2015.6/30(火)


6:00帰宅。途中、空缶集めのホームレスさんのへたり込んでいる侘しい姿撮れず。それこそ、付随筋が反応しなくなった。というか、心配事が多いのか!?もっと脳天気になる部分では、ならなければ。
さあ、6月ラストデイだ。
10:40起床。血圧の薬、八文字屋に忘れる。FBにUPする器具も。
ルネで多めに食う。出町郵便局で吉田の家の家賃を入れる。「京都愛しの美女たち 2001」(2002年発行)に出ている同志社大のマーサ先生に声を掛けられる「大変でしたね、、、八文字屋は、木屋町のとこですか?NETで調べます」と言われる。(今月は、更新料も要った)八文字屋の家賃を入れてない。この一月が暇だったからであり、来月引越しするSの応援を少ししたからだ。でも、店の目減りぶりこそ凝視して、手を打たねば。
ここ数年、学生が飲まなくなった事、教師が教え子同伴で来店する事がメッキリ減ったことについては八文字屋でもよく話題に上るし、FBで何度も書いたが、その構造的な問題について、若者たちの絶望、若者たちの間で進行している戦争について高橋源一郎が「見える戦争と見えない戦争 (上)」(岩波の『図書』7月号)で得心いく指摘をしている。
甲斐北京展に関して、パリのウーハオさんからメール。北京の日本文化センターからの時期について連絡待ちだが、日程が決まり次第、資金繰りを考えましょう、と言って来て、更に11月ではどうか?とあり、もちろん、可能なら、よろしくと伝える。久しぶりに大豊ラーメンに行く。親が鹿児島出身のウッチーのパトリオティズムを想起。
元気なしでカウンターに立ったらアカンのだが、人生そのものが自他ともを騙し騙し風なのが辛い。共同の八代到さんに貸していた“PORTRAITS DE KYOTO”返送さる。
トップ客の冨樫は、8:00に来て、12:00過ぎまで、居る。9:00過ぎには、オイタさんが、多分、客なしは可哀想と慮って来店。夜中近くに、堀口さんが、杉本秀太郎さんの通夜、葬儀で僕がくるのを待っていたと来る。香港のお客さんを3人と、京都の最近、会ったばかりという木元彩有里さんも同伴。
木元さんは、明日から、石垣島等へ行き、7月4日にもどり、八文字屋にバイトに入ってくれる。可能なら、土日をお願いするつもり。堀口さんは、立命館大学は、後、一年半の任期と残念がる。
沖縄タイムスの新里健さんより、電話。ダグラス・ラミスさんは、7月11日まで、アメリカと知念さんに訊いてくれた。沖縄で会えないのは、残念だが、ラミスさんの活躍ぶりが想像出来る。

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2015.6/29(月)


疲れきっている。やはり歳だ。仕方ない。「長者番付45位!?えっ、持ちビルが借金だらけというのが、勘案されてないのか」と思うアホな夢をみる。夢の中でも苦しんでいた。やっと、ロマン・ヴィシニァックに次いで、菅江真澄の名を思い出す。昨日は佐藤守弘さん、呉ジンカンさんとのやり取りの中で僕の関心の在り処を示すのに必要な二人を思い出せなかったが、一日明けるとスッと出て来てスッキリする。今朝からデジカメのピントが合わないのは、昨日、カメラを落としたせいか?粗暴な性格、身の熟しせいか!と慙愧の念にかられていたが、今、オートの設定がマニュアルになっていただけと判り、パセティックになる傾向にあるのを自戒。
ルネで446円の食事。目取真俊の小説がないので、注文。
早々と八文字屋へ。
Sは、家の契約を済ませ、朗らかになったようだ。座敷に出る前の芸妓を撮る。大黒そばでニシンそば。三条ジュンク堂にいき、7月15日閉店と聴く。8月末には、BAL店でMARUZENとしてオーブンするのを聴く。達磨体型の外国女性を撮ったが、正面撮影は手ぶれ。撮影態度についても、自戒。長田弘ではないが、深呼吸が必要だ。
7月1日のトークの準備をする。「生前遺作集」2月に、我ながら、流石に梅写真なし。が、花鳥風月派に囲まれてないこともない我が身なら、2月写真トークなら、自分と対局の写真家、美学者も顧慮せねばと、遅まきながら、というか、泥縄で「ほんやら洞日乗」と交換した谷川渥さんの「幻想の花園 図説 美学特殊講義」の桜、梅の項を読む。引用されている小野小町や西行の歌を僕が覚えているのにビックリ。Sは、沖縄の宿を決めていた。牧志駅付近。夜、圭一郎君の親友タルに電話。有難いことに飛行場まで迎えに来てくれるという。
客は、低調。鹿さん、段ちゃん、片山さん。その後11:40まで客なし。もっと来い!もっと来い!沖縄の旅費がないぞ!と思っていると、やがて、朝日放送の山田健太郎さん、佐藤真弓さん(ウッカリ、写真を撮り忘れる。俺も焼きが回ったか?)、政光の同級生等4人来店。「ほんやら洞日乗」を朝日放送京都支局用に買ってくれる。
2:30閉店。1時間30分眠る。1:00に閉店出来たが、5:00まで居てしまった。月末だから、稼ぐ心持ちで望まざるを得ない。そういう稼業だ。が、見事に読みを外して空振り。少々、酔いが進行して、本読みもままならぬ。
若い外国の女の子に日頃から追っかけられていたが、言い寄りの手紙がキショイ!と思うという脳天気というか、被害妄想の夢まで見たり、4:40にワッキーが来て、売上が伸びたという(残念な)夢までみる。


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2015.6/28(日)


9:00帰宅。
かつて、マリア書房から出ていたアート誌に連載していた写真との関わり方の自分史を記したことがあり、その一冊が焼け残っていたと思い出し、これを手掛かりに「キッチュ」対談で喋ろうと昼まで探すが出てこない。
慌てて、出町での買い物を済ませ、八文字屋に、1:00に到着。エビス屋では、レジの女子大生に「写真、撮っていたんですね、『となりの人間国宝さん』見ました」と声をかけられる。八文字屋で気がつけば、ルーターなし。永澄さんも、再度メガネ探しに。高そうな違う丸メガネが出てくる。多分、茂山あきらさんのものに違いない。
呉ジンカンさんと佐藤守弘さんは、2:30に登場。サッちゃんは、ハンディカム、阿闍梨餅持参。きっちり2時間撮る。話は、散発的だったが、ネタは、ほぼ出揃い、何れ、筆談対談へと持ち込めそう。鼎談の前にロマン・ヴィシニァックは、思い出したが、笹森儀助の先行者として、菅江真澄を思い出そうとして、名を思い出せず。エスノグラフィシストとの甲斐の先行者に誰がいるのか?ということも話題になる。呉ジンカンさんは、伏見の酒「一刀流」持参。「裏精華大学史」をやる必要もあるね、との別課題も見出す。
「生前遺作集」を買ってくれた佐藤守弘さんは先に帰り、Sは、高槻の妹の家へ。呉さんは残り、来春出産を控えた奥さんのことも気遣いつつ飲み続ける。
そこに星野高志郎さんが顔を出し、自分のスケッチを出し、何時もの講釈。啓蒙家の悲しい性。これをも撮影。
呉さんは、「家畜人ヤプー」を台湾で出版するのに仲立ちしたようだ。康芳夫さん、都築響一さんらについての雑談も面白い。父親が国家保安局の中枢にいること、自分の軍隊経験のこと、社会変革への自分の立ち位置(スタンスと信念)についての好感を持てる認識は面白かったが、僕はルーター取りに一度家に帰らねばならぬことばかり気に掛けてゆっくり聞けずじまい。そこに、ウッチー&カオリン&ツインズ来店。シンクに溜まっているグラス類をウッチーは、見るに見かねて「溜めすぎ」とやや怒りに近い気分を抑えながら、洗っていた。「浅利ちゃんがくるから」と言っても「溜めすぎ」と。家を往復して戻ってもウッチーは、溜めすぎうた?歌いつつ、洗ってくれていた。8:00に遅れて来た浅利ちゃんに「洗っといたよ」と言い残して帰る。
直ぐに、草葉さん、本郷尚子さんの知人が「アスタルテ」帰りに来て、今回も浅利ちゃんに会えたことを喜ぶ。明日は、民博行きと。海人彦が、中高の同級生同伴、奈良井さん、明日、京都を発つと言うバンソン、アドちゃん、和見の父親、上田ユウジさん、そして、和見も。
6:00まで八文字屋でダウン。

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2015.6/27(土)


