2016.3/31(木)


「大家とのトラブルがきついので、2,3ヶ月後に八文字屋は閉めるかも知れません。
その場合は、半年程休んで、もっと狭い場所で再開するかも?」
以上をFbにUP。
何度も大家代理人とのやり取りに消耗する。こんなことで消耗する訳にはいかない。この様子を見てSは呆れる。
ルネで昼飯。
ペチャクチャナイトの画像セレクト、キャプション書き。
八文字屋、トップ客は、吉田孝光さん、次は一昨日、リュックを忘れていったアメリカの青年。そして、ツイッターを見て、心配して来てくれた真実さん。そして遠藤ミチロウLIVE@磔磔帰りの冨樫。更に連夜の谷川渥さんが「辟邪の依代」の芝章文さん(多摩美大で宮沢章夫さんの知人)と東睦子さん(メディアプランナー:「東山の森Ark」代表理事、有間皇子墳顕彰・日本考古学、森浩一記念室)ら昔のほんやら洞の常連らが来て、同時に、I社の多田さんが明日から「えき美術館」で木村伊兵衛展があるというので、企画会社の代表や猫写真の岩合光昭さんらと来店。クレヴィスの代表の岩原靖之さん&木村麻紀子さんともう一人の女性が来る。S社の件は、また、改めて、ということになる。
詩人のJohn Soltの甲斐評価が高いのを「ほんやら洞日乗」で知り、Tさんの甲斐写真評価も高くなったようだ。企画会社の代表も歓談。いずれ、甲斐の企画をやろう、と言ってくれる。Tさんは数年前、甲斐写真を電子本用に数百万円を掛けて千数百点の高精度のデータベースを仕上げたS社との関係は深く、その後を一週間前に確認してくれた。結果は「データは全て消去」だった。仕方ないと僕は諦めた。さあ、十数冊の電子本にしようという段になって喧嘩別れになったのだから、仕方がない。ネガがあるからと高を括っていた僕が悪いのだ。ずっと気にも掛けないでいた。去年の火事でネガは殆ど全て燃えた。去年まで、そのことを歯牙にも掛けないでいた。まあ、去年一年は動転する事の連続だったからやむを得ない。ところが、今回、CNN国際で甲斐写真と70~80年代の「京都のカウンターカルチャーの拠点・ほんやら洞」にスポットを当ててオンエアする企画が盛り上がった。で、その1500点のことを思い出し、S社に残存の可能性はあるやなしやと、Iさんに問合せをお願いしたわけだ。残存しないとの返事を一週間前にくれたTさんは、今日は残存しないなんて、やはり、あり得ない。時間を掛けて残存の可能性を追求すると約束してくれた。
あった場合は、公的機関への寄贈とかアーカイブを視野に入れないとダメなので、その辺をちゃんと考えよう、と。

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2016.3/30(水)


48年前に大学に入学するために、上洛したのは3月29日か30日だったかな。神田さんがFBに「フランシーヌの場合」をUP。
あれから半世紀近く経ったとは信じ難い。思えば、「追憶のほんやら洞」も随分昔のことをほじくった本だ。そして、もう無くなった店のことをみなさんに無理やり思い出していただき、しかも68人の方々に少ない記憶を引き伸ばし書いて貰った。長所か致命的欠陥か分からないが、ほんやら洞開店前後のことを知っている執筆者は少ない。また、バブル期のほんやら洞の浮かれ方に関わった執筆者が居ない。辛うじて、バブルとは無縁な神田さんが片桐ユズルさん、中山容さんと共に80年代も活用した位だろうか。80年代後半から20年近く純粋客?として利用した稲山さんはいるが、バブル期からバブルが弾けた頃の10年間の店のスタッフと付き合いがあるのは、彼らと微妙な関係を保ち続けた僕くらいなもの。僕がカムバックしてから焼失するまでの間でも最後の一年間位の付き合いか、八文字屋の甲斐を通してほんやら洞と関わった執筆者が大半だ。ほんやら洞ほどの歴史があっても、2~3月単位で深くコミットした人物の中からの執筆者が少ないのは、瑕瑾と言えるかも知れない。
ほんやら洞のキーパーソンの変遷(輻輳構造)も解り易く提示しよう。
それは、兎も角、一応、出版記念パーティは、5月28日と打ち出しただけで場所も会費も提示せずに、5月28日と決めたが執筆者からの反応が、今の段階では極めて少ない。現物が出るまでは状況は変わらないのかも知れないが、現状を踏まえつつツラツラ考えるに、パーティは分散した方が良いのかなとも思う。
僕としては、お寺のような所で中規模なパーティを開き、八文字屋で、何回か執筆者があつまったり、名古屋、東京、京都、大分で僕の個展を開きつつ、「追憶のほんやら洞」を論じるという形の方が良いのかな、思ったりする。多分にゲリラ的になるのかな。
佐藤由美子さんにメール。「イレギュラーリズムアサイラム」個展なら、タダで貸しますと言ってくれる。
鴨川べりで寝そべって原稿書き。
新妻さんが、梶田さんに会いたいのいうが、無理。
夜は、バラ肉を買い、作り置きのかやくご飯。
浅利ちゃんバイト。
8:00に新妻好正さんが来八。和泉豊さんの息子さんを同伴。
後は、川嵜さん、鹿さん、オイタさん、バンソン、奈良井さん、チーちゃん、鮎美さんで終わり。
バンソンが、僕と浅利ちゃんにチョコレートのお土産。

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2016.3/29(火)


3:00前に帰宅だと楽。
オマンタさんが「京都お婆ん才列伝」を書いたら?と言うのに次のように反応。
いやいや、ありがとう。腐り過ぎてました。京都の描きたいオババ、結構います。花ぎおん、柿本、一澤、丸弥太、ますだ、スタンド、小西明子、ひろ作、中島食堂、佐原、徳正寺、秋野靱子、政治家の嫁、ライブハウスのご寮人、高山佳奈子、ふたば、ギャラリーオーナーたち等、一日かんがえたら、100人位出てきます。来年4月30日が処女写真集から40周年。これには、間に合わないけど、古希記念が相応かも。想を練ろう。
夢。
春田という精華の教師が半期一コマ持て!と電話をして来たので、「じゃ、京都お婆ん才列伝を課題にする」と言うためにぼ精華に彼を探しに行くが、彼は掴まらない。探して屋上までいくのだが、途中に劇団の怪しい小部屋が幾つかもある。これは、ガセネタだったかと、降りて行くのだが、気が着いたら、凄い山頂。ストレートに下へ行く階段が有るのに、クネクネのなだらかな道を危うく転倒しそうになりつつも猛スピードのチャリで降りる。下では、評判のボール&チェーンのマンゴーカレーを食おうと向かっている所、買出しのユウちゃんに遭遇。先に店に行くと長蛇の列。もう帰ろうと言いつつも一時間以上待つ親子もいた。府医大の橋本さんがキレイな女の子とブランデー片手に陣取って「甲斐さんも、まず、ブランデーでも飲んでからカレーにしたらいいよ」という。ユウちゃんは、祖父の葬式に帰って大量のマンゴーを持ち帰ったそうだ。原稿があるので、飲まず帰ろうとすると、玉岩が、俺のパーティにも来てくれという。気がついたら大分県速見郡山香町広瀬の高台の玉岩の店に居た。そこの隣は千尋の滝で上醍醐寺と言う。目の前には、九電の水力発電所の昔ながらのコンクリートに覆われた給水管が走っている。その上が玉岩のイベント会場らしい(貴志カスケらのアトリエ村に似ていなくもない)。僕は、珈琲を飲みたくなったので、三条の1928ビルか長楽館のようなところに行くと、亮太郎、和見、ルパンらがいる。ヴォガの芝居の練習中らしい。移転で儲けているという噂のモッチーが皆に珈琲をご馳走している。そこへ色々人が来て、サッちゃんも来たが、もう珈琲のご馳走はないようだ。で、僕も飲まずに帰る。
原稿を書こうとすると眠くなるのは、どうしたことか。
2~3ヶ月内にメガネを買う必要がありそうだ。
ハリーナにSと。
八文字屋、坊主との闘いを覚悟で行く。
鹿さんがトップ。話題は、まず、「種喜」の荷物の撤去のテレビ放送。彼は予てより、彼処の荷物が崩れ落ちて来るのではなかろうか、不安だったというのを聴いて、軽い驚きをおぼえる。鹿が帰り、誰も居なくなったところに、アンドレアスがスイスのアーチストとキューレーターを同伴。ほぼ同時に、奈良井さんが今日到着したばかりのバンソン、アドちゃんとで伏見に行き、また鯖寿しをお土産持参し、4年前にダグラスに連れて来られた高知のピエールが22日に入籍した奥さんのヤエさん、飲み屋であった香港在住のインド人、カルテックさんとビルさんを同伴。12:30には誰も居なくなり、1時間横になっていると、怪人登場。

