」と来る。見縊られ、オイ、オイ、オイてな応対をする。
2:00なか卯でウドンを食って帰る。久しぶりに3:00前に帰宅。

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2016.10/13(木)



八文字屋の大家とのトラブル解決から1ヶ月。
この間、虚脱状態が続いた。丁度、バイトも殆ど居ない時期と重なる。書下ろしに邁進すべきなのに、出来てない。担保を回収したり、迷惑を掛けた方にまだ返済は続き、プリント発送の日々。肝心の大家からは終結告知の書類明細届かねばならないのに、一向に来ないのが腑に落ちない。警戒を解くわけにはいかない。田中さん、稲山さん、オイタさん、奈良井さん、三上さん、琢ちゃん、鹿さん、Kei-K、坪川さん、艸居メンバーを除いてこの間2日以上顔を出した常連さんは居ないという低迷状況。腑が抜けた?つまり、超低調な日々が続いている店には客もこないかも。悪循環。対処すべき問題は山積。
11:00ルネ昼飯。三角州昼飯情景撮影。足が悪くなければ、川に入り、川から撮りたかった。アートスペース感へ。早過ぎて草間さん不在。妙顕寺の下宿跡を撮影して出町へ。鴨川で原稿を書こうとしていると、Sよりメール。濱崎さんからも電話。銀行に行き、15日の務めを果たす。
八文字屋にはアマゾン本届く。
原稿を書く間もなく眠くなる。Sがルネで飯を!と言うので、八文字屋からルネへ。
八文字屋での田中さんの連続来店13日で途絶える。
トップ客は、大井智さんの知人、奥ジャパンという旅行会社の女性が同僚3人と来店。次は、読売の山本記者(毎日新聞大阪の鵜塚健さん、山本記者同様、ディラン・ノーベル賞関連)、京大再生医療研の中村先生、S、篤太郎先生、稲山さん、バンソン、R大のSさんが赤旗の記者同伴、以上の皆が帰った後、近藤和見さん&鮎さん。二人が1時間で帰った後、琢ちゃんからメールが入り、段ちゃんがボブ・ディラン受賞祝賀で歌いにいくよ!とのこと。段ちゃんの歌を動画にして!と言うので、段ちゃんが来て、最後に10分動画に撮る。気がついたら、4:15。

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2016.10/12(水)



風邪気味でノンビリする。
SDカードのトラブル?昨夜の画像upできず。
自分の写真集をアマゾンで回収。11冊到着。
田中さんは「笑う鴨川」を買う。「希望を語れない世の中になった。将棋の名人がAIに負ける時代ですからね」と呟く。
森田さん、フーさん、奈良井さんらが帰った後に坪川さんも来店。2:30閉店。店も身体も不調。

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2016.10/11(火)



帰宅9:00。
「ハンセン氏病と向き合う」(鶴見俊輔の仕事 1)読了。
Sと寿司を食う(出町で買う)。
京都市美術館へ。

トップは、田中さん。ついで、京大アジア地域研の賭事に関心のあるミンダナオをフィールドとする師田史子さんが横浜市大の後輩の賜萌子さんを同伴。賜さんは昨日でレストラン勤務を止める決意の下で旅に出たという。倉敷、瀬戸内芸術祭に向かうとのこと。ふたりともチャーミング。師田さんは京都に期待を持って来たが、イマイチとのこと。
田中さんの来店記録は10日間でストップと思っていたが、実は一昨日も来店していたが、オープン前で帰ったとのこと。
12日間連続は続いている。
「30冊写真集を買ったら、『檀家として』(笑)もっと軽便な音響システムを寄付するつもりだ」とのこと。有難い話だ。
9:30には鹿さん、そして山田拓広さん&カルフォルニアの女性造園家、竹ちゃん、艸居の3人、八文字屋開店当時のバイトで映画「ハリヨの夏」のモデルの小西明子さん(風吹ジュンが務める)&元田中のバーのマスター。
1:00で誰も居なくなり、ごろ寝。風邪をひいたかも。
6:00起床。

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2016.10/10(月)



