2015.11/30(月)


8:00起床。
疲れと酔いが抜けず、2:00までゴロゴロする。風呂から出ても眠い。銀行、郵便局、Fax送付に行かねばならないのだが、ほんとうは、夜の仕事まで、寝ていたい。
水木しげるさん死去。水木語録では、努力はしない、というのは面白い。努力はうらぎる、と宣う。
今晩、売り上げがないのは、とても困る、と思いつつ、10:00過ぎまで客なしに耐える。
10:15に、岡本りよさんがくると、立て続けに永澄さん、八代到さん、今度、日経新聞に入る同志社の社会学部の女性と来る。更に、アンドレアス、カルロ(ジュネーブの写真ミュージアム?)、フランソアが来て、昨夜も来た宝ヶ池での国際会議WECCのメンバー5人が来る。後で共同の京都の新任デスクも来たが、喋る時間なし。

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2015.11/29(日)


ルネで飯を食って、裏千家の茶道資料館に鴻池家伝来の家宝の陶器や掛け軸等を擁する正木美術館名品撰(大阪、泉北)の「茶墨精粋」を観に行く。雪舟、絶海中津、周堂義信らの絵、書を見る。一瞬?掛け軸?山水画の虜になる。写真にも活かそう、と。82年頃、東松照明と「絵巻物のような写真集?を作れたら良いなあ。字を書き込んだの」と語りあったのを思い出す。「トランクの中の日本」石本正展を観に行く時間なし。
3:00徳正寺に加藤典洋さんの話を聴きに行く。
政治学者の永井陽之助(が江藤淳を東工大に呼んだ。秦恒平さんは、江藤淳からとうこうだいによばれたんだった)、高坂正堯を評価しているのは、面白かった。永井は、丸山真男の弟子で、高坂は、頭がキレ、文体は柄谷行人みたいだと評価する。彼らが存命なら、自民党は今ほどひどくならなかったはずだとも。安倍の安保法制懇のメンバーには、高坂正堯の弟子の阪大の坂元一郎(学生時代からほんやら洞の客で、今でもほんやら洞付近に住み、会ったら、お互いに挨拶をかわしている)がいるが、高坂的な重石にはなっていないのか?タダのアメリカ追随の走狗か?高坂は、北沢恒彦の仮想敵として、彼の念頭にあった人物だ。晩年、高坂は不遇の!境地にあったのでは、なかったか?奥さんが三条木屋町で働いて過ごすようになったと、1981年頃、町内の若者に聴いたものだ。加藤は「前原誠司に関しては、キミは頭が悪いから政治家になりなさい!と高坂が言った」と言う。
1975年に昭和天皇に戦争責任を直で問うた中村康二という記者がいたのを初めて知る。明治学院大の人的蓄積についてもあらためて知る。加藤さん「黒川の戦後100年という小説内の文言、加藤さんのサジェスチョン?」と訊くと、ウンという。「ほんやら洞、大変でしたね、また改めて行きます。」
Sと河原町のレストランで飯を食ったのは、多分、初めて。
八文字屋が寒すぎると、辛そうな顔のS直ぐに帰る。その直後にレオが仲間と来る。更に、西村さんも。
浅利ちゃんは、1・5時間遅刻。(今日までグランピエの鹿ヶ谷山荘での売り出し)。
西村さんは、「マスコミは任せて下さい」と関本さんが言った自信の根拠の元が僕だと判り、些か愕然とする。
他にも、レオの友人がきた。奈良井さん、冨樫しか常連は来ずか!?
ブーたれていたら、宝ヶ池のWECCの4人がきて、溜飲を下げた。
さらに、深夜、ロバのパンの会の4人がくる。
2:30閉店。

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2015.11/28(土)


札の辻の長谷川歴史・文化・交流の家に行く。途中、鴨川で怪しい雲行きと川辺の人たちのシルエット風の画像を撮る。
イサムちゃんの会場では、中尾ハジメカップルに会う。彼の彼女と青ちゃんは知り合いのようだった。蝦夷地、江戸城周辺の地図を見せて貰う。
近くの蕎麦屋「大黒屋」でSは鴨なんばを食べ、権太呂の方が美味しいという。
八文字屋には、レオが来て、グザヴィエへのメールの仏訳を再確認。ウッチー&カオリンが花大、立大の落研のメンバーを下見、打ち合わせで連れてきて、最後は、段ちゃんで終わり。

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2015.11/27(金)


加藤典洋さんの「戦後入門」を読み、原稿依頼のメール出しで半日潰れる。ルパンの店に行く。三上晋司さん、5:00過ぎに来店。
6:30には、出町のジュンク堂の元社員の桜井さんが知人2人を連れてくる。
西村さんが来るかな?と書道の先生に柿を大量に貰ったSが来るも会えず。冨樫、近藤和見来る。
レオが来て、上田晃久にもイラストをたのんだら?というので、頼む。
3:30帰宅。

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2015.11/26(木)


昼は、グロッキー。
夜、ウッチー&カオリンが、立命大、花大の寄席の人たちを連れてくる。
正体不明のアメリカ滞在のフランス人も来る。
「追憶のほんやら洞」原稿依頼に明け暮れる。

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2015.11/25(水)


45年前の今日、三島由紀夫自決。この日九州の母に手紙を書いたのを思い出す。
このクソ忙しい時に秦建日子「刑事 雪平夏見」(河出文庫)シリーズを3冊立て続けに読む。元亭主を殺した元亭主の嫁と実娘と美人刑事が同居して最後は撃ち合いという意表を突く展開といい、構成の上手さは舌を巻く。10巻で終わりらしいが、40~50巻とつづけば、シムノンばりになるかも。時代風俗が反映されていて、古典?になるかも。
久しぶりに朝から府立医大行き。
感じの良い女医さんとも今日が最後。一応、病院でなすことはなく、後は自然治癒を待つのみ?
京大博物館の目立つポスター、桝形通りの畳一枚の休憩所の写真を撮る。
朝まで秦建日子の文庫を読む。
2時間で10回近くトイレに行く。
昼までダラダラ。
恵風、ルバンの店、ヒルゲート行き取りやめ。食事にルネ、夜の準備とベルト買いに桝形通り、毛布とカセットコンロ用のボンベ買いにD2にも行く。
ほんやら洞全焼以来、初めて、隣の林のおばちゃんと口をきく。入院はSが伝えてくれていた。
グザヴィエにメール(レオに訳を頼む)。

グザヴィエ、
元気ですか?
夏には、ナディアに会い、グザヴィエとファビエンヌと猫ちゃんたちの暮らしぶりについての話を拝聴し、来年の春にでもパリに行きたいね、と伝えたところです。
僕のパリ写真集も印刷直前にほんやら洞の火事でネガ・プリントもろともほぼ焼失したので、もういちど「パリ写真集」作りへの挑戦という意味も含めて、グザヴィエにも会いに行きたいとの希望的観測を伝えました。
グザヴィエ周辺のことが、今年1月と胸の傷む先日の爆破事件のニュース等を見聞きするたびに懸念されて仕方がありません。きっと知人や知人の店も深刻な損傷・打撃を受けているに違いと想像して、グザヴィエに何といってメールして良いのか、考えあぐねてきました。それは、サチコも同じだと思います。
政治にも日常生活でも悲嘆にくれることも多いでしょうが、力を落とさずに頑張って下さいね。
日本の政治は、ますますトンデモナイ方向へ向かって進んでいます。
いつ他国にとんでもない危害を加えるか予測出来ない事態がうまれました。
今の政権を倒し、この状況をなんとか食い止めたいのですが、かなり絶望的状況です。フクシマの件でも政府はウソの情報ばかり流し、マスメディアも政府の言いなりになっています。
いつ、どこから不測の攻撃を受けても不思議でありません。
政治を抜きにしても、僕もサチコも苦しい瀬戸際に立っていますが、来年こそ本を創ったり、もっと創造的な展開しつつ、このピンチを切り抜けるつもりです。
もっと頻繁にメールをします。
ファビエンヌにもよろしく!
カイ

