2016.1/31(日)


金作に頭を捻る。
九州に新聞は届いたとのこと。
Sと昼飯。サングリア作り。
呉ジンカンさん、佐藤守弘さんとの鼎談のゲラ校正、結構、時間を食う。
浅利ちゃん、昼仕事がキツそう。9:00到着。
竹内浩一さんと来た山本隆さんが帽子を取りに来たが、間に合わず。
冨樫、秀平さん、奈良井さん、藤田景子さん&白水さん、草葉さん、片山さん、ミルトン、ウッチー&カオリン、久保マリさん&ナベさん(やはり、チャップリンでカオリンズと同じく出演)。ナベさんは「今日のライブで、カオリンズが一番良かった。メッセージ性が有って」と言う。

ページトップへ

2016.1/30(土)


八文字屋が暇過ぎるのに、唸ってしまう。
下鴨散歩。
八文字屋、小春ちゃんのバイト。同級生カップル来店。ウッチーの後輩、植田元気も。ジュネーブのカリーナ・ロートさん来店。来年は、サンフランシスコのサンタバーバラへ18ヶ月の研究のために移動とのこと。2~3日前は両子寺、熊野磨崖仏、真木大堂に行ったとのこと。8年前は、由布市の兄が臼杵の石仏に案内したとのこと。
植田元気&小春ちゃんが「スペース猫穴」へと消えた後に、「猫穴」、ヒイラギさんをよく知っている大柄な男がイタリア人のとても日本語が堪能な、多分、学者を同伴。これで終わりか?と思っているところに、読売新聞の楢崎記者が毎日新聞の鈴木理之記者と来る。鈴木さんは同志社の政治学科出身で、由布院付近出身の米田さんを近々同伴すると言って帰る。
八文字屋が暇過ぎて、頭痛し。

ページトップへ

2016.1/29(金)


何時に寝たのか?
昼頃から起きて、ゴロゴロしては、また、眠る。
3:00ルネ。飯を食っていても眠くなる。
6:15八文字屋。
今日もきつい。
小春ちゃんの同級生ら二人に冨樫とZen Cafeで歌った男が来ただけ。
小春ちゃんがレオの誕生日パーティに行くのに、冨樫&シンガーが1:00に行ったので、これにて閉店。…1:10。

ページトップへ

2016.1/28(木)


不調は続く。
3:00まで家にいる。ルネで食事。
新聞を(明日、佐々木稔さん、菅大分市美術館館長)風媒社、姉に送る。
5:00から八文字屋。
ヨシレイさんからメール。

甲斐さん、元気?本あがりましたか?、まだかしら、気になる。。
今日は、マークの姉さんのシルヴィアがやってる「ヴァージニア賞」のインフォ、転送させて下さい。
女性写真家対象の賞です。ただいま大々的に募集中!
宜しくどうぞ。
あ、先日のNational Portrait Gallery の 「The Taylor Wessing Photographic Portrait Prize 2015 」。
ポートレートって何かですね。
甲斐さんのこと思い出した。

8:00より営業。
四方田犬彦の「原節子と戦後」(『新潮』2016.2)は面白い。
大家に振込。
5:00にオープンして、8:20に八田淳さんの弟さん、能さんか来て1時間歓談。京都一中卒の村山槐多のこと、従兄弟の京大教授、中川大さんのこと、義母の介護等々話題は尽きないが、二人とも酔ってしまう。大さんは、一度は、国鉄に就職したらしい。父親は、富山県の村長、祖父は県会議員だったので、大さんは政治家になるのでは?と能さんは思っていたとのこと。老老介護のために、能さんは関西に越して来るかもと言う。
BOSEのスピーカー、数あるクラシックのLPレコード、美術書を引き受ける事にした。
段ちゃんが来てくれ、2:00に閉店して帰ろうとしたら、チャリのキーが見つからない。さっき、落ちそうなのが気にかかった時に、チャンとすればよかった、3日前に鍵をセパレートしようかと迷ったあの時にセパレートをすべきだったと後悔しながら、探す事1時間。もう置いて帰ろうと思って、二度目のチャリチェックに行ったら、果たしてあった。

ページトップへ

2016.1/27(水)


少し疲れた。ルーティーンーーと言っても、ハチャメチャーーに戻らねば。店の状態、日々の生活もちょっとなぁ、何処をどう立て直すか。散歩、撮影、コンスタントな原稿書き、商売の維持、付き合い、義理……根本的な欠落もある。
ルネで飯を食い、出町で買物それから八文字屋に行き、濱崎さんにプリントを送る。
風媒社から「ほんやら洞日乗」30部届く。
福住治夫さんから「あいだ」222号を送られる。八田さんの2月の展覧会案内もある。
税務署からのあれこれ書類届く。永澄さんより稲垣真美さんの連載原稿が届く。呉ジンカンさんより、原稿の校正依頼メール。
8:00バイト、浅利ちゃん。ヨゼフの友達、浅利ちゃんに「給料が入ったら、来るからな」と言っていた男、来る。浅利ちゃんが歳、4歳上と聴き、少し引く。
京都芸大の竹内浩一さんは、日展の画家・山本隆さん同伴。
永澄さん、共同の八代部長を同伴(掲載紙5部も)。奈良井さん、川嵜さんも揃う。奈良井さんが帰った後に、ミルトンも3坪(客席7人)の店を出すと来る。鹿さんも遅く顔を出す。
永澄さんに、村山槐多がハイティーンの頃、お母さんが店を出していたのは、ほぼほんやら洞をも含めた大原口町の蔵のある一角だろうと言う。偶然にも八代さんと稲垣さんの息子は同級生。
村山槐多は森鴎外の子どもではなかろうか、と稲垣さんは考えているという。
佐々木米市さんも来店。
2:30閉めて帰ろうとしたら、外国のキレイな若い女性が顔を出したが、流石に断った。散々のんでいるので、助兵衛根性で深酒するのを避けるためにも。