4:00帰宅。
買物、Sとめし。ずっと散歩。恵文社で湯浅進・木村聖哉・黒川創「ハンセン氏病と向き合う 鶴見俊輔の仕事 1」(SURE)を買う。ロンドクレアントに行くが、休み。直後車のマヤオさんに会う。
10日間通い続けていた田中さん来ず。
柳生邦子さんが早稲田の雄弁会で同期だった7月から時事通信の支局長就任の男同伴。冨樫、田中直子さんが新制作のSD部の加賀谷さん、絵画の塚崎聖子さん同伴、琢ちゃん来店で返済。八文字屋で寝崩れた。

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2016.10/9(日)



朝方、ハードレイン。8:30帰宅。
昼まで寝る。電話が通じず、姉が心配していると言うので、電話。ルネで蕎麦を食べ、「無名」を読み続ける。

八文字屋はゴールデンタイムに客がなく、夕方にすこし、深夜に浮浪?の客が少しあるだけの中抜けの店に成り下がった。6:00~8:00は撮影希望客来店タイム。9:00~12:00までは、殆どお客さんなし。12:30以降にちょろちょろと来客。
トップは田中さん、今日で10日連続。ついで珍しくK-Kei、ツーリング帰りで山葵漬け土産の奈良井さん、勝負帰りの周平さんが来たところで、浅利ちゃん。鹿さんも。後はフィリップのバーの流れのインドネシア系フランス人&男二人、そして稲山さん、田部さん、鹿さん。エレベーター内から稲山さんが連れてきたイギリスのデザイナーのオリビア&リダ、バンソン。3:30までダラダラと。

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2016.10/8(土)



何故か梨木香歩とエストニアに行っているてな奇妙な夢を見ていた。
艸居に始まり、艸居に終わる。
若冲には行けず。ルネで、中原昌也の文庫本3冊。
25~30年前の八文字屋の常連さん全員集合みたいな艸居の武田浪個展のオープニングパーティーのロートルアーチスト連だった。「美女と野獣」の宣伝をする。話題は、それぞれ時間がゆったり流れているので、ほんやら洞はどうなった?とか、亡くなった秋野子弦もまだ生きていると思っている清水忠さんの昔話があるかと思えば、「京都市京セラ美術館」への怒り、憤懣爆発で、戦犯は潮江だ!撤回させろ!と沸騰。
ケータイの充電コード行方不明。姉、紫蘇の実、カボスを送って来る。
田中さんは9日連続来店。今日は“Beautiful Women in Kyoto”。
20年前に吉田山で八文字屋で働いていた芸大生の顎が少ししゃくれた女性(吉田千絵さん)にデッサンを習ったことがあるが、あの方はどうしてますか?という東京からの青年あり。「あんなキレイな方はないと思っていたが、写真をこうやって見るとそうでもないですね」と言う。草葉さん、京大国史院生二人、後は無しで終わると思ったら、艸居の5人来店。2:00まで。
八文字屋泊。

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2016.10/7(金)



10:00起床。
不調。アンスティチュ・フランセでフレンチ料理のイベント開催中、覗かず。京大和太鼓の明日のイベントのポスター撮る。MARUZENで沢木耕太郎の「無名」買う。
やっと風邪が抜けたかな。
超暇な八文字屋。トップ客は、三上さんそして稲山さん。田中さんも来て写真集を一冊。バイトはヴィクトリア。同成社の美しい編集者、三浦綾子さんが元日文研の研究員同伴。新聞に「文芸春秋」の広告で綿矢りさ、井上章一、舟越英二郎の鼎談(てなもんではない?)の広告が出ていたらしい。ウッチーが今朝、井上章一さんはテレビに出ていたとFb。井上さん、25万部とちょっと誇らしい思いは勿論あるが、一抹の寂しさも、あると贅沢なことを呟く。異常に講演が増えたようだ。吉川幸次郎、梅棹、梅原のゴシップを行き合わせた同成社の編集者に披瀝サービス。「日文研の底には豊洲市場の底以上におどろおどろしいものがある」てな事を言って笑いを取る。「杉本秀太郎なんて、日記のネタ取得のためだけに日文研に席を置いとったん違いますか(笑)」とも。ヴィクトリア&ニコラスの友人の哲学の院生来て、僕のピアノもyoutubeで聴いて下さい、と。アミット、バンソンは入れ違い、お互いに良かったはず。
12:15ヴィクトリア退散と同時に客は消える。2:00にイケメン留学生5人。3:40閉店。

