2015.9/30(水)


7:30起床。
ヨシレイさん入院日、レオも戻る日。神田さんより、ほんやら洞の一、二階の画像を貸してくれとのメッセージあり。
9:00銀行。9:30府立医大へ。2時間以上待たされる。グッタリ疲れる。Fbに次の書き込みをする。

「皆さんの支援で、八文字屋の9月危機は、なんとか克服しました。後は、「力関係」という微妙な面もありますが、大丈夫です。
次に止めるという時は、自分の意志で積極的閉店にするつもりです。
今でも、多少、無理をしているので、1,2年後に止めるという事態はあるかも知れません。
ほんとうにありがとうございました。
お陰で、脚の切断もなく、長期入院も可能となりました。
10月半ばから八文字屋は、夕方から営業を開始し、個展、ライブ等を向上的敢行を予定しています。

半年内には、東京と大阪の出版社から、ほんやら洞草創期についての書下ろし「ほんやら洞の青春」(仮題)と「ほんやら洞日乗」以降の日記から抜粋した夢を中心に、新たな書下ろしも加え「ほんやら洞の悪夢 八文字屋の悪夢」(仮題)を出版する心算です。」

実は、まだ不足しているが、「強制執行するぞ!」という脅しから免れたことには、間違いない。
午後、ぐったりして、6:00オープンには、間に合わず。櫻井淳子さんともう一人の男性が、待っていた。
梶田信明さんも直ぐに来て、額装写真にサインを求められる。明日、東京出張なので、直ぐに帰ると言って出たが、2時間後に舞い戻り、カオリンズと遅くまで飲んでくれる。
星野さんも7:00前にきて、平賀荘太さん、櫻井淳子さんらと歓談。8:00過ぎには、杉村さん、松岡隆浩さん、永澄さんらと来て、MBSの西村秀樹さんの提起を受けて八文字屋を向上的に支える計画を練る小チームが出来ないか?という話題から杉村さんの鶴見俊輔批判の心情吐露まである。「鶴見俊輔を一番理解しているのは、高橋幸子だ」とまで言う。
やがて、日本赤軍についての論文で博士を取ったハイデルベルク大学のティル准教授(『ほんやら洞日乗』を買う)一行、川嵜さん、鹿さん、奈良井さん、バンソン、段ちゃん、かなおかだいこんさんの知人、都築響一さん、ウッチー&カオリン(ラジオカフェで録音収録後)らも来る。プリントも2点売れる。知らない外国人客二人あり。
星野さんが信じられない位、繰り返して八田さんのことを次々に色んな客に説くのを半ば呆れて見ては、からかい、氏をムキにさせる。
ともあれ、9月危機を突破して、ホッとする。

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2015.9/29(火)


8:00起床。八文字屋に、Abeが何故か客として来ていて、焼酎のボトルを入れ、ワインを飲み、何か高いウィスキーを入れさせよう、ニッカのブランデーXOで幾ら取れるかという、ケチな夢を見ていた。
10:00過ぎにルネに行き、閉まっており、11:00まで時間を潰す。明日、病院なので、郵貯で良いのだね、とヨシレイさんより電話ある。
佐藤守弘さんより、改進亭の前のイノシシ写真を!とメール。理羽ちゃんより。
西田さんより、個展レンタル代支払いに行くが、何時に八文字屋にいるか?とのメール。4:20に来店。11月14日~11月23日の個展。11月14、15日は、姉小路通河原町西入るの「谷口」でも同時開催とのこと。谷口の奥さんは、岡林同様、高校の同級生とのこと。
ヨシレイさん、温ちゃん、三脇さんのチケット、プリントをSに確認の上、引き出し、八文字屋まで速攻で持参して貰う。
HATAOが来てくれる。ドアノー、サルカド、今年の葡萄の出来、八田さんのこと、お互いの体力のこと等たわいも無い話。最初はSもいる。今日、アンドレアスが到着した筈だ、と。今回は12月初めまで京都を拠点にして、ガイドの予定。HATAOとゆっくり飲む。カオリンズが明日、三条ラジオカフェで10月に5回出演用に録音するのに7:00出演とかで、そのリハーサルをやりたいと電話が入り、大分経ってから登場(9:00)。八文字屋の宣伝をやってくれる由。ウッチーの同級生も2、3人来てくれる。そこへ海人彦が名古屋出身のバイオリン弾きの友達と来る。バイオリン弾き、途中から演奏に加わる。武藤さんも今日は遅く来て、奈良井さんグループとバッティング。両親の土産のチョコレート持参のアドリーヌが「あの人、かわカフェにも来ていた」と言う。山形拓史さん、三浦優子さん、バンソンも一緒で、鯖寿司を土産。多津子さんに「伏見は来年の3月いっぱいで閉店」と聴いて来る。そこで会ったフランス人3人をバンソンが呼んでくる。3人は、「京都の肖像」(フランス語版)を持っていて、帰りにその本にサインをしてくれ!と言う。バンソンは頻りに八田さんのクレヨンによる色彩画をアドリーヌ等に見せる。先日は次々とデジカメに収めていたが、余程気に入ったと見える。僕は、これをゆっくり見る精神的な余裕がなかった。田中君はザンジバルの建築を専攻のアフ研の院生、サラマさんを連れてくる。
久しぶりに、多分、恐る恐る?来た海人彦らは、カオリンズに遊んでもらう。やって来たバンソンが、それを見咎めて?アマをカウンターの自分の席に呼び付けて揶揄う。
「キミは何故、お父さんの見舞いに病院にいかなかったの!?」
「ええ!?僕、叱られているの?」
悪い息子だねと言うと、悪い親父さんだからね、と言い返す。
Sから聞き付けた?バンソンが揶揄ったわけ。戸惑う海人彦。バンソンが「森沢先生にいいつけるぞ!」と言ったり、他の教授の名を出す。「森沢先生は、キミのお父さんを尊敬しているんだぞ!」と言ったのには、笑ってしまった。
奈良井さんは、三浦さんが居るだけでご満悦風だった。バンソンは頻りに円通寺の魅力を説く。三浦さんは、来春、転職を考えているらしい。
1:30閉店。

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2015.9/28(月)


国勢調査の用紙来る。
ヨシレイさんのスケジュールを聴く。彼女は「八文字屋が無くなると辛いので、応援する」と言ってくれる。
プリント、届く。佐藤守弘さん、プリントをもっとUPしろという。UPしたが、反応なし。三木たか子さんという未知の方が一万円、カンパしてくれた。ひょっとすると、椎名たか子さん??
サッちゃん、炊き込みご飯を届けてくれる。温ちゃんがプリント1点買ってくれると電話をくれる。
八文字屋、坊主か?と思ったが、西村玄考さん、毎日新聞の鵜塚さん&小松雄介さん来店でホッとする。
温ちゃんより、「困っているのを知らなかった」と電話。彼女の欲しいプリントどれもない。
2:30閉店。

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2015.9/27(日)


7:00前に帰宅。
1時間クズ?プリントから救済出来るのを探す。
九州旅行?の夢。時代はムチャクチャ。日田あたりに勤務する日経の古賀さんに会いにオフィスに行く。ボタ山でなく、奇妙な土の山をダンプが来て、削っていく光景が見える。それを管理しているらしい。放射能汚染土らしい。
外から電話があり、作業全て終えるのにどれだけ時間が掛かるのか?と言っている。シャベルカーの動きを計算し、伝えている。
それを見ていると、場は、日田から狭間町になっており、共同の有若記者もいる。今晩、大分で3人で飲もうと誘われる。僕は、家族が別府にいるので、連絡してからといい、別府湾沿いをチャリで走る。家は、寝静まっており、炊事場の洗い残しの茶碗を洗っていると、Aが出て来て「何が嬉しゅうて帰ってくるのだ!恥知らず」と言って出て行く。この光景を見て今にも泣きそうな小学生のアマに訊くとママ(ママは、アマの言葉ではない)は町内の掃除当番に行ったのだという。で、アマにAが怒っているのは、Aに優しくなく、他の女の子に優しいぼくを許せないのだと説明して、大分へひきかえす。
次の場面は、システムキッチンの料理具アドバイザーが来て、不足してるものはないですか?と言うので、何も要らないと追い返して、じっと眺めている炊事場がどんどんと拡大して行く。ここで起きる。
上野俊哉の鶴見俊輔論(The Wrong Goodbye'あるいは「かくれホワイトヘッド」について)はなかなか面白い。酒井隆史の「リンチと革命」川本隆史の「ヤクザな師との“すれちがい“の記もしくは出しそびれた質問状」も。
走り回らねばならないのに、脚重し。新聞5紙買うもパッとしない。奈良井さんに貰った出石蕎麦を持ってSの家に行って食す。
午後、ほとんど何も出来ず。rondoKrenantoに行こうかと思っていたが、止める。
4:30に八文字屋に行くと入口に30年前のお客さんが「隣の人間国宝」を見て、懐かしく思い、大阪から3人の知人を連れてやってきたという男性がおり、9:00までゆっくり飲んでくれた。今日は日向太の誕生日なので、彼の写真をいっぱいUP。
バイトは浅利ちゃん。福住さんと仲良しという山上忍さんが来て、星野さん、梶田さん、川口正貴さんらに振舞う。オイタさん、川口さんがチケットを買ってくれる。西村さんさんが「ツイッターを見たが、あれは、本当か!?」というので、そうと言うとカンパしてくれる。芳名録には「白髪と白いヒゲが印象的でした。アサリちゃんはまかせてください。カイさんを待ってて下さい。 西村」と記す。
深夜、浅利ちゃんがKei-Kを呼び出し、Kei-Kが、Take-bowを呼び出す。10月18日に八文字屋LIVEをやる事にした。

