2015.10/31(土)


午後、サッちゃんと大原三千院に行く。ここは初めて。沿道にお店がいっぱいあるのに、びっくり。美味しそうなおかきがあったが、出掛けるのが遅く、帰りには、店仕舞いしていて、食べそびれる。
毎日新聞の1年分の連載を活かすには、もっと補強作業、もっと私的名所を紹介する必要があるので、例えば、三千院でも、伏見でも良い、もう50か所を巡るのに手伝ってくれ、という。毎週一緒に行くのは、きついかも知れないが、僕としては、週2ヶ所位はこなす必要あり。
信行寺に若冲の天井画を見に行く計画は、取り止め。久しぶりに伏見に行く。刺身を堪能する。オモロイ写真を1枚撮る。
八文字屋には「ガウチョ60周年パーティー」@東華菜館の流れで、橋本さんカップル&高林由美子さん、佐々木米市さんら3人もきて、更に、ストーカーがいて、姓を出せない俊子さん&栄井君の母親&もうひとりも来る。サッちゃんとゆっくり飲んだが、それ以外、八は、暇。遅くバンソンが来て、1:00に帰ると言いつつも、3:00になる。
10月は、なんとか、心安らかに過ごすことが出来た。

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2015.10/30(金)


8:00起床。
方々へ原稿依頼。
中村勝さんから「ほんやら洞と歩くー行きあたりばったり」「道草の景色」とペンと原稿用紙を送ってくれ!との電話ある。
11:00ルネ。寺脇研さんが、造形芸大の漫画学科の副学科長の牛田アユ美先生と繋いでくれる。サッちゃんには、サッちゃんで当局に当たって貰う。彼女には、彼女の見識があるはず。直で西村さんに話せばいいが、西村さんは、忙しそう。
午後、一気に疲れが出る。
3:00から八文字屋に詰める。5:00にお客さんが寝ているところに来て、断る。何時オープンですか?というので、8:00と応える。ほんとうは、即対応をすべきなのに、疲れていた。看板には、1985年から11:00オープンと書いたままになっているので、お客さんは来るのだ。
6:00に吉田孝光さんが見えてオープン。
更に、7:00には、立命館大学でベ平連を研究テーマにしているという、根津朝彦さんの学生ふたりがくる。葛飾区柴又出身(父親は津久見)の20歳と宜野湾市出身のベ平連の理想論?にやや批判的な酒の強い21歳。21歳は、宮城さんといい、来週の土曜日に試しに、バイトに入って貰う。
8:00にお客さんを後で引き連れる形になるマーク4グループが来る。ウッチー、カオリンも。カオリンズの三条ラジオカフェでの放送が9:00にオン・タイムで流れ、15分、皮切りに聴く。
サッちゃんと西村さんの会見は流れたようだ。カオリンズは、男の浮気を甘く歌う。ヨシレイさん&佐枝ちゃんが来た時は、カオリンズの唄は終わっていた。ポスターのイラストを描いたふたりで110歳のカップルの歌、声がか細く、その1曲だけを聴いて、バンソンは帰る。マーク4、最後、がなり立てる。それを望むファンもちゃんと引き連れているのだ。
11:00過ぎに終わり、ヨッシー&梶田さん&清水さん(チーム?)との積年の行き違いのある女性が、梶田さんがカオリンをからかっているのに、怒り、梶田さんが逆ギレするという珍しい一幕もある。
段ちゃんも来て、「月刊むすぶ」の女性ライターも来て、段ちゃん、彼女とで遅くまで、歓談。
何時に閉店?また、八文字屋で寝てしまう。

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2015.10/29(木)


5:00過ぎ帰宅。30分プリント探し。アリステア、N.Z.へ(次回は、12月2,3,4日?)。
11:00にルネ。三角州、桝形散歩。三角州、どの角度にすべきか、久々にまよう。
寺脇研さんに知恵拝借要求メール。浮田哲さん、原稿を送って来る。遅ればせながら、今頃、原稿依頼メール。
昼は1時間、家で休む。
やっと、プリントを焼け跡回収分とは関係なしに、探せるようになった。まだ、焼け跡ネガ等を弄るのに、まだ胸が痛み、家の掃除がままなりません。思い出の品々を捨ててしまう恐怖があり、無意識に避けていたのでしょう。何を言っている、この馬鹿者という、声が周辺から聴こえるが、本当に辛い。
去年の今頃は、将来を託す人物の登場を夢見て大枚をはたき、大きな冷蔵庫を買ったのを思い出す。1年で色々な事が大きく変化するものだ。不慮の事故(放火なのだが)とはいえ。
人生を決心するのに、女は速く、男より残酷だ。僕は未だに火事のショックの只中にいる。分かってくれ!と何処に、誰に言えば良いのか?写真を中心に生活を立て直すしかない。好きなように動くしかない。
総決算の時だ。バランスシートは合っているか?
家の掃除に着手出来るようになれば、次なる本のためには古いプリントも採用したい。。余人は、何故、僕が9ヶ月も動けなかったのを理解出来ないだろう。あとは本作りに邁進。あらゆる事が手遅れならぬように動く。馬鹿にする連中を見返すしかない。これが、悲しいかな、現実で、原動力だ。
「ほんやら洞全焼1周年記念本」作りに短時間だが、努力し、ともあれ、余生を愉快に過ごしたい。
今日は、焼け跡からの回収品内から焦げたわがポール・グッドマンの小説「Parents Day」を発掘。津村喬のほんやら洞でのおせち料理講座&実践のプリントも発見。
2:20家にWiFiのルーターを忘れて八文字屋へ。
ヨシレイさんの原稿が届く。呉ジンカンさんに詫びを入れる。書きたい事をFBに書き過ぎたかも、叫びなのだ。梅棹マヤオさんが、甲斐さんの写真集全てを置くよ!とFBに書いてくれる。
八文字屋は、モトさん、真実さん、冨樫のみ。こんなものか。週に3,4日があっても余裕を持って対処出来る生活への転換を図る。今の生活の醍醐味?(貧乏の?)を万人に分からせるべく形象化の余力が要求される。もっと鷹揚に構えねば。3:30に閉店。
4:00帰宅。少し、プリント探し。外が明るくなる。

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2015.10/28(水)


8:00起床。寝不足不調。iPadも。11:00ルネ。
河原町グリーン商店街の西村さんにメール。出町買物。自宅で、今晩に備えて、1時間ノンビリする。3:00八文字屋入り。チャイ、おでんも作る(来週からは、キーマカレーも作る)。5:00に上野祐輔さん、知人の女性、ヴァイオリンの男性来る。6:40珉珉。
ライブ、9:00スタート。
ウッチー&カオリン、鹿さん、バンソン等来そうな客間に合わず。上野祐輔さんの家族、パークス、カナちゃん、二人の祖母・山森さん、川嵜さん、奈良井さん、R大のS先生、Sがほぼ最初から聴く。リカマンに寄って、エビスの生樽を注文をたのんだ方、25日同様、忘れていた。かつてはもっとややこしい、忘れてしまいそうな用件でも楽々熟していたのだが。終わってから、鹿さん、バンソン、西村さん、琢ちゃん、吉原健一さんが来る。ヴァイオリンの方の母が僕の写真のファンだと聴かされる。西村さんは上野祐輔さんの前の仕事場の常連と判明。
2:00~4:40、また、寒い思いをしながら、寝ていた。

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2015.10/27(火)