ページトップへ

2016.1/26(火)


朝からネガ、プリントのチェック。3:00まで。
ルネで食事。
永澄さんにメール。

稲垣さんの村山槐多、いっきに読みました。
青木正児は、旧今出川通りの大堰町住まいだったんですね。
「ふらんす」連載のためのパリ行きまで、槐多の従兄弟の山本鼎がパリの何処にいたか、調べます。
土田杏村の孫がパリに住んでいるので、調べるまでもなく分かっているかも知れませんが。
谷川渥さんが、村山槐多について書いている本も再読します。
槐多の大原口町の家も確認します。
日程は、少しお待ち下さい。
明日の記事を楽しみにしています。
やっと、焼け残ったプリント、ネガを少しずつなぶる元気が出て来ました。
暖房の全くない部屋で作業中です。

今日は、井上章一さんのラグでのライブの日かな。ネガ探し。
ルネで飯。古本市をやっていた。
夕方、シチューの残り食す。
三連ちゃんで、唸りたくなるほど暇。
冨樫、井上章一ライブ帰りのプロレス研の二人、黒沢さんのみ。
2:00帰宅。1時間プリント探し。

ページトップへ

2016.1/25(月)


朝からプリントチェック。凍えそう。
1974年のほんやら洞の鶴見俊輔さんが揮毫したと読み取れる「看板の字」を撮ったプリント出てくるか。それとは別に、1974年のほんやら洞入口左側のポスター(チラシ)4枚と看板を撮った写真も。
そのポスターは、1.鈴木志郎康の「極私的エロス・恋歌1974」「中川信夫監督特集、幻想文學研究會・百鬼夜行館、11月6日、東海道四谷怪談、女吸血鬼、西部講堂云々」「憂歌団、金子マリ、BuxBunny、シーチャン ブラザーズ(Sound Wave)」「門前小僧の秋のバザール」「ほんやら洞ニュース発売中 ¥100」「あなたをまきこむ詩/オーラル派若手三人組朗読会・武岡彩子・中村哲・竹内和久 10月24日(日)2:00PM当洞2Fにて、整理券300えん」
これで、色々連想するが、止めとこう。
焼け残ったプリント、選択漏れのプリントだけで「ほんやら洞・出町」写真集(拾遺)を作りたくなった。美女写真も未発表分、結構、出て来た。
ルネで飯。
夕方、Sとビーフシチュー。写真セレクション、Sに見せる。僕のセレクションに於ける乱暴が気に入らない様子。美学が違うのだから仕方ない。僕は僕のやり方を貫くを止めない。社会や写真業界との僕のスタンス、僕の写真を巡るマン・ツー・マンの人間関係は大切にしたい。
濱崎さんの選んだ表紙用写真、今日も出てこない。ベストは尽くしているので、明日、持って行きましょうか?と言ったが送ればいいとのこと。ホッとした。僕のポリシーにも理解を寄せているとも。方針も確認。
トップ客は、オイタさん。奈良井さん、三浦優子さん、アドリーヌさんは伏見の帰り。オイタさんにスグキを貰い、奈良井さんには鯖寿し。助かる。
深夜も4:00までプリント探し。鶴見俊輔さんの最初期のプリントがでてくる。
自分の「保身」史を考える。幾つかの節目。最後に近い転身が必要。

ページトップへ

2016.1/24(日)


8:00起床。寝起きが悪い。風邪をひいたか?
昨夜の鈴木琢磨氏との話で寝心地が悪くなる。
朝から、濱崎さんに彼のことを言い、そんな了見の奴とはやりたくないので、勝手にどうぞ!といい諭される。
夕方、Sと飯。ご機嫌斜めなので、直ぐ八文字屋へ。土日以外はあまり会わないようにしよう。僕も部屋の掃除もあるし、夕方の1.5時間を月曜社の書下ろしに振りむけたほうが生産的だ。
7:00過ぎに読売の森さんから電話(お客様の都合で不通)。7:30には、神戸新聞の片岡達美さん、「アエラ」の鎌田倫子さん来店。9:00には、小春ちゃんと二人っきり。11:00には、元京都書院の少々煩い西村さんが来て、浜ちゃんの付けで飲ませて!だの、甲斐さん、付き合って!だの如何に自分がストーカーに遭って苦労しているかだの大声で喋り倒す。小春ちゃんの日本画の友達、10年前のジンジャージュースの味が忘れられないと言う36歳の女性が34歳の女性と来店。ふたりして「ほんやら洞日乗」(風媒社)を買ってくれる。昨日は、港千尋さんも買ってくれたので、在庫はゼロになる。1:00前にしてお客さんはゼロ。2:30までは営業。
「追憶のほんやら洞」では、つい夢遊病者?のような文章?を書いてしまった。
大分での部分が膨らみ過ぎて、ほぼ全面カットを余儀なくされ、これから出す「ほんやら洞の青春」(月曜社)と内容的にダブりたくなくきわきわ攻めたた結果?がこうなった。
「追憶のほんやら洞」完遂の司令官の濱崎さんをして次のように言わしめてしまった。

甲斐さんの文章は、相変わらず情報量=文字量が多くて、
時系列が崩壊していて、起承転結など希べくもなく、
何が何だか解らないうちに文章が終わる、いつものやつですね。
嫌いじゃないです、こういうの。

