2015.5/31(日)


グッタリ。杉本秀太郎さんの葬儀出れず。
2:00八文字屋入り。呑海龍哉さんのパーティー。3:00に呑海龍哉さん来店。パエリアを作る。ウッチー&カオリン&ツインズ、オイタさん、岡西さん&教え子も参加。岡田晴子さん久しぶり。パーティーの直前に「隣の人間国宝」に出ないかとディレクター、打診に来る。7:30にパーティーが終わり、清水さん、温ちゃんも来る。浅利ちゃんが来てからまた、映像を流す。奈良井さん、数学者、山中で陶芸をやっている石井さん、田中直樹さん、ルパンも来て、3:00に閉店。

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2015.5/30(土)


早朝から、八文字屋の大掃除。兄の絵、木口木版の斎藤修の作品も出てくる。1:00呑海龍哉さんの搬入。4:30にスクリーン到着で奈良井さん持参のヴェンダースの「東京画」を観る。カズオ・イシグロ「忘れられた巨人」読了。神田さんは、プロジェクターも寄贈すると言ってくれる。社の専務も同意済みとのこと。有難い。本来なら、ほんやら洞の開店43年記念日。
出町へ取り急ぎ、買い出し。7:00には、オイタさん来る。温ちゃんバイト。清水さん、梶田さん、ヨッシーも8:00ジャストに来店。オイタさん、ヨシレイさん、白石千代子さん、ウッチー&カオリン、河田孝郎さん&連れ、ジャーマン&ティル、段ちゃん、ナッちゃん&男友達、杉村さん&鈴木創士&二階堂華ちゃん、田中直樹さん、田中直子さん&伊藤君、他3~4名の盛会となる。DVDを延々流すも、人が、多すぎて音声聴き取れず。ラストは、ワッキーの知人の坂根舞さんだった。

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2015.5/29(金)


吉川勇一さんが亡くなったのを知らなかった。吉川勇一さんは、鶴見俊輔さん、小田実さん、との共著が多く残っているが、徹頭徹尾事務方に回って、風通しの良い市民運動を後ろから支えた屋台骨だった。ベ平連内に内ゲバはありやなしやで氏と鶴見俊輔さんとの論争においては両者の論点は、共に傾聴に値するものだった。今いくよ&くるよのどちらかが26日にやはりなくなったという。1981年改進亭の松岡さんに連れられて祇園新橋の二人のバーに連れられて行ったこともあった。
Sは、長岡の家を出なければならないようになり、両親が出て来て、苦しくなる今後の暮らしの切り抜け方を喋り、父親をびっくりさせたようだ。彼女のために(しいては僕のためにも)僕もより一層頑張らねばならない。心して立ち向かおう。
スクリーンは、アマゾンで神田さんが買って、有難いことに八文字屋に寄贈してくれるとのこと。神田さんにはお世話になりっ放しだ。八文字屋には、夜、段ちゃん、清水さんがヨッシーと共に、谷川さん、M人形、武田好史さん、奈良井さん、数学者も来てくれる。スミスカレッジの教師カップルが、ボケットに火事の件を聞き、来店。スミスカレッジでの個展の件、近々、話し合おうと言う。奈良井さん、疲れているのだろう。しばらく眠る。
深夜、アウト・ループウェイからのイギリス人客二人、冨樫来店。Kevinさんと坪川さん来店。八文字屋にて沈没。

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2015.5/28(木)


甲斐インタビューに中尾さんが何故か混入?し、佐藤さんが来て、部屋の中で作業を開始。中尾さんは、甲斐さんがひとりでやれば良いとばかり言い、インタビューにならないので、仕方なく佐藤さんは隣の部屋へ消え、中尾さんと二人きりになると、「最近潰れた企業、潰れそうな企業はないか、その辺をリストアップしてから甲斐さんが一人で書いてほしい」なんて言い出し、僕最近は現場を知らないのは、分かりきっているのに、何を言っているんだ!?、呉ジンカンさんの意図から外れていくじゃないか、と思うを夢をみた。
7:40起床。Hadrienに八田さんの病状を知らせるメールをする。
11:00前、森恭彦さんから、杉本秀太郎さんが昨日亡くなったというメール入る。
帰ってゆっくり寝る。寝過ごす。今日は、本来なら、中信に電話を入れるなり北京展に向けて始動開始と思っていたが、ままならず、八文字屋で、飯も炊き、肉じゃが等を作り、ゆっくりコーヒーを飲む計画返上。Sが7月いっぱいで、今の家から出らねばならないことになり、相談を受ける。
食事、酒の買い出しを終え、八文字屋へ向かっているところで、幡司さんご夫妻に遭遇。「八文字屋を覗いたが、施錠しており、中で寝ているか、死んでいるのではないかと心配して帰ってました」と言うので、一緒に来て頂き、なし崩しに営業開始。Sは、帰る段に毎日の鵜塚さんよりメールあり、杉本秀太郎さんの死についてのコメントを求めるという。直ぐ電話を入れるべきだったが、1時間遅れ、電話した時は、別人から取っていた。小田実の京都新聞の時と同様?ニ度目のミス?
7:00過ぎには、段ちゃんがきて、清水哲男さんと続き、HATAO&アンドレアス、更に、九州産大同僚連れのジェローム・ブルベスさん、永澄氏は講談社の地方紙への連載小説売込み担当者二人同伴。岩本俊朗さん、鵜塚さんと続いて、1日が終わったと思ったら、深夜の来客あり。

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2015.5/27(水)


7:40起床。
Sがお母さんと約束があり、来るはずなのに待っているのだが、来ない、一日経っても、来ない。警察に捜索願を出したら!?拉致されたかも知れないやないかという夢。場所は東京なんだけど、小樽の雰囲気のあるところでオマンタさんが、屋台のような、深沢七郎の今川焼き屋さんみたいな店を良くできた娘とやっており、訪ねて行っている。となりに広大な工場跡地があり、オマンタさんの娘が「父が死んだら、これを活用するのだ」という。娘にはオマンタさん以外の父親が居るような展開。そこに文弘樹が来て、オマンタさんに紹介した。すると、オマンタさんは「『カステラ』を読了した。面白かった」と文君を喜ばせるという夢。
仕事のペース配分が難しい。
写真。 片付けて、片付けて、片付ける。ネガを探して、プリントして、本、展覧会に化かす。何処に成果の目安を付けるか。仕事のスパーン仕切りかた次第。八文字屋。老人の仕事としてのメリット、デメリットを如何にお客さんと共有すか。お客さんが宝。それを可視化すべきや否や。如何なるルーティーンワークを選択するか。
ルネで食事後、立ち読み。大塚ひかり「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」「本当はひどかった昔の日本 古典で知るしたたかな日本人」、パクミンギュ「カステラ」堀辰雄・福永武彦・中村真一郎集の月報の堀江敏幸の「行き来する言葉」。
出町で手羽先、鰯の干物、西瓜、薩摩揚げを買う。今朝の帰宅途中と同じく、鴨川で目を凝らすが、獲物なし。ヒルゲートでバイトの井上裕葵さんと駄弁り、撮影。人見さんが後で来いと言うので、玉屋珈琲、タキモト銘酒館で買い物後に戻り、窪島誠一郎さんの闊歩シーンを撮って戻る。その前にろくでなしのヨコちゃんのデートに遭遇。スケボーの小学生も撮る。20年振りに町歩きを楽しんだという感懐あり、出来はイマイチだが、こういう生活ペースを維持せねば、という気分を味わう。「忘れられた巨人」はいよいよ佳境。
浅利日なのに低調。ファンは、前半は、川㟢さん、奈良井さんのみ。奈良井さんは、5月30日用にケーブルを買って来たが、上手く行かず。暫しYoutube上の甲斐ムービーをパソコンから投影して楽しむ。11:00までは、ほかには、イギリスからの観光客二人いただけの寂しい八文字屋。ヒルゲートの流れは、大西正彦さんが率いる青木繁「海の幸会」理事の吉武研司さんと岩井壽照さんのみ。このお二方が、八文字屋に徐々に馴染んで楽しんで行く様は愉快だった。12:00頃には、琢ちゃんもきて、岩手帰りの段ちゃんもお土産(水沢のニジマスの甘露煮、宮古の干し椎茸)持参。1:00過ぎに、久しぶりのカゲロヲ。気が付けば、1:30で浅利ちゃんが慌てて帰り、カゲロヲ、遠来のお二人も消え、やがて、段ちゃん、琢ちゃんもフケる。
永澄さんの誕生日、スクリーンは、神田さんが貸してくれる(後で読み返すと、寄贈、と書いている!!)とメールあり、助かる。呉ジンカンさんからメール。「キッチュ」インタビューは、佐藤守弘さんと二人でやるが6月20日or6月28日とのメールあり。大西正彦さんがムービーを回しても良いですと言ってくれる。ま、Sが撮ればいいか。清水哲男さん、明日、両親の許へ、との記述あり。

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2015.5/26(火)