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2016.3/28(月)


先ず、Bkそしてルネ、家で昼寝。
ルース・オゼキ著「ある時の物語」を買う。
和田彩ちゃんと、長野に帰るフミちゃんに会いに撮影。
修平さんはザック取りに来る。ナッちゃんは、仕事を7月で辞めるとのこと。「お姉さん」の結婚話、お寺での文化教室に英会話を企画、ロイはどう?と。在田さんの部下、春田部長、山内課長、リコピン、サオリん(二人が写真を買うので、撮って!と言う)ら来る。ナッちゃんが帰った後に、ルパンが店に名古屋から甲斐写真収集家が来るとかで、写真集を10冊程取りに来る。「ろくでなし」の横ちゃんの顔を見がてらに横ちゃんに会いに行き、磔磔の使用状況を訊きに行く。3月10日頃に、吉田に移転した「みみお」(風媒館の後)が、500万円投入して改装して流行っているとの話題も。
今晩は、6:30にオープンして、12:30にお客さんは引けた。

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2016.3/27(日)


Sとルネ。正門横の喫茶店は一杯で、時計台下のタリーズに行く。知人が働いていた。
その後、寝不足なので、家で一眠り。
いつもながら神妙な気分で店に入る。
吉田本町の森田さんが、LIVE仲間とで3人来てくれ、幸先良いかな?と思ったが12:00まで苦戦。R大学のSさんと競馬修平さんと奈良井さんのみ。Sさん、AKB48の曲を掛けたりする。三浦和義と同期とか、ボディビルの話等をする。Sさんに強請って明日の支払いにギリギリ辻褄合わせにご馳走になる。ミノル君がジンギスカン屋をやろうとしている栃木の知人と来店してユックリしてくれる。麸屋町通六角上がるのBAR「オイル」のマスターも呼び出す。ピンチ突破なるか!?という段に今西光男さんという顔は覚えてない36年ぶりの知人(と言っても、一度会っただけ)が「山段、、、」と言って入って来た。1980年頃、「週刊朝日」に(トップ屋との認識で請け負い)頼まれて、京都駅周辺の開発に絡んだ(古都税問題等山積する)京都市の政財界の黒幕?山段芳春(キョート・ファンド)を撮ったことがあるが、その時の依頼者だったと言う今西光男さんだった。暫し、長沼節郎さん、小野誠之弁護士、任錫鈞氏、ぬやまひろし(西沢隆二)、本多勝一、鈴木マサホの話等歓談。鈴木マサホのカイ紹介エピソード(四国で女の子50人に声をかけて泊まり歩いた男、だってさ)には、わらった。許永中登場前の話。今西さんは「ほんやら洞日乗」を読み込んでいてくれた。黒川創の「京都」に出てくる「ドンツキ」も感慨深げだった。S社話もして東京個展会場探しをお願いする。今夜は深夜3:00に修学院に千日回峰の初日の取材とか。そう言えば、鳥井右京区長の裁判を北沢さんと毎月、傍聴にいったのは、その直後?鳥井右京区長が死に、裁判は自然消滅だった。更に、韓国、アメリカの客があり、4:30まで。修平さんは、ザックを忘れて行く。

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2016.3/26(土)


ルネ。Sと街で装丁用の紙探しに行くも空し(後で浅利ちゃんに柿本の前で見たよ、と言われる)。岡崎の蔦屋書店覗く。原稿を書く時間がない!!
S、デザインで妙案浮かばず、肩を凝らす。
小春ちゃん、遅刻、終わりも今度長く働くからと、嬉しげにいそいそと出かける。小春軍団ゼロは初。代わり?に、8:00前に、フィリピンにいた毎日新聞の藤田悟局次長が、中日新聞の平田浩三局次長らと来店。谷川渥さん&M人形、デートのあさひちゃん&山本君(直ぐに石丸商店に消える)。海坊主。染ちゃん、玉岩信義。
出町(元広場前)の弁天さんと「種喜」(水野)さんとの間の歩道脇に積まれた荷物が、物々しい雰囲気の中で水野さんの荷物が排除されているのを見かけた。恐らく、明治初年辺りから続いた慣行を破る行政処分だったはず。明治以前は、水野家は、タネ源さんより東の賀茂川の川辺に住んでいたと40年前に青山源太郎さんに聴いていた。水野さんのお爺さん(僕は愛想良くして貰った)までは、裏社会の組の四分の一とか八分の一とかの盃を交わしているとかで、テキ屋社会でも力があり、公道の占有権があったのだろう。今の当主は、天神さんではいまだに良い場所を確保しているが、対行政では力を失ったのだろう。

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2016.3/25(金)


京都造形芸術大のEric Luongさんから4月17日PM7:00~の「ペチャクチャナイト」で数分間、スライド20枚使って喋らないか?とのリクエストあり。
写真、ほんやら洞についてということなので、タイミングよく「追憶のほんやら洞」が出るので、喋くり下手くそだけど、OKした。
昨夜、段ちゃんに「雲遊天下」の原稿をみせたら、「屋号候補の『本部《同志社総本部》』も『足場』もひどいなぁ」と笑う。
余裕があれば、行きたいと思っていたが、結局、石山寺、天神さんには行けず。
八文字屋で寝たのが、堪えた。朝夕共にルネで食べる。
7:00八文字屋オープン。
トップ客は「八文字屋、大変なんやってなぁ」と言って来るなり「追憶のほんやら洞」押印付きを注文し、支払いを済ませ、珍しく(失礼!?)「ほうれん草をください」と優しくも注文してくれる星野高志郎さん。FBで八文字屋の危機の深刻さを知ったのだろう。次いで、マリオネットの吉田剛士さん、伊藤徹さん、ノルウェーの建築家オギさんと来る。オギさんの娘さん、ナナちゃんのコンサートホールデビュー(日本ノルウェイのオーケストラ共演に出演)見に東京から1000ccのバイクで飯田で一泊経由で上洛。近く日本人の奥さんと離婚するとの事。26~7年前に八文字屋でバイトをしていたマリーさんは元気という話から、マリーさんは、八文字屋時代は東郷摩矢ちゃん(元雑民党の東郷健の娘さん)と親しくしていたということを思い出させてくれる。摩矢ちゃんが出入りしていたので、東郷健さんは僕に娘がお世話になったとお礼を言いに金沢での墓参りの帰りに続けて会いに来てくれていたが、とうとう会えないままだった。代わりに本を沢山送ってくれた。摩矢ちゃんを連れてきたのは、兄哲義の知人、瓜生久美子さんだったけ。瓜生さんの父親(九大教授)アメリカでは「使い捨て時代を考える会」の槌田たかしさんの師匠だった。瓜生さんは“Stand by me ”のピアニストの通訳をしたりしていたが、元「東京キッドブラザーズ」の団員。吉田さんは「ファニー」にLIVE出席へのお礼に行った帰り。草葉さんも来店。伊藤さんは「ルネに追憶を買いに行ったんやけど、親切に対応してくれた。ルネには4月18日に入るとのこと」とくる。森嶋通夫さんとのロンドンでの(朝日の記者だった父親と)関わり等について喋ってくれた。今、フィリピン大学で経済学を教えているが、「追憶」にも写真が出ている「フィリピン革命の歌」のジェス・サンチアゴさんにもお土産として持って帰るとのこと。「これ、売れるとおもうよ!」と言ってくれる。ヴィクトリアさんがレバノンの高校の同級生4人を引き連れて来店。ヴィクトリアさんには、金曜日バイトを頼む。大分の竹田津出身の絵描きさんの三重野さん、先々週に続いて来店。
読売の楢崎さんも今日から岡山に転勤ということで、同僚を同伴。写真部の吉野拓也さんから名刺を貰う。
最後に別府の立命館太平洋大のひろみさんが、おじさんをからかいにきた。ヌード写真を撮らせようか等々言う。