8:00起床。10:30まで八文字屋。松屋、定食。
6:10起床。10:30まで店でダラダラ。帰りに鴨川でカメラを忘れたかも。
体調が優れない日は?iPadも不調。Lola Edwardsさん(スウェーデン)とFB友達になる。(先日来店)。
ルネで食事を済ませて、鴨川、松屋でのカメラ探しも空し。
桝形通の鋸屋さんにメガネのボルトを締めてもらいに行く。(そこに九州の姉より電話)もうボルトが曲がっていてダメと言われる。5:00の映画鑑賞には、西田さんと真実さん(沖縄行きに少しカンパしますと言う)も来てくれ、「標的の村」を一緒に見る。骨太で迫真のドキュメンタリー、憤りと涙なしに見れぬ。岡林のLIVEに行けず。後で、北川さんが来て、100人しか入ってなかったと言う。
FB友達になってわかったのだが、和太鼓をやる川端純子さんという岡林ライブ帰りの方も寄ってくれる。
温ちゃんのバイト最終日。オイタさん、咲ちゃん、次いで、「となりの人間国宝さん」を見て、来たいと思い来たが、入口で少し躊躇する精華の3回生(ポピュラー音楽学科)の米田まりこさん(芦屋出身)が同級生の熊沢紗世さん(岐阜出身?)同伴。段ちゃん、バンソン、坪野優太郎さんグループ、深夜に山之家さんが、カウンターにうつ伏せになるために?入って来て、4:00まで。彼が起きるのを待って、ウトウトとしていると「まだ、やってんの!?私!判らないの?ダメだ帰る」と上の階から降りて来た女性が言う。ティル夫妻、箕面の奈良井故父宅に引越し。一晩、奈良井さんと飲みあかしたようだ。
そのあと、8:00まで八文字屋で寝る。

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2015.6/26(金)


梅雨本番の感あり。この一週間が勝負。S、新居契約で入金済み。学食で、590円(坦々レーメンこみ)。
肉じゃが、シャケカマ焼き、焼きナスで、夕飯。付き出しも同じ。
2ヶ月ぶりに、お客、18人入る。永澄さんの定年記念。古希の客3人いる。國重游さん、高橋幸子さん、初来店の丸川哲史さん、毎日TVの西村さん、村澤真保呂さん、木戸衛一さん、杉村昌昭さん、吉澤周平記者らのグループ13人、娘が「となりの人間国宝さん」を見たという高松樹さん&後藤さん&川島先生、奈良井さん、「ヴィラ九条山、今、誰かきていますか?」というジェローム・ブルベスさん(ジョルジュ・ラヴォーダンという演出家の名を咄嗟に思いつかず)、ウッチー&カオリン(カオリン来八一周年記念日)1:30まで。永澄さんがメガネがない!と探すも出てこないと。
八文字屋に沈没。

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2015.6/25(木)


昼、出町買い物途中にほんやら洞のお隣の阿部さんの妹さんに掴まった。
「甲斐さん、どうしているの!?来てくれないで!!京都新聞、朝日新聞に大きく出て、焼け太りしていんでしょ。少しは、ウチを援助して下さいよ」
なんて言うから、「信じて貰えないと思うが」と言って我が窮状を少し喋る。
Sの新居のために賃貸住宅という不動産へ行き、新居予定地の寸法を測りを付き合う。その前にウッチー&カオリンが、引越しの荷物を目分量計測してどの車が必要か判断しに来てくれたと言う。田中大久保町へ行く途中、不動産屋の車の内から更地になったほんやら洞を撮影。帰りに姉にDVDを送りに中京郵便局へ。少し草臥れて、回転寿司「むさし」に行く。北口さんよりメールがあり、7:30にオープン。
八文字屋に戻ると、直ぐに京大で大正時代の社会主義者の研究をしている鄭さんを北口さんが同伴。
暫く歓談。二人が帰る直前に、海人彦が来る。裏寺のサンチョで友人とサラダを食って来たといってジンジャーエールを飲む。「鶴見俊輔全詩集」をあげる。
誰も居なくなってから、奈良井さん、「東京バナナ」持参のバンソン、アドちゃん、山形さん等がくる。
久しぶりに島本昭三さんと飲んだ後に谷川渥さんが上倉さんとの飲み会を気にしながら、ルパンが慕ってやまない美学の女性と待ち合わせ。12:00に誰も居なくなり、ウトウトとしていると、26歳のロンドン住まいのスウェーデン人Lolaさんカップルが来て、写真集「京都の子供たち」を買って行った。3:00閉店。4:00帰宅。

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2015.6/24(水)


この一週間、10日、いや、一ヶ月、なす術もなく過ごしてしまった。
ヤバ過ぎ。自分の生活ペースを作れてない。これでは、ただの酔っ払いの妙好人だ。守るべきものは守らねば。ひとりでは生きて行けないが、諸々抱え込んでの心中に陥らぬよう、細心の注意を日々怠らぬよう心せねば。
ここのところ、睡眠不足の上、全身にサロンパスも欠かせないが、何よりも頭をスッキリさせたい。出来るだけ外部からの視線で立場を見極めるように努めねば。
ホビットはもとより、ほんやら洞でもお世話になった鶴見俊輔さんが、明日、93歳の誕生日。祝して何を読もうか、と思うが、ほとんどすべての著作を焼失してほとんどなし。氏は暫く消息を聴かないが、元気で岩倉で暮らしているようだ。晩年を予測して方法化した?「もうろく帖」から「もうろく詩集」を発表。それをも混入させた黒川創編集の「鶴見俊輔全詩集」(編集グループSURE)を今晩は読むことにする。国会包囲デモは3万人を超えたとの報道あり。
うっかり、デジカメの画像1000点位削除したか?

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2015.6/23(火)


6:40起床。8:00まで、八文字屋でFBチェック。書き込みで、レオの日本のお母さんと挨拶を交す。9:00帰宅。2:00まで、家で残された写真漁り。
沖縄慰霊の日。
東京の裁判、自己破産とか、査察を敢えて入れさせて、無傷で終わる手もあったが、ま、マトモ人間として対応するのに、東京地裁に明日まで書類提出する必要があるのに、印鑑登録証紛失で慌てた。片や10日前の雨の日の自転車転倒の傷、じわじわ痛む。全治3週間というやつか。
昨日は、「となりの人間国宝さん」のお陰で三人客があったものの、この一週間、いや、ほぼ一ヶ月の低空飛行は続いている。北口さん、佐藤真由美さんから、明日のパプアニューギニアの大使、市役所訪問をプレスリリースしてくれ!メールあるもやや遅きに失した感あり。

10:00前の段階で、6:00から開けてゼロ。二人の息子にYoutube情報を。日向太「僕のこと言ってたな。笑」と応答。見たらしく、「また、宣伝しとくわ」と。レオ「youtube、メチャおもろい」と言ってくる。
またまた、坊主か!?坊主で心穏やかに原稿に向かおうとしていたら、デモ帰りの66歳と71歳の40年来の顔見知り来店。二人して「ほんやら洞日乗」購入。それにしても、月末、これでも、厳しい。その日暮らしだ。バンソン、ジャーマン、琢ちゃん。ジャーマンは、教え子が比叡平に来たので、一緒に降りてきて「伏見」に行って、今わかれた。これから「京楽」や。最近、ティルと遊ばんので、ティル、怒っているらしいわ、と問わず語り。バンソン、明日から東京。バンソンには、サッちゃんが何故怒っているか、等について喋る。バンソンにカズオ・イシグロ「忘れられた巨人」を読め!と言ったが、忙しいので、パリに戻ってからにすると言う。
S、木曜にウッチーが見に来てくれる件、また、その後、不動産屋の件メールあり。

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2015.6/22(月)


夏至。
9:50から関テレ「よーいドン となりの人間国宝さん」に出る。放映後、FBリクエスト殺到。右翼からも。後でなかなかの番組だったと、FBの書き込みで知る。かなりの視聴率を獲得?
京大学食で飯。
家でダウン。ルーティーン回復せず。
Sのハンディカムで撮影した「人間国宝さん」見る。
今日の八文字屋も惨憺たるもので、山田拓広さん、松ちゃん、鹿さん、レオ(『日本人で1968,9年にパリに居た人を紹介してくれ』と言う)&上田晃広(6月26日には、漫画家のアシスタントとして上京)、バンソン以外の常連なく、TV見て、西山和伸さん、橋元さん夫妻の来店があり、救われる。レオ、上映会、1本は考えている。もう一本を考えている。二本でやりたいと言ってくれる。レオには、西川祐子さんが良いかな?レオが山田稔さんの作品を読むようだと紹介しても良い。早く紹介せねば。
2:00閉店。また、沈没。


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2015.6/21(日)