日中、雨。
バイト浅利ちゃんだけど、川﨑さん、奈良井さん、カゲロヲ、冨樫で終わり。

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2015.11/24(火)


9:00起床。
「戦後入門」を読み継ぐ。
徳正寺に、昨日行けなかったので、太天柿(四国の周桑産)を持って「陀仙忌」に行く。辻潤愛用尺八、墨跡等を見る。村上重付近でドゥニに遭遇。
西田さんの写真展の搬出。
有本さんが来て取材。Sにも来て貰う。12月1日の「関西遊覧」で取り上げてくれるとのこと。
室謙二の小田実論(刈谷剛彦編『東京オリンピック1960年代』《ひとびとの精神史第4巻》岩波書店所収)は面白かった。吉岡忍の鶴見良行論も。他にも、細見和之の「高村三郎・永山則夫」神戸金史「室原知幸」吉田敏浩「岡村昭彦」吉崎健「原田正純」も楽しみ。
有本忠浩記者とヨーゼフ・クーデリカが好きという写真部員(同志社出身)が取材。ゆっくり飲んでくれる。北川さんが43年ぶりの客同伴。勘定違いで金もらい損なう。バンソン、ドゥニ、アドリーヌ来店。
2:00閉店。

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2015.11/23(月)


11:00起床。
Sとうどんすき、「追憶のほんやら洞」の打ち合わせも。
徳正寺での4:00からの大月健さんの会には間に合わず。
4:40八文字屋入り。
西田さんの個展最終日なので、チョロチョロ来る。森まゆみさんの知人の京大の先生、福岡市の二人の知人を同伴。冨樫も。中谷レイさん初バイト8:00~11:00。3:00帰宅。カウンター周辺を上手く掃除してくれる。
「追憶のほんやら洞」の執筆者(及び予定者)に以下のメール送付。

ご無沙汰しています。
速いものでほんやら洞の放火による全焼から1年経とうとしています。その後、人喰いバクテリアに殺られ3度の手術を要した長期入院(あわや両脚切断)という憂き目にもあいました。我が家には焼け跡から回収したネガ類が全く手付かずに依然として山をなしてます。「ほんやら洞の青春」執筆もままならず、座して死を待つ訳には行きません。自分に鞭するべくアンソロジー「追憶のほんやら洞」(来春早々出版予定)を企画しました。単行本の執筆者原稿は12月5日が最終締め切りです。
執筆者の皆さんにはほんやら洞での経験、思い出、現在従事中の活動等を記していただき、在りし日のほんやら洞を偲び、私としては、これの発刊を期に来春復刊予定の「季刊ほんやら洞通信」発行のバネとし、さらなるネットワーク作りに努め、写真家稼業の励みとする所存です(『八文字屋31周年記念』冊子も企画中)。
「追憶のほんやら洞」は寄稿者の原稿と残存するほんやら洞写真(鶴見俊輔、日高六郎、ロベルト・ユンク、中尾ハジメ、岡林信康、片桐ユズル、白石かずこ、ケネス・レクスロス、黒川創、猫、美女)やイラストとで構成する予定です。
私(甲斐)は、「ほんやら洞伝説について」「ほんやら洞での写真家修行時代」「バリケードの中の鶴見俊輔」のいずれかを投稿予定です。

「追憶のほんやら洞」への寄稿(及び予定)者は以下の方々です。
井上章一(日文研)西成彦(イディッシュ文学、立命館大学)依田高典(京大経済学)松隈洋(京都工芸繊維大建築)谷川渥(美学者)木戸衛一(大阪大学政治学)神田稔(日系アメリカ文化研究、種苗業)中島岳志(北大)渡辺浩平(北大)津田篤太郎(聖路加病院医長)荻野晃也(伊方原発訴訟、狭山裁判、電磁波研究所)清水哲男(作家)萩原健次郎(詩人)田中国男(詩人)宮沢章夫(劇作家)浜田佐智子(デザイナー)佐藤由美子(トランジスター・プレス)佐藤真由美(大阪芸大)ロジェー・ワルッヒ(同志社大学)ジェローム・ブルベス(九州産大)飯田朔(塾講師)浮田哲(TVディレクター・羽衣大学)浮田潤(関西学院大学)忠田愛(美術家、京都造形芸術大・嵯峨美術大学)内村育弘(シンガー)セレン(精華大学、映画学、トルコ)レオ・マルセイユ(精華大学、漫画研究、フランス)佐藤守弘(京都精華大学デザイン学部)宮越明子(詩人)野口修(元つくば市議)永澄憲史(京都新聞)木須井麻子(読売新聞休職中、ロンドン在住)稲山聖修(保育園理事長)三上晋司(作曲家)柳生邦子(元毎日新聞、看護師)渡辺修(時事通信)津村喬(氣功家)申芳礼(美術家)加藤まなぶ(TVディレクター)吉田孝光(高校教師)Wu Hao(パリ第8大学、中国)菅谷奈緒(プログラマー)扉野良人(路上観察学会、徳正寺)石井窓呂(元永青文庫)森下光康(NHKTVディレクター)中村真夕(映画監督)中村勝(元京都新聞編集委員)草壁カゲロヲ(劇団ヴォガ座長)牧野真平(元京大シネ研、IBM)高山富士子(ライター、フォークソング運動)加納厚(PAオペレーター)宮原麻美(高校美術教師)Ryotaro(アコーディオ二スト)賀川真(元同志社学友会)東義久(作家)呉ジンカン(漫画家、『キッチュ』編集発行者)鈴木透子(翻訳家ライター)瀧津孝(ライトノベル作家)森まゆみ(作家)上田晃久(漫画家)近藤和見(劇団ヴォガ演出家・劇作家)。

新人バイトの画像UP。冨樫、西田さんのみの静かな夜。2:30までの客待ちも空し。
3:30帰宅。

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2015.11/22(日)


扉野良人さんより大月健さんの会@徳正寺の案内をくれる。
信じがたいくらい暖かい。
4:00八文字屋入り。
S、太天柿到着に居合わせず。姉妹と食事とか。これを待望する客が来るまで封を切らず。オイタさん、5:00過ぎに来る。
元マルヤマ(今、月桂冠勤務)の大島さん(日立出身)も久しぶりに来店。松ちゃんは、7:30に来てすぐ帰る。松ちゃんとは5月以来。
ウッチー&カオリンが来て、エアコンを見てくれたが、やはり、イカレていた。外の人出は物凄かったが、今日は暇かと思っているところに中外新聞の北村敏泰さんが、総勢14人で来てくれてホッとする。その写真を撮ろうとしていると、新谷有里ちゃんのお父さんが名乗りを上げる。Sも長岡京市から戻って来て、太天柿をカオリン&ウッチー共々食べる。お父さんが帰った後に有里ちゃんも来る。「月刊むすぶ」のライターの女性が照明屋さんら3人を引き連れて来る。昨日今日と大阪で舞台だった工藤丈輝さんも来る。明子さんの知人の滋賀県の詩人の加藤君、バンソン、親父「ユウジさん」 そっくりになって来た近藤和見も来る。ライターにナンパされた東京の39歳の照明屋さんは1時間後位後に、冨樫と保育園、小中学校は同期と気づく。家も150メートル離れてないのに、26年ぶりの邂逅という。今日はライターの手柄。工藤丈輝さんが秦建比古さんと中高同期と吐露。
帰宅5:30。