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2015.9/26(土)


午後、ヨシレイさんより、電話ある。
ルネで食事。
僕がヨシレイさんを気もそぞろに一度「ヨシレイ」と呼び捨てしたと、サッちゃんが言質を取って勘ぐる。「男が女の子を呼び捨てにする時は、キッと何かある!」と。なんて嬉しいことを言ってくれるのだ!いや、笑止千万。
夕方、IZUMIさんがカンパを持って来てくれる。感謝!!
6:00過ぎに、猪巻かすみさんがきて、すぐに帰り、直ぐに「金子」で聴いたとキプロスのカップルくる。
八文字屋は盛り上がりに欠けるが、奈良井さん、鹿さん、山根さんくる。山根さんは、帰り、外でひっくり返り、救急車で運ばれる。
琢ちゃん&八太君&奥さん&段ちゃ&ドイツ人カップル、岩本俊朗さん。岩本さんとは、1、2年かけて、鶴見俊輔さんを論じる会をやろうと言い、僕が一方的にアイディアをしゃべる。岩本さんは鶴見思想には、一つ疑問がある。「人を殺すより自殺を」と言うのが分からない。「自分だったら、人を殺すを選ぶだろう」と。僕もこの件を鶴見俊輔さんの本の中で、19歳の時に発見して感動したものだが、その同感は今でも揺るぎないか?「国を守るために見ず知らずの他人を殺して良いのか?」と言われれば、NOと言うが。とかなんとか、結構、遅くまで喋り倒す。

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2015.9/25(金)


気が焦る。鵜塚さん、メール。
今日は、サバイバルを確実にする努力が必要だが、なにも出来てない。遣らねば為らぬ事をそっち退けに、古プリント探しをする。
ルネの前で依田高典先生に遭遇。「大丈夫ですか?また、お見舞いを持って行きます」と言ってくれる。
6:00に学芸大仲間の田中俊昭さん来店。八田能さんから一本松の法泉寺の住職夫妻が行くと言っていたので、酒を飲んだら、僕が払うので、金を貰わないでくれと電話があり、待ったが、それらしき方が見えないと思っていたが、後で名簿を見ると、署名かあった。能さんから電話があった時にいた方達だった。「古い知人てすか?」と質問したのに、寺の名も何も言わなかった。
ウクライナの美男美女が向こうのTV番組で甲斐写真を知り、ネットで買い、更に、来たくなって来たのだと言う。「92年版八文字屋の美女たち」を買って行く。
梶田さんは、八田さんを撮ったまるで遺影のような素晴らしいプリントを持参。早速飾る。
星野高志郎さんは顔を見せず。さっきまで星野さんと一緒だったという10年くらい前に薮内弘さんと何回か来ていた「山懐庵」の彫刻家・上野良さんが奥さん&お母さん、小森文雄さんを同伴で来店。良さんは「甲斐さんに彫刻家協会のメンツの写真を撮って貰うというアイディアどう!?」というが、奥さん、首を縦にふらず。
深夜、K社のMさんが10月1日から論説委員になると報告?に来る。
その後、島井佐枝ちゃんが高見沢こずえさん、「いずれ、財団を作りたい」というレオ青年を同伴。オノミチ・ランデブー宣伝で週末尾道へ行くと言う。Sokyoのフライヤーも持参。今日、龍谷大学で1月の事で会議があったはずなのに、連絡なし。
遅くまで開けて、朝帰る。


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2015.9/24(木)


今日は、飯沼二郎さんの10周忌。
ルパンの店に行き、鶴見俊輔「太夫才蔵伝」を貰う。
塩沢由典さんの「現代思想家としての鶴見俊輔」をやっと読了。塩沢さんならではの力作。
SOSをリライト。
「八文字屋、9月末日限り立ち退き回避の為に、オランダのシーボルトハウス残留プリント25点を9月内超破格値で販売を決意(ギャラリーで10万円販売を2万円)。10月4日まで八田淳さんの遺作展開催中、更には10月24日プロレス文化研究会定例会等予定。潰せません。ご協力を。」
気が焦るばかり。
朝から60人に送り、疲れる。ヨシレイさんと喋る。
永澄さんよりメール「今晩、大阪、MBSの西村秀樹さんとも会うので八文字屋SOSの相談もする」と??
米津茂英(米津啓太)さんのことを思い出す。
夜、6:00過ぎに藤村克裕さん、そして、星野高志郎さん、八田能さんと続く。藤村さんは「ほんやら洞日乗」とプリントも「2万円!?安い!」と言って買ってくれる。星野さんはプリペイド・チケットを。
サッちゃんが栗ご飯を持って来る。
10年以上前から、丹後半島の経が岬の自衛隊レーザー基地の自衛隊員は八文字屋の常連だった。先鞭をつけたのは、今日(入院中も)来た木村宙紀さん。彼は、真っ先に自衛隊をやめたが神戸のアパレル関係のところで一時、働いたが、今は、介護の仕事だが、その前に一月葬儀会社で働いていたが、一ヶ月で3回も霊柩車で事故って馘になったてな面白い話をする。その間、ヤクザの葬儀で殺られた兄貴分に縋り付いて大泣きの演技をするヤクザも見たそうだ。それを周囲はやってる、やってる、という視線て見るのだとか。京都に来たら、数件行きつけの店を梯子するらしい。
バンソンにも栗ご飯をご馳走。
深夜、島井佐枝ちゃん、高見沢こずえさん、将来は財団を作るというレオも。
3:00雨の中、帰宅。

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2015.9/23(水)


帰宅3:00。起床6:30。
Sが来て、プリントをケースに入れる。栗、餅米をあげる。
浅利ちゃんのバイト、50分遅れ。韓国帰りの山形さん来る。呉ジンカンさんは、久しぶり。
星野高志郎さんの誕生日。カオリンズ来て、クラッカーをならす。段ちゃん、サンカ文学の三角寛の兄弟の孫の優子さん来る。バンソンに紹介。バンソンはプリント1点買ってくれる。段ちゃんも予約。
プリペイド・チケットの売れ行きが悪いので、また、次のようなお願いを書く。
「今日まで個人的にお願いをして来なかったが、後7日だ。四つ切り、半切、全紙のオリジナルプリント(ほんやら洞全焼の中でオランダ残留で生き延びた、ネガなしの売りたくない1点物)を担保に、4ヶ月間融資可能な方を20人緊急に募ります。」

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2015.9/22(火)


5:00起床。また、眼鏡のレンズ探し。
松屋、定食(鮭・とろろ)。
8:00、Yさんからhelpの電話あり。Zに電話するも、掴まらず。
S、旅行から戻り、家に食料なしと言うので、差し入れ。土産の羽二重餅、梨を貰う。
ルパンの店覗く。あさひちゃんが居る。
「八田淳君快個展」初日。
八田さんの弟さん、従兄弟の中川大さん、三宅八幡の近所のご夫婦、井上良子さん&娘さん、星野さんの奥さん、85歳の絵描きの先生、倉敷のサロン・ド・ヴァンホーの内山さん、インターアクトの剛先生ら来る。ヨッシィが元精華の教員仲間二人連れてくる。
終わった後、しばらく居るも客なし。

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2015.9/21(月)


朝まで八文字屋。戻っても、ぐったり。
ルーターを〈八〉に忘れ、作業進まず。眼鏡の玉(レンズ)探しも諦める。
原稿書きに、八文字屋に行くも、捗らず。原稿書きの所定の場がほんやら洞全焼とともになくなった。ほんやら洞の1番の席がお気に入りだったが、それ以降、気にいる場所なし。ボンボンカフェの見晴らしの良い席を勧められるが、まだ入ったことがない。
5:30に圭一郎君が来て「甲斐さん、学生たちは何故デモをしているの?自民党のどこが悪いの?」てな質問をする。8時過ぎまで、ビール4杯飲むのに付き合う。
次は、遊部夫妻が来て、「何故、こんな安い店が流行らんのやろ」と言いつつ、ボトルを入れ、2時間飲んでくれる。武藤さんも顔を出し、次に拾得での中川五郎さん、伊藤たかおさんらのLIVE帰りの枚方の女性の先生が、明日、国分寺のラビさんの店に行く前に甲斐さんの顔を見ようと来てくれる。あとは、アフ研の田中君が友人と来て、二人で梅棹忠夫の「知的生産の技術」等について喋って帰る。それで終わり。
寒いが、八文字屋泊。

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2015.9/20(日)