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2016.10/6(木)



相変わらず、不審電話。ウッカリ料金1105円不足で1時間Tel止まる。
未だ体調不十全。1時間だけ月曜社。加藤さんの本、粗方読む。
トップは、田中さん(今日も写真集を)、次いで田部さん&稲山という師弟。
競馬シュウヘイさん、八文字屋ライブのカオリンの「オイラトラックの運転手だったんだ」をキレイに録音してFbにアップ。バンソンと聴いていると田部さんがヴォリュームを絞って!と言い、バンソン渋面を浮かべ、僕は苦笑して踊り場に出て最後まで聴く。谷川さんはいつものお連れ同伴。
深夜、バンソンと二人っきり。彼「静かな良い時間だ」と呟く。
阿蘇山噴火。

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2016.10/5(水)



カメラを持って歩こうと思ったら、昼から急に雨。
この一ヶ月、あの短い桝形通りでさえ端から端まで歩いてないので、雨が上がってから行く。焼失した「さよなら出町」用のネガの欠を補うべく撮影もしたいが僕も町も元気ない。元気がない町に少しでも元気を見出すか、欠だらけのネガの中から、焼失のベストのネガに遠く及ばないにしても、残された10万カットから少しでも面白いもの(出町の元気を再現するネガ)を探す作業に手を染めるのはフランクフルト展の後になりそう。ちょろちょろ桝形通り歩きで、マシな写真が撮れるかな?
今日はまず、自転車の鍵の取り替え、それから書類請求の手紙書きをして、ギャラリー2~3個所巡りをすれば夜。そう言えば、10月8日の武田浪さんのオープニングパーティ現代美術艸居(16:00~18:00)も覚えておこう。
草間喆雄さんのギャラリー感展はいつだったか?
とにかく元気が出ない。
トップ客は、竹野さんの知人の若者(奥田昴亮)&ガールフレンド、「生活向上委員会」ライブ@文博帰りの神戸の原毅さん&友人、杉村昌昭さん&勝賀瀬さん&ナカニシヤ?の編集者、数研出版の3人、川嵜さん、奈良井さん、草葉さん、冨樫&ドイツの医師フレデリック・シュワルツさん、同志社大の男&府大の建築4回生の川内出身の女の子、バンソン。
3:00閉店。

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2016.10/4(火)



チャンマキからメール。
近々、北川フラムさんが手紙を寄越すとのこと。
どうやら、風邪をひいたようだ。
ルネ。
加藤典洋さんの「世界をわからないものに育てること」を少し読む。
荻野晃也さんからオートファジーの何たるかの一端を聴く。荻野さんは今日の午後、ずっと京大医学部の図書館でオートファジーの研究史(発表された論文すべて)をチェックしたという。オートファジーとラジエーター、オートファジーと電磁波等々、この2、3年に急にオートファジー研究が盛んになったが、大隅良典さんは、1981年発表しており、ノーベル賞委員会は流石に凄いね、ちゃんとチェックしているのだとか、大隅さんは当時は駒場にいた筈だが、そこは居心地が悪かったのか?東工大に移っている事等をさっきまで原発擁護派の学者に対して甲状腺と原発の関連が何故なされてないのか!?を飲みつつ問い詰める中で喋ったてな事を吐露する。京都の市民運動に日本共産党が食い込もうとしている話、大分での伊方原発絡みの裁判で資料を合同新聞、弁護士に苦労して送ったのに、その後、梨の礫だとのこと(後に、合同新聞の佐々木稔記者に同社の努力、実情を知らせていただく)。田中さん来店。「のみ亭」常連のヒロさん来店。オイタさん。
10:30にして誰も居なくなる。ジャーマン&ティルは直ぐに石丸商店へ。ティルの和歌山の刑務所の女性受刑者が出す手紙を検閲用に翻訳する話は面白かった。勿論、秘守義務は守っている。