7:40起床。
S、誕生日。アイリーン、東亮さんも誕生日。福島の江戸川町長も。11:00ルネでメシ。ケータイを忘れて取りに戻る。
出町で干物の買い物。Wu Haoさんより「どうしてますか?受け入れ口も官僚なので、このままのスローペースでは、年内の北京展は困難」とのメール。現状報告で、「2週間以内に目処をつけてみる。中信のコレクション18点(全倍)もあり、手筈する」と送り、中信の馬渕さんに手紙を書く。「具体的に作品のリスト及び画像が欲しい」と。最近は、イベント屋みたいな生活になって、原稿書きは愚か、写真家生活が出来てなく、内心忸怩たるものがある。
カズオ・イシグロを読み継ぐ。半ばまで来たが、流石だ。忘却の霧か。戦後70年もこの霧に覆われている。Sが来て、字幕チェック。30日にDVDの投影は可能か、奈良井さん持参の機材をチェック。ケーブルが不可。Sのデジカメ(OM-D)買い、ヨドバシ付き合う。ポイントを使って、7万円のが、57000円になったと喜ぶ。別カード作りに手間取る。6Fで、奮発してSが好きなタンを食う。大垣書店には、「ほんやら洞日乗」が、レジ前の一番目立つところに、「昭和天皇実録」と並んでディスプレイされていた。温ちゃんより電話。香川での売上、八文字屋に置いておく、と。
最近の八文字屋では、一月ほど、女性バイトのない日は暇という状況が続いたが、多分、一ヶ月間の新聞掲載の波に乗って珍客登場があるので、逆に「今日は、どんな方が来るかな?」と楽しみになった。
トップ客は、オイタさん。次いで、電磁波研究の荻野晃也さんが「いままで京大の原子力推進派の名誉教授と飲んでいた。先日の電磁波の東京集会には、結構、人が集まった。甲斐さん、国東半島の金鉱の研究はすすんでますか?集会には、国東出身の古庄弘枝さんという《携帯電話亡国論》著者も来たので、今度、こっちに来たら、連れて来るわ。ギャラを払わんかったので、彼女の本を買ってきた。えっ、石坂啓、来た事なかったの!?で、八田君はどうなの?八田君も彼の奥さんも1990年のピースボートで一緒で、石坂啓も一緒。八田君も奥さんももてた。八田君も絵をもっとちゃんと描いたら良かったんだ、富士山云々ってやつでなくて(笑)ね、僕もええ場所をかなり紹介したんだけど、お母さんは存命なんだろ!?」と来店早々、話材は途絶えない。谷川渥さん&M人形。28日には、ペテのラジオカフェでの番組で「『幻想の花園』論を1時間喋るよ」という話からM人形の突っ込みに応じて「美学者では、演歌の上手さにおいては、山下裕二だけには、敵わない」等々。不明客2名もある。やがて、ケーブルの懸念から奈良井さん、来店。琢ちゃんも「火曜日の割には、混んでいるなあ。こないだは、朝まで、カラオケに行って楽しんだ」との報告や「せいしん保育園を知っている?」に始まって、仕事での苦衷のほどを開陳。
谷川渥さん&M人形が帰り、直ぐに戻って来た。永澄さん、60歳誕生日を八文字屋で迎える。「学芸通信」の坂野初代専務を連れて、永澄&アベコンビの来店。学芸通信社については、寡聞にして知らなかったが、山本周五郎が監査役をやってた会社のようだ。「ほんやら洞日乗」を買って頂く。暫し歓談。何時に閉店かは、不覚。

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2015.5/25(月)


7:40起床。10:00朝食。何時もの定食。朝野さんにDVDを送る。
今日もグロッキー。3:00までダウン。4:00ルネで蕎麦他458円。出町買い物。鴨川イマイチ。5:15八文字屋入り。
蒸す月曜日、松ちゃん以外は誰も来ないだろうと、グロッキーだし、西瓜の端切れを食ったり、造りの切り落としを食ったり、ダラダラしながら、病気の姉に電話をしていたら、来客があった。姉、繊維筋痛症で苦しんでいるようだ。姉と喋っていると、10年くらい来てなかった林海象監督がやって来た。同伴者は、根岸吉太郎監督。「ほんやら洞日乗」を買ってくれ、根岸吉太郎さんも「路地裏の京都」を買ってくれ、海象監督はカンパまでしてくれた。感謝。月曜日なのに、幸先の良い出足。DVD「ほんやら洞の甲斐さん」を渡す。ニュージーランドのウェリントンのデコラ&ジェイのカップル来店。
数学者はアドちゃんを呼びだす。その前に、寺脇研さん同伴の埼玉の「元暴走族上がり」?の某大学職員が「○○は死んだと認めん!」と叫び突然オンオンと純情にも嗚咽する場面ある。ニュージーランドの二人のことを「良い奴だけど、面白くない」と評した数学者は、今回はびっくりして暫くしてアドちゃんとそっと帰る。入れ替わりに寺脇さんの京造形大の映画の一期生の出雲出身のYuta Nagaoka君が来合わせる。「海象さん会いたかった」とも言う。同時にOut Loop Way帰りの庭師(西院住まい、職場は堀川中立売)の長沢さんも来ては「甲斐さんは、今でも撮っているのですか?」てなことを言う。前回は、ウォッカバー・中西を紹介した男。本人は「酔っているから」というが、沈んだ男。2:00閉店。

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2015.5/24(日)


荒唐無稽な夢をみていた。
結構いい歳をした外国人(とも、外国人カップルと北沢さんと徳子さんとも思える、いや、両者は、ドッペルゲンガーみたいに相似形とも見える)八文字屋ベンチにとまり、また、僕の連れ合いも、ダウンし、布団が不足して、僕は、外にでた。山の谷間の広場というかだだっ広いグラウンドで谷川渥さんがマスゲームを指導しているのが、遠くから望遠レンズを通して見えた。そこへショータ君が嬉々として突っ込んで行く。アレ!?彼はこんなとこでなにをしているのだ?と思っていると、谷川さんが「彼はさいじんだ」と他のメンバーに説明する。広場は、競輪場みたいにつぼ形だ。ショータ君の進路は決まったと遠くで言っているのが見えるので、ギター弾きの彼をイメージしながら近づいてきく。「工学院に決めた、マルチで行く」と言う。(京大も工繊もあきらめたのを知る。)その場を離れ八文字屋に戻ると、先程の外国人女性とシルヴァンが布団の中で起きていて、別れることにしたと、喋っているのが聴こえる。愁嘆場は見たくないので、また、外へ。(杵築市山香町の)又井の毛井あやみ(ポルトガル在住)の家は朝5:00から喫茶店の営業をしているはずなので行くが、今日は開いてない。最近は開いてないらしい。仕方なく、となりの公園に行く。隠れて練習をしていたタケボウが総合プロデュースだという。タケボウはこんなとこでしのぎをやっていたのだ、と分かる。その公園は、谷川渥さんがいた広場みたいだが、公園には凸凹があって、一番浅いとこでも30センチ、深い所では、2メートルの水が張られている。ギターの練習でなくタケボウがこんなことをやっているのに驚く。タケボウに予算通りできたのか?と訊くとこれこれしかじかの赤だという。
彼の直ぐ近くに最近、決算が終わった人物(?)がいる。僕も火事にあった。
「タケボウも幸福の行進じゃん!(意味不明)この(決算終了)男も幸福、俺も罹災して幸福、3人揃って、幸福もんのマーチじゃないか!」そんな馬鹿な事を半身水浸しになりながら、どこぞの公園で僕はシャウトしている。来週のマーチング部隊組織を頭では想像しながら、速く帰らねば、眠る時間がない!と思ったら、目が覚めた。5:50だった。
呑海展に向けて、八文字屋の本を持ち帰る。5紙買うも空し。
7:30帰宅して寝直す。11:00起床。2:00まで、ゴロゴロする。
家のネガ、ゴミ選別作業も不可避だが、2~3年前から記述してきた写真集「サヨナラ、出町」つくり、蓄積焼失で厚み減少だが、今の今を撮りつつ、書く作業も加味して、完成させよう。40数年の見聞きをコンパクトに纏めねば。「笑う鴨川」も同様、ルーティーンと並行作業をこそ。
出町でゴミ袋、トイレットペーパー、スイカ、割引魚の干物を買い、鴨川をひやかし、ルパンの店へ。なっちゃんがネパール展のディスプレーに勤しんでいた。ルパン、野村雅一vs鶴見俊輔の平凡社の本(1987年)をくれる。昔、読んだもの。
三条大橋でも10人位の学生がネパール募金中。三条大橋の下では、相変わらずのライブ。裏寺では、カオリン&ウッチーが歌う。当人には告げてないが、吉田拓郎の歌では、気が進まず。八文字屋に入ると電話がなり、小中学校の同級生の豊田照子がでた。それこそ、50年顔も見てない大分の住人。2月4日の大分合同新聞を見たと言うのだ。
トップ客は、浅利ファンの久美さん。ついで、青魚はダメの河田孝郎さん(清流館展は、6月10日まで)&沖縄の教え子のウラさん。河田さんに撮影穴場として沖縄国際通り裏の墓場を教えて貰う(入場禁止だが、隣の住宅の屋上からは、市内一望可)。上田晃久さん、妹さん、父(近藤和見の父)同伴。ルパン、元共同通信の半田さん(三条西大路の町家住まい)同伴。ウッチー&カオリンは、八文字屋が燃えているとのヨッシー情報で馳せ参ず。鹿さん、奈良井さん、数学者。八田さんに電話をする。
何時に寝崩れたか、不明。