深夜、八文字屋に洛北グループが来て、チケットを購入したり、浅利ちゃん、なっちゃんがきて、八田さんの遺作展前の片付け手伝いに新聞紙を放したり、〈八〉は、何処か(銀閣寺の疎水べり?)川沿いにあり、「ろくでなし」か「村屋」にでもチケット売りに行こうかと迷っているところ、見知らぬフランスの禿げた小男が「ここは、アドリーヌがバイトしていたBAR?」と来て、入店して、そこでバンソンが奇妙なインスタント・カメラオブスキュラを作って僕を撮り現像に2時間かけたり、八文字屋は朝まで賑わうという夢をみていた。なんという脳天気!な。
という訳で、今日は、坂部隆芳さんの舞踏撮影に大阪に行くのは、取りやめにして、掃除する。
乗り越えられそうでなかなか厳しいこのピンチに支援者が出て来ないのは、「狼少年」と思われている面もあるが、やはり、火事、「ほんやら洞日乗」パーティ、入院中の来店及び見舞いで普通の客の財政面は限界まで達しており、また、この2ヶ月余りの安保法制騒ぎで、八文字屋の潜在的支持層、確信的支持層は、デモに奔走し、客の中に一定程度いる自民支持層は僕のFBを見て、辟易して近寄らなくなっているとも考えられる。街には、外国人が溢れ、部分的なバブリーな喧騒に巻き込まれたくないという年寄り層の脚が遠退きもしている。この辺が八文字屋危機の核心であろう。勿論、一定層の女性バイト目当て客も減少した。これは、若者が酒を飲まなくなったせいでもある。
理性的判断では、八文字屋は潰れても当然だが、この時期に潰したくない。
もう一つ夢を見ていた。
銀閣寺近辺の大きな座敷のある山口大亭みたいなお店に何かの会合の打ち上げに写真のプリントを持って遅れて赴いた。
結構、知人もいるが、知らない人もいる。幾つかの集会の重なった日のようだ。
隅っこには、僕の同窓会とおぼしきメンツがテーブルに陣取っていた。その隅っこに病み上がりの、右顔半分を整形して白塗りで凍てついた表情の杉本秀太郎さんがいた。
僕は、プリントを買ってくれる人かプリントを担保に金を貸してくれる人を探していたので「杉本さん、誰か適当な人を紹介して頂けませんか?」というと「僕でいいか?」と言って札を財布からパラパラと落としながら取り出した。「いくら?百万円にしろ」という。同テーブルの人間は誰も杉本さんを知らないで、可哀想と思い、人探しをしようとしたら、茜ちゃんが、「甲斐さん、ウチの家族3人の舞台を撮ってくれた?」と言い、勿論と言うと、イキナリ、チューをしてきた。周りをさらに見回すと、森恭彦さんが山脇文子さんとテーブルに就こうとしているので、一応、「あっちに杉本さんがいるよ」と伝える。
杉本さんが退屈そうにしているので、離れに導いてプリントを見せることにした。が、ちゃんとしたプリントがなかなか出てこず、僕はイライラする。杉本さんは「ちょうど良い。雑誌用に僕の肖像を撮ってくれるか?」と言い、トイレに行き、出てきた時に自然な雰囲気で撮って欲しいと言う。部屋は暗くて、モノクロでは8分の1に絞り2.8くらいでしか撮れない。デジカメでも良いけど、故障して、即座にシャッターを切れそうもないと迷っているところで目をさます。
八文字屋には、早く行き、4:00前の星野さんら搬入グループを迎え入れてから、息を継ぎに出る。6:00頃に戻ったのは、良いけど左の眼鏡のレンズがない。
搬入はほぼ終わっていた。八文字屋に来るまでのコースを遡ってレンズを探したが、なし。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。
お客さんには、山根さん、西田さんが来て、個展@八文字屋のスタートを二日繰り上げて11月14日にしたいという。ガッちゃんと太郎君&小春ちゃん(京都芸大日本画)&太郎君のGFのハナエ?さんが来て、チャーリー、草葉さん&友人、東京から25年ぶりの客二人、川井遊木さん、サッちゃんの京大バイト時代の知人(パギやんのLIVEにも来た)&友人二人と続く。後は、バンソンが来て、八田さんの遺作、遺品をゆっくり見る。八文字屋て沈没は、2:00。

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2015.9/19(土)


姉の誕生日、栗、餅米等を送って来る。
明日は、大阪タカシマヤに坂部隆芳さんの舞踏を撮りに行って戻るのは、5:00頃になるが明後日より、出来るだけ、八田さんの遺作展(9月22日~10月4日)の留守番もあるが、4:00頃から八文字屋に陣取って、網を打たないことには、相当ヤバイ!!
7:00に電通の和泉豊さんが、息子の学祭ライブ見物帰りに寄る。電通という職場のせいか?安保法制って、正しいでしょ、という。五木寛之、中沢新一担当からしてこうか。造形芸術大の秋山豊寛さんは、素晴らしいとも。95年版八文字屋の美女と「日々訥々」は買うが、期待したチケットはNO。
武藤さんは、一杯。後はずっと客なしで、10:00過ぎに、日経新聞の古賀重樹さん、新幹線もグリーンしかなく、ホテルもスーパーホテルは満杯で、アパホテルでも22000円と。今日は山中貞雄忌。豊島啓さんは、連絡が来なくて、出れなかったとの不満の連絡があったらしく、健在とのこと。黒木和雄さん、録音の木村さんもなくなり、知人、ほとんどなし。かつては、二次会は八文字屋だった。出席者の多くは、ホテルが取れず、会場の寺泊まりとか。寂しい八文字屋に下鴨のアパレル会社(実は、田中蓼原町)の3人の女性。年に、1、2回の客。しばらく客なく、琢ちゃん夫妻、ついで、段ちゃん、バンソンと続き、閉めようかなと思っているとこに武市常雄さんが泊めてくれとくる。今日は「NObase」集会できた。金城実さんの講演、「百万回のトライ」について喋る。1:30に閉めさせてという。
夜中、奥野卓司さんより、来れなかった件の説明あり。

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2015.9/18(金)


「闘いは今からだ」「殺された民主主義を蘇らせる」と周囲は言っているのに、こっちとら、どうして、八文字屋を延命させるかとない知恵を絞っている体たらく。脚もイマイチ。それを不治の病いを押しての雨中の野良仕事するしかない姉が赤漬け、栗、カボス等を送ってくれては励ましてくれる。この構図を早く崩したい。
シャキッとせなアカン。
現代思想の鶴見さん特集、欲しかったが、ルネには山下さんがいなかったので、先送り。
仕方なし、四条ジュンク堂に立ち読みに。ここで「甲斐さんですか?」と見知らぬ女性から声を掛けられる。「先月、ディックの家に泊めて貰い、シーボルトハウスで甲斐さんの写真集が山積みされているのを見ました。インゲボルグさんと主人が知人なんです」見れば、店員で越後とか越前とか名札があった。
これを通覧して、僕が書くべき鶴見さんは残されていると思った。「漫画 鶴見俊輔」の台本書きを知人に勧めたいと常々思っているのだが、良い人は居ないか?
「現代思想」(10月臨時増刊号)が出て、海老坂武《国会に抗して」高橋武智「ある朝鮮人を密出国させたいが、、、」室謙二「白塗りの正義と素顔の中の狂気」塩沢由典「現代思想家としての鶴見俊輔」を立ち読み、飛ばし読みして、溜飲を下げた。室謙二のSEALDs KANSAIの塩田潤さんが語ったと伝える朝日新聞での談話「この時期に亡くなったのは残念。、、、鶴見さんたちが作った戦後の平和と民主主義を受け継ぎたい」を読み、鶴見さんの退場と入れ違いになる若い世代の運動の高揚は、死を間にした運動の世代間引き継ぎかも知れないと感じつつも「戦後の平和と民主主義を《鶴見俊輔から》受け継ぎたいというのは簡単すぎると。SEALDsの運動は『戦後の平和と民主主義』でないだろうという思いと、鶴見俊輔は「常人ではなく部分的には狂気の人であって、それを強引に温和のキャラクターに包んで生活していたが、その危うさこそが、彼の温和のキャラクターでもなくそのリベラル政治思想でもなく、身近にいた私たちに深い影響を与えた要素であったと言い淀むのには納得が行くし、鶴見さんの仕草を思い出し、また、室の表情を思い出し、笑ってしまうが、室は津野海太郎の追悼文の中の「鶴見俊輔座談集」を出すに当たって、自分の文章には、「白塗りのモノがあると思うが、ぜんぶ棄てて下さい」と言われたとのことにふれ、「顔を白く塗り舞台に出て演じたもの、戦後の運動の中でおもてに出て正義を語ったものはすべて棄ててくれ」ということで、SEALDsの塩田潤さんが引き継ぎたいのは、この「白塗りの正義のことか?」と室謙二は記す。
正義の鶴見俊輔と狂気を含む鶴見俊輔とどっちが鶴見俊輔か?鶴見俊輔の何を引き継ぎのか?鶴見俊輔の退場した今となっては、それを決めるのは私たちひとりひとりだ、とあり、深く感得。この「現代思想」には、塩沢さんの力作以外にも、森まゆみさん、富岡多恵子さん、上野俊哉さん、酒井隆史さん、森元斎さんのもの等読みたくなるエッセイが満載。鶴見俊輔への2007年のインタビュー「集団が動きはじめる時」や南伸坊・黒川創の対談も併載。
9月の八文字屋の危機を乗り越えてから、ゆっくり読むつもり。
元ベ平連のメンツは、「現代思想」では、ベ平連とは、「国家に呑みこまれない人」「国家のいうとおりにならない人」というトーンを貫いているようだ。
海老坂さんが大切にしている鶴見俊輔の言葉ふたつを記しておこう。
「それぞれが私の根にかえって、そこから国家をつくりかえてゆく道をさがす(中略)。私の根にかえって各種の公的組織のプログラムをつくりかえることなしに、本格的改革はなされない」(「根本からの民主主義」)
「私たちは国家の指導者ほどの悪はなしえないことの故に、私たちのほうが倫理的に優位に立っている」(国家と私」)
南伸坊と黒川創の対談でも「マンガ 鶴見俊輔」の原作を書かないかと黒川へと南伸坊さんはふっていたが、これは、京都造形芸術大学や京都精華大学の漫画学科が真剣に課題にしたら面白いと思うけど、昨夜、寺脇研さん、石坂啓さんに振り忘れた。原作作りの協力なら、僕がやってみたい。
サバイバル・オペレーションは苦戦中。
寺脇研さんが、漫画家の石坂啓さんを連れてくる。寺脇さん「由布院で安保法制反対のデモを今年やった」と言う。