8:00起床。
10:00出町。11:00ルネ。12:00八文字屋。
朝のほんやら洞焼跡からの残留ネガ、プリントの1時間のチェック作業で、嬉しいことに、好きなプリントベスト2000に入る25点の発掘。内ベスト500に入ると思われるのも10点あった。
火事以降裁判等で凹みっぱなしの9ヶ月だったが、やや光明が見えて来た。
1月のほんやら洞全焼1周年記念本プラス、春先まで写真集「出町・三角州・鴨川」(仮題)を出せると確信を持てた。
次は、アメリカ展の交渉を用意する必要あり。寝不足、疲れる。iPad不調で作業手間取る。
梅棹マヤオさんが甲斐写真集、すべて、Rondo Krenantoに置くよ!と言ってくれる。ジョン・アイナーセンにアメリカ展の相談を持ちかける。大分市美術館の菅章館長に甲斐展打診メールを送る。
夕方、蒸す。雨の予兆?豆乳鍋、松江に居ると思っていた岡やん(岡村昌彦)は、大阪毎日の企画部長になっており、小出版的事業担当部長。内田樹に話を持ちかけたが、断られた。彼の提案では、かつてない程、私塾が増えているのでそれを取り上げたいのだが、、と切れ味悪し。相談に乗ってくれと言うが、微妙にすれ違う。仕事をやれと言うのならやるし、毎日新聞連載分を出してくれというが、分量が少ないと言って逃げる。補強すれば良いだけの話。(補強作業をやるべきだろう。『私的京都名所図絵』として)甲斐さんの自伝を出したいと言いつつ、それを押す自信がないようだ。京都の八幡通信部に居ると桑田潔さんの消息を知る。岡やんは、27年前の郷愁に浸りきる。
谷川さん&M人形、バンソン、モトさんで終わりと思ったが、建築の杉本先生、明日ライブの三嶋亭の上野さんが、部下4人連れて来るが、2人は全く飲まず。丁度、アリステアが来たので、話し掛け、喜ぶ。「もっと早く会いたかった」と。
3:00閉店。帰りは、雨。

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2015.10/26(月)


106年前に安重根が伊藤博文を狙撃した日。空の雲が異常にクリアだった日。
中村勝さんの見舞い行きのために7:30起床。
ふたば、鴨川、ルネ、洛和ホームライフ音羽、ヘリングと動く。山科で三番目に古い喫茶「ポケット」に一緒に行く。36年やっているという。お客でガウチョでの佐々木米市さんを知っている客がいた。わからん屋にも出入りしているという。中村さんにボールペンと原稿用紙を送る約束。
女性と夕飯。
この1年間、愚痴ばかり言って、仕事をしてない!とこの女性たちに喝を入れられる。担保ともいうべきネガの喪失、領収書が焼滅をつけ込まれ、裁判に負け、大金支払い開始と同時に入院生活。疲れた矢先に追い立て、理解してくれと言うのは、甘え?黙す。
批判は当たっており、愚痴っても仕方ない。
8:30に八文字屋オープン。坊主かと思ったが、遅く、琢ちゃん、更に遅く冨樫。3:30閉店。これ、結構、キツイ。
4:00過ぎ就寝。

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2015.10/25(日)


僕の老後の運命を決めるターケルの本のタイトルではないけど、Touch and Goの一日になる?
朝から小嵐、凩の時だ。
よくよく考えて見れば、46年間、毎度、パートナーの意志を理解せず無視して身勝手?かつ独善的な日々を過ごして来たものだ。そのツケが回って来ただけだ。気づくのは、遅くに失した。
僕の生活には、リズム、ハーモニー、音楽も無ければ、詩も歌もないとつくづく思う。やはり、幼い頃からの抑圧によるものだろう。若い時は若さ故の内的衝迫感の突き上げのみに動かされて来ただけで、危ないところだった。一歩間違えれば、犯罪者だ。空気銃からカメラへの転換?意味は大きい。あるのは、背伸び、揚げ底。形、プロセスの欠落。長期にわたって、烏合の衆として巻き込まれ、動くも言語能力、技術、社会性も一切なし(救いは、多少の愛嬌把持)。ほんやら洞でも反動的に、自己治療的に、一に掃除、二に掃除と自分に言い聞かせ、その固着に快感を求めたのは、1976年頃だったし、20年前もそうかな?連れ合いとの生活基盤をちゃんとしようという意識も希薄だった。浅はかな写真生活だったか。擬態に囚われていた。今頃悟ったような口を利いても無意味。
1975年頃まで九州時代から持っていた田舎生活の延長の自分流のサブカルとの接点も原点追求の姿勢も中途半端に断念し、微温的な知的追求作業もほんやら洞で闇雲に動いている間に摩滅した。遅ればせながら、そのラインも修復して保持すべきだった。そうすれば、風俗史への関心をもっと深め、究める可能性もあった。代わりに、では、では、何に足元を掬われたのか?その総体の相対化が必要だったが。
この観点が僕のほんやら洞論の底に無ければいけない。理屈でなしに、指をうごかすこと。火事で老後のヨスガとなる物も喪失し、これで全面的にパートナーを得る可能性をも無くした。唯一の担保を無くしたのだ。でも、その作業を今やろう。
凩、日中吹きまくる。
4:00に妙齢の美女から連絡があり、小一時間会う。
6:00八文字屋オープン。Good hotel for touristの主人2回目。フォークファンと言う歳相応の女性同伴。
買物に行けないので、リカマンへ注文へ行って貰っていた人、珍しく、忘れていた。余程疲れているのだろう。
浅利ちゃん、珍しく?パンクチュアルに来る。季節の変わり目の常として、客、極めて少なし。ヘリング帰りで疲れた奈良井さん来店即後ろで1時間爆睡。
アリステアさんが5月以来の上洛。娘さん、息子の成長ぶりを語る。彼が帰り、暫く客なく、向川賢さん、上野さん待ちの流れで楽しいひと時がある。リハーサルに府医大のアメリカ人眼科医あり、オーストラリア人、バンソン(東京バナナのお土産、浅利ちゃんには、酒)。相変わらず、好戦的でマッチョぶりの片鱗を見せる医者にビックリしたバンソン、カウンター内の洗い物に逃げ込む。
2:00閉店。3:00就寝。

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2015.10/24(土)


7:30目を覚ます。
10:00まで店でノンビリするが疲れ取れず。7時間飲み続けたせいだ。仕方なし。
家に帰り、少し横になり、脚のケア。出町で少し買物。
12:30八文字屋、オープン。2:00プロレス文化研究会。チャイを多く出す。5:30まで。ロラン・バルトのプロレス論が一つのテーマ。
少し散歩。河原町、三条、寺町。
7:30にはプロレス文化研究会の面々戻ってくる。10:00くらいまで飲んでくれる。皆が帰ろうとした時に、読売新聞の森さんの後輩、元読売の女性が来て、井上さんは残り、12:00までいる。井上さん「もっと、八文字屋に来るようにする」「自分が虚仮にされている写真を見返しているが、それでも懐かしい」と宣う。ジャーマン&ティルくる。ジャーマン、クレーの日記の翻訳を止めたと言う。ティル、人間的にとてもまるくなっているのには、笑った。読売さんの入店と同時に、ヨシレイさんも多分、理容師さん(?)と来店。プリントを1点買ってくれる。来月半ば過ぎに一旦、イギリスに行って、場合によっては、1月くらいで戻ってくるかも、と。彼女にとっても運命の時。
もう誰も来ないと思っていたら、直子さんが、高校の同級生の医師のマキさんを連れて来店。新制作展に高校の同級生が糾合したらしい。直子さんは、ゲストルームをマンションに備え、一泊2500円で泊めているという。しっかりしている。恋愛談義。そして、バンソンが来て、最後に島津の玄ちゃんが来る。

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2015.10/23(金)