思えば、この数日間の不調感は風邪によるものだったようだ。
12:00に誰も居なくなり、2:00までノンビリお客さんを待とうと思っていたら、バンソン。風邪なので、2:30に閉める。
深夜、バンソンからメール。ネオナチと飲み、気持ち悪かった、と。ティルのこと。

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2016.10/3(月)



9:00起床。
吉田入金。
ルネ。「路地裏の京都」購入。ルネの山下さんに中原昌也が来たと言ったら、ビックリする。「ロッキングオン」で見た暴力温泉芸者、凄いすよ!と。
何も出来ず。蓄積疲労抜けず。
暫く電話を入れてなかったので、心配して、姉より電話。姉が笑い話を聴かせてくれる。
僕が危機を乗り越えたと書いているのを読み取れない人が検討違いな事を言っているようで、笑えた。
午後チンタラし過ぎたか?中原昌也さんより「また、ちょくちょく寄ります」とのメール。
フランクフルトのIsolaギャラリーより画像15点前後を送れとメール。

今、先方の文書が来るのを待っているが、先方も先方で策を弄していると考えた方が良いだろう。
突然、逆襲されるよりも法務局に供託すべきか?
もう一週間待ってみよう。
加藤典洋さんの文学•思想論集「世界をわからないものに育てる」を少し読む。
夕方まで雨。月曜日だし、八文字屋、多くは望めまい、と思いつつオープン。案の上。
トップ客は、大分の阿南祐子さん、カボス、神戸のチーズ、伊方原発に反対する大分のフライヤー持参。「ほんやら洞日乗」「追憶のほんやら洞」を買ってくれる。1976年~1980年のほんやら洞に出入りしていたという。大分の上野の方だ。
7:30に三上さん来店。彼も安丸良夫、中井久夫に興味を持っていると判りうれしい。
彼の両親が百田の仲人だったとのこと。
田中さん、岡山の美しい女性同伴。「遠い視線」を買う。「カスバの女」を掛けてくれと言う。自社ビルの画像を見せてくれる。岡本清一、杉本修一を知っているようだ。
3人が帰って、暫く客なし。透明人間が来て、1返す。後で、段ちゃんを呼び出す。谷川渥さん&人形。2:45閉店。松屋でうどんを食ってかえる。

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2016.10/2(日)



10:30起床。
一年前に紛失した片玉入りの眼鏡が路傍の草叢から出て来るというアホな夢を見ていた。
ルネ、ヨーグルト、心持ち多し。ぞんざいに入れたか、今日中に処分したかったのか?
今日は鯖の気分でなく、鰯。

なんだか疲れ切ってなかなかヴォルテージが上がらない。回転寿司、MARUZEN見物にいく。眼鏡なしでは棚の上の方も目の前の文庫本のタイトル、著者名も読み取れず。
8ヶ月ぶりにネガを取りに行く。
夜は、袖八ライブなので、暫し掃除。
森恭彦さんから中原昌也さんを同伴するとのメールあり。7:00前に来店。
梅花の田中先生、稲山さんも来店。
サウザンドアベニュー、楽しかった。立命大落研も良し。岡林の「私たちの望むものは」を歌う歌手あり。田中さんも5日連続。今日は“On Reading”。
浅利ちゃん、少し遅れてくる。ライブは関係者で一杯。ライブを聴きつつ、自分の妄執って何?とつい考えてしまった。
東京西荻窪の「のみ亭」に出入りしているハツリ屋の男、K-Kei、奈良井さん、競馬周平さんも来る。
中原昌也さんのものは何も読んでなかったけど、森恭彦編集委員との会話を仄聞しただけだけど、好感が持てた。今度時間があったら、ちょっと覗いてみよう。

1:00には誰も居なくなり、3:45まで寝る。
4:00帰路につく。今回、清水さんには会えなかった。
八文字屋は、日常的にはウッチー&カオリン、稲山さん、奈良井さん、段ちゃん他様々な客に支えられている店。僕の個性を生かす店になり果せていず、32年延命して来た。お客さんあっての店。その中にあって、どうマイペースで行くか。何年同じことを言っているんだ?