7:30起床。10:00までゴロゴロ。
新聞五紙空振り。
11:00立誠シネマ「ナオトひとりっきり」にいく。上映は、11:20から。その前に真夕ちゃんの従姉妹を撮る。なかなかの盛況ぶり。山崎譲二さん、お富さんにも会う。
ダチョウが出たり、犬、猫、ポニー、牛、猪豚も登場。告発映画でもなく、等身大の50代半ばの元原発関係の仕事していた男が高線量地域で日夜、動物の世話をする。フィリピン人の奥さんと別れ、震災ボランティアに来た女性との間に子供があること等は、サラッと触れるという心憎い描き方。
上映後のトークショーで林海象監督が、中村監督に高線量地域に無防備で取材に行くことへの抵抗はなかったのか?こういうもの(ドキュメンタリー)を撮ると続編を撮らざるを得なくなるという邪魔臭いことになるので、自分は避けて来たが、中村監督は、どうなんだ?等訊ねる。
林海象監督は、原発内部を描く構想を持っているという話も聴く。
立誠校では数大学の写真部の展覧会をやっていたが、面白さ少なし。
麻紐を売るバザールのようなものも開催中。今日も寝不足。
父の日とかで、初めてふたりの息子が別々にメッセージをくれた。上は、「となりの人間国宝さん」告知に対して「いいね」とし、これが父の日プレゼントだ、と。下は、高校の水泳部の後輩連れで、九州の姉が送ってきたスモモ食べに来て、一旦、出てまた来て、深夜まで、浅利ちゃんに甘えていた。自身のFBに「よーいドン」の予告を乗せてくれる。
八文字屋に沈没。

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2015.6/20(土)


13:00まで、家に居る。
下鴨神社に行く。結婚式の二組に遭遇。
2:35に八文字屋に入る。すぐに呑海さん来店。昼、ウッチー、八文字屋の配線を見に来てくれたが、入れず、出直し。彼、ほんやら洞の更地画像をUP。
ウーハオに「路地裏の京都」甲斐扶佐義写真展 北京日本文化会館用の文章を三本送ったら、ウーハオが整理し、一本にした。
「ここに展示した写真は、だいたい、何れも、日本の高度経済成長が終焉し、外国に依存しつつ、情報資本主義への転換期にあたる1970年代半ばにおける京都の文教地域の一角のものだ。
つまり、東西は京都大学と同志社に挟まれ、南北は京都御所と世界文化遺産の下鴨神社に挟まれ、北からの二つの川が合流して鴨川という一本の川になる狭い界隈での写真だ。
京都は、日本のほかの地方を違って、センター機能を持つお茶、お華、宗教施設が多く、均質的な町作りがやや遅れて、諸地方の住民に取っては、失われた時を想起させ、自ずと郷愁を誘う町となっている。
そんな京都の庶民の喜怒哀楽を活写しようと、40年以上心掛けて来た。
しかし、残念なことに、そのような集積して来た200万コマに及ぶネガは、私が経営する喫茶店に保管していたが、2015年1月の火事で、焼失した。
不幸中の幸いと言うべきか、ここに展示する写真は、オランダのシーボルトハウスでの展示のためにオランダにあったため、辛うじて難を遁れたものである。」
日本文化会館の後井さんから直の連絡がないが、焦らんとやろう。今日も超暇。このままだと八文字屋もヤバイ!
「気狂いピエロ」上映会は、Sと二人っきり。
呑海さんと友人、直ぐに帰ったが大谷大学時代のほんやら洞の常連の長浜のお坊さんが若者二人を同伴。yossy&梶田さん、オイタさん、大阪大学のチェコ人人類学者カップル、奈良井さん、バンソン、山の家さん、カオリン&ウッチー、琢ちゃんで終わり。

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2015.6/19(金)


4:00から、一時間おきに目を覚ます。
10:30始動開始。
ルネ549円の朝食。洛北出版の竹中さんに遭遇。京大見物の高校生を撮る。
清水さんの写真展開始と同時に、お父さん入院の報を受けたようで、心配だ。
不調。風邪気味。吉田の家の契約更新料支払い(不動産屋さんは、僕とツーショットを撮りたがり、それをFB上にUP。大家でもないのにコメントに「甲斐さんと契約」と記して不思議)。介護保険14ヶ月分支払い。
高野川で鹿(母と仔)と遭遇!数カットFB上にUP。
Sは「美女と野獣」より「鴨川」の方が良いとの意見。勿論、承知の助。
吉川勇一さん、(だいぶ前だが)阿奈井文彦さんが亡くなり、暫く、開けてなかった小田実の「ベ平連・回顧録でない回顧」(第三書館)を開けて、拾い読みする。
僕がベ平連と本格的に関わり始めたのは、1969年なので、その年の出来事を振り返る。6月15日に吉川勇一さんらが逮捕されている。
6月19日は、「米ワシントンで反戦デモ。ヴァイニング夫人《皇太子の家庭教師だったクェーカー教徒)も戦死者の名簿を読上げようとして逮捕される」とあり、同日、吉川さんは釈放されている。
僕は、ベ平連の熱心な活動家になったばかりなので、当時、周辺の動きに一喜一憂していたので、そのあたりの記憶は今なお、鮮明だ。7月に上京し、東京のベ平連グループに接触しようとしたりしたが、まだ、ネットワークは狭く、新宿西口駅広場のフォーク集会が蹴散らされているのを知らず、毎日、検見川・東京間を往復するだけで、7週間費やした。
FB上に神田さんから6月27日のRagでの岡林信康のライブへ行け!とメールあり。「岡林信康が、会場で、僕の存在を目にした時どういう反応をするか見たい。その場に居合わせたい。ほんやら洞の火事の事も知っているはずだから…」と。
八文字屋、今日も超ひま。
姉、李、ちりめん山椒、水虫の薬、降圧剤を送ってくる。
鹿さん、Sしか11:00過ぎまで居ず。
佐枝ちゃんから電話。フランスの文科省の役人2人連れて来る。教育長と会わせたかったようだが、教育長、遅れて議員と来て会えず。フランスの女性は、北京駐在とのこと。北京展決まったら、教えろという。
佐枝ちゃんがフランス人学校のマチューと残り、フランス人学校のことを言うと、27歳議員、「じぎゃくしかんからの脱却が急務」と言う。聴けば、日向太の一級上の西京出身。日向太の事が話題になり、議員、大人しくなる。
丁度、トノヤンが来たが、憤懣遣る方ない思いをぶちまけるのに時間が掛かり、京北町の小中合併の件が抱える問題、教育長をぶちまけたら、オモロかったが、吐露したのは、彼らが帰ったあと。
2:00閉店。


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2015.6/18(木)


3:00、5:00と目を覚ましながら、8:30まで八文字屋。
やはり、金儲けは疲れる。チャチャと帰れば良いものをぐずぐずしたのが悪かった。
パーティで出版社に入社する女子大生に言い寄られる夢。仕草、言葉の端々をキャッチしSは憮然として帰り仕度をする。その部屋では、桜風舎の日沖ちゃんが部屋で横たわっている馬に血止めの薬を塗らんとあかんのに逆作用の薬を塗る。
その隅っこでハジメさんが得意料理を二品つくり、帰ろうとしているところで、「東海道中膝栗毛はヒドイストーリーらしいね、全編、若い女を犯しまくり、年寄りを馬鹿にする、、こんなもんを日本では、大名から下々のものが喜んで読んでいたんだ」というとハジメさんが「そんなもんだよ」と言う。
昼まで寝てしまう。
ルネで食事。不調。雨の中、ハンコ屋、玉屋珈琲、ヒルゲートにも寄る。ジュンク堂四条店の「ほんやら洞日乗」は一番目立つコーナーから撤去される。森まゆみさんが「ほんやら洞日乗」は、FB上に荷風の域、と記してくれる。
北京の日本文化会館では、ウーハオから後井さんへの話の橋渡しがスムーズに行っていないようだ。
僕として、何か手を打つべきか?待つことにする。アスタルテ書房の佐々木さん亡くなる。PNGの大使の件で永澄さん、北口さんと連絡を取る。
やや無為に一日を過ごす。「沖縄戦の全記録」(NHK特集)を見ていると、美女写真集の由布貴子さんと知人の柏住まいの山中一晃さん(同志社仲村研ゼミ)グァテマラの考古学者・柴田潮音と同志社の文化史の同級生でかつての常連?来店。
夥しい数のチベットの曼荼羅、法具、仏具を義理の父親のコレクションを展示、しいては常設出来るスペースを捜していると7:00前来店。最後の1:30に「しんどいので、終わろう」と僕が切り出すまでいた。アイデアは出したが、別に求められてないようで、変な感じ。
遅く、月刊京都の社長&知人(仲治實さん)、バンソンも来るには来た。社長さんには、Denenの経営者ってのは、少し面白いのでは?とか加藤一雄「京都画壇周遊」西山夘三「住み方の記」の話をする。山中さん、社長、ともに「ほんやら洞日乗」を買ってくれる。
2:00閉店。〈八〉。

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2015.6/17(水)


