2015.7/31(金)


今日で、7月が終わりと思うと、焦り、徒労感がイッキに湧い(?)てくる。7月は何程のこともできず、周囲に迷惑を掛けるだけで終わろうとしている。
僕にとって2015年は終ったも同然。
後に待ち受けている物事について考えるより、この1年、これまでの7ヶ月のことをちょっと反省せねば。思考に姿勢「溜め」がなくなっている。確実に。
脚から赤みが引かないのがやや不安。
素人考えだが、何か別の菌が入っているのではないのか?と。
9:15からシャワー。
10:00~11:00処置。
10:00の体温は、36.3度。血圧は、143-86。
14:20~15:00リハビリ。
オマンタさんから電話。俊子さんから、明日行けたら行くが欲しいものはないか?とのメール。(後から、来週との連絡いる)姉から変りはないか?と電話。
Sから、府医大の先生から看護師が写っているのをFBにUPしないでくれと携帯に電話があったときく。極力、写りこまないように、写っているのは、UPしないように用心をしたのだが、うっかりしたかな?
永澄さんからは、鶴見、日高写真の注文。
永田浩三さんの「奄美の奇跡」は、微熱や痛みでヒクヒクしながら、朦朧感の中で、少ししか読めてないが奄美の「密航者群像」は素晴らしい!
夕食は、チキンと南瓜蒸し、ミモザサラダ、山芋とろろ、味噌汁、Pマヨネーズ、Pノンオイル和風。
ウッチーがカルカンをお土産に来る。Sも支払いを済ませて来る。
夜、中川五郎さんに「鶴見俊輔さん」という歌は出来ないか?とメールを入れる。
明日、東京毎日新聞の学生新聞に僕が撮った脱走兵と鶴見俊輔さんとの写真が掲載されると連絡あり。

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2015.7/30(木)


1:00前に寝て、4:00起床。
やや睡眠不足。
追悼ということでは、ほんやら洞開店早々の1972年8月の4~5日だったか。
開店当時、ほんやら洞のメンバーの誰もが鶴見俊輔さん同様に影響を受けていたというか、思索の糧にしていた文人・ポール・グッドマンがいて、ユズルさんらが訳しはじめていた。61歳という早すぎる彼の死を悼む数人の会を持ったものだ。
その後、彼を追悼する文章としては、スーザン・ソンタグの「土星の兆しのもとで」(晶文社)の標題の渋い本の冒頭で彼女が載せた「ポール・グッドマンの死」が日本では、最も有名だが、ポール・グッドマンを偲ぶ会としては、ほんやら洞での、片桐ユズル、中尾ハジメ、中山容、そして僕とでの会が一等先ではないだろうか。
その後、グッドマンが精彩を図らずも放つことになるアルフレッド・ケイジン著、大津栄一郎・筒井正明訳「ニューヨークのユダヤ人たち」(岩波1987)という1940年~1960年のニューヨークの文学者群像論があるが、当時日本では、紹介者としては鶴見俊輔、片桐ユズル、由良君美、建築家としての槇文彦によるグッドマン兄弟著の「コミュニタス」、訳としては他にもある。鶴見さんの意を受けての渡辺武達のものが先駆けだった。
その日にあわせて、ユズルさんは、グッドマンのペラ4枚の原稿「昔風の恋唄」を持参したのだった。
8:00服薬。9:00体重測定90キロ。着衣、履靴だから、実質80キロ台。久しぶり。
リハビリ2コースの内1コースは終了。
11:00体温は、36.1度。血圧は、1時間の運動直後のせいか、150-80。
午後Sが来て、4:30には、中日の森耕一記者が見舞いに来る。
西野健一主任医が、数人の医師を引き連れてやってきた。「昨日、日経新聞が届いたでしょ」と言ってから、「もう少しで危なかった。よく、あそこまで、我慢したね。信じられない」
そう言って、笑って行った。
八文字屋は、サッちゃん。
今晩の八文字屋には、まず、鞘町七条の「集酉楽サカタニ」の酒谷宗男さんが、お見舞いに来店、後は、鹿さん、中国に日本語教師に行っている(映画撮りが趣味の)キリちゃんが友人6人、奈良井さん、海人彦が最後に友人連れ3人で来てくれた。

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2015.7/29(水)


Bakの膿満タン。
8:30体温36.2度。
午後、遅く、憔悴し切ったS登場。
ここ数日、八文字屋の仕込みやら、自分も遅くまで働きつつ、役所、郵便局、銀行、病院の事務局との交渉に僕の委任状持参でまわる。
今日は、保険料話で僕が叱られるところを代わりに受け止めて落ち込んでしまった。
「甲斐さん、入院中で自分が関与せず、ほんやら洞から回収したものもごく一部をトランクルームに預け、他は潔く捨て、暗室も閉鎖して、退院後は、八文字屋に住むか、家賃1、2万円のワンルームに住むしかないよ」
この彼女の暗い表情からポロっと出た一言で保険料のことで、役所でどういうやり取りがあったか、全て、察しがついた。
こうなったら、やはり、僕の写真、書物による正面突破しかない。
ヨシレイさんがくれたDVDも半年封印する。ノホホンとし過ぎていた。
早速、大阪の知人のデザイナーのHに近況を伝え、M社の本、2~3ヶ月で出るようにする。デザインの協力をよろしく!また、何か仕事があれば、Sに是非、回して下さい、とも言い添えた。

『「ほんやら洞日乗」「路地裏の京都」をまだ見てない方、是非、ご覧になって、興味を持たれたら、友人にも推薦下さい!そこからしか入院費用の捻出する術はありません。是非、ご協力下さい。
僭越ながら、名作の拡大プリント販売にもご協力下さい。僕に連載のチャンスを提供頂ける方もよろしく。
こういう状況下、ワンルームに引っ越しても北京展は敢行します。』

今日は、浮田哲さんが永田浩三著「奄美の奇跡」高橋源一郎著「おれらの民主主義なんだぜ」等を持って見舞いに来てくれる。

『8月11日PM7:30@八文字屋、中川五郎の鶴見俊輔追悼投げ銭ライブです。
中川五郎は、1968年4月、鶴見俊輔を慕って、鶴見のいる同志社大学新聞学科に入学し、1970年鶴見俊輔が同志社大学に機動隊を導入した事に抗議して、大学を辞職したのに、中川五郎も、それに同調して、同志社を退学した。196年頃から数年、五郎ライブ&鶴見俊輔講演いうが関西では定番集会でした。また、1969年の岡林、高石、中川の対談集「フォークは未来をひらく」(社会新報新書)には、鶴見俊輔が帯文を書きました。
また、中川五郎のわいせつ裁判でも、1974年鶴見俊輔は、大阪地裁で五郎の弁護証人として、法廷に立ちました。(この時の僕の撮った鶴見俊輔写真を昨日、さっちゃんが、僕のコレクションから発見)。
この追悼ライブの3行告知を出して頂ければ、幸甚です。
因みに、明日(木曜日)、7:30~12:00過ぎ、さっちゃんが八文字屋で一人で働いています。
8月11日は、僕も病院から抜け出して、鶴見俊輔との48年について喋る予定です。』