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2015.11/21(土)


すっかり、バテバテ。
14:00まで、家でのびる。加藤典洋さんの「戦後入門」を少し読む。
何ひとつ出来ず。16:00に八文字屋入り。
18:30、Sと「追憶のほんやら洞」の打ち合わせで、近くのイタリアンの店へ。
八文字屋は、異常?に暇。西田さん関係が3人以外は、啄ちゃん、段ちゃん、鹿さん、バンソン&アドちゃんのみ。久しぶりに12:40に引き上げる。

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2015.11/20(金)


5:00過ぎに寝る。
11:00起床。
夢。
Sが日本のテロリストにつけ狙われそれと気づかす、嫌だなぁと思いつつ、危ない場に誘導されて行き大丈夫かいな!?と心配する。もう一つ、浅利ちゃんが、コンロに火が付きっぱなしよ!と言ったのを思い出し、八文字屋が火事だ!と連絡がないようにと祈る気分で居る夢もみる。
4:00、八文字屋オープン。吉本のやさぐれ男の先輩から忘れ物はなかったか?と電話あり。毎日の有本忠浩さんから、11月24日取材依頼の電話。
8:00過ぎに西田さん帰る。
梶田さん、稲山さん、梅林克さん(橘大学の3回生)の二人連れ(ひとりは月曜日にバイトに入る)、後はインドの建築家、Rohan・Rathodさん(ニューヨーク在住)カップル写真集を沢山買う。東京電通の原野さん、バンソン、冨樫が来る。Iさん八文字屋泊。

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2015.11/19(木)


8:30 目を覚ます。
午後、ルネ。
西田勝彦さんの個展の記事とDMを貼り付け、拡大コピーして、ポスター化。
5:00早々に西田さんの高校の後輩、来店。五条楽園で店をやっている咲希ちゃんの友人らも。星野高志郎さんが「伏見」から鯖寿司を持って行け!という多津さんの好意の差し入れ持参。切金細工の江里さんの弟子の東伊織町の女性らも同伴。星野さん、僕にも聴こえるように、西田さんに100ページにまでなった「八田ノート」を頻りに解説しながら、見せる。そして、ほんやら洞来店経験のない星野さんが頑張って書いた原稿を没にしたことがいかにも憤懣やる方ないという口吻だった。西田さん側から言えば、西田さんは、自分と星野さんとの関係、星野さんとほんやら洞との関係を破線で繋げて見せてくれるのは面白かったはず。星野ワールドとほんやら洞ワールドは2、3の補助線を引けば、重なるのは、確か。でも、一つの本に、とけこませるのには、力量がいる。星野本として活用したら、如何でしょう?返信した。「追憶のほんやら洞」が単に八文字屋の客増やしのためだったら、何十人もの星野さんの知人の名が登場するのは、有益で有難い。やはり、ほんやら洞の意義を考えさせることを考えさせてくれるのが嬉しい。もっと声なき声があるのに、拾えないのはもどかしい。大きな投網打ちは僕ひとりが居ればいい。
ギックリ腰で苦しむトマス・ライトさんを昨日、趙博さんの誕生日パーティに顔を出したという杉村さんが連れて来る。「永澄が八文字屋、やっている!?閉まっているんじゃない?と言っていたが、あいつ、何を言っているんだろうな」と言う。何度目かのハワイ展の話を杉村さんが蒸し返してくれるが、どうかな?杉村さんは、フランスのテロについての解説をフランスの事情に即して絵解きしてくれる。
杉村さんの話を聴いているときに、昨日は高浜から大阪までのリレーデモで西国街道付近を付き合った佐々木米市さん来店。最近、「拾得」での田中研二ライブでは、喉頭癌からほぼ完治した玉岩信義さんに会ったと言う。玉ちゃんの嫁が18歳の時から知っているとのこと。黒川創の「京都」の感想を伺う。
ライトさんの知人は別府大学でなく、立命館の太平洋大学だと判明した。ウッカリしたことを書かないですんだ。11:15に客ゼロ。2:00までベンチに横になって客待ち。
ウトウトしていると、1:30にオランダからの客5人。30分で帰り、秦建日子の「刑事 雪平夏見シリーズ 第4巻 愛娘にさよならを」(河出文庫)を読む。読み終わって時計を見ると4:20。5巻は既に単行本を読んでいたが、相変わらず上手いのには変わりないが、犯人が分かってからの展開がややとろい感あり。でも、エンディングで雪平夏見が銃を撃ちっぱなすと同時に地鳴りがし、コンクリートの地面がぐにゃりと波打った、とするのは、さすが。
14時46分18秒、と来た。いっきに読まされたのには、変わりはない。4:20まで本に引き込まれていた。

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2015.11/18(水)


8:30起床。
ずっと雨。
西田さんの写真展の記事(毎日)出る。
カナダから八女市に居を移した兄が向之原に寄ったとのこと。大分、山香と同窓会を転戦?してもう一人の兄の家に泊まった模様。
兄弟姉妹の暮らしぶりを見聴きするにつけ、父母、祖父母、叔父叔母、数多くいる従兄弟・従兄弟の数十年をトレースするにつけ、各自に対する感慨が一層深まる。リアリズムで描写したいが、気にする縁者もいるようなので、身内のエピソードからインスピレーションを得て、全く違う世界を描かざるを得ない。皆、かくもオモロイくらしを送っているのかと感慨もひとしおだ。が、もう今から取り掛からねばならないのだが、そんな時間はあるだろうか?
一族が根こぎされる70有四年、いや、百年を自分なりの方法で描写せねば。
それには、足がないが、チョコマカ動かねばならない。半年か1年居を定めてやるべきだが。そんな体たらくだと、もう無いままで終わるだろう。やはり、10年前のチャンスをチャンスと見れなかった不見識を噛みしめるしかない。
本来なら、40年前にほんやら洞をやめてでも?その仕事に着手すべきだった。当時も今もさして状況は変わっていず、僕の思いも認識もさして変わってないが、いかんせん、歳を食ってしまった。
20代半ばは、立松和平、中上健次が出生地を作品として継承化して行くのをはたで睨みつつ、我もとの思いを強めていたにもかかわらず、踏み込めなかった。その脆弱さに今、泣いているわけだ。代わりに写真にのめり込んだ。カメラを武器に釜ヶ崎で離散する我が一族を直視する必要性を痛感し、通った事もあったが、持続しなかった。山科鉄工の問題もパラレルだった。
「べつの言葉で」読了。
ジュンパ・ラヒリ著「べつの言葉で」の終章の前に「足場」というエッセイがある。他の章共々面白くて一気に読んでしまった。
今、八文字屋で写真展をやっている西田勝彦さんが岡林信康と高校の同級生という事もあって「足場」でちょっとした感慨が湧いた。もうかれこれ44年前に寺町今出川に喫茶店を作る際、「ほんやら洞」と決まる前に、仲間の岡林は屋号として「足場」はどうだ?と言った。中尾ハジメに至っては、「《同志社総》本部」と唱えた。
ラヒリの「足場」は、次のように記されている。