喜んでいる場合ではない。月曜社のは、こう言われないように、もっと粘って熟考したい。「追憶のほんやら洞」では、「バリケード《大衆団交》の中の鶴見俊輔」を書くべきだったか。明後日から、これ、必死のパッチで取り組む。酔っ払う前の夕方の1~2時間をあてる。
ネガチェック、もう2~3日前からやれば良かった。
次々に貴重なほんやら洞シーンを発掘している。
岡林信康と北沢恒彦、ダグラス・ラミスと西尾志摩真子、ラブラブのユズル&佳代さん等々。今回の本用の決定的写真は出てくるか?指先が悴むのにめげないで行こう。
結局、昼間数時間、夜も1時間火事で焼失したプリント、ネガの残骸を1年にしてやっと、チェックするのに写真と向き合えた。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。寒い中トップに来てくれたのは谷川渥さん&M人形(アーチスト名を変えようと谷川さん)谷川さんに「村山槐多をどう評価しているの?と訊き「秘密の花園」にちゃんと書いているよ!彼は天才!ほんやら洞と関係あるとは知らなかったなあと言われる。ついで、長谷川託布(ヨゼフ)ら6人、さらに谷川さんから「結婚する気あるの?」訊かれ「もちろん」と意気軒昂に応える奈良井さん(明日は優子ちゃんとデート)、Kei-K、きび団子二つお土産の四国中央市の鈴木さん。以上で終わり。寒さが話題。

ページトップへ

2016.1/23(土)


村山槐多のことをFBに書き込むと、中川五郎さんからの書き込むがある。「どうぞ裸になってください」という槐多の詩に曲をつけました、と。
「ほんやら洞」とは、何だったのか?についても書け!と「雲遊天下」の五十嵐さんよりメール。で、以下の下書きを認める(後でリライト)。
10ヶ月ぶり位に百万遍のボール&チェーンに行く。コーヒー2杯。今は、3:00には、閉めて、昼休みにしている由。
ウロウロしていて、オランダのディックに京大キャンパス内で会う。今晩、八文字屋に行くつもりだったが、今夕、急に同志社の公開シンポジウムに呼ばれた。来週の水曜日に帰るので、それまでに行くと言う。
以上をFBに記すると、オランダのバート君が反応する。
濱崎さんから2回電話。ひとつは、「京かたり」の一回分の記事を本用に打ち込んでくれ、と言う。もうひとつは、「戦後史の証言」的な本を作っているのだが、それに相応しい写真はないか?と。あれば、それを採用してあげますよ、と。
前者に関して、毎日の鈴木琢磨氏に電話をする。先方の高圧的な物言いに切れそうになる。後でもう一度、電話をして、切れそうになる。
岡部さんのフロッタージュを観に来る。高山富士子さん、ヨッシー、石屋町ギャラリーのオーナー、吉原和恵さん等がいた。港千尋もいた。菅啓次郎さんもいたらしい。フロッタージュと写真を比べるとフロッタージュの方が、はるかにエネルギーを費消し、その場(環境、人間)との関係を切り結ぶのだなと思う。人類学みたいかな?東松照明が写真作法を伝授せんと?「撮ったら、さっとその場を逃げたら良いのだ」と喝破してみせたが、出来が良ければいいのだという面があるかもしれないが、フロッタージュはそんなもんではない。

ページトップへ

2016.1/22(金)


90歳の老人稲垣真美さん(八幡市生まれ、東京在住)が「八文字屋が30年以上存在していたのを、京都を知っているつもりの僕が知らなかった。」不明を恥づと言い、ほんやら洞との関わりを知るにつけ、テンションが上がり「あれは、残さねばいけません」と言う。画家・村山槐多は、ほぼほんやら洞のある場所、大原口に住んでいた教えてくれる(多分、モミジヤか元京屋人形店、『朝のお勤め』のサトル君いた辺りの家だったんだろう、と推測する)。「岡林信康は今でも、きますか?フォークルは関係ないのですか?」となお、若々しい好奇心をみせてくれた。「父親は、101歳まで生きたから、僕はもっと生きるでしょう」という自信も凄かった。この稲垣真美さんの著書の岩波新書をずっと思い出さず、居心地が悪かった。
「仏陀を背負いて兵役拒否ーー灯台社の戦時下抵抗」は朧げながら、思い出した。帰宅してNETで調べると他にもあった。「仏陀を背負いて街頭へ 妹尾義郎と新興仏教青年同盟」(1974)があった。「天皇の戦争と庶民」(国書刊行会 1975)等があった。
それで、「ほんやら洞は残さねば……」という発言が出てくるのがわかった。
明石順三や妹尾義郎は、鶴見俊輔他編「転向」(平凡社)で読んでいたので、稲垣真美さんの本を読了してなかったのも思い出した。
「毎月、京都にきているので、出来るだけ八文字屋にくる」と言ってくれたので、次に、お会いするまでに読んでおこう。少数派の戦時下抵抗を研究しているだけあって、この状況下には「ほんやら洞は必要」と思ったのだろう。
遅々として進まないネガ片付け。寒いから仕方なし。1980?1981?年の「はじけ、鳳仙花!」でスピーチする文弘樹、そして、多分、梁民基さんがスピーチするスライド(エクタクローム)、小浜島の秋野イサムさんとこでブトーを習得?して八文字屋に戻って来た坂井君がほんやら洞でブトーを披露するスライド(バックに笑顔の北沢恒彦)、兄が小西明子さんの身体上にペインティング@八文字屋、東寺での兄の若い顔のスライドも出てきた。そうだ、スライドは、未発掘だが、そこそこ残っているかも。今日は、これ位にして置く。

ページトップへ

2016.1/21(木)