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2015.5/23(土)


スペインか、ポルトガルの反ファシストの闘いでゲリラとして蜂起する夢をみる。
タブッキ「イザベルに ある曼荼羅」とカズオ・イシグロ「忘れられた巨人《The Buried Giant》」読書の反響?
経験上、この作戦は失敗すると自覚しているのに、どうしようもなくそっちへ吸い寄せられ、同時にその動きを神の視点から見る自分もいて、「忍び込むスパイの陽動作戦にのせられている、ああ、嵌められた、失敗だ!」と思っていると、オバちゃんがゲリラから抜け出して、敵にも受ける演説をし始め、思わぬ方向に展開する、そんな夢。
やっと3:00に起きて、出町。
何も出来ず、八文字屋へ。
Sと珉珉。戻って、Youtube用の字幕スーパー原稿に手を入れる。
その作業をしながら、八文字屋オープンで何を獲得し、何を喪失したか、に思いを馳せる。その後、ま、結婚、育児はあったが、バブル経済の中で思考停止していなかったか?等々。タダのバーバリアンが社会化する過程でもあり、微温的ながら、写真を活用して生活をする真似事を開始した。
8:00前に、呑海龍哉さんの来店を見て、営業態勢(焼きなすつくり、丸干し焼き等々、本当は、コンロを買い、ちゃんと色んなメニューを作るという道もあり得る)に移行。
鹿さん、段ちゃん、不明男と続き、S帰宅。仏数学者がチョコレート持参。八田さんの話をする。奈良井さん来店。
12:00に誰も居なくなる。
2:00まで、待つも空しい。
寒いので、そのまま横になる。

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2015.5/22(金)


大きな会場で個展をやっていたら、会場に珍しく中尾ハジメさんがやってきたので、やあ!というと、僕の脇をすっと通り抜け奥へ行きながら「俺、今から若いひとたちと原発の勉強会をやるんだ」と言う。見ると、テーブルを囲んで数人いた。俺の個展会場で、当てつけでもあるまいし、深夜、そんなことをやるか、と憮然となる夢をみていた。
10:00起床。
オイタさんが、Sの家から、ベンチを運んでくれる。
夕方、レオ来る。
練馬の自宅にいる八田淳さんに電話をした星野高志郎さんから電話。
八田淳さんは、今、自宅療養中。5月27日から再入院して10日間、再検査。現在は、88キロあった体重が62キロになり、骨に転移しかかっている。全く体力を喪失しており、今度の検査で経過か良好と分かり、体力がついたら、一度、京都に帰りたいとの事。ケータイ、メール、パソコンもダメで、家の固定電話が通信手段。
最近は、大学の先生で教え子を連れてくることがなくなったし、学生も教師の行きそうな所で待ち伏せして、奢らせるということをしない。先生も学生も大変なんだ。
八文字屋には、極一部の常連客を除いて、一年に一、二度の客か遠来客ばかり。大半が外国人客だ。
そんな状況を面白がる客が常連か。これをよしとし、ここで、専従で数年働いてひと花咲かせてやろうという女性が出てこないものか?粋狂人を惹きつけるには、もう少し掃除が必要か。兎に角、毎日、何処かで飲んでいる男女が多く居るはずで、そんな客がもっと頻繁に来たくなる魅力の欠如をこそ改善せねば。裏を返せば、だから、僕は、二足の草鞋を履けているということか。草鞋のレベルアップを図ろう、でないと、面白くないと思い始めた。
で、写真集「美女&野獣」本作りを急ぎたい。この数年に幾つか選択ミスをしたかも知れない。それを悔やむより、前へ、前へと行こう。
千数百点の某社によるベストプリントを電子本にする(著者定収入率を受け入れ)チャンスを活用していたら、火事をも乗り越えられただろうし、多分、奇特な女性働き手の出来も有っただろうし、その女性もろとも八文字屋も悠々と延命出来た可能性もあったが、その選択をしなかった。
いまは、ともかく、この二、三年で身体的精神的にもガタが来るのを見越して、今、出来ることを順次、片付けて行こう。
繰り返せば、数年、ここに腰を据えて、留守番でも経営でもしてやろうという熱い人物も自力で探すしかない。
トップ客は、オイタさん。次いで、ウッチー&カオリン、その後、あさひちゃん、奈良井さん以外は11:30までずっとなし。
12:00前に誰も居なくなり、カウンターにうつ伏せになっていると、オーストラリアからの半年に一度のカップル来店。「京都猫町ブルース」を買っていく。
その、ライトオフの中、ドアを叩く堀場製作所の山田さんが同志社仲間のやはり山田さん同伴。出版記念パーティ欠席の詫びを入れに来て「ほんやら洞日乗」を買って行く。
彼らの後、ボール&チェーン帰りの玄考さんがきて、4:00まで。4:40帰宅。

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2015.5/21(木)


弘法さん行き。イオンモールに初めて入った。
昨日、身体中にガタが来て、生活保護をもらいながら、畑仕事をしている姉から電話。
「名古屋での『ほんやら洞日乗』出版記念のトークショーのDVDを見初めて、暫く涙か止まらなかった。お前が、泣きそうになるもんだから、泣くじゃないか。ああ、お前はほんやら洞に育てられたんだなあ、あの建物に育てられたんだ、両親に育てられなかった分、みんなに育てられたんだ。途中でしゃべっているのも歯がないので、お前も言っている通り、何を言っているか分からなく、また、泣けてきた……」
5月30日のDVDを見る会の後、この名古屋正文館のトークショー、やはり、字幕を付けて、英訳バージョンもいずれ、作るつもりだ。
僕は自覚していたが、姉が見ても僕は、末っ子ながら、やはり、親のケアなしというか、ほったらかしで育ったようだ。
7:00に毎日新聞の喜寿の!OB山藤廉さんが同志社の渡辺武達さんの「メディア史研究会」の帰りに見えて火事、毎日新聞のOBたちの消息の情報交換等をしているところに、HATAOが登場し、毎日の徳岡さん等々との縁も喋り30分いて帰り、山藤廉さんも「日乗」を買って12:00前には帰ったので、今日はこれで終わりかな?とガッカリして、2:00までは、誰も来なくなれば、閉店と踏んでいた。そこを2:20に中日新聞の気鋭の森記者が本社編集の「ヤマゲンさん」を同伴。3:20まで。その後、村屋。4:40帰宅。客が居ない間、つらつら考える。
名古屋正文館展のあと、やはり、写真でやって行くと覚悟したからには、その写真を次は何処に持って行くとかサーキュレーションの段取りとかちゃんと考えるべきだったと反省。名古屋の大きいプリントだけでも、東京、福岡、大分等々でやる手配をすべきだったか。中谷健太郎さんに何も相談しないで帰ったのは、やはり間違いだったと。今の段階では、兄は当てにならないのを、改めて再認識して愕然となる。兄は追い込まれている自覚不足だ。逆に兄を励ますべきか。田舎でも通用しない陶器のままごとなんてやるべきでないと、周りのハイレベルの陶芸家を日々、嫌という程みているので、兄が憐れてならない。どうして、そんなとこに嵌ったのか。孤立が悪作用している。それはともかく、僕は、北京は押さえつつ、次の手配はしよう。写真集もだ。健太郎さんにDVDを二枚渡し、会場を探して貰うのも一計か。兄に刺激にもなろう。70歳過ぎて、何時まで、今のやり方で行けると思っているのか。66歳の僕でもきついのに。僕は、もっとやり方があるのだとやっと今頃、思いつく。
5:00就寝

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2015.5/20(水)