『8月22日PM8:00~@八文字屋、趙博さんの鶴見俊輔追悼、甲斐扶佐義快癒祈願、投げ銭ライブてす。
信じられないくらい何年も八面六臂の活躍をを日々続けているパギやん(『百年節』のパギやん、『唄う浪速の巨人)から8月22日八文字屋Liveのプライヤーが届きました。
今年になっても、金守珍の「二都物語』に客演したり、心境著しいパギやんの今年初めての八文字屋LIVEです。
1年前から、今年は、ほんやら洞で鶴見俊輔さんも招いてLIVEをやりたいね、八文字屋30周年だ、と言ってくれていたパギやん、奇しくも僕の66歳の誕生日にほんやら洞全焼から再出発を期した「ほんやら洞日乗」出版パーティで「イムジン河」を歌ってくれましたが、8月の八文字屋では、残念なことに、僕もパギやんも共に敬愛して止まなかった鶴見俊輔さんの追悼ライブをやることになりました。
加えて、カイ快癒の思いも込めての投げ銭ライブです。どうか、お友達をお誘いの上、少し広くなった八文字屋にお越し下さい!
また、フライヤーの配布もお願いします。
しばらく正念場が続く八文字屋です。
どなたにあっても同じでしょうが、とりわけ、8月は、なんとも致し難い程の厳しさてすね。パギやん節をともに聴きこの国?難八難を乗り越えたいものです。』

七転八倒とは、誰にも言わせない。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。
お客さんは、川嵜さん、梶田さん、草葉さん、不明2人、タカさん。
毎日新聞東京(学生新聞とか?)が鶴見俊輔さんの写真を欲しいというので、写真3点送ったが、次のが採用されるらしい。

1968年、負傷して日本の病院での治療中、シベリア経由、スウェーデンに脱走したテリー・ホイットモアさんが、25年後、かつて脱走に関わった東京、京都等各地の支援者にお礼参りに足を運び、集会も開いた。京都集会の後、ほんやら洞まで、テリーを鶴見俊輔さんが連れて来て、彼の出国後の岩国「ホビット」の事について歓談。写っているのは、テリー、鶴見さん、遠藤洋一(当時、福生市議)、大木晴子さん。(1993年、京都ほんやら洞)

八文字屋の浅利ちゃんからのメール
“川崎さんに写真を見せてもらったけど、
脚がかっこいいことになってるね!
梶田さんは「生きる限界芸術やな」、とか言っていたけどね。
その梶田さんが応援ボトルを入れてくれたので、
三万(略)の半分くらいだけど売上ありました。
川崎さんも空けようと呑んでくれたけど、あと少し!
あとは、ていこさんの旦那さんが久々来店。終電のため一杯のみ。
外は観光の外国人ばっかり。
甲斐さんがこんな状況なのに、売上で心配かけてごめんね。
精一杯やりますので、治療に励んでください。
ごはん写真も楽しみにしてます。
あさり”

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2015.7/28(火)


Bakという黒いスポンジのような、そこらじゅうから膿を吸い取るモノを患部にあてがい、そこに小さなホースを設置して弁当箱のような機器(吸引器)を着けた。
リハビリ開始。
朝飯さわらの塩焼き、青菜の柔らか煮、味噌汁。
「朝食前に、袋から出して、仕分けしてて下さい」と言っていたので、ご飯を食べて、その後、薬を飲んでいたら、温厚な看護師が来たので「非効果的ね、マニュアルとはいえ、変な物いい、、」
言ったが、相手にされず、「8:30に私が来るまで、飲まないで!」と叱正される。8:28に飲み、彼女は、8:29に来た。
9:40~10:40リハビリ。1:30シャワー。2:00処置室に向かっているときにヨシレイさんが、見舞いに来た。
ヨシレイさんは、ノートパソコン、何十枚もの、僕の未見のDVD、パン、トマトジュース、缶詰、バナナ等の土産と共に、お見舞い。
彼女の後は、永田浩三著「奄美の奇跡」、高橋源一郎著「ぼくらの民主主義なんだぜ」、今日マチ子「cocoon」等を土産に見舞い。状況を知り、8月には、洛北高校OBを引き連れて、Save Hachimonjiyaで八文字屋に飲みに来るとのこと。8月15、16、17日はソウルとのこと。
八文字屋には、レオが入ってくれた。
お客さんは、ケイタ君、奈良井さん、アドちゃが、友人連れで。レオの友人3人、不明5人。
恋水先生に「このまま、退院して、自分で用心しながら、手当てをして暮らしたら、何れ位で回復しますか?」ときいたら、細菌が入らずに、上手く行ったとしも、2~3年はかかるでしょう。その代わり、膝の下がガビガビになり、歳がいったら、膝が曲がらなく成るということもあり得ます」と言われた。

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2015.7/27(月)


9:40 初回リハビリ。
11:20 お願いしていた皮膚科診断。水虫の有無等。
午後、風呂の後に処置。
Sには、病院の支払いの件で動いて貰う。
段ちゃんがリルケの「マルテの手記」を持って見舞いに来てくれる。
八文字屋には、サッちゃんが入る。サッちゃんは、先週来、僕の国民健康保険の件でも奔走してくれ、嫌な役割を引き受けてくれ、頭が下がる。
お客さんは、中日新聞の森さん、京大の依田先生、若い不明アベック、佐藤寛子さん、奈良井さん、段ちゃん、京大の牧紀男先生&NHK大阪の男ら6人、不明男。
浅利ちゃんからメール。

“甲斐さん

こんな状況なのに、厳しいねえ-
付きだし勝負も、
客が来たらもちろん打ってでているあさりですが、
最近の水日はかすかすです。すみません。
慣れないバイトの子の日に皆来て、
好き勝手やられるのはだまってられないね-(笑)
呑み逃げも出たとか?