新年も既に3週間経ったか。
何も出来てない。穴埋めと部屋ぶっ散らかしだけだ。エアコンの修理もだ。
家では布団に蹲り、ネガチェック更に少しルネでも同作業。清水哲男さんは鹿児島でも仕事をこなし、京都でも精力的に写真を撮り、飲み屋取材も継続している。「日本版マグナムをふたりで立ち上げましょう!」との話題になり、清水さんに酒が入ると、ついなる。そうは言わないが「限界芸術としての写真を徹底出来るのは、周囲では我々だけじゃないか」と語り掛けてくる。五郎さんも相変わらず、精力的なライブ活動に余念がない?とにかく凄い。
おふたりに比べれば、こっちは残なし。2~3日前には、月曜社の原稿に邁進出来るようになった、と思ったが、まだ。
明日は、岡部昌生さん、高山富士子さんと造形大学で会い、来八しても美味しいものを出せるように、今晩、なんとかサングリア作りを終える(明日は、金曜日だけど、定刻、8:00オープン)。
清水さんからは「八文字屋を潰してでも写真に専念すべきだ」と言い諭され、濱崎さんには、暫く、写真を止めて、頭に溜まっているのを、吐き出すべく「書くことに専念して欲しい」とのアドバイスを受ける。
八文字屋は、今、少しの辛抱。後継チーム作りをせねば、後がない。
10:00前に林海象さんの教え子が、兄を同伴。
10:00には、永澄さん、大阪共同通信の文化部長が稲垣真美さんを連れて来る。稲垣真美の本は「新・京都物語」(国書刊行会)と酒の本を読んでいたくらい。お母さんが宇佐市山本(『いいちこ』の三和酒造の本社所在地)出身らしく、稲尾和久等の話弾む。「どっとん」の話もする。ほんやら洞のことで稲垣さんは感動。村山槐多は、一中時代に大原口町に住んでいたと言う。ほんやら洞の隣か、その隣だろう。土蔵のある家で、小間物売りの商売の声が煩く、土蔵の中に篭ってたらしい。いずれ、調べる。窪島誠一郎の「信濃デッサン」にも作品があるが、京都一中に飾っていた作品が行方不明とのこと。僕は、有田宗義、藤原新也の父親、稲尾和久の父親と双葉山の出会い、僕と稲尾和久の接点についてお喋りする。

ページトップへ

2016.1/20(水)


起き抜けにネガ、プリント探し。外の温度と室内のそれ変わらず、作業する指先が、悴む。
雪化粧の隣近所、鴨川河原をほっつき歩きたいが、そうもいかない。「雲遊天下」の原稿書き、2年前に関東版毎日新聞に連載した「京かたり・木屋町から一筆啓上」の単行本化に向けての下準備(大阪コピーで3800円)、「追憶のほんやら洞」の詰め、写真選択の作業、ちょっと気が遠くなるような掘り返しにベストを尽くすべく、逆に部屋中をブッ散らかしている。
ルネで少し、ネガチェック作業。
Sと湯豆腐。「追憶のほんやら洞」の字を筆で練習するも空し。失格。八文字屋に入るのは、9:30になる。鹿さん、奈良井さん、、川嵜さん、R大学のSさんがいた。ルパンの店でのパーティ流れのへべれけのナッちゃんが来て、座った眼でチビ赤貝を見ていたので「腹が空いているのなら、おでんがある」と言うと、ここのおでんが最高に美味しいのだとか何ちゃら言いつつ頬ばる。繁田君の話しもする。後ろには、岩合光昭さん一行が来て「唯一、尊敬する写真家の甲斐さんだ」か言う。元テラにいた中村さんの話しをするが要領を得ない。連れの女性を「甲斐さんは、美人と思うか?」と言う。「狸橋の子どもたち」をその女性は買う。床にへばり込むナッちゃんをチーちゃんが喜ぶ。写真を撮れ!と頻りに言い、自分も撮る。ナッちゃんは、もう仕事を辞めたいとのニュアンスの口ぶり。春は遠出しないとも。ギリギリ最終電車で帰る。
12:35には浅利ちゃん&チーちゃんが帰ったあとに西本願寺の坊さん(北海道は深川の一乗寺の)殿平真さんが友人と甲斐見舞いにくる。彼らが帰った後に、ヘリング帰りの谷川渥さん&M人形が来る。ヘリングにM人形さんの人形をひとつ置いて貰ったという。ナッちゃんもいたといったら、一緒に来ればよかったと言う。

ページトップへ

2016.1/19(火)


6:30起床
8:00出町柳でシルヴァンと待ちあわせ。
9:00から和顔館で講演。ウッチー&カオリン、ワンズ・コーディネートの加藤さんも来てくれる。学生は260人。ボクシングの青年も4月の試合を撮って欲しいと来る。夜には、コンテンポラリー・ダンスの堅田に住む青年も八文字屋でバイトをしたいと来る。事務局では、金が5万円以上ならマイナンバーが必要てなことを聴く。
初めて柳月堂に入る。Sも。一休みして八文字屋で濱崎さんを待つ。その間、Sは青磁社そして淡交社の件で話し合い。濱崎さんが5:00すぎに来て、10:00位まで誰も来ず、寒い中で飲み続ける。濱崎さんは暫くSには厳しい生活を強いることになりうる装丁家としての、ノウハウを、ありがたいことに、伝授してくれるという。Sが正面からちゃんと受け止めれたらいいが。
龍谷大学では、初めて緊張も何もせず、ステージに立てた。
濱崎さんが帰った後に、シルヴァンが集英社インターナショナルの編集者、「まぼろしの南方熊楠全集」の、構想を先の“KOTOBA”に書いた松居竜五先生らと来る。松居竜五先生は、ロレンス・ヴァン・デルポストについて興味深い話しを展開した。
浅利ちゃんも中川五郎さんに懇願?されて、10:00には来て、エル・ラティーノでの茶木みやこさんのライブを終えてくるのをスタンバイする。佐々木さんと五郎さんは、一旦、浅利ちゃんがイタリア人のパーティへと抜けて戻ったのと同時にくる。その間、下鴨の徳さんが40過ぎの寡婦と来て、飲み続けていた。その後もずっといた。エル・ラティーノには、バンバヒロフミ、森まゆみさんも、行ったと言う。
4:30に帰路につく。