足場というのは美しいものとは見なされない。概して見苦しいものの部類に入る。邪魔で美観を損ねる。本来ならあってはならないものだ。もし足場の下を通らねばならないことになったら、通りを渡ってしまうほうがよい。今にも倒れるのではないかと心配になる。/オッタヴィアのポルティコの場合は例外だ。、、、障害物であるにもかかわらず、遺跡に感動的な属性を加えている。、、、奉納された円柱やペディメントが見られるのは、奇跡のように思われる。くたびれ果て、それでも立っているこの建造物の下を平気で歩くことができることに驚きを感じる。それは時の経過を語ると同時に、時が無になっていることも語っている。/私のイタリア語の文章が出版されるとき、足場は消える。、、、わたしを支え、保護してくれているものは見えない。壊れやすい部分を隠しているものは目に見えないままだ。だが、見えないのは単なる錯覚にすぎない。わたしはいつまでもわたしを支えてくれる足場のことを自覚している。それがなかったら、わたしも倒れてしまうだろう。/、、、足場が必要だ。失敗するかもしれない仕事を補強すること。みっともないとは思わない。たぶん、いつかはいらなくなるだろう。足場から解放されて自分だけの力で書くことができれば、もっと自由だと感じるだろう。、、、足場として、周りで指導してくれた友人たちのことを恋しく思うだろう。わたしの人生でもっともすばらしい経験は彼らにつながっている。

これはベンガル出身のアメリカの著名な作家がイタリアに移住してイタリア語で作品を書く経過での思いだ。
なるほど、喫茶店ほんやら洞を長年経営・維持出来たのには、このような足場(有形無形の支持者)があってのことだった。鶴見さんの縁で京大人文研の先生方も外堀として機能したといえる。岡林は、大工仕事でも足場を組むのが好きだったし、また、屋号としても自分周辺に集まった有象無象にとっても店が足場、足がかりになれば、との思いで提案したはずだ。僕は、ほんやら洞を続けて行くなかで、この足場がやがて、内堀外堀になり、伝統となって行くのを感じていた。そして、今、八文字屋を維持できているのも、その流れの中にあるからだと思う。47年前に読んだ鶴見俊輔さんの「不定形の思想」の中では、伝統をギブスにたとえていたのを思いだす。
ルネで飯。
11月29日@徳正寺午後の加藤典洋さんの新著「戦後入門」(ちくま新書)そして鶴見俊輔さんをめぐる講演会に行くには、加藤典洋さんの新著を読まねばと読み始める。
600ページを超える大部の新書だが、これまでに加藤典洋さんの本で読後、裏切られた思いをしたことがないので、目次を紹介する。

第一部 対米従属とねじれ
第二部 世界戦争とは何か
第三部 原子爆弾と戦後の起源
第四部 戦後日本の構造
第五部 ではどうすればいいのかーー私の9条強化案
おわりに 新しい戦後へ

なぜ安倍路線ではダメなのかーー九条改定思案との比較 / 日米関係 / 国防と安全保障 / 経済・産業問題 / 平和理念の遺産を継承して / 戦後構想の座標軸ーー永井陽之助の分析(1985年) / 憲法九条論争の配置図(2015年)/ 分断された象限Aと象限D /日米同盟と護憲派の成立 / 護憲・国連中心主義連合をどう作り直すか 現実とせめぎあう理念 二度の「覚醒」の火花

読み始めて、あとがきをみると、「戦後入門」という表題にはいくつかの意味がこめられている。
一つが、自分向けの命名で、再度、自分が入門者になってゼロから戦後について考えてみた。
二つが、外国人留学生と日本人学生のためのとびきりの「入門」
三つが、まともな歴史(論)への渇望、飢餓感に応え、戦後の国際秩序にフィットした・持続可能な・「ねじれ」をうまく生き抜く・「誇りある国づくり」に資する
四つが、現在の自民党政権の暴走に対する怒り
そして、矢部宏治とロナルド・ドーアという「部外者」による教示・インスピレーションから突き進み、「もう護憲では足りなく、左折の改憲の必要」を説くに至る。
以上のようなメチャクチャな読前の紹介は堪忍して貰うとして、最後に指摘すべきは本書は、鶴見俊輔さんへの謝辞で締め括られていることだ。
徳正寺の会は、そういう会でしょう。
大分で境遇的には不自由な身でありながら、僕に対してあれこれ気を使ってくれる姉・兄の顔を見るだけのための帰省の機会も確実に減っている。体力やルーティーン・ワークや手許脚元不如意のほかに、海外展をこなすのが精一杯で、元気で帰省出来るのは、生きている間、後僅かになろう。来年早々1月初めには大分の美術館の館長にも会いにも行くし、国東半島に行くつもり。
大分の美術館で展覧会の去就も不明だが、「大分の現在」も見届けたいので、少しは長めに県内に留まるかな?
展覧会ではベストを尽くし、その後は兄・姉から継承したセンス?多少なりとも形にしたい。「ほんやら洞の青春」は勿論のこと、表現において多少ギャップが生ずるのもやむを得ない。絵を描く兄には、少部数でも画集出版の手伝いを思わないでもない。
木下杢太郎の「百花譜」を見るのも、兄との共鳴板を共にしたいとおうからでもある。独自な方法で写真集「百花譜」を模索しないでもない。「花鳥風月」なんてケッ!と思い続けていた昔をおもえば、随分、遠くまで来たものだ。転向!?杉本秀太郎さんとの相性の良さは、元共同通信社の清水正夫の引き合わせで何回か仕事をさせて貰うより随分前に、つとに河合敦子から指摘されていた。短い期間だが、それも実現した。杉本秀太郎という文人は僕とは凡そ対極的存在だが、随分と可愛いがられたものだ。そのせいか?いつしか「花鳥風月の世界」も自分なりに観れるようになった。
偶然手にした岩阪恵子の「わたしの木下杢太郎」を兄姉にも推奨しよう。杢太郎の872点の植物図譜を焼失したが、再度、見よう。
7:30に西田さんは引き上げる。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。川嵜さん、奈良井さん、R大の2先生、段ちゃん、鹿さん、「月刊むすび」とKさんが「よしもと祇園花月」の滝口勇さん(立大卒)&やさぐれた仏大卒の同僚を連れてくる。一悶着もふた悶着もある。鹿さんが悶着男を他所に連れて行く。段ちゃん、冨樫、川嵜さんもエキサイトするシーンもある。娘、あゆちゃんが弘文社に就職が決まったと嬉しそうな梅林克ちゃんが、竹山聖さんの学生&不明者を連れて来る。後で、バンソンが来る。
4:00帰宅。

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2015.11/17(火)


夢。
Sと往復切符を買って東京へ新幹線で行くも、事件発生で、足留めを食らう。
戻る段に、自分の分のみ、また、切符を買う。Sは往復だと分かっているので、買わない。僕は買った時点では気づかない。
待機?している場所は、名古屋辺りだが、錦小路みたいでもあり、鶴橋とも思える。時は、今、10年前、1969年が融合している。スカンポの金時鐘さん、脱走兵ポール逮捕への抗議での座り込み現場でおにぎりを配る鶴見太郎さん(3,4歳)が居て、そこに加藤典洋さんが日沖ちゃんと登場。金さんと喋っていて、切符が気になり、日沖ちゃんに払い戻しに行ってあげると行くが交渉は何故か難航する。その間に、加藤さんが「日沖ちゃんは回復したみたいよ」と耳打ちをする。
切符は二重に単に買っているのに気づき、自分で窓口に行くと甲斐写真ファンの駅員が居て、難なく払い戻しして貰う。大分展まで切符まで都合つける、大分には、澪標の松村さんが待っている、、。
8:30に目を覚ます。
不調。
ノンビリする。
生活、変調を来たしている。店が遅くなったり、写真展があり、早くからひとりで店に入っていることもあるが、原稿に向かわず、本ばかり読んでいる。
そして、眠い。八文字屋の大家に10入れる。
何回か行ったレピュブリックの美味しいムール貝を食べさせる店でも、今回のテロで数人が死んだという。
八文字屋、4:00オープン。
7:30には、西田さんも引き上げる。
11:00前に奈良井さん、バンソン、アドちゃん、山形君、優子ちゃん登場。バンソン送別会だったと言う。バンソン以外、屋上に行き、記念撮影。
1:40までいる。帰りには雨上がる。3:20帰宅と同時に雨。