でも今夜はR子ちゃんが、「facebookを見て感動した!
甲斐さんってこんなに店のことを考えていたのね!」
と言っていました。
いつも何も食べないR子ちゃんですが、
入院チャージ替わりにとあさりに一杯くれました。
実は心配しているR大のSさんも、今日も寄ってくれました。
こちらも一杯頂きました。
あとは、
大反省の奈良井さんが持ち込み料を払いにルパンのとこから来ただけです。なつきちがまたどっかで写真展中らしいね?
たぶんまたネパールがらみ。

ごろうさんのライブの日も、入るね-。8時にしか来れないから、
それまでかおりんはどう?とさっちゃんに言っておいたよ。

なにはともあれ、甲斐さん安静に!
しわしわのツルツルの足写真、おもしろかったよ。

では、また!”

ニュージャージーのサンディから2度長いメール。

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2015.7/26(日)


病院には宮腰夫妻が見舞いに来てくれる。
バイトは浅利ちゃん。
お客さんは、奈良井さん、四国中央市の鈴木さん、R子さん。

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2015.7/25(土)


病院には、元民主党南区市会議員の山本恵さんが見舞いに来てくれる。
八文字屋のバイトは、サユリさん。
お客さんは、元八文字屋のバイトあるいはお客さんを嫁にしている大学及び造園関係の男6人衆、冨樫、武藤さん、段ちゃん、モモさん。

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2015.7/24(金)


朝日は、ほんやら洞について、岡林、鶴見俊輔さんが作ったと報じた。
読売新聞は、鶴見俊輔さんに関してはほんやら洞2Fでの僕の写真を使用してくれた。
おかしいし、怒りを覚えるのは、京都新聞で15年間ストックしていた「鶴見俊輔グラフティー」用写真がいっこうに出てこないので、確認したら、返したとか、行方不明とか、コピーがあるが、真ん中に黒いラインが入っていて使いものにならないという噴飯物と言うか、記者の信義に悖る返答で、呆れて仕舞う。普通だったら、弁償乃至告発ものの話。
バイトは、サユリさん。
客は、オイタさん、ヨシレイさん、玉屋珈琲社長、モンちゃん、川嵜さん、不明5人組、香里園のご夫婦、奈良井さん、西沢さん、不明2人。ひとり、社民党から南区から立候補した男が金を払わずに帰ったとのこと。

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2015.7/23(木)


朝一にポカリスウェットのような物を2ボトル飲まされる。
2回目の手術。
八文字屋には、Sが入ってくれる。
お客さんは、琢ちゃん、浜ちゃん&ワカちゃん。
毎日の鵜塚デスクから、鶴見俊輔さんの件でメール。
「周辺情報では亡くなったのは確かなようですが、家族の対応がないようで、確定的な情報が流せません…。」
とだけ返答。
共同の小山鉄郎さんには鶴見俊輔さんの死亡に関する未確認情報があるとメール。共同は十分に把握してないみたいという応答あり。
夜、京都の河村さんからメールがあったようだが、出れず。
MBSTVの榊山さんから鶴見俊輔の件でメールが入るも手術の直後で睡眠薬を服用しているので、対応できず。
北口学さん見舞いに来てくれる。
鶴見俊輔さんは、7月20日に亡くなっていた。

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2015.7/22(水)


S、「明日の再手術、身内の同意書は?」というので、無しで行くと返信。
夕方、読売新聞の編集委員の森さんより、「鶴見俊輔さんの安否を確認したいけど、黒川さん、太郎さんも掴まらので、何かきいてないか?」とメール。
夜、明日の手術のために、「絶食」の札をベッド前にぶら下げられる。

あさひちゃんからメール。
“お身体いかがですか?
すみません、平日は次の日が早いので無理です。。 金、土なら喜んで!
8月のその日(11日)は京都にいない可能性が高く、申し訳ないですがとりあえず他の人にあたって頂きますようお願いします。”

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2015.7/21(火)


病院には原子力科学者の故水戸厳さんの娘さんと孫で元八文字屋バイトの桃子さんが桃、花を持ってお見舞いに来てくれる。Y社のKさんよりメール。

“甲斐さん
大変な状況でご返信下さり、恐れ入ります。
かえって負担をかけてしまい、申し訳ないです。
北京での展覧会、中国の人が作品をどう見るのか楽しみですね。
入院中、お店のことなど心配ごともあるかもしれませんが、まずは養生して下さい。不眠不休で何十年も働いておられた
と思いますので…
私はオックスフォードに滞在しています。
大学に在籍しているのは客員研究員の夫で、私は付属の語学センターなどで語学を勉強しています。
海外は十数年ぶり、欧州は初めてです。
今週から夏休みシーズンに入りましたが、街には中国人の子供~若者の団体がたくさんいて、日本人はあまり見かけません。
今更ながら中国のエコノミックパワーを感じています。
私は来春に帰国、4月から職場に復帰します。
甲斐さん、どうか無理しないで下さいね。
お元気になりますように。
K”

ヨシレイさんからのメール。

“昨日はなかなか盛況でしたよ。
いいつけを守らず、閉店は3時くらいだったかな。
ステファンチーム(初めて若い従業員を連れ)が自分の店を終えてきたのが12時前だったので、長引きましたが、
さえちゃんや、先日私と一緒だった北山モッズヘアの 足立昌人さんや、数人の友人が最後まで楽しくいました。
浅利ちゃんチームの鹿さん、え、、あとあの先生のお名前は、、、浅利ちゃんと一緒だった、、、。そしてもう一人の若くきれいな女性、私の知り合い数人。
段ちゃん、小川まゆみさん。

開店時のさっちゃんを始め、カオリン夫婦、あさりちゃん、閉店係の奈良井さん、と
お店に精通した方がうまくリレーでいてくれたので、安心でした。
なんと確かなフォローアップ。

奈良井さんとずいぶん話していらした、30年ぶりに京都に来たと言う、今はシリコンバレー在住のご夫婦も八文字屋を満喫。シメイ、ウオッカ、テキーラ、ジンなどバラエティー豊かにお飲みになる。しかし甲斐さんの不在とカリフォルニアでほんやら洞の消失を知った際には落胆したとのこと。
写真集一冊お買い上げ。お名前はノートに書いてあります。

最後の計算が合っていれば、売り上げは(略)、奈良井さん曰く、「上々」。
今朝になって合算の額が正しいか心配だけど、レジのお金が確かな証拠で、ご確認ください。

生ビールも浅利ちゃんがさっと新しい缶に取り替えてくれてた。
冷蔵庫のブロックの氷が切れ、浅利ちゃんが下でもうワンブロックを買ってきてくれ、最後それも終わったので、奈良井さんが汗だく走り回って氷を追加購入。
その、ジッパー袋の氷を冷蔵庫にそのまま放置してしまったことが心残りです。
袋の口はしっかり締めてあると思うけど、ひょっとして冷蔵庫の中で解けこぼれてないかな、、。