ページトップへ

2016.1/18(月)


まず、靴を買いに行く。月曜日で、ギャラリーは定休日。
京都新聞にコピー回収に行く。
「雲遊天下」の五十嵐さんと、高山富士子さんの紹介で初めて喋る。
雛元さんより、メール。

はじめまして。雛元といいます(学生時代、ロシナンテ社を仲間と作りました)。ほんやら洞の消失、荻野さんから原稿を送っていただき、知りました。ほんとに残念です。大昔前、狭山事件弁護団事務局にいたとき、片桐さんの紹介で岡林信康さんにほんやら洞で「狭山事件の歌を作って欲しい」とお願いしたことがあります。今は、さいたま市で「『日本と原発』リレー上映埼玉」など脱原発に取り組んでいますが、古川豪さんの「原子力列島のラブソング」のテープ、どこかで手に入らないでしょうか? もし、ご存じでしたら、教えていただけないでしょうか? なお、偶然ですが、私は甲斐仁志(海人快人怪人解人4です)のペンネームで狭山の本を2冊出しています。 雛元拝

以上のようなメールあり。
以下のような「雲遊天下」の原稿を書く。
「2016年に思うこと」

初夢
去年はろくなことがなかった。
火事にあい、人喰いバクテリアに侵され、あわや両足切断か!?という憂き目に遭った。
去年の目標は「前向き人生でなく、後向き人生を!」だった。
「京都ほんやら洞(出町)」を後進に譲り、50年近く撮りためたネガ200万コマを10年かけて遡及処理に立ち向かう元年にしたかった。それにふさわしい新年の15日間だった。その作業の端緒についたところだったが、その夢は虚しく潰え去った。譲り損なったどころか、放火によるほんやら洞全焼で40年の日記百数十冊までも一緒に喪失した。だから今年は予てより予定していた写真の個展、北京、ソウル展は敢行するが、アジア、東欧への撮影行きは控えることにする。
代わりに、今年は、ほんやら洞の残務処理三つをやり遂げる。まず、2月には、本誌お馴染みの豊田勇造、中川五郎、高山富士子の各氏や劇作家の宮沢章夫さん、「京都嫌い」の井上章一さんら68人の手になる「追憶のほんやら洞」(風媒社)を出版する。これは、もちろん、自画自賛だが、43年の間のほんやら洞にそれぞれの時期に通った多彩な人々がそれぞれの追憶を披露している。中国、スイス、トルコ、フランス、ニュージーランドからの実に雑多な人々が書き綴る日本語ひとつ取ってみても着眼点ひとつ取っても面白い思いを披露している。恨むらくは、最初期のメンバーの執筆が少ないことかな。
次いで「(季刊)ほんやら洞通信」(電子本、紙本)も夏には復刊させたい。もう一つは10数年来の約束の書下ろし「ほんやら洞の青春」(月曜社)を万難を排して完成する。さら、2年前に関東版毎日新聞に連載した「京かたり・木屋町から一筆啓上」も上梓したい。
本の事を更に言うと、僕が毎晩カウンターに立っている京都木屋町の怪しい店、ヤポネシアンカフェバー「八文字屋」の31周年記念本もなんとかものにしたい。エネルギー枯渇しないかな?途中の事故も予期すべきか?
八文字屋では、去年から京都で売り出し中の実力派・シンガー、カオリンズ企画の「袖ふれあうも八」の月例ライブも、これまでは、中川五郎さんをゲストに迎えて企画で軌道に乗せて来たが、去年も、この二人は、京都周辺の演芸グループ、大学の落研にも声を掛けて、複合的イベントを開催してきたが、今年は更にパワーアップするはずだ。
去年までは、ぼくは潰れそうな店を二軒やり、写真も性懲りもなく、撮っていたので、何れが潰れても不思議でなかったが、店は一軒になり、コンパクトな動きをコして、来年に臨みたい。
来年の事を言うと鬼に笑われるかも知れないが、実は、来年の4月から1年間月刊誌「ふらんす」(白水社)で、フォト&エッセイを連載するのが決まっている。だから、今年は、暇を見つけては、フランスに取材旅行にでることになる。そして、ほんやら洞全焼前に、後は印刷に回すだけの状態でスタンバイしていた写真集「パリ」のともらい合戦に興じろうと思う。

数人に「追憶のほんやら洞」の表紙見本を見せる。好評。
さっちゃんも原稿を書く。
黒ダライ児さんの京都芸大の講演には行けず。小春ちゃんが顔を出す。彼女、真由子さん、奏子ちゃんをも五郎さんに会えるよ、と誘ってくれたが、不発。
夜、小春ちゃんが、ひとり同級生を連れて来る。浅利ちゃんに会えないか?と五郎さんは、佐々木さんと来るが、浅利ちゃん、今日も大阪。五郎さんが帰ろうとするところに、浅利ちゃんからメール「明日なら来れる」と。

ページトップへ

2016.1/17(日)


阪神大震災から21年。
何十年ぶりかのレトルトカレー作り。
浅利ちゃんが大阪出張なのを忘れていた。オイタさんが、彼女へメールした段になって思い出す。散髪屋の賢ちゃん(シンガー)が、三嶋亭の男(上野君)と初顔のベーシストを連れて来る。3月に八文字屋で歌いたいと言う。ひとしきり音合わせをしている所に中川五郎さんが都雅都雅ライブ帰りに客を数人連れて来る。急に3人は練習を止める。来たメンツもライブを引けたばかりで、深夜、知らないバンドの練習に付き合いたくもない、聴きたくもないという風で帰ろうとするところ、五郎さんが引き止める。五郎さんは、店の売り上げを心配してくれているのだ。八文字屋でダラダラしていたが、2:30、早めに切り上げる。