8:30帰宅。
昼まで寝る。
ルネの食事、549円。
ボール&チェーン、今日も閉まっている。何かあったのか?画像UPと思いきや、器具、家に忘れかなわず。清水哲男著「少年ジェットたちの路地」(風媒社)読了。よかった。あとがきに参った。土台、僕なんかと構えが違うのだ、と思った。じゃ、お前のポジションは、どうなるのだ!?という切り返しはあるはず。それは、画像とともに少し書くつもりだったが、またの機会にする。僕は、今、自分の危うさをサラッと探求しているところ。清水哲男さんは、本格派、僕は変則。変則の拠って来たるところは、卑下でもなくそれを軽く自覚済み。それが、僕の写真、焼失したがバカみたいな分量のノートを残していたことに関わる。心ここに在らずプラスαの心性だ。Kyoto Journalのジョンさんから、焼き芋屋の写真を使わせろと言ってくる。
6:00 から数人の客あり。不思議な集団だった。南浦さん、三室さん、北川さん、一級建築士会館?の理事(元東山消防署署長)の柴田政次さん、日中友好協会の四宮陽一さん、解放同盟のカワサキさん、藤井昭三さん、酒谷よっちゃんの知人の女性が9:00まで。この皆さんを前にして、なんだか、疲れ切ってしまう。今秋、思想の科学の「家の会」で野口良平君、那須耕介君らと共に三室勇さんは「北沢恒彦」の冊子を作る際に「謎としての北沢恒彦」てなことを書くと言うので、そんなこと(謎)はありませんよ、と言う。
店の電話Stopのまま。「となりの人間国宝」はどうなったか。
8:00浅利ちゃん、Yossy、梶田さん、さらに、奈良井さん、純次、バンソン、鹿さん、鹿さんの会社の東京の高見さん、段ちゃんで終わり。
13:00閉店。

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2015.6/16(火)


ほんやら洞炎上から5ヶ月。2~3日前から解体工事が始まったが、大家から当方には何の連絡もない。ま、自分のことを遣らねばならないので、奇貨とすべきか。1ヶ月ほど前から、積年の運動不足から解放されて、弱りきっていた脚もやや解放に向かっている。これをこそ喜び、健康増進に勤めるべきか。6月16日。ユリシーズの一日だ。夜、坪内祐三さんと会うべく7:00~10:00まで温ちゃんに入ってもらい「酒中日記」(立誠シネマ)を観に行く。坪内祐三さんのトークショーだ。いずれ、作るやも知れぬ映画の参考にするつもりで行ったが、単純なんだった。面白い箇所、変な箇所と3ポイントあり。後で、坪内祐三さん、佐久間文子さん、「あまから手帖」の安藤さん来〈八〉。安藤さんは、心斎橋の玄月の文壇バーに通っているという。
清水哲男著「少年ジェットたちの路地 京都・吉祥院中島町五七番地」(風媒社)の表題2作!と「おこりんぼ犬コロ」まで読む。素晴らしい。大分時代に飼っていたピス、ピコ、ロンを思い出した。
中井久夫著「『昭和』を送る」(みすず書房2013年)の2章「『昭和』を送る ひととしての昭和天皇(『文化会議』、財団法人日本文化会議、1989年5月号)のみを読む。なかなか深い。平成天皇は読んだかな?
サッちゃんが「生前遺作集」精読トークの画像を持ってくる。惨憺たるものだ。
9:10まで温ちゃんに留守をお願いしたが、客なし。
佐久間文子さん、パーティ欠席だったが、会費くれる。坪内祐三さんに「ほんやら洞日乗」DVD「ほんやら洞の甲斐さん」をわたす。坪内さん等が帰った後に、チョンレ、草野さん、山本宗さん(教育委員会の連中と来店経験あり)、片桐さむ登場。「ほんやら洞日乗」買ってくれ、「ほんやら洞の甲斐さん」を上げる。
奈良井さんが来て、バンソンが一昨日、あさひちゃんとの帰りしなに怪我をしたと言う。
段ちゃん来店。琢ちゃんは、今晩は徹夜仕事という。
2:00閉店。八文字屋泊。

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2015.6/15(月)


7:30帰宅。11:30まで眠る。
1.「生前遺作集」精読。どうして、このようなカードボックスが出来たか。
2. 高血圧(編集者かビジネスチャンスと読む)と同時に無意識的には退行計画があったのではないのか。
3. 今でも、アシスタントがなければ、店も写真も辞めて、本来の無一物になって暮らそうという思いがムクムクと湧いてくるが、それは、若い時からある程度周期性を持って密かに暴発していたヤケクソ(積み木崩し)心性だ。
4. 困難を目前(きっかけ)にするその周期的心理的ブロックの正体は?その淵源は何か?
5. それが、どのように作用してか細い道を辿り如何にして写真家になったか?
このような問題の裏に張り付いているもの(通奏低音)について喋れるか?積み木崩し?的ご破算化衝動(裏腹に存在する依存症)の淵源、危機に発動する無化衝動はE・H・エリクソンのアイデンティティー理論の両極化論、ジョン・ボウルビィの「乳幼児の精神衛生」、愛着障害理論等が解釈のヒントになる。松山主膳の(乗り遅れの乗り過ごし型の転向タイプ)鶴見俊輔の「退行計画」への好感(イントレピッド 4 から『明治維新から何を学ぶか』鼎談《竹内好・色川大吉》)というラインから話したらいいのか?でも、七面倒臭くなるかな。
生い立ち、家庭環境、兄弟相互関係?父母の肖像、という風に喋った方がいいのか?
「4歳まで歩けず、喋れず」の持つ意味。その引き摺り方。
依存&固着、擬似「被虐待」?郷愁、アスペルガー?的自分と写真との接点?
あれこれ思い、会に臨む。大西正彦さんと阿闍梨餅持参のサッちゃんだけ。温ちゃんも間に合わず。北口さんは、「行く、行く」とお愛想だけ。
終わって直ぐに、南浦さんが6月17日の件を伝えにくる。
MU Radar (信楽にある京大の生存圏研究所)フランス人のリシャールさん来店。ラファエルさんの「京都の肖像」を頼りの来店。
なかなか楽しい夕べとなる。
酔って写真と共にUPした文言。 山嶺健二さん。山本宗補さんは、佐々井秀嶺さん、妹尾義郎さんの話をしており、となりに山嶺健二さんの教え子がいたのに、山嶺健二さんの「妹尾義郎論」(思想の科学の鶴見俊輔さんらの『転向』《中》所収)を忘れていて、山本宗補さんと山嶺健二の弟子を、そういうかたちで紹介できず。
賀川真さんは、同郷で、幼い頃から、彼の父、賀川光男(考古学)の名をきいて育った。彼の父、光男さんは、2001年発掘の聖嶽の捏造疑惑に抗議して自殺したのだった。真さんは、同志社出身で鈴木マサホの第一回選挙を支えた人脈で育った面もあったとのこと。
山本宗補さんの平和ミュージアムでの「戦後はまだ 被害と加害の記憶」展は7月4日まで。
1:00には、誰も居なくなる。久々に早く帰宅。

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2015.6/14(日)


9:00起床。出町買物。解体現場のほんやら洞撮影。松屋朝飯。
阿闍梨餅を買って、S来る。「道草の景色」「ほんやら洞と歩く 京都行きあたりばったり」「ほんやら洞日乗」と一緒に中村勝さんへのお土産。
16:00に奈良井さんが来るので、慌てて八文字屋に戻る。上映会は、17:00から。その間、奈良井さんは、ヘリングへ。「女と男のいる舗道」は3人で観る。エクサンプロヴァンス展の写真をFBにUP。
20:00に呑海さん、単に英語の先生を連れて、顔を出すのみ。20:00には、浅利ちゃんが来るも超暇。松ちゃん、西村さん、奈良井さん、上田晃久君&友人、バンソン、鹿さん、カオリンズのみ。1:00前に誰も居なくなる。6:00まで、八文字屋でゴロゴロするも成果なし。

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2015.6/13(土)