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2016.3/24(木)


午前中にルネに食事。
今日明日と坊主に近かったら、どうするべか!?如何なる手立てがあるか。
比良の八荒(講)が時折吹き荒ぶ中、隣は卒業式のようだ。
この流れ、今晩の八文字屋にありますように!
ほぼ坊主日々の連続の果てに明日ピンチかも。一縷の望みを託した千数百点の甲斐ベスト写真のデータは、トラぶったので、やはりS社に残存してないか、と多田亜生さんに問い合わせて貰ったが、やはり全て消去済みとのこと。自分の不徳から発したこと故、仕方ない。
八文字屋、トップは、松ちゃん、次いで、西村さん(書き込みを見て心配してくれる。古いiPadならあるとも)。
そして、救世主のDさん。プリント2点買ってくれる。Dさん、友部正人の「一本道」をギターを爪弾きながら、歌う。友川かずきも好きだと言う。
最後は冨樫で、4:20まで。

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2016.3/23(水)


Sへのメール
昨日も売上ゼロ。
僕の持ち金は、1258円のみ。
通帳にも、17円と29円しかない。
これが僕の全財産。
今晩の氷代、少なくとも350円必要。
昼は、黒棒、スルメそうめん、味付け海苔でしのぐ。
夜用には、大根おろしのために、スーパーで大根とジャコしか買いません。赤貧洗うが如し。笑うが如し?

少し、画像をUPして欲しいので、Sに会いに行く。
水戸黄門に乗っかる、卑しい夢を見ていた。それで、今日の昼間はしのげるかってな、アホな夢。

八文字屋の開店以来、芸術系大学の卒業式の謝恩会の流れがなかったのは、今年が初めてだ。八文字屋が教師や学生の心の琴線に触れる店で無くなったということだ。
この一週間、八文字屋で閑古鳥が鳴きっぱなしなわけだ。
劉さんよりメール
「印刷所と継続して相談しております。これからの段取りは、まず表紙と本文の色校が出てきますので、これを濱崎さん と甲斐さんあてにお送りします。
早くて3/26着なので、お届けは翌週前半になるかもしれません。
本文の白焼きチェックはこちらで校了でいいでしょうか。
濱崎さんもご覧になりたいかどうか、ご確認いただければと思います。
それらを校了し下版日程を確定しないと、製本の日程を完全には確定できないと いうことです。
また本が出来上がっても全数が風媒社に届くわけではなく、
書店配本分は取次搬入まで製本所に保管されます。
ですから、いずれにしろその分の押印は東京になってしまいます。あるいは八文字屋販売分のみ押す、というのも、プレミア感があり、かえってそちらで売りやすいかもしれませんね。」
ただただ、上がりが待ち遠しい!
晩ご飯は昨日の残りで済ます。
バイトは浅利ちゃん。
厳しい夜だった。坪川けいこ&山本さんがこなければ、海坊主、川嵜さんだけだった!
浅利神通力よ、何処!?いや、いや、浅利ちゃんでもっている八文字屋だ。
見合い相手見参と、あさひちゃんを探し回り、呼び出し、1:00に閉店。以後客なし。3:30閉店。

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2016.3/22(火)


濱崎さんからのメール。本当にあれこれ考えてくれている。
「お早うございます。
こぐち押印の件、
東京だとおそらく濱崎一人、
手伝ってもらえそうな人も幾人かいますが、
早めに予定を決めないと難しいです。
それは、長野でも同様で、
この詰まったスケジュールだと、
図書設計家協会の予算は下りません。
会員の中に、
見学と抱き合わせなら自費でも行っていいよと言ってくれている人
が2人いますが、
その人たちも各々の仕事に差し障りがなければです。
浜田さんにしても、
予定日が決まらないことには休みを申請できませんよね。

「追憶のほんやら洞」(風媒社)出版記念パーティへの参加希望者はご連絡下さい。
5月28日「追憶のほんやら洞」出版記念パーティ
場所、会費、規模は未定。
節約の一日。自分と店用には1円すらつかわず。Sと飯を食うのに、椎茸、牛蒡、大蒜の芽(アスパラを買ったつもり)、ブロッコリー、チョコパイ、メキシコ煎餅〆て1100円。八文字屋には873円、通帳残金46円という月に2~3度ある貧乏物語。これが全財産。今日の売上ゼロだったので、これは、明日に引き継がれる。明日はめしを炊き、梅干の出番。
姉から4月11日に京都に行っていいかどうか迷っているとの電話あり。「季語辞典」を探しているとのこと。
心穏やかに執筆に専念できる状況でないのは、何時もと同じ。そんなことを言っておれないので、書き継ぐしかない。
八文字屋、坊主。
鶴見俊輔の「北米体験再考」を読み返す。
1971年の8月に広河原に片桐ユズルさんと中尾ハジメさんを案内した時の二人の会話が蘇る。二人は、出会いがしらに「オム!」「オム!」と真言を唱えていた。

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2016.3/21(月)


昨夜は、神田さんも顔を出す。チーちゃんは顔出しだけ。また、甲子園に行くとか。稲山さんは、同志社の謝恩会の流れで、4人引き連れて来店。
FB上で以下を告知。
1 .「追憶のほんやら洞」(風媒社・1800円+税・A5判変形・304ページ)の奥付での発行日は、4月19日(八文字屋開店記念日)です。実際に書店に並ぶのは、それよりも一週間前?多分、明日には、その日については、版元より連絡があるはず。いずれにしても、初版1600部(内800部は当方買取・一ヶ月以内支払い)なので、書店に出回るのは、東京、大阪、名古屋、京都、大分くらいなもの?それも一部の大書店のみ。小口に「とりあえず閉店」という押印付き初版をご所望の方は、今から、行きつけの本屋さんに注文するか、八文字屋に買いにいらして下さい。京都では、ジュンク堂、京大ルネ、メリーゴーランドでは購買可能。Amazonも可能なはず(が、初版は?)。
出版の暁には、無理のない出版パーティを。ゴールデンウィーク明けの土日かな。参加希望者は会場を押えるのに、人数の把握が必要。ご連絡下さい。推薦する会場、希望日時もご教示下されば、助かります。
2 . 3月20日~4月30日「それぞれの愛しのほんやら洞」写真展(板原和之企画)@八文字屋出展者は、奈良井晢、内村育弘、岡西重治、呑海龍哉、渡辺けい夫妻、板原和之、石田奈津子午後8:00~閉店まで(一口批評:醜い甲斐写真多過ぎ)。
街では、ロームシアターが出来たり、春画展、モネ展、志村ふくみ展が催されたりしているが、ドン底生活の日々じゃ、見に出かけてたくても全然関われないハメに陥っている。まあ、仕方ない。そんな日々はあと2~3年続くと覚悟だ。気楽な気分になった時は、70歳。
4:00ちかくまで、家でダラダラする。
体力が無くなった。
清水さんが画像を送ってくる。二人の息子に4月に上洛する姉が会いたがっていると伝える。日向太からOKのメールあり。但し、今は海外とのこと。
八文字屋へ行って原稿を書こうとしているところ、Sより電話。百万遍でラーメンを食ってから、iPadを見て貰う。
「雲遊天下」123号、2部届く。客が居ないので、飛ばし読みのつもりがほぼ読了。
まず、編集後記(Topics)それから五郎さんの「現在を歌うフォークが未来をひらく」豊田勇造さんの「レコード棚から」ディランの不思議なレコード、高山富士子さんの「年のはじめに思いを巡らせた自分のこと、まわりのことなど」、友部正人さんの「ぼくの歌の旅、君の歌の旅」大阪へやって来た、田川律さんの「私立探偵はどこに住んでんね」、光玄さんの「ホン・ヨンウンが残した3枚のアルバム」といっきに飛ばし読み。
客は琢ちゃんひとり(西村さんも心配で来てくれたらしいが、閉まっていると思い、帰った、とのこと)。
2:30に閉める。