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2015.9/17(木)


8:00起床。
不調。
ダラダラ。SOS送り。
夕方、Sと釜揚げうどんを少々。枝豆、芋を買って八文字屋へ。
お客さんは、京都芸大の陶磁器科の院生二人、ついで、武藤さん。温ちゃんも司修展を見るために一時帰省で、濁酒を土産。遅く、今日は、とても喜ばしいコンペ勝利で祝杯を上げていると高松伸さんの娘さん、樹さん&古関君&大芸大の先生カップル(4人ユニット)が、伏見、ケーシックスと回って来たのて、一緒に濁酒ものむ。伏見は近々閉店とか。大きな病院の設計の仕事らしく、男たちは、ポルシェ買えると喜んでいるらしいが、女二人は、無農薬の農業と果樹園方向へ行きたいし、これで、久しぶりに外国に行けると言う。今日は、8000円にして、次は、12000円、そして、15000円として行くからとの喜びよう。
長きに渡る祝杯を終えた建築家4人が12:20に帰り、もう今日は誰も来ないかな?と脚をテーブルに放り出してひっくり返っていると、ナディアがやって来た。
一昨日、来るつもりが転けて、足首を痛めたので、取りやめたが、今晩は、シルヴァン&佐枝ちゃんの家でお別れの食事を済ませて、来〈八〉。
明日、パリへ。9月4日来日の日も今日も雨。2週間ずっ雨に苛まされた。亮太郎のおばあさんも田村尚子の親も亡くなり、暗い日々だった。グザヴィエは、身体は大丈夫だけど、お母さんを亡くした直後は沈んでいたが、今は大丈夫。外に出ず、「豆腐」ともう二尾の猫が来て、それからは楽しそうで、電話をすると、猫ちゃんが待っているからと言い、それで赴く。ファビエンヌが居るから大丈夫ね。甲斐さんは何時パリに来るの?「KIDS」と「猫町さがし」をお土産に買ってくれる。

John Soltよりメール。
Dear Kai-saThanks for your email. Your timing is like ESP. I'm now in Bill Johnston's house for two days! Tomorrow I drive to New York to see son and grandchildren.
More later, now on the road. Going to meet Bill for lunch after he finishes his meeting.
Big hug,
John

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2015.9/16(水)


今日にでも「安保法案」を強行可決せんとしている、歴史的な転換日。
メキシコ革命記念日、元八文字屋のバイトで韓国の大学で「光州民衆蜂起以降の芸術運動」の研究をしている稲葉真以ちゃんの誕生日、ほんやら洞全焼から8ヶ月の日。ニュージャージーのサンディからラフ綴じの詩集届く。SOSを送り、2、3回応酬。
SOSのチケットに印鑑押し作業をしていたが、S、不調と言うので、ヨーグルト、豆腐、シュークリームをとどける。
京都新聞の永澄氏来店のメッセージがあり、慌てて八文字屋へ(結局、来店せず、連絡もなし)。
八文字屋は、浅利ちゃん(グランピエ忙しいのか、8:40着)。
麻婆豆腐茄子、焼き鮭、枝豆、サツマイモ、カボスで対応。SOSチケットと共に固唾を飲んでスタンバイするも、購買は不発。
武藤さん、挨拶を決めてやろうと思っていたが、決め損なったと笑う今日から職場復帰のR大のSさん、一昨日の名古屋土産持参の奈良井さん、調子を落としている川嵜さん、そして、ハリーナの佐藤さんがSOSに応えて来店。河田孝郎さんといつも来る女性、名と顔が一致しない井上さん、森田さん、やはり、もう一人、男、何れもテキスタイル関係者。そこへバンソン登場。いきなり「ビンセント!!」と佐藤さんグループの一番よく喋る女性に同席を求められる。しばらく対応のベスト・ホストのバンソン。
鹿さん、中日新聞の森さんと「将来は朝日の科学部を背負って立つと目されている」朝日新聞の阿部さんが、SOSポストを見て、心配して来店。奈良井さんに会いビックリ、彼はサイドビジネスで一昨日の名古屋での応用物理学会の取材に行き、誰も知人がいず手持ち無沙汰にしている奈良井さんを発見して、声を掛けたばかりの奈良井さんが、此処に今日居てびっくり。
2:00閉店。SOS、ピッチを上げる必要あり。

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2015.9/15(火)


7:30起床。
まだ脚は疼く。
10:00過ぎに大阪のデザイナーの濱崎実幸さんからメールあり。
それだけで欣喜雀躍。
濱崎さんは、1990年代の「八文字屋の美女」シリーズをロハで装幀してくれた方。今年の4月18日「ほんやら洞日乗」の出版記念パーティーのスピーチで「こんな災難に遭った甲斐を応援するために自分が出来るのは、2、3冊の本をロハで装幀して上げる事だ」と言明して喜ばせてくれた。氏は、書下ろしを勧めてくれたが、それは、杳として進行しなかった。
が、僕としたら、まず、僕の日記の中から夢記述を中心に氏が面白いと思う個所をピックアップして、カラー、モノクロ写真を織り交ぜて雑本を作る事だと思ってきた。
氏は、夢、面白いですね、言ってきた。これから、原稿を送るのだが、口に合うかどうか?多少、不安は残る。
上手く行けば、大阪の澪標さんが出してくれる予定だ。

Sへのメール
ごめん。
地縁、血縁を持つ元何々云々の記述が傷つけた?
客獲得の思考の軸としてのポールが3つを述べただけ。一つ、情報資本主義の論理が貫徹した層。もう一つは、地縁血縁お涙頂戴の土俗世界。そして、選択縁に基づく結合を目指す僕たちの世界。趣味、ありうべき合理的思考で、ケース・バイ・ケースでチームをつくる。
この三つの思考に基づく店作りがあり、棲み分けといえる。あまり鮮明にしてないが、他の2つの結集軸を持つ店に八文字屋は負けて来ているという事実を踏まえ、あまり堅苦しくならず、お客さんにもそのメッセージを送っているだけ。偶にはシャッフルも必要?
これ、分かって貰えるでしょ。

今日の昼も何も出来なかった。
焦って、SOS発信。Mayumiさんに英訳をたのむ。

SOS!!
八文字屋存続、出版チームの来春結成へ向けてプリペイド・チケット購入、写真集及びプリント売買にご協力を!
ほんやら洞の火事と入院に僕はまけた。
火事の後に、今春、著書「ほんやら洞日乗」出版後、息切れもした。
数年来、ほんやら洞より八文字屋の方が、営業的成績は良かったが、自分の年齢を顧慮し、本年度より、昼型生活への変換に向けて八文字屋を閉めて、ほんやら洞経営一本に絞り込み、来るべき写真家生活を、と昨年末ひそかに展望した。
それへむけて、まず、一刻も早くほんやら洞42年の総括本の出版を画策した。
回復中のほんやら洞の未来を、いずれ、創造力(想像力)のある後進に経営譲渡を含めて託そうと僕は、構想した。
ところがどうでしょう?
結果は、ご存知のとおり、無残なものです。
その後、何もかも後手に回り、今日の窮地があります。
行き詰れば、公的機関へのネガ・プリントの売却、寄贈計画の夢想も露と消えた。
そして、待っていたのは、入院生活、入院医療費支払い、積年の滞納保険金の支払いだった。窮余の策の八文字屋の家賃の医療費等への振り替えは大家の怒りの「出て行け!」のコールを産んだ。
八文字屋を止める選択もありうるが、まだ、八文字屋でやり残し、約束もある。
このピンチを如何しても克服して、いずれ、鞍替えもありうるが、ここは踏ん張ります。
そこで、今一度、11,000円分のプリペイド・チケット(10,000円)を購入か、オリジナル・プリント売買という形でご協力をお願いします。

2015年9月16日
八文字屋 甲斐扶佐義

SOS!!
Hachimonjiya struggles for survival.
For formation of a publishing team next spring, please get a prepaid ticket from us and buy a photo album and prints.
I was struck by a fire at Honyarado and my hospital stay.
I am short of breath after publishing “Honyarado Nichijo” this spring following a fire.
For several years, Hachimonjia has achieved better business results than Honyarado.
But considering my old age, I decided to turn into a day person this fiscal year. So, I planned to close Hachimonjiya this fiscal year and concentrate only on the management of Honyarado. At the end of last year, I dreamed of the life of a photographer in the near future.
To that end, I planned to publish a book highlighting my 42 years with Honyarado as soon as possible. I tried to hand over the future of the next generation to the recovering Honyarado. If reconstruction came in sight, I would think of assigning the management to young men full of imaginative power.
Then how come?
The result is, as you see, so miserable.
Everything has fallen one step behind since those days. So, I am now in such trouble.
If I get on deadlock, my dream of donating or selling negative prints to public authorities came falling apart.
What lay in waiting was my hospital stay, medical payment, and back payment of insurance money. I had no way but to use the rent for Hachimonjiya to pay my medical bills. So, I was shouted by the owner, who said, “Get out.”
I had the option of closing Hachimonjiya. But I still have something undone with Hachimonjiya and something I promised to do with Hachimonjihya.
I want to get over this crisis if at all possible. Someday, I may change my direction. But in the meantime I will hang on.
So, I ask you to get a prepaid card(an 11,000 yen worth ticket)at 10,000 yen or buy original prints.