4:40帰宅。寝付けず。
9:00起床。
変な夢二つ。一つは、ノートとノートの間に紙縒りで出来た渡しの吊り橋があり、吊り橋に立つと下は、千尋の谷底と滝。其処に掛かるロープ橋のようなゾッとしない木橋を見知らぬ若い大柄な女と渡っている。女が「甲斐さんの女兄弟は?」と言い、「いっぱいいる。でも、言いたくない」と言う。そういうと、その姉がすっくと現れる「言いたくない娼婦の姉」が、今度は紙縒り吊り橋(に見える)橋の真ん中に一人痩せ細った亡霊のように突っ立っている。女が言う「私、何でも秘密にしない方が好き」と。どうやらセックスの話らしく、女が包茎を知らないと言い、僕は自分のペニスを出して、こもかぶりの包茎を作って見せる。すると「ありがとう。正直な人、好き!で、まだ《子》種はあるの?」と言い、奈落の上に掛かっている吊り橋を先に渡って行く。
もう一つは、遠くで八田さんが、チャリで三宅八幡の家に向かっているのがナビの上で透かして見える。違うコースを遠回りしながら、先回りして、辺りには田圃しかない新町北大路に立っていると元気な遭遇。八田さんは、前のままの八田さんで、肉も前のままの髪の毛もちゃんとあり「大丈夫」と言う。
その二つ。
起きて、さっちゃんにメール。
「さっちゃん
今日、老人ホームに電話して、とにかく、訪ねます。
また、「酒中日記」も3:00からみます。
見て、HPかなんかに先に書くという手を取ります。
坪内祐三には、当日、だれかが行くなら、「待っている。来てくれ!」と伝言を頼むつもり。
営業を疎かにできません。
12:00頃には、八文字屋にいます。
さっちゃんも行けそうなら、山科に行こう。
これから、10日間にさっちゃんにしてもらいたい作業は、僕のデジカメのでーを全て見て、1日に30のペースで、美女、美男、美女&野獣、ナイス鴨川情景をピックアップすることです。
それで、1,2の写真集を作る目処を立てましょう。
追記
山科に行けそうなら、僕と中村さんの会話を面白いところ1分残せるような撮りかたをしてくれますか?
入る時、ホームの看板も撮ってね。」
以上のメールを送る。今日は、勝さん訪問、「酒中日記」鑑賞、西村賢太「芝公園六角堂跡」の読み始め?と思いきや「洛和ホームライフ音羽」の事務所から、色良い返事なし。「酒中日記」も今日から時間変更であきらめる。
出町でほんやら洞のお隣さんの阿部さんに遭遇。「解体が始まったわ。大変。エライことをしてくれたわ」と言って指さされる。
僕も次の仕事にエンジンを掛けよう。
ウーハオにもう一度。
「展示する写真は、だいたい、何れも、日本の高度経済成長が終焉し、外国に依存しつつ、情報資本主義へと大きく転換する時期である1970年代半ばの京都の文教地域の一角で撮影したものだ。京都は、日本の地方都市と違って、古くからお茶、お華、神社仏閣、花街の中心機能を培い、伝統と革新を担ってきた。
従って、日本各地あるいは諸外国からの訪問者も多く、中心核が多いせいで、均質的な町作りがやや遅れてきた。
それが逆に魅力となり、訪問者に取っては、失われた時や場を想起させ、自ずと郷愁を誘う町となっている。私が長年、愛し、維持してきた喫茶店のある界隈は、東には京都大学、西には同志社大学があり、その中央で二つの川が合流して鴨川となり南へ流れ、南北には寺町の甍が並び、西南には京都御所、東北には世界文化遺産の下鴨神社が位置する、複雑雑多かつ優美な地域で、いわば、京都の縮図のような町だった。私は、この一角で先進的なライブやポエトリーリーディングを頻繁に提供する喫茶店を1972年から営みつつ、地元に深く根ざし、この町の庶民の喜怒哀楽を活写しようと、40年以上、一貫して心掛けて来た。しかし、残念なことに、その集積である200万コマに及ぶネガを保管し続けてきたが、2015年1月にこの喫茶店は放火事件に襲われ、そのほとんどを焼失した。しかし、不幸中の幸いと言うべきか、今回持参する写真は、オランダのシーボルトハウスでの展示のためにオランダにあったため、辛うじて難を遁れたものである。この写真群は、私のこれまでの仕事の一端で、前述の事情により、ベストとは言えないが、未知ながら、予てより、歴史や文学の面でも大好きな中国の市民の方々に見て頂ける機会が出来て、とても嬉しい。関係者の皆様に深く感謝します。」というのと、もう一本送って、好きなように、ツギハギをして!とメールする。全てを見る余裕があればいいが。
中村勝さんの見舞いも、坪内祐三の映画も振られ、生産性少なし、店は、暇で更にガクッとくる。オイタさん、奈良井さん、あさひちゃん、バンソン、そしてトノヤン一行。京都府大の山岳部&OB&現役。トノヤンのお陰で、辛うじて、店の体をなす。学生のマルヤマという女の子が来たら、飲ませてやってくれ!とのこと。4:00前閉店。奈良井さん、あさひちゃん、バンソンで石丸商店に行ったあとバンソン&あさひちゃんが戻り、「あさひ、早く帰れ!」とバンソンが説教していた。

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2015.6/12(金)


八文字屋で7:00起床。
HATAOが群馬に広大な土地を買った。住みたいのなら、住ませて上げるよ、というので、僕は、結構、広い土地をここは、俺のもの、何れ、戻って来るというと、奴さん、「まず、ここを掘って、池にして、然るのちに、そこに堆肥を放り込み、肥沃な土地になってからだ」
と言う夢をみていた。
百万遍のボール&チェーン、ずっと閉まっている、ユウちゃんの身内に不幸でもあったのだろうか?
中村勝さんに電話をするが、出ず。
姉は、「姉の児童虐待にあって育った」という娘が書いた本を送って来て、それを読んだとかでそれについて喋る。孫の事も。
大塚ひかり著「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」(草思社)を読む。
濱崎さんにやって貰う本、ボチボチ、方針を言って、少しずつ氏に原稿を送り、最終原稿の入稿を8月10日にしよう。飯&味噌汁&揚げだし豆腐を作り、節約。飯に芯があるといわれ、作り直す。
ゴダールの「女と男のいる舗道」を見る会、6月14日にする。
Sは、書道。蕎岳さんにメール。中村さんの近況を尋ねる。
八文字屋には、9:15まで来客なく、最終的には、惨憺たるもの。もっと客引きを構築的かつ創造的なものにしよう。
オイタさん、トップ。バンソンが来て、Sは、帰り、バンソンは、申し訳ない、てな顔をする。その後、奈良井さん、木戸衛一さん、アドちゃんが来て終わり。竹ちゃんは、小便に来ただけ。
3:45閉店。


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2015.6/11(木)


7:00、八文字屋にて、起床。
10:00まで、グダグダ。市の芸術局?観光局?がパプアニューギニア展の資料を送れというので、DM、パンフレットを送る。姉にはトークショーの字幕付きを送る。
飯を食って家で久しぶりにゆっくり。家の契約更新、少し金足らず。保証人のハンコ、まだいるのか。鬱陶しい。勝さんの見舞いに行って、ハンコをもらわねば。
で、ルネ行きも取りやめ、八文字屋に戻り、冷飯に味噌汁、肉ジャガの残り、明太子ですます。Sもこんな清貧に耐えられるか。そうもいかない。
立誠に行ったが、終わっていた。
それにしても、無駄が多い生活が続く。ふりかえれば、1981年秋にほんやら洞を出た時は、ほとんどの本は、ほんやら洞に残し、自分がとても大切にしている本を下鴨泉川町のガールフレンドの家(の蔵)に1トン近く預け(結局、戻って来ず)キープし、自分は、2年近く女友達等の家?鈴木マサホの選挙事務所等を転々とし、その内にネガと10年間の日記数十冊を持って、田中樋之口町の3畳間の安アパート(2万円)を借りた。それから2年足らずののちに、八文字屋が出来、田中のアパートを借りたまま全く活用せずに、4年近く、腰を痛めたりしながら、八文字屋に住んだ。質素そのものだった。
そして、祇園、白川の狭い安一軒家(と言っても、8万円)に住み、子供二人と妻と暮らした。それから、新町今出川の渋い家、ほんやら洞に住んだのち、今の吉田の一軒家を借りることになった。誰か同居人が出来る可能性も考え、暗室も欲しいので、広いとこにした。(結局、同居人は現れず、息子の荷物を数ヶ月預かった程度で、暗室も開店休業中で高い家賃を払い続けている。)本、プリント、ネガのほとんどはほんやら洞に残し、焼失した。家賃だけでもかなりのロス。
今となっては、広いスペースは要らない。
ほとんど八文字屋に寝ているからだ。吉田の家には、焼け跡から救出したネガ等があるだけ。頭の良い人なら、それらは、トランクルームに預け、家賃を軽減させるに違いない。
なのに、7年目の契約更新。更新料を払い、これから、保証人のハンコを貰い、更新だ。ポール・グッドマンは、浪費は、必ずしも悪徳ではない、と言うが僕の場合はそれが何を生んだ?30数年前より、火事やなんやのせいで荷物は、少ないのだが。
坊主覚悟にオープンしたが、お客さんはそこそこあり、息をつぐ。
トップは、ほんやら洞客というか、同志社の院生二人(ハンナ・アーレントの革命思想を研究する女性と中東研究の男)共に、最近の政治情勢を危惧して、チョイチョイ、デモに行くと言う。次は、「ロンドン行きの前、7月はカラオケを付き合ってね」と言うヨシレイさん「東京での『二都物語』にも行きたい」「ナッちゃんの写真を見て、少しビックリした。だって、あの歳の女の子があっちこっちウロついているんだもの。おそらく、幸せな幼児期を過ごしてないと思う。そう思って、ポートレートも沢山あったけど、動いている写真を買ったの」と言うヨシレイさん。そして、先日、京造大の恩師の林海象さんと来た映画を作る出雲市出身の27歳(最初はチェコ人の人類学者に誘われ来店)と29歳の精華(人文)卒の兄が、同居するために家を探しているという。次いで来たバンソンが、ヨシレイさんに「なぜ、子供がいるのに、こんな所で飲んでいるのか?」と言い、「失礼ね」と言う。落ちた丸干しを拾って食うヨシレイさんにまたもや「何、やってんだ!食うな」といい「なによ、マッチョ男」と言い返されもする。終始、楽しい?罵倒の応酬。ヨシレイさんに韓国は何処の大学へ行ったんだ?と聞き、延世大学と言うと、「ハハン、オレ、其処でも教えた」と言う、そのものいいをヨシレイさんは気にする。ヨシレイさんは直ぐ帰り、バンソンも帰ったあと、理子さんが祇園の芸妓さん同伴。さらに30年前、高校生時分来ていたという、高取英さん知人の今西恵子さんが、一度、Ryotaroの誘いで八文字屋で歌った松江出身のチャオ(木曜日は、沖縄料理店『赤ひげ』バイト、西村玄考が大ファン)来店。
「路地裏の京都」甲斐扶佐義写真展の北京日本文化会館へ送付の文章をくれとウーハオが言ってきたので、走り書きする。