田中慎弥著「宰相A」(新潮社)読了。構想、寓話化、時代及び地域設定もお見事。
ゴッドファーザーを僕が見たのが、前過ぎて、随所にアクセントとしてそのイメージ、エピソードが援用され出て来るが、それが適当かどうかピンと来ない。アクセントになっているのはわかるが、もどかしさが残る。濡れ場?シーンがあっけなく物足りない(そんな事を望んだらダメなのは、分かっているのだが、俗っぽいおじさんのないものねだり)し、僕のカフカの「城」未読故に興趣が削がれもする。ディストピアの寓話より日本の現実が先行している面もあり、どうかな?と思ったりもしたが、近未来小説。作家は1972年、ほんやら洞創業年生まれ。テルアビブのロッド空港の岡本公三の銃の乱射事件(ほんやら洞オープンの日に実際におこり、それとホビット、ほんやら洞の関係がフレームアップされた。)アメリカとの70年を考えさせるリバーサルユートピア小説。
明日、朝日放送ラジオにPM2:30に行く予定ではなかったか?メモがないが、代理記憶があるが、今日になっても何も言ってこないところをみると、夢だったんだろうか?そうかも知れない。メールで2ヶ月前に言ってきたと思うのだが、痕跡がない。何のテーマだったか?杳として思い出せない。焼きが回って来た。
Sと散歩。約束していたのに、電話をしなかったと叱られる。が、寸暇を惜しんで読書したいと表明するのは、野暮。浅利ちゃんの誕生日プレゼント買いに木屋町御池上がる「ジェフの英語教室」の南、現ロサンゼルスのカウンティミュージアムのロバート・シンガー館長が15年位前に住んでいたROJIにあるチョコレート屋に行く。喫茶店探しをしながら、約20年ぶりに中古レコード屋「ホットライン」(ホットラインで自衛官人権ホットライン作りのいいだももさんからの応えられない呼びかけを思い出す。)に行き、2年前の5月23日に亡くなったムスタキ、萩原健一(『惚れた』)、数十年前の「ポピュラー・ヒット25年史」を買い、二条のちびっこ広場では、姉から不意の電話(「DVDを見て涙が止まらなかった」)をうけ、クレープを食って戻る。
温ちゃんが高松に行くのに「ほんやら洞日乗」後払いにさせて!「浅利ちゃんには、誕生日、おめでとう、と伝えて」と言いに来る。
八文字屋は、低調。
川嵜さん、奈良井さん、イマージュの今村仁美さんが浜大津の知人と続く。今村さんは、建築の模型作りをやっていると言って東京駅の模型カードをくれる。次いで「ナッチャンは凄い!ヤンキーだ!!あさり、俺と付き合ってくれ!」と言うルパンが、前に頼んでいたカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」を持って来てくれる。
アバンギルドでの舞踏見物帰りのシルヴァン&佐枝ちゃん、ヴィラ九条山のレジデントのジャン・バチスト、「家畜人ヤプー」をだしたロランス・ヴィアレさん(6年ぶり来店)等が来る。
1:00過ぎに終わったが、寒いし、もっと客が欲しい(最近は、そう思って待機しても裏切られてばかり)と思って、居て、寝崩れた。

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2015.5/19(火)


8:00起床。
八文字屋の営業の仕方、改めざるを得ない。6月1日からの自転車取り締まりは、狂っているとしか言いようがない。取るべき所から全然とらず、細民いじめにかかるのか。
バイト女性なしの日の作戦。まず、掃除、客発見の町まわり、新規メニューの定着、おもろいイベントの考案、焼け跡から救出した写真及び3~40年前のノートの活用……。
物心ついてから、ウチは、僕が生まれる前に死んだ姉を除いても、両親と兄姉らと僕とが全員で揃って食卓についた記憶がない。全員が一つ屋根の下に揃ったことがあるのだろうか?兄弟全員が一堂に会したことは、6歳位の時にあった気がするが、定かでない。飲んだくれの父は殆ど夕方、家にいなかつたし、そんな父に反発して、姉はウチを飛び出すことが多かった。以来、兄弟全員が揃ったことは一度もない。両親の葬儀でも揃ってない。狭いウチに7人は、物理的に無理だったかも。もちろん?盆でも集まらない。多分、揃わないで終わりそうだ。兄弟の結婚式は、1,2度あったのだろうか?
というわけで?は、変か。姉も弱っているで、僕は、この夏盆に帰ってみるつもり。2回目の盆だ、多分、兄、姉に会い、仏壇の前に座るだけだろう。
兄弟が、両親について語りつくした経験は皆無だ。
北口さんが、パプアニューギニアの写真9点を取りに来る。額は、6月いっぱい貸す。「差別と闘う文化会議」を再度たち上げるのに、発起人の打診あり。佐藤真由美さんは、フィージーの首相が安倍に会うのに、付き合っているのだろう。“busy、busy”と記している。
ヒルゲートに、「ほんやら洞日乗」3冊持参。人見さん、「ゆっくりしていったら?」と言ってくれるが、八文字屋に冨樫を残しているので、直ぐ戻る。
冨樫は、6:00前から12:00までいた。フランス行きの話、スポンサーもついてご満悦。元禅カフェのバイトの変人も丁度来合わせた。GFの荒川さんが「ほんやら洞日乗」は面白いと言っていた。「甲斐さんは、上手いわよ、写真も文章も教養も貴方には、敵わないわよ。甲斐さんは、社会党だろうか?」と言っていたと笑う。自分の父が共産党だから、気になるのか。
“Deep Kyoto”を見て来たと言うマンチェスターからのカップルあり、冨樫は親切にする。外国との関係に行き詰まった隘路の突破口を見出そうとしているようだ。面白いけど、危うい、何か支点なり、確たる根拠があればいいのだが。ま、当たって砕けろ方式だろう。
永澄さんは、明日の朝刊のゲラ持参。「明日の朝刊に出るよ!」と言う。紙面は大きいが記者の思いはあまり感じられない記事だった。店の佇まいに胡散臭いものを感知しているという風情のNHK文化センターの織田柳太郎さん、先日来て三浦梅園、広瀬淡窓、帆足万里の話が出来るのを喜んでくれた亀井南冥、大井広介、青木正児研究の林田先生(飯塚高校出身)同伴。織田さんははじめ斜めに構えていたが、名古屋出身らしく正文館の良さについて喋り、中日新聞の記事を見せたりしているうちに、徐々に和んで来た。それまでは、店内に「ダンボールがあるのもウケ狙いのインスタレーションだろう」と断定してはばからなかった。中国にも4年滞在したらしく、中国の大学のランク付け等も話題。N響にいたとか。僕と同年。織田家の末裔か。序でに、僕も母の実家(狭間町中村の園田家)は織田勢の落ち武者と伝承があるという話もする。林田先生は、すっかり気に入ってくれたようだ。冨樫があれこれ同調して加わって来ようとするのにも「何時も、こんなサクラをスタンバイさせているんだろう」とも織田さんは言っていた。
11:00前に、府庁の野村さんが学芸出版の編集者達を数人同伴。松隈洋さんの教え子の岩切江津子さんという学芸出版の企画編集者、F.T.A建築の深水浩さん、袋を忘れて帰って行った今村仁美(熊本のアトリエ イマージュ代表)さんら来店。権太呂の女将来店。2:30閉店。3:30帰宅。

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2015.5/18(月)


9:00起床。11:00帰宅。例の定食。
この30年間で初めて、上御霊祭りに顔を出さず仕舞いだった。すると、志賀玲子さんが画像をUPしていたので、書き込む。
夜飯は、珉珉でラーメン、餃子、ジンギスカン。恩田陸さんの「EPITAPH 東京」読了。
35年前に光州事件が起きた日。パギやんがUPした画像を見る。卒倒しそうになる。ホン・ソンダムさんの版画を思い浮かべる。
八文字屋開店の翌年の今日が浅利ちゃんの誕生日か。10:00来店四条大宮のお好み焼き屋に入ったら、知らんおっさんがひとりで喋りぱなしで自分にはなしをさせへんのが嫌になって来店したという松ちゃんには、パギやんの釜ヶ崎越冬ライブのyoutubeを聴いて貰う。11:00来店の学芸出版社の二人には、泉谷しげる、ジェファーソン・エアプレーン、織井茂子のレコードを聴いて貰う。本、一冊買ってくれる。去年「ロッキングオン」井上貴子さんの来店時に居合わせた方。
12:00、誰も居なくなる。店も家も片付けねば成らないのに、時間がない。気がはやるばかり。どういう風に月曜社の原稿に着手するか。
1:00先日、CDジャケットに写真を使用させよ、とメールを入れて来た東京のミュージシャンから電話。2:00眠れず、ジンを飲んでいるという姉から電話。体調はかなり悪いのだろう。死期を早めているとしか思えない。今年の盆には帰るつもりと告げる。「両親の愛情を殆ど受けず育ったお前が可哀想と思い、あれこれして上げたいと思うのだが…」という。実際に「いま、不調なのを見越して、何時死んでも良いようにしておきたく、写真等は全て焼いてしまい、持ち物を減らすために片付けをやっているのだが、捗らない」とボヤく。不調そうだ。
3:15帰宅。
4:00就寝。

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2015.5/17(日)


風邪か?
京都、まだ。書評、日経が興味深い。「遠すぎた家路」「コミュニテイ通訳」「ニュルンベルク裁判」「サリンジャーと過ごした日々」「藤田嗣治とは誰か」「幽霊の真理」「経済学の宇宙」等。それ以外の新聞では、小倉紀蔵の「北朝鮮とは何か」、周防正行「それでもボクは会議で闘う」、宮沢章夫書評の大瀧詠一「Writing&Talking」、村澤真保呂他訳の「モンサント」も、加藤陽子書評の「朝鮮王公族」も読みたい。
不調続き。沖縄行き7月5日にする。
浅利ちゃん10:30上がりと電話。東京行き?下御霊祭りで、店が暇になるのを見込んでか?そう思っていたが、違った、深夜、客からお呼びがかかってのこと。八田さん見舞いの報告あり。トップは、松ちゃん、次は、昨夜の不明電話の女の子ーー磯村久美ちゃんとのデート帰りの奈良井さん、よく知らないこの子にニューヨークのSOHOの知人を紹介するなんて言うーーは、奈津ちゃんと一度会っただけと判明。森重さん来店。森まゆみさんに円朝のことで取材した経験有りという。
皆、引けた後にウッチー&カオリン登場。
ほんやら洞で、洗い物をしながら、「掃除は、治療的だ」と思っていた時期があったこと、洗い物を何ヶ月も日に12時間やり、両手の20ヶ所くらいから血が吹き出ていた時期が何度かあったのを思い出す。現像液を素手で処理も。
また、ドアを開けたまま、レコードをかけっぱなしで、4:00まで寝ていた。
戸を閉めて寝なおす。