September 16, 2015
Fusayoshi Kai
Hachimonjiya

Sに日本語SOSをプリントアウトして貰う。代わり?に栗持参即栗ご飯作り。
八文字屋は、2、3日後にソウルに行くと言う、山形拓史さん、武藤さん、深夜に東京からのジャーマン、オイタさんの名を覚えているカップルが奥さんの同級生2人を引き連れて来店。
2:00閉店。

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2015.9/14(月)


8:30起床。不調。
昼、シャワーで傷口を洗い、薬を塗り直し、ガーゼを巻く。ルネへ。昼飯。
その後もエネルギーが湧かない。
エネルギーを充填しているつもりなのに、金作りと原稿書きが気になるだけ。
2:00すぎ、忌々しき負けた裁判の金の支払いに行く。後は店に行き、ダラダラと栗の皮を剥く。「グアダルーペの聖母」を読む。
プリペイド・チケット用の文案を考える。
怒っていると伝え聴いたNさんに退院報告のメールを入れると、N薬局のT・Nさんからメールあり。

とにかく退院できたことをお祝いします。
自分をもっと大事にしましょう。
正直あきれ果てました。怒りもしました。
その理由は薬の名前を聞いてきたとき、ああこれでちゃんと息子の下で治療を受けるんだと思ったからです。
当然すぐ入院させるものだと思ったからです。
次、息子に私が合うことがあれば面を思い切りひっぱたくと思います。
お前はそれでも医学を学んでいるのかと。
また 伺います。お大事にしてください。

今晩は7:30~1:30の八文字屋の営業。
僕が現実に地縁・血縁に強いパートナーと組んでいる方が飲み屋経営に有利と、粗雑な一般論を記しただけなのに、Sに咎められる。ちょっと嫌味があった?Sは金曜日あたりから、喉、食道辺不調と言う。
今晩のお客さんは、「生きる限界芸術・甲斐」なんてからかっては喜ぶ梶田さんがトップ、小山幸容さん&知人、竹ちゃん、武藤さん、琢ちゃん、そして坪野優太郎先生、ヤクザ畑に強い!?なかなかの人物と見える櫻井一行弁護士で、1:30閉店。琢ちゃんは、安保法制成立後は、この間、結集した運動も雲散霧消するんだろうな、とボヤく。9年13日の左京区からのデモに出たけど、絶望的な気分になったと笑う。

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2015.9/13(日)


6:30帰宅。
昼まで寝る。
「オールドテロリスト」を読む。
ルネ行き。後は、河原でノンビリする。こんなことをやっている場合でないのだが。
姉からの荷物(栗、赤漬け、カボス)は、8:00前に到着。昨日、予告したので、もうとっくの昔に来ているものと思っていたというお客さんがトップ。
FBに次のポスティング。
一瞬、八文字屋移転?と迷ったが、それは大きな間違いと悟る。
なんと言われようとも乗り切ろう。保険、医療費を優先して家賃後払いで今、まさに矢面に立っているのだが。
9月の危機乗り越えの為に早急なプリペイドカード作りを。間に合うかな?
シミュレーションが必要だ。間に合わさなければ。
これを超えたら、縮小的マイペース生活を謳歌?しよう。なんと言われようと、カレー、おでんも早い時間に出そう。形振り構わず、相当な穀潰し生活だが、全うしよう。「この騙り屋め!」とまで言われたこともあったが、細々とだが、鋭く「語り?の生活」を全うしよう。夕方から、カレーだけでなく、コーヒー、チャイ、サングリアを作って、自分のやり易い営業形態を選ぼう。
だが、現状は、究竟真っ只中。
皆さん、「八文字屋30年記念誌」作りとか、色々相談に乗って下さい!
珉珉で食事。大分からの荷物はオープン直前に到着。姉、懇切な解説?を記してくれていたが、読む間もなし。
栗ご飯、昨日から宣伝していたので、トップ客は、これを所望して来店。バイトは、、浅利ちゃん。ついで、坪川桂子さんの友人で3年前まで右目から線虫が出ていた(日本で二人のみ)京大地球物理研?大石さん(9月20日過ぎから、調査でカメルーン行き)&元アジア地域研の女性職員二人(内、ひとりは、20年前に八文字屋にはゴキブリがいたので、連れて来られた時に『ひゃあ!?』と思ったらしい。が、全くゴキが居なくて安心した模様)、草間さん&尾崎真人さん、武藤さん、バンソン、奈良井さん、一頻り歌ってくれたライブ帰りのウッチー&カオリン、二週間不調の琢ちゃんがヨウタ君、奥さん、段ちゃん、外国の知人二人連れ、山根さんは今年2回目?(元気でホッとする)、「西川さんは何処に行ったの?電話が通じない」という珍しい「石塀小路の竹中」の竹ちゃん、珍しく、8杯飲み、ドサクサ紛れに浅利ちゃんにプロポーズ?ま、それが挨拶と心得ているのだろうが。そして、「先日、尾道のチョンレの所に行って来た」と言う山科の消防関係者の山本さんが消防の会議の後に3人連れて来てくれる。
浅利ちゃん「いっぱいいたわりには、盛り上がらなかったね」と。
最後、ウッチーと竹ちゃんが20年前、どこで会っていたかなぁ!?バックギャモン?と確認しあうが、同定できず。竹ちゃんは、明日、8:45に小山幸容さんと八文字屋で待ち合わせという。福美さん、昨夜と同じ電話。

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2015.9/12(土)


6:00起床。7:30まで、八文字屋。焼き魚定食(松屋)を食い帰宅。オールドテロリストを読み続ける。2:30ルネで食事、出町で買出し後、八文字屋へ。
18:30のヒルゲートでの司修さんの講演。
京大人文研のフライヤー2件分届く。「Echoes of Elvis 《グローバル・アイコン軌跡》」(10月24日)と「チベット学の現在:言語・歴史・文化・社会」(10/1,10/8,10/15,10/22)。
八文字屋の今晩の付き出しは、枝豆、鮭カマ、コロッケ、漬物(お客さんが少なそうなので、恐る恐る準備)オープンは、7:30です。

濱崎様
いつもお世話になっています。
書下ろしを、と思っていたのですが、中国展や沖縄行き、更には、人喰いバクテリアにやられ、あわや、両脚切断か!?という憂き目にあい、進行しませんてした。もう一本、月曜社のもあって、、。
でも、いつか、必ずや、書下ろしをお願いする所存です。
その代わり、1月20日以降色々あって、面白い日記(カイ日乗)を書き続けいます。
また、続編を出せ!という要望も多々上がってます。
その中に面白い夢の記述もあるので、夢と写真を中心に濱崎さんが面白いと思う部分を抜粋する本、というアイデアはどうでしょう?いけると思います。
一度、カイ日乗続編を送るので、検討をお願いします。
いつ、送れ!と指令を下さい。
八文字屋は、また、大家が代わり、出て行け!と追い立てを食らってます。
ヤクザが来てね。
僕の入院費用が嵩んで(保険無しで、600万円を言われたけど、もちろん、保険に数年分払い、安くして貰いましたが)その分、大家に家賃を払わなかったツケが回って来ているのです。
今月中に100万円用意しなければならないので、僕は、フル可動しています。
肉の削れた脚で。
ご連絡をお待ちしています。
甲斐