ページトップへ

2016.1/16(土)


ほんやら洞全焼1周年記念。「追憶のほんやら洞」のあとがきを認める。
記念日であることをやや、アピール不足。鈴木美登里さん「ほんやら洞日乗」を読んでますとFB。
夕方、取り敢えず、脱稿、書き漏らしもある。
13日に誕生日だった鈴木マサホ、父親が亡くなったと言う。
ゆっくり八文字屋に入る。小春ちゃんバイト。
レオ、ヴィクトールが徳正寺の「ガロ」の長井さんの法要に行き、南伸坊、呉智英に会ったと言う。西山公伸さんら、4人来店。Sがいて、それでSの写真集を買う但馬信用金庫の清水裕明常務と支店長。「3.11の船戸博史&早川岳晴ライブ@パーカーロールハウス」のフライヤーを持って風邪の抜け切らぬ切ちゃんくる。船戸博史と同級生という。作家の清水アリカは同志社で一級下でベーシストでもあるという。切ちゃんに小春ちゃんは、ガッちゃんの子供と言うとポツリと「そういう時代なんやなぁ」と。海人彦も高校同期で同じ水泳部の大阪市大の友人同伴。小春ちゃんは、海人彦にFBを立ち上げて貰う。ウッチー&カオリンも来てくれる。

ページトップへ

2016.1/15(金)


ルネに食事に行っただけで、布団内で過ごす。
うっかり、デジカメのデータ、3ヶ月分消す。
6:30に稲山さんより、八文字屋の前にいるとのメール入る。奥さんが行け!と言ってくれたらしい。小春ちゃんバイトで作曲家くる。稲山さんは、作曲家を掴まえて、クラシック、讃美歌、釜ヶ崎の体験等を語る。洛星出身の京大シネ研の経済1回生の男、神戸大生と来る。M記者も来て、三つの新年会をこなしたと言い、ターキー。S、岡部昌生の造形大学での講演のフライヤー持参。HATAOにメール。小春ちゃん、京大のサークル「ボヘミアン」の話をする。秋山真由子ちゃん、冨樫も来る。寝不足、原稿遅れで、早く閉店と言うも、客動かず。冨樫、小春ちゃん、秋山真由子さんで、カラオケに行く。

ページトップへ

2016.1/14(木)


浮田兄弟に先払いして貰う。
何も、出来ず。
布団に入り、首と腕だけ出し、寒さに打ち震え指先を凍て凍らせながら、原稿に向かうも進展なし。
八文字屋も外国人客ふたりに田中君と友人のみ。

ページトップへ

2016.1/13(水)


今日は、朝11時から家を出て、とりとめのない時間をすごす。3時に京都新聞に行き、永澄さんに「追憶のほんやら洞」のゲラ校正前の全ての依頼ゲラ持参。丁度、宮沢章夫さんの原稿届く。「追憶のほんやら洞」前払いをお願いする。久しぶりに梨の木通りを通り、ほんやら洞跡地を見る。鈴木美登里さんがビルになってますよ、と言っていたが、更地のまま。家で、一休み。バイトは浅利ちゃん。「わいせつ裁判合宿」帰りにゴロさん、来店予定ということで砂布さん、早々と来店して待つ。話せば、高校生時代亀岡の中西ちせさんの「ヨダキイ」の常連さんだったという。「反戦やるっきゃない」ではほんやら洞を金武根、小原君、トモちゃんらと拠点にしていたと言う。モモちゃんも久しぶり。山形の純米大吟醸を持参するという冨樫を待つ。奈良井さんは、ダウンしていたが、チーちゃんに引き連れられてゲラ校正に来たカゲロヲと共にチファジャに行く。
日沖桜皮さんのお父さんより「ほんやら洞が燃え、鶴見俊輔さんが亡くなり、私の京都が消えて行く」との年賀状届く。貴重品一切合財紛失で、頭は混乱、緊張の日々が続いていたが、出てくる。ライブで片付けたものの下にある。昨夜の五郎さんは、新顔の聴衆なしでめげた感じだったが、今日も五郎さんは新海みどりさんらとの「わいせつ裁判」合宿の帰りに寄るが、精彩なし。昨日のカオリンはパワーアップ、場馴れも著しい。鹿さんは新潟の辛く柚子胡椒漬け?の柿の種をお土産に持参。中日新聞の森記者が「路地裏の京都」二冊買ってくれる後輩同伴。早くお客さんも引け、ゲラ校正の切ちゃんを待ったが、これから来そうもないので1:40で閉店します。と書いたところ、モリモリ登場。

ページトップへ

2016.1/12(火)


外国人客が10数人やって来た夢で起きる。
iPadを見たら、督促メール。「FBをやる暇があったら、金策に奔走しろ」
仰る通り。
さて、出発と思いきや、貴重品入れ紛失!!で大騒ぎ。
仕方なし。手立てを考える。入金。段階的、今月第三弾。
12時30分から八文字屋。中川五郎さんゲスト、ホストカオリンズの「袖ふれあうもハチ」ライブ第三段低調。待望のアルゼンチーナ登場せずしてゴロちゃん、メゲて奮起できず、心折れる。ライブ後半から精神的遁走。思い直してのウクレレ演奏するも記憶から欠落。砂布均さん、替え歌“Let's It Be”を披露。佐々木米一さん、左馬の井上さん、永澄さん、生八つ橋持参の谷千明さん、ウディ&アンジェラ、熊野神社の知らないライブハウスの男、2~3ヶ月前に毎日新聞を見て来店した寝屋川の女性、砂布さんに呼び出された女性、終わりがけに来た政光順二の京大囲碁部の後輩の朝日放送の藤田さん&後輩、閉店間際の京都芸大の留学生ふたり。

ページトップへ

2016.1/11(月)