冷蔵庫のシメイビールが全部なくなりました。
それは、ステファンがほぼ網羅。
昨日はジン、テキーラなどの洋酒がよくでました。
特にパンテル敏子がよく飲み、おまけにカンパも。

カウンター越しに、楽しく嬉しく時間を過ごすお客さんを見るって、興味深いですね。
私にとって昨晩は、「真夏の夜の夢」的、甲斐日常潜入劇でした。
ああ、奈良井さん、最後まで優しく男らしくてステキでした。
今はこの日本の湿気がたまらなく好きです。久しぶりに日本の夏を泳いでいる感じ。
では甲斐さん、また会いにいきますね。
昨日のことで何かあったらメールして下さい。”

ヨシレイさんよりのメールへの返信。

“ヨシレイ様
本当にありがとうございました。
今頃、身体中が軋んでいるのでは?心配です。
売上の事迄心配させ、ごめんなさい。
僕の実体経済は、途方もないので、(愚痴ってもしかないのですが、僕が日中、原稿書き等で働けなければ、、、)「上々」となかなか言えないのが、実情で(中略)
ともあれ、ヨシレイさん、奈良井さん、佐枝ちゃん、パンテルさん、足立さん等のお陰で賑わい、楽しい場を演出出来て、皆さんに感謝していします。”

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2015.7/20(月)


アメリカでのキューバ大使館再開。
シルヴァン&佐枝・カルドネルのファミリーとパンテルさんの子供、女優の岩澤さんが見舞い人。
八文字屋のボランティアは、申芳礼さん。
お客さんは、田村ケンさん、大西正彦さん、荒田しょう一さん、佳子さん、不明男、ウッチー&カオリン、足立さん、川㟢さん、鹿さん、チーちゃん、あかねさん、シリコンヴァレーからの榊原さん&友人、キムヤンヒャンさん、佐枝ちゃん、小川真由美さん、段ちゃん、ステファンさん一家、奈良井さん。

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2015.7/19(日)


秋田先生に傷口をブラシでゴリゴリやられる?
見舞い人多し。橋本猛さんカップル、大西さん、Tamotsuさん等4人一緒、ヨシレイさん、マサホ、鹿さん。
八文字屋のバイトは、浅利ちゃん。
お客さんは、松ちゃん、鹿さん、川㟢さん、あさひちゃんのみ。

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2015.7/18(土)


ヨシレイさんより、私、本当に入れる?OKなら、月曜日に入る、とメールあり。
あさひちゃんもボランティア志願のメール。
八文字屋、カオリン、サユリちゃんと二人入る。西村卓嗣さんが、病状を心配して来店。サユリちゃん、冷蔵庫の中を一掃してくれる。梅田さんという不明な方来店。「甲斐さんの従兄弟の知人」、宮越明子さん&フミ君、共同通信の長崎支局長・西出勇志さん、段ちゃん、中村一成さん。

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2015.7/17(金)


Sより、見舞い行きのメール。昏睡中の脚、顔画像届く。
浅利ちゃんより、脚画像見たとメール。
ヨシレイさんより、旅立つコウモリ画像届く。
お客さんは、段ちゃん、あさひちゃん。

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2015.7/16(木)


どうやって起きたのか?
台風が来ていたので、長岡からSは来れず、代わりにカオリン&ウッチーが来てくれた。
ルーターもないので、手術の痕をカオリンがケータイでUPしてくれたが、それがえぐいので波紋を広げた。

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2015.7/15(水)


10:00に心配して付いて来ると言うSと西院の駅で待ち合わせ。
その前に、判決後、初入金に四条河原町のBkへ。
西院では、一応、記念撮影。
兪クリニックは奥まった所にあり、リハビリとデイケアのおばあちゃんばかり。松ちゃんのお母さんもここに来ていたのだ。一瞬、来る所をまちがったか?と思う。
ずっと俯いている、吉川病院の副医院長は、脚をちょっと見て「ダメ!即入院!日赤?府医大?」と言うので、府医大と言うと即電話をしてくれ、タクシーの手配もしてくれた。兪先生の奥さんに挨拶して、タクシーを呼んで貰う。兪クリニックでは指一本触れず、瞥見し、府医大に電話をするだけで、5500円なり。
府医大と電話で連絡が取れ救急で受け入れて貰えるというので、Sと共に急行する。西野先生、恋水先生、秋田先生ら医師数人と喋り、僕は、保険もないので、入院したくない、簡単な処置だけで帰りたいと言っても何を言っているのや、直ぐに両脚を切断しなければならないかも知れないのに、という感じで無視というか、否され、有無を言わさず、病院は着々手術の準備に入った。若い恋水先生は、手短に保険に加入してないのなら、当然、その分を払って当たり前、そういう制度だと説教される。即、手術の手配をし、3:30に手術に入ったのであろうか?
運ばれているときに僕を知っている(僕から写真を撮られている)と言う女医?がいるというのが、聴こえる。見れば美女写真集にも出しているキョートヤのお嬢さんだった。「早稲田の建築に行くと言ってなかったですか?」と言うと、京都工芸繊維大に行き、今は、ここという。MRI等の検査に行くのをSはカメラにおさめた。3時間内に手術は終わり、1時間位で麻酔が覚めるだろう、ということで、その間、Sは、清水哲男さん、ウッチーらに連絡をしてくれた。清水さんは、保険とか、場合によっては、生活保護を受けねばならなくなる可能性もあるので、鈴木マサホに連絡せよ、とSにアドバイス。Sは、ウッチー&カオリンに連絡して、二人が車で来てくれ、八文字屋に有る荷物をまず、取りに行ったのが、丁度、祇園祭りで四条通りが歩行者天国になる直前。さらに、吉田の家に着替えをSが取りに行くのも車で行ってくれた。僕が意識をとりもどしたのは、夕方で、2~3時間走り回ったSが到着した時は、僕はもう意識がハッキリしていた。オチンチンには管をつけられ、不快だった。
Sと少し喋り、他にも連絡すべき所には、Sに連絡を取ってもらった。鈴木マサホさんは、東京に行く用事があるので、次の土日に会おうと言ってくれる。僕は、ゼリー、プリン位しか食べられないと言うので、それを2個ずつカオリンが買ってくれた。
八文字屋は、浅利ちゃんがバイト。枚方の安川さん来店。
常連は、川㟢さん、段ちゃん、Hataoさん、森重さん、永澄さん、オイタさん、海人彦&むさし、古谷&友達、鈴木さん。ディック、祇園祭り成功したかな?
国会では、安保法制が発議された?