この「路地裏の京都」展で紹介する写真は、主に1970年代中頃から数年間に、京都御所の東北の通称「出町」界隈で撮影したものだ。付近には東に京大、西に同志社大学があり、その中間点には世界文化遺産の下鴨神社があり、その南端で高野川と賀茂川が合流して、この川はここより南は鴨川と呼ばれる。
出町は、平安時代は、北の辺と言われ、京の都の北の外れに位置し、神社仏閣で下働きをする庶民が点々と住んでいた。
時代は下り、約300年前に、洛中と洛外を隔てるお土居(土盛り)を壊して、やがて、雅やかな面と鄙びた面とが綯い交ぜなった学生街として発展した。
私は、1972年春に仲間と共に、この界隈のど真ん中に仲間と共に、喫茶店を作り、当初は反戦活動等で白眼視されていた私たちの店を内外に認知させる努力をした。その合間というか、結果として、その道具と化した撮影活動をしたのであった。
その後、紆余曲折があって、本格的に写真に打ち込むまで10年の時間を要した。
その意味では、本人にも懐かしい時期の写真群だ。広く見渡せば、この時期は、日本経済が公害を撒き散らしての高度経済成長も頭打ちになり、高度情報資本主義に転換する丁度代わり目の時期だった。中日友好関係の日本側の立役者、田中角栄の「日本列島改造」以来、日本中が均一化されて行く時期でもあった。
しかし、私の住む京都には均質化の波はゆったりと届き、街には昔のまま情景が長らく生き延びることになった。
京都の名所旧跡、神社仏閣以外のふつうの通りをランダム撮影しただけの私の写真から、昔の京都の名残りと少しでも都鄙綯い交ぜの残り香を感じて貰えたら、嬉しい。

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2015.6/10(水)


また、荒唐無稽な夢。20歳の男女は、戦後(震災後)20年を乗り越えて、こっちの世界に来るには、皆、雨合羽を着て、チェックインせねばならず、行列を作っている。彼岸からやって来るのをゲート脇で待っているのだが、みな如何にもチャチな合羽姿だ。息子にちゃんとしたのを買い与えねば、と思っていると「白衣が代わりになる」という声が聞こえた。ゲート管理人、坂本九だ。
坂本九が死んで何十年になるのだ?戦後20年をこんな合羽でどうやって乗り越えるのだと思っていると、チーちゃんが大きな極彩色のソフトクリームを舐め舐めやって来た。大きな金魚模様と猫ともう一つ何か動物がからみ捻れたクリームだ。「これを舐めると合羽を着なくて済む」と言っている。
さあてと、ルーティーン生活を打ち立てないとヤバイ。
2:00まで八文字屋でウダウダ。家の鍵を紛失したので、ずっと入れてない。Sにスペアを持参して貰い、二度目の出町行きの後、シャワーも久しぶり。
八文字屋で蕎麦。正文館ちくさ店の古田店長に電話。S「北京展用の文章かいたの?」と心配してくれるが、疲れが癒えず、ムッとするのみ。
温ちゃん、早めに来て、7,8,9月は新潟行きを宣言、温ちゃんへの仕事依頼の事もあったオイタさんも映写会に役立つ機材持参。川嵜さんは、忘れた傘取りに来てずっとイヤーホーンを耳にあて、奈良井さんも早めに来て「アップルの新機種発表を聴く」のに耳にiPhone、それに挟まれ「皆さん、お勉強ね」と連チャンの「町人」奥さんは居心地悪いぞ!軽くアピール、Sは機材絡みの詰めをオイタさん、奈良井さん、鹿さんにして、7月18日の車出しを確認して帰る。後ろで孤立するバンソンには、奈良井さんがお相手サービス、V氏は12:00過ぎた浅利ちゃんへタイムキーパーよろしく「時間だよ、早く帰れ!」という。浅利ちゃんも30分遅刻した分を取り戻そうと思っているが、バンソンの気遣いに感謝!てなカンジで少し早めに帰ったあたりは、オモロイ。鹿さんも来て、DVD放映ブロックが話題になる。
永澄さんは、矢代到共同通信社大阪の部長、北場さん(には、藤井昭三さんのことを喋る)、河合元記者(『ほんやら洞日乗』をくれ!というがそういう訳はいかないと説明)同伴。矢代到さん、ホンマか否か?「ほんやら洞日乗」記事は出しますからね、と先方から言ってくれる。「となりの人間国宝」のことを言うと、「凄い!」を連発。「京都の肖像」を見せると、返すから貸せ!と言って、持ち帰る。役立つかな?
段ちゃんが来て、「文學界」の必読書について歓談。V氏は、僕と懸案について、多分、喋りたげに残ったが、段ちゃんとの歓談を側目に帰る。琢ちゃんは韓国で「活動家」と紹介されたとの情報を段ちゃん齎す。琢ちゃんはいま、家庭サービスで北海道。富樫のマルセイユは?

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2015.6/9(火)


海人彦、21歳の誕生日。
「となりの人間国宝」クルー3:45来店予定が5:30になる。その間、掃除をして待つ。ルネにも冷麺を食べに行く。森耕一さんに下阿達町で遭遇。
もう一人助っ人がないのが辛い。
姉、かなりの弱りよう。「となりの人間国宝」クルー来店遅れる。
9:00に月一東京の病院に行き「町人」に通っている女性(10:00帰宅)。
次は、バンソンだけの時間が1時間。そこへ、西村賢太、結構好き言うチーちゃん&浅利ちゃん、理子さん、オイタさん(ジュネーブ経由ガーナ風ジンジャージュースでヘロヘロ)、平智之さんの秘書は友人同伴(会うのは、2回目だとか。2006年の政権交代の波で政治意識に目覚めたとか)、角川英治さん&小川太郎吉さん(映像の仕事)&奄美大島出身の23歳サカイユカさん。3:30まで。
「反知性主義」に陥らぬための必読書50冊(『文學界』7月号)はなかなか面白かった。登場する論者は、安藤礼二、金子勝、関川夏央、野崎歓、原武史、平野啓一郎、辺見庸、松浦寿輝、御厨貴、森本あんり、山内昌之、四方田犬彦、渡部直己等。
さて、彼らが選んだ50冊のうち、この一年内に僕は何冊を手に取るだろうか?多分、10冊前後だろう。井筒俊彦、シュムペーター、万葉集、本居宣長(直毘霊)、小野紀明(西洋政治思想史講義)、武田泰淳(『汝の母を!』を含む全集第五巻)、バートランド・ラッセル(In Praise of Idleness)、林達夫、リヒャルト・クローナー、谷内正太郎、三木清(親鸞)、坂口安吾(堕落論)等が言挙げされている。中井久夫の「『昭和』を送る」も読むか。自分がこれまで読もうとしたり、読んだりしているのに、論者たちの読みに遠く及ばなかったり、義務的に手にしたりしていたという反省も。

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2015.6/8(月)


昨夜は、家に帰ろうとしたが、家の鍵紛失で、また、八文字屋泊。
8:00起床。しんどい。鍵がなくて帰れない。
高橋武智さん、関谷滋さんらの活動について触れた「ゼロからの希望 戦後70年 ジャテック事件」という記事が京都新聞(朝)に出た。で、懐かしいので、youtubeで吉田茂元首相の国葬日に作成したムービーを含む「ベ平連Intrepid Four 1967」を見る。
Sの引越しをウッチーに打診。午後、雨で鬱陶しい。
早く書物、写真集作りに専念したい。雑用で寝不足が続く。7:45に1年ぶりの元京都新聞の藤井昭三さん来店。元ジュンク堂のナンポさん同伴。11:00までこの二人のみ。解放同盟、リラ亭の話で持ちきり。「甲斐さん、解同でなんかあったら、西島さんに頼めば良い」と藤井さん。アヤフヤな回顧話に加わりたくなし。二人とも「ほんやら洞日乗」購入。11:30に中日新聞の森耕一さん来店。闊達で潔し。小山鉄郎さんの「村上春樹の歴史認識」読む。2:00閉店。2:30ダウン。