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2015.11/16(月)


ほんやら洞全焼から10ヶ月。
目を覚まし、一瞬、しまった!4:00か!?と焦ったが、8:30でホッとする。
後は、チンタラする。
昼過ぎに、ルネに行き、飯。
中野翠「いちまき ある家老の娘の物語」ラヒリ「べつの言葉で」小熊英二「生きて帰って来た男」入手。
厳重な警備で守られた日仏の前を通り、鴨川へ。
いつもの淵で鯉を掬い上げるおっさんに遭遇。下まで降りて、おっさんをアップで撮るべきだったか。
八文字屋は、鵜塚さんに個展を見て貰うために1:30に仮オープン。
西田さん、鵜塚さんが出て、2時間しめ、久しぶりに先斗町を少し歩いたが、様変わりぶりに呆れるというか、スピードがはやくとても付いていけないという思いを強める。開かれていっているのも確か。
5:00オープン。
「今日は少しは楽かな?昨日は長時間立ちっぱなしだったので、足の甲までパンパンに浮腫んでしまった」との自覚あり。
八文字屋では、昨日から、屋上の火災警報装置の機器が一人でお喋りしてる。一応、屋上にチェックに行く。1Fの防火扉に障害があると表示あり。大家さんがなんとかしてくれないことにはどうしようもない。10月1日から1Fのテナントが出て、下見に来た時に誰かが何処かをいじって、この事態?
5:20には、西田さんが実葛(美男葛)持参の花屋さんと来る。僕は青空写真展の時から経験があるけど、写真展には、色んな人が来て、勝手なことを言うもんだ。西田さんは西田さん式の展示をしているが、ああやれば良いというレベルの話ならともかく「音楽を聴きながらモデルを撮ったら良い」とか。ま、写真は色んなことを喋るきっかけを作ってくれるメディアだ。西田さん、ある人の奥さんとFB友達になったというので「それは偽物ですよ」とだけ伝える。西田さんは八文字屋チケット購買。エンゲルスガールの主人も来店。
アンドレアスが知らない日本人の友人と来る。その後、コリーヌも二人の知人連れで。アンドレアスの友人がリュシール、佐枝ちゃんと付き合いたくないと表明したのには、コリーヌ、呆れる。
琢ちゃんが来て終わり。
3:00まで1時間寝ていた。

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2015.11/15(日)


8:30起床。眠い。
いきなり、山崎哲さんのFB上で「Geeさんからの贈り物」の太天柿なるものを知る。愛媛産という。いつか入手しよう。
井上吉郎さんの書き込みで「正木美術館名品展」を知る。裏千家の茶道資料館でやっているとのこと。早速、Sにメール「中信の石本正展と共に行こうぜ!」と。
今日は、強行スケジュールは止め、ノンビリする。眠り直すと大繁盛の夢を見る。
オーストラリアのピーターが来ていて、鉢合わせのバンソンと素知らぬ顔をしていると、アスタナから今用さん夫妻が、ノルウェーの「トヨタの企業城下町」論?で立命の博士号取得のタリエ・グローニンとくる。タリエに「ガソリン(ビール)か?」と訊くと、(かつて、彼の夜明けまでの指定席だった)大テーブルが、パッと綺麗になる。隣には、しばしば大勢の前で「永続革命論」をぶつ武市さんがニコニコして立っている。急に忙しくなって、奈緒ちゃん、なっちゃんも手伝ってくれる。ビールサーバーの隣にフライパンとヤカンがあり、ビールの泡が少し出ると、なっちゃんがガンガン、フライパンに泡でない分まで、放す。注意すると、奈緒ちゃんが「大丈夫、大丈夫!」という。
今用さんを放ったらかしなのが気になり、奈良井さんに「後ろの彼、カザフスタンからだよ」と振ると、彼、パッとiPhoneでカザフスタンを調べ、タリエの方に近づく。「違う、違う!」と思わず、叫ぶと冨樫がニタニタする。いつ来たのか佐々木米一さんが何故か子連れでいて、帰ろうとしていると、一昨日も来た五郎さんが入って来て、佐々木さんは、引き返す。
こんな夢を見るのも、「追憶のほんやら洞」の良い原稿が続々と届いているからか。
姉小路画廊を探し出せず、八文字屋に直行。
1:20には写真展のお客さん来店。
文博にも行きそびれた。
真如堂、また、伏見の招徳がらみの飲酒イベントもあった日。
4:00には、レオ来店。ケーブルが短くて買いに走る。
映画のスタートは、5:30。「爆裂都市」「ホーリーモーターズ」の二本立。
レオの友達以外は、梶田さん、ウッチー&カオリンズ、草葉さん、奈良井さん、四国中央市の鈴木さん位かな?終わってから、冨樫、バンソン、K-Kei等が来る。ライブから戻ったウッチーにK-Keiが絡む一幕もある。
柳生邦子さんの原稿が届く。「38歳の時に、甲斐はカウンターの中で泣いていた」とある。
冨樫とバンソンが海水で走る車の存在の有無を喋り、バンソンの家に行ったら、家の一番高いシャンパンを盗んで来ると呟いたりしながら、駄弁っている。
僕は、明日、朝、10:00にギャラリーと文博に行き、八文字屋は1:00オープンなので早く帰りたいと、ウンザリ(?)しながら、パリの友人と交信しつつ冨樫に応対しアボカドを2個食べながら時折奇妙な甲高い笑い声を発するバンソンに付き合う。若い二人の来店が無かったら、付き合ってない。
ガッちゃんと内野君の子供、小春ちゃんは札幌出身の、やはり、京都芸大の彫刻科の1年生の目のクリクリとした青年(先斗町のハロードーリのバイト)と来て、彼が出自がらみでアイヌの話をしているので、帰りしなに、「砂澤ビッキ、知っている?」と訊いたが、知らなかった。
帰宅4:00。就寝5:00。

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2015.11/14(土)


疲れ、癒えず。
あさ、グザヴィエの家の近くでテロ発生を知り、ショック。鹿児島でも震度4の地震ある。大分市美術館の菅章館長からDVD「ほんやら洞の甲斐さん」は興味深かったとのメール入る。
清水哲男さんは、どこに行っても人だらけ、と嘆いていたが、八文字屋は、全然。
Sとチリコンカンの残りを活用してマカロニを食べる。Sの協力なしには今後の僕の写真家としての活動も覚束ないものがある事を確認。
呉ジンカンさんより嵯峨美術大学の学生の仕事状況を聴き、西村さんに伝える。ロジェーの原稿届く。
5:00に西田さんの個展を見に来る客、5歳の子連れの元同僚、伊奈信男賞候補の加藤國子さんという女性が早速来る。あとで同志社大学の同級生の八頭の加藤、酒井さん、西田さんと元同僚も来る。姉が、由布市から難病指定を受けろ!とせつかれていると言う。
チャイを作る。遅く、奈良井さん&あさひちゃん(あさひちゃんと気付かず、また、何処の若いベッピンを連れてきたんだ!?と一瞬思う)、バンソン来る。奈良井さんは、17日の伏見の2F席確保の為にあさひちゃんと行って来たといい「甲斐さん、本当に良かったら、ご馳走するので17日に来てください」と繰り返す。「伏見」は来年、3月を乗り越えれそうとも言う。あさひちゃんは、夜のしじまに消えた。更に、冨樫、1:30には小春ちゃん&BFも。