8:30起床。
ルネ。鴨川で日向ぼっこ。
飲食店等をやる柄でないのに続けている悲しみ。美女Mの通告のダメージきつい。やっと借金取りからも脚の痛みから解放されて2週間少し、これからやっと頑張れるぞという矢先にまた、苦痛の種が芽吹く。愚痴っている場合でない。
考えてみれば、僕は、本に、写真に、家賃に40数年間で億の金を投入し、その結果、現実生活はスッカラカン。果たされない夢の連続の僕の45年。それが人生。
玉屋珈琲、リカマン、それより前に、出町で明日のためのおでん、チャイ等の仕込み用品を買うが、頭が痛い。寝不足。
ビルの消防設備点検あり。
おでんを作る。
6:00に梶田さんTOP来店。西大路花屋町の松本隆さん(Good Home for Tourist)という方が「1974年の京都べ平連解散の日にほんやら洞に行って以来だ」という言い方で入って来る。ゲストハウスの経営者(一泊6500円)。ほんやら洞主人が居ると聴いて来たとか。その後、マルセイユからアニスのシロップ持参のレオ、そして、8:30にパークスファミリー来店。後は、段ちゃん、琢ちゃん、やはり「京都の肖像」(フランス語版)を見て、ほんやら洞のおっさんは、ここにいるのだと判明して来たと言う柚子の取材に明日、四国へ行くフランスの写真家&デザイナーカップルも来る。鈴木マサホさん(『八文字屋で〆』FBに記す)が来て、最後に、映画の原将人監督がフライヤー置きに来る。難しそうな映画。前作にはついて行けなかった。八文字屋には、普通の?客全然なし。が、贔屓目に見れば、客の掘り起こしが出来ている。本当か?
原稿、進まず。
最後段ちゃんと二人きりになり、しこたま飲んで酔ってしまう。八文字屋にて沈没。

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2015.10/22(木)


退院から2ヶ月。仕事、仕事!
ターケルの自伝の中の「街の風景」を読みつつ、自分のほんやら洞当初の転向に思いを巡らす。
時代祭、鞍馬の火祭りにも背を向ける。
Maiちゃんにメール。韓国での個展の可能性の打診。いまは博士論文で忙しいので、来年、秋以降に考えても良いと言う返信。感謝。
姉、田舎暮らしの辛さ、特に権威主義的な人間関係を喋る。ついでに、死んだら、臓器提供でも何でもするといい、娘に嫌がれる話をとうとうとする。
10:30パークス、アメリカ人一人、エストニア人二人を連れて来て、1:00前に帰る。明日、妹、父を連れて来ると言う。
1:30閉店。村屋に寄り、アイジの消息を知る。3:00過ぎ帰宅。

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2015.10/21(水)


精華大学の佐藤守弘さん、呉ジンカンさんとグリーン商店街の行灯展を巡って連絡を取る。
この15年、人生の大切な選択の節目節目に多くの間違いを犯したようだ。精興社との喧嘩は、思慮不足の上、目先の金の事しか考えられなくなっていて、取り返しのつかない結果を招いた。2000枚もの自分のベストプリントが誰もがコピー出来る状況を作るのは間違いなのではないかという内部の声もあったのも確か。それはもっと他人の意見を参照すべきだったかも。あまりにも経済的に逼迫していた。また、写真を中心に置く生活作りへの努力の欠如(書く事への幻想に裏打ちされていたので)Sの忠告を素直に受け容れられなかった。それは、他人に説明したり命令?したり出来ないという性格的な弱点が防衛的に働いた結果でもある。それも自分の選択であり、他人に相談して決めたわけではないので、その結果(過誤)は甘受せざるを得ない。この喪失で後何年あるか知らない人生を自力でやりぬく膂力を付けねばと考えたら眠れなかった。
今日は、弘法さんに行き、ギャラリーを2,3回る。一睡もしていないのでバテないように気をつけよう。
バンソンがフランスに帰る前に、バンソン、アドリーヌさん、奈良井さん、山形君、優子ちゃんグループが「伏見」に行くのに加われ(女将さんの心証を良くするためでもなかろうが)と言われたが、付き合えるかどうか?
「八文字屋が超暇」というのを数少ない超常連が理解してないものか、と考えるのは僕の甘えか。仕方ない。書くこと、本を作ること、八文字屋の営業堅持も等価で、何れもこの2,3ヶ月が正念場。「伏見」へ誘ってくれる人たちとど貧民の僕とは階級が違うって、理解されてないと愚痴るべきではない。客商売だから細々弁解出来ないが、色んな意味で追い込まれている僕は、黙ってマイペースを維持。北京、大分、鹿児島、カザフスタンに何としてでも対処。下準備は並み大抵でない。
嗚呼、バイトよ、バイトよ、出でよ!!
と思いつつ外出。マロニエ、ヒルゲート、新制作展、ルパンのヘリング(琢ちゃん、モッチがいたが、入らず)、造形芸大のDays Japan展、伊予船、八文字屋へと。
人見ジュン子さんから、鶴見俊輔さんを偲ぶ会を藤原書店の社長が画策しており、筑摩書房の中川さんも同趣旨で動いているので、カイさん、その際には、鶴見俊輔さんのプリントを持参したらどうですか?と打診?アドバイスを受ける。
新制作展では、田中直子さんのガジュマルを撮る。
最近、とみに忙しそうな妙齢の美女Mさんに会う。暫く会えない由、訊く由もないが一身上の一大異変(多分、慶事)が控えているのかな?「カイさんはいつメガネにレンズを入れるの?」と言うので、2冊の本を仕上げたら、と返答。
オープンと同時に冨樫。バイトは、浅利ちゃん。彼女が来て、1時間うしろで横になる。川﨑さん、奈良井さん(ヘリング経由)、KKとくる。楽になってから、カウンターに入る。最後に井上章一さん、八文字屋はあるか、土曜日「プロレス研究会」が開けるかを確認に来る。最後は、KKと冨樫。
田中君、アジスアベバ到着とあり、昨日か一昨日、キャンパスであった直後に飛行場へ直行か。
2:00閉店。

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2015.10/20(火)


変な夢。賀茂大橋南で変なおっさんに掴まり、坐薬を尻から入れてくれと頼まれるが、逃げる。追っかけて来たが、身をかわす。すると、おっさん、土手に降りて行き、木の根っこに寄り添うと、おっさんが、すっと木になっていった。僕は、ビックリして、家に帰り、その現象を母に説明した。
5:00前に起床。オモロイ画像を八文字屋で撮ったが、ウッカリ消す。
魚定食を食って帰宅。寝付けず。気が付くと10:00。怠惰な日々が続いている。少し怠けないと夜がもたないのだけど、ちょっと長引いていると反省。エイ、ヤー!と断つ必要がある。でないと、ひどい目にあいそうだ。
何も手につかないが、それでは、僕の人生は終わり。
呉ジンカンさんにも、マンガでグリーン商店街の行灯を埋められないか、と相談を持ち込む。
八文字屋は、奈良井さん、バンソン、山形君、アドリーヌさん、三浦優子さんで伏見に行って、三浦さん以外は八文字屋に来る。鯖寿司お土産。
他は客無し。
12:40閉店。
家で4:00まで作業。

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2015.10/19(月)


つげ義春が登場する長い夢をみたが書く時間なし。室謙二さんよりメール。
「昔のことは、懐かしいけど、もう振り返っている時間はない。残り少ない時に書かねばならぬ本も2,3あり、それに専念する」と原稿を断る。
ルネに行く時間なし。
部屋も頭も混乱が続いているので、ユックリ書物を読み書物をしようと思っているとSから電話。不調と言うので、食料持参。表でマサホに遭遇。
望ましからざる話題。No Way。
黄昏の鴨川を撮る(FBにUP)。画箋堂で、パステル、6B、9B鉛筆、スケッチブック買う。リカマン買い出し。
店を開けると、直ぐに作曲家の三上さんが来店。Sも母の電話に対応して帰宅。誰も居なくなって、オイタさん来店。杉村さんが別府出身の晃洋書房の編集者らを引き連れて来店、あとで永澄さんも。後は、琢ちゃんが来ただけ。
八文字屋でダウン。

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2015.10/18(日)