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2015.6/7(日)


今日から、マイペースの生活を刻み始めたいが、疲労困憊。
昨夜、何時に寝たか不覚。8:00起床。先ずは、タブッキ読了。朝飯は、いつもの店。気がついたら、13:15。次は、「カステラ」?「わたしを離さないで」?昨日までは、寒かったが、今日はマシ。
呑海展来客あり。Sは、北京展用にPDF作りの準備のために吉田へ写真撮影。夕方、Sとなか卯。6:45に呑海さん来店。冨樫がドイツの家具職人同伴。鹿さん、奈良井さん、松ちゃん、「むすぶ」のKさん&三田の部落解放同盟の男、百枝さん、ナッちゃんのネパール展の最終日を終えたルパン、田中利和君は女性同伴。奈良井さんは、早速、その女性が自分の家に泊まれますよ!とアピールしているのは、さすが。明日、パーティとの計画まで立てているようで、愉快。田中君は、「ほんやら洞日乗」の記述不服そう。バンソン、片山は昨日と連チャン。坪川桂子さんは、友人の結婚式帰りに友人同伴。3:30まで。

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2015.6/6(土)


66歳の6月6日か。裁判も不本意だが、証拠の領収書焼失の為、原告の言い分を飲むしかない形でほぼ終結に近づいた。あとは、如何に八文字屋を楽しい店にするか、という課題との取り組み。あと10年弱の人生を健康?的に展開すべき仕事を着実に拡充しつつ窄み勝ちな構想の具現化へ向けての努力あるのみ。
北京展の為に僕のやるべき作業はほぼ終わった。あとは、写真についての全体的な説明が要求されよう。先方さんの出方を待つのみ。今秋は可能か?それとも来春になるか。人智を尽くして後は天命?を待つのみ、の心境。Wu Hao氏は8月にパリを離れるとのメールあり。百万遍の中国料理店「宏しん」で昼ご飯。チャリンコパンク、タイヤ換え5200円。来週から、書下ろし、及び新機軸を、ひそかにうちたてるのみ。八文字屋でアントニオ・タブッキ「イザベルに ある曼荼羅」をよむ。
バイトは、温ちゃん。トップ客は、「ナッちゃん展を見にいったら、段ちゃんが来て、ビックリ」とヨシレイさん登場、ついで鈴木琢磨さん(『ほんやら洞日乗』二冊買い)と女友達、樽家さんの知人で去年の6月6日に来たと言い募る64歳の樽家さんの同業者二人(一人は『ほんやら洞日乗』買う)、草葉裕さん、奈良井さん、フランス人の老カップル、海人彦&バイオリニストで名古屋千種出身の同級生高瀬君、あさひちゃん、迦陵頻の片山さんと友人。片山さんは「沖縄在住友人、森田くんを紹介する」と言う。皆さんが帰宅して、ウトウトしていると、パチンコ屋の吉本さんが女性同伴。4:00閉店。

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2015.6/5(金)


一粒で三度美味しい飴(?)を食べる夢を見ている。
それは、神田さんにスクリーンとプロジェクターを寄贈して貰ったことに発した。僕は、25年前に写真を止めようか、いや、捨てようか、迷ったことがある。子供が生まれるのに部屋が手狭なので、ストックを捨てようか、本当に悩んだ。他のささやかな野心もあった。結局、写真を止めず、捨てず、その代わり、そのネガに目を通し終えるまで、一つの事を禁欲することにした。それは街の映画館で映画を見る事を止めるという事だった。しかし、結果は、15年経っても、ネガチェックは終わらず、映画も観なかったものの、写真は、周知のように、ますます撮り捲ることになった。
この際、神田さんの好意を大いに活用して、人間的にも飛躍(?)を目指して、25年間、観たくて観れなかった映画を八文字屋で観るべく、また、店の活性化も兼ねる映画会を、少人数でも敢行することにしました。また、要請を受けている書下ろしを平易な語り言葉で完成させるためにも、映画会等の前座で、禁欲的、かつユーモラスな喋くり会を試みようと思います。
書下ろしは、「ほんやら洞の青春」になるか「ほんやら洞の夢」になるか、宮崎滔天の「33年の夢」を捩って「66年の夢」でもいいが、年内に、20年持ち越しの約束の書下ろし早期実現に資すかも。
名古屋のトークショーでも「ほんやら洞日乗」出版記念パーティーでも喋りでも醜態を演じるというハメに陥ったのは、滑舌、歯の問題もあるが、あまりにも、小学校1年生時から社会参加を避けてきた男の末路でもある。4歳まで歩けず、喋れずの子供が、父親の抑圧にも起因する面があるが、人前で喋る事から何十年も避けて来た結果だ。
これからは、人前で喋るのも覚悟し、喋るようにしようと思う。個展を開けば、アメリカ、北京でも喋らないのは失礼にあたるし、ひょっとしたら、大分でも個展関係でなしに喋る依頼があるかも。ここら辺で一念発起し、再生しかない。これまでは、大分弁、京都弁、甲斐語のミックスが上手く行ってない、恥ずかしさも邪魔した。
中川五郎さんのフォークリポートわいせつ裁判の特別弁護人を引き受けた中尾ハジメさんだって、41年前に僕を相手に喋りのリハーサルを繰り返していたのだ。明晰な中尾さんにしてリハをやったくらいだから、僕なんかもっと練習を積む必要あり。66歳、恥はかき捨て元年か。
八文字屋の映画会の前座と言っても聴衆は、多分ひとりだと思う。これが書下ろしのヨスガとなればよい。計画の一つには、数回「甲斐は、如何にして写真家になったか」みたいな事を八文字屋の一番暇な月曜日か木曜日という日に客寄せ(!?笑)を兼ねてやる。また、映画会をやり易い土曜日も前座としてやる。もう一つやる値打ちがあるのは、ベストのネガもプリントも焼失した今となっては、「生前遺作集」に残存するマシなプリントのポストカードを活用する。(この遺作集の存在そのものもあまり知られてないこともあるが)解説に値するはずで、その宣伝も兼ねて(これは、元旦から大晦日まで、366日のカードになっている)一月分のランダムな解説であれ、12回、自在な形でやれる。面白いかも。まずは、7,8月に八文字屋で「父の育った場所」展(?)をやってくれるもっとソフティケートされた(笑)清水さんの胸を借りて、その会期中に、また、8月11日の中川五郎さんのライブ時(いや、これは冗談)にことよせて前座という手もあるか。しかし、美味しい飴つぶのつもりが、芳醇な「味噌を糞にする」のは避けたい。密かにやるべし。
1:00に円広志さんの一行来店(『フロッグ』ディレクターの岡田良子さん、同じ会社のディレクターの堀一範さん、『よーい、ドン』の構成の田中文章さん、他、カメラマン達)。「となりの人間国宝」取材。夜も撮影と言っていたが、雨のせいでか、6月9日に変更。オンエアを告知すると、この「国宝」好きな知人が多く、ビックリする程FBに「いいね」が来た。小田ならちゃんまでがシェア。
中信から北京展用データ、15点を送って来る。
夜は、円広志さんに会いたいという呑海龍哉さんが来て、今日は京都工芸繊維大での安藤忠雄の講演会に駆り出された岡田治子さん(彼女の教え子の大阪の金山工務店の建築士、森下晃成さんまで)呼び出す。カウンターには、モデルの山口小夜子を話題にする藤喬さんが仕事仲間3人がいたが、他は、北口先生に行け!と言われて来た、飲めない柳生さん、奈良井さんだけという寂しい日となった。呉ジンカンさんは、台湾へ里帰り。

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2015.6/4(木)


涼しい朝。夕べは、12:00に誰も居なくなり、それでも、2:00まで開けていたが、12:30頃チュン君が来て「あ、カイさん、飲んでいるの?もう終わり、カイさん、応援しているからね」と、勝手(笑?)に閉店ときめつけ、こっちには全く喋らせず、帰って行くかと思うと、ドアををいきなり、パッと開け、一言も発せず直ぐにバシャとしめて消える不明客あり。僕も書き、八文字屋も二度登場するラファエルさんのフランス語の「京都の肖像」をめくっている内に眠り、気がつけば、5:00。
今日は、裁判。一応、決着へ向かう。
昨日のやり残しを処理したいが、可能か?と思っていたが時間なし。ライト商會は覗いたが北京展用の写真のチェックできず。関テレのディレクターとの面談。中信への寄贈プリント借り出し打診、介護保険料のことで区役所に電話予定もはたさず。6:30からひとまち交流会館でのチョリさんの辺野古報告集会に顔出しして、直ぐに八文字屋オープン。バイトなし。武市さん、タンポポ舎のクマさん、落合さん、俊子さん、松本さんには、挨拶。美禰子さん、蒔田さんの顔もみる。
朝から鴨川で甲羅ぼしの若い男3人あり。新聞で宇治の県祭りの記事を読む。Yの押しかけから、44年。そんなことは書けるか。北上田さん、石川真生さんには、沖縄行きのことを言う。中川五郎さんには、8月11日八文字屋ライブを頼む。
八文字屋は、坊主。ヤバイ。