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2015.7/14(火)


クーラー始動せず。家で4:00までノンビリする。ルネで、食っているところ、ヨシレイさんが電話。今、八文字屋前、会える?もちろん、会えず。
出町で買い物後、〈八〉へ。
脚ダメ。まあ、明日の病院に行けば、何とかなるやろうと思うが、元気出ず。
八文字屋は、トップ客は、鹿さんグループ、「病院用に」と金を貸してくれ、心配し続けてくれている奈良井さん、オイタさんの蟷螂鉾売店冷やかし帰り寄る。洞爺湖サミット用料理の白馬での二週間合宿帰りの竹ちゃん、脚を心配して駆けつけてくれた鈴木マサホ市議(まだ、『ほんやら洞日乗』を持ってなく、買う)が来て、写メ撮る。ついで、谷川渥さん、ペテ、ルパンも来るが、皆、気遣って、12:00に帰る。僕は、八文字屋泊まり。FBに兪クリニックに行くつもり、ポストすると、稲葉真以ちゃんが「いいね。兪先生によろしく!」と書き込む。

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2015.7/13(月)


大分地震。
何度か起き直す。10:00過ぎ、変な夢。
市役所の中で店をやっているらしく、電気が止まるよ、と電力会社集金業者が来て、「こないだは大変でしたね」と言い、皆はきょとんとしていると、誰かが、うちの店は?いつ支払いか見てみたいと鍵を開けて貰い、夜、市役所に入ったり、夜やのに、明るく、僕ら(若いのかな?)近くで大きな展示会があるのに、野球に打ち興じていた。わがチームは、ノーアウトから、ライト線の強烈なヒットで出塁。僕の打席で、スリーボール・ワンストライク。さあ、いくぞ!という段、市役所から、3人の名前を呼び、緊急に避難せよ!火災が発生しましたという緊急発令があり、見ると、みるみる火の手が上がっている。
今からでは間に合うか分からないが、逃げる前に、部屋に戻り、ネガ、ノートを探すが、なかなか見つからない。
僕の部屋には、昔、妙顕寺で一緒の(そのピップエレキバンに就職し、退職後は、千葉で隠居、釣り三昧の生活に入っているはず。優雅なサラリーマン生活を送っていた。当時、僕より2歳年長の山川方夫を読み、ショパンばかり朝から聴いている立命大生)村上さんが来ていて「カイ君に借りた本を返しに来た」と言う。どうやら、展示会の帰りで、図録も持っている。「そんなものより、この部屋のネガを持ち出して!」と頼む。
もう火の手が二階まで来ているのに、市役所の内部にいる人たちは、気づいてない。
「警報を訊いて!」と言い、やっと、みな慌てて、逃げ始める。
僕は、生きて脱出できるか不明だけど、「また、火事に会った!」と愕然となりながら出ようとする。
出火原因は、さっき、店の電力盤を見に上がった男と関係があるのでは!?と思う。
学生下宿みたいな家に戻ると、色んな連中がたむろし、雰囲気は宴会だ。飲み食いするものはないというのに。見れば、1Fの押入れの隅には、宜野湾の不動産屋のYが膝を抱えて休んでいる。
隣の部屋で、先日の続きの話をしたがってるそぶりを見せるが話をかわす。先日の話は、僕も不本意だったが、もうどうでもよかった。
そんな夢。
昨日同様、今日も暑い。
脚がパンパンに腫れてきた。腫れているせいで火事の夢を見たのか?
昨日、一昨日と食欲がなかったのだが、なんとか、食欲が出て来た。
珉珉で餃子三人前と冷麺を食った。

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2015.7/12(日)


猛烈な暑さの中、朝、やっと、7:00に寝付くが、昼前には、眠れず、身体中に痛み止めを貼る。(今回は、傷口にこれを貼った事から化膿がはじまったのだが)安倍晋三は、強行採決をやると宣言して、それに対する若者たちの反発に火がつき始めた。
Oリングについて、日向太は「オールタナティブ医療ね」の一言のみ。ついでに篤太郎にも津村喬が下鴨の鈴木医院のOリングと具体的に名を出しているので、これについて質問。返答は、「施術者が、その限界についてどれだけ自覚があるか、次第です」だった。高熱に魘され、食欲もなく、八文字屋についても、店をオープンするまで、ぐっすり、眠るのみ。
浅利ちゃんのバイトだが、暇。
荻野晃也さんが、八田さんのことを心配してくる。ウッチー&カオリンのライブ。オモロイ友人の歌い手もくる。オモロイけど、脚が疼いてダメ。

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2015.7/11(土)


ウッチーが、2~3日前か「車で連れて行くから病院に行こう!保険は後からでいいのじゃないですか!?」と言ってくれていたが、ずっと自然治癒を信じていた。が、あんまりしんどいので、いつも懇切丁寧に面倒を見てくれている西村薬局に見て貰いに行く。流石の西村さんも、一眼見て「こりゃ、あかん!」とあきれた。「病院に行かんとあかん」と。僕は西村さんなら何とかしてくれるのでは、と甘いことを考えていた。「病院に行って!」と言いつつも余分1回分の軟膏を塗ったガーゼを「はい、もう一回分よ」とくれ、その場の処置貼付を済ませ、5回分のTuMixをくれ、滅菌軟膏を貼ってくれた。これと何処かから貰える抗生物質があれば、自力で何とかなると素人考えでいた。それにしては、やや辛い。
営業時間までぐったり。それでも、営業を兼ねて、ギャラリー・ヒルゲートに顔を出す。「永澄さんのパーティの件は?」と訊いても「永澄さんしか知らないでしょ」との返事。
店が終わって、夜中に日向太にメールすると、西村さんから貰った薬の名をいって!と言う。勝手に成分かなんか気になったのだろう。後で思い出したのか?北京日本文化センター展、おめでとう!と言い、病院に行った方がいいとも言ってくる。
「皮膚科か緊急やろうな、以上」と送って来たので、調べると火曜日、百万遍の皮膚科が開いているとあり、症状から言って、ここに掛かろう決意する。が、待てよ、兪クリニックという手もあるなと思い、電話。「お出で!お出で!水曜日に僕は、おらんけど、吉川病院の副医院長が午前中来ている」
さゆりさんバイトだが、客、ほとんどなし。鹿さんの後輩2人が来て、後は、永澄さん、八代共同通信の大阪の文化部長、元NHK記者の小田さんが来て終わり。
今日も辛かった。

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2015.7/10(金)