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2016.3/20(日)


常連さんはほぼ消滅気味。
原因も判る(不景気話がまとわりついて居たら誰も寄って来ない)が、だから、格別にどうこうしようとは思わない。ひたすら、耐えて、切り開くしかない。
違う現象も起きているのにも、目を向けよう。
最近は、週に3,4日は、1985年から2010年位の間のある時期に1,2年の間に相当通ってくれたお客さんがポツポツと来てくれていて、面白いなぁ、と思っている。
Sが飯を一緒にというので、元田中のカレー屋さんに行く。それらしく営業をしており、こんな風に店はやらないといけないのだろうな、と思う。
明智光秀の子孫が書いたという本を探すが、見つからない。
オイタさんは4:00から来て、搬入。
林祐介さんは6:00過ぎに来る。同僚も呼ぶ。ウッチーは、同級生の葬儀に出て遅れる。
7:00過ぎにはLIVE。初顔の客は2人いた。八文字屋に来たかったとのこと。渡辺けいさん夫妻、ウッチーの友達二人もくる。枚方の先生も教え子が今日、手から離れ、明日明後日は個人時間を満喫する。今日は志村ふくみ展、磔磔LIVEを堪能して、明日、国分寺に行くのだと言って、赤白のサングリアを飲んでくれる。

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2016.3/19(土)


帰りになか卯で、ざる蕎麦を食したので?胸焼け?この二日、心身、営業成績ともに悪し。天候も不順。「ラブレター」を書かねばならぬのに、落ち着いた時間取れず。月曜社原稿からも離れていて、マズイ。
S社にデータが残存しているか否か、多田亜生さんに確認をお願いする手紙を書く。他のラインも追求しておくべきか。
ヨドバシカメラに行ったが、リーダーの問題でなく、iPadの問題のようだ。サービスセンターに電話をして、一応、修理以前にリーダーが使用出来るようになる可能性を生む操作方法を伝授して貰ったが、Sにやって貰う他はない。
バイトは、小春ちゃん。
草葉さん、武蔵美の春菜ちゃん、高知大学の彩華さん、小春ちゃんの兄の太郎君のサークル仲間同伴の太郎君、春菜ちゃんは、植田元気君を呼び出し、元気君が、ハッサン絡みのホソヤ君、同志社の美芸の女の子を呼び出す。掘奏太郎君が、高知大学の女の子を小春ちゃんの家までエスコート。四国中央市の鈴木さん、田中直子さんも来る。最後に、山田耕三さんが連れと来る。

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2016.3/18(金)


ルネ。ここのところ、ライスは中、食い過ぎ?
ヨドバシカメラにリーダーを買いに行ったが、間違えたものを買った。
六曜社に貼られているフライヤーを撮影に行ったが、貼られてなかった。リカマン、更に「玉川」買いにも行く。なか卯でサーモン丼。今日もバイト君無断欠勤。興味がないのだと思うので、それはそれで結構。
鶴見俊輔さんの「北米体験再考」を再度入手。
絵描きの山本たかしさんが「日乗」を読んで心配してきてくれる。「ほんやら洞日乗」(風媒社)を買ってくれる。昨夜は、東京の市ヶ谷の教育出版の小林さんもそうだった。ガリバー・安土が、東京都現代美術館の西川美穂子学芸員らと来店。3月25日の石山寺のイベントを教えてくれる。行くつもり。明日、越前に魚を食いに行くヴィクトリアが、アドレアンと来店。ヴィクトリアの弟さんが日本旅行で八文字屋が最高に楽しかったとのこと。あとは琢ちゃんが来ただけ。
2:00前に閉店。なか卯、ざる蕎麦。

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2016.3/17(木)


眠い。不調。掃除。
36~7年ぶりに焼き肉の「里の家」に行く。
トップ客は、エリック・マタレーゼさん。飯田市の井坪さんが、24年ぶりに来店。大工兼農業更にBARをやる旦那と二人の子供同伴。今は、下伊那在住らしい。
A先生がきて、9月10月よろしかったら、バークレーに来ませんか?という。海坊主くる。
黒川創「岩場の上から」(『新潮』2016.4連載第5回)を読む。

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2016.3/16(水)


何処かの酒屋の金を盗んだという嫌疑をかけられ、CNNの放送が中止になるという夢をみていた。中山容さんの訳書レイモンド・マンゴー「就職しないで生きるには」(原題Cosmic Profit )再入手。
去年は火事の後、本、写真展、裁判、借金取りへの対応、北京展準備、入院、手術と目まぐるしい事件が続き、肝心な本業のことを忘れていた。
ネガ200点焼失の時点で反射的に考えるべきだった。
数年前にS印刷会社が傑作選千数百点をスキャンして電子本で売出す計画があった。
そのスキャン写真を再獲得に乗り出すべきだった。
もう処分されているだろうか?白水社の鈴木さんと喋っている時に思いついた。
もし残存するならば、然るべきルートを通じて、再獲保に乗り出すべきだ。
これのあるなしで、僕の人生は、天と地ほど違うはずだ。
さらにCNN international の放映とあらば大きく展開することになる。
「甲斐写真(アーカイブ)保存会」作りも、ネガ現存するならば可能か?これを買取る算段が必要。僕と会社との間には痼りがあるので、間に然るべき人物に立って貰い、公的機関を動かし、これに寄贈する形を練るべきだろう。早い時期にそうするべきだった。
再確保にはクラウドファンディングも考えねば。
具体的には、大分県、京都市、東京写真美術館との連携が必要かも。
これを加味するならば「追憶のほんやら洞」の出版記念パーティの色彩も変わって行くかな。
京都市の教育長、山極寿一さん、鷲田清一さん、井上章一さんにも一肌脱いで貰おう。もし大分県なら「甲斐写真アーカイブ後援会」を作り、然るべき動きをするべきか。
まず保存されているや否やが気になって仕方なし。
清水さんへの相談。
扉野良人さんのポストを見て、詩人の白石かずこさんがご健在なのを知った。
杉本秀太郎さんとの共著「夢の抜け口」の東京での出版記念パーティの際、連絡をして、出席するとの返事があり、実際は現れず、「体調がすぐれないのだな」と思い込んでいた。「追憶のほんやら洞」でも執筆依頼をしなかったが、本の中では、2004年のほんやら洞での沖至さん、ミッシェル・ピルツさんとのセッションの写真を採用したことを告げよう。また、CNNの取材でも、ケネス・レクスロスとの朗読会の写真を提供した、と。
「追憶のほんやら洞」(風媒社・4月19日発刊、1800円+税)採用の写真のセレクションでは、濱崎さん、サッちゃんの美的基準にお任せしたので、やや営業的観点に瑕瑾があるかも。「思想の科学」の加太こうじ社長のことなんか二人は知る由もないが、加太さんのほんやら洞での講演を入れるべきだったか、と思う。抑も、写真を多用するアイディアが僕にはなかったのだから。加太さんの写真には、北沢さん、塩沢由典さんも写っていた。また、横川さんより、中山容さん、北沢さんを入れるべきだったかと思わないでもない。
ナッちゃん、オイタさんに急かされて、7:44に八文字屋入り。オイタさんの搬入。梶田さんも来る。鹿さん、奈良井さん、川嵜さん、R大学のSさん、四国中央市の鈴木さん、黒沢さん、「カイさん、、一緒に住まない?」という直子さん、最後はタカさんがきて、踊って歌う。如何にも汀子さんの亭主感あり。

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2016.3/15(火)