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2015.6/3(水)


7:40起床。
WU HAO氏より要請の作業、A弁護士への長い書類送付、ラファエル・ブリローさんの「京都の肖像」の出版記念パーティーで日仏行き(ラファエルさんにステージに立たされる。何故かうける。ビサウサコさんに会う。ルウちゃん、ゆずちゃんを撮る)鴨川で望遠カメラを持ち歩く中尾ハジメさんに遭遇「オスばかり、珍しいケースだ」と鴨の生態を説明。造形大での井上裕葵展見物(帰りに雨に打たれる)上村一夫原画展行きは、延期。8:00過ぎに、A弁護士より電話。方針を言うと、Sに批判されたが、単純化出来ない。論語では、ないが、大事は、自分で決める。Sにも理解させる論法をおいおい書く。
姉の体調、かなり悪し。それでも「ほんやら洞日乗」を読み直し、称賛を惜しまない。有難し。鹿児島の作家清水哲男さんより「少年ジェット」種子島の情報誌を発送済みのメール。7~8月の都合の良い時期に氏の写真展「父の育った町」展?をやって貰う予定。この計画を伝えられたお父さん「それまで頑張って生きるわ」と語ったと言う。
何を考えているのか?「となりの人間国宝」(関西テレビ)が明後日に取材するか、どうか分からないけど、スタンバイしてくれ、明日、打ち合わせに行くと、電話寄越す。一昨日、こんな話があると、段ちゃんが「甲斐さん、その番組はでない方が良いんじゃないかなあ~、誤解されるよ」と心配してくれる。多分、ドタキャンになると思うけど、ま、出演しろ!と言うなら、「ほんやら洞日乗」と八文字屋ギャラリーの宣伝をする。例によって、何を言っているか意味不明な事をモグモグ口走るのだ。
浅利ちゃんは休み。客は、トップは川嵜さん。富樫とスイス人。富樫は相変わらず、ヨーロッパに日本酒を持って行くということでハイになり意気軒昂だ。「カルカッソンに行ったことはありますか?」とバンソンに問い質すだけで鼻高げ、なのには微笑ましさをこえてつい笑ってしまうが、カルカッソンは古城の名残りか。キリスト教から遠いとか。バスクとの近接地域か?あとは鹿さん、奈良井さんのみ。

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2015.6/2(火)


7:00帰宅。9:30の電話で起きる。
昼、A弁護士から破産したら、どうだ?中国は知らないが、破産しても外国旅行はできますよとの電話。何を思ってそういうのか?多分、早く切り上げたいのだろう。依頼主としては弁護士費用も嵩むのを避けたいだろうし、弁護士にしても芳しい成果を見込めないのは見え見えで、早急に切り上げたい。一括300万円でどうだ、と言ったくらいだから。僕は、状况は何も変化してない旨を伝える。この件、繰り返しになるが、明日、書く。もっと丁寧に裁判を戦うべきだという批判はあろうが、1月から始まるこの状況下での闘いなのだ。総合的に考えねば。
Sは家の契約の件に発して、収入源の事を考え、これでやって行けるのか不安で寝れなかった由。
ルネで飯505円。ルパンから杉本秀太郎「文学演技」を貰う。ルパン「なっちゃんに、婿養子に取ってくれと繰り返し言うものだから、辟易されている。ま、今日、これから、素敵な女性が来るんだ。誰にも邪魔させないぞ!甲斐さん、ユウキさんに2人きりで飲みたいと言っていたと伝えて!」と言う。
ブックファースト、ジュンク堂、山之家にいく。
KAZUO ISHIGURO“THE BURIED GIANT” 入手。マロニエで武田浪さん・高橋秀明さんの「捨子のウロボロス」展を見ようと思ったが、パーティだったので遠慮する。
「ほんやら洞日乗」発売記念甲斐扶佐義写真展・トークショー&サイン会をYoutubeでUP。僕の話は甚だお粗末な喋りと自覚しているが、これが僕の現実。この悲惨な有様を乗り越えるべく頑張るしかない。
6:00にロイ、ディラン、カナダはカリガリ出身の23歳のNOVAの教師来店。直ぐに「漬物さん」も。ついで、奥田隆一さん、清水さん、谷川渥さんが武田好史さん、沢渡朔さんの娘さん、麻知さん(3月17日生)と共にWRIGHT商會での上村一夫原画展「エロス百景~その先に~」の帰りによる。飛び込みのドイツ人ファミリー3人、三角寛の兄の孫(佐藤優子さん)がイギリス留学時代の友人同伴。清水さんと入れかわりで、ウッチー&カオリン来店。玉岩信義さんも2度(笑)来店して、酔っ払って絡み男の本領発揮。2:00閉店。

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2015.6/1(月)


今日からは心を入れ替えて、原稿に邁進と思っていたが、そういう展開にならず。
8:00起床。
9:00まで店でダラダラ。例の店で焼き魚定食。
家に帰って、吉田に越して来て4年(6年?)にして初めて家庭ゴミを出す。これまでは、ほんやら洞までゴミを持って行っていた。ということは、火事以降、家では、全くゴミを捨てて無かったことになる。
2:00にSの不動産屋行きに付き合う。一戸建ての家を、壬生坊城町、吉田下阿達町、田中上柳町、下鴨中川原町、田中大久保町と5軒見てまわり、ちょっと疲れた。睡眠不足か。Sはもっと繊細だから、さらに疲れたようだ。収入証明を出せ!保証人の年収は?だのと言われ、一気に疲れが加速的に倍加した模様。僕らが最も苦手のジャンルだ。
八文字屋でちょっと一休みしたいと思っていたが、もう7:30で、紙芝居の岡本りよさんが、有難いことに「ほんやら洞日乗」買いに来店。最近会った、例連年末、浅草の木馬亭で一緒に「へっぽこ人間」の企画をやっている秋山祐徳太子(岡本さんは立錐の余地もない秋山氏の家を片付ける会のメンバー)が「八田さんのやせ具合から、『へっぽこ人間』で会う八田さんと同一人物と同定しがたかった」言うのを聴いたらしいので、知りうる八田さん情勢を報告。今日はお母さんと「江戸川」で鰻を食って来たという。八田さんに何を見舞いに持って行くべきか、と迷う彼女に昭和歌謡とかについてあれこれ喋る。定期的に京都・大阪には、夜行バスで来ていて、今年もお盆には法然院で紙芝居をやるとのこと。
彼女の次は、「明日から、渡辺さんは、似たような仕事の人たちとの交流で韓国行き」と言って段ちゃん登場。ダグラス・ラミス、知念ウシさん、新里健さん&弓華さん、北上田毅さん、朴豊子さん、浜里氏、袋中上人、笹森儀助、平戸藩藩主の松浦静山の「甲子夜話」、カズオ・イシグロ等を巡って歓談。スミスカレッジでの個展の可能性についても、フライングだが喋る。段ちゃん、5月25日の後半の事をあまり覚えてないというので、鹿さんの脳裏から去らない?ヨシレイさんブチュー話をもする。
店を覗いて入らない一見さん、1~2あり。
坪川桂子さんの先輩で、Kevinさんのライブにも行った大井さんが、明日、セネガルに向かって発つ池辺智基さん(大分上野ヶ丘高校出身)と神奈川出身で(前回『夢の抜け口』をかった)片桐さん(二人は『ほんやら洞日乗』買う)、バンソンの知人の女の子、後で合流するセネガルの「パパさん」?を連れてくる。4:00居る。大井さんは「屯風」にも通っている由。3:00頃「太郎です」とイケメンが二人連れてきて直ぐ帰る。あの巨乳の女の子は元気ですか?と言うが、その女の子と言うのは僕にも分かるが彼の正体は分からず。あとで、「ハリヨの夏」のスタッフも泊まったゲストハウスの男だな、帰った後に思いうかぶ。
4:10ダウン。6:00起きて、飯。

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*1〜3月は、ほんやら洞のホームページに移動します。2015年以前の日乗は、ほんやら洞のホームページよりご覧下さい。








お知らせ&イベント

(11/7更新)

カイ日乗 9/1〜30まで更新しました。
イベント情報更新しました。

★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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