ホッと息を継いだのも束の間、今日は奈落に落ちた気分。
貧乏恵比寿の残り福?余り福?とやらは何処へ!?抜け口はどこ??
ノンビリのちアタン。
八文字屋、仕込みし過ぎ。
お客さんは、束の間のウンチ話の草葉さん、田中利和君&友人。遅く、写真集買いのアルゼンチンの美女をモリモリが連行?してくれたのが救い。
誕生日の切通里香さん、到着せず。
深夜、茂山あきらさんと昔話。エリカちゃん話等々。

ページトップへ

2016.1/10(日)


3:40まで、八文字屋で寝ていた。
早朝から、大家代理人より今月の支払い方法の提示メール、朝から何度もある。
昼まで寝る。
午後、買出し。5:30に、木戸衛一さんグループ5人来店。ロベルト・ユンク絡みで、知り合った方々。
8:00に浅利ちゃんがバイトに来た頃にはパーティは終わる。
琢ちゃんは姉と旦那さん、従兄妹同伴。13日にロンドンへ発つヨシレイさんはチョコレートを持って、佐枝ちゃん、高見沢さんとともに来店。次の京都は4月という。K-Kei、星野高志郎さん、八文字屋歴代付け王ナンバー2位の木口木版の斎藤修は顔を出すだけ。西村さんも遅がけ。モリモリも来たが、ルパンとこの新年会へタクシーを飛ばして行く。モッチー、明ちゃん、森岡パパがいたらしい(モリモリは、4:00前に戻って来る)。1:00で閉店と思っていたら、白水社の鈴木美登里さんが友川かずきさん一行12人でやって来た。電話も止まっていたので、直行。1月12日八文字屋、1月第一の難関をどうしようと思っていたが、皆が写真集を買ってくれて、多分、突破。「遊」を松岡正剛さんとやっていた山崎春美さんもいる。第ニの難関の1月15日に向けて、頑張ろう。鈴木美登里さんとは「ふらんす」(白水社)の連載についてマジに喋る。友川かずきさんのことは、1975年に音楽評論家の三橋一夫さんから聴いていて40年にして、初めて会えた。岡林、水上さん、三橋一夫さんとの縁を喜ぶ。鈴木さんは司修さんに連れられて、初来店したのだが、京大時代、ほんやら洞の常連。皆さんと歓談していると、去年、3月東京でほんやら洞支援集会をやってくれた劇作家の宮沢章夫さんから3:00過ぎにメールあり。3ヶ月連絡取れてなかったが、今からでも原稿は間に合う?という。勿論、前々からお願いしていたので、OK。年末はずっと缶詰だったと。これで「追憶のほんやら洞」は最後の最後になって強力な援軍を得ることになった。「友川かずき独白録」(白水社)を貰う。4:00前にルパンの所から、戻って来たモリモリが、原稿がどうのこうの、言う。
4:20閉店。

ページトップへ

2016.1/9(土)


小春軍団不発。
香織ちゃんは、婚約者を連れて来る。ヨッシー&梶田さん寄る。Sも居る。遅く、白水社の鈴木美登里さんは、京大の仏文の村上先生(プルースト)同伴。ジンジャージュースを飲んで貰う。ちょっと強すぎたか。

ページトップへ

2016.1/8(金)


作曲家三上晋司さんが寄り、「路地裏の京都」をお母さんへの土産で買う。
梶田さんは新年会行きの前後に寄る。滅多やたらに「撮って!!」を連発。
小春ちゃんバイトで、小春軍団奏太郎&奏子ちゃん寄る。オイタさん、来店。レオも。冨樫も客二人同伴。
西村さんが、小春ちゃん軍団にご馳走するもありがとうの言葉ないのを怪訝な顔をする。

ページトップへ

2016.1/7(木)


カザフスタンの大統領経営?大学の庭に「竜安寺」を作るとかで、現地での都市計画に携わっている今用雄二さんが、当地では賓客の写真家・黒川未来夫(紀章さんの息子)さん、諏訪市のオノウエ印刷会社経営の中村ユキコさんと来店し、それを待ち受けていた高松樹&古関さんグループと合流。その直前には、山田拓宏さんも立命館の同級生同伴。
「竜安寺」施工は韓国のゼネコンが施工。カザフスタンでは、2~3年後には万博が予定されている。
日本からは、往復9万円で、8時間で行けるそうだ。現在は、約100人の日本人が住む。去年の4月から日本との関係が密になった。かつては、シベリアに抑留された日本人が多く住み、小松左京の小説「日本沈没」第2部では、冒頭で、その3~4万人の日本人が逃げ出すのではなかったか?記憶に間違いがなければ。

ページトップへ

2016.1/6(水)


2003年前後(後で調べる)にほんやら洞で個展をやってくれた秋野子弦さんが1月4日に亡くなられた。個展には、不矩さんを筆頭に親族郎等(って言い方が似合う)知人を呼んでくれたが、美山町では母の秋野不矩さんと住んでおられた。不矩さんの三男。確か、学士山学会に入っておられて京滋の山男(学士山岳会の猛者連)を八文字屋へ連れて来られた。
「カイさん、兄貴(亥左牟さん)と仲が良いんだろう、なら良いわ」が何故か酔うと口癖だった。草間テツオさんの盟友、小林正和さん夫妻とも何度か来店していた。お嬢さんふたりは、銅版画家の陽子さんに日本画家の亜衣子さん。陽子さんには、アイルランドでお世話になった。また、ゆっくり思い出そう。
売らんがための自己宣伝(自画自賛)をFB上に書き連ねる。「2月出版予定の『追憶のほんやら洞』(風媒社)は、『溜まり場としての喫茶店』等を社会学的な研究テーマにする学生にはかっこうの本です。70年代京都論のためにも、立命館大学のある学科では『ベ平連』研究を指導する先生がいるらしいけど、少し擦ります。」等々。
「伊方原発訴訟や反原発の科学ジャーナリスト、ロベルト・ユンク、作家、黒川創の父親・北沢恒彦さんの人柄に関心ある方は、是非、どうぞ!ついでに拙著『ほんやら洞日乗』(風媒社)もどうぞ。」
夜、樽家さんはお嬢さんと来る。