この日を朝から、バタバタせずに過ごしたのは、1971年以来のこと?82~84年もそうだったかな。
ルネ、D2(ベルト、ネズミ・ハエ退治薬買い)、ヨドバシカメラ(メディア買い)、タキモト(どっとんと栗焼酎ダバダ火振り買い)に行く。
月曜社原稿に向う。iPad使用画像UPも。
CNN international のソフィーさんより、ほんやら洞全焼、甲斐写真全焼、「追憶のほんやら洞」出版の件、記事にしたいとのメールあり。対応。
御蔭通りの学生食堂で夕飯。ライスは、小中大特盛超特盛とあって値段は、特盛までおなじ。
八文字屋低調。オイタさん、飛鳥井佳子さん&楠木しんいち&何時もの老人、永澄さん&やや荒んだ杉村昌昭さん、奏子ちゃん&小春ちゃん&男。バンド名「Toxxies」襲名。飲み過ぎ、八文字屋でダウン。大家代理人からトイレの水道工事、残債の件、忘れてないとのメール。

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2016.3/14(月)


即銀行に行こうとしたが、通帳を忘れていた。
夢は、四条大橋の下で亀に追っかけられるという変なの。
外国人観光客が、僕の方を指差ししているので、見ると亀が僕に向かって猛然ラッシュしていた。
それに僕が気づくと接近を止めた。見ると禊川の水が堤防に地下から吹き出て、水のない所にはビニールシートが引かれ、弁当類が放置されており、そこに亀数匹が集まり、パーティを開いていた。大きいのは、直径?1メートルあるのもいた。
少し風邪を引いたかも。10:00前に帰宅。
13:20ルネへ。
税務署、銀行へ行って、後は、今日はノンビリできるか?という思いで一日がスタートしたが、現実は、やはり、二重に厳しいものだった。
六曜社に「追憶のほんやら洞」のポスターを貼って貰いに行く。Sとハリーナに初めて行く。やはり、ちゃんと店をやっている。八文字屋も立て直さねば。難関は幾つもある。ちゃんと調理をしなければ。ひとりでは何も出来ない。乗り越えるために、それらはある。
40年来続けていた、税務申告の日(今日)から八文字屋の開店記念日までの羽伸ばし期間確保は、73歳まで続く毎月の残債払いを思うと、そうも出来ない現実につきあたる。問題をいっきに解決する手立てを考えねば。吉田の家をシェアする人、八文字屋でキレイに付き出し等を出してママさん役女性が出なくて、「追憶」が売れなければ、八文字屋を思い切って閉店することも厭わない。そこまで、早急に結論を出さねばならないハメに陥った。
八文字屋は、今晩、8:00にオープン。確定申告も終わったので、まず、じっくり飲むつもりだったが、付き合ってくれる客少なし。これからのことをあれこれ考えるのが先決と判明したので、ひとりで熟考。2~3ヶ月で八文字屋を切り盛り出来るチャーミングな女性を探さねば。
八文字屋ももう暫くして、32年目を迎える。
常連さんもほぼ消え、ボチボチ、次の3条件の内、2条件を満たさなければ、八文字屋も年内閉店することも視野にいれねば。
1.吉田の家をシェアする人物が登場する。
2.八文字屋を付き出し等も作り、ママさん的役割を果たす女性が登場する。
3.「追憶のほんやら洞」及び次の「ほんやら洞の青春」が売れる。
八文字屋を閉めた場合は、6畳一間に住み、放浪の写真家になろう。もう70歳。後がない。
茶木みやこライブ帰りの佐々木さん、東大の経済学の松原隆一先生ら3人と兵庫建築群探訪の小旅行帰り(ろくでなし経由)の吉原健一さんのみ。目標達成せず。
厳しい門出。
石丸商店に行って、香川の光照寺の住職(セクキャバ好きと石丸のノゾム君が囃す)の矢田さんに会う。父親も、龍谷大学で、宗教史教授だったらしい。松屋で飯を食って、雨の中を4:10に帰宅。

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2016.3/13(日)


劉さんの誤解、解けてホッとした。そんなことや確定申告で不調を極める。
夕方から小雨で苛つく。今日は、すき焼きを出すために春菊、白菜、牛肉を買う。
トップ客は、ベネッセの3人、7:20。
浅利ちゃんが有難いことに自分の古ギターを持って来て、八文字屋に暫く置くという。
草葉さんは今日も来店。ヴォガ閉店の最終日に鹿さんは行き、ヘベレケですぐに帰る。「有里ちゃんが居たので、八文字屋に行かないの?」と言ったら「行かない」と言っていたとのこと。
共同通信大阪の八代到さんと長崎支局長の西出さん来店。西出さんは、仏教大学でシンポジウム「震災後と宗教~東日本大震災における追悼と支援に果たす宗教の役割」のコメンテーターで上洛。
頻りに「甲斐さんの脚が回復して良かった」と言ってくれる。八代さんと稲垣真美さんの息子は、大学でなく、小中学校の同級生だった。「ふらりマッサン」の集まりに6人。3月か4月いっぱいで増田さんは朝日新聞を止めて、農業に専念。島根支局時代の部下が集まる。奈良井さんも面白いプリントをKinkosでコピーして持ってきた。
もっと客脚が伸びるかと思ったが、四国中央市のいつもの吉備団子持参の鈴木さんだけだった。鈴木さんは、営業マンのセールスを断り、労働基準局にチクられ、査察が入り、近代化が進み、楽になったのだが、この間疲れたとのこと。お父さんは、これを機会に引退を宣言して、名実ともに、社長になった。最後に来たのは、精華大学の白井聡さんが人文書院の編集者・赤瀬智彦さん、沖縄の玉城愛さん姉妹と来て、ユックリしてくれる。2:00までには終わったが、まだ客待って、横になって、誰も来ず、朝を迎える。

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2016.3/12(土)


今朝の夢。
ほんやら洞の二階で、北沢さん、ハジメさん、サッちゃんらとミーティングをやっており、下では郷田が働いており、鶏朝を注文した客が辛すぎて全く口にせず帰ったので、代わりに僕が食う。そこに海人彦が来て、2階の奥の部屋でゴソゴソして居るので、会議中の北沢さん、ハジメさんに息子と紹介する。
ハジメさんが「若いなあ。性欲、一杯なんだろうな。僕なんかダメ」「あれ、浜田さん、まだいたの?あなたは、まだ(処女を)守っているの?」と呆けたことを言う。
シーンは代わり、鶏肉の皮剥ぎのコテがあり、これを使うと見事に剥げていく。それを感心してみていた。
早朝、風媒社からメールあり。
ルネで飯。作業しようとすると、眠くなる。
出町で春菊買うべきだった。
今日もすき焼きもどきで行く。
夕方、MARUZEN、ヒルゲートと冷やかす。人見ジュン子さんに本はまだ?と言われる。佐藤能史さんがフライヤーを繁々と見て持って帰ったよ。「カイさん、もう写真一本で行ったらどうですか」と言われる。
河原町を歩いて、いよいよ浦島太郎気分。
小春ちゃんバイト。高田春菜ちゃん、市立芸大合格とのことで、バイトをして貰うことにした。
星野さん、閔さん同伴。男客は、草葉さんとオイタさんの要請でプリント持参した岡西さん。岡西さんは「甲斐さん、FB上で政治ネタをシェアし過ぎで、八文字屋に来づらい」と言い、小春ちゃんに「こんないい加減なおっさんの八文字屋の何処が良いの?」と言い、いい加減なおっさんを連発。ほんとうに、そう思っているなら、やはり、来づらいというのは、理解できる。政治ネタに関しても嫁が言っていたが「ほんやら洞でもそうだったらしい」と、今度は、岡西さんがいい加減な事を言う。が、僕が抜けた後、若いバイトを相手に郷田なんかが甲斐時代をいい加減に論っている情景が目に浮かぶ。岡西さんの奥さんはその刷り込みの下で働いていたので、政治音痴がやすやすと言い包められるのはよく分かる。
デジカメとiPadを繋ぐメディアが、昨日から行方不明で、iPadで画像を撮る。

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2016.3/11(金)