寝つき悪し。
2:00まで、家に居て、ルネに行くも食欲なし。
4:00~8:00は家でぐったり。やはり、病気だ。
脚が余りに腫れ、膿がで始めたので、快方に向かっているかと一瞬思う。兪クリニックを思い出し、電話をすると吉川病院の副医院長が15日水曜日にくるのでお出で!と言う。で、百万遍の医院をやめる。
昨日から毎日、消毒しているがラチがあかない。
バイトは、彩有里さん。彼女も誰か抗生物質を持ってないかと電話をしてくれ、薬局にも客にも持っている人殆どなし。あさひちゃんは「奈良井さん、抗生物質を持ってない?」と北海道出張中の彼に電話。彼から電話で「病院行く金位は、貸します。まず、病院に行って下さい!それと日向太くんと相談をして下さい」と言われる。百万遍界隈の皮膚科を調べたら、1軒ある。火曜日に開いていると判り、火曜日にいくと決心。永澄さんより、8月3日の彼の還暦祝いのパーティの案内ある。Wu Hao 、北京日本文化会館の後井さんとのメール応酬続く。
客は、星野高志郎さんくらいのもの。やはり、酒、受け付けない。やや、発熱。
ほとんど誰も来ないので、12:00閉店。絶不調。閉めた後、奈良井さんが来たらしい。
沖縄のお土産、ほとんど、誰へも渡らない。
それくらい暇。ディックより、Yoigokochi@祇園祭の案内。
西村さんより、軟骨は、テラジアパスタ軟骨5%と連絡。

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2015.7/9(木)


昼まで八文字屋にいて、吉田に帰る。
ルネでも、松屋でも、食欲なし。西村薬局に行く。応急処置をしてくれ、薬を親切にも持たせて、帰してくれる。軽く軟膏塗り処置をして貰い、ガーゼでの処置もしてくれ、更に5日分の薬もくれる。「これは病院に行かないと絶対治らない」と断言される。病院なんて行きたくない。自分で、こん畜生!と呟くも如何ともしがたい。
4:00八文字屋について、横になって、8:15に客が来るまで、ぐったり。酒、全く受け付けない。
どうやら写真ファンらしいと思ったが、不調なので、つい、にべもない対処をする。
「土門拳より、岩合光昭より凄いぞ!」と言ってくれる戯れに応えられない。
清水さんも明日帰る前に来て居るのに、清水さんの八文字屋での写真展等に話して置かねばならない事があったのに、無駄足踏ませて、悪い事をした。
夜遅く、4:00頃にフランス人3人(バンソン、アドリーヌの知人)来店。
6:00に帰る。今日も八文字屋で寝る。

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2015.7/8(水)


10:30ぐったり。
沖縄くんだりまで来て、Sとは違って、僕はホイホイ新味の喫茶店に敢えて行こうという気は起こらない。
朝から、1キロ以上歩いて探すも、まだ、開店前。へとへと。
那覇滞在目的の一つに朴プンジャとの面会だったというのに、最後まで連絡が取れず、戻る直前にラッキーにも偶然に会えたのに、疲れで喜びも半減。話はSに任せる。食欲全くなく、食物を見るのがうっとうしい。
本当に重い足取りで帰途に着いた。6:35四条河原町着なのに、八文字屋着は、7:25。ぐったりだ。万年寝太郎のように、横になっていると直ぐ、帰洛を待ち侘びていた清水哲夫さんがヨッシィと来る。なのに、少し焼酎を舐めると立ち眩み、吐気がしたのには、我ながら、動転。清水さんもガッカリして帰る。
浅利ちゃんも。後は、常連もほとんど客なし。あったとしても、朦朧として覚えていず。本当に気分わるし。
12:00に閉店して、横になっていると、女の子二人が12:40に入れてくれと来たが、断る。

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2015.7/7(火)


辺野古移設反対派の座り込み一周年の今日を密かに目指して乗り込んだのに、脚芳しからず。 県美術館も、陶器会館定休日やら、臨時休業やらで、公設市場周辺をうろつく。
街を彷徨き、また、夜、清水さんご夫妻に散々ご馳走になる。「少しだけでも」といっても、カンパ、カンパと笑い飛ばす。ありがたし。
飲み終えたら、ぐったり。最後はお洒落な店でしめ。清水さんは、流石、元記者、思わず、色んな取材を飲みながらもする。明日の朝は、あの喫茶店へ行けと言ってくれるが、元気なし。

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2015.7/6(月)


爽快であるべき沖縄の地に来たというのに、脚痛で心楽しからず。来る前は、だんのう保育園の袋中上人のゆかりの地も余裕があれば、と漠然と考えていたが、それは、アドリブ以外の何物でもない。沖縄本体の魅力と四つにくまねば。何事も無理に無理を重ねてきた結果だ、ノー・ウェイ。
まず、H・Sに電話。
昼前に、ともかく、首里城へ行く。外容は、立派だけど、中は、少し、手を入れ過ぎていて、ややチャチ。首里城前まで、タルに迎えに来て貰う。
そこから、佐喜眞美術館へいく。大変立派な美術館だった。
増田常徳さんの展示は、素晴らしかった。予感的かつ黙示録的。屋上から普天間基地が一望にできるのを魅力と言うべきか、怒りを持って指弾すべき。数年前キューレーターの女性が見えて(今回も同一人物のはず)魅力的に語った。ホンソンダムさん版画展をやる美術館とは?関心もあったが、それがために、ぼくは佐喜眞にきたのだった。八文字屋に見えた方のはずだが、僕が八文字屋と言わなかったせいもあるかも知れないが、先方は、当方を覚えてなかった。亀甲墓も最大級のものと思われる。ダグラス・ラミスさんの帰国は、7月10日らしく会えないが知念ウシさんの「ウシがいく」(沖縄タイムス社)をお土産にと思ったが、3日間、誰の世話になるやもしれない。現金をキープせねば、また、八文字屋の面々の事を考える、酒の土産なしはヤバイ。
清水正夫さんとは、6:00に栄町で会う約束だったが、H不動産屋からの電話が遅くあり、いっぱいやりに行こうと言うので、清水正夫さんとは7:00桜坂劇場で約束。Hの息子は良い男だった。
タルは、中城の廃城址に案内された。時間があれば、斎場御嶽に行きたかったが、時間、エネルギー、共になし。
問題なのは、明日、朝早く起きて那覇から70キロ先の辺野古へ行けるかどうか?脚の疲労には、かなり、厳しいものがある。
H氏には、何人分ものの山羊のルイベを頂く。本来なら、ブツ切りにしたものを刺しと言うのだが、上品ぶった、高級志向な店はルイベにするのだと、H氏は言う。H氏は、修羅場から逃げて、安易に離婚して、今日に来ている僕を信頼出来ない、俺は、死物狂いで家族を守るために、1989年には、二級建築士の資格を取り、今日の地位を獲得したのだ、甲斐さんは修羅場を潜ってないだろう。そんな甲斐さんが「八文字屋を買い取ってくれといっても(そんな事は、一言も言ってないが『ほんやら洞日乗』を読んで、そう思ったのだろう。彼から見れば、沖縄に、ラミス、石川真生、石川文洋に会いに来た、知っているというのは、有名人好きな権威主義と見えるだろう。彼は、昔からコンプレックスを反転するのに、力があった。竹中労・平岡正明・太田竜の「三馬鹿」に凝っていた。そんな話題にも彼の思い込みにも一歩も踏みこまず、立身出世話を黙って聴いた。)俺は買わないよ」
その場で別れ、桜坂劇場へ、清水さんご夫妻に会いにタクシーを飛ばした。チョイさんらは、今日は、陸上で会議らしい。新里健さんも、こっちから連絡すると言っていたが、多分、会えそうもない。まあ、新たなアクションなくとも十分に忙しい。
清水さんご夫妻との街歩き、楽しかった。奥さんの同級生に遭遇したり、「会員制」というのは、ゲイバーとの事。奥さんの那覇高校の同級生は名士ばかりと図らずも知らされる。ま、県ナンバー1の名門校で、還暦とあらば、そんなもんか。新屋台村に市長を案内する商店街の会長に遭遇。この屋台村は、実験的に数年やり、改変を見込んでいるらしいが、競争率は、100倍に垂んとするらしい。
7月16日には、無くなるという、渋い店を見て回る。
時間はなかったが、芥川賞作家、目取真俊のルポ物を読んで来るべきだったと急に思う。八文字屋は、レオ任せ。