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2015.5/16(土)


ほんやら洞炎上から4ヶ月。
朝、鹿さんの父親、亡くなったとの知らせ。Sureの街子ちゃんより封書。
ピーチで沖縄行きを考えている。初沖縄とは情ないが、そんなイビツな生活をしてきたんだ。
DVDを発送。
八文字屋、温ちゃん。サカイ君&ミリアムさん、草葉裕さん、奈良井さん、浮田潤ちゃん、で終わり。デカイのをつかまえる。後、1,2。温ちゃん、奈良井さん、潤ちゃんの写真を撮る。

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2015.5/15(金)


5:00から1時間毎に目を覚ます。
五郎さんから、許さんを紹介しろとのメール。
11:00には、ルネ。611円の食事。安藤礼二の「折口信夫」を読む。
昨夜が暇過ぎて、疲れを持ち越す。15日で知恩寺手作り市、葵祭り。祭りの最後尾を撮る。中京郵便局へ、山崎修さん、渡辺孝治さん、戸高功さん、浜里毅さんへ書籍小包送りに行き、「むさし」、ジュンク堂へ。
7:00許さん来店。悩みを吐露。岐阜の38歳の男同級生の沖縄出身で、フィラデルフィアの大学に4年いた男、梶田さん、S、鹿さん、奈良井さん、段ちゃん、濱崎実幸さん、琢ちゃん夫妻、「ほんやら洞日乗」を買うサカイ君が来て、4:00まで。

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2015.5/14(木)


何時もの朝食。9:30帰宅。
森まゆみさんが「ほんやら洞日乗」を拾い読みしているとツィート。
家の前の路地に、クルマが入り込んで枝落としの作業をしていた。
kotoba誌上での湯浅誠と中野剛志の対談(構成・文は鈴木英生)を読み、同誌上の加藤典洋さんの「敗者の想像力 想像力にも天地があること、カズオ・イシグロ」を捲っているうちに、1980年の出町ふれあい広場のこと、その後のほんやら洞での出処進退(出町からの個人的撤退の心理)の是非等々、考えさせられる。湯浅が言う「面倒くさい民主主義」との付き合いは、僕は、読書レース?第二コーナーまでしか走れず腿割れ(酸欠)で放棄したのが分かる。ま、お里が知れトンもんな。湯浅は言う。北海道当別の「ゆうゆう」の事例で、30歳半ばの理事長には、ちゃんと「彼らを見込んだもう一世代上の人が陰にいる。……役所の課長、部長クラスで……威勢のいい若者のよい面を伸ばしつつ地域のしきたりを教え、反作用への防波堤になる。地方で成功するNPOには……『おじさん』がいる場合が多い」。もう一つの湯浅のオモロイ指摘。「日本の政治的なリベラリズムのつまづき。戦後の日本では、政治的なリベラリズムというのは、それなりに強かった。国家と市民の対立という構図の中で、学生運動などは盛り上がった。しかし、70年前後にたとえば、ウーマンリブなと多様な政治的な動きを包摂するのに失敗した。……障碍者や外国人から異議申し立てが出たときに、それを包摂して運動の形を変えるということができず、多様性をもてなかった。逆に、小さな差異にこだわり、内ゲバみたいなところへ行ってしまい、人々に愛想を尽かされた。/……なぜ経済的なネオリベラリズムか浸透したのか……市場で勝てるなら、女でも、外国人でも、障碍者でも構わないというものだからです。つまり、能力があるマイノリティーで、じぶんの属性がゆえに絶対勝てなかつた人たちからすると、経済的なネオリベラリズムは朗報だったわけです」と常識的だが、説得力ある。僕は、ほんやら洞でも思慮不足で敗者の想像力を深めずに今日まで来たのだと悟らされる。九州の甲斐家の、2代、3代さかのぼったり、親戚の動向を理解するのにも必要な観点。カズオ・イシグロももっと読もう。小津安二郎評価もオモロイ。
オーバーに言えば、22歳からほんやら洞に居続ける事によって、また、写真にのめり込む事によって、失ったものは何か。上げ底とはいえ、僕は、結果として、柳田、折口、南方、宮本の世界へと入って行く知的好奇心を遮断して仕舞って居たのだとつくづく思う。ポール・グッドマン読みも、なんの成果も残せず、原稿を焼失させた。ドデンと腰を据えて、己れの目標を真っ直ぐに見る、思慮が無かった。
「宰相A」「イザベルに ある曼荼羅」「EPITAPH 東京」も今日読もうとして、全然、捗っていない。
9:00に松ちゃん。10:00にヨシレイさん&20年ぶりのオーストラリア在住(奥さんは岐阜出身)の友人と来店。
24:00に冨樫&もう一人のピーター(オランダ)は冷やかし。
2:45閉店。

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2015.5/13(水)


八文字屋でタコライス23人分の注文があり、慌てて、ミートソースを作ったり、米を炊いたりする内に、コンロを買わねば、とか、炊飯器をD2に買いに行かなくっちゃ、とか思い始めるという夢を見ていた。その後、九州チャリンコ旅行に出掛ける夢もみて、夢らしい夢だな、でも実際、炊飯器、ガス台も買わねばと思いつつ、夢を書こうとしたが、ルーターが行方不明で一挙に書けずに目を覚まし、外出した。この夢で、1970年7月20日に九州まで歩いて帰った時の気持ちとリンクする時期が、遅ればせながら来たと思いつつ、節目を感じる。夢は、一転して、風媒社の(現実とちがって、荒々しい)社長から「印税、ゼロで良かったんだな」といわれ、「違います」というやり取りになる。
69年5月のポール移送抗議活動以降の新たな出会いに伴う行動の変化があってもなお、勝手に宮本常一の仕事に私淑し、そのラインに沿っていくのを希求していたにも関わらず、そちらへは一歩も踏み出せなかったのを思い出す。が、任錫均のボディガード、同大のベ平連ボックスにたむろし、岩国行きがあり、パートナー探し(俗に言う女漁り)に明け暮れる(笑?)日々があった。本当に貧困の文化からのぽっと出だった。それから45年経って、初心(?、宮本常一ライン)を貫徹出来る機会が訪れたが、いまと成ってはもう歳であり、遅過ぎと言わざるを得ない。が、再挑戦の夢止み難し。来年こそは残務実現に向けて、チャリンコだが九州気まま歩きを敢行しよう。カザフスタン、北京を睨みつつ。安モンの組合専従みたいな荒んだこんな生活をよくも長いこと続けたもんだ。陋習よ、さらば去れ!と言いたいが、人生にもサラバする時が刻々と近づいているのも痛感する。
ゆっくり本を読もうと思っていたが、Sから散歩を!とのメールあり。読書三昧と相ならん。身辺で気を配ってくれるSを、まず、一番に大切にして、残夢に向かう。
細見美術館に行くということで健康のためにも歩く。ハジメさんとアイリーンさんの子供、マナちゃんの嫁ぎ先の漬物屋の外観、周辺を冷やかす。帰りも懐かしのコースを歩く。デカ猫を撮る。
5:00過ぎに段ちゃん、琢ちゃんの仲間のサカイ君の知人のドイツ人のミリさんと星さん来店。更に、大分の予備校「自啓館」の戸高功さんが火事見舞いに来てくれた。感謝!夕飯に良い店はないか?と言うので、「色飯の黒川」を紹介して喜ばれる。佐伯鶴城高校(昭和21年生)の同級生の箱崎さんの清水寺の成就院での屏風展の最終日に来たのだという。同級生には、グーグルジャパンの会長もいるそうだ。
僕が九州をチャリンコで周りたいと言うと、電動自転車を貸そうか、と言ってくれる。九州に来たら、どこへでも会いに飛んで行くので、知らせてくれ!と言う。嬉しい話だ。本も大量に買ってくれた。
オイタさん、奈良井さん、川㟢さん、久美ちゃん、ケータイを回収に来た茂山あきらさん、ほんやら洞ファンの不明カップル、寺脇研さん&石坂啓さん(初来店)、段ちゃん、寿司ぼんと続く。段ちゃんが帰った後に、琢ちゃん、西田大智さんも来る。西田さん「僕も出ているというので、買ったのやけど、ほんまに出ているのやったら、読もう」と言う。段ちゃんは来月、岩手に行くけど、甲斐さんは、いつ沖縄に行くのだ?と訊く。
何時に終わり、いつ寝たか覚えてない。