8:30に目を覚ました。
再発、飲み過ぎ、ノンビリする。
夢を見ていた。
何故か、広い我が家に、出町商店街の人たち、八文字屋の客、知らない老婆たちが来て、宴会だ。宴の前となりの、野っ原でユークーも遊んでいる。
ウッチー&カオリンには知人が来ていて、ウッチーが会費はプリペイドチケットを使うしね、あとカイさんへの貸しは61万円ね!とボードに大きく61と書いてしめす。僕はややしらけ、お寺(家は寺かも)の廊下から野っ原に繰り出す機先を制された気分で廊下から仏間にあがり、たそがれつつSに給料を払うつもりだった2万円は、止めて、少しでもそれをウッチーに払おうと思い、目を外に向ける。
庭先には近くの老婆が先の御大典ときに付けていたという簪が落ちていると、ワイワイ騒いでいるのが聴こえる。
その老婆は昭和初年には死んだ筈なのに、御大典には、生きていたという証拠だなあ、どうなっているの?と不思議な気分。
更にその隣の原っぱに目をやると、大きなお椀のような回転遊具があり、中で数人が寝そべることが出来る。ウッチーがその大きなドーナツ盤のような遊具を回転せてからカオリンと飛び乗っている。一回まわすと10秒位まわる。やがて見知らぬ男が登場して延々回し続ける。その椀の脇には、椀に飛び乗れない小さな子どもが蹲っている。
炊事場にいくと、もう20年前に死んだ母が30人分の炊き込みごはんを配膳しており、アサヒスーパードライを見ると、5本はオリオンビールで足りそうもないので、ぼくは本郷酒店に買いにいく。
途中大勢の男女集団に出くわす。何の集団か分からない。ついて行くと、どうやら、鴨川に突っ込むようだ。僕は急いで、先回りして、これをカメラに収めうとする。が、土手が険しく男達はよう突っ込まない。なんじゃ、これは?思っていると、男達を掻き分けて、女集団が突っ込んで来て、鴨川に入って行った。何をしているのか、分からないが、僕は必死に追っかけた。すると川は、鴨川から大分川に変わっていた。女集団は、篠原辺りで、南岸を這い上がった。着いたとこは、底都留だ。そこにひとり男が立っていた。
最近、引っ越して来たばかりの我が家を見張っているかのように、度々登場していた男だ。
彼は、ここの墓地の隠坊らしい。
それで、事態を了解した気分になり、目を覚ました。
日中何をやったのやら?写真を闇雲に整理。
ルーターを忘れ、家に取りに帰る。回転寿司で少し。
反貧困のデモに遭遇。ポポちゃんが赤穂近くのイサムちゃんの実家でのイサム展を見てきた詩人を同伴。西田さんが11月14日からのフライヤー持参。
八文字屋には、直ぐに星野さんが来る。
Sも来たが、話が出来ないので、直ぐに帰る。
タケボウ・ケイケイは8:30に来る。
タケボウ・ファンひとり、奈良井さん、デモ隊15人来たが対応できず。団体に迷惑をかけたかな?という怯懦の気分で計算したせいか?8000円貰い損なう。
バンソン、草葉さんはライブ後。バンソン、浅利ちゃんしかいない時に、チーちゃん来店。男前払い。これで収支?が合う。佐藤守弘さんにグリーン商店街の企画持ち込む。
1:30閉店。

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2015.10/17(土)


折角、風邪から抜け出せうになっていたのに、また、八文字屋泊でぶり返したかも。
黒川創の「女の言いぶん」は、味わい深い。漱石、鷗外、森しげ、森峰子(鷗外の母)、菅野須賀子、魯迅、宋教仁、黄尊三の日記、獄中手記、小説、手紙、さらには夏目純一の談話、吉屋信子や武田泰淳の著書、森田草平の聞書、杉村楚人冠の記事、陳天華の「絶命書」、キャサリーン・ドリンカー・ホームズ「判事ホームズ物語」等を読み解き、大逆事件前後に国際都市・東京に集結した中国、ベトナム、ポーランドの若き革命家群像を炙り出すのに成功している。
僕自身は若い頃、ファン・ボイ・チャウ「越南亡国史」や宮崎滔天「三十三年の夢」、菅野須賀子の「死出の道艸」や荒畑寒村の「谷中村衰亡史」、大杉栄全集、伊藤野枝集等は愛読したし、相馬黒光関係のものを読み、東京の当時の状況をかなり理解していたつもりだったが、所詮、上げ底だったな、こういう群像を描く方向へは向かえなかったなと黒川のこのエッセイを精読し痛感した。漱石、鷗外は読めてなかった。
韓国、ポーランド、アメリカの当時の状況についても目にも粘着的と言える視線で描いている。それは、個人史に添う形になっている。
ロシア、フィリピンは?という勿れ。台湾の文学的胎動については北白川宮と鷗外との絡みで、前章でちゃんと触れられている。(鶴見メキシコ論を通して、ここではふれてないがメキシコすら視野に入っているに違いない)
こうした革命家たちの交流を通して、生まれて来る「東アジア全域を舞台に刷新される、日本語の文学史」を構想しているようだが、終章「漱石と鷗外のあいだでーー移動、地理、語りうるもの」では、朝鮮革命運動と文学について論じているのだろう。楽しみだ。
三部構成の本書「鷗外と漱石のあいだで 日本語の文学が生まれる場所」の着想は山田慶兒の学恩よるとある。やはり、山田さんは強力だ。
40年以上、鶴見俊輔さんは、山田ボールを投げ続けて来たが、思想の科学、ベ平連周辺で、このボールを受け止める若手が登場したという形か。
誰も来ないと思っていたら、モトさん、ついで17、8年前のバイト(精華の建築学科卒の)キングこと佐々木さんが友人とほんやら洞の火事見舞いに来店。さらには、下鴨中川原町に6部屋6万円で住んでいて、猫写真が大好きで甲斐猫写真をC・タトルに紹介したいと昨夜も言っていた男が昨夜同様同じ美女同伴で来店。
後藤君も息子・啓介君同伴。お相伴に預かる。
ふたりには「八文字屋31周年記念本」に原稿を依頼。
草壁カゲロヲ&ユキちゃん、不明フランス人連れのカップルもくる。西村さんがグリーン商店街展示に精華大の漫画科、なんとかならんか?という。

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2015.10/16(金)


8:30起床。
この半年、老後の生活を守るための手だてを打つための生活に汲々とし過ぎたかも知れない。保障すると勝手に思っていたネガを焼失して、生活を狭め、無意味にリビドーを矯め?写真そのものを狭いものにして来たかも知れない。もちろん、矯正の一定の効果、性格改善への意識は無駄ではなかったが、八文字屋を十全に機能させるという意識が希薄になった。今更何もかも手遅れだが、「書く」意欲をも阻害したと言える。
今言えるのはFBもほどほどに、撮りまくり、ほっつき歩き、店を楽しいものにする努力が必要ということ。
こんな当たり前のことも、ここの所、入院等々、人様に迷惑をかけることが多々あった事も手伝い、怠ってきた。
この秋一番の反省だ。
11:00ルネ。出町買物。糺ノ森を覗く。
帰宅して横になる。
鴨川散策。
コンロ、S宅から運ぶ。
稲山さん、5:00に来て、6:15に出直す。
アクティブKEIのメグちゃん、山本恵さん、森千洋さん来店。
永澄さんは、宇山博大阪国際大学教授、立命のコリア研究センターの波佐場清研究員、前田康弘(国際政治研究)さんら5人同伴。浮田哲さん&片山明久さんも。不明2名、更に、タトルが甲斐さんの猫写真を出すよ!といつも叫ぶ正体不明男、何時もの美女同伴。
最後に、ヨシレイさんと佐枝ちゃん。

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2015.10/15(木)