深夜、司修さんの「おおえ 60年代の青春」の最後を読む。
ルネでカツカレー。電卓を買って帰る。昨日はPM2.5か黄砂に覆われてかでどんより曇っていたが、今日は風があるせいか、突き抜けた青空も窺える。
稲山さんから今日の八文字屋は「高齢者教会員の具合で自宅待機」故に、行けないと律儀なメール。氏紹介のバイト君は無断欠勤。やめるつもりかも。
司修著「おおえ 60年代の青春」読了。
小松川事件、樺美智子・山崎博昭・奥浩平・高野悦子の死、フクシマ、スリーマイル島、チェルノブイリ、シャルリー・エブド等を扱いながら、自身の戦中・戦後体験を軸に語り、何処へ連れて行かれるのかなとワクワクしつつも読み進めると、連合赤軍の浅間山荘に至るまでの12人の「総括」(援助という名のリンチ)の描写がこれでもかというほど続き、やり切れない思いにさせられる。辛い。最後の狭山事件に至るまで、一応、大江健三郎の作品読解を中心に展開しながら自身の内的叫び、「脆弱性」(ヴァルナビリティ)を重ねる。そうすることで60年代そして現代の風景(問題)を剔出するのだが、360ページの内の150ページ以上を連合赤軍の問題の読み込みあてる。この不気味なアンバランスは何なんだろう。この国の未来を読みこんでのことか?ヴァルナビリティなんて言われたら、俺の事じゃないか。
あとがきには「この本は、一読者であるわたしが、装幀した『叫び声』と『河馬に噛まれる』の二冊をよみ、時代を経てもなお新鮮な響きに揺さぶられ、小説の時代、その背景となる事実を切り抜き、迷いに迷いながら歩いたわたしの迷路の地図である」とある。
「叫び声」「河馬に噛まれる」をちゃんと読んでないので、両者を読んで、もう一度、「おおえ 60年代の青春」に立ち戻りたい。
「ほんやら洞の青春」を書く上での参考?に資するか否か不明だが、そうしないと居心地が悪い。それには生半可でないエネルギーがいる。耐えられるか?
昨日、「オブ二」の小沢君江さんから来たメールが未読のままだ。
お客さんは、ウッチー&カオリン、元市会議員の山本恵&悠さん、3月20日に歌う好青年の林君あとは2:00まで客がなく帰ろうとした所、狂言師Sさんが若い弁護士とくる。今日は、この弁護士を9時間引っ張り回しているらしい。「僕には譲渡すべき遺産が1億あるらしんやわ」と訊きもしないのに、勿論、悪びれもせず言う。僕より若いのに、もう遺産相続のことを相談しているのか。
村屋閉店後、通過。

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2016.3/10(木)


錦小路と四条通りが交差している夢。僕が京都新聞に発表した写真は、鉾町を擁護する写真でなく、大資本に利するものだと鉾町、錦小路の人たちに責められる夢。新聞の写真は、僕に連絡なしに掲載されたものだが、「ま、僕は地元の人と同一線上に着地してないことは確かだが、まず、どんな写真が甲斐名で出ているのか、見せてくれ」と言って、北上するが、錦小路は廃墟に見える中、それを背景に自撮りする。
次の夢はマラソン大会に出ていて、100位くらいから4~5位まで追い上げるのだが、体調が悪く、少し歩き、更に追い上げる、というもの。
9:30起床。
確定申告の書類が届いてないのに、気づく。上京税務署に行く。
鼻梁に傷が行く原因判明。
井上久で「大将の顔を見らんと元気でぇへん」とおべかいも。
安岡和彦さんが「鈴木安一郎さんは八文字屋に出入りしているの?僕と職場環境が同じ」との書き込みをしたので、調べたら、安一郎さんはキノコ好きで、キノコの絵を描いているのを発見。
上京税務署に申告書類を取りに行き、御所で、2~3撮影。ヒルゲートを覗くが入らず。
カメラ屋に上がったフィルム現像を取りに行く。やまやでは、ワイン、コーヒーを買う。
タコスを食べに行く。今晩、サングリアを作る予定を変更して、八文字屋へ。
八文字屋は、4人だけの客。先々週の日曜日にも来たロジェーの元教え子のベネッセの社員が来て、一杯飲み、帰った後に永澄さん、八代さん、稲垣さん来店。八代さんの祖父、曽祖父の興味深い話も伺う。八代さんと稲垣さんの息子さんは東大での同級生らしい。稲垣さんの昭和13年の野球観覧話から、ペリカン万年筆のこと、昭和14年のある意味で爛熟していた日本文化についても薫陶を受ける。
八代さんが帰り、永澄さんも帰った後、山本義隆、秋田明大、川本三郎、滝田修、赤軍幹部の八木さんの話等についても聴く。稲垣さんは、日高六郎さんが存命と知らなかった。
2:15閉店。

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2016.3/9(水)


大掃除の気分を殺ぐ嫌な雨(8:00頃まで続く)。
督促メールのおじさん、こっちの質問(要請)には、返答がないが、どうした?
大勢で確定申告の用紙に記載して提出作業をしていたが、ひとり遅れてしまう夢をみる。
エマニュエル・トッドの「シャルリとは誰か?」(文春新書)やっと入手。ルネには、風媒社の営業から電話があり、出版が少し遅れると聴いたと。
高木俊介さん推奨のマーティン・グリーン「真理の山」(平凡社)買うべし。とても高価。でも、「ほんやら洞の青春」書き下ろすまでに読みたい。司さんの「60年代の青春」連合赤軍の「総括」の描写、嫌なモノを読まされた感つよし。
6:00オープン。
8:00浅利ちゃん到着。鹿さんが直ぐに来て、日曜日の上司特注?サンドイッチとスカート捲りの話をしヴォガに、多分、玄ちゃんから逃げ、玄考さん、川﨑さんのみ残るが、川﨑さんも早々に切り上げる。11:00には、玄考さん、浅利ちゃんのみで、玄ちゃんが自作詩朗読の真似事をする淋しい水曜日。12:00前に奈良井さん来店。日曜日はルパンの店で写真の会の打上げで来れなかったとの問わず語りの弁明あり。浅利ちゃん水曜日で最低日、やや打ち拉がれていたが、その後チョロチョロと客あり。客少なく山崎哲ミュージック精彩を欠く。
守山の10年前はよく来てN.Yで働き南米へ旅をした話をしていた西崎等栄和尚の見舞いに来た元祥伝社の加藤淳さん&博多(対馬出身)の原田さん(慶応大学仲間)来店。「近い内、葬式の時また来る」と言って帰って行ったが、浅利ちゃんの名前当てクイズを楽しむ。加藤さんには「10年前に比べて精悍さが無くなった」言われる。そりゃそうだろう。そして、冨樫グループ3人、更に扉野良人さんが画家の鈴木安一郎夫妻(『四月と十月』の発行人?)と来店して、ホッと息を継ぐ。良人さんは安一郎さんに「えっ!?ここに『四月と十月』を持って来てないの!?持って来ないとアカンやん」と言われ、タジタジ。良人さんには「追憶」のフライヤーを持って帰って貰う。3:00帰宅。イギリスのYよりメール。

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2016.3/8(火)


9月以降、僕自身守勢一点張りが続いている。そして問題も徐々に解決の方向乃至は消滅へ踏み出しており、自己消滅にも近づいている。
篭っている内、己が消えてなくなるのでという感無きにしも非ず。
大袈裟ではなく陣形の立て直しは火急の課題でもある。
八文字屋の常連さんは消えつつあるのは確か(周期もあり、縄張り移行期)で、金のない若い学生、留学生がぐっと前面に出て来ているは少し面白い。また、一方、同志社大学の庶務課?理事長室への京都府警のガサ入れは、明らかに反政府的姿勢がやや醸成されつつ大学の姿勢への嫌がらせに決まっており、当局内部でも萎縮する動きもあるようだ。同志社に限らず、交付金等の予算取りとの動きも絡まって、教師も学生も大学を息苦しく思う状況が強まってのも確実だ。それと並行して、年金生活者も飲みにも出れず、デモ気分にはけ口を求めることも趣味や芸に生きる道も無さげ(失礼!?)なお客さんも微増気味というとこかな。
パーティに関しては、今のところ、少人数でやろうという意見とやはり大勢の顔を見たいという層と半々だけど。店もお客さんにも負担になる事は避けるつもり。
なのに、パーティで誰々さんのボサノヴァ、寄田さんの尺八を聴きたいという新しい動きもあり、八文字屋の動静と絡めて無視しがたい。
変な状況報告でした。
坊主だけは免れた。
3年半前のお客さんが高知から車で4時間でやって来た。髭を生やしているので判らなかったが、しょうざんのレストランで働いていたピエール・フランクさん。高知の女性と結婚するのに、領事館に手続きで。以前はドバイに住む姉と一緒だった。「人生いろいろで楽しいね」という。高知では、幼稚園児に英語を教え、時々大人に英仏語を教えている。
中途半端な飲み屋は、中途半端なお客さん(失礼!)が来てくれる間続ければいいのは分かっているが、もうひと足掻きしよう。
久しぶりに2時台に帰宅。
司さんの「60年代の青春」を読み続けているのは、今「ほんやら洞の青春」を書いているからでもあるが、やはり、ほんやら洞は、60年代の問題を踏まえて出発したと確認したいからでもある。その意味では、「追憶」では画像的には、片桐ユズル、中山容、北沢恒彦、高史明を使いたかったが、良いのは火事で燃えたこともあるが、他の理由で使わなかった。
朝がた、八文字屋で飲みたいという客のメールがあり、鍵を教えて、飲ませたという夢を見る。
それくらい暇。