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2015.11/13(金)


8:30起床。
今日も、上腕部痛む。
この痛みは、55歳頃に腕の筋力が落ちて行った時の痛みと通じるものではなかろうか、と思い当たる。
松屋、鮭定食。
鴨川で鹿2頭さまようのを見つける。
家でゆっくりする。
5:00に西田さんの搬入。酒井さんが手伝いに来る。鶏朝を作る。稲山さん、三上さん来店。稲山さんはyoutubeの「ホワイトヘッド云々」が面白かったという。三上さんは、春、秋をイメージして作曲した新曲を聴かせてくれる。奈緒ちゃんからメール。「甲斐さんが怒るようなことも書いているかも」とのメールもあり。石井窓呂さんの原稿入る。
あとは、ずっと暇。深夜に佐枝ちゃん&シルヴァン&マルタン&セバスチャン&ガリマール書店の編集者来店。日仏の稲畑ホールでの講演会の帰り。ヨシレイさんの動向、マルタンの新状況を仄聞する。

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2015.11/12(木)


退院後、初めて薬を塗るのを忘れてしまった。
8:00起床。
夢。和歌山かどこかの寺に仁王を作り、それを中心に祭りを再生する図面作りのプロジェクトに行くが、隣で集団見合いがある。
メンツは75歳位の弁護士のおっさん、50歳位の旦那から逃げようとしている少し若い主婦が原っぱで見合い。
僕は、隣でクロッキー帳を拡げる。
その最初のページは、集計用紙?金を計算したメモの殴り書き。その下はページには記したのは、客とも自分のとも知れないやり掛けの仕事の原稿か何かがギッシリ書かれている。
そのクロッキー帳を他所に、数人が庫裡で作業をしている。次のシーンでは僕はお堂の隣の二階に数人分の宴会の配膳の手配師。
続いている外での見合い、予想外のカップリング上手く行くはずはないと目されていた年配の二人は曲折を経て、意外や、意外、成就した。逆に上手く行きそうと思われていた若い女性の姿も消息も途絶えた。三重塔の隣に小さな墓所があり、その向こうには断崖ある。崖で何かあったか?関わりたくないと思っていた僕は、ここでは蚊帳の外にいるのを物足りなく思い始める。
次のシーンは、京都に戻り、若い女性の身内の誰かが車で迎えに来るというのをきいて、僕は呆れてしまう。それで目が覚めた。
11:00にルネ。出町、糺ノ森へ行って帰る。田中樋之口町でアーニャに遭遇。
何故か、疲れて眠い。
何も出来ない。
夜、タコスを作り、しこたま食べる。
八文字屋低調。
「月刊むすぶ」のライター、モトさん、冨樫のみ。
八文字屋で潰れる。

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2015.11/11(水)


7:00、寒い八文字屋で起床。
4~5日前から、右上腕部裏(脇の下の隣)がヒクヒク痛む。老人病。
書くこと、写真、店、何れも少しずつ良くなる様に心がけるしかない。
夜、何を食べるか、自分本位でない。店と連動できたり、出来なかったり。
原稿は、三分の一位集まったかな?
シンガーの豊田勇造に令状ついでに原稿依頼をする。(佐々木米市さんが、偶然、豊田勇造の拾得ライブ情報をFB上にUP)
今晩は、ハンバーク?麻婆豆腐?タコス?
迷うが、何れでもない。
スタッズ・ターケル自伝を読みつぐも細切れ。熟読翫味と言えば、格好良いけど、負け惜しみ。時間がない。ターケルで自分の青年期を相対化?出来るのがせめてもの、お慰み。
メチャ面白いので、一気に読みたい。
彼の職歴は、ディスクジョッキー、ラジオの連続ドラマのギャング役、スポーツと政治のコメンテイター、ジャズ評論家、いわゆるシカゴ風テレビ番組のパイオニア、口述の歴史家、うるさ型おやじ、と彼は書く。
八文字屋周辺の誰に似ているのだろう?
それにしても、僕の青春には、歌もなければ、映画も芝居もない。ターケルの青春とは、大違いだ。ただの痴呆に見えてくる!
僕はといえば、ほんやら洞で仕事をしても心ここにあらずで、ボーと街を眺め、路地をちょこまか走り周っただけだ。そして、今はと言えば、、、何もない!?辛いね。
ターケルは亡くなったが、本当に素晴らしい。
チャリで走った後の夜飯は、鯖の塩焼き、キューリとわかめの酢物、具たくさんの味噌汁、ライスそしてコーヒーにクッキー。足腰、肺が弱っているのをもっと意識化せねば。
8:00、八文字屋オープンと同時に、新海みどりさんがスイスからのアレキサンダーテクニックの生徒さんを6人引き連れて来てくれる。
焼き魚の煙、嫌がられる。2F、トイレ詰まりか、2時間ほど圧搾機?を作動させ、煩い。
増田さん、奈良井さん、MBSの経営陣のNさん同僚と4人で来店(ほんやら洞全焼見舞い)、バンソン、モトさんで終わり。奈良井さんはバンソン向けの曲を、これでもか!?という程、チョイスしてかける。バンソン、明日、一休寺に行くという。
閉店1:40。松屋で4:00まで寝ていた。

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2015.11/10(火)


稲山さん、飯田朔さん、木戸衛一さんからの原稿が届く。
ルネで黒川創の2045年という時代設定の小説「岩場の上から」掲載の「新潮」、ユルスナールの堀江敏幸訳「世界の迷路3 何が?永遠が」買う。京大キャンパスには、やけに、小中高生がいる。こんな所に教師引率で小中時分から団体で連れてこられる子供の日頃、「勉強しろ!」のプレッシャーは大変だろうな。
黒川創の小説、華雪のエッセイ、いっきに読む。
叡電交差付近の中華料理店で病み上がりのSと食う。まだ鼻声。
八文字屋、坊主覚悟もオイタさん、佐々木米市さん来店。佐々木さんとは、楽しく70年~80年代の経験?ポジショニングの擦り合わせみたいな話をする。荻野晃也さんの話を聴く会を、誰が、というのでなく、色んな関係者がやる必要があるという意見は一致。
また、寒い八文字屋でのごろ寝となる。やむを得ない。客がすくないと飲み過ぎる。

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2015.11/9(月)


11:00ルネ。食事。
「Beautiful Women in Kyoto」「夢の抜け口」「京都猫町ブルース」の仕入れ。
「杜牧詩集」藤田覚「幕末から維新へ シリーズ 日本近世史 5」をめくる。
終日、鬱としい雨。
木戸衛一さん、依田高典さん、加藤まなぶさん、渡瀬千尋さんより、応答あり。出町橋たもとのタネ源の青山亨さんを夜陰の中で見かける。日頃若々しく思っていたのに、シミが目立ち、お父さんの青山源太郎さんそっくりになっているのに、感動、いや、びっくり。僕より12歳だけ年長。
夜、リュウキュウ、メキシコのタコスの用意をするも一緒に食う相棒なし。リュウキュウは、ひとりで全て食べる。
オープンは、9:00で、バンソン&アドリーヌさん来る。彼らが帰った後、「唱歌の社会史」の集会の流れ4人あり。永澄さんのリードで、故藤村さんの奥さん・美幸さん(志村ふくみさんの弟子)、「超有名人」佐久間順平さん(62歳)というギター、バイオリン、マンドリン等の奏者「最初は高田渡とバンドを組んでいたが、今は、南こうせつと組むことが多い)とが一緒に来てくれる。美幸さんは何故か僕の丸善でのサイン会のことばかり口にする。話題は、中川五郎、高田渡、田中研二、古川豪、豊田勇造の昔話。
2:15帰宅。