風邪不調変わらず。
中谷健太郎さん、森まゆみさんへの連絡出来ず。
ルネ、出町への買物、出町河原での三線公開?稽古撮影、手作り市撮影するも概ね、家でゴロゴロ。
「伊予舟」に寿司食いに、とSを誘うが、そんな柄でないでしょ、と言うので、取り止め。
昨日、梶田さんを逃したので、今日は、ちゃんと8:00に八文字屋をオープン。
永澄さんよりメール、1月にほんやら洞のことを書く、と。
ヨシレイさんより「いい女って、どんな女?教えて」とメールあり。「難しいね」と返答。
9:30に2005年に一度来たと言う、知らないジェロームさん来る。空港から宿へ直行して、先ず、八文字屋に来て、これから「ろくでなし」へ行き、その後は、ホテルで寝る、と呟く。
姉に電話。
毎晩、眠れなくて、頓服か睡眠導入剤を飲もうかと思うけど、思い止まると4:00まで寝れない、と言う。今年は薩摩芋は上手く収穫出来なかったけど、蔓を引っ張るのも、手が痛いと言う。蔓を引っ張ると手が真っ黒になるけど、これ、キンピラにしたら美味しいそうな。美味しいのが出来たら、送ると。
「星野博美というエッセイスト兼写真家、知っている?長崎のクリスチャンを撮っているらしいけど、あんたのアルメイダを思い出してね、直ぐに本にする事は出来ないの!?」
等々、僕の身を案じてばかりいる。
11:00前に、バンソン&浅利ちゃんが、伏見の鯖寿司をお土産に来て、浅利ちゃんは直ぐに帰る。
1:30に、客が居なくなれば、ろくでなしへ行こうと思っていたが、バンソン、1:40になっても動かず。バンソンは、約10年間で八文字屋で出会った女の子たちの記憶を蓄積し、時々、呼び戻し、実際に電話したり、会ったりしながら、日本女性について考えを巡らせて楽しんでいるという風だ。「妙子は、次に生まれる子は男か女かときいたら、甲斐さんにきいて!」と言ったとか言って笑う。亭主が嫁より先に甲斐に喋る筈だというわけだ。「浅利が分からない!?八田さん、八田さん言って笑っているが、浅利は、何を考えているのだ」
1:45に田中直子さんが小中の同級生の仙台の歯科医同伴。
閉店は、3:00前。
客なしの間、黒川創著「鷗外と漱石のあいだで日本語の文学が生まれる場所」(河出書房新社)を読む。高尚で込み入っているのに、高熱に魘されて読んでいるせいで第一章の「鷗外と台湾と魯迅のあいだ」も面白いけど、もたついた。次の「女の言いぶん」で鷗外夫人、森しげの書いた小説「おはま」(1911年8月号『新小説』)を黒川がピックアップして紹介するプロットが面白い。おはまのような女性は、京都でも現在も身の回りには多くおり、特に九州の姉の近辺にはもっとおるのを聴いていただけ我が意を得た気分になる。
語弊を恐れずにいえば、金子文子、林芙美子の世界と地続きだと思う。事実、鷗外が朱を入れた分もあるとされるものが森しげの名で「青鞜」の創刊号に掲載されているのだそうだ。
こんな面白がり方は黒川の論旨の展開とは無関係だろうが、面白い。九州的??九州の姉にも教えよう。こういう話をできるのは、姉しかいない。
4:00就寝。

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2015.10/14(水)


風邪で不調。
写真の整理ばかりで原稿に向かえず。黒川創の「鷗外と漱石のあいだで日本語が生まれる場所」を読み始める。込み入ったエッセイ。力作。
八文字屋オープンが遅れ、梶田さん入れず。
浅利ちゃん日。袖崎俊宏さんがオーストラリア人のバイヤー?同伴、奈良井さん(プリペイドチケットを買う)、バンソン、鹿さん、元ラジオカフェの福井さん、忘れものをしてなかったか?と来店。バンソンは、退屈しのぎに洗いものをすると言い出すので、「新人バイト、バンソンさんを何曜日にしましよう?」とFbにUP。遅がけに谷川渥さん&M人形、最後の最後は、冨樫。冨樫には、しんどいから、終わるわ、と言う。

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2015.10/13(火)


9:00起床。ない、ないと思っていたリーダーはリュック内に発見。
絶不調。
八田さんのパーティ以降は、毎日、暇、超暇な日々が続いている。
風邪を完治させ、ほんやら洞全焼1年記念?の「追憶のほんやら洞」出版に向けて、今月中に原稿を仕上げて貰うための要請文を書き、タケボウ&KK(UK)ライブのフライヤーを他のバー持参予定。
去年の今頃は、八文字屋は、11月か12月いっぱいで潰して、ほんやら洞一本に絞り、ほんやら洞も僕の手には余るので、Sの手に任せつつ、新人の後継者を探し、写真だけの生活へとシフトチェンジしようと思っていた。清水さん、ウッチー&カオリンと出会いから、エネルギーを得ていた。要請文は以下の内容。

ほんやら洞全焼からもう直ぐ1年になる。
書下ろし「ほんやら洞の青春」には、エンジンが掛かりきってないがその前に「追憶のほんやら洞」でほんやら洞ゆかりの友人、お客、従業員による回想等でまとめ、来春には上梓する予定。その余勢で以降、(電子本も追求しつつ)「ほんやら洞通信」を再刊する。
大層なことは、考ず、先ず「回想のほんやら洞」(仮題)を手近な書き手に依頼して速く形にするつもり。
どうか皆さん、よろしくお願いします。
1月16日前後に発行するには、10月31日までには、原稿を集める必要があります。
ほんやら洞初期、中期、後期の思い出やイベントそして出会いについて書いて頂けないでしょうか。10人分も集まれば、見切り発車します。
遅れて来た分は、その後の「ほんやら洞通信」に回す予定。

不調で一日、家でゴロゴロする。
ルネで食事。夜は、チョコパイ、うどんすき用の材料をS宅に持参。
8:00には、八文字屋オープン。
モトさん、永澄さん、河津聖恵さん、中西光雄さんが「唱歌の社会史」のフライヤー持参。ステファンというヴィラ九条山のレジデント(落語家)が嫁とくる。バンソンで終わり。
ろくでなしに行ったが、横ちゃんがいず、入らず、石丸商店に行く。
3:00帰宅。

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2015.10/12(月)


一日寒気。秋も深まりつつある。風邪で不調。粟田神社のお祭には行く。
帆布店の一澤信三郎さんが「近々、八文字屋へ行くわ」と巡幸の途中、声を掛けて来る。粟田祭の重鎮だ。ほんやら洞全焼の事を気に掛けてくれているのだろう。彼に会う度に、裏ん町のほんやら洞の大家、桐生を思い出す。郡上踊りの出町でのデモンストレーション?をやっているグループを撮影。
姉は、大分市内のカラオケ大会に誘われて行ったと言う。
八田さんを偲ぶ会を終えて9日。
その後、毎日、客がないせいもあるが「八田ミックス」と僕たちが呼ぶ、彼が好きだった曲が詰まっているiPhoneをきいている。
僕たちは、2人展をやる心算が一時はあったし、お互いが協力して、直接的には、そういうことは口走りはしなかったが、もっと違うモノとの架橋が出来ると確信していた。僕に無いモノを八田さんは持っているし、八田さんは、彼に無いモノを僕が持っていると確信していたし、もうボチボチ、京都と東京のふたりが持っている人脈を交差させても良いと思っていたし、政治とアートに関するふたりの考えの共通点、相違点を明らかにすることでもっと楽しいことが始まるのではないか、日々のふたりの会話の中で、お互いが確信していたなぁ~、と思い出したりしている。
8:00に来て20分で帰ってモトさん、10分間いただけのバンソン用にペンチ類持参して直ぐ帰った、グループ展の打ち上げで疲れた奈良井さん、何やら後ろの席で1.5時間数式を綴るバンソンのみ。
1:30閉店。
2:10帰宅。

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2015.10/11(日)