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2016.3/7(月)


かつては、今日の誕生日の客が多かった日。
9:00にベンチで目を覚ます。
ルネで朝食。
しんどいので、しばらく家で寝る。
濱崎さんより、手持ちの本を着払い(クロネコ)で送れ、ある出版社の編集者の気に留まるかどうか確認したいとTELある。
夢を見ていた。
鴨川を北上していると、銅駝高校の北辺りで知人の保母さんが面倒を見ている三輪車に乗った子どもが「ライオンロケットだぞ!」と言ってるのに一瞥をくれていると、篤義兄が南下してきた。ほんやら洞に行ったがいず、バイトの女の子が八文字屋では、と言うので向かっているところだと言う。
僕は正装しており、顎の直ぐ下のスーツには小さなムカデ擬きの虫が這い上がっていた。八文字屋で飲む事になったが、何の用で来たのか不明。別の女の子が居て、兄と尤もらしい話をする(忘れた)。自分の膝を見ると、ほんまモノのムカデが這い上がっていた。

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2016.3/6(日)


やはり、朝までの仕事が続くと堪える。
1:30にルネ。
出町買物、馬淵哲展を覗き、ルパンの店に行くと呼び出された小春ちゃんが居る。ヒルゲートを外から覗き八文字屋に直行。
リリィ遊び帰りのSが顔を出す。雨が降り出しそうなので、慌てて帰る。
「玉川」買いにいくが、日曜は休みのようだった。
6:30には、呉ジンカンさんが後輩を連れてくる。
呉さんには、竹宮惠子先生と赤ちゃんとの記念すべき秘蔵写真を見せて貰う。
浅利デーなので、常連を期待したが、外れ。
呉さんの後はミュージカル帰りの草葉さん、片山さんは琴古流の尺八奏者・寄田真見乃さん同伴、シュウヘイさんは元ほんやら洞バイトの長尾エリさん(レスリング一家)の叔父さんと判明。レバノンのヴィクトリア(社会情報学?)&BFのニコラス&ニコラスの友人のティルは初来日で最初の店が八文字屋と笑わせてくれる。ティルは社会学者でモノクロ写真家。これだけ集まった段階で尺八奏者・寄田真見乃さんに演奏をして貰う。その後、ずっとお客さんがなく、遅く「北白川子ども風土記を読む会」帰りにその会出席に合わせて北白川のテーラーの仕立てたスーツ着用の佐藤守弘さんが洛星高校の後輩の天理大学の先生(カリーナ・ロートの知人)と来る。佐藤守弘さんは「追憶」を何部買い取ったら良いか、と言う。
12:00前には、お客さんは途絶え、ウッチーにメール。12:20に浅利ちゃんが帰ったあとウッチーが来て、2:30まで飲み、そのままダウン。

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2016.3/5(土)


9:00濱崎さんより電話。更にメール。
篤ちゃん、Kさんに相談メール。
ルネ行き。
4:30に八文字屋に入る。
店を掃除する元気なし。
6:30、鴨川でギターを爪弾いていたエリック・マタレーゼさんがギターを持ってくる。
彼は大江健三郎の「芽むしり仔撃ち」を英訳、原文を3ヶ月掛けて読んだという。8:10に小春ちゃんが来て、更に、3友人が来たところで、エリックに何か歌ったらどう?と言うと、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」とTレックスを歌う。決して上手いとは言えないが、誠実さが滲み出る。
今日も何時もの「小春日和」で終わるかとおもったら、左に非ず。春の陽気に絆されて啓蟄よろしくゾロゾロ(失礼!)とお客さんがやって来た。決して単価は高くないが、今年初めて客が入り切れないほどの来客があり、ホッとする。鹿児島からは、駒井るりかさんが知人の「ウーララ」でのライブに駆けつけがてら「追憶のほんやら洞」を3冊注文来店で薩摩焼酎3本お土産。今度、八文字屋でライブをやりたいと言う四条大宮のシンガーソングライターのアダム(ジョージア出身、京都外大在籍以来10年在住)、段ちゃん、中村イルソン、東本願寺出版局の職員3人、更に小春ちゃんの友人二人、宮越明子さんは知人更に亭主と鬼瓦(2月29日に長女誕生)が追随、奈良井さん、浮田哲さん、「キエフ」での加藤登紀子ライブ帰りの“Seeds Net”編集のほ田中直子さん&美男子(白江一雅さん)、植田元気グループ、京都芸大の留学生グループ。
2:00に引けて横になっていると元労金の藤喬さんが仲間を同伴。
閉店は、4:30。

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2016.3/4(金)


まず、入金。
毒矢あり、断る。トイレの手洗いの水道不通修理をお願いする。
やっと吉田の家の家賃を入れる。ギリギリセーフ。
昨日といい、一昨日といい、ラッキーと言うしかない。
風媒社より、予定より高いので、PUR製本を止めるとか、幾つか手直しをして欲しいとのメールあり。
枡形通りで、大原口町のお隣の阿部さんに会い「どうしているのですか?」という話から、ほんやら洞の大家は、土地を宮川町の金谷という宅建業者を売ったと聴く。火事の3~4日前に桐生の代理人として来たオッさんと判明。段ちゃん、ウッチーはどうしてますか?と言う。京都新聞に甲斐さんを持ち上げる記事が出るが、ウチに迷惑をかけたという記事を出して下さいよ、と。
バイトは、美奈さん。冨樫、真由子さん、陳太一さんが来て、12:00~3:15まで客なし。Ryotaroから「ケビンは行っている?」との電話がある。アバンギルドでライブの日だったのだ。その後、読売TVの大西カメラマンが来て4:40まで。パギやんといつどうやって知りあったのかを訊かれる。
寝付きが悪く、やっと6:00に眠る。

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2016.3/3(木)