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2015.11/8(日)


だるい。
僕も2,3日休養が欲しい。首、腰、腕も老人特有?の痛みが出てきた。
約24時間始動しなかったiPad、八文字屋に来てやっと動く。
5:00に宮城さん、5:20に高橋幸子さんの講演会「ーー同志社で出会った人ーー鶴見俊輔から、今、受けとめるもの」(東城文規、関谷滋、湯浅進の各氏も)から抜けてきた杉村昌昭さんもきて「甲斐ちゃんが上野俊哉の『現代思想』での鶴見俊輔論、面白いというので、買って、読んだけど、おもろうなかった」と言う。5:30には、柳生邦子さん、更に大西さんが来て「生前遺作集」精読の代わりに、杉村昌昭さんの漫談を聴く会にする。途中、作曲家の三上さんも来る。パークス来ず。
杉村さんは、1969年8月立命大広小路キャンパスの「わだつみ像」を倒した男、「セリーヌ式電気餅つき器」「壁なしの箱」の著者・吉林勲三との愉快な交友、「モンパルナス動物誌」の著者・江原順とのパリでの出会い、確執、「ザンジバルのからゆきさん」の白石顕二との交友等を楽しく語った。たまには、そういう杉村さんの話を聴く会を持とう、いや、忘年会をやろう!という話になる。
バイトは、浅利ちゃん、客では、海坊主の知人カップル、鹿さん、Kei-K、奈良井さん、西村卓嗣さん、折詰の寿司をお土産に持参のバンソンが来て終わり。
2:00帰宅。

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2015.11/7(土)


トノヤンから上賀茂神社で野菜市があると聴いていたが、元気なし。
昨夜はあれこれ、僕の写真の是非、好悪をあれこれ言う人がふたりいたが、言うに任せた。自分の問題であり、自分風に解決するしかない。
今日は、ゆっくり休む。
生活のシフトチェンジの時。月、1,2日休日を作るべきか。
酒飲みとFBの日々からの脱却。
FB没頭1年8ヶ月、FBでやりたいと思っていたこと、ほぼ、達成。
ボチボチ脱却して、違う仕事に専心する。
日曜と勘違いして、2紙買う。
出町では、ナス、タラ、丸干等を買う。
ムサシで寿司9皿食う。
10数年ぶりに屋上に上がる。生憎、曇天。
パークスは9日に帰国するとかで、風邪で苦しむもサッちゃんはお茶。パークスは明日も来ると言うので、5:00からの(生前遺作集」精読の会に誘う。来ると言っていたが、僕自身がやる元気あるかな?マルイでイクラ丼。
バイト、宮城脩子さん。客、ベトナム写真の村山康文さん(宮城脩子さんは、氏のベトナム取材を見物のため、同伴)&友人、レオ、家庭画報の編集者&母親、妙顕寺の保育園に通っていた「キンチョー」勤務の梅田君、朱雀高校の同窓会の帰りに友人と寄る。奈良井さん、バンソン、アドリーヌ、一見の伏見客。真打は、竹山聖さん&電通の服部さん&パナソニックの中水陽子さん。今日は、竹山聖さんのお嬢さんの結婚式という目出度い日。ほんやら洞見舞いをせず、ごめん!とくる。中水さんをつぎの美女写真集用に撮る(3月7日誕生日)。

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2015.11/6(金)


8:30起床。宗達に行けず。
家で整理するとも微睡むともなく、ネガをひっくり返していたら、2:30。
ルネ飯、出町買物を済ませ、八文字屋へ。荒神橋の下には、スカーフをした外国人女性の集団に遭遇。岡本ビルの下でワコールの井上昌子さんに会う。声をかけられたが、誰か分からなかった。
生前遺作集3月分は、3点無くなっていた。
これを見ていて、「戦争を止めた喫茶店」の著者中川六平が解説を書いているのに、初めて気づいた(依頼したのは、僕なのに、笑)。
その中に、1972年1月25日の六平の日記を引用している。

「25日、京都の北沢さんに、この一ヶ月の支出内容を報告する。月*日から今日までの分(12月・1月)8万円×2。ほびっと改装工事の木材ヒ209910円、設備ヒ52143、レンタカーのガソリン代4800円、京都からやってきているカイさんの給料14500円」
朝早くから、夕方遅くまで働いて甲斐さん給料14500円だったんですよ!
どうやら、お金とのエンは、35年前から決定されていたようです、甲斐さん、これはボクも同じ、です。低空飛行のまま、ここまできたようですネ。いい人生じゃありませんか。ほんやら洞がどうだとか。八文字屋がこうだとか。ぼくは心配なんてしたことありません。
そうそう、今でも鮮やかに憶えていますが、中尾ハジメさんと甲斐さんか。「ほびっと」の工事を終え、京都に帰ったあと、ある人がたずねてきたのですよ。
「カイさんという人、いますか」
と。聞くと、カイさん、その人の○○さんとつきあっていたとか、とか。その人が去っていった後、あれほど多忙な日々の中、甲斐さん、どうしてそんな時間をつくっていたのか。ボーゼンとしました。
そんな甲斐さんもその後も変わることはなかったと思います。こちらの方も、35年前のまま。

4:00から来ているが、仕事が手に付かない。
精力、精神力、体力ともに減退。長時間労働にもはや耐えられない。今の生活を止めたら、食う目処がたたないだけ。年金もないし、無い無い尽くし。
生前遺作集の会をどうすべきか、考えるが名案うかばず。7:30に、モトさん、更に胡子正男さんが東京の女性の友人同伴、荻野晃也さんがメールでは分からんので、「追憶のほんやら洞」についてもっと聞かせろと来店。藤田一良さんの写真を同時に掲載させるなら書くと言う。ついで、稲山さん、ヨッシー&梶田さんと来る。ヨッシーら帰った後に、パークス&カナちゃんそして彼女のBFのルーくる。彼らのお母さんのハイティーン時代の写真をみせる。遅く、トノヤンが市職員2人同伴。ユックリして、屋上のドアが開いているのを発見。12:30に堀口さんが、去年の6月5日(『ほんやら洞日乗』に登場)来た建築家の鈴木了二監督、映画監督の三宅唱さんらを同伴。
3:00閉店。
4:15就寝。

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2015.11/5(木)


今日こそ、原稿に専心と思ったが、不測の事態出来。
昨日に続いて暖かい。郵便局へ保険証取りに行く。
11月のこの時期に、こんなに暖かいのは、1968年に上洛して以来、初めての事ではなかろうか?
日中、靴下なしで徘徊。真如堂を覗く。
星野さんがメチャ長い寄稿文、皆、繋がっているので、カットしないでくれ!なんて記して送付してくる。
発表誌面が間違っている(笑)。松隈洋さんにも依頼。中村勝さんに本、原稿用紙、ペン、返信用に切手をつけた封筒を同封して送付。かとうまなぶさんから、頭脳警察とほんやら洞についての質問あり。吉田孝光さんの原稿、届く。
もっと効率的に動きたい。
夕飯は、タン。
今日は坊主?と堪忍して、オープン。八文字屋でライブをやったことのあるミルキーミーというパリのシンガーの兄が、夕方、早い時間に八文字屋に来たがっていたという。
トップは、久多で農業をやっている増田さん。
モトさん、ついで、10数年ぶりの神戸大学の塚原東吾教授は八百屋「八百又」の娘さん、州見さんらを連れてくる。塚原東吾さんは大腸ガンで5年苦しんでいるとのこと。京大医学部から立命大に行った美馬教授、岡山から神戸大学へ行ったという女性もいる。
州見さんは、中高は海人彦と同級生と判明。海人彦を呼び出す。
1時間、横になっているところ、Ryotaroが来る。「僕なんかでいいの?」と開口一番。「追憶」依頼の件だ。
帰宅4:30。