風邪気味、不調。
ヨ氏ファミリー来店。チャンマキがSokyuの面接の前に来店。宗純(漢字OK?)君から「カイさん」「カイさん」言われる。そして、今日はミカンないの?
ヨ氏ら帰ってから粟田神社のねぶたを撮りに行くも、風邪でほぼダウンでアウト。ろくな画像なし。
浅利ちゃんは、8:40に来る。
鹿さん、奈良井さん、川嵜さん、草葉さん(永青文庫の『春画展」に行き、カタログを持参)、元松籟社の川口正貴さんが「アドボカシーの会議」に行って来たと言うも何の会?と訊き返すもアヤフヤ。「アドボカシー」って、アドちゃんを騙すこと?等カウンターに議論をしている間、後ろの席で高熱で魘される。Advocacyのことと分かるが何をAdovocateするというのだ?森耕一さんが大学時代の同級生の化学の高堂先生を同伴。M氏、大学の友達2人同伴。最後にわかちゃんくる。浅利ちゃん、森さんには「古いiPadを甲斐さんにあげてよ!」と言い、彼、「明日持ってくる」と言う。その程度のノリを心得た男。きようは、27,8年まえの八文字屋写真を皆に見せる。その中にダーツのプレートを発見した浅利ちゃん「ダーツゲームのオモチャ一式買って良いか?と言う。風邪最悪。

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2015.10/10(土)


お客さんが引けて、「今晩も暇だったが、多くは望めない、仕方がない、、、さあ、帰ろうと思っている時点で、お客さんがドカドカやって来る」というほぼ同じ夢を立て続けにみる。どういうこっちゃ!?
笑ってしまう。
客なしだと、傷痕がズキズキ痛む。
少し風邪をひいたかな。喉。

「回想のほんやら洞」(?)本を来年の1月16日には、出せるようにしたいと思っています。
この半年の間、お願いしたり、あれこれ喋りあった方々へ。
10月31日が原稿の締め切りです。
よろしくお願いします。
また、八文字屋31周年記念本も来春発行のために、12月20日を締め切りにします。
こちらもよろしくお願いします。

Sとマルイの地下にケーキを食べに行く。コーヒーとセットで、ふたりでほぼ1900円。こういう店に滅多に行かないので、勘狂う。
八文字屋、恐る恐る開店。
まず、モトさん、そして博報堂の伊藤さん&田中直子さん、そして、何年ぶりかの高梨治さん(青草書房→彩流社)&彩流社の林田こずえさん、大阪大学のドイツ思想の木戸衛一先生、三条の三嶋亭のふたり(ひとりは10月28日八文字屋ライブ)、ウッチー&カオリン、段ちゃんも来て、段ちゃんがディランのLove -0=No Limitを演奏。そのあと、ちょっとした事で紛糾する一幕もあり。
2:30閉店。

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2015.10/9(金)


7:00八文字屋で起床。
鈴鹿芳康さんより、FB友達のリクエストあり。
講堂のような所で、憲法9条賛成・反対の採決を取るという夢を見ていた。賛成・支持が400幾ら、反対が300ちょい。勿論、僕は、9条賛成で起立。隣の鹿さんは反対だったという即物的?な夢。
ルネで昼飯。
出町で買物。八文字屋に行ったが、ルーターを家に忘れたのにきづ、戻る。4:00スタンバイというので、3:50迄も戻る。
富岡多恵子と黒川創の鶴見俊輔さんについての対談(新潮11月号)面白く読む。
鶴見の「高野長英」にふれて、黒川は次のように語る。
「高野長英は『蛮社の獄』で捕まってから、脱獄し、自分の顔を焼いて人相を変え、四国の宇和島のほうまで行って匿ってもらったりしながら、逃げつづける。彼を受け入れ、匿おうという人々も点々といる。それが、ベトナム戦争下に自分たちがやっていた脱走兵援助に重なるんだと。彼らを匿った日本の普通の市民たちは、これからも名乗りを上げることはない。これもやっぱり、無名の群像、人民の歴史を描くという方法」とある。
それで一度だけ家族連れでその周辺に行ったのを思い出した。近くの海で僕は溺れかかったのだった。それはともかく、宇和島から高知の方の山中には、平家の落人の集落が多くあるようてあった。確か原武史の出雲についての本には、出雲信仰が根付いていると記していたが、かっては反中央志向的な風土が濃厚だったようだ。幕末の宇和島藩の藩主、伊達宗城は開明的な藩主だったらしいが、そもそも?宇和島の沖の日振島は海賊の拠点だ。海賊と組んだ藤原純友の乱のゆかりの地だし、高野長英捕縛の記憶から遠くない明治の初年頃、幕末の志士、後に明治の司法制度確立に奔走した江藤新平は、佐賀から政府に追われ、この方面に逃げた末に捉えられ、自らが作った法の下で刑死したようだ。
ま、今では、伊方原発は目と鼻の先だ。
が、宇和島には一度行ってみたいものだ。大分、京都とも縁が深いようだし、写真に関しても1907~8年頃に「青鞜」にも出入りし、それなりに著名だった女性カメラマンも居たはずだ。宝酒造の創設者も、宇和島出身、別府、由布院開発者も宇和島の方のはず、てな、あらぬ方向へとこのたいだんを読みながら、行ってしまった。
豊後水道を挟んで、僕が育った地域と隣接している。最近、大分合同新聞の伊方支局が出来たと先日、合同の佐々木稔さんに聴いたとこだ。
4:30過ぎには、ヨシレイさんが薔薇の花を一輪持参。6:00すぎには、肉離れで苦しげな星野さんが、八田作品展の忘れ物を取りにくる。ヨシレイさんに、DVD、パソコンを返却。
肉じゃが、枝豆、キューリとジャコ、ミョウガ、ワカメの和え物、コロッケ(出町木野下)、シャケカマ焼きで、後は客を待つだけ。
鹿児島の清水さんは、徹夜で取材仕事という。
八田能さんから、お礼の電話がある。
8:00以降のトップ客は、谷川渥さん&濱田信義さん(途中で元京都書院の西村典子さんを呼び出す)、それから、オイタさん、奈良井さん、バンソンと続く。12:40には、バンソンがかえり、横になっているところ、元ラジオカフェの福井さんが女性連れで来る。
Tさんは、子供がないので、両親の墓を近々閉鎖して、じぶんの骨は散骨して貰うように取り計いたい。大変な蔵書が残る訳だが、これについては、お気に入りの女性が登場すれば、古本屋でも出来ると思うので、譲りたいという話を今晩は、しながら、他所の飲み屋に消えていった。石丸商店。
2:00過ぎに帰り、2:30に閉店。
3:15帰宅。プリント探し、30分。
夜中も脚は疼く。

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2015.10/8(木)


お隣の前の長時間にわたる雑談で、10:00起床。
不調。
ルネで食い過ぎ。
加藤典洋の「鶴見俊輔のいる日」が載っていると勘違いをして、「世界」(11月号)を買う。中村一成の「思想としての朝鮮籍」の掲載あり。
永澄さんから「ライブ&トークショー『唱歌の社会史なつかしさとあやうさ』」の宣伝をしてくれ、とのメール。
ヨシレイさんとメールのやり取り。受難の時。
大きな鯉が竿をへし折って逃げるシーン、ゴリの取り方の教習を見る。画像UP。先日、歌を楽しく聴かせてくれた賢ちゃんこと、美容師の向川賢さんのライブの件でカオリン、ついで本人からメールがあり、10月28日にやる事にした。FB友達にもなる。
Sと炊き込みご飯等を食う。沢山作ったので、弁当にする。明日の昼まであるのではなかろうか。
Sの家に預けていたヨシレイさんから借りたパソコン&DVDを八文字屋へ運ぶ。
八文字屋、またしても暇。
鹿さん、京都新聞の森敏之記者「明日、ノーベル平和賞を憲法9条が獲った時の談話に応えてもらえますか?」と来る。良かったら、明日の4:00には電話掴まるようにしていて下さい、と。後は、バンソンのみ。ノーベル文学賞は「チェルノブイリの祈り」で知られるベラルーシの作家兼ジャーナリストのスベトラーナ・アレクシエービッチ(67歳)が受賞した。TVでは、相変わらず、春樹人気を当て込んで、春樹の文学散歩?みたいな特番を組み、「職業としての小説家」の一節を朗読し、エピファニーを受けたという神宮球場も写し出されていた。TPP大筋合意も喧伝されていた。その機に内閣支持率の調査をして、支持率UPと報じる嫌らしさ。
1:30閉店。