朝一番に、家賃(吉田)6万円のみ入れる。
劉さんより、見積りが高過ぎるとのメール入る。
5:00就寝、9:30起床は辛い。午後、暫し身体をいたわる。
昨日は、今日ベトナムへ旅立つレオを見送りに来た漫画家の上田晃久氏が友人、父親、兄まで呼び出す台風の目になった。中には、この父親と喋りたくないと席を立った客もいたが、二日続けて台風は来ないだろう。
でも、いろんな人の人生の断面を垣間見た。
浅利ちゃんの飲み友だちのヨシコさん、「ヒルゲート」で働き、ヴォガにも所属する今道鮎美さんが来店したのは、愉快だった。
当分は耐え抜こう。
朴ちゃんからライブを遣らせろと日程の問い合わせがあるが、悪いが、彼の歌をわざわざ、八文字屋で聴きたくない。
元京大建築の増田友也研の杉本さんが20年ぶりの成安大学の人長さん(周山かどこかの笙の家元)同伴、更に先斗町の「ひろ作」のせっちゃんを呼び出す。次は京大の那須耕介先生の朱雀高校同級生の梅田さん来店。田中国男さんの教え子でもあるので「追憶のほんやら洞」の田中さんのゲラを見せ、予約をお願い。これで明日の支払いクリアに一歩近づく。小春ちゃんが優衣ちゃん、理沙さんという徳島の2年先輩を同伴。毎日新聞の鵜塚デスク、久しぶりに来店。4月1日より大阪本社の地方部部長に転勤、5月には「変貌するイラン」(集英社新書)を出すとのこと。12:00~2:00は客はゼロ。琢ちゃんが12:33に行こうか?と記すので「来て!」と記すも来ず。
その間、司修「おおえ 60年代の青春」(白水社)を酔いで混濁?した意識のまま読み継ぐ。「叫び声」の章でタルコフスキーの「ストーカー《案内者》」を読み込んでいるのに、感服。リアルタイムで見ているのに、スリーマイル島の原発事故を踏まえた映画という読みを僕は全然出来てなかったのに、気づく。
2:00にジュンコさんという50歳代後半の女性が来る。「もう、この店、最後やろ、ああ臭!こんないい感じなのに、何故臭いのか!?隣に座って!金がないので奢らないけど、座って、ジュンコよ」としつこく言いつつ、20~30回クシャミを繰り返す。「私、誰かわかる?嬉しい?私が来て、とにかく、座ってよ」というが、興味もないし、臭い!臭い!言うお姉さんがわざわざ異臭発散源本体を引き寄せることもあるまいに、とは言わず「座りたくありません、そんな店ではないのですよ!」とぴしゃりと言うのに「嬉しい?私が来て」と更にいうので「臭い、臭いとしか言わないお客さんが来てくれても嬉しくもありません」と言い、話を切り替えて、息子は?と釜をかける。「ライ!?もうすぐ、少し帰ってくるわ」と言う。やはり、彼の母親だ。「旦那は?」と言うと「ピエール?」と言うので、更に素性が分かる。「KANSAIタイムアウト」誌上に無断で僕の写真を使っていた男の嫁だった。山の屋さんお気に入りの女の子が追っかけてパリまで行った少年の母親だ。「閉店やろ!!」と頻りと言う。この店潰れると本に書いてあったと言う。
厄介だなと思っているところに、J・P・トゥーサンやアラン・ラメットの親友のRobert Lacombeさんが女性と入って来て救われる。ロベールさんのパートナーは「京都の子どもたち」「京都猫町ブルース」を買ってくれる。ロベールは北京は半年、女性は2年という。ロベールの名刺には北京のフランス大使館の「北京法国文化中心主任」とある。北京に来る時は連絡をくれ!という。半年前は、確か、大使が来八した。ロベールはジンジンと言う北京の写真家を紹介したい、と言ってくれる。まあ、とにかく、明日の支払い1本クリア。毒矢メッセンジャーは無視と決め込む。
4:00閉店。

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2016.3/2(水)


ほんやら洞跡地に店が出来ている夢。永澄話のせいか。
家の不動産から家賃督促メールあり。
梶田さんに「来て下さいよ!」メールを入れる。琢ちゃんにボトルサービスメール(応答なし)。
原稿書きもあるが今、やるべき事は何か?
年賀状の返礼でフライヤーも送らねばならないのに、力が出ない。
何時も街ですれ違うと「あ、カイさん!」と声を掛けてくる70歳過ぎのハンサム男にルネで会い、声を掛けられる。絵画部?の学生の絵を食い入るように眺めていた男だった。45年前は颯爽としたゴルファーでその後、会社社長のお抱え運転手で、今も田中に住むらしいハンサム男「カイさん、ワシ、今食ったところ」と何時ものように語り掛けてくる。ずっとひとり者のはず。
八文字屋から如何にしたら足抜けができるか?何時可能か?どういう形が可能かを模索しているが、今はその遥か前段階で汲々としている。言い換えれば、八文字屋は残したいが、誰に店を託すか?今考えられる人は少ない。託された人も喜んで貰えるような形は可能か。この一年でその雛形を作りたい。やはり、黙って閉めるべきか。
「雲遊天下」からゲラ、校正。幾方というのが理解出来ないと言われる。「幾ばくもない」という表現は死んだのか。
夕飯は、月曜日に作ったカレーを食う。
浅利ちゃんのバイト。ボトルキープの客がないのに、参った。
レオ、明日、ベトナム行きでビクトォールと友人で来る。西田さんは、1冊予約。「仏教大学ベ平連の誰々を知らないか?」という最近、チョイチョイ来ては古田武彦の話題を振る同世代の猪八戒に愛嬌をくっ付けたような男が女性連れ、それより少し若いが選曲に耳を澄ます久々の?珍しい客あり。梶田さんが浅利ちゃんにインスタントラーメン等持参。お裾分けを頂く。オイタさん企画に協力する梶田さんの浅利フォールダーなら作れる云々から話は転移し、川嵜さんも思うヒト画像を出す。写真展だけではオモロウないので、出品者が一曲ずつ歌を披露するのは、どう!?と提起したが、一蹴される。浅利ちゃんの飲み友達・よしこさんが「ミノルのオイル」から初来店。
今日も我らが山崎哲先生の音楽セレクションのお世話になる。
上田晃久君も、レオ見送りで来る。それが、ミルトン&今道鮎美さん、ゆうじさん、和見呼び出しにまで、及ぶ。ゆうじさんが本日初ボトル!トホホ。

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2016.3/1(火)


客が9人も来る夢を見ていた。
カレーの飯、どうしよう!?と狼狽えた。
ポストカードも外国人が最新のを3種類と勝手に探しているのに出てこない。
場所は、ほんやら洞のミニコミ棚だった。
外は、朝から雪。
アベミックスでもあるまいに、毒矢が飛んで来る。3本の矢にどう対処すべきか、頭を捻るが良い知恵が出ない。毒矢で全身麻痺?
八文字屋を止める潮時についても頭を巡らす。塾考を要する。
本郷さんに1000円返済に行く。濱崎さんよりカレー資金の入金あり、助かる。カレー画像、やはり、彼は雑誌取材に合わせて撮ったのが残っていた古い具の中身不明風カレーを採用。
ルネで飯。
やはり、眠くなる。
31年前(1985年)の今日、八文字屋になる当時「欧風パブ白樺」と呼ばれていたこの店を借りた。権利金1380万円、支度金600万円全てを借金してのスタートだった。
この八文字屋についての反省は「ほんやら洞の青春」(月曜社)を書き切ってから取り組もう。それまで、意気軒昂で居れるや否や。やはり、喪失と同時に書くことになるのか。
吉田の家の家賃が払えない。ほんやら洞も44年前の今日、大原口町229番地をかり、この日から僕の住民票はずっとここにあった。
5:00から袖崎さんを待つが、8:00前にくる。堀奏太郎君&山形ユキちゃんに講釈を垂れる。
ヨ氏来店。不動産会社を立ち上げるとのこと。政治的判断についてもマジな話。同級生のY社社長秘書が政治家として立つのなら、日本国籍を取るつもりとのこと。子ども教育でも保育園での葛藤あり。八文字屋の将来も憂慮する。馬鹿な夢(甲斐さんが若い女の子を手篭めにする)を度々みると言う。ロイが元教え子と元同僚同伴。滋賀の女性が郷土自慢する内に「朝鮮人街道」の事を近江八幡では「チョンカイ」と言い、意味不明と言い、ヨ氏が解説する。彼女が韓国と日本を一緒クタにされたくないでしょうとのさりげない暴言を吐き、「若いの、ガンバレ!」と窘められる一幕あり。ヨ氏も大人になった。近江八幡の長命寺の石垣は、俺の爺さんが築いたのだとも言う。高知の山中に籠るか不動産屋をやるか、一時、迷ったとも言う。永澄さん&八代さん来店。稲垣真美さんからの手紙持参。ほんやら洞の隣の女性からカルティエラタン記事に対する抗議投書?があったという。今も、工事で迷惑を掛けられていると。海老坂武さんの関学での教え子の暗い田中君も久しぶり。
「ろくでなし」にフライヤー持参。ヨコちゃんは留守。石丸商店は満杯で入れず。

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








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(7/21更新)
カイ日乗 5/11〜31まで更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


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