いかにも八文字屋の現状を象徴するような土曜日の夜。
司修さんの講演を途中から抜け、多数の来客に備え、万全の準備を整える。
トップは、何時もの武藤さん、次いで1969年の「脱走兵ポール逮捕を巡る反省会」の席上、京都にも、東京新宿西口駅地下広場に匹敵するフォークゲリラを包摂した集会場「三条橋の下大学」つくりを提唱した「錦水館」の息子(現・社長)の来店。ビールを一口舐めただけで「このビルがもし売りに出るという情報があったら、教えてくれ、僕が買い取る」と言って帰る。
次は、30数年来、年に1、2回、数学の学会で上洛の度にほんやら洞によっていた八王子かどっかから来る数学者が、京産大での学会ついでにほんやら洞に寄ろうとしてほんやら洞がないのに、ビックリして近くの喫茶店で、焼失を聴き、来〈八〉。15分ほど食べ、「ほんやら洞日乗」を買い、直ぐに帰る。
時間が空いて先斗町「ひろ作」のセッちゃんが、京大出身の筑波大学の地球物理学の先生を紹介しに、来店。そこへ前回はミュージシャンの清水靖晃さんと来店の東京電通の原野さんが二条城での小澤征爾の会の帰りに「音楽の友」の編集の西脇朗子さんを同伴。シールズと何かとスキャンダラスな話題の多い多摩美大周辺そして理化学研話を面白おかしく語り、地球物理学の先生と丁々発止。が、もう11:00近くになり共に、直ぐ引き上げる。「音楽の友」の女性は、明日は小澤征爾さんが京響の指揮を執るのにも赴くとかで。もちろん、撮影。「音楽の友」の編集者と司修さんの出会いも期待されたが、司さん不発。
次は、バンソン、段ちゃん。そして、かなりして、司さんは疲れて帰ったと言って、大西さん、田中直子さん、初対面の「ベキーさんの教え子」の「エディション・エフ」の岡本千津さんら。岡本さんの出版社から保さんの本を出すと直子さんが言い、本人は「ナディア、アランともずっと知り合いだから甲斐さんの写真等についてはよく知っている」と。このグループは直ぐに撤収。手持ち無沙汰なバンソンが「奈良井さんは来るかなあ」と呟く。暇というか、弛緩した時間が流れる。そこへミニスカ風の韓国の学生(事情があって、9月16日まで名前はふせてという、稲葉真以ちゃんの教え子で通訳さん)と写真に関心のある女性二人の登場で雰囲気一変。聞けば21歳、目配せも含めバンソンの目の動きを激しくさせる二人(丁さん)はかなり飲んだが、彼女らが帰るとバンソンも消える。二人の名は朴さんと丁さん。Y社を辞めたいと前から言っていた三島憲一さんの教え子も顔を出していた。が、結局、最後は段ちゃんと二人きり。歓談中に更に、元気なイタリアン舞踏家兼研究者、チェントンツェ・カティアさん登場。日文研の共同研究の仲間と祇園で飲んでいてひとり「行くところがある」と言って深夜に研究仲間を振り切り、八文字屋を探しまわり、最後にポリボックスを訪ね、やっと辿りついたと。名刺を見ると坪内博士記念演劇博物館招聘研究員とある。演劇よりも舞踏に関心があるようだが、僕の知人のダンサーについても知っているが畑が違うと。『深夜プラスワン』の祐介さんの紹介らしく「2月に一回日文研の研究会に来るので、その度に来ます」と閉店時間を気遣いつつ飲む。写真、ほんやら洞について質問しては、興味を示したり、絶句する。段ちゃんは、いささか酔い、先に帰る。日文研まで無事に帰れるか心配するもタクシーで、2:40に帰る。
僕は、店が不景気だから、5:00まで、客待ちも空し。で、これで閉店。ひろ作さん探しの阿部福美さんより電話。
明日は、もっと奮起せねば。

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2015.9/11(金)


9月を乗り越えるべき闘いは始まったばかりだのに、既にバテバテ。
脚の処置。4:00まで家。
14年前の今日、42年前の今日に思いを致さないわけではない。
それはさて置き、まずは、大家さんとの遣り取りだ。
吉田の家を出ようとして畳を見ると、郵貯のキャッシュカードが転がっている。ずっと行方不明だったやつだ。
ほんやら洞の火事以降、五月の連休にNaoちゃんが掃除してくれて以降に落としたのだろうか?僕は、火事以降ほとんど片付けが出来てない。中信のカードも似たような場所にあるかも知れない。ボチボチ掃除、掃除。
ルネ、飯。後は出町。Sがキノコを欲しいと昨日言っていたので、持参。
夕食は、Sと共に釜揚げうどんを食い、7:30に八文字屋入り。8:00前に「日々訥々」5冊届き、後でSが一冊買う。
8:30八文字屋をオープンするも、9:20まで客なし。トップは9:20の那須耕介氏と高校同級の梅田さんのみ。
9:40にSが来るまで他の来客なし。梅田さんは「ツー・ショット」を買う。10:00前に在野真麻さんが来て、「態変」の「ぬえ」公演のフライヤー、R大のSさん、鹿さん、数学者バンソン、川口正貴さん&奈良の友人と続くも低調。「店を止めろ!」と言われているような気分。後は、深夜にアメリカの青年が3人来たのみ。
暇過ぎて、しこたま飲んだ。寒い中、八文字屋泊。

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2015.9/10(木)


6:00起床。「オールド・テロリスト」「旅と移動」を読む。8:00前から、ピンサロ前には、9:30オープンを待ち詫びる何時もの坊主男がバイクの上に座って待っていた。
松屋で、焼き鮭定食。
一昨日、神田さんの書き込みに間違ったことを書いてしまった。
1972年に鶴見さんが行った先のメキシコ大学院大学は、エル・コレヒオ・デ・メヒコでした。コレージュ・ド・メヒコとか書いてしまった。
一日絶不調。ルネに行き、“Beautiful Women in Kyoto”“路地裏の京都」を買い、梅棹さんちにこの2さつを買って貰いに行く。早速「ほんやら洞日乗」共々、サインを求められ、お客さんの見れる書庫に収めてくれる。奥さんが、帰りに、「来週も八文字屋に行きますからね」と言ってくれる。帰りに、元人文書院の落合編集長に遭遇。
S宅でパエリヤ作り。
八文字屋オープンは、8:30。客は、最初は武藤さんのみ。仕方ないので、「オールド・テロリスト」「旅と移動」を読む。次は、仕事帰りで些か疲れ気味の佐々木米市さん。
本当は気になって仕方ないのだが、営業成果を除外して、親しい友人が来てくれて、やはり、とても嬉しい。落ち着く。佐々木米市さんと喋っていると、シルヴァンがもうひとりのレオを連れて現れる。あとで、ナディアが、マルタンと来るという。
直ぐに来たナディアは来週八文字屋に出直すと言い、Ryotaroとは連絡取れているの?と聞くと、Ryotaroの祖母が亡くなったと言う。医者になったばかりのもうひとりのレオの父親は来〈八〉経験ありと。マルタン、バンソン、佐々木米市さん。
居てくれるだけで豊かな気分になる。
バンソンが帰っておしまいと思っていたら、岩手県出身のスペインNo.2のフラメンコダンサー・中田カヨコを連れて、尺八の杉野さんが来て、更に1時間。中田さんは、芸妓を撮りたいと言っている写真家の旦那のために「路地裏の京都」を買って下さった。

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2015.9/9(水)


7:00起床。
3年前から生活の幅を縮小しようと目論んでいるのだが、どうも後手後手にまわっている。
著書という形でほんやら洞の総括も出来ず、30年以上になった八文字屋の区切りもつけられない。1年前は八文字屋にケリをつける積もりだった。捻れたのは、ある種、不可抗力だった。大家に出て行けと言われるまでもなく、出て行きたいのだが、客はおろか、バイト候補も来ない。このままだと、家にある焼け跡から回収した物の上に八文字屋の限りなくゴミに近い荷物を積むことになる。
あと20日で、八文字屋の片付けと営業も原稿もどれ程のことができるか。気は急く一方だ。
八文字屋をひとりで切り盛り出来る小さな店に移るにしても、今月末に追い出される事態は何としてでも避けたい。が、こうお客さんが来なければ、月末に追い出されることになるか。いや、公算が高い。自分のペースで月曜社の仕事を終えて、来春と思っていたのだが、これも終わらず、ゴチャゴチャのままにことは進行するのか。辛いな。一日に4,5人しかお客さんがこないのでは、、、。あと20日間、せめてこの倍のお客さんが来ないものか。倍でもダメなんだが、対処のしようがあるというものだ。みんなアレコレと忙しいのは、一人ひとり手にとるようにわかる。10月3日の八田さんの「お別れ会」、及び10月24日のプロレス研究会の定例会の日までは、約束ごとだから、何として八文字屋は、維持したい。
11~2月は八文字屋はなしで、来春、慎ましやかに再生?八文字屋?ぽんハ屋?新生ほんやら洞をスタートというのが、妥当なラインかな。火事に次ぐ怪我のダメージを引き摺るとは、読みが浅いな。
以上のことをFb上に記して、一応、息子2人には、閉店の可能性を告げたが、アーニャから物理的?な激励のメッセージがあったり、西田勝彦さんが、11月16日~11月25日に写真展をやらしてくれとのオファーがあったり、玉屋珈琲の社長に「新天地も良いかも知れんが、今の店の雰囲気も捨て難いよ」と言われる。
Sと食事。山芋を丼いっぱい食べる。デンプンの取りすぎ。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。お客さんは、先発隊のほとんどの客はメガネ&シャツのいでたち(西田勝彦さん、段ちゃん、増田雅彦さん、奈良井さん)以下、続々とメガネ、シャツ族(鹿さん、川嵜さん、武藤さん、女性連れの祇園住まいの尺八の先生)来店。バンソンが均衡?を破った。
そして、梅棹マヤオさん&奥さん&奥さん連れの息子さんが来た。疲れて早くから来店していた段ちゃんが最後まで付き合ってくれた。段ちゃんは流石、「ぼく、梅棹忠夫さんの『文明の生態史観』は読んだよ」と反応。
1:00に閉店して、八文字屋泊。