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2015.10/7(水)


6:30起床。
ネガ・チェック30分。入浴。脚のケア。
清水さんが「甲斐さんは、何故、誰かと一緒に住まないのか、不思議でならない。住めば月に10万円が浮くのでは?」と言ったのを思い出す。
もちろん、僕もそう考えないではない。6年前にそのつもりで広い所を借りたのだった。
タラレバはなしだが、ほんやら洞の火事が無ければ、プリントを公的機関に寄贈し、身軽になれたし、その気も有った。寄贈は大分か京都かの迷いがあり、遅れ、全部ワヤになった。焼けた今となってはそれも難しい?何れにせよ、来年は、家の荷物を片付けて、八文字屋に住むなり、小部屋一室に住むなり、市の教育委員会に何処かの学校の一室を提供して貰うなりする必要あり。
人心地がしている間に、書き込まねば。木枯らしが強くなった。
春樹の「職業としてのーー」を少し読む。
8:00に、腹が空き、夕べ持ち帰ったイチジク、ミカンを食う。
朝から傷痕がズキズキと痛む。

「ほんやら洞の青春」では、40年以上経った今、「間違いだらけの人生だったな」という痛感に至る、その時の流れの中の自分を表現すること。
「八文字屋30周年記念本」は、写真集?読物?その二つのミックス本?何れにせよ、来年の4~5月には出したい。実際は、1年かかるかな?誰に「記念本」に書いてくれ!と言ったかを思い留めておかねば。アキちゃん、浮田潤、郡司ペギオ幸夫、小山鉄郎、津田篤太郎、中川五郎、、。
「八文字屋の仲間たち」というタイトルで、200人リストUPするにせよ、描き易い人物をセレクト。中には、燃えて写真の無い故人もいるかも。
リストUPして、そのポートレートをコツコツと書き溜めよう。
「カイ的京都名所図絵」というのもチェック。

昼は、今後の企画に向けてプリント探し。
S宅で焼肉。少し残り、八文字屋に持参するも空し。
八文字屋の夜、超暇。バイトは浅利ちゃん。川﨑さん、武藤さん、朴ちゃん、奈良井さん、バンソンで終わり。浅利ちゃん、川﨑さんに「バルバラ」の位置確認。朴ちゃん、11月か12月に自分がギターリストを同伴して、八文字屋支援?ライブをやりたい、と言う。え!?誰が聴きにくるの?てな話で朴ちゃんの気分を損ねないように、談笑。自分の全人脈を動員して、上達した唄を披瀝して、八文字屋の売り上げを伸ばすという意図らしい。ありがいけど、どうかな?忘年会のシーズンを避け、チャージ取りも止めてならOKというラインで落ち着く。奈良井さんは「人妻」帰り。最後に、バンソンが来て、ベルギービールを飲んでくれる。1:30閉店。
タケボウのフライヤーを持って「村屋」。林ケイタ君の友達という尾道出身のデザイナー、ルイさんに話掛けられる。
帰宅、4:00前。30分程、プリント探し。

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2015.10/6(火)


8:00起床。
傷跡に薬を塗って、ルネ。
68年頃、繰り返し読んだ久野収・鶴見俊輔著「現代日本の思想 ーその五つの渦ー」(岩波新書)の2014年8月版43刷を買う。
京都新聞を買い、鴨川@府立医大裏で読む。
鴨川の魚影、踊る?亀を撮ろうとしたが、バッテリー切れ。
サフラン、肉桂を買い、八文字屋へ。夜、パエリヤ。
八文字屋でコーヒーを淹れ、読書。
しばらく写真を撮る人間の生活習慣、癖?反射も繁華街を皮膚感覚で感受する事すらも忘れていた。動体視力の衰えも手伝い、とても気分の悪い日々を送っていたが、それは不調のデジカメのせいだったかも知れない。ようやくモノクロ用のシャッタースピードの速いカメラを多用する事で、オーバーに言えば、ひとつの目玉と化して、街を転げ回ることが出来るようになったかな?
が、その分、高く付くので、八文字屋の営業も頑張らねば。
大分での個展に備えて、来年は、月に一度大分での撮影を2、3日ずつやるために帰省するつもりだが、自分では車の運転が出来ないので、旧友との連絡を取り、ガイド役?のドライバーを確保しなければ。
近々、甲斐扶佐義著「生前遺作集」精読(3回目)を復活(それをムービーで収める)予定。それに加えて、来年は、僕とともに京都の街(僕がこれまで撮影して来た界隈、写真集に登場する町)を歩き、その会に参加したメンバーも各自撮影した画像を八文字屋でムービーで流して吟味、公評?する会というのも設けるつもり。
夜、Sとパエリヤをつくり、食す。
八文字屋は、8:15オープン。神田さんに画像を送るのに、なかなか上手くいかず。大阪のコリア学園の理事長が、近々、近くの喫茶店で話をしたいと言っていると、Kさんよりメールあり。
武藤モトさん、オイタさん、バンソン&アドリーヌさん、奈良井さん、高林由美子さん&高校の同級生、竹ちゃん、コスタリカのデビッドと来る。
11:40には、誰も居なくなる。
2:00に帰宅。八文字屋にルーターを忘れて作業なし。

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2015.10/5(月)


岡本ビルの1F潰れたかな?
人生の終末を迎えた僕も色々考えさせられる。
それなりの段取りをせねばならない時だ。
酒を呑んだくれている場合ではない。
思わず、次のようなツイートをした。

ほんやら洞の焼跡から回収したネガのクリーニング及び整理さらには、そこから写真集を作る意欲のある方も探しています。但し、僕の写真に関心のある方に限ります。

更に、次のツイートも。

ほんやら洞全焼以降、「ほんやら洞日乗」(風媒社)を出したものの、回収したネガ、ノート類を整理する段取りになかなか至らない。
八文字屋の営業に齷齪し、アシスタントにも碌な報酬も払えず、ボチボチ僕から離れて行こうとしている。
本来なら、写真集を作る作業をして貰って、何とかすべきなのに、燃えて、写真集「パリ」「美女と野獣」も出せなかった。入院という思わぬ事故?もあったが、書下ろしも進んでない。
そのような状況で、アシスタントは、自分の道を歩もうとしている。
僕としては、八文字屋を安定的に続け、来年は、北京展、カザフスタン行き、大分での大きな個展を展望している。それぞれを成功裡に成し遂げるには、独力ではどうしようもない。八文字屋を僕が留守しても店を維持出来る相棒が必要だ。
僕は、もう年なので、八文字屋にそれほど執着はない。楽しくやって行ける相棒あっての店だ。来年か再来年には八文字屋を楽しく経営的にも維持出来るのなら、気の合う知人に店を譲っても良いと思っている。そうしない限り、ほんやら洞の焼跡から回収したものを活かす道はない。
あるいは、蛮勇を奮って、来年、一年、留守を守ってやろうという知人が出て来ないものか。