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2015.7/5(日)


7:00起床。
武市さんに聞いた北上田さんの電話 、掛けるチャンスはあるか?初日から、左踵痛し、さながら、骨の痛みの如し。で、揉む。すると、血管の問題、血液のもんと納得する。
生活の柄 のモリトさんに会いに行けとRyotaroよりメール。
モリモリのシマ(ボトルネックとか、28万石とかも推薦されるも、飲みに行く訳ではない)もあったが、二日間あまり寝ていず、先行き不安。
9:00吉田の家発。左足の踵が歩くたびに気にかかる。
11時27分JR大阪駅発関空行き列車。大阪駅でタルから電話あり。
那覇4:50着なのに、6:00位になる。初めての沖縄の地は、无せかえるほどの熱風。この感触は、17年前のインド以来のもので、心地よい。体調が良ければ、どんなにか楽しかっただろう。新里健ちゃんは、会う目処立たず。朴プンジャは掴まらない。
タルには、宿の「行燈」まで送って貰う。
一緒に飲めるのは、家の引越し作業もあり、今晩しか有りそうないので、家に一旦戻り、女房を運転手にして戻って来ると言い残して、一旦、帰る。その間、「生活の柄」探しに行くも看板を発見出来ず、散々歩いて、両脚を痛めて、ホテルで一休み。桜坂通りに飲み屋が多いと言うので、探すが、日曜日のせいか?目星しい店を「桜坂劇場」界隈で探し出せず、「カラカラ」で待つ。10:00過ぎに夫婦でやって来る。今日も運んでもらい、明日もお願いするので、ご馳走する。戻ってロキソニンテープを貼っていて、痒くなって部分を掻いて(これがいけなかった)更に、テープ貼り、それで雑菌が入ってしまう。八文字屋の様子、浅利ちゃんにちょっと訊く。

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2015.7/4(土)


9:00起床。
午前中、家でダラダラする。午後のプロレス文化研究会があるので、ユックリできず。
出町で買物。2:00からプロ文研。プロレス界では小学校時分に馴染んだルーテーズは巨人だったと知る。5:00まで。
サンダル買いに行く。結構、高いのに、びっくり。デモに遭遇。ワンカット。8:00から木元さん、初バイト。
初めて来沖の前日、まだ、滞在費なし。
タルに泊めてくれと言えば良いとタルの親友、松本圭一郎君が言うが、奥さんも知らないし、こっちは二人だ。甘える訳にはいかない。
で、12:00から15時間働いた。
お陰で?プロレス文化研究会の面々は半数、夜も来てくれる。
沖縄通の武市さんも、訪沖前日どんぴしゃり来て、海上保安庁の連中と一戦まみえる北上田さん(チョイさん)の船に乗せて貰えとアドバイス。Ryotaroも「生活の柄」という店を教えてくれる。懸念は、眼鏡のレンズがポロポロ落ちることだ。そうFBに記したら、何方かが、大阪に行け!10本5000円だと書き込んでくれる。
ウッチー&カオリンも来て、7月6日に入ってくれると言う。感謝。
ジャーマン、近藤和見の父、ゆうじさんも来て、拾得の七夕祭りライブ会場の中山ラビさんも。「沖縄に発つのはいつ?明日、会えないのなら、今から、遅くなってもいく」と電話何人かラビさんの顔を見たい客が残る。やや遅く、パセリ、佐々木米市さん、古閑さんら大勢を引き連れてきてくれた。「勇造が、甲斐さんにことづてがあると言うので、あんたが直でといったのだけど」という送りものがあった。添えられた勇造の手紙には「例年、東北の被災地にTシャツの売り上げを送っているのだけど、今年は、甲斐さんに送ることにした。それだけでは足りないので僕の小遣いも足す」とあった。最初に会った時の事は鮮明に覚えている。1969年から1971年の春までは密度の濃い付き合いだが、その後はさほど親しくしてなかったが、誠実な性格には好感を持ち続けている。同世代人としての友情だろう。感謝!
初バイトのサユリさんが帰った後も立命大の堀口さん、東大のマナちゃんもおそくまで付き合ってくれた。朝起きれるか。寝ないでおく。
4:10帰宅。

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2015.7/3(金)


7:30起床。1:00まで、家で目取真俊「魚群記」等を飛ばし読み。
水道のメーターの検針。3月分で3300円。
今日も学食、高くつく。
大江健三郎vs古井由吉の対談集読了。22年間に数回やったものが、一冊になっているのが、凄い。読みでがある。
Namiita Alleyに良平君の展示を見にいく。
Sは、書道。段ちゃんとゆっくり飲む。高橋源一郎の「図書」7月号の記事について、ツイッターに書いたのを彼、見て、読みたいと言うので、見せたら「なんだか、気持ちが悪くなった」と言う。
客、土曜日なのに、少なく、落ち込む。森重さん、奈良井さん、オイタさん、沖縄情報をもたらしにRyotaroも来る。
夜中の3:00閉めようかと思っていると、海人彦が来る。読み終えた大江健三郎・古井由吉の対談集をあげる。

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2015.7/2(木)