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2015.9/8(火)


30分乃至1時間に目を覚まして荒唐無稽な夢を見る。ほんやら洞の西隣に原っぱがあり、ほんやら洞にくっつくかたちでシャベルカーが止まっており、ほんやら洞の北の壁は落ちており、風が吹き抜けている。それを草むらに座って眺めていると37,38年前の同志社中学生のほんやら洞客が来て、「毎日FBをみてますよ、ほんやら洞、ボロボロじゃないですか、何とかしましょう」と言ったり、「バドワイザー・ステップと言うのがあって、こう踊るのが好きなんですよ」と言ってきたりする。これは僕が現実から遊離している証拠なんだろうな。
また、雨。外出の気が殺がれる。
アーニャ、お子さんの写真のプリントの注文してくれる。
治癒にはもう2,3週間必要か?体力の衰弱は否めない。スカッとすることがないとダメだ。
半日、家にいる。ルネ、八文字屋(八田さんのパーティの問い合わせあり)、ヒルゲート、Sとの食事そして8:30八文字屋オープン。9:30バンソン。10:30~1:30イギリス人のエマ、アルら3人。1:30まで。
2:30就寝。

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2015.9/7(月)


6:00起床。松屋で焼き魚定食。
7:00帰宅。
八文字屋が6,7,8,9月とこれほど深刻なピンチを徐々に迎えるとは思ってなかった。
去年の10,11,12,月とほんやら洞が回復しつつあったので、八文字屋をボチボチ切りあげて、ほんやら洞一辺倒にしょうとしている矢先のほんやら洞全焼だった。で、緊急避難地として、八文字屋再興を考えていたが、具体的な手立てが出来ず、夏を迎えたのだった。八文字屋で、珈琲、カレー、チャイを扱え、夕方、週に2回映画会をやったり、月一のライブを定着させるという努力を、焼け出された資料やネガに気をとられ、「ほんやら洞の青春」等書き物にも半端であれ引っ張られ、ネット上での安保法制等の大状況チェックに感け過ぎた。在野真麻さんの言う通り、食べ物の画像をUPして営業展開すべきだったのに、何故、それが出来なかったのか?
「ほんやら洞日乗」の営業、写真展のプロモーション、全焼による勝ち目のない裁判の出来に嵌り過ぎて、八文字屋のスタッフ確保すら出来なかった。
ともあれ、介護保険料や健康保険料を遡って支払ってスッカラカンとか、負傷中なんて愚痴っておれない。9月ピンチを克服しなければ。去年の10月に「狼が来た!」と言ったので、同じことは言えない。ひたすら、営業??
ルネで昼飯。コンビニで使用水道量のメーター表示をFaxで水道局へ。週間読書人の小沢信男さんと黒川の対談を買って読む。新日文と思想の科学の比較になっていて、面白い。36年前に津野海太郎さんが、「思想の科学の方が暗いだろ」と言っていたのを思い出す。黒川は、ますますお母さん似になって来た。おばさん顔だ。八文字屋に電話がかかるが出ない。あとで、Sからの話からすると、電話は白山さんだったかもしれない。彼女は、吉川勇一さんのデモに行き、ダグラス・ラミスさんから「甲斐入院」と聴いたとか。
SOSにアーニャが応答してくれた。
8:05、八文字屋オープン。直ぐに「伏見」から天麩羅のお土産持参のバンソンがフランスの知人カップルを連れてくる。写真集購入を勧めてくれ「路地裏の京都」が売れる。すぐに東九条マダン(今年は、11月1日)の第一回の練習の帰りにポスターを持って段ちゃんが来て、オイタさん、鹿さん、K社のM記者と続くが、後がない。11:30にオイタさんが帰り、段ちゃんに黒川創の鶴見俊輔追悼対談、鶴見論を見せ、1:00過ぎまで雑談。週一位の来店客で、こんな話が出来るのは、彼くらいのもの。頻度少ないけど、柳生さん、中日新聞の森さん、琢ちゃんも可能かな。八田さんが存命なら、彼も可能だった。
2:00帰宅。すぐに寝る。

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2015.9/6(日)


7:00起床。厳しい時節、状況の到来。
「橋」(ドイツ映画1957年)岡本喜八監督「沖縄決戦」(1971年)1フィート運動映画「沖縄線」の存在を朝からFBでしらされる。
9:00前から雨。梅小路公園の集会にチャリで行くつもりだったが、雨が降ったり、止んだりで、足場に不安が残り、止す。写真は奥泉さんが撮るだろう。
昼飯はルネ。
体調すぐれず。Sが権太呂さんに行こうと言うので、付き合い、2:00にブックファーストて待ち合わせ。八文字屋で5紙に目を通す。
権太呂さんでは、Rさんから退院祝い言って、照り焼き、お酒をごちそうになる。感謝。地下ギャラリーも覗く。また、雨の中、Sの家にサンマ、大根を持っていく。18歳未満の日米野球を少し見る。
八文字屋は、浅利ちゃんなのに、超暇。数ヶ月ぶりの朴ちゃんが来て、店を盛り上げるために彼が歌うライブをやろうか!?と言ってくれるが、彼の歌を誰が聴きに何人が来てくれるだろう?アンプまで持ち込んでやる値打ち、どうかな。それよりも今月、如何にして乗り切るか、それが問題だ。客は、1杯のみの彼、同様の奈良井さん、頑張ってくれた中日新聞の森さんと伊藤さんのみ。1:00閉店。二人は、明日、伊根の舟屋に行きそう。八文字屋泊。

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2015.9/5(土)


7:00起床。
13:00すぎ、姉より電話。カボス、長雨で失敗した筍の紫蘇漬けでも欲しいか?もち、OK。重い気持ちで原稿に向かう。ルネ、RondoKreanto(『狸橋の子どもたち』の甲斐さんですか?と声を掛けられる。あれにでている『井徳』の子どもの叔父の衣笠に住む伊藤です」と声を掛けられる)、吉田山に行く。冷麦をSに作って貰い、食ってから八文字屋へ行くも気分優れず。
いきなり8月22日のパギやんのDVDを柳生邦子さんととも来店してプレゼントしてくれる大西さん。柳生さんは、ウィナさんの話をし、「Beautiful Women in Kyoto」を写メで撮り写真の画像を送る。10月3日にもし辻元清美さんが来るようだったら、連絡を!とも。次は酔っ払いのルパンを連れた奈良井さんと田中君、武藤さんと続く。更にR大のS先生が大学院が同期の信州大の先生同伴。信大の先生、浅川マキ等のLPをえらく気にいってくれる。海人彦が後輩3人を引き連れて来たのと同時に「FB友達のアリヤです」と電話がいり、在野真麻さんもくる。「閑古鳥が鳴いている」と言っていたが、たくさんいるじゃないの!?と。ルパンが在野さんに関わろうとして嫌われる。後は、森耕一さんが同僚同伴、其処へあさひちゃん。あさひちゃんと森さんを引き合わせようと予てより思っていたのに、あさひちゃん、海人彦と森さんを勘違いする面白い一幕あり。海人彦と森さんのツーショット撮る。10:30に皆がひけ、ルパンだけ、11:30までいる。
誰も来ない八文字屋に2:30迄いる。

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2015.9/4(金)