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2016.10/1(土)



5:00帰宅。8:30起床。
朝から靴を探すも出て来ず。
12:00ホテルオークラ。Mさんの知人への返金。
ルネで昼飯。
「わたしたちは戦後70年を力のかぎり真摯に生きた人たちが、ひとり、ひとり、次々とあの世へ引っ越してゆく姿を見送りながら、この世ではもうありえない対話をし、考えつづけるしかない」で終る西川祐子さんの「安丸良夫『出口なお』の再読」を味読。

「私たちのように戦後日本社会で自己形成した者の多くは、素朴講座派として出発したといえよう。日本社会の前近代性ないしは半封建性を強調するその理論は、アジア・太平洋戦争への反省を踏まえた批判理論として大きな説得力をもっており、戦後日本にふさわしい啓蒙主義だった。M・ウェーバーや丸山真男で補いながら、私たちはそこに若者らしい理想と希望を読み込んでいた。少しひねくれた心性の持ち主は、柳田国男や『思想の科学』に心惹かれていたかもしれないが、しかしそうした場合にも、その歴史の理解の仕方は、講座派マルクス主義とどこかで交錯していたと思う」(安丸良夫『私的な回想』)には、なるほどと思いつつ、笑ってしまった。思想の科学派はひねくれ者なんだ(笑)。
今日は、寝不足のまま始まり、回復出来ず、夜が始まった。
秋野陽子さんが、ダブリンの僕もチョット寄り、以降毎回案内をくれるギャラリーで展示するようだ。
9月29、30日と吉原健一さんが連ちゃんで来店し、中学時分、ほんやら洞でよく僕から叱られていたと言うのにはビックリ。
八文字屋、トップは、レオの知人のフランスのイケメンふたり(後で、女性が加わる。レオはニュイ・ブランシュのアンスティチュでバイト)、堀奏太郎君久しぶり(10:00に小春ちゃん来るかもと言うも、来ず)。
田中さん、妹夫妻と付き合って疲れたと来て、初めてビールを飲む。「妹らを接待するのに、俺が世間では間違っているような気分になるからヤバイ。同窓会も時々行くが、話の合う連れはいず、何時も二次会にはいかない」と言い、65歳まで借金塗れでやっと70歳になって今の境遇になったと吐露。「出町転々八文字屋有情」を今日は買う。昨日連れて来た18歳の女の子の父親はJリーグのチームのヘッドコーチで、彼女の話は面白いとも言う。京大の国史の院生は奈良の女の子を連れて来て、送って行き、また戻る。
ついで川﨑さん、オイタさん、フランス人女性グループがニュイブランシュとフォーラムのオープニング帰りに寄る。佐枝ちゃん&在田さん、佐枝ちゃんは、艸居のニュイブランシュに言い出しっぺの責任で行ったとのこと。バンソン、段ちゃん(安丸良夫特集を見せるが、難しい、と言う。保立道久さんが引用の中井久夫さんの個所を見せれば、よかった。失敗)、佐藤真由美さん&北口さん、佐藤さんは、アベのスタンディング・オベーションを求める国会のシーンを見て、反吐が出た、いよいよひどい時代に突入だ、と述懐。八橋の登さん、明日来れないからと八橋二箱持参。奈良井さん。
八文字屋で5:00までダウン。朝帰りするも、デジカメにSDカードが入ってなかった。

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お知らせ&イベント

(9/17更新)

カイ日乗 7/1〜20まで更新しました。

★最新展覧会
9/1〜30 甲斐扶佐義・浜田佐智子写真展「ふたりが歩けば、犬・猫に…?」@集酉楽サカタニ

9/1(土)20:00〜 犬猫展記念パーティー @八文字屋

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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