ページトップへ

2016.1/5(火)


田中神社のおみくじシーンに「いいね」が100つき、ビックリ。
八文字屋の大家の代理人から嫌な連絡。ほんやら洞の最後の10年間、大家に甘くしたツケが今頃になってやってきた。Sとの食事後、帰って寝直す。
課題多し。小西明子さんは、外波山紀元さんご夫婦同伴。懐古談、ひとしきり。柄澤齊さん、材野博司さん、小岸昭さん、徳永恂さん、流さん、上里さん等々。

ページトップへ

2016.1/4(月)


「追憶のほんやら洞」の自分の原稿の削除にやたら時間を取られる。八文字屋では、小春ちゃん色一色。太郎くん、真由子ちゃん、徳島の友達、そのBFのレオン君等。R子さんより唐揚げの差し入れ。

ページトップへ

2016.1/3(日)


田中神社、下鴨神社に行く。
夜は、玄ちゃんとN.Z.のカップルのみ。玄ちゃん、新潟のカステラをお土産に。

ページトップへ

2016.1/2(土)


終日、吉田。ワッキー、林海象さんの家の帰りに林映画の女優さん。あとで岩沢さんも連れて来る。フランスの認知心理学者ユーゴーさんと連れ合いのコリーヌさんにも、偶然会う。R子さんがそばの差し入れをしてくれる。冨樫も日本酒と寿司の差し入れ。段ちゃんは、3本ボトルを入れてくれる。落花生、お餅のお土産。黒ダライ児さんから1月18日京都市芸大での講演の案内ある。

ページトップへ

2016.1/1(金)


今日は寒い部屋で布団に潜りこみ、ゆっくりする。
ほんやら洞宛てのハガキはまだ吉田の家に届く間に新居を報告せねば。
珍しいところでは、歌舞伎役者の市川笑也さん、昨年「絢爛たる悲惨」(作品社)を上梓した徳永恂さん。
徳永恂さんは、もう一、二冊は書きたいと「歳相応に元気」とのことでなにより。
高橋幸子さん、小野誠之弁護士にも連絡せねば。
姉、自分の死後のドナー、献体の話ばかりする。葬式代も要らないと。
カザフスタンの今用さんよりメール。近い内に会えそうで、嬉しい。何度もやりとりする。1月6日の夜か1月7日に黒川紀章の息子未来夫さんという写真家同伴。カザフスタンの大統領の大学の庭に龍安寺を再現するのに、龍安寺見物に来ると言うのだ。
濱崎さんより、8日にゲラをあげると電話。「美女365日」を送ってくれとのこと。
基本的に寝正月。洗濯して、風呂にはいって、みかん2個食べ、鈴木さんにもらった昨日の残りの東京バナナも口に絞り込み?ごぼう天二個齧った。後は布団のなかで眠るか、原稿に目通すというグウタラぶり。後は八文字屋に行き、27日に西村さんに戴いた餅を焼きつつ、掃除をする。
そして、八文字屋はオープン。
元旦客はないかも知れないが、風邪をぶり返さないように毛布を腰に巻いて、原稿を書きながら、一応、お客さんを2:00までは待つ。
お客さんがあれば、3:00まででも、4:00まででも飲む。

これが僕の元旦。
社会儀礼の簡素化が進行しているのは良いことだと思うし、僕なんかに関わったら、ろくな事にならんという認識が浸透したとしたら、これは慶賀すべきことだが、15年前までは年賀状が200~300あって、礼状を出すのに一月以上掛かって弱っていたが、ぐっと減ったのには一抹の寂しさは禁じ得ない。多分、かつては何かと報告をくれていた知人たちから元気が失せたのだろう。また、歯が欠けるように、亡くなっているのも事実だ。だが、幸運なことに、賀状のやりとりを抜きに、八文字屋でのお客さんとの実質的付き合いの紐帯を強めている。それでも賀状は嬉しい。意外な事実の発見、報告もあるし、友達の子供たちや奥さんの名前を忘れている場合は助かる。八文字屋には、数葉届いていた。いつもながら、草間さんご夫妻、有田さんご家族、臼倉さんご家族、井上隆雄さん、寺林さん、直山さん、黒テント、ブレーンセンター、飛鳥井さん、ギャラリーヒルゲートである。日頃、外国人客は非常に増えたが、客が少ない、特に女性客が少ない!というクレーム?を常連さんから受けているが、年賀状を見て少し反省。「カイも歩けば、美女にあたる」と豪語し、全国の美女1万人以上のアドレスを基に、全国美女巡礼の旅だ!65歳を過ぎたらと妄想を逞しくしていたが、それも煙と消えた今は、また、世阿弥の「初心忘るべからず」でないが、長田弘さんの「詩は友だちを数える方法」との喝破のその顰に倣って僕としては写真を友だちを発見する方法、お客さんを見出す手立ての一つと割り切った写真作りも、今年は細心の注意を払って模索するとしよう(笑)。お客さん、10:25になっても、来ませんね。固より坊主覚悟。
11:30にN.Z.のカップルが来て1時間。3:00まで待つも虚し。徹夜になる(後日、段ちゃんが8:00に来て、帰った、と知る)。

ページトップへ

カイ日乗



2018年


2017年



2016年



2015年


*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








カイ日乗



2018年



2017年





2016年



2015年




*2015年1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。

お知らせ&イベント

(7/21更新)
カイ日乗 5/11〜31まで更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

LinkIconUnited States
LinkIconFrance