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2015.5/12(火)


6:00起床。
例の朝食。
7:15帰宅。
11:00に風媒社の山口社長がプリントを運びこんでくれる段取りだった。
山口さんが来るまで、30分おきくらい軽い眠り。電話連絡なしで玄関が開いており「居なかったので」 知らない間、荷は運び込まれた後だった。正文館までプリントを持参してもらう目論見は見事に頓挫した。
台風6号で、家で骨休め。
46年前の今日、ベトナムの米軍脱走兵、「ポール」ことダニエル・E・デニスが京都の川端署で逮捕された日なのを思い出す。鈴木マサホの記憶と交差する面もあろう。彼は、ポールと付き合っていたが、捕まった時は、「キューバ行き」話かなんかで居なかったはず。
僕は、翌13日の朝日新聞でポール逮捕の事実を知り、起き抜けに金閣寺の(紙屋川のほとり、《戦後精神の探求》で有名な梯明秀の家の3軒となりの下宿住まい)奥からノコノコと步いて、同志社の貼り紙で確認後、川端署に行き、抗議活動の輪に加わるには暫し抵抗があったが、克服してそれに参加し、夜を徹するとの判断に従い、步いて金閣寺の奥迄步いて帰り、その事実と覚悟を兄に喋り、兄と取っ組み合いの末、振り切って、また、川端署迄步いて行き、泊まり込みの抗議活動に参加した。思えば、それが、ほんやら洞への第一歩だったかも知れない。
その夕方、鶴見俊輔さんの奥さん、横山貞子さんが、3,4歳の太郎さんを連れて、お握りの差し入れを持参していた。
翌日、ポールは、警察署の前の小競り合いの後に、新明和工業の敷地から伊丹空港に入る車で移送され、横田基地まで連行された。
川端署での小競り合いでは、現関西学院大学の教授、奥野卓司(当時、予備校生)と京大の院生?助手?の三枝さんが拘束されるいう一幕もあった。
今では、ちょっと考えられないことに、警察署前で夜通しありの長時間の抗議行動逮捕者が出てその後もなお伊丹迄追走者の報告集会も同じ署前でやった。当時、鶴見さん、安田武さんと8・15に交代交代で頭を丸めていた、毀誉褒貶もある快著「危険な思想家」の著者、山田宗睦さんも飛んで来て、他の場所での活動報告のスピーチをやっていた。その後、近くの教安寺に場所を移して、反省会があり、鶴見さんはヨーロッパでは、世俗権力から教会が犯罪者を守る伝統は幾らでもあるが、日本の寺でそれは可能か?という問題提起をして「抵抗学」を如何に開発すべきか、再考を促したそれから、10日余り後の同大の学館での集会後のこの日の反省に話が二次会会場中華料理店「東天紅」での打ち上げの席で当時、「ベラミ」の前、「いろは旅館」の隣の「錦水館」の息子(桃山学院大生)が、三条「橋の下大学」なる(新宿駅西口広場のフォーク集会の京都版)毎土曜日の三条京阪の疏水脇での集会を提案。
その動きの中で、僕は北沢恒彦さんに会うのだった。以来、北沢さんとの付き合いは彼の死まで続き、1980年前後の数年間は、誰よりも彼と最も頻繁に会うことにも繋がる。ここをほんやら洞に繋がる原点と見て過言なかろう。
ボールを乗せた車を伊丹まで追跡した、如何にも育ちが良さげの美青年、藤井君には、それから16年後に八文字屋を作る際、入口の扉にステンドグラスを設えてもらった。その頃、北野白梅町に広大なアトリエを持っていたが、そこへは1985年の八文字屋開店に際して、1974年ほんやら洞英語教室(一からやり直しクラス)の
生徒だった金閣寺の裏山、原谷に染色工場を持つ草野一騎(八文字屋で、ジャーマンこと、林晶と立命館大での同級生と知る。彼の長女は、理化学研の脇坂崇平と同志社中高で同級生と八文字屋で後に判明)のボルボに乗せて貰って訪ねた。彼は、バブルが弾ける直前、天童よしみか誰かの着物のファッションショーを企画して、その写真を僕に撮らせる計画を練っていたが、バブルが見事に弾け、その話もながれた。その後、アトリエを比叡平に移したと聴いたが、もう20年以上会ってない。三枝さんは、入管闘争での華青斗の突き上げを受けて、その後「在日日本人問題を考える会」を主宰していたが、その後の消息は寡聞にして知らない。川端署でのポールの取り調べ室には、当時、京大新聞の長沼節夫さん(元時事通信社記者。30数年前の『アサヒグラフ』編集長の石根さんは、兄)が、通訳と偽って潜り込んだと本人から10年前に聴いたが、氏は元気か?任錫均氏が取り持つ縁で彼とは付き合いが持続したが、その頃のこと、ほんやら洞草創期の事を早く書けと励まされていたのに、いっこうに仕上げないのに、多分、呆れているだろう。この件に絡めて、司馬遼太郎の小説「ひとびとの跫音」には父親と共に魅力的な形で登場する天皇制批判の詩集「編笠」で有名な詩人ぬやまひろし、こと西沢隆二の事も年内に記してきたい。
高山富士子さんのFB上には、ポンこと、山田塊也さんの遺作展の新聞の記事があり、1974年に氏は、ほんやら洞にやって来て、諏訪之瀬島でのヤマハの進出に反対する運動のビデオの上映会をユズルさんの呼びかけでやったこを思い出した。これは、「名前のない新聞」のアパッチを通して来た企画だったか?その後のニューエイジと呼ばれる潮流とユズルさんはずっと踵を接し、パラレルにやってきており、中尾ハジメは、このニューエイジの潮流を眉唾と思い続け、ユズルさんとハジメさんの間に中山容さんがいたという位置関係になる。このニューエイジとの距離に関しては。中尾の標的は、山本寛斎、リチャード・ライクの「緑色革命」や浜野安宏の「ファッション化社会論」等に群がる若者であったそれはさて置き、ポンのほんやら洞での上映会には、ポンの彼女、チサ?さん、山下佳代さん、藤田志真子、山内陽子、中尾、甲斐しか居なかったのはその時の写真は残っていて分かる。
山岸会もそうだけど、米脱走兵を匿うのに協力的だった諏訪之瀬島には、詩人のゲーリー・スナイダーが絡んでいて、そのやり取りの機微について鶴見俊輔さんが「詩と自由」という新書本に巧みに書いている。ついでに言うと、鶴見俊輔の面白さは金芝河裁判の傍聴者には、意表を突いて、片桐ユズルさんを派遣するところなんかにある。韓国の金芝河への面会には、小田実の教え子の金井勝子さん等が意表を突く行き方をしては面会に成功していたが、当初、正攻法で桑原武夫さんに「ワシが行く!」と言わせているようだが、さすがに、大物過ぎて、断られたみたいだ。
その後の奥野卓司さんについては、本人に訊けばいいが、西部のウェストロードに関わったという噂、未確認。深作光貞との交友は遠目でも分かった。深作さんとほんやら洞の関係は、書下ろしのホンチャンに譲るとして、氏は「新宿考現学」等で知られているが、その人となりについては、森秀人さんが、じつに魅力的に描いているが、橋の下大学では、氏は、三島由紀夫に伝授したことがらについて、笑いながら、しゃべっていた。三菱重工業爆破事件の重工業の社長の息子、牧田吉夫氏なんかも可愛いがっていた。
冨樫、荒川悠里子さん、ゲイル、合気道男、オランダのピーター。茂山あきらさんのグループ来店。3:15にあきらさんを置いて出る。

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2015.5/11(月)


昼のKG+展の留守番から解放される。
田中慎弥「宰相A」立ち読み。
パーティの礼状発送。山の家行き。
森まゆみさん来ず。HATAO、ロホン、アラン、冨樫、不明オランダ人のピーター(中国相手のビジネスマン)は来るが、空振りの八文字屋。何時に寝たか不明。

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2015.5/10(日)