不調。Sから、夕方、6:00~7:00に一緒に飯を食おうとメール。
昼飯は家でウダウダしてルネでカレー。
八文字屋で、原稿を書いていたら、予告があったのか、なかったのか手紙を見ていないので「レッツ・クリエーション」の初対面のハンサムな河野さんとやらの顔出しには面食らう。(電話で数度やり取りして来たが)入って来て、いきなり出て行けとか、300万円払えとか言ってくる。下に新社長がいるので、といって、2人を呼び込む。入れ墨をチラつかせる40歳過ぎの社長さんとやらは、「俺の目を見ろ!」と再三再四いい、「おっさんのやっていることは、無銭飲食と一緒なんだよ!俺は、東京の人間だから、京都のことは知らねえ、おまえさんが、有名かどうかなんか知らんのよ。そんなこと関係ないんだ!そんなiPadあるんやったら、売れ!1000円になるだろ。それで家賃支払いの足しにしろ!ここは、居住地じゃないんだからな、強制執行かけるぞ。9月中に100万円払え。それとも、俺が払ってやろうか!?お前さんは、一銭を払わんでいいから、とっとと出ていけ!そしたら、新しくするからよぉー!もっと高い家賃取れるんだから」
彼の合間を縫って、「河野さん」とやらは、「金あるんだろう!とっとと払え。岡本さんが前が有名だから、遠慮しているけど、そんなん関係ない!入院していた!?関係あるか!」「自分で言ったな、月末に100万と。払ったら、居てもいいや!誰に知恵を付けられているのか知らんけど、チビチビ振り込みやがって」と言い、もう一人ののっぽは、店内をジロジロ見ながら、当方には関わらず「これじゃ、客、こんよな。ボトル60本あるじゃないか。60人から一万円ずつ取ったら60万円だ」とか「美女365日か」とかブツブツにいいながら、ウロウロする。
小一時間いたかな。僕に金があり、滞納しなければ、問題ない。「社長さん」とやらはもっと家賃を上げてやれ!とか言っている。彼は多分、社長でないだろう。脅しに来ただけだ。岡本ビルの「岡本さんは、名乗らず、何度か飲みに来ている」と河野さんは言った。
恫喝を掛けられずとも、家賃のおくれは緊急に解消すべきだし、早急に解決すべき課題と考えていたが、先手を打たれて痛い。とにかく、入院していて、請求書を見てないのもヤバイ。もう一遍送ってくれと言う。
僕としても返済計画を立てるのに詳細が必要。それにしても厳しいが。2,3,4月頃で遅れ分は減ったと思っていたが、吉田の住処の契約更新、サッちゃんの引越し、裁判、家の片付け、次に出すべき写真集が気になり、営業そっちのけだったかな?6,7,8月が疎かになっていたのは確かだ。そこに持ってきて、入院費用、保健問題(介護保健も含め)で物入りだった。
Sが飯を食おうと言うので、買い物をして、さっと行く。「元気ないね~」と言うので、八文字屋問題、東京からの来訪者の件を少し喋る。
八文字屋は、元「つか新」の画商部にいた森井さんがトップ。モノ派の吉原治良の10号の作品が700万円から5000万円の値がつくという風に例外もあるが、美術業界も低調らしいが、浮き世離れした話。東京のジュウジョウに八文字屋に似た店、甲斐さんみたいなマスターがいるので、会わせたい等々。絵画部門では、京都関係では、森田りえこさんを除けば、軒並み不調とのこと。次は武藤さんと続き、鹿さん、S、チョコレートのお土産持参のバンソン(今回は、3月間。修学院の関西セミナーハウスにいる)、壇王の保育園の「父親の会」の帰りに初めて寄ってくれた海人彦の元先生のヤマキさん、奈良井さんでお終い。寂しい限り。
3:00までの客まちもむなしい。そのまま、〈八〉泊。

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2015.9/3(木)


6:00起床。
9:00に「アンフェアな国」読了。
今日も八文字屋泊。
八文字屋の何が問題か、全身で受け止め、何としてもも打つべき手を打たねば。
秦恒平さんが「息子は、私が作家として何十年も掛けて稼いだ収入を、数年で稼いだ」と言っていただけあって、流石に広範に受ける小説を書いている。
「アンフェアな国」を読んでいる場合か、と余人、僕の書下ろしのspeed-upを望んでいるムキに叱られそうだが、昨日からズルズルと引き込まれた。
9月5日(土)から「アンフェア the end」(劇場版完結編!!)と小説の帯文にある。
僕は当分、思うようには動けず、お客さんを呼ぶ手立てをしないと危ない。
伊達で高い家賃を払ってこんな店をやっているのではない。高い家賃の家に住んでいる場合でないかとも。
とにかく、仕事をし、稼がねば。
9:20八文字屋を出る。
不景気のせいか?9:30のピンサロ早朝サービスオープンを目掛けて来る客、少なし。
松屋で鮭定食450円。
10:00帰宅。13:00まで寝る。「アスタルテ書房」に「生前遺作集」等4点作品集が出てきて、回収したという荒唐無稽な夢をみた。
我が家では、気がつけば、お茶、珈琲も飲めない状況がいつの間にか定着。ラジオ、テレビ、オーディオ等も何もない貧困の文化。大きな物置に住んでいる。
ルネで食事をして出町で買物。
6:30に八文字屋オープン。雨の木曜日なので、お客さんの目処つかず。
退院したら、チャイ、珈琲、カレーを出して、映画を週1、2度上映して、バイトを増員してほんやら洞の分も取り戻すぞ、と思っていたが、周りには、浅利ちゃん一人しかいない。なかなか上手くは行かない。
八文字屋には、佐々木さんが珍しくひとりで来て、中川五郎さんは凄いてな話をする。森まゆみさんの著作も9割方読んでいると言うのにもビックリ。編集者でもないのに。ファンとして。63歳で政治的にも志を持った方。パギやんのこと、京都の市民運動のこと、関西には良いシンガーが多いことなどを教えて貰う。武藤さんは、ビールを口にしただけで帰る。遅く、ジュネーブの青年が来て「京都猫町ブルース」を買うのに、友人の名を書いてくれと言う。じぶんも2冊買おうとしたが、金がなく、一冊買おうとしたが、金がなく、まけてあげる。その後、建築家の魚谷繁礼君がきて、連れが「白川筋の子どもたち」を買う。
2:00閉店。

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2015.9/2(水)


6:15起床。コーヒー、茶を飲む態勢整っていず、倉庫のような家で寝起きしているのを再確認。
「外来通院日」きのうは、ガーゼ、包帯なしでゴミ箱にぶっつかり、血が滲んだが、再生した肉皮は、か弱い。面が厚くなるまで1、2ヶ月かかるかな。
恋水先生が黙って処置しているのを僕がどう思っているのか?と探って来るというような夢をみる。先生は、患部に濡れ新聞をずっと当てるような処置をし、僕は、「話の特集」を読みながら、なされるままにしており、隣の炬燵には、20歳くらいの先生のこどがいる。先生、33歳なのに。
7月15~7月28日のブログ等のエバーノートが消えて悔しいのは、手術があり、自分の骨が鋸で切られるといった、ちょっとマヤコフスキーの詩のようなシュールな夢をこの間、結構よく見て、それなりに面白く書けてのをもう一度笑って読めないことかな。
25歳前後の夢日記(全焼)には及ばないが、連日、コンパクトに記述していた。
山崎哲さんのポストから衣笠貞之助監督映画「雪之丞変化」、オモロそうなのでコピー。
10:00に府立医大へ診察。通りで市議の鈴木マサホにバッタリ。「こないだの写真、エライ、多くの人が『いいね』してくれたな。」
荒神橋から北望。
秋田先生。「昨日の軟膏が残っているので、塗りません。次は、9月30日午前10:00。あとは、自然治癒力に任せましょう。3ヶ月くらい掛かるかもしれませんが。赤い肌てすか、静脈の弁が作動していて、浮腫んだりしますが、別状ないです。静脈内の弁を焼き切るという方法もあるんですが、病院、嫌いでしょ。放っていて、大丈夫です。」
出町三角州で一休み。ゴマちゃんの横顔を見て、ルネで食事。
東一条で祇園祭りの大船鉾を作った大工、末川協さんに遭遇。脚の件、一くさり言上。
恵風では、畠中光享&林哲夫展。ヘリングでルパンの顔を見る。
「アスタルテ書房で半額セールをやっているけど、甲斐さんのも売られているぞ。奥さんは、甲斐さんが預けているのも知らず、売ってしまうかも知れんので早う回収した方が良いよ」
との情報を得て、八文字屋で一休みして赴く。
1:00に閉まっており、2:30に再挑戦。ムダだった。
梅棹マヤオさんの北白川伊織町のカフェ&ギャラリー“RondoKreanto”に行く。奥さんがカフェ部門担当。駒井邸の隣。末川さんの家も近く。珈琲500円。ギャラリー使用料一週間で12万円。奥さんには「フェイスブックの甲斐さん」と紹介、面白し。彼としては、そう言うしかしようがない、まだ八文字屋の存在も知らない奥さんだから。僕には「八文字屋、あまり綺麗せんといて下さい」と言う。着いた時、「哲ちゃん、最近行っている?」と言う久保まりさんと麻谷宏、森岡誠の同僚だったというGK京都の須田さんがいた。八文字屋も嫁がいたら、カフェは可能か?と在らぬことを想起。
S宅にシュークリーム&ヨーグルトを各2個を持参するが、留守で、やむなく八文字屋へ。
途中、松屋カレー、リカマンで、焼酎と乾き物を買う。星野さんから「八田の家に行った。良い遺作展が出来るだけのものを我が家まで運んだ」とのメール&電話ある。
バイトは、浅利ちゃん。客は、川㟢さん、鹿さん、オイタさん、奈良井さんで終わり。
1:00まで待つも誰も来ず。

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2015.9/1(火)


7:00起床。
8月分の日乗をチェック。
7月16日以降の分がevernoteにあると思ったが、行方不明。一々閉じなかったせいか?時間のロス。
ルネで食事。ヒルゲートで冷たいお茶を頂く。9月12日の司修さんの講演に来いと言うので、OKする。マロニエは、上がらず、八文字屋で一休み中に雷雨轟くこと小一時間。ヘリング、恵風、梅棹カフェ・ギャラリー行きを止める。鴨川で上陸亀を撮る。
家で包帯を巻いてるときに、SのTel。飯を一緒にする。新職場、満足げ。
八文字屋は、オイタさんと山形さんと二人だけ。12:30には切り上げる。
やはり、7月15日から7月28日のエバーノートが保存されていず、ほぞを噛む。
1:30就寝。

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








お知らせ&イベント

(9/17更新)

カイ日乗 7/1〜20まで更新しました。

★最新展覧会
9/1〜30 甲斐扶佐義・浜田佐智子写真展「ふたりが歩けば、犬・猫に…?」@集酉楽サカタニ

9/1(土)20:00〜 犬猫展記念パーティー @八文字屋

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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