5:00過ぎの木屋町ツーカット。(祇園祭りの提灯、飲み屋から出て来た学生)。
松屋。朝飯(焼き魚定食、とろろ)450円。
6:00帰宅。読書後、7:00就寝。
11:30起床。2:00まで家でダラダラ。脚の湿布。学食では、7品と食い過ぎ。677円。
ルパン、不調気味。八田さんの事を言うと「俺も悪い」と言いつつ、沖縄に行くと言うとリービ英雄の「星条旗の聞こえない部屋」をくれる。
清水哲男さんは、7月5日に上洛。8,9日に会えるかも。FBに沖縄の清水正夫さんが朴豊子の「初代かずひろ」を探しに!行ったが、「この2~3ヶ月開いてない、潰れたのでは」と言うお向かいさんの証言を伝えて来る。それにしても、プンジャ、メールでもくれればいいのに、辛いこと、言いたくない事があるのか。
Sは、職探しに大阪まで行くが、芳しからず、夜は、オイタさんの誘いでコンサートホールへ行く由。そして、祇園の知人のBarに行く。
トップ客は、また、7月1日付で金沢転勤らしく大日本印刷の?知人のやはり邦楽に関心のあるSさんを、良かったら、茂山あきらさんの弟子へと口を利いてほしいと言う。元木下恵介館の館長だという話をしている所に、喧嘩売りに慶応出身のいじけハイデッカー学者(一瞬、三脇康生と勘違い、似ている)?が来る。
「気分悪いわ、ここには、敵が来ている。白井聡という左翼が来ているやろ!ここは、左翼の溜まり場、権威なんだ」といきなり、言う。後は、推して知るべし。ま、ボロクソに撃退して、お引き取り願った。龍大のSさんも来店。「ポール・ケントさんが亡くなった」と。
同時間、後ろの席には、木戸衛一さん一行が来る。後は、草葉さん、演劇の裏方が来ただけ。 木戸さん、裵さんらが「こなから」に行くと言うので、「ほんやら洞日乗」をミナちゃんへと託す。
村屋で良平君に会う。
3:00帰宅。

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2015.7/1(水)


梅雨本番、と思いきや、午後晴れる。昨日、新幹線で焼身自殺があったと報じられている。八文字屋、限りなく、最低に近いブルーデイ。
今朝は、10:00まで、八文字屋でゆっくり。吉田で3時間休む。
向笠ロボトミーの話題、誰とだったか、忘れた。
啄ちゃんも夕べいて、冨樫に捕まっていたのも、忘れていた。冨樫は、高い家を借りて、外国人旅行者に又貸しして儲けられないかと熱っぽく喋る。
夕方、昨日、見つからなかったFBにUP用の器具を取りに家に戻り、結局、リュックの中に発見。
昼、学食、食い過ぎ。京大看護3回生に「入浴についてのアンケートにこたえて」と頼まれ私的状況を応える。
4:30に八文字屋入り、5:00に西田さん来店。温ちゃん、Sと3人の聴衆。夜の客は、鹿さん、川㟢さん、奈良井さん、橋本さんファミリーのみ、浅利ちゃんのみのる君のみ。今日は、専らアップルで安く音楽を聴けるようになったとかが、話題。B's Komachi Angelが鹿さん、サッちゃんの同世代の音楽云々の駄弁り。八田さんに電話。骨まで転移で元気なし。浅利ちゃんが帰ってから「今晩は、浅利ちゃん!?」と堀口さんよりメール。夜、1:00には、誰も居なくなったが、お客さん欲しさに、5:00まで待つも虚し。大江健三郎vs古井由吉「文学の淵をわたる」(1993年分)を読む。第一章?には歯が立たず。
今日の第2回「生前遺作集」(365日のポストカードになっており、各日の誕生者名、命日の人、各日の事件メモ、あしらっており、遺作集なので、友人、知人のダイイング・メッセージを写真の下に併記)精読という発表会で用いたポストカード5点は以下の通り。話は前後左右、縦横無尽?に終始脱線。

2月1日のカード
写真:出雲路の姉御二人
誕生日:奥崎謙三、沢村栄治、ジョン・フォード
命日:ハイゼルベルグ
事件:嶋中事件 (1961年)

2月5日のカード
写真:ほんやら洞の看板猫。洛南高校の美術教師だった故渋田純さんがメッセージ。谷口友弘さんに連れられて来八と記す。郭徳俊さんについても触れる。
誕生日:白井晟一、ウィリアム・バローズ、大河内伝次郎、山田五十鈴、近藤栄蔵、美濃部達吉
命日:ピンスワンガー、留岡幸助(感化院)
事件:1971年反戦活動家、入国拒否90日後出国

2月11日のカード
写真:八文字屋でのナディア、シャンソン(バックの写真はケネス・レクスロス&井上志津子)Ryotaro&タケボー。
井上隆雄さんの甲斐評「甲斐扶佐義氏は、見るからに『いと怪しく、稀有なる事をなす』生きもののようだ。古今を問わない眼力の写真を撮り、陣風のように展覧会を催し、不可思議な蔭を内在させた思想と感性が匂いたつ本をつくる。時代の風潮には関心をもちつつも化合しない生きざま。都市の森を彷徨するとあるケモノのようなその生態が現在に問いかけてくる。」(これをFBにUPすると、森恭彦さんより、逆に、今出ている井上さんの『下鴨神社』写真をどう思うのか?との問いかけあり。)

2月16日のカード
写真:青空写真展を覗くホームレスのおっちゃん
誕生日:高倉健、中原淳一、安田靫彦、吉田喜重
命日:末川博
事件:米機動部隊、関東各地初襲撃(1945)
竹内浩一評「美しいとはいえない屋根裏の書庫のような八文字屋に友を連れていくと、僕の株があがる。インテリほど、八文字屋のとりこになる。ぼくも昔、友に誘われ、甲斐さんに会い、一遍に魅かれてしまった。」

2月27日のカード
写真:出町郵便局のむすめ、橋本ふくさん
誕生日:ロレンス・ダレル、西谷啓治、長谷川一夫、
命日:吉住小三郎(四世 長唄の唄い方)、平林たい子、山田無文、田中小実昌
事件:京大で民青と全共闘が衝突、負傷者多数(1969)
写真家・和田晶子評「昼間は、『ほんやら洞』、夜は、『八文字屋』、、、」

2月28日のカード
写真:水上勉&山田詠美
誕生日:市川白弦、福田平八郎、山川惣治、アンドレ・ブルトン、草野天平
命日:丸尾長顕
事件:第一回鎖国令

以上を随時解説?しながら、喋る。
神田さんは同女に行ったついでに、ほんやら洞跡前を通り「こんな狭い所で、あんなにも楽しいことができたんだ」と感慨を新たにしたようで、FBにUPしていた。

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CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


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