6:00起床。KG+展最終日。KGもほとんど行けず。見るべきものは、少なかった模様。
鴨川では、泳ぐ外国人がいた。出町で茄子を買い忘れる。レオは、住民票をウチに置いているので、下宿の火災保険の通知ハガキもウチにくる。連絡をすると、「今、日本最北の地を目指して移動中」の連絡入る。Sに礼状の宛名書きを頼む。
森秀人の安田武の項を読み、桃山晴衣のyoutube「梁塵秘抄を語る」を見る。もう7年前に69歳で亡くなっているのだ。気になっていたが、聴かずじまい。桑原武夫さんが「京大人文研に森秀人のような人物が一人欲しいなぁ」と言っていたと北沢恒彦さんの言葉を思い出したが、杉本秀太郎さん安田武嫌いは、桑原武夫さんの言質と何か関わるのだろうか?なんて、あらぬ連想をしてしまった。
最終日には、最終日に相応しい方が来てくれて、嬉しい。台湾国立大学から同志社大への交換留学生の許利琪(シュリキ《もしくは、シュリチ》)が、KG+展では、No14のANEWAL Gallery(上京区実相院町156)の山内浩『PAN HORAMA』展しか見てなかったのだが、そこのカタログで「甲斐扶佐義の名を発見して、甲斐さんに会いたくて来ました」と言い、後で、買ってくれた本にサインを!というので書き始めると「わあ~、甲斐さんは、私にとってアイドルみたいなもの」というので、「歯抜けのジジィのアイドルかい?」と言葉を返したのだが、訊けば「ほんやら洞は、行きたかったが、行ったことないまま焼けて、毎日、店の前を通学してり、『ほんやら洞日乗』も買ってます」と言い、訊けば、かなり読み込んでいた。音楽もボブ・ディランは好きと言う。ビールを飲み始めて「甲斐さん、文学は?他の音楽は?」等々言うので、youtube等を見せる。許は、Ksuと表記するらしい。「働くので、カウンターヘ移動しませんか」と言おうとしたが、佐藤真由美さんの知人のカメラマン、大槻健二さんが子連れで来て、彼女が黙々と写真集を見ているのをつかまえて、「あ、勿体無い!一緒に飲みましょう!!」と語りかけ、身の上話を開始したので、僕とのカウンター越しの訥々とした開話は、中断した。そして、程なく、大槻さんに佐藤真由美さんの本という土産を持たされ、帰って行ったが、もっと話を訊き、甲斐さんの記事を書きたいと言う。そんな仕事もしているようだ。呉ジンカンさんの本も見せる。
Sから、名古屋のトークショーの録画が送られる。
誰も居なくなり、ジュネーブのロホンが友人Alain Zuffereyという建築家を同伴。そこへ申芳礼さんが信州土産の「真澄」等を持って登場。森さんに揶揄いメール。浅利ちゃんは、ルパンとこで飲んでいる奈良井さん、寝ている鹿さんにもメール。今日、一日ヌルコとデートしたという冨樫ホテル泊まりの嫁は中国奥地に残しているオランダ人登場。更に、フランス人グループ。
気が付いたら、ベンチダウン。

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2015.5/9(土)


礼状書き。
「新緑薫る今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
先般の小生の出版パーティにご参集賜り、篤くお礼申し上げます。
お陰様で不束ながら、来し方を振り返り、更なる写真人生を歩み続ける決意を固めました。
暖かい励まし、ほんとうにありがとうございました。
さて、当日の会場の雰囲気を捉えたDVDが出来ました。
5月30日八文字屋にて、試写会を開き、皆様の同意が得られ
るようなら、Youtubeにてアップする所存です。何度か機会を設け、皆様の意向にそうつもりです。是非、来八するなりして、ご意見を賜りますようお願い致します。
甲斐扶佐義」
クドいか?
塔下弥生さんから八文字屋にトノヤン二世と来た。鍵が掛かっていて写真展見れない。残念!メールが入る。昨日まで八文字屋に4日連続来店したモスクワからのライター兼写真家、Kseniya Krutovaさんは、5月9日は、ロシアの戦勝記念日なので、東京で痛飲するのだ、と言っていたが、飲んでいるのだろう。ドイツもナチスからの解放記念日。
昼、家で1時間横になる。姉から「母が何度も出る。お迎えに来たのだろうか?」と電話。彼女も書こうと頑張っているが手が痺れると言う。
草間さんから東京での久保田さんと2人展の案内、新妻さんからは「縄文魂の会」のポスターが届く。明日がKG+展の最終日なので、結構、人が来る。7:00前から「ひろ作」のセッちゃん&杉本さん来店。セッちゃんには、焼酎をご馳走になる。バイトが温ちゃんで、彼女がWeekend Cafeで会った元中日新聞の記者(三宅幸一郎さん)と正文館展に来た男(飯野和生さん)が一緒に来店。鹿さん、段ちゃん、冨樫、佐治さん&倫子さん&末沢さん&元「バウハウス」の橋本さん&ベトナムにベトナム人の旦那がいる六地蔵の女性&草間さんの知人の染織家の女性のグループという30年前を思い出させるメンバーも来る。大日本印刷の菅原純さんも数ヶ月ぶりに来店。「ほんやら洞日乗」買う。文弘樹さんにの男、八田というらしく、昨夜、大金入りの封筒を紛失したが、八文字屋には、怪し気な男は居なかったか?と電話してくる。「じゃ、他かなぁ!?」と。〈八〉後、更に行ったのだ。
やすらい祭の落ち穂拾い写真、荒神橋付近で遊んでいた子供の写真をUP。
気が付いたら寝ていた。3:00に誰かが入って来たが、分からず、3:30に間瀬拓人さんらしき人(眼鏡を外していて不明)が入ってきたがもう入れなかった。そこに姉から電話がある。情況を語る。また、6:00迄寝る。

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2015.5/8(金)


今日も「日乗」ゼロ。
目を覚まして早々、森さんの「大きく出てますよ!ヨシレイさんが目立ってます」のメールを受けて、毎日新聞を買いに走り、何時もの朝食。
午後、チョロチョロと「パプアニューギニア」展客あり。
パプアニューギニアの元首相が、今日、皇居で旭日章受賞とか。
上洛すれば、在田さん、永澄さんに連絡を取り、しかるべき人に会って貰い、しかるべき記事にして貰う段取りはした。
疲れ過多の日々から脱出しなければ。
姉は、詩吟へ。いい漢文入門はないか?と言うので、古いが小川環樹「漢文入門」(1957岩波)の話をする。
7:00にKseniya Krutovaさん来店、松ちゃん、稲山さん、オイタさん、フランス人3人、白石さん、中日の森耕一さん&伊藤智英、鹿さん、奈良井さん、在田正秀さんのグループと続く。在田さんの、多分、配下に、往年の文弘樹さんみたいな面白キャラ(言動、口調、特にイントネーションが似る)が居た。
姉が寝れないと電話をしてくる。
〈八〉泊。

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2015.5/7(木)


6:00起床。
灯りは煌々と付き、クーラー、スイッチオンで、ドアは開きっぱなし。寝たり、起きたりして10:00。
恩田陸さんの「EPITAPH東京」(朝日新聞出版)を少しずつ読んでいる。オモロイ。
パリの某会社の代理人の法律事務所からのメールに対応しなかったら、Youtubeの会社からメールが来た。
Sは、「ひなだんご」の開店祝いにいく。
松文館と淡交社の支払い終了。
8:00前に松ちゃん来店。
松ちゃんがいるとFBに記したら、忠田愛ちゃん「松ちゃんに会いたい」と反応。
直ぐにKseniya Krutovaさん、撮影に来店。
森まゆみさん、永澄さんも「神馬」で上野俊彦さんと会って後。
森さんの体調を気遣って、上野さんは、八文字屋へ行くな!と言ったらしい。
開沼博、佐野眞一、村松伸らのさもありなんとでもいうべき評判も聴く。
大西正彦さんがDVDを作って持参。浮田哲さん、河内厚さんも来て、歓談中に、浅利ちゃん、チーちゃんの嬉しい襲来。
3月20日以来、八文字屋で「ほんやら洞日乗」が一冊も売れなかったのは、3回目。
何時に寝たか、覚えていない。
八文字屋泊。

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2015.5/6(水)


今日からは、サンダル着用。
風媒社からプリントが戻るを待っていたが、5月12日午前中と山口社長からTel入る。
小山さんの春樹(下)読む。
八文字屋掃除必要。ネズミが変な所に巣作りをしたようだ。
何気にレジに持って行った包丁(関孫六)、高かったが、そのまま買う。
八文字屋には、大阪自由大学の池田知隆さん、水曜日の固定メンバー(松ちゃん、段ちゃん、奈良井さん、草葉、鹿さん、川嵜さん)+お見舞の大分からの篠原さん+青木太兵衛&知人、Kseniya krutovaさんを筆頭にしたロシア人ツーリスト5人、茂山あきらさん、NHKの上野智男さん。
何時に終わったか?
パプアニューギニア展に関連して、Nさんにメール。

N様
いつもお世話になります。
パプアニューギニア大使上洛予定が、元首相の叙勲騒動で、動きが取れなくなっているが、やはり、京都でパプアニューギニアの写真展をやったという手土産?(最低、新聞記事)を持って帰って頂きたく思っています。残す会期も僅かですが、大使、乃至、パプアニューギニアの人物の上洛なしでは、どの新聞社も記事に出来ないかも?とコーディネーターに伝えました。何とか、最終日までに調整をするかも。その際はよろしく!
万一、大使が来た場合に、市の重鎮にも働きかけます。どなたか、動いてくれる方は居ませんか?
場合によっては、八文字屋の会期を、「好評に付き、延長しました」と続けても良いのです。
本来なら、このパプアニューギニア展は、ほんやら洞でもっと大々的にやる予定でした。
火事で、不能になったにも関わらず、パプアニューギニア関係者周辺と佐藤さんの口添えで、大使の許可を取り小規模にながら、ほんやら洞、甲斐を応援する意味においても八文字屋で実現させた今回の「パプアニューギニアは、今」でした。
その辺を是非、お汲み取り願いますように、切に希望致します。
Nさんが、4月30日付で、文化部長並びに正規社員を引退したのを重々承知の上願いです。
美談?(笑)で行きましょう!!