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2015.11/4(水)


パークス&カナちゃんに2度町で遭遇。デジカメの画像処理に半日潰す。
無駄な事に感けて時間を浪費している!と神の怒りをかったのかな?
ターメリック風味のポトフ。
グリーン商店街、意外なラインで決着?写真で行くのだ、と。見守ろう。
ヨシレイさんが、7:00に旅立ちの前に挨拶に来てくれたが、あえず。来月、一応、もう一度?帰ってくるとの事。
浅利ちゃんの日なのに、全然、客なし。レコードの針がダメになった。奈良井さんは、腰痛で苦しんでいると浅利ちゃんへメール入る。
川嵜さんが来て、直ぐ帰り、鹿さんが来る。彼にタイムラインの画像の削除方法を教わる。
もっと早く、この方法を知っていたら、ロスも少なかっただろう。
10:30過ぎに中川五郎さん来店。パギやんも来たい!と言っていたが、来れず。
五郎さんが、カオリンズを呼び出し、ウッチーの3週間の禁酒ストップ。皆んなで祝杯をあげる。
ウッチーの秘めたる友好関係感情を少し、吐露。納得。ウッチーと小堀ケイちゃんが知りあったと聴いてびっくり。植田元気君が友人と来店。モンテネグロからの客、男女各2人あり。
バンソンが今回の上洛で3日連続来なかったのは、2度目。大分市美術館の菅章館長にDVD(ほんやら洞の甲斐さん」を送り、中谷健太郎さんに、原稿を督促。石井窓呂さん、嬉しいメッセージ。
画像を大幅に削除。
UP用のメディア、例によって行方不明。

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2015.11/3(火)


中島岳志さんと東工大に行って、正座で瞑想する夢をみる。鶴見さんも東工大時代、同じ事をやっていたのだろうか?と思う。何も出来ずに焦る日々。
信行寺に若冲の天井画を見に行く。図録を買う。頂妙寺の銀杏を撮る。写真、イマイチ。
meiseiというギャラリーでの咲希ちゃんの2人展、清家正信さんの写真展、ヒルゲートには日下部さんという方の個展を見に行く。
夜は鍋。
店を開けると、焼石さん&広島の放送局の青山さんと揃ってきたのは、20年ぶり。青山さんは、ほんやら洞いえば、鶏の朝鮮焼とシゲのパンやなぁ、と言う。焼石さんには、「ほんやら洞日乗」「地図のない京都」とTシャツを買ってもらう。HATAO、北海道の芋、玉葱、新米持参。Sにも連絡つかないし、店は閉まっているし、Sに何かあったのか?甲斐さんに何かあったのか?ふたりの間に何かあったのか?と心配していたと言う。
八文字屋、超暇。オイタさんが来て、「マージナル」の方がきただけ。1:00前もに引き上げる(後日、バンソンが1:00に来店、と聴く)。

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2015.11/2(月)


9:00起床。
家でノンビリする。
4:30ルネで食事。
八文字屋には、HATAOからの置き手紙「この2週間で4回きて、ふられた」がある。
「マージナル」の編集の方、奥さん連れで来店。
篤太郎、中村さんという方と待ち合わせ。8:30に来ると言って、来たのは、10:30過ぎ。サッちゃんと1分差で会えず。
メキシコ人、フランス人グループ(日本女性もひとり)も居て、泡盛をユックリ呑んでくれる。モトさん、メキシコ人らの注文を聞いている間に帰る。冨樫がアパラチア山脈出身のアレバ勤務の26歳の青年らを連れてくる。アレバ青年&冨樫だけが残り、終わるのは、3:00を過ぎ。疲労極点。

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2015.11/1(日)


8:30起床。
即、東九条マダンへという風には、行かなかった。
疲れて午後「綱渡り」が終わってからになった。代わり?に秋野青ちゃんに逢えた。東九条札の辻の「長谷川歴史・文化・交流の家」でイサムちゃんの個展の最中で、ここに行けたのが、良かった。イサムちゃんの作品展もさることながら、会場そのものが素晴らしい。
この文化財の維持が大変らしく長谷川家の当主に、助けて!と言われた。ここの家の本つくりというアイディアも頭を掠めたが、無責任な発言はしなかった。今、抱えている仕事を終えてからだ。頑張らねば、時間がない。
当主・中川さんは、イサムちゃん、田宮二郎(柴田)、歳は2歳上の北沢さんとも同級生。「彼(北沢さん)は、哲学者やなあ」と言う。中川さんは、生前遺作集を買って持っていると言う。「ほんやら洞の前は、眼を開けて通れない(火事で全焼したので、胸が痛むので)」と言う。中川さんのような存在もある京都は、さすが、奥が深い。実に様々な270年間の蓄積された文物を見せて頂いた。4代前に嫁入りされた方の籠まであった。
この2~3週間、心が荒び過ぎていた。その前の一月も借金取りに追われ、更に、前の一月以上入院、その前もやや危機的状況を回避するために沖縄行きを敢行。その前は、ほんやら洞全焼騒ぎの果てで疲れで、自身もお客さんも草臥れていた。その前は「ほんやら洞日乗」作りと販売、、、ほんやら洞陥落!?なんて、回想。同時に、約束の月曜社、澪標の仕事をやるべきだったが、八文字屋のスタッフ不足等愚痴ったら、もう終わりだ。それを見守るのは、更にストレスフルだ。
夜は、豆乳鍋。
8:00、姉より、カボス、カボチャ、ミカンが届く。「追憶のほんやら洞」の原稿、徐々に集まる。
浅利ちゃんがバイト。シンガー(散髪屋)の賢ちゃん、冨樫、三嶋亭の祐輔さん(副シェフでなく、サブマネージャー)も賢ちゃんに呼び出される。二人は、「八文字屋のライブには、クォリティを持たせよう!僕らも全力を尽くすので、何でもかんでも歌わせるのは、止めよう」と言っているところに、朴ちゃんから、僕のライブ12月14日か21日はどう!?で、マイク、何とか、ならへん?との電話がある。浅利は、祐輔さんがビートルズ・ナイトの提案に、私、ビートルズ、嫌いだから、別に好きでないからと言う。
木戸衛一先生が「追憶のほんやら洞」について聞かせてくれと来てくれる。昔のほんやら洞云々の原稿ばかりでは面白くない、未来に向かうべきで、先生のような方が、ほんやら洞の延長で来て頂いているのが、貴重で、先生の活動を書いて下さい、ロベルト・ユンクの縁ですからという。少し長くなりますよ、というので、よろしく!と言う。
先生の家には、育ち盛りのお子さんがいるので、芋、カボスを持って帰って頂く。
堀口さんがチューリッヒの美人建築家(ランドスケープ)ナディンさんを連れて来る。「路地裏の京都「’94年版八文字屋の美女たち」を買ってくれる。
バンソンを一枚噛ませると、ベスト・ホストぶりを発揮。
1:30に終え、外は雨なので、寒いが、寝ていく。

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