7:40、電話で起こされる。
酔って、昨夜、余計な事を書いたようだ。Sチェック入る。
9:00まで写真をチェック。神田さんが気に入る写真を探そうと思ったら、もっと時間がいる。間に合わせで、許して貰おう。
シャワーを浴び、薬を塗って、ルネ、二つの銀行へ。新聞を買って鴨川べりで広げるが見るべきものがない。TPP合意とかある。
ここ2,3週間、反射神経が鈍ったと痛感する。今日も10年前の僕だったり、キッチリ見事な画像として仕上げていたと思うシーンを2回捉え損なう。それでも、眼を磨く事を怠る訳にはいかない。その努力か出来なくなったら、写真家を止めよう。
1:00~3:30、上島珈琲でFBに八田パーティの面々をUP。
それを見ながら、あれだけの人物が来店していたのに、碌な画像を残せず、残念と思うものの、まあ、営業中だから、仕方ないと思う反面、写真家としては、もっと食いついていっても良かった、と反省。
龍谷大学では「写真は何を語るか?」の枕として、ジョージ・オーウェルの「なぜ書くか」とB・ブレヒトの「真実を語る際の5つの困難」の事を喋ろうかな、と思っていたが、春樹の「職業としての小説家」も使えるか、立ち読み。
八文字屋には、清水親子(哲男・大地)、段ちゃん、ヴォガ公演帰りの江藤加奈ちゃん、琢ちゃん、タケボウで終わり。
タケボウと段ちゃんが軽くセッション。

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2015.10/4(日)


八文字屋に行こうと思っていたが、Sがめしを食っていないというので、うどんすきの用意して向かう。その後、SとrondoKreantoに行く。Sのお父さんの面白い!?計画を聴かされる(ここに書く訳にはいかない)。
梅棹マヤオさんの奥さんは「月末、八文字屋に行くのが怖くて行かなかった」と言う。人騒がせな、僕です。
八文字屋には、6:45に行ったら、星野さん、八田能さんが入っており、ブレーカーのことで僕が勘違いをして、ウッチーを呼び、その後、カオリンが来て、泣いたり(『甲斐さんが悪い!!』とカオリンから言われると言う、笑える自体も出来)、能さんが、ま、パニック症候群の奥さんの身を案じてであろうが「二人、外でやって呉れ!」と怒鳴る一幕もあり、1時間ほど紛糾。冨樫、能さんの奥さん、清水さん、艸地君、ルパン&なっちゃん、武藤さん、バンソン、「増田友也生誕100年記念建築作品展」(10月26日~12月12日@京都工芸繊維大大学美術工芸資料館)のフライヤー持参の杉本安弘さん(平安建都総合研究所所長)、清水さん、ウッチー&カオリン、入墨の艸地君、星野さんがタコ入道に行き、ウッチー&カオリン、星野さんが帰って来たが、星野さんが取り残され、寝て行く。森耕一さん&井波和夫(中日)が来て、明日のノーベル賞発表結果次第では、忙しくなると案じる。

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2015.10/3(土)


八田淳さんの「お別れ会」には、東京から八田さんの中学教師時代の教え子、石塚マミさん姉妹ら数名もあり、ギャラリー虹のオーナー、マロニエの西川勲さんも含め、51名程来る。関係ない客も終いに少しあり。外国人客は7名。愛知芸大の学生も6,7人を星野さんは呼んだが会費支払いなしで帰る。
東京の中川六平(故人)の知人でインターノートの井内さんが奥さん同伴。「鈴木マサホさんが六平さんの追悼集を出すとかなんとか言っていたようだが、ダメみたいですね」というので、ダメでしょう、と言う。
HATAOはアンドレアスを連れて来る。「カイは、入院で老け込んだ」とアンドレアスが言っているぞ!と言って、HATAO笑う。今年は、ロアールへ葡萄摘みに行かず、自分の仕事をやるとのこと。アンドレアスは、12月初めまでスイス人の観光案内。「焼け跡から救出プリント」買い、今回は、「闊歩する芸妓」パネル。もっと欲しいが、預かってくれる友達が結婚して、部屋が手狭になり、あまり、買えない、とのこと。ずっと誰にも12年間言ってなかったが、「マヌの家にパネルを残して来た」とアンドレアスには言う。
Sは、お父さんが来るので、八田淳さんの会には来れないと言っていたが、ニュイ・ブランシュ見物。伏見に行き、「バンソンからのお土産」と言って、鯖寿司を持参。なかなか起きない星野さんを八田能さんが辛抱強く待ち、自宅まで送る。「ワールド」周辺でボヤ発生?消防車くる。
バンソンが伏見で会った3人に八文字屋の宣伝をしてくれ、来店。他にもフランス人カップルがあり、V氏、「路地裏の京都」「Beautiful Women in Kyoto」を宣伝してくれ、男にBeautifulを渡したが、ニヤリとして、それを女に渡す。女は、レスビアンで、レスビアン・バーはないか?と問い掛けられ、浅利ちゃんに相談。浅利ちゃんは、川﨑先生の行きつけを紹介するという一幕もある。

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2015.10/2(金)


9:00起床。
3.5月ぶりに湯舟に浸かる。
ガーゼなしで、ヒルロイドーション0.3を塗る。ルネで朝飯。1:00には、八文字屋入り。直ぐに、太田垣實さんが来る。安藤康行さんも。
アーニャは、3:00過ぎ。
今日は14時間の長丁場になる。
6:00には、星野さん&大阪成蹊大学の講師やがて京都芸大のM2の二人(1:00までいる)。造形芸大の職員も一人、吉田孝光さんがプリント取りに来る。
大分合同新聞の佐々木稔さんが来て、来年は、大分で個展をやってほしいと言う。中谷健太郎さんにも相談すると言う。大分市美術館の菅館長にも佐々木稔さんが言っておく、と。僕が生まれた辺りにその美術館が出来た模様。合同新聞の編成局も全面的に応援する、と。最近の傾向だが、金曜日なのに、暇。奈良井さん、鹿さん、バンソンは顔を出す。星野さんは、1:00過ぎに朝まで休める店に消える。後は、河内厚さんの紹介のカップル、「ろくでなし」経由の原子力村?の三枝新さん(三枝博音の孫)が「おお!脚が付いている。それにしても、ほんやら洞が燃えたのは惜しい!去年、甲斐さんがシーボルトハウスに行く間、留守番をしてくれ!と言った時、従っておればよかった。昔の僕の彼女とのツーショット写真も燃えたのやなあ~」と入ってくる。彼も3~4年前にカザフスタンに行っているとのこと。彼に山田奨治著「東京ブギウギと鈴木大拙」(人文書院)を見せると、鈴木大拙と三枝博音とは交流があったらしく、これ、早速、買うと言う。田中君は地理の片桐さん、医学部の3回生の広橋君同伴。広橋君は「日向太先輩には、ほんと、色々おせわになり、教えられている」と言う。ミルトンが久しぶりに女の子を連れて来る。遅く、浜ちゃんがワカちゃん、若い友人を連れて来る。K社のM論説委員は、大学の1年先輩の大手Bkの副支店長同伴。Bk氏は、八文字屋一泊の思い出ありと。
どうやって終わったか、よく覚えてない。
3:30閉店。


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2015.10/1(木)


7:00起床。
郵便局に行って、吉田の家賃を納入。
6:00前に星野高志郎さん来店。30分後に元ときわ画廊のオーナーの大村和子さんとギャラリー16の井上道子さん来店。
二人は8:00前に、星野さんは、9:00過ぎに帰る。
9:00過ぎに一乗寺にいるタクシーから場所を教えろと電話。
現れたのはWu Haoの託けの紹興酒を持参との22歳と17歳の中国人の女の子(田中西浦町に宿)。
後は、バンソンが来て、終わり。
八文字屋泊。5:30まで。

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








お知らせ&イベント

(9/17更新)

カイ日乗 7/1〜20まで更新しました。

★最新展覧会
9/1〜30 甲斐扶佐義・浜田佐智子写真展「ふたりが歩けば、犬・猫に…?」@集酉楽サカタニ

9/1(土)20:00〜 犬猫展記念パーティー @八文字屋

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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