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2015.5/5(火)


何故か温ちゃんの友達がきて、色々、勘違いの行動、発言を繰り返し、嗜めるに困るという夢を見ていた。温ちゃん、ゴメン!?夢の最後、熱があるに、出町三角州の先っちょの水の中に入って何かを救出しようとしているところ、急に増水してきて慌てていた。
今日の田中国男さんも参加のイベントに顔を出したが、氏の顔なく、直ぐに帰る。
いよいよ北京展の準備を開始せねば。
5月10日までは、KG+の店番。
今日は、1:00~3:00外出です。
GW中に、風媒社が来るというのは、搬出品運んでか?
山本宗補展にいつ行けるか?
タイのBからのメール。

Dear Kai-san,
It is all so horrible that I don't know what to say!
Were all your copies of Honyarado Diary also burnt in the fire?
Please remember that, if you wish, you are welcome to stay in our remote countryside home for as long as you wish and you can bring as many "family" as you wish.
Maybe a change of air and scenery could help?
I am so very sorry.
Please try to keep well in these difficult times.

Best wishes,
D

小山鉄郎さんの「村上春樹さん、村上文学を語る」(上下、京都新聞)を読む。
山の家さんに行ったが、休みだった。
“Kyoto Journal No.82”誌上で、ほんやら洞が5ページ(82~86)写真付きで紹介されていたので、リンクを張る。
ただ、惜しむらくは、J・P・ToussaintがTousantとなっており、Emmanuel GuibertがEmanuel Gilbertになっている。
八文字屋の客は、山形拓史さん、松ちゃん、奈良井さん、久美さん、梶川さんの友人の伊砂さん(25年前の八文字屋の『中島みゆき』の姉と結婚即離婚した男)&ケニア帰りのフォトグラファー、Yang Solさん&友人、夜中に、大西さん、佐藤能史さん、深萱真穂さん、河田孝郎さんの教え子ら。伊砂さんの言葉の端々に梶川さんの夢想を読み取る。

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2015.5/4(月)


寝場所に往生。
8:00起床。
10:00例の定食。
11:00NAOちゃん到着をスタンバイ。
今朝、5:00頃にホテルに戻ったので、しんどくて、今日はダメかもと思っていると、11:30に登場。相当、しんどいはず。
僕がその場に居ない方が動き易いと思い、出る。
ルパンのとこのナッちゃん展に行く。
睡眠不足で、しんどい。
八文字屋でゴロゴロしながら、KG+展にチラホラ来場する客に対応。
夕方、名古屋で会った田中みどりさんが箱崎範子さん来店。子供も二人連れ。
「食べものはありません」
と言い、出直してもらう。再来店時は、子どもは、ホテル。みどりさんは、名古屋で日本語学校を経営。数十人のベトナム人、タイ人、中国人ネパール人、チベット人らが通っいるそうで、その付き合いの機微の一端を垣間見せてくれた。箱崎さんは栃木の教師。
6:00には、冨樫が登場して、済し崩し的にオープン。
15年前くらいから2年に1回の割で上海から来る山科出身の青年の一団、「考える人」(新潮社)の金さん、伊藤真希ちゃんらと一度来た美少年がガールフレンドつれで。ウッチー&カオリンが都雅都雅から来て、二人呼び込む。その一人、西岡さんは歌う。
KGの公式記録員と言う男、ナッちゃんとその連れ。
早く終わったが、家に帰ったら、逆にNAOちゃんが寝れないと思い、八文字屋泊。
高山富士子さんから、正文館の収支報告あり。

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2015.5/3(日)


4:00,6:00,7:00と目を覚ます。
Naoちゃんから、メール。明日の助っ人。
例の朝定食。
清水さんと同じような足の浮腫みはあるが、数年来の脚の棒状感覚(酸欠感)が治ったかも。食事療法の勝利?
チャリの蛇行修理、家片付けと風媒社からの荷物不落手が気になって、2:00~4:00は八文字屋を閉めて外出。4:00再開のつもりが、ヌートリア、行楽光景撮影後、家でダウン。
7:00まで、ねむる。
8:30浅利ちゃんバイト。西村玄考、松ちゃん。奈良井さん前半は、玄ちゃんが再話された「日本の子守唄」を蜿蜿かけ、淀んだ(?)空気が流れる。
高山佳奈子先生がインタビュースペースとして使わせてくれ、電話の後、6人来て録画。レコードを変え、空気チェンジ。
ダンス取り締まり等に関する刑法を巡ってかな?ロシア女性ふたり&フランス男、と続き、NAOちゃん来店で片山、鹿さん、琢ちゃんさんも盛り上がる。神戸の古カップル。K-Keiもきて、閉店4:40。

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2015.5/2(土)


コリーヌ・アトランさんより、リクエスト。
家に名古屋から搬出プリントが来るかと思って帰るが、来ず。
代わりに、田中国男さんから手紙。5月5日のイベント案内も。
不調。
ルパンの店を覗くが、いっぱいなので、「艸居」に行く。
八文字屋でヒックリ返っていると、ジェローム・ブルベスさんが、ベトナム系フランスのユンさん同伴来店で、4:00から営業が始まる。
6:00、FM本部の方がきて、示談書にサイン。
GWでKG,KG+のイベント期間なのに、10:00まで松ちゃん、琢ちゃんしか居ない。
中日新聞の森さんが東海高校で同級生の京大医学部の青木先生(脳腫瘍の権威の事)同伴。琢ちゃんも名古屋出身なので、紹介。歓談あり。
「ヨシレイさんは居ないの?」と寂しげに梶田さんも来店。
後ろには、ティル&関電男、オイタさんグループ、段ちゃん、温ちゃんの知人も。
何時閉店か無自覚。「ほんやら洞日乗」が、八文字屋で、一冊も売れなかったのが、2回目の事。
〈八〉泊。

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2015.5/1(金)


450円焼き魚定食、帰宅、入浴、プリント眺め。
ルネ見物、590円飯、ごく簡単な出町仕入れ。
玄関脇の草花、ルネ対面躑躅、府医大裏鴨川躑躅、撮影。
杉本秀太郎、井上章一両氏へ「ほんやら洞日乗」送付後、清流館河田孝郎展。面白し。「これで、僕は、50年食ってきたからね」の言葉に感銘。氏は、フラメンコギターの名手でもあり、この個展がなければ、4月18日に演奏をお願いしていた。また、「アトリエ座」の名役者で、去年、毎日曜日の徳正寺での練習見物に誘われていたが、ついにこちらの方は見れずじまい。チェーホフにも深く傾倒しているのは言葉の端々で窺えたが、染織作品のそのタイトルにも影落としているのは面白い。久保田氏にも遭遇。今度の「京都美術文化賞」受賞者。昨年1月シャルル・ド・ゴールで僕を見掛け、声をかけようか、と迷い、掛けなかった由。ポンピドゥー付近のホテルで、草間さんと同じく火事に会った当日の甲斐パリ展オープニングパーティーに来れなかった経緯も明かしてくれる。
「甲斐さんの京都美術文化賞受賞記念写真展、見ました」とも言ってくれ、八文字屋にも来てくれているのに、氏の名前を思い出せないのは、いかにもマズイ。もう病膏肓に至り、、ってやつか。
伊佐利彦さん推奨で、沖縄に隔年とはいえ、20年住んだという凄い!?キャリアの持ち主。
聴けば、河田さんも17年いたとのこと、それが今回の作品に反映される。「水門」「ウタキ」等。紬の作品も。僕の5歳の時に亡くなった祖母が、御嶽信仰に凝っていたというのを思い出して、喋りもする。
井上廣子展も覗く。「むさし」7皿。
中信よりTel。送金先、間違い、指摘。
レオ、泡盛。つげ忠男、高野慎三、北冬書房との出会いの喜び語る。近江八幡出身の京造の女の子連れてくる。
夕べの陰気客、1時間滞留。
次は、ヨシレイさん&ユーゴー、永澄さん、ラグ帰りの神田夫妻、レオ、本買いの千佳ちゃん。
神田さんは、越水さんの本を貰い、読み、筆力に感動。
〈八〉泊。

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★「GRAPHICATION2 No.16」(電子版)に、「対抗文化のなかの『ほんやら洞』」が掲載されました。(下の画像をクリックするとWEB版をご覧いただけます)

・PCで閲覧する場合は、富士ゼロックスHPから、パソコンでご覧になる場合はこちらから電子版16号(2018年6月号)」のリンクをクリックするとWEB版がご覧になれます。

・無料アプリ(電子書籍版)のダウンロードについては、下記URLをご参照ください。タブレット端末やスマホでご覧いただけます。
http://www.fujixerox.co.jp/company/public/graphication/g2/

CNNのネット記事にほんやら洞のインタビューが掲載されました。


★甲斐扶佐義写真集「70年代京都」(Kindle 電子